サイテイ車掌のJR日記/斎藤典雄

サイテイ車掌のJR日記・斉藤典雄/共闘会議 国労の行方 腰痛

■月刊「記録」2002年6月号掲載記事

○月×日
 ついに、新たな共闘会議が結成された。
 四党合意にはあくまでも反対する「闘う闘争団」を支援する「1047名の不当解雇撤回、国鉄闘争に勝利する共闘会議(略称、国鉄闘争会議)」が、4月16日、品川区民センター大ホールで、約1000人の労働者、市民を集めて盛大に開催された。
 新議長となった二瓶久勝氏(オリジン電気労組書記長)は、「まず、四党合意が破綻したという事実から出発する」「15年間闘ってきた闘争団からの生き方が正しかったという、人間の尊厳を取り戻す名誉回復を第一に考える」「JR復帰、解決金、年金等の問題は後からついてくる」と語った。
 さらに、「1047名の解雇撤回に賛成する人は、連合であろうと、全労連であろうと、みんな入れる。その1点に結集する。今吹き荒れているリストラとの闘いと結びつけば、日本の労働運動の再生につながる」と述べた。
 また、これまでに国鉄闘争支援の中心的役割を担ってきたルポライターの鎌田慧さんが、「リストラ時代の新たな国鉄闘争にきたいすること」と題して講演され、「人間の生き方として、人間復権の運動として、他の抑圧されている人達とも手をつなぎ、これまでの国労運動になかったような人間敵な運動にしてほしい。一緒にやっていく」と熱い連帯の思いを語ってくれた。
 国労本部は翌日、各級機関へ指示書を出した。「今回、結成された組織は、国労とは一切関わりもなく、国労の内部組織問題に介入し、不団結を拡大、悪化させ、採用差別事件の解決になんの責任も持たず、阻害する団体であると言わざるを得ない・・・・・・」云々と。
 共闘会議は、四党合意という政治的枠組で解決しようとしている国労方針とは180度異なるわけだが、「勝手にやれば」とはいえない。「闘う闘争団」が困難を承知で「やる」といった以上、私は志を同じくするものとして、例えボロボロになっても出来る限りの支援をしていくしかない。
 一方、四党合意による解決を心から望んでいる闘争団も数多く存在する。それはそれとして、納得のいく高水準の解決を目指して、本部と心をひとつにがむしゃらにガンガン闘ってほしい。
 それしかないだろう。

○月×日
 さあ困った。国労はどうするのか!?
 与党3党は26日、四党合意を白紙に戻すといってきた。
 国労が早急に臨時大会を開いて、5月30日(合意から丸2年目)までに関係者が評価できるような態度決定をしなければ、四党合意から離脱するという、事実上の最後通告である。
 その、「JR不採用問題に関する声明」なる与党3党の文書を要約すれば、国労は2つの矛盾を解消していないからということになる。
 長くなるので引用はしないが、4度目でやっと四党合意を承認した2001年の全国大会(1月27日)直後の四党協議(3月15日)の場で、国労本部は与党3党から「JRに法的責任無しを大会決定しながら、裁判でJRの法的責任を追及している」という矛盾と、「組織内を統一できていない」という矛盾を指摘され、本部は「矛盾解消に向けて努力する」と回答した。
 4党はこの間、国労を辛抱強く見守ってきたが、国労本部は矛盾解消の責任を果たしていないばかりか、矛盾はむしろ拡大しているとして、その理由に、四党合意賛成派の脱退(新井前本部役員ら)、鉄建公団訴訟(反対派闘争団)ILOに対しての政府非難(本部)などを挙げている。
 文面では、国労本部への不信感・憤慨を露にし、非常に激しく批判している。組織に対する配慮の欠けらもない。例えば、「言行不一致」「責任転嫁」「組合員の期待感を煽る」「解決案が出るが如く喧伝」「単に自らの延命策」などなどだ。しかしそれは、全部本当だからどうしようもない。
 つまり、結論として「与党3党と社民党の誠意及び組合員とその家族の信頼を裏切り、関係者のこれまでの努力を無にする行為であり、四党合意は白紙にせざるをえない」といっているのである。
 それにしても、与党は解決案を一度も出さないばかりか、四党協議の場では「一発回答であり、後はない」などというのは卑怯なやり方ではないのか。四党合意には、そんなことは一言も謳われていないのだ。
 誤解を恐れずにいわせてもらうが、こうなると、私には政府も本部も闘争団も皆々確信犯だと思えて仕方がないのである。
 先日結成されたばかりの国鉄闘争共闘会議は、この声明に対して、早速翌日にはインターネット上で「決然と闘い抜く」との見解を出していたが、国労本部の方は、動じないのか、ノーテンキなのか、5月に入っても24日付の「祝う!4月で国労ホームページ開設1周年を迎える」のままであり、全然困ってなどいないようである。
 報道によれば、高嶋本部委員長は「近く臨大を開く」といい、「四党合意受け入れのスタンスは変わりなく、反対派が結果的に動じなければ査問委員会での処分を検討するが、除名ありきではない」(毎日新聞)との見解を示したそだ。
 さて、どうだろうか。国労もいよいよだという感じがする・・・。

○月×日
 腰痛で仕事を休んだ。
 15時過ぎからの夜勤だったが、起きることが出来ずに2時間位は布団の中で唸っていた。でも、出勤までは8時間以上もあるし、その頃には大丈夫だろうと欠勤する気は毛頭なかったのだ。
 こうした状況の中で時間というものは非情というしかない。時はキッチリと刻まれていく。いっこうに良くならずに、10時、11時と、あっという間に昼近くになってしまった。「しようがない、休むしかないな、突発は1年振りか」と思いながら、結局、電話を入れた。 
 助役に「ああだ、こうだ」と説明するのが面倒くさくて仕方ない。腰ぐらいでと思われるかもしれないが、頭痛などと違って、なった人でないとわからない辛さなのだ。「どうしてもっと早く電話してくれなかったのか」「予備の人が使われていて手配できるかわからない」・・・。ったく、2人して電話口でゴネ合っていてどうするんだ!!
 1時間以上が経ち、漸く手配がとれたと連絡があった。「医者に行って、よく診てもらうように」といわれたが、動けないんだからどうしようもない。休んでいるのが1番なのだ。
 腰痛は、季節の変わり目や天候に左右されるとよく聞く。連休明けから梅雨の走りのような天気が続いているが、その因果関係が本当かどうかは定かでない。
 で、翌日は少し腰が重く感じるくらいでケロリとしているのだ。今日は土曜日だが、午前中は診察Hしている病院なので早速行った。
 ドクターがおっしゃるには、ヘルニアから丁度2年が経ったし、MRを撮ってみて、もし、悪くなっているようなら、3日位入院して神経ブロック(腰に注射をして、痛みが脳に伝わるのを遮断する)をやって、それで良くならないようなら手術をするということだった。
 やだ!手術だけは絶対にイヤだよ!!
 とりあえず2週間分の薬を貰い、1週間後にMR検査、2週間後に再来と決め、「痛みなんてトイレで糞と一緒に流れてしまえ、くそっ」とトボトボ帰宅した。
 同僚から電話があった。3日後に八王子支社で研修があるのだ。出られるようなら、職場のロッカーにある制服・制帽を家まで届けてくれるというやさしい気持ち。自分で取りに行けるからと、感謝しつつ断った。
 分会の役員からFAXが届いた。×日・駅頭ビラ配布行動、×日。有事法制反対集会、責任者に振ってあるから出るように。なんて厳しいんだ。
 おとなしくしていなければならないのに、俄に忙しくなってきた。当たり前だが、国労のことより自分の身体の行方を心配したほうがよさそうだ……。

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サイテイ車掌のJR日記・斉藤典雄/分会大会 不当判決 混乱

■月刊「記録」2002年3月号掲載記事

○月×日
 2日間の分会大会が月末に控えている。
 執行委員会や方針書等の資料作りで大忙しだというのに、どれもかしこもサケ絡みの新年会や旗開きが連日連夜ときている。
 飲んでいる場合ではないのだ。いくら好きだからといっても限度というものがある。「これ以上飲んだら明日はないと思え」と、内心自らを戒めつつも、気がつけばグラスには再びなみなみと注がれているのだ。「もういいよ」って、自分で注いでいるのだから世話がないとしかいいようがない。
 「おお、今日は飲まなくてもいいんだな」と、夜勤で泊まりの日がホッとする今日この頃なのである。
 それにしても、中央線は人身事故が多い。毎日のように続いている。年明け初っぱな、元日からあった。昨日もあった。
 たった今も、出勤前だからと「ヤフー路線情報」を見てみたら、「東中野、6時20分運転再開」などと出ていた。
 もはや、「やれやれ」という溜め息ばかりで、話題にするのもウンザリだ。これは、その時々の出番者が一致協力する以外にない。手落ちなく全力で対処して、お客さまが安心して御乗車できるよう、しっちゃかめっちゃかが一刻も早く正常に戻ることを願うばかりである。
 多いといえば、乗務員のチョンボも増えている。遅刻から始まり、発車時刻よりも早くドアを閉めてしまった、赤信号なのにドアを閉めてしまった、停車駅を通過して行ってしまった、などなど。会社の掲示板が「真のプロ」として恥ずかしいと泣いている。私も他山の石として、細心の注意を払いたい。明日はわが身かもしれないのである。
 また、チョンボといえば、12日付の東京新聞に取り上げられた「車掌欠乗」の事件だ。
 中央線松本行きの東京発臨時特急(普段は運行されていない)「あずさ95号」の車掌が、気分が悪くなりトイレに行ったため、急きょ別の車掌を乗務させて、発車を19分遅らせたと書かれていた。
 JRは何故このようなウソの発表をするのかと不思議に思っていたら、3日後(15日付)の新聞に「特急遅れ、実は車掌手配忘れ」との真相が載っていた。
 担当部署が車掌の手配を忘れていたためとあり、間違って公表したのは、広報担当者が車掌の体調不良と勝手に思い込んだのだという。
 「ホントかなぁ」と思ってしまうが、何ともお粗末でいい加減なものである。お客さまの抗議や苦情は現場の私たちに矛先が向くのだからたまったものではない。
 しかしながら、このようなミスは今後も必ず起きる。未来永劫なくなることはないだろう。ならば、起きた時のバックアップ体制、フォローがいかに重要であるかだと思うが、その要因すら十分とはいえないのが実情だ。改善してほしいといくら要求してもダメなのだから、「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」とひたすら誤り続けるしかないのだろうか。
 とりあえずは、上も下もJR全体がもう少し気を引き締めたいものである。

○月×日
 重要なことが次々と処理されている。
 それは良い方向へなら大歓迎で何もいうことなはいのだが、止まるべき赤信号だろうが、人身事故だろうがお構いなしかのように、危険な方向へどんどん突き進んでいるとしか思えない。私たち一般組合員には全てが後の祭りでどうすることもできないのだ。
 1月9日には、昨年末(12月26日)に東京高裁から出された「大阪・岡山採用差別事件」(JR西日本に不採用の3名が対象)に対する国労敗訴の不当判決について、国労は「四党合意に基づき、早急に不採用問題の解決促進をはかる立場から・・・・・・」といった理由で、「上告しない」ことを決めたという。
 大会決定である「裁判の取り下げは解決時」はいったいどこへやら。また、あれほど「最高裁判決が出されれば、解決が困難になる」といっていたにもかかわらず、本部自らが不当判決の確定を急いでしまうとか。本部の勝手な解釈で、もう何でもありなのだ。矛盾どころか、これでは支離滅裂ではないか。もはや、国労も来るべきところまで来たという感じである。
 それにしても、原告である3名の気持ちを思うと、あまりにも気の毒で掛ける言葉も思いつかない。「JR不採用・解雇は正当でした」などと、いったい誰が思うだろうか。本部は心から3名の無念さ、屈辱を厳粛に受け止めるべきである。
 いずれにせよ、本部は、国労の敗訴確定を決定的なものとし、「上告断念」という形で訴訟取り下げへ踏み込んでしまった。このままでは、15年という国鉄闘争が敗北的に収束させられてしまうのではないかという暗たんたる思いでどうしようもないよ、おれ。

○月×日
 何はともあれ、分会大会が終わった。
 分会の大会ともなると、身近な問題ばかりが議論の的になるものである。職場のことがほとんどだ。
 例えば、乗務で問題を起こした仲間に対する会社側の理不尽な対応への疑問や不満であったり、その是正を求めるといったことなどが中心になるのだ。
 今回も予想通り、それらに終始した。
 まったく進展を見ない四党合意による解決には、誰もがやきもきしていることは事実である。だからこそ、受け入れに対してのそれぞれの「思い」は、当時にも増して複雑なものになっていると思うのだが、誰一人としてこの件に関する意見を述べた組合員はいなかった。
 うちの分会は、執行部としても「本部に総団結する」という姿勢(方針)なのだから、ここで議論しても始まらないという気持ちがあるのかもしれない。それとも、すでに全国大会で決定されたことだからという「お利口さん」が大多数を占めているからなのか……。
 いずれにしても、私には物足りなさが残ったが、「物事は捉えようだ」と、軟弱頭をスバヤク切り変えたのだった。
 むしろ、仲間を大切にするという観点から、お互いの「思い」を尊重し合い、さまざまな不利益を受けながらも、国労魂を胸に秘め、こうして分会の団結を維持しているということが、何よりの宝物なのだと。
 本部は、自らが作った現在の混乱を、責任をもって一刻も早く収拾すべきなのであり、ごく当たり前の運動をしている私たち一般組合員を巻き込まないでほしいと、切に思った大会だった。

○月×日
 ついに、「闘う闘争団」が鉄建公団を相手にした新たな提訴に立ち上がった(1月28日)。
 新聞報道(朝日29日付)によると、「国鉄精算事業団の解雇は無効として、雇用関係の存続確認と未払い賃金、慰謝料など総額約109億円の支払いを求め、JRの採用差別問題の政府責任を追及したい としている」とある。
 また、「これに対し、最高裁で続いている訴訟の取り下げも検討している国労本部は『解決を妨害する行為で処分の対象だ』として、2月3日の中央委員会で査問委員会の設置を提案する」というものである。
 一方、インターネットの闘争団を支援するホームページの情報によれば、(提訴後の)闘争団と弁護団の記者会見では、代理人の加藤晋平弁護士が「不当労働行為があった事実ははっきりしているのに、国鉄とJRはちがうというだけで責任が置き去りにされてしまった。責任は旧国鉄(政府)とJRの双方が追うべきもの。JRに対しては現在最高裁で争っているので、旧国鉄の責任を追及するのが今回の裁判。不当労働行為をしておいて解雇ができるのか、ということを争いたい」と、裁判の狙いを明らかにされ、報告集会では、原告団の佐々間誠事務局長が「国労が本来やらねばならないことを私たちはやっただけ。本部が感謝する日がきっとくる」と語ったとある。
 実に明快である。私は、この訴訟が闘いに厚みを増し、闘争団の誰もが納得のいく早期解決に大きく結びつくことを強く確信するものだが、率直な気持、これが火種となり今日の国労内の内部抗争が取り返しのつかない事態に発展するものではないかと気が気でならないのである。
 それは、報道にもあるように、5日後(2月3日)に開催される中央委員会での査問委員会設置の提案に他ならない。本部は、不穏当にも「処分だ」などと、相当怒り狂っている。
 活動家といわれる賛成派の幹部たちは、今こそ目を覚ます時ではないのか。本部との御門違いな蜜月関係は勇気を持って断ち切り、「おかしなことはおかしい」と国労再生のために自分の良心の下で行動してほしい。
 処分などということは絶対にあってはならないことである。

○月×日
 予定通り、中央委員会が開催(2月3日)された。またも機動隊を配置したのだという。恥を知れ!本部!!である。
 本部が提案した査問委員会の設置は代議員(41名)の賛成多数であっさり承認されたという。これは数の力関係で仕方のないことなのだ。
 処分の対象は、昨年12月に脱退して新組合を結成した中心メンバーと、鉄建公団訴訟を起こした「闘う闘争団」の中の279人だという。
 本部書記長の答弁では「いきなり処分ではなく裁判を取り下げてもらうよう努力する」ということだ。しかも、その決定は8月の定期大会なのだという。 もうホントにいい加減にしてほしい。また半年間もこのままでズルズルいくのか。これでは今年も何もなく終わってしまうぞ。
 身内で闘うことはやめにして、闘いは外に向けてやるべきではないのか。
 管を巻かずに豆をまこう。今日は節分、福はぁ内、鬼はぁ外…。まったく、もう。

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サイテイ車掌のJR日記・斉藤典雄/新組織 国労の危機

■月刊「記録」2002年2月号掲載記事

 ○月×日
 大変なことになった。
 新井修一(前本部執行委員)さんが国労を脱退(12月1日付)した。そして、新組合を結成するのだという。
 新井さんが、国労脱退を呼びかけた、「ジェイアール東日本ユニオン結成趣意書」なる主な文面をそのまま引用する。
 「私たちは、1047名問題の一日も早い解決を求めて奪闘してきました」「第68回全国大会では、抜本的な路線刷新と自己改革を求められながら本部執行部は及び腰に終わりました」「四党合意実現にむけた具体化作業の見通しは一層厳しくなっています」「その最大の要因は硬直化した思想による情勢認識・方針に帰せられます」「もはや、国労内部の自己改革は絶望的であり(中略)国労運動は終焉したものと判断せざるを得ません」「私たちは、展望を見出せない国労運動と訣別し、ジェイアール東日本ユニオンを結成します」というものである。
 改めていうまでもなく、新井さんが、役員に選出されたのは、国鉄の分割・民営化当時、本部が提案した「労使共同宣言」を拒否することによって大分裂をした86年の修善寺大会であった。その後一貫して闘う路線を堅持し、国労組織・運動の中枢を担ってきた。また、四党連合受け入れでは大変な尽力をされ、推進派の急先鋒として国労を指導してきた一人なのだが、そんな新井さんに私たち組合員は全幅の信頼を置き、心から慕っていたのはいうまでもない。 ところが、先の大会前の9月に出された「全国の仲間に訴える」と題した、いわゆる「新井文書」には本当に驚かされ、これまで本部を信じ、何がなんでも支持していこうと必死に努めていた私だったが、「やっぱり裏切られたのだ」と、悲しくも信じられない思いで一杯にさせられたのだった。
 その文書には、「国労が組織体として生き残れる道は一つしかない。それは四党連合に基づく解決案を不満があろうとなかろうと丸呑みするしか方法がないのである」だの、「最後の大会となる」などと主張されていて、極めつけは、反対派に対して「まだ闘えると唱える者もいるだろうが、それは負け惜しみを通り越した無責任極まりないものである」であった。
 無責任極まりないのは、新井さん!!あなた自身じゃないですか。いくら役を退任したとはいえ、四党合意を受け入れた張本人として最後の最後まで支えていく義務があると思うが、どう考えているのだろう。
 それにしても、「国労運動は終焉した」などと、よくも手前勝手なことをいえたものである。確かに国労は、非常に困難な闘いを余儀なくされ、混迷の度を深めているのは事実である。だが、それを克服すべき最大限の努力をしている最中ではないか。非常識な悪宣伝は慎むべきであり、自分の思い通りにならないからといって、「ホナ、さいなら」では、幹部としての資性を疑うと同時に、あまりにも情けない。厳しい現状からの逃避以外の何ものでもないが、残された者への責任転嫁であり、国労解体に躍起となっているJR・権力に手を貸すのも同然の行為として、断じて許されることではない。
 また、本部も本部である。こうした事態は予測されていることだった。なのに大会では、「新井さん個人の意見として尊重される」(書記長答弁)などと、個人の問題であると捉え、危機感が希薄としか思えないような雰囲気だった。本部は、こうした認識の甘さや対応のまずさを十分猛省すべきである。
 本部は早速声明を出した。「『政治の場での解決』を目指して、総団結しよう!」(12月6付)と「新組合結成の『趣意書』に動じることなく国労組合員として確信を持って総団結しよう」(12月14日付)の2点。当然である。
 しかし私は、ここでも解せない。
「脱退・新組織結成」は正当化はできないといっているものの、「呼びかけ(趣意書)もまた、『闘う闘争団』による解決妨害行為を非難している。その非難は全面的に正しい」などといっているのだ。
 何とも歯切れの悪い声明である。これでは、新井さんを擁護しているように受け取れるではないか。しっかりしてくれよ、本部!
 国労は内外の信用をどんどん失墜させているように思えて仕方がない。脱退が全国に波及しないことを祈るが、新井さんという人は上に立っていないと気が済まない、いわゆる「役人病」になってしまったのかもしれない。

 ○月×日
 国労の前途に暗雲が漂い始めている。
 解決作業が膠着状態で、一向に進展しないことにしびれを切らしたのだろう。大変な事態は、なにも新井さんの脱退(新組合「ジェイアール東日本ユニオン」は約600人で12月24日に結成)ばかりではない。
 問題なのは、11月28日の中央執行委員会による決定である。
 国鉄新聞(12月21日付)によれば、まず第一に、「第68回定期(続開)大会で決定した追加方針の『最高裁での判断を公正に行わせる』については撤回する」になっている。
 先の68回大会では、その方針を「改める」と変更したばかりだが、今回はさらに「撤回する」といった、まさに闘う姿勢を後退させるものだ。
 本部書記長は、「闘う闘争団」に対して、「改める」も「撤回する」も同じだと答えたというが(違いますよ)、いくら文面のみの変更とはいえ、「裁判取り下げ」の布石とみるべきだろう。
 大会決定である「裁判の取り下げは解決時」を本部自らが反古にしかねない行為だが、「もうどうでもいから、早く解決案を出して下さい」と投げやりになり、政府に泣きついているかのように映って仕方ない。闘わない争議がいったいどこにあるというのか。
 第二の問題は、「一部闘争団員の新たな訴訟等に対する対応について」だが、これには驚かされた。
 「訴訟が起こされた場合、原告等については規約に基づき処分の対象とし、直近の中央委員会・全国大会で査問委員会の設置を求める」「その間、中央執行委員会の権限(緊急措置を含む)について対応をはかる」「212人の最高裁に対する追加申し立てについては、全員の取り下げを求めて、更に取り組みの強化をはかる」というものである。
 いよいよ闘争団の切り捨てにかかったのか!?
 この間、本部は再三にわたし「闘う闘争団」に対して、「解決の疎外者、妨害勢力」とのレッテルを貼り、「すでに国労から離れた別の組織である」と言いなし、直ちに解散するようにと訴えていた。
 11月16日には、本部委員長名で、闘争団・家族に対し、「最高裁に対して採用差別事件の補助参加追加申し立てを行っている212人に対し、参加申し立てを取り下げる手続きについて、本部に『委任状』を提出すること」という手紙を送付している。
 あわせて本部は、「闘う闘争団」が鉄建公団を相手に新たな訴訟を起こす動きに対しても、訴訟を起こした場合は、「統制処分する」という「査問委員会設置」の決定なのである。
 そもそも、212人の補助参加申し立ては次のことによる。
●国労は1月の67回大会で、JRに法的責任なしとする四党合意受け入れを決めた。それには訴訟の取り下げを求める条項も含まれていた。
●しかし国労は、同時に、その不当労働行為責任を争う最高裁での訴訟に全力をあげることも決めた。
●3月15日の4党協議の場で、国労はその2つの矛盾を質され、「矛盾は早急に解消する」と答えたと伝えられた。
●その「整理」の仕方として、本部は大会決定に反して訴訟を取り下げる可能性・危険性を行ったのである。
 大会決定でもあり、残された数少ない闘いの手段を死守するのは当然のことではないのか。また、何よりも「取り下げは解決時」としているのだから何ら問題はなく、取り下げを急ぐ本部の手紙は理解に苦しむ。
 一方、鉄建公団に対しての訴訟準備についてだが、これも本部が「闘う闘争団」の気持ちを汲み取ろうとせず、聞く耳を持たないが故のことなのだろう。 昨年11月8日の東京高裁の判決文には、「その責任は現実にその行為を行った国鉄と精算事業団が負うべきものである」とあり、「国鉄とJRの実質同一性を否定」した上でJRに法的責任はなしとしたが、不当労働行為がなかったとの判断はしていない。これは地裁も同様である。
 従って、現在の責任の所在を求めるとすれば、精算事業団を継承している政府・鉄建公団ということになる。
 「闘う闘争団」は今後の困難は百も承知だ、なんとしてでも納得のいく解決を求めるという切実な思いでいる。展望を切り拓くためには考えられるありとあらゆる闘いを構築するといった現れが、この訴訟に踏み切ろうとしていることは明らかである。
 自ら大会決定を反古にしている側が、必死で闘っている「闘う闘争団」に責任を転嫁していること自体が言語道断だが、今度は、国労組合員であるがために解雇された仲間を、闘いを指導してきた国労自身が処分・切り捨てようとしているのである。
 15年という苦難の道程は当事者でなければ分からない。本部はそれを本気で考えてくれているなら、そんなことは出来るはずがない。常識ではとても考えられないことである。まったく信じられない。これがおれがいた国労だなんて、もはや怒りを通り越し、悲しくてかなしくって、やり切れない思いだよ。なんまいだぶ、なんまいだぶ、なんまいだぶ・・・・・・。

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サイテイ車掌のJR日記・斉藤典雄/追悼 初飛行 国労冬物語

■月刊「記録」2002年1月号掲載記事 

○月×日
 北海道へ行って来た。
 職場の仲間の人と秋の慰安旅行である。これまでは、JRを利用して、東北や伊豆の温泉というのが定番だったが、今回はガラリと趣を変え、「ちょっと行って来るから」とJALでひとっ飛びなのだ。
 全員夜勤明けなので、午後の便で夕方に到着。札幌に一泊して、翌日は小樽を回り、夕方には東京へ戻るという強行軍だったが、せっかく来たのだから闘争団を訪ねてみたいと思いつつ、仕事は御法度の団体行動でもあり、結局は、ジンギスカン、ラーメン、寿司などの飲み食い大贅沢三昧を楽しんできた次第である。
 札幌ではちょうど「ホワイトイルミネーション」が始まったばかりで、幻想的に照らし出された駅前通りから大通公園の街並みを見物したわけだが、雪もチラホラ、わしらとっつぁん道中の手はかじかみ、Gパンのポケットでは寒いのなんのって、「イルミネーションなんざぁ、東京じゃ1年中やっとるわい」と、アツアツの若いカップルを尻目に吠えまくるしかなかったのだ。
 それにしても私、皆に驚かれるわ、バカにされっぱなし……。というのは、飛行機が初めてなのである。子どもの頃デパートの屋上で「ブーン、ブーン」と乗っただけ。「ホントだってば」といくらいっても誰も信じてくれない。
 別に、私にとっては必要性がないからだが、今どき、ケータイは持っていない、車の免許はない、海外旅行はおろか飛行機すら乗ったこともないとなれば、年をとったら、おエライさんに「それでよく生きていられましたねぇ」と、国民栄誉賞を貰ってもおかしくないのだろう。
 で、内心ドキドキ・ワクワクしながら乗ったのはいうまでもないが、離着陸はスムーズで(なければ困るけど)、席が中央だったため景色がとんと見えずにちょっとガッカリ。「こんなものだろうな」というのが感想だ。
 いずれにせよ、いつもの中央線の東京・高尾間の所要時間で北海道まで行ってしまうのである。分かってはいるが、実際体験してみると心底感心せずにはいられなかった。「やっぱりおれって遅れているんだろうな」と世間知らずをちょっぴり恥じた。
  「無事、東京へ戻ってきたぞ」と、テーマは北海道旅行なのだが、飛行機の爆音で始まるビートルズの『バック・イン・ザ・USSR』を聴いて、また乗ってみたいと思っているのである。

 ○月×日
 ジョージ・ハリスンが末期ガンで「余命一週間」などというショッキングなニュースが飛び込んできた。
 非常に危険な状態であつということは、一月ほど前の新聞で知り、気にしてはいたのだが、まさか、こんなにも早く容態が悪化するとは思ってもいなかった。
 私はしばし、呆然として絶句してしまった。こうなったら奇跡を信じるしかない。私にできることといったら、CDを聴き、ジョージのことを思い浮かべることぐらいである。
 早速聴いた。出掛ける時は、ヘッドホンステレオにジョージのベストをセットして一日中聴いて過ごした。
 よくあることだが、お店や通りで、ビートルズの曲が不意に流れてきたりする。そんな時、ビートルズ大フリークの私なのに、「やったぁ」などと心が躍ることはまずない。何故か、いつも「やられたな」という感じで、胸がキュンと締めつけられるような思いに駆られてしまうのだ。そう、私にとってのビートルズとは、切ないものなのかもしれない……。
 それにしても、ジョージの曲はどれも慈愛に満ち溢れているように聴こえてくるのにはまいってしまった。悲しすぎるのだ。少し高温で細いという声質にもよるが、甘くて哀愁を帯びた曲がほとんどなのである。
 ビートルズの中では一番ハンサムな男、ジョージ。もの静かで、最も謙虚。リードギターという主役であっても目立つことはせず、さり気なくきっちりこなず。脇役に徹するとでもいうのか、控えめで驕りがない。私のように「ドアを閉めます(電車の)」とは決して言わない。「ドアを閉めさせていただきます」なのだ。とってもシャイでにくい奴。男の中の男というのが、私の抱いている世紀のスター、ジョージ像である。
 街では、小春日和の太陽に照らされたイチョウの葉っぱが金色に輝き、はらはらとひっきりなしに降っていた。生あるものは、いつかは枯れるものであり、終わりが必ず訪れる。分かってはいても、あまりに深刻で痛々しい。
 負けるなよ!!との私の祈りもむなしく、結局、彼は去っていった。ジョージ・ハリスン、まだ58歳だなんて若すぎる……

○月×日
 車掌分科全国連絡会という代表者会議が、大井町(品川)にある社員宿泊所で開催された。
 私は会長から、「本のお礼をしてほしい」といわれ、日勤が終わってから、夜の交流会(飲み会です)にだけ出席した。
 2年前に、本の宣伝も兼ね、ピンチヒッターで1度出席したことがあり、久し振りに懐かしい面々にお目にかかった。

  「こんばんは、不肖・齊藤です。『車掌だけが知っている・JRの秘密』、出版の時は、皆さんには大変お世話になり、本当にありがとうございました。
 あれから2年半が経ちましたが、本は、発売と同時に、爆発的な売れ残りで、その勢いは、未だに衰えておりません。
 いろいろなことがありましたが、まず、会社は、一切無視をするという態度でした。私の前ではなーんにもいわない。普通なら、呼びつけたりして、『あの本はなんなんだ』ぐらい聞きますよね。それが、徹底して無視です。
 で、私がいない所では、『齊藤が本出したの知ってる?』とか、『読んだ?』とか、いろいろ聞いてるわけです。
  『秘密』っていったって、読まなきゃわからない。おエライ人たちが『バカか、こいつは』と笑い転げて読んでいるのだろうなと、想像するだけで愉快でした。
 私は、私たち国労の現状を、少しでも広く知ってもらいたいという一心で書いたわけです。国労というと、世間では闘うというイメージがあるようですが、誰もが活動家ではなく、ほとんどが普通の人ばかりです。私も、この通りフツーです!?だから、一般組合員の視点でも、読んでもらえるように書こうと……。社会党も、国労もどんどん小さくなっていく。でも、おれ達間違っていないよね、ということを訴えたかったわけです。
 ところで、国労の仲間達ですが、残念なことに、私と話をする人がめっきり減ってしまいました。話をしても、その前に必ず『書かないでよ』がつくんです。
 親戚なんかは、『国労のことを書かなきゃ、面白くてよかったのに』といってます。また、おふくろはカンカンで、寝込んでしまいました。
 ……すみません。サケがマズクなるといけないので、この辺で終わります。 いずれにしても、国労が今の難局をどう乗り越えて、解決に向かい、いかに前進していくかです。闘争団は私たち以上に切実なんです。
 本当にありがとうございました。」

 この後は、再び注文をされたりして、楽しく飲んだのだが、「闘う闘争団」支援を鮮明にしたものだから、「賛成派というか、つまり正統派から離れちゃって、もう誰からも相手にされなくなるよ」などといわれたのであった。
 そんなのオカシイよ……、やれやれである。

 ○月×日
  『人らしく生きよう――国労冬物語』がBOX東中野でロードショー公開された。
 国労の運動に深く共鳴したという「ビデオプレス」の代表である松原明さんと佐々木有美さんが、足かけ15年にもわたり、北は北海道から南は九州まで国労を追っかけ、取材撮影した膨大なフィルムを、劇場用に100分にまとめあげた集大成だ。
 ちょうど国鉄の分割・民営化当時から、先の、国労が四党合意受け入れをめぐって大揺れとなった全国大会までの闘いの足跡という大ドキュメントであり、まさしく私たち国労の記録そのものなのである。
 映画は、1047名が不採用に至った経緯から、闘争団とその家族の過酷な闘いの日々、当局の理不尽な攻撃に抵抗する組合員の姿、全国大会の様子、集会や会議等、ありのままに描かれてあり、実にわかりやすいものとなっている。
 誰もが感動してしまうのは、なんといっても、大会で、闘争団の妻の一人(藤保美年子さん)が壇上に駆け上がり、「私たちの人生を勝手に決めないで下さい」と必死に訴えるシーンだが、これまで夫の闘いを支えてきた妻たちが「私たちはまだ頑張れる」と全面に出てくるあたりは、思わず胸が熱くなり、いても立ってもいられなくなる。
 また、闘争団の言葉も忘れられない。「10年やったんだから、あと10年はやれる。だから、安易に政府やJRに譲歩してほしくない」「基本を曲げてまで屈服するのなら、解決などしないでこのまま年をとったほうがましです」。ああ、あなたはやさしくて、もっと強い。
 会場は共感の涙で静まりかえり、上映後には拍手が沸き起こった。まさに人ごとではない。現代のリストラ社会に勇気と希望を与えたといっても過言ではない。
 それにしても、こんなにまでイジメや差別があるのに、なぜ国労をやめないのか。なぜうまく生きることを拒絶するのか。それが、松原さんと佐々木さんが描きたかった最大のポイントだったという。
 その答えは、この映画のタイトルが全てを物語っている。「人らしく生きよう」。

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サイテイ車掌のJR日記・斉藤典雄/全国大会 菊花賞 国立駅

■月刊「記録」2001年12月号掲載記事

○月×日
 第68回全国大会が終了した。
 私は会場係として傍聴を許された。
 国鉄闘争の長期化と国労組織の高齢化は、会場を見渡すと一目瞭然であった。それは、白髪とハゲ上がった頭の圧倒的な多さが何よりも如実に物語っている。皆もう、いいおやじなのだ。
 大会は、まずは分裂や統制処分といった最悪の事態を免れてホッとしたというのが率直な感想である。問題がないわけではないが、組合民主主義が一応保たれた結果であると思っている。大会直前までは、私も随分と感情的になり、まるで子どものような屁理屈を並べ立てていたことを、ちょっぴり恥じた次第である。
 さて、会場となった社会文化会館前には、前回同様、再び機動隊が導入された。バリケードが厳重に築かれ、完全に封鎖された状態の中、入場者一人一人をチェックするという物々しさである。「そうではない」と本部は言い張るだろうが、反対派はとにかく入れない、本部支持者ならオーケーという、世間の常識からはかけ離れたものであった。
 一日目は、寺内書記長から、突如として追加方針が提案された。「『最高裁での判断を公正に行わせる』の方針を改め、(中略)四党間で合意した『JR不採用問題の打開について』を再確認し、(後略)」という内容である。「突如が好きな本部だが、書記長は何を血迷ったのか」と私は思った。原案とどこが違うというのだろう。原案では、1月の大会で決定された最高裁闘争の方針(JRの法的責任の追及)は全面削除されてあり、あくまでも四党合意に基づいた解決を謳っているものだ。混乱を招くようなことは止めてほしい。ヤジと怒号が大きくなるばかりである。
 2日目に入り、特筆すべきことは、反対派の代議員により、闘争の立て直しを盛り込んだ修正動議(闘う方針案)が提案されたことと、委員長以下すべての役員ポストに対立立候補者を立てたことである。結局は少数可決で、どれも実現するには至らなかったが、これまでの抵抗型にとどまるのではなく、具体的な方針を打ち出し、主体性をもって臨むという前向きな姿勢は大きな前進であり、やってやれないことはないのだ。
 書記長集約(発言)では、「追加方針は原案と同じものである」「解決水準を上げるために大衆行動を行う」「解決案が出たら、一定期間職場討議をして、臨大で決める」などが表明され、最も危惧されていた裁判の取り下げについては、改めて、「裁判取り下げは解決時」と言明した。
 また、運動方針については、賛成80・反対32・保留2・無効1という結果で、原案がそのまま採用された。
 以上、裁判闘争が弱められたこともそうだが、全体的にトーンダウンした感は否めない。いずれにせよ、状況は何も変わっていないのだ。ホッとしている場合ではないのである。
○月×日
 4万6210円という超万馬券が飛び出した菊花賞。もちろん見事にハズレたが、ガッカリなんてもんじゃない。
 競馬に絶対はないが、今回は自信あり!! 的中するという予感がいつになく強かったのだ。「水道橋です。出口は左側です」というように、右側などあり得ないというくらいの確信があった。実は、これまでに、このような時はほとんどハズレたことがなかったのである。というと、いつも大当たりしているかのように思われるが、そうではなくて、こうした予感が起きるのは年に1~2度あるかないかで、普段はしょっ中ハズレてばかりいるのでご心配なく。
 で、レース前日あたりから、それはもうウハウハしながら捕らぬ狸の皮算用で、儲けたお金でナニしよう!?なんて、夢を見ていたのはいうまでもないが、結果はこの通り大ハズレで、ショックのあまり茫然自失となっているのである。
 ちなみに、私が賭けた馬はゴール前の直線で猛烈に追い上げはしたが、先を走っていた2頭には全く及ばずの3着と4着だったのだ。騎手がもう少し早めに仕掛けてくれていたら……と、私ってば、「たら・れば」の世界が何と多いことか。でも、もう後の祭りで何をいっても始まらない。もうボロ負けなのである。それも一瞬にして大損なのだから、私の気持ちは誰にも分かるはずがない。
 なだらかな坂道を秋の風がカラカラと音を立てて通り過ぎていた。。心を癒してくれた金木犀の甘い香りが終わっていたのは、秋が一段と深まった証拠だろうか。庭先の柿の木に郷愁を覚え、切なくなってしまった。天気は西から下り坂で、薄曇りの雲は雨が降り出すことを告げているのだ。ずぶ濡れになっても構わないと思った。夕暮れ時のキッチンからは、休日の一家団欒のぬくもりが漏れてきた……。
 もう数え切れないほど通ったこの道。これで終わりにしようと何度思ったことか。こんな気持ちはウンザリだ。ああ、まっぴらだ。どん底に突き落とされたといっては大袈裟か。自業自得だが、俗世間の煩悩から逃れたくてしょうがなかったのかもしれない……。
 ただわけもなく街をトボトボと歩いた。早々と「年賀状印刷承ります」などと出ていた。ふらりと寄った書店には、来年のカレンダーまで売られていた。まるで、今すぐにでも今年が終わるかのように、すさんだ気持ちに追い打ちをかける。まだまだやらなければならにことが山ほどあるのだ。「そんなにせかすなよ、まだ10月じゃないか」と心の中で呟いていた。
 ふと気がつくと、お銚子の隙間から困ったような顔をした店長が見えた。きっと怒っているにちがいない。「済まなかった」。飲み屋のカウンターで寝てしまったようだ。
 覚つかない足取り、曖昧な記憶、ん?「おれは狂牛病なんかじゃねぇぞ、政府はキチンと責任とれよな」と、かなり狂っているのが自分でもよく分かった。
 当分の間おとなしくしていようと思った。それしかないだろう。そうだよな。
 あばよ、競馬場。
○月×日
 実にくだらないことだが、ちょっとした発見をした。
 以前、中央線の武蔵境から出ている西武多摩川線に多磨墓地前という駅があった。ホームに立っている白い大きな駅名表示板の「ぼち」という平仮名書きの濁点の部分がマルに悪戯されており、「たま」や「ぽち」といったかわいい仔猫や犬を連想したりして、許せないけど笑ってしまったことを思い出す。(本年3月28日、駅周辺に公共施設が沢山出来たという理由で、駅名が多磨に変更された)←telでききました
 ところが、最近見つけた中央線国立駅のはスゴイ。各駅のホームに最低2つか3つはある、天井から吊してある横長で長方形のプラスチック製の大きな表示板です。駅名が漢字、平仮名、アルファベットの3種類で、大変見やすく表示されているのだが、モンダイはアルファベットの部分。見事というか、なんとも巧妙なのだ。正規の綴りは「Kunitachi」だが、一部分が細工され、チョー赤面しそうな「とある」言葉になっている。それは真ん中の「itac」がキレイに消されてあり、「h」が「n」に変えてあるのだ。もうお分かりだろうが、ここに読み方を記すことが出来ないのが非常に残念である。
 それにしても暇なヤツがいるものだ。西武線のは背丈ほどだが、JRのは高いところにあるため、脚立でも用意しないと悪戯は出来ない。
 乗務を終えて区に戻ると、私は早速同僚達に報告をした。すると、誰一人と気付いていないばかりか、私が一番暇なヤツということになってしまったのだ。皆は私のようにキョロキョロしていないというわけである。私だってたまたま見つけただけなのに……。ええぃ、いっちゃうぞ、デカイ声で、「くん……」。やっぱりいえない、おじさんには。
○月×日
 いつものことだが、ヘトヘトに疲れて部屋でうたた寝をしていた。するとアストラから電話があり、来月号の原稿が足りないという。
 気にしてたが、日にちだけが過ぎていったのだ。「×日まで2枚半」だって。明日、明後日ともう2日しかない。どうしようかと迷ったが、既にかなり酔っていて、もはや何をやってもダメなことはよく分かっていた。仕方がないから「明日があるさ」と、イソジンでうがいをしただけで、急いで布団を敷き、爆睡するしかなかったのだ。
 今日は午後からの遅い出勤なので、時間はある。書こうと思う。手帳を捲って、この一週間何をしていたのかと振り返ってみた。
  「×日、ウォーターボーイズ」とあった。そうだよ、映画を観たのだ。男子高校生がシンクロに挑戦!?するという青春ものだ。初めは気色悪いと思ったが、テンポのいい演出でなかなかの見応えだった。目標を立て、やり遂げる。生きていく上で重要なことは、こうした達成感ではないかと、無垢な姿に感動したものだ。
  「×日、送別会」。運転士試験合格者の激励会だ。東労組の若い子なので、知られてはマズイこともありコッソリと。車掌になってまだ1~2年だが、もうお別れだ。新天地で頑張ってほしい。
  「×日、2社から原稿依頼」。SとK社から立て続けに書いてくれと来た。本心は書きたい。でも自信がない。「考えてみます」と応えたものの、後日お断りするだろう。
 あとは組合の資料を作り、何通かの手紙やメール、ファクスなどの返事を書いたりで、結局は、毎晩サケ飲んで寝るだけの日々なのであった。
 実は今、11月11日午前11時11分で、FMラジオからジョン・レノンの『イマジン』がキッチリと流れてきている。今日は世界平和記念日なのだそうだ。この時刻に全世界の集会や家庭で、「争いのない世界を」の歌声とともに、米国同時多発テロやアフガンでの犠牲者を追悼すると、朝刊に出ていたのだ。
  『アバブ・アス・オンリー・スカイ』。ただ空があるだけか。そうだよな、今日のような青空が永遠なら、どんなにいいことか。
 さて、問題は2枚半なのだ。どうしよう…。

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サイテイ車掌のJR日記・斉藤典雄/小泉メール 新井文書

■月刊「記録」2001年11月号掲載記事

○月×日
 た・大変だよ!! 聞いてくれるか皆の衆!
 私の本を読んだと、なーんとナント、小泉首相から掲示板にメッセージがきていたのである。
  「えっ!? ウソだろ、まっさかぁ……、何かのマチガイだろう」と「小泉純一郎」と名乗る、この人のアドレスに接続してみたら、ちゃ、ちゃーんと首相官邸のホームページに繋がったではないか。信じられなかったが、これはウソなどではない。本当なんだよ、本物なのである。
 私は久しぶりにアストラ(出版社)のホームページを見たのであった。私の本が宣伝されているわけだが、「読者から一言」という掲示板があり、先日は嶋廣二さんという、何だかお偉いお方からのメッセージが入っていたのだ。
  「かつての、省線電車、国電の時代から、現在までの一利用者として、また、国鉄に23年間勤務経験のある一庶民として、感無量で拝読しました。(後略)」。嶋さんはホームページを開設しており、そのプロフィールによると、「杉並区在住。東大卒。運輸省入省。米原機関区長、鉄道監督局保安課補佐官……」などとあり、9つ位の要職を歴任されている。車掌一筋の私には想像も出来ぬが、立場が全く異なる人が読んで下さったのであり、わざわざ感想まで寄せて頂いたことに、嬉しくて感激せずにはいられなかった。
 話を戻そう。小泉さんである。
  「こんにちは。小泉純一郎です。斎藤さんの本を読みました。痛みによく耐えた! 感動した!(2001年9月2日)」というものだ。今やすっかりお馴染みの口調そのもので、小泉総理の顔が浮かんだ。いや、浮かべるまでもなく、さっきからテレビに映っている。米の同時多発テロ事件について、総理大臣としての声明を早口で述べているではないか。
 それにしても、小泉総理がねぇ……。
 吹き荒れるリストラ、倒産、雇用不安、株価急落、失業率5パーセントといった、日本経済が危機に直面している真只中に、私の本を読んでいるとは相当の余裕があるのですね。さすがなものだと恐れ入る。
 国労の問題は国の政策により翻弄されているのである。小泉総理には、私達が納得できるしっかりとした指導力を発揮してもらいたい。そうすれば私だって、痛みに耐えたり本など出したりせずに済むのである。
 などと、その気になってここまで書いたものの、どうも半信半疑で仕方ない。もはやパソコンの専門家に尋ねるしかなかった。すると……いやあ騙されましたね。やっぱりこれは悪戯であることが判明したのだった。
 どなたか知らぬが、楽しいひと時をありがとう。感謝申し上げる次第である。バーロー!!
○月×日
 全国大会を前に、新井修一氏(国労前総務財政部長)による「全国の仲間に訴える」と題した文書が物議を醸している。
 この文書は、これまでに国労本部が頑なに口を閉ざし、誰一人として公言しなかった真実ともいうべき本音が書かれているために、あまりにも衝撃的なのである。
  「JRへの採用差別問題をめぐって」と「国労の組織の状況」という2項目からなり、「四党合意」によって、今、国労がとるべき道について本部としての並々ならぬ決意と強固な意志が貫かれ、なんともストレートに述べてある。
 しかしそれは、反対派が当初から耳にタコが出来るほど指摘していたことであった。その危惧が、まさに現実となったといえるものであり、本部を信じてきた私は裏切られたという思いと失望感でショックを隠せないでいる。
 やり場のない怒りとは、こういうことをいうのか。それにしても遅すぎた。もっと早くいってくれれば、たとえ険悪になったとしても、今以上に健全で開かれた議論が尽くされただろう。そして、本部と組合員間の理解がより一層深まったのは確実で、現状のような内部対立や修復不可能に近い事態にはなっていなかったはずである。

 まずは、新井さんの文章をそのまま引用する。
  「最高裁判所の判決が出されれば四党合意は消えてしまうし、当然政治解決も無くなってしまう。これまでの闘いが水泡に帰すことになる」「このままの状況があと10年も続けば算術上から国労組合員はゼロになる。」
 などといい、
  「国労が組織体として生き残れる道は一つしかない。それは四党合意に基づく解決案を不満があっても国労全体が一致団結して呑むことである。そして採用差別問題の解決の上に立って、JRの経営形態に応じた新たな組織体制を形成し直して再出発をすること以外にはない。そしてそれは、この10月13・14日に開催される第68回定期全国大会の場が最後の機会となる」
 と結論づけている。

 これでよく分かった。これが新井さん(本部)の考えであり、決断なのだ。「国労に残された最後の道」なのである。
 何がなんでも解決案を受け入れる。たとえ「ゼロ回答」であってもである。そして、全国単一体の国労を流れ解散して、新組織を結成する。つまり、15年に及んだ1047名問題(国鉄闘争)をこれでもう終わりにする。すなわち、他でもない、闘争団を切り捨てるということなのである。
 そうですね。このままではいつまでたっても国鉄闘争は終わらないだろう。だが、何度でもいう。闘争団を切り捨ててはならない。「国労が生き残るため」などといって仲間である闘争団を切り捨ててはならない。解雇された当事者である人たちの主体性がまったく無視されることになる。そんなことは断じて許されない。
 解決案を呑み、国鉄闘争を終わりにしたところで、国労が再生するとはならない。口惜しいが国労は無くなるのだ。そんなことは誰だって初めから分かっていたさ。自然消滅の道を辿るのである。
 しかし、たとえそうであろうと、闘争団を救えればいいという意気込みで闘ってきたのではなかったのか。そうすることにより初めて新たな展望が開け、再生への道も見えてくるのではないのか。私達現場の組合員も歯を食いしばってありとあらゆる差別に耐え抜いてきたのだ。もうここまでくると、本部は闘争団をお荷物だと考えているとしか思えない。現段階での解決は、政府・自民党やJRにとっては解決したとなるが、私達国労には問題放棄以外の何ものでもない。

 国労はまさに深刻な事態に直面したわけだが、まるで袋小路へ迷い込んでしまったかのような今の閉塞感と似た状況であった頃を思い出すことが出来る。
 99年3月、「解決のメドがついた」として臨時大会(第64回)を開催し「改革法」を承認した。この時も、大会で認めればすぐにでも交渉テーブルができるといわれ、大会発言では「解決水準が切り下げられるようなら、元に戻って闘えばいい」などといわれていたが、結局はなにもなかった。今回の「四党合意」と全く一緒である。相手側は「裁判の取り下げ」を求めたりで、次々とハードルを上げてくるだけであり、解決の方向とは逆の方向に追いやられているというのが実情なのである。
 いずれにせよ、こうした現局面に至った最大の要因は、忘れもしない98年5月28日の東京地裁による中労委命令を取り消した不当判決が端を発しているように思う。
 この機を境にして本部は闘いを強めるどころか政府やJRに依存することを一層深めていったのではないか。綿密な計画の下に敗北路線を歩む腹を固めたのだろう。
 その始まりが、同年8月の全国大会(第63回)で突如出された「補強案(5項目)」の提起であり、この時は継続討議となったものの、前述の臨大へと突き進み、その総仕上げとして、今回の「四党合意」に行き着いたとみる。

 ここで再び新井さんの文章を引用する。
「四党合意に基づいて解決を図らなければならないと主張している者も『あまりの低水準では呑むことができない』という程度の甘い認識しか持ち得ていない」
 驚きである。本部を信じ、「解決案が低水準であれば引き返せばいい」と賛成した仲間さえも痛烈に批判している。また、反対派に対しては、
「最高裁の判決が出てもまだ闘えると唱える者もいるだろうが、それは負け惜しみを通り越した無責任極まりないものであると言わざるを得ない」
 もはや呆れ果てて、反論する気も失せてしまう。
「不満があろうとなかろうと、丸呑みするしか方法がないのである」に関しては何度も強調しているが、丸呑みしないと、何だか喉にトゲが引っかかって窒息死でもしそうな気配なのである。さらに、
「この問題解決のために当初から影になって動いてくれた人のOBの協力がある。(中略)四党合意は国労が有し得る力とは別に政治家の人間関係が多分に作用しているのである。つまり四党合意の内容は、今日の国労の力量とは別の、彼我の力関係を超えたところで作りあげられたものであるという事である」
 「闘いの到達点」ではなかったのか。あれほど呪文のように聞かされて、私も真剣に考えたものだ。それが意図的に吹聴されていたとは残念でならない。また、「包括的打開案を出す」や「ラストチャンス」も全て嘘と詭弁だったとは、本部も大変な苦労をされたのですねとしか私にはいえない。

 最後に、国労は破産状態にあるということだ。「歴史的な国労の分割民営化に伴い国労は名実ともに甚大な影響を受けた。以降15年間組織人員は暫減し続け、現在2万人となっている。それでも国労が存続できているのは、良き時代に蓄積された名声を含めた財産を受け継ぎ、それを食いつないできたからである。(中略)しかし名声は時とともに薄れて行き、財産は食いつぶした時に終わりになるのである」

 感傷に浸っている時間はない。私達は間違ってはいない。一般組合員は指導部のゴタゴタに振り回されてはならない。己れを信じて信念を貫き通したい。私には何もなす術はないが、後は大会代議員の良心に期待するしかなさそうだ。

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サイテイ車掌のJR日記・斉藤典雄/台風 秋 団結しよう

■月刊「記録」2001年10月号掲載記事

○月×日
 大型の台風11号は東京への直撃は免れたものの、いくら水不足が解消されるとはいえ、2日間にわたり止むことのなかった雨にはいささかうんざりさせられたというのが正直な気持ちである。時速15キロという自転車並みのゆっくりとした速度だったため、同じ場所に長時間居座るというたちの悪い台風だった。
 それでも私は、「寝ている間に通り過ぎるだろう」とタカを括っていたのだが、朝起きてみると横殴りの雨でガッカリし、溜息交じりにテレビをつけてみると、まだ東海地方をうろうろしていたのだった。
 NHKでは、朝から晩までのほとんどの番組の予定を変更して、台風情報一色という熱の入れようだった。気象情報から始まり、台風の進路に合わせた各地の状況中継、鉄道、空、道路の交通機関の様子といった具合だ。
 JRは運転を見合わせるなど、本数を減らしたりと相変わらずてんてこ舞いなわけだが、私は利用者の心配や不安は重々承知しつつも、関心がどうしても会社の方に向いてしまうのだった。約30分おきに映し出される、東京駅の新幹線ホームから新宿駅南口、そしてオレンジ色のわが中央線(そう、乗務中の同僚が映ったりする)とお馴染みの光景を見ていると、民間企業JRとして、広告やCMに莫大なお金をかけなくても十分すぎるほど大宣伝になっているのではないかと、台風とは全く関係のないことを考えたりしているのだった。
 ニュースは「JRでは駅員を普段より増やして対応に当たっている」といっていた。「さて、おれはこうして家でのんびりしていていいのだろうか」などと、そわそわ落ち着かなくなり一瞬不安が過ぎるのだが、休みだから仕方がない。同僚達の四苦八苦しながら職務に専念している様子は手に取るようによく分かっているつもりだ。しかし、私には呼び出しの電話もないし、神に誓ってこれでいいのである。例えビールを飲んでも、ヘルニア体操をしようが、休みなのだから何をしてもいいのだ。テレビと窓の外の風雨を他人事のように眺めていても許されることなのである。
 台風は昼頃に伊豆半島に上陸し、その後勢力を弱めながら東京湾を通過して、午後4時頃には千葉に上陸したという。
 夕方には、それまでの雨まじりの灰色の空から青空が覗き、陽も差してきた。首都圏のダイヤもラッシュ時間帯にはほぼ通常運転に戻すということだった。とりあえずは一安心である。私もようやくテレビの前から離れることができた一日であった。
○月×日
 助役が、「斎藤さん、本出したんだって、いつよ、知らなかったよ、おれにも見せてくれないかなぁ」と、偶然かもしれないが、人のいないところを見計らうかのようにコッソリいってきた。
 今年の春に石和温泉駅(山梨県)から赴任してきたばかりだが、20年程前、うちの職場で車掌として一緒に乗務していた先輩だから知らない人ではない。
「ほんとは本屋で注文してほしいんだけど…、あ、そういえば、そこの東西書房(三鷹駅ビル)に23冊置いてある(私が数えた)から買いに行って下さいよ(そうなのだ、どうしたわけか最近になって置いてある)」といったのだが、「ま、いいか」と思い承諾した。
「そんな趣味があったんだぁ…、で、どんなこと書いたの?」と聞くので、「そうだね、あなた方がね、おれたち国労のことをあまりにもヒドクいじめるから、そんなことをしちゃぁいかんよ、みたいなことだけど、ま、あまりにも大きな問題だから、日常の出来事を綴っていけば、自分の考えも伝わるんじゃないかなぁと思って、コツコツ書き溜めたものを出版社がまとめてくれたわけ…、そう、全部あったこと、事実、今度持ってきますよ」といった。
 ある一面だけを捉えるのではなく、部下の思いを汲み取るという気持ちで読んでもらえればそれでいい。きっと、暑さも忘れて、まるで宗教のようながんじがらめに凝り固まった頭も冷えてスッキリするのではないかと思っている。
 欲を言えば、読み終わったら感想文原稿用紙10枚を私に提出すること。期限は8月末日、厳守。夏休みの宿題としてね。
○月×日
 辺りはすっかり秋の気配が漂っている。
 凌ぎやすくて身体もラクだ。なのにやる気が起こらない。普通は逆だろう。困ったものだ。張り合いがないんだ。しっかりしてもらいたい。日中はせめて30度位まで上がってほしい。がんばれ高気圧。人の気持ちは天候に左右されるものだ。
 熱燗を飲んでいる。ちょっとひんやりするからと単純この上ない。生ビールのようにジョッキで豪快にとはいかない。チビチビやっているとしんみりしてくる。注文するときも心なしか神妙だ。べつに気取っているわけではない。いい気なもんだ。
 スーパーに寄った。生きのよさそうなサンマが出ていた。氷漬けになってキラキラと輝いている。一匹180円、北海道産、刺身用とある。たっぷりの大根おろしとジュージュー塩焼きで食べた。初物は美味い。これから当分サンマの日々が続く。
 湯ぶねにもの静かにつかっている。わっせわっせとシャワーばかり浴びていた夏だった。もの思いに耽るかのようにすっかりおとなしくなってしまった。
 仕事をしてサケ飲んで、風呂に入って寝るだけの一日。芸術ともスポーツともほど遠い秋の始まりかな。
○月×日
 定期全国大会の日程が決まった。10月13・14日の2日間、東京・社文会館で開催される。
 大会の性格については、
①解決案が出て、その批准を求める。
②解決案が出る前で、このまま「四党合意」での闘争継続を示す。
③解決案が出て(も出なくても)、拒否をして、新たな闘いを提起する。
などが考えられるが、これから決定するという。
 大会まであと2ヵ月だが、現状のままでは解決案は100パーセント出ない。私はこれまで勘違いをしていたようである。
 何回かの四党協議の中で、最も重要と思われる意見(四党からの要求)は2つあった。
 1つは、「JRに法的責任なしを大会決定しながら、裁判(最高裁)を続けるのは矛盾している」。もう1つは、「国労は反対派の意見(二分している)をまとめられるのか」というもので、協議後の記者会見(3月15日)で、座長である甘利明議員(自民・元労相)は「矛盾を残したまま解決に至るということはありえない」といっていたのであった。勝手に矛盾だと決めつけられても困るが、だから解決案は出ないのである。
 国労は1つ目については、訴訟の取り下げは解決時であるとし、2つ目については、36闘争団に結集するように呼びかけ、現在努力中だとしている。
「四党合意」では、訴訟の取り下げは社民党から国労に要請するとなっている(解決手順第二項目目)。にもかかわらず政府・自民党は取り下げが解決への前提条件であるかのようにいい、大会決定後の解決手順に明記されている第一項目目の、与党からJR各社に要請云々すら行っていないのはどうしたわけなのか。
 また、国労は「四党合意」の枠内に1つにまとまるようにということだが、つまり、自民党は国労に対して「国労の団結を求めている」のである。なんだかオカシイ、ちょっとヘン。きな臭いではないか。これは怪しいと思ったほうがいい。
 政府・自民党が国労の団結を切願しているのは、何も解決案を出すことの障害としてではないと捉えなければならない。政府相手に闘い続ける勢力が少しでも小さくなるにこしたことはないからだ。
 さらに、その一方では、国労組織内に対立と不信が増大するのを期待して、国労自らが瓦解していくのを手をこまねいて待っているからに他ならない。そう考えれば、相手側には、まさに一石二鳥といえる。
「四党合意」は国労解体の総仕上げの意味を持っている。国鉄の「分割・民営化」が総評解体・国労潰しが目的であったように、それとまったく同じことが行われようとしているのだ。
 悲しいかな、国労本部はすべて知っていてやっていることなのだろう。しかし、闘争団と組合員のことを本気で思うなら、これ程行き詰まった「四党合意」による解決は見直したほうがいい。いつまでもすがりついているのは止めよう。幻想を捨て、初心に返り、どんなに苦しくても新たな運動の再構築を計るべきではないだろうか。
 大会では、「四党合意」に賛成した代議員は、「解決案が低水準であれば、『四党合意』を大会で拒否して引き返せばいい」といった、昨年来の4回にわたる大会発言をもう一度思い出してほしい。また、本部には、これまでの事実経過を誰もが納得できるように、正直に報告してもらいたい。
 いずれにせよ、この土壇場に来て、国労は再生するかの瀬戸際に立たされたといっても過言ではない。団結以外に道はないと思う。

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サイテイ車掌のJR日記・斉藤典雄/腰痛復活 足元よし 所定

■月刊「記録」2001年9月号掲載記事

○月×日
 腰痛で仕事を休んだ。
 ちょうど1年前の椎間板ヘルニア勃発?以来、毎日のように腰が痛み、それでもダマシダマシやってきたのだが遂にダメだった。
 夕方16時32分からの夜勤だったが、その前に2時間の会議が入っていた。お題目は「夏季輸送の取り組みについて」で、どうせ毎年決まりきったことだから出なくてもいいようなものだが、私達の仕事は同じ事を繰り返すという積み重ねで、それもまたひとつの節目として大事なことなのであり、出ないわけにはいかないのだ。
 その会議後にそのまま仕事に就こうと、昼過ぎには職場で制服に着替えていたのだが、突然ジワーッと重苦しい痛みが襲ってきた。でも、こんなことはしょっ中なので、「まいったなぁ」と思いながらも、「エイ、ヤッ」と気合いを入れ、腰を庇いつつ会議に出席した。
 それからだった。もう痛みはどんどんエスカレートするばかりで、腰をさすってみたり、丸めたり、のけ反ったりと、そんなことをしたってどうにもならないいつものことを、一応一通りやってみたのだが、にっちもさっちもいかずにダメなことはダメなのだった。答えは簡単、「ダメだこりゃ」なのである。
 休憩までの1時間は我慢して、顔を歪めつつ「今日はどうしても乗務が出来そうもない」と、当直助役に申し出た。すると、誰かがすでに電話で休んできた(突発)らしく、夜勤突発対応の予備の人が使われていて代わりがいないという。あとは休みの人に出てきてもらうしかないのだ。それは困る、ヒジョーに困る。こんなクソ暑い日は家で涼んで十分に休養をとってもらいたい。私だってもし電話をもらったら適当な理由をつけて断るにちがいない。
 そんなことをアレコレ考えていると、心苦しく、申し訳ない気持ちでいっぱいになるのだった。普通ならここで、痛みを堪えて乗務するのだろうが、私の場合普通ではないのだ。もうごめん、済まない、頼むよ、誰でもいいから助けてね、この腰抜けを、と普通に思うしかなかった。
 病院には半年近くも行っていないが、この日は休日だったので休診である。とりあえず帰りに薬局に寄り薬を買った。腰痛・神経痛の鎮痛に「イレイサー」(ゼリア新薬工業)。3570円、ヒエーッ、高い。それにしても、これ以上の体調管理をどうしろというのか。考えるだけで気が重くなってしまうのだった。
○月×日
 今、若い人の間で流行っている?そう、足袋のような踝までしかない短い靴下を履いてみたのだ。
 子どもが登校するときのローハーにはチトみっともないと内心思っていたのだが、これがまた、一度履いてみると大変グー。この暑い時期にぴったりなのである。
 足元がスースー涼しい感じがして、これまでの普通の長い靴下は、もううっとうしくって履いてなどいられなくなってしまった。
 また、シャワーに駆け込みズボンを脱ぐのと一緒に脱げたりして、そのまま洗濯機にポイッ。手間が省けるといっては大袈裟だが、「おお」っと、そんなどうでもいいような一瞬の出来事にヨロコビを覚えたりする。
 で、立ったり歩いたりしている時は問題がないのだが、腰掛けたり足を組んだりするとズボンの裾が上がるから、その靴下がバレバレとなる。
 さっそく同僚達にいわれた。「典ちゃん、革靴にはヘンだよ、それってスニーカー用でしょ」「オヤジには似合わないよ」「お前の場合は、ゴムが弛んで、ただずり落ちてるだけじゃないのか」。皆笑わせてくれるではないか。「君たちねえ、おしゃれは足下からっていうじゃないか」なんちゃって……。
 足下よし、右よし左よし。今日も涼しく出発進行!!
○月×日
 戒厳令下の国労大会から既に半年が経過しているのに、肝心の四党合意はどうなっているのか。国労が四党合意を認めれば、すぐにでも解決に向けて政治が動くという話だったが、数回の協議が開かれただけで、ちっとも進展していないようである。
 それは、「四党合意以降、与党からなんらかの働きかけがあったのか」という質問に、「全くないので検討もしていない」との、まるで他人事のようなJR東日本株主総会(6月27日)での回答からも窺える。この間の小泉政権の誕生から、都議選、参院選といった「政治休戦」状態で、タイミング的なことも影響しているのか。それとも、大会以前から「本部がいかなる決定をしようとも最後まで闘い抜く」との態度表明をして、今まさに独自の自立した組織を立ち上げようとしている(9月)「闘う国労闘争団」の存在により、解決案をだしても1047人問題(国鉄闘争)の幕引きにならないというリスクを考えてのことなのか。
 いずれにせよ、決めたことは反故にすることなく、誠実に対処し、忠実に履行してもらいたいものだ。
 さて、私は、四党合意が提示されて以来の1年余というもの、モヤモヤとした割り切れない思いが、大きくなりはしないが消えることもなく、常に心のどこかに宿っていたのだ。自分のとってきた行動(一票投票○など)を棚に上げていうわけだが、やはり、国労の選択は誤りではなかったのかと、今更ながら強く思うのである。
 結論からいえば、四党合意受諾か否かの決定権は、争議当事者である闘争団員に委ねるべきではなかったのかということだ。(「なかったのか」が2度も続いたのは、己れの考えが未だに曖昧だという証しです)
 この問題は、合理化反対の運動方針等とは全く意を異にする別次元のものではないだろうか。国家的不当労働行為という人権侵害により100人を越える自殺者まで出た。人間としての尊厳を賭けた、人生を左右されることを、大会決定だから従えというわけにはいかない。常に妥協を余儀なくされる労働運動の枠を越えた、それこそ思想・信条を貫き通すべきことのような気がしてならないのである。
 まったくもって、不誠実な政府やJRには苛立ちと怒りでいっぱいだが、国労本部にまで不信が募ってしまったりしている。
 しかし、そうもいってはいられない。現状がどうであれ、最大の争点である解決案については、水面下ではしっかり動いているとみるに越したことはない。相手側はさまざまな情勢を見極め、完全に煮詰まった時点で判断を下すはずであり、予断は許されない。私達一般組合員には突如として知らされることになるのだろう。
 ところで、その解決案の数字だが、はっきりしたものはもちろん公にはされていない。だが、どこからともなく漏れ伝わってくる情報などから得られる感触とでもいうのか、どれもみな低水準というより、まったく話にならないものばかりなのである。
 そのようなものでも国労はよしとして受け入れるのだろうか。闘争団(賛成派)がいいというのであれば構わないが、「こんなはずでは……」と、納得しない場合はどうするのか。国労はなんらかの手を打つだろうが、闘争団に増して拒絶反応がより大きいであろう「闘う国労闘争団」を、国労はこの時とばかり、強権的に切り捨てにかかるのでは……、最後の禁じ手を断行するのではないかという危惧の念が生じて仕方がないのだ。万が一そうなれば、国労は終わりである。
 考えすぎだろうか。そんなことをしたら、私は国労を許さない。許さないからな。そんなことは絶対にないよね、本部!!
○月×日
 夜勤明けで副区長に呼ばれた。
「斎藤さん、試験の結果だけど、えー、不合格です」。
 私は思わず「えっ!?」という言葉が吐いて出てしまった。納得しているはずなのに、まるで耳を疑うかのような、自分でもよくわからずに面喰らったわけだが、「判定ミスなんてありっこないよな」と、心の中で思い直し、「所定ですね」などと笑みを浮かべていったのだった。
 副区長は、「言っている意味が分かりませんが、えー、業務知識、作文、一般常識とも、もう少しでした。また頑張って下さい」ということであった。
 もう、なーんにも尋ねる気はなく、長居は禁物。「とりあえずビールかな」と思い、さっさと着替えて「家路行」の中央線に乗り込んで職場を後にしたのだった。
 アナウンスの主は、元気ハツラツ、前途有望な若い車掌だったが、「おいおいタノムよ、仕事のことは忘れさせてくれないか」と、耳を塞ぎたくなるばかりだった。アーメン。

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サイテイ車掌のJR日記・斉藤典雄/国労マーク ミス 革マル問題

■月刊「記録」2001年8月号掲載記事

○月×日
 本年度の定期昇給発令通知書(基本給等の新賃金)を区長直々で頂戴した。
 これを貰うと、以前なら「よし、やるぞ」というか、何をどうやったらいいのか分からないにしても、とにかく「今年こそは」という漠然とした気持ちが起きたものである。それが今となっては、感じることは何もない。まるで私は、「これが所定のコースだべ」と、オケラ街道をトボトボ歩く、腑抜けたオッサンのようになってしまったかのようだ。
 さて、区長は、この春着任されたばかりのバリバリなのだ。歴代の区長は皆50代であったのが、この方は、30代という驚異的な若さで「われらが親分」「あんたが大将」なのである。
 従って、相当優秀で大変立派な素晴らしい人に違いないのだ。私のような下々の者には恐れ多くて、声を掛けることすらためらわれる。実際、廊下で擦れ違った時などは、ただ頭を深く垂れながら「ありがたやぁ、ありがたやぁ」と心の中で唱えるだけで(私の場合、本当です)、話しをしたことは一度もない。
 そんなわけで、「斎藤ですが」と緊張しつつ区長室へ入った。すると、意外にも「かの有名な」ときたもんだ。私は「ぜーんぜん有名じゃないですけどぉ」とボソボソ応えると、「全国的に有名でしょう」と確信に満ち溢れた力強い口調でおっしゃるのであった。
 そりゃあ、区長よりは有名だろうけど、私は恥ずかしさで動揺しそうになると、すかさず区長は、号俸や基本給が書かれた通知書を早口で読み上げ、私の胸の氏名札隣りのボールペン一点に鋭い視線を集中させたのだった。「初めて見たよ。会社としては喜べないことを承知でやっているのだろうけど……、わかったね、はいっ」と通知書を手渡されておしまいである。私はそれについては何も応えずに一礼して退室した。
 そのボールペンだが、国労のマークが付いている代物なのである。といっても、実に申し訳程度で、数ミリ四方という極小さなものだ。例えば、町や学校などから記念品として貰う、鉛筆に名前が彫ってあるのと同じようなものとして理解していただければよい。なにも小さいからいいというのではなく、イケナイことはイケナイとキチンと認識しているつもりだが、就業規則上で着用が認められていない胸章等(バッジやワッペン)の類いではない。確かにマークは付いているが、仕事に必要不可欠なボールペンであり、区長(会社)がどのような解釈をしようとも、組合活動ではなく、単なる筆記用具なのである。
 なにより、私がこれを付け始めたのは5年程前からで、この間3人の区長が交代されるも注意を受けたことは一度もなく、毎日の点呼ですら何のお咎めもない。それもそのはずだ。国労マーク入りベルト着用は就業規則違反にはあたらないとの最高裁判決(96年2月)が出ているのだ。
 それとも今までは無視されていて、それでも実はしっかりチェックされ、勤務評価は著しく低いものとなっていたのだろうか。
 いずれにせよ、区長はマーク入りのボールペンは認めないということだ。国労組合員であること自体がイケナイこと、東労組にあらずんば、人にあらずの労務政策は相変わらずのようである。区長がいう「有名」とは、私が犯罪者でもあるかのような悪い意味での有名なのだろう。この先も、私に対するマークはきついんだろうな、きっと。トホホである。
○月×日
 昇進試験(一次・筆記)が行われた。昨年は突然のヘルニアで、自宅でウーウー唸っていてパス。あれから早1年、相も変わらず最下位ランクの指導職へのチャレンジである。どうせ受けても受からないのがわかっているというのもヒジョーに辛い。それでも受ける。受けないことには何も始まらないと思いつつ、あらゆる差別に前向きに取り組まざるを得ないのだ。
 それに、賃金面でも、この試験に受からない限りはベースアップと定期昇給(下位職ほど昇給間差が少ない)だけの上積みだから、いつまでたっても低額のままという切実な問題が含まれている。
 ところで、国労はこの試験についても各地の労働委員会に提訴しているわけだが、東労組だけが受かり、国労組合員が落ち続けるという納得できなかった壮大なカラクリが次々と明らかになってきている。
 そもそも、普段の勤務成績(人事考課)が通信簿のように5段階評価されていて、いくら筆記試験で合格ラインに達していても、2以下の者は落とすというのだ。
 評定者は東労組組合員である助役や区長などだが、この人たちもさらに支社などの上司から人事評価されている立場であり、国労組合員に3(か4)を付けると、「国労なのにどうして3(か4)なのだ、おかしいではないか」と、助役は区長から、区長は支社からいわれて、2や1しか付けられないであろうことは容易に推察できる。
 また、2や1の割合が20%ぐらいだというから、国労の組織率とも見合っていて「なるほど」と思う。
 当然、この逆に、東労組は4か5なわけだから、毎年順番に全員が受かっていく仕組みなのである。
 つまり、昇進試験とは名ばかりで、勤務成績により合否が決定されるということであり、いかにも公平であるかのように見せかけているにすぎないということだ。
 ならば、私は今年もまた落ちるのであろうか。採点すらされずシュレッダーにかけられて終わりなのか。それでも構わない。世の中にはミスが蔓延している。今回は少し難しかったから、私の回答はミスだらけだろうが、今年こそはと期待が大きいのである。
 それは、今問題となっている山形大や富山大などの合否判定ミス事件だ。JRにもミスが起こらないとは限らない。また、昇進試験でのミスなど社会問題になることもないから、安心してミスってほしい。どうか、間違えて合格できますように……。
○月×日
 「東労組=革マル派」という疑惑が取り沙汰されてから久しいが、先の完全民営化法案が審議された国会では、この問題に対する解明が盛んに行われた。
 衆議院国土交通委員会(5月25日)では、扇国土交通大臣が「残念なことに、全国の革マル派4000名のうち1000名程度がJR関係者だ」と答弁するなど、これまでに「東労組=革マル派」は「ウソ、デマ、でっち上げ」だとしてきた東労組の言い訳は、もはやだれにも通用しなくなった。
 この日は、西村真悟議員(自由党)が質問に立ち、治安維持の観点からJR東日本の革マル派問題について質疑応答が行われた。
「革マル派は、各産別に労働委員会を設けており、JRには通称『トラジャー』、その下部組織に『マングローブ』と呼ばれる組織があるというが、どうか」「JRの組合組織に(革マル派が)浸透しているというのは、組合員の数の割合をいうのか、組合執行部に革マル派がおり、指導する立場にたっているのか」「具体的に人物などの特定まで捜査で裏付けられているのか」との質問に対して、漆間警備局長は「(トラジャーなどの組織の存在については)捜査で裏付けをとっている」としたうえで、「警察としては、JR総連、JR東労組内において影響力を行使しうる立場に革マル派系が相当いる」と明言し、個人の特定については「捜査の手の内であるので答弁は控えさせていただくが、議員がご指摘のようなことは解明されている」と回答した。
 また、扇大臣は「JR東日本が適切な事業運営をはかるうえで、一番必要なのは健全な労使関係である。それがなければ大変な問題になってくると思う。東日本と労組の関係がどうなのか注目したい」との考えを明らかにした。
 さらに、参院国交委(6月7日)では山下八洲夫議員(民主党)が東労組の機関紙についても「「一部国会議員どもが国会の場や…、またぞろ『JR東労組=革マルキャンペーン』を画策した…、西村議員がまたぞろ登場し八百長発言を繰り返した…」など、国会や国会議員を冒涜している、どう思うか」と質問した。
 参考人として招致されたJR東日本の大塚陸毅社長は、「労組の情宣には節度が必要であり、ご指摘の件については(組合に)反省を促している。今後も話をし指導する」と答えているが、JR東日本という大企業と平和協定を結んでいる責任組合のビラとは到底思えない、誰がどう考えても恥ずべき表現、内容でえげつない。
 当の東労組はといえば、昨年暮れから、革マル派とは一切無関係で、逆に、敵対関係にあるかのような非難・批判合戦に躍起となっているが、単なるポーズとしてとられ、信じる者など誰一人としていない。その機関紙によれば、「革マル派=オウム」「犯罪者集団」「拉致・監禁・強要・盗聴・盗撮のテロ集団」「革マル派を弾劾する」「断固として闘い抜く」などと、いかにも立ち向かうかのようだが、もしそうだとしたら、どう責任をとれるのか。革マル派などと無関係な東労組のほとんどの一般組合員や社員には、実に大迷惑なことである。
 また、会社の経営にとっても看過できない重大事であることは間違いない。今こそ、会社は東労組との癒着関係を清算すべき時である。といくらいってもダメなんだよねコレが…。困ったものである。

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サイテイ車掌のJR日記・斉藤典雄/民営化 奇跡の生還 新聞取材

■月刊「記録」2001年7月号掲載記事

○月×日
 今国会(第151)には、JR本州3社(東日本・東海・西日本)の完全民営化法案が上程されている。
 完全民営化とは、純民間会社となること。政府保有株(JR東は50万株)を売却し、これまでの「JR会社法」という法的規制から外れるということである。
 今までは、代表取締役の選任や、毎年度の事業計画など、国土交通省の認可が必要であったが、今後は一切しなくてすむのだ。いいかえれば、政府にお伺いを立てることなく、完全に自由にふるまえるということになろうが、どっこい、そうはいかないのでした。
 法案に目を通すと、「JR本州3社を特殊会社として規制しているJR会社法の適用対象から除外する」とあるものの、「当分の間」とした上で、国土交通大臣による「指導・助言・勧告・命令」といった、新たな規制ともいえる「指針」が盛り込まれているのだ。
 完全民営化といいながら、指導監督するのはおかしいという話も出たそうだが、扇(国交)大臣によれば、「娘を嫁にやる親の気持ちで、一切関知しないでいいようになることを望みながら、しばらくは経過措置で見守っていく」(3月15日、参院国交委員会)ということなのだそうだ。
 それもそのはずかもしれない。JRは公共性が極めて高いばかりでなく、なにかと「特殊」な企業である。完全民営化により、利潤のみを追求するあまり、鉄道輸送の根幹である安全が軽視されてはならないし、赤字ローカル線の廃止や、無暗やたらの事業の拡大は、周辺に深刻な影響を及ぼす結果となるのは分かり切ったことだから、共生共存をしていく意味でも当然といえるだろう。
 国労は、法案の上程にあたり、前述のような内容も含めて、政府の強い指導を求める見解を発したが、その項目の一つに、安全輸送に重大な影響を及ぼしかねない状況として、JR東日本会社の東労組との異常な癒着関係と歪んだ人事政策にも厳しく触れている。
 既に、公安調査庁、警察庁及び国会でも度々取り上げられている周知の事実だが、東労組には「革マル派」が多数浸透しているという点だ。
 公共交通機関であり、国民の財産を引き継いだJRに極左暴力集団が浸透していることは、国民・利用者にとっても看過できることではない。反社会的な行為を繰り返す革マル派はJRには不必要であるとして、正常な労使関係の確立に向けて、完全民営化を期に強く訴えているのである。
 それにしても、JR会社は何故、このような指導を受ける前に、自らこのような関係を断ち切ることができないのか。私は、このことが10年以上も前から不思議でフシギでしょうがないと思っているのである。
○月×日
「20%はどないなってんねん、はようハッキリさせんかいな、ホンマにもう」などと、なぜか関西弁が混じったりして、悶々たる日々が続いていたのだ。
 胃カメラを飲んだのは約10日前。ドクターの説明では、「胃潰瘍・十二指腸潰瘍はなし。きっと、びらん性胃炎だろう。念のため、組織を採って検査へ回す。大丈夫、80%は良性だろうから……」ということであった。
 本日は、ようやく検査結果を聞きに行く日である。「今では、胃癌なんて切れば治る病気だから…」と、覚悟は十分出来ていた?わけはないじゃない、こんなヤワなおれがさ。
 名前を呼ばれ、診察室へ入る瞬間、緊張は頂点に達した。「何千人、いや、何万人にそうしてきたのだろうが、おれにだけはウソなど通じないからな」などと内心荒れ狂っていたのが、ドクターのやさしそうで穏やかな顔を目にした途端、まだ何もいわれていないのに、まるで観念でもしたかのような素直な気持ちに戻っていたのである。もうどうにでもなれというのか、緊張の糸がプツリと切れたのだ。
 そんな私にドクターは静かに告げた。ガーーン。「悪性のものはなし。単なる胃炎で、薬もでません」。これがショックといわずして何だろう。これまでの心配や覚悟を思うと、私、ハッキリいって気が抜けました。
「単なる…」って、そんな殺生な。おれってやっぱり単純なのか? でもよかった。本当に安心した。別に、何もやっていないし、苦しんだわけでもないのに、「おれはやったぞ、奇跡の生還だ。た・大変なことをやり遂げたのだ」と、いつになく感激したのだった。バンバンザイである。
 しかし、私は自らを深く戒めた。「サケもほどほどにしないといかんぞう」と。うむ、胃肝臓だな、やっぱり。
○月×日
「闘う国労闘争団」を支援する、「国労闘争団共闘会議」(仮称)の結成準備集会が、5月30日、日比谷公会堂で開催された。
 国労はこれを「反組織的行動」であるとして、再三再四、中止や解散を求めたり、一般組合員にも、この行動には一切参加しないようにと指示を出していたのだが、ついにこのような事態となった。
 会場には約3000人(主催者発表)が集まり、「JRの法的責任を追及し、最後まで闘う闘争団と苦楽を共にする」と団結を誓い合い、「志や思いを同じくする全国の労働者、市民と手をつなぎ、新しい運動の輪を広げ強めていく」とする決議を採択した。共闘会議は9月をめどに正式発足するということだった。
 それにしても、こうした事態は決して好ましいものではない。それは「闘う国労闘争団」自身も思っているはずである。私は、参加者達の熱気とは裏腹に、この先国労はどうなるのだろうという複雑な思いばかりが募り、虚しい気持ちでいっぱいなのだった。
 しかしながら、こうした事態になったことは必然なのである。これまでの混乱が何故起こったのかを不問にしてきた本部は、ことの重大さを真摯に受け止め反省しなければならない。
「大会決定だから従え」という本部の態度は、国鉄からJRに至る、強権的で不当極まりなかった当局の姿とだぶってしようがないのだが……。国労を信じ、仲間を裏切れなかったから不採用になった、闘争団の今後の一生に関わる大問題が、「四党合意」の枠内で解決されようとしている。この最も重要な局面の中で、さらに混乱を招くようなことを望んでいる一般組合員は誰一人として存在しない。本部、しっかりしろ!!
○月×日
 いやはやなんとも……、新聞に出てしまった。
 毎日新聞、夕刊(6月7日付)である。「ホーム・電車内暴力事件多発」と題して、紙面半分にも及ぶ特集記事となっている。そして、なぜかJR中央線が取り上げられているのだ。
 実は私、3日前に取材を受けたのだった。「なにも私でなくたって……」、私などサイテイだし、高い見識をもった相応しい社員はいくらでもいるのに、やはり、本を出したりしているからしようがないのか。
 まず、「車掌さんというと?」から始まったわけだが、「はい、一番前にいるのが運転士で、車掌は一番後ろに乗っています。『安全正確な輸送はオレが引き受けた』とハンドルを握っている意欲満々な運転士に対して、車掌はといえば、一番後ろの隅っこで、ひっそり謙虚に『次は駅、出口はドアの開いた方』とかの、ほとんどのお客さまが分かり切ったアナウンスをしたり、ドアを開けたり閉めたりの仕事をしているのです。」とはもちろんいいませんでしたよ。でも、ほぼそのような感じで、1時間以上にわたり、時には的外れで、まるで小学生のように応じていたのでした。
 そんなのを電光石火の如くまとめて記事にして下さったものであり、読んでいただければ誠に幸甚に存じ上げる次第なのでございます。
 さて、こうして特集にまでなるくらい、首都圏では凶悪な事件が相次いでいることは事実なのだ。冒頭「なぜか」と書いたのは、中央線に限っては、今のところそれ程の事件はないからだが、毎日新聞によれば、駅や車内での暴力・不法行為の件数が、この4年間で2倍に増え、2000件近くに達しているのだそうだ。
 最近では4月29日に、東急田園都市線三軒茶屋駅のホームで、車内で足を踏んだ、踏まないといったことから口論となり、4人の少年グループに殴られた銀行員(43才)が死亡した事件。その1ヵ月後の5月26日には、西武線西武遊園地駅で「少し詰めて下さい」といったことから、若い男に暴行を受け、会社員(26才)が死亡するという事件があったばかりだ。
 いずれも、マナーをめぐるささいなトラブルが原因で、尊い生命までが奪われている。周囲の大勢の人の目を何とも思わず、すぐに逆上し(キレる)暴走してしまう今どきの若者の傍若無人ぶりは、様々な要因があるにせよ、豊かさの中で甘やかして育てた大人のツケなのだ。忍耐や辛抱などはもう死語なのだろう。
 私達乗務員には、安全の確保という義務があり、黙って見過ごすわけにはいかないが、相手が刃物でも持っていたら、とても太刀打できるものではない。
 このような事件が続くと、お客さまに注意するのもはばかられるが、当たり前のことをすることが通用しない現代社会はまともとはいえない。
 JR東日本は、八王子みなみ野駅員刺傷事件をきっかけに、ガードマンによる巡回を強化するなどの防犯体制の見直しを進めているという。
 また、警視庁では、警察官に駅構内を巡回させるなど、駅や電車の警戒を強化することを決めたという。
 こうしたやり方は、私個人としては好まぬが、どうしても駅員を配置しないというのであれば、やむを得ないことなのだろう。
 そんなこんなで、新聞を読んでほしくて、何人かの友人に電話をした。「そう、夕刊に載っているから。毎日だよ、毎日」ん? 今日1日だけなんだが……。

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