妻の恋/大畑太郎・川上澄江

妻の恋・材は自らの経験から始まった/

■月刊「記録」2004年5月号掲載記事

 1997年3月、東京電力に勤める女性が殺害された。その後、被害者女性が昼は経済アナリストとして活躍する一方、夜な夜な売春を繰り返したいたとしてマスコミで大きく報道された。
 その事件から4年半ほど過ぎ、ノンフィクション作家の佐野眞一氏は、『東電OL症候群』という本を出版している。作品を支える柱の1つが、売春婦に身をやつした被害者女性の生き様に共感する一般女性の姿だった。会社勤めという枠組みを維持しつつ、売春婦として「堕ちていきたい」という気持ち。そうした暗い願望は、社会のひずみと深い関連性を持つと、著者は説いた。
 佐野氏が殺人事件から女性の心と社会に宿る闇に迫っていたのとほぼ同時期、私は女性の暗い願望にただただ困惑していた。
 きっかけは合コンで既婚女性と知り合い、3ヶ月ばかり付きあったことだった。元モデルで、経営者の夫を持ち、有り余る金と時間に恵まれた専業主婦の彼女は、何不自由ない暮らしをしていた。夫婦仲も悪くなく、年に数回、豪勢な海外旅行に2人で出かけてもいた。
 わからなかったのは、どうして彼女が私と浮気をしたのかだ。
 彼女の生活基盤は、夫が握っている。浮気が夫の知るところとなれば、豊かな生活など吹き飛んでしまうだろう。それでも彼女が、私にほれていたのなら納得できる。しかし彼女は、さして私のことを好きではなかった。妙な確信だが、それだけは自信がある。もちろん、よく男性誌に取りあげられるように、性欲の解消役として私が選ばれたわけでもない。
 それなのに、どうして危険な橋を渡ろうとするのか。答が知りたくて、彼女にさまざまな形で質問を繰り返した。よくしゃべる女性だったこともあり、言葉は山のように溢れた。しかし核心には一向に近づかず、そのうち彼女はプッツリと姿を消した。
 残ったのは、解決しなかった疑問と、生活そのものを彼女自身が壊しかったのではないかという疑念だった。

■立ち現れる暗い願望

 そこから、この本の取材が始まった。
 友人・知人から恋愛している既婚者を紹介してもらい、ひたすら話を聞く。編集部に集う人からは楽しそうな取材だと羨ましがられたが、私にとってラクな取材ではなかった。彼女たちの恋愛を突きつめていくほどに、希望の見えない、暗い願望が立ち現れてくるからである。
 取材対象者は、好きでもない相手を恋人として選んでいる女性が少なくない。妻や恋人としての扱いを受けていないせいもあるのだろう。相手の男性からアブノーマルな性行為を求められ、受け入れている女性も少なからずいた。カップル喫茶や公園での乱交、SMなどなど。本に書かなかった事柄もある。
 もちろんちまたでいわれているように、恋愛で女としての魅力を確かめたい、との思いを口にする女性も多かった。しかし、それなりの人生経験を積んできた既婚女性は、体を預けることで、ほとんどの男性がメロメロになることを知っている。彼女の魅力を褒めちりもするし、食事だってご馳走してくれるのだ。
 またインターネットの世界では、男女比率が極端に違うため、女性の恋人募集に信じられないほどの申し込みが殺到する現実にも気づく。つまり女性としての魅力を確かめようと構えた時点で、その欲求は満たされてしまう。好きでもない相手と何度も浮気を繰り返す必要さえない。むしろ「女性としての魅力を確かめる」という言葉から見えてきたのは、女性としての魅力を常に確認したくなる彼女たちの不安定な心持ちだった。
 取材当時、よく思い出していたのは、97年から4年余り続けてきたホームレスへの取材である。
 失業し、住む場所をなくしたホームレス。彼らがホームレスになった直接の原因は不況だ。しかし彼の人生を聞き込んでいくと、「堕ちるに任せた時間」があることに気づかされる。
 ホームレスになりたい人など、ほとんどいない。実際の生活が非常に厳しいからだ。にもかかわらず住居を失う危機が迫ってきたとき、その状況に抗おうとする人は少ない。ある者はあきらめ、ある人は親族の死などによって努力する気力すらなく傍観する。
 容易ならざる事態だと気づいたときには、這い上がる道はほとんど残されていない。そして堕ちるに任せた時間を、段ボールハウスなどで悔やむのである。
 私が取材した既婚女性の多くは、浮気が夫に知られることで自身の生活が立ち行かなくなることはわかっていた。それでも、さして面白くもない恋愛を続けようとするのは、『東電OL症候群』紹介された「堕ちたい」女性の想いとも、ホームレスの「堕ちるに任せた時間」とも重なりあるように感じた。

■誰も耳を傾けない彼女たちの不満

「男の人に対しては何も期待してないの、私」と語った女性は、幾人かと浮気をした後、女性とも関係を結び、さらに浮気相手と夫、どちらが父親かわからない赤ちゃんを出産した。
 出産を経験したことで、夫を「男」と感じられなくなった女性は、子どもを実家に預けて、元彼とカップル喫茶で乱交をしていた。
 どちらの女性も穏やかで素敵な女性だ。私が夫でも、浮気など疑わないだろう。まして、そんな激しい行動など、予想することさえ難しい。少なくとも彼女たちの話からは、良き妻であり、良き母親であることに疑問を差し挟む余地さえなかった。
 間違えもらっては困るのだが、彼女たちの道徳観念をどうこう言うつもりなどない。私自身、言える立場にはいない。ただ、こうした出来事が、それなりの頻度で起こる現実に驚き、そして彼女たちをそこまで追い詰めた社会に思いを馳せてしまう。
 取材に応じてくれた女性が、楽しそうに自分の恋愛を語ってくれたら、どんなにかラクだったろう。またカップル喫茶などでの体験を、心から楽しんでいたと話してくれたら、取材を続けようとも思わなかったはずだ。
 過激な性行動や幾人もの「彼氏」は、既婚女性が直面するツライ現実と密接な関係がある。しかし会社に忙しい夫は、そのような妻の現実に付きあう時間さえない。子どもを介した地域社会は、恋人がいるという話題自体がタブーとなる。逆に恋人を探す「悪友」とは、家庭で何がツライかなど真剣には話しにくい。彼氏を見つけることはただの「遊び」であり、深刻な問題ではないというスタンスが、「悪友」との関係に必要だからだ。
 そして彼女たちの満たされない心は、誰にも聞かれることなく取り残される。
 じつは取材開始から2年半、私は記事をまとめることが全くできなかった。それは、彼女たちの真実の声を聞けていないのではないかという不安が拭えなかったからだ。社会人経験もある30前後の既婚女性は、こちらが求める内容を、自身の経験からわかりやすく話してくれる。過激な性も、夫への不満や愛情も。ただ本当に感じている不安については、なかなか口にしてくれない。だから話し合える関係を築くのにも時間が必要だった。
 では、それだけの時間をかけて、彼女たちの思いを伝えられたかと問われると、とても100%とは言い切れない。男だからなのか、単に私がニブイからなのか、彼女たちの苦しみにしっかりと共感するのは難しかった。書き終わり、出版を待つ現在でも、どこかやり残した感が残っている。
 だからこそ読者のリアクションから共感への足がかりをつかみたい。(■了)

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奏でられる「葬った恋」の鎮魂歌

●『妻の恋』掲載


■終わることが前提の人妻の恋

 はじめに断っておきますが、私は「妻の恋」を容認するためにこの本を書いたわけではありません。だからといって、「結婚している以上、一人の男性に身をささげるべきだ」などと説教じみたことを言うつもりもありません。
 結婚とは夫婦がお互いを愛し合い助け合っていく、もしくはそうなるように努力することが前提であり、理想であることは、だれしもが頭では理解しているはずです。でも不幸にしてそうならなかった場合、あるいはある日突然、夫以外の男性と恋に落ちてしまった場合、妻はどうするべきなのか……。
 私自身この取材を通してなんらかの答えを求めていましたが、妻たちの話を聞けば聞くほど、その答えは駆け足で遠ざかっていきました。
 そもそも「妻の恋」は物語が始まる前から不幸の香りがするし、その過程で瞬間的に幸福の女神がほほ笑むことがあっても、大半は悲劇に終わってしまいます。不倫とそれにともなう悲劇は妻だけの秘密として葬られ、「どうすべきなのか」について語られることは少ないし、妻自身が恋の過程で「どうしたらいいんだろう?」と悩んでいても、じつのところ最初から「いつかは終わる」と答えを出している場合がほとんどです。
 つまり、離婚という結末を迎えるケースを除けば、はじめから終わることを前提に始まった「恋」が予測どおりに終わるだけのことだからです。
「妻の恋」は離婚しないかぎり、たとえどれほど熱烈なものであっても実ることはありません。当然のことですが、現実の結婚生活が不幸で物足りないからという理由から、別の「恋」を探したところで誰も幸せにはなれません。

■幸せになれる可能性はわずか

 正確に統計をとったわけではありませんが、原稿にならなかった分も含めて私が取材をした女性たちのほぼ八〇%が「夫とうまくいかなくて別の『恋』に走った」と言います。そのうち、夫以外の男性と「恋」に落ちて以前より幸せになったと断言する女性はごくわずかなのが現実です。
 なかには不倫の体験を通して夫婦の愛の深さを知ったとか、自分もしくは夫の限界や弱点、そして長所をも見つめ直す機会になった――などと話す女性もいます。それはそれで、なんらかの「成果」なのかもしれません。
 一方、別れたあとに罪悪感や虚無感が残るだけの「恋」には、解決も成長も未来もありません。そうした気持ちを埋めるために次々と新しい恋人を探す手もありますが、これではひとつの「恋」が終わるたびに何度も同じ袋小路に行き着いてしまうばかりか、そもそもあった夫婦間の溝をさらに深くしてしまいます。現実が不幸だから「恋」をするという構図では、原因となった「不幸」が解消されるまで、幸せは訪れないものなのでしょう。

■離婚を体験した私だからこそ

 と、ここまで書いて、すでに「そんなこと当たり前じゃない。でも、そこが割り切れないのが人間でしょう?」という反論が聞こえてくるような気がします。あるいは、それは私自身の声なのかもしれません。
「妻の恋を取材してみないか」と話があったとき、最初は気が進みませんでした。というのも、すでに離婚を体験してしまった私は、結婚は決してゴールではないこと、その先には幸福や安心感だけではなく、多くの苦労が立ちはだかっていることをいやというほど知っていたからです。
 いまさら他人の結婚生活を取材するのは(それが不幸であればあるほど)気がめいる作業でしたし、「ほかに好きな人がいるなら別れればいいじゃない」という半ばヤケッパチともいえる反感もありました。
「負け犬の遠ぼえ」ではありませんが、ひとりの男性さえもキープできなったバツイチの私には、他人事とはいえ、婚姻制度を盾に夫とその経済力をキープしたうえで、ほかの男性とも「恋」を楽しむという妻たちの身勝手にも思える行動を容認できる許容力はありませんでした。
 さらに言えば、そんなことをしても許されている彼女たち、許されると思っている彼女たちの根拠なき自信に、軽い嫉妬さえも感じていました。

■男性誌にみられる性的な動機はまれ

 しかし、恋する妻たちの話を聞いていくうちに見えてきたことがありました。それは、彼女たちは一様に捨て身であるということです。
 一概には言えませんが、多くの場合「幸せになりたい」と思って「恋」をするわけではないし、「恋」の先に幸せを求めているわけでもありません。本当に愛しているのはあくまでも夫であり、夫にも自分を愛してほしいのです。夫婦で幸せになりたいのです。それが現実にかなわないので別のもので満たそうとしているだけで……。
 少なくとも私が出会った妻たちのほとんどが、取材中に少なくとも一回はそう声に出して話しました。男性雑誌によく見られるような性的な理由から妻たちが恋に走るケースはむしろ稀なのではないでしょうか。そういう要素がまったくないとまでは言いませんが。
 もちろん、夫との関係だけが彼女たちの関心ごとではありません。孤独な子育てへの不安、終わることのない家事への不満、職場での悩みなど、夫とは関係のない部分でつまずいている場合もあります。ただこの場合も、夫にわかってもらいたい、認めてもらいたいという気持ちの裏返しとして、「恋」という逃げ道が用意されているケースが多いのです。
「そこまでわかっているなら、どうして夫と話し合えないの?」と人は言うかもしれないし、実際に私自身もそういう質問を繰り返しました。ただ、そもそも夫と話し合えるくらいならば最初からそうしていたでしょうと彼女たちは口をそろえます。
「妻の恋」は夫の無関心や不在のまま、知らず知らずに夫婦関係をむしばんでいく病気のようなものです。あるいは、夫も薄々とは「病気」の進行に気づいているのかも知れませんが、妻たちは一様に「夫は知らないと思うし、知っていたとしても関心がない」と思っています。
 今回は夫側の取材はしなかったので彼らの気持ちははかり知れませんが、妻たちは自分たちの問題を自分たちの手で解決しようとしているのでしょう。そして究極のところ、「妻の恋」はその努力の延長線上にあるに過ぎません。

■物語は語られるべきものである

 ここで登場する妻たちは知り合いのまた知り合い、そのまた知り合い――という形で、私とは直接関係のない人を紹介していただき、そのうえで取材への協力を快諾してくださった方々です。プライバシーの配慮から、名前や年齢などは本人の身元が分からない程度に変更させていただき、さらに必要だと思われる部分では職業も脚色させていただきました。
 ケーキをつつきながら、もしくはお酒を飲みながら進んだ取材中には、逃げ場のない苦しさに涙をみせる妻もいました。実況中継のように、進行中の恋のゆくえを携帯電話やメールで報告してくれた妻もいました。また、「どうして?」「それでどう思う?」と質問攻めの私に腹を立て、話の途中で退席してしまった妻もいました。
 取材者として私は、彼女たちに質問をして話を聞き、ときには相づちを打ち、ときにはなだめ、ときには反論を述べました。取材対象に近づき過ぎたせいで、「取材者=中立」という立場を超えてしまった部分もあったかもしれません。また、表現方法として一人称単数を選んだため、彼女たちの話を裏付けることはあえてしませんでした。
 後でこの本のもう半分を書いた大畑太郎氏の記事を読んで、もし大畑氏が私と同じ女性を取材していたら、まったく別の話を聞き出していたかもしれないと思うところも多々感じました。私の主観が入ってしまったことを考えると、これら「妻の恋」の体験談は純粋な意味ではドキュメンタリーとは呼べないのかもしれません。
 しかし、ここに挙げるストーリーが一〇〇%真実かどうかは、私自身あまり意味がないと思っています。「恋」にはいく通りもの真実があり、私が聞けたのはその一部に過ぎません。
 それよりも大切なのは、彼女たちの恋物語は語られるべきであるということです。不倫が許されるべきだとまでは言いませんが、彼女たちは語るという行為を通して、自らが葬った若しくは葬ろうとしている「恋」の鎮魂歌を奏でているのです。その声は、聞かれるべく発せられたものだとも思うのです。

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妻の恋【いちばん好きな人から永遠に認められない その苦悩が恋愛体質を呼び起こす/蒔岡雪子(42)・語学学校講師】

 今夜は旦那さんが帰ってくるから、久しぶりにすき焼きにでもしようかな、それとも魚のホイル焼き? でも、それじゃあ息子たちは満足しないかも? いっそのこと今夜はハンバーグにして、具の残りをピーマンの肉詰めにしてお弁当用にするとか……。
 今日は仕事が休みだったので、いつもより少しのんびりモードで、午後の空いている時間に買い物に出ました。 ふだんだったら仕事の帰りにスーパーにかけ込んで、必要なものをカゴに入れ、自転車を飛ばして帰るのですが、こういうふうに昼間のんびり買い物できる日には、いつもより多めに買いだめしておくんです。
 今日はたまたま冷凍食品が二割引きになっていたので、いくつか手にとりました。育ち盛りの息子たちは、「また冷凍?」と口をとがらせるかも知れないなどと考えていると、ふと通路のわきにある鏡に映った自分の姿を見つけました。
 化粧っ気のない顔にブーツカットのパンツ。カーディガンを羽織って買い物カゴを手にした女性……。それはどう見ても「普通のお母さん」です。年の割りにはまだ「おばさん」は入っていないし、パンツもユニクロではなくGAPを履いているところにそれなりの自己主張は見える。でも、決して自慢できる容姿ではありません。「あれも本当の私なのかなぁ」
 こんなに「普通」している私が陰ではあんなに大胆なことをしているなんて、自分でも信じられません。なんだか他人事みたいに思えてきます。

■これが最後の恋になるのかも

 私、そもそも女としてあまり自信がないんです。
 スタイルが抜群というわけではないし、顔にしても十人並み。かといって、お茶とかお花とかダンスとか、人より秀でた一芸があるわけじゃない。仕事だってまだまだ駆け出しで、この年齢でようやくスタートを切ったばかりだし……。
 だから、そんな私を好きだと言ってくれる人があらわれると、正直いって最初はちょっと拍子抜けしてしまいます。
「はぁ? どうして私なの?」
 それでも相手が積極的に出てくると、ついつい浮かれちゃって。
「こんな私に振り向いてくれたんだ!」
 気がついたら、こちらも意識するようになっちゃう。 いずれにせよ女もこの年齢になると、ちょっと不安になりますよね。
「これが最後の恋になるかもしれない」
 だから、ついつい相手のプッシュを受け入れてしまう弱い部分が出てくるのでしょうね。いまのところ自覚症状はありませんが、40歳を超えたら女性は急速に下り坂だといわれるし。
「次はどこで出会うわけ?」
 と考えると、こんなチャンスはもう二度と訪れないような気がしてくる。そういう気持ちが無意識のうちに態度に出てしまうのでしょう。隙だらけといわれても仕方ないかもしれません。
「こうやってホイホイ男についていっちゃうのも、自信のなさの裏返しなのかな?」
 と親友に言ったら、
「自信がない割りには、次々と相手が出てくるじゃん。よくシャーシャーとそんなことが言えるわね」
 とあきれられてしまいました。
「私って恋愛体質なのかもしれない」
 自分では決して積極的だとは思わないけれども、そう言われてみれば実はという気もします。どこかで、男を手繰り寄せているというか……。

■何げないしぐさが男を狂わせる?

 そういってみれば最近別れた不倫相手の山村には、こう言って責められました。
「こうなったのは雪子のせいだ。あんたが色目を使ったからだ」
「どう責任をとってくれるんだ!」
 感情が高ぶった彼にそう泣き叫ばれて、途方に暮れたことも。山村は直属ではないにせよ、一応上司に当たる人。私からしてみれば、彼にも他の人と同様に当たらずさわらずフレンドリーに対処していただけのつもりでした。
「そういう何げないしぐさが男を狂わせるんだ」
 山村にそう言われたときには本当に驚いてしまいました。
 でも、その恋は最悪でした。山村は精神的にひどく不安定で、最後はほとんどストーカー状態……。
 夜道に隠れて仕事帰りの私を待ち伏せていたり、ひどいときには夜インターフォンが鳴って、モニターを見たら彼が家の前に立っていたということもありました。そのつど何とかなだめて引き取ってもらったものの、家族の手前どうしようかと冷や汗が出たほどです。
 山村とはいわゆる「ダブル不倫」の関係だったんです。彼は5歳ほど年下で、まだ学校に上がっていない子どもが二人もいました。
「だからお互い良識ある付きあいをしよう」
 という約束で始まった不倫恋愛なのに、別れ話が持ち上がった時期から、だんだんと彼はおかしくなっていったんです。
 社内恋愛だったから、事態はよけいに面倒なことになってしまいました。もちろん、私から会社の人に山村との関係を話すことはありませんでしたが、彼のほうはこれ見よがしに、見え見えな態度をとるんです。たとえばすれ違いざまに私をそばの給湯室に押し込んで、こう怒鳴ったりする。
「こんなに愛してるのに、どうしてあんたは別れようとするんだ!」
 ところが次の瞬間には私を抱き寄せて、キスしようとするんです。振り切ろうにも、そんなときの私は殴られるかもしれないという恐怖で、金縛りにあったようになってしまいます。
 実際、何度かですが、髪を引っぱられたり、殴られたこともありました。いつまた暴力を奮われるかもしれないという恐怖と、会社の人そして最終的には自分の家族にバレるかもしれないという不安で、胸が引き裂かれそうでした。
 どういう理由にせよ、怒っている彼をなだめて、とりあえずその場を丸く収めることだけで精いっぱいだったんです。

■恐怖心から関係を引き延ばしてしまった

 もっとも、恐怖心からダラダラと関係を引き延ばした私も悪かったのですが、いまから思えば、ほとんど「共依存」というか、DV(ドメスティック・バイオレンス)まがいな関係だったのだと思います。だって二人だけでいるときは、山村は考えられないほど優しいんです。「僕は雪子に夢中なんだ」「いつも一緒にいたい」
 などとささやかれながら抱きすくめられると、
「この人はこんなに私のことを愛してくれる」
 と目頭が熱くなるほどです。付きあうといっても、お互い家庭があるわけですから、仕事の帰りに車で出かけるとか、ホテルへ行くとか、限られた空間と時間しかありませんでした。限られているからこそ美しいというか、その間はセックスも含めて彼は本当にメチャクチャ優しいんです。そんなときの山村はまるで別人です。
 ところが、何かがきっかけでいったん不機嫌になると、態度が急変してしまう。
「あんたのせいで人生がメチャクチャになった!」
 などと言って、怒鳴るは暴れるはで、会社にいるときにみんなの前で見せる人あたりのいい姿は跡形もない。私を殴った後には、
「どうしてこんな事しちゃったんだ。許してくれ!」
 と急に土下座して涙を見せたり、
「こうなったのも自分のせいだ」
 と言いながら自分の顔を殴りつけたり、自分の手にたばこで焼きを入れるときもありました。
 そんな山村を見ていると、恐怖心と同時についついかわいそうになってしまい、
「やっぱり私が別れ話を言い出したのが悪かったのかしら」
 とか、
「別れ話さえなければ、彼は穏やかでいられるのかしら」
とか、はたまた、
「こうなったのは本当に自分の責任なのかもしれない」 とか、いろいろな考えがグルグル私の頭のなかを駆け巡り、なかなか別れるきっかけがつかめませんでした。そんなこと繰り返しているうちに、気づいたら1年が経っていました。

■初めて彼の正体を見せつけられる

 そのころには私もほとんどノイローゼのようになってしまい、
「不倫なんかしたから罰が当たったんだ」
 と真剣に自分を責めました。ゲッソリとやせこけた私を見て、しまいには見かねた会社の友人が、
「明日のぶんは私がカバーしといてあげるから逃げなよ。今日にも辞表出して」
 と耳打ちしてくれたんです。その人に私たちの関係を話したことは一度だってなかったのに、まわりの人には2人の関係がたぶん見え見えだったのでしょうね。
 いずれにせよ、山村は立場上は私より上だったので、私のほうが辞めるしかありませんでした。その話を聞いた山村はみんなの前で、
「雪子さんが辞めちゃうと寂しくなるなぁ。僕が引き止めても言うことを聞いてくれないから、みんなで引き止めてくれよ」
 なんて、調子のいいことを言っていました。そのとき初めて、私の前ではあんな態度をとるくせに、
「結局自分の身がかわいいんだなぁ」
 と彼の正体を見たような気がしました。ただ、仕事を辞めてからも、最初はしつこく連絡がありました。携帯もメールも全部着信拒否しているうちに、ある時点を境にプツリとかかってこなくなりました。さすがにあきらめたのかも知れません。
 そのころは息子たちでさえ、
「お母さん、病気なんじゃないの? 医者に行ったら?」
 と言っていたほど、私は家でも不安定でした。でも、上の息子が、
「どうしたの? 会社で何かあったの?」
 なんて聞くと、下の息子は、
「答えたくないんなら、無理に言わなくてもいいよ」
 と口を挟んでくれました。きっと、本能的に私が隠し事をしているのに気づいていたのでしょうね。
 旦那さんさえも、
「仕事、つらいから辞めたい」
 などと訴える私に、
「どうして?」
 とは決して聞きませんでした。私のほうも、
「職場でいじめみたいなことがあって」
 と軽くはぐらかしておきました。旦那さんはそれ以上事情も聞かずにただ、
「大変だったな」
 とだけ言ってくれました。良識があるからか、それとも私のことに興味がないからなのか、いまも私にはよく分かりませんが……。

■「私が絶対に入れない場所」に暮らす夫
 じつは今朝も、旦那さんが出勤したあと数時間1人で泣きました。掃除をしていたら急に悲しくなってしまって……。
 数年前に家を建てるとき、旦那さんが出した唯一の条件は、自分の部屋をもつことでした。彼はここを書斎と呼んでいるのですが、最終的には自分のベッドも入れて、食事をとるとき以外はほとんどそこで生活しています。 旦那さんにとって書斎は自分の城で、あまり私に入ってきて欲しくない様子……。もちろん私だって勝手に彼の机のなかをのぞく気持ちもないし(第一、机の引き出しにはカギがかかっています)、彼のプライバシーに立ち入るつもりもありません。それでも、
「掃除ぐらいはしてあげなくちゃかわいそうかな」
 と思って、ときどき掃除機をかけたりベッドメークくらいはします。ただ、以前ベッドの上に開いたまま置いてあった本を机の上に戻しておいただけで、露骨に嫌な顔をされました。
「本は勝手に触らないでくれ」
 って。いっそのこと、
「書斎の掃除はしないでくれ」
 と言ってくれたら、二度とあの部屋に入ることもないだろうに、旦那さんもそれは言わない。それを言ったらおしまいだと思っているのか、それとも掃除だけはして欲しいからかは分かりませんが。
 いずれにせよ、
「入るな」
 と言われない以上、そこだけ掃除しないのもかえって空々しくて変だし、結局いつもパパパっと掃除機をかけて、ベッドメークして、「はい、おしまい」という感じ。 書斎のドアをそっと開けると、同じ家のなかなのに、そこだけ違う空気が流れているんです。旦那さんの匂いと積み上げられた本の香り……。そのドアを開けるたびに、
「私が絶対に入れてもらえない場所に彼は生きているんだ」
 という明白な事実を見せつけられる気持ちになります。「これから先もこの距離は決して縮まることはないんだろうな」
 と思ったら急に悲しくなって、もっていた掃除機を投げ出して、自分のベッドに駆け上がって、そのまま突っ伏して泣きました。

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妻の恋【結婚と恋愛は別物だから互いに恋をする 夫婦といえどもやむを得ない/見津濃弥生(41歳)・学生】

「最近の弥生、感じ方が深くなったみたいだ」
 先日、旦那のカズちゃんとセックスをしたときにこう言われてドキッとしました。じつは、その数日前にある人と浮気してしまって、その晩はカズちゃんに身体を預けながらも頭ではその人との夜のことを考えていた……。 もっとも事情を知らないカズちゃんは、私の感度に驚きつつも満足してくれたようですが。
 その人は60歳を超えた方で、年齢的には確かに「おじいさん」の部類に入るのだけれど、正直いってものすごく良かったんです。彼自身はもうダメなんですが、そのぶん女性を歓ばせること自体に喜びを見出しているのか、相手の身体をよく観察している。
 それに年の功もあるんでしょう。テクニックはもちろんのこと、自信もある。だから、ガツガツしたところが全然ないんです。結局、一晩で何度もという感じで甘やかされてしまいました。
「彼と寝て本当によかったなぁ」
 むしろ感謝したくなる想いでした。
 それにその人、私の先生なんですよ。
「先生と生徒というタブーな関係がまたいいような」
 なんていったら不謹慎ですかね。よく看護師さんやセーラー服の女の子に男性があこがれるって話がありますけど、女だってあるんじゃないですか? 学校の先生とかお医者さんとか、そういうファンタジーみたいなもの……。

■女性の転職は「ステップダウン」

 一年前から私は、カウンセラーをめざしてある大学の心理学科に通っています。専門学校を卒業してからずっと旅行業界にいましたが、ここ数年の不況とテロや戦争の影響で業界全体が打撃を受けているだけでなく、自分としても先が見えてしまったんです。
 若いころは添乗員をやっていたので、それこそ世界を股にかけた仕事をしていました。当時はバブル期だったから、日本人旅行客も羽振りがよかったし、仕事はとても楽しかった。でも子どもが生まれたのをきっかけに、長期の出張は無理と早々に陸に揚がって、地上勤務に引っ込んでいました。
 それでも、長くこの業界にいるうちにある程度ビジネスのノウハウは身に付きました。ただ納得できる仕事をしてきたかといわれると、首をかしげてしまいます。
 旅行業界といえば、女性に門戸が開かれているイメージがありますが、大手ならばまだしも、小さな旅行会社では大切な仕事はすべて男性社員の手に渡ってしまい、女性はいつまで経っても裏方ばかりなんです。
 何度か転職もしましたが、ふつう女性の場合、転職はステップアップでなくて「ステップダウン」になっちゃいますね。勤務時間や通勤距離を優先するために、仕事の内容やお給料で妥協せざるを得ないわけだから。
 それでもいままでは我慢をしてきました。
「子どもが小さいから仕方ない」
 と思って。でも一人息子の茂和が大きくなるにつれて、次第にこのままでいいのかという想いが大きくなってきました。
 それに女が40歳を超えたら、よっぽど実力がなければ会社でチャンスに恵まれるわけではない。
「いつまでもオヤジたちの下でちまちま働いていくのか」
 そう思うと、それだけでげんなりです。下手をすれば「肩たたき」なんてこともあるかもしれないし、こんな不景気では再就職だって難しいでしょう。

■パートタイムに切り替えて心理学の世界へ

「旦那に食わせてもらってるんだから主婦は気楽だろう」
 と無神経なことを言うオヤジたちが世の中にはたくさんいます。
「冗談やめてっ」
 って感じですよね。いまの時代、旦那だけのお給料で豊かな暮らしができる家庭なんてそうそうあるもんじゃないでしょう? そう考えると、今後は独立するとか、安いけれどもアルバイト感覚で長く続けられる仕事とか、なんとか道を切り開いていかなくては……。
 添乗員仲間には、子どもが生まれても仕事を続けている女性もいます。子どもも大きくなってきたし、復帰しようと思えばできないわけではありません。
 でも、だんだん個人旅行の時代になってきていて、添乗員付きのパッケージ・ツアーも少なくなっています。楽しい仕事ではあるけれど、将来性があるわけではない。学校に通いはじめたのも、こういう焦りがあったからなんです。
 心理学には前から興味があったし、それに私自身は大学を出ていないという引け目もあり、いつかは卒業証書がほしいと思っていたんです。もちろん卒業したからといって、すぐに職があるかどうかは分かりません。
 だから、最初は放送大学の講座から始めたんですよ。ただ実習をこなすなら本格的にやりたいと、途中から別の大学に編入することにしました。
 仕事のほうはパートタイム契約に切り替えて、勤務時間はかなり減らしたとはいえ、週二回の授業と山積みの課題の提出で身体はきつい。これまで何とか乗り切ってこられたのは、カズちゃんと実家の母の協力があるからです。
「いまはものすごく充実している」
 昨日もカズちゃんにそう話していたところです。

■先生の包容力あふれた目で見つめられたら

 その先生は名の知れた大学でも教えている学者ですし、臨床経験もあるので実例に基づいた話がとても面白い。そもそも、こんな有名な先生に教えてもらえるだけでも夢みたいな話なのに、こんなことになるなんてね。
 最初は、もちろん警戒していました。だって、その先生とても女の子にモテるんですよ。そういう素質というか、魅力があるんです。モテる男っていくつになってもモテるでしょう。それは年齢とは関係ないですよね。
 彼の場合も芸術的な魅力とか、人間味とか、懐の深さというか、そういうもろもろの資質を総合した引力みたいなものがすごい。フェロモンのようなものがにじみ出ているんです。
 それに、先生の講義にはそれを裏付ける宇宙哲学があって、私にはそれが堪えられませんでした。でも何といっても一番の魅力は、人の心をのぞき込むような視線です。決して目をそらさずじっと相手と目を合わせて話すくせに、ズカズカと人の心に踏み込むようなところはまるでないんです。包容力あふれたその目に見つめられたら、だれもがイチコロになってしまいますよ。
 私も当初は大勢の取り巻きの一人でしかありませんでした。
 先生の研究室は、男女を問わずいつも学生たちでいっぱいでした。40歳にもなって学校に通いはじめた私のほかは、ほとんどが20代の若者たちです。私もはじめはそんな学生たちに交じって、授業の合間に研究室に出入りしていました。そのうち、先生の目に留めてもらうようになったんです。

■なんとなく結ばれてしまうセッティング

 忘年会とか暑気払いとか、研究室ではときどき宴会みたいなことが行なわれていて(学校には一応秘密ですが)、バッグにお酒を隠しもってやってくる女子学生も多いんです。気持ちは学生と同じぐらい若い先生のこと、そんなときはみんなと一緒に豪快に飲みます。心理学だけでなく、社会・歴史あるいは哲学について夜通し熱い議論を交わします。
 ほぼ徹夜で飲み明かしたあと、研究室に備え付けの簡易ベッドで仮眠して、そこから別の大学に出勤するという日もあるようです。エネルギッシュですよね。
 先生との距離はかなり近くなっていたとはいえ、私のほうから二人きりになるような状況はつくらず、研究室に行くときはいつも別の女性といっしょでした(その女性も先生のファンでした)。
 それに、正直なところ私には仕事に対する野心もあります。ここで先生と仲良くしておけば後に仕事を紹介してもらえるかもしれないという打算だって、もちろんあるわけです。
 一方、ふんふんと若い人の話を聞いてあげたり、社会経験を踏まえたうえで他の学生とは一味違う意見をずばりと言う私を、先生もじつは高く評価してくれていたようでした。
 でも社会的地位があるから、決して自分のほうから声をかけるとか、思わせぶりな態度をとることはありません。じつにうまいものです。私とそういう関係になったのも、いかにも自然の成り行きという感じでした。
 その日は別の人も来るからと研究室に呼ばれていたのですが、行ってみたらその人は急用で来られなくなっていたというようなセッティング……。で、2人でちまちま飲んでいるうちに、なんとなく結ばれてしまったわけです。
 私は結婚しているし、子どももいるわけだから、いまさらセクハラだの離婚してくれだの、そういう面倒を言い出す心配がないのを知っているんでしょうね。
 それでも、最初からクギを刺されましたよ。
「旦那さんとはどうなの? まずいことにはならないよね?」
 もちろんこちらも、こう答えておきました。
「大丈夫ですよ、うちは円満ですから」
 当然、先生のほうも妻子持ちです。子どもといってもみんな成人して独立してしまい、いまは奥さんと2人ですけれど、先生は自他ともに認める愛妻家なんですよ。

■三度目はないとピリオドを打った

 ただ、そういう関係って一度目は自然の成り行きでも、二度目以降はいわば「確信犯」ですから、気まずいですよね。次に会う約束をする場合、当然身体の関係を前提としているわけだし、お互いそれを知っていて密会するのだから、とっても淫靡な感じ。まぁ、それが刺激になっていいという人もいるのかもしれませんが……。
「2人の間には三度目はない」
 私はそう勝手に決めて、自分からピリオドを打ってしまいました。といっても、取り立ててそのことについて先生と話し合ったわけではありません。3回目に誘われたとき忙しいからと断り、それからも何度か誘われるたびに、
「2人きりにならないように気をつける」
 というだけのことでした。
 そのうち、そういう誘いはなくなり、うまく自然消滅にもっていけました。お互い家族もあることですし、2回も楽しんだのだから十分でしょう。先生のほうもうまいもので、追ってくることはありませんでした。まぁ慣れているんでしょうね。
 先生とはいまでもいい関係を保っています。ときどきメールで情報交換をしたり、自分の論文にアドバイスしてもらったりしています。深入りする前に体の関係を断ったことで、かえって人間的なきずなが深まったように思えますし、これなら今後仕事の面でも協力してもらえそうです。
 もちろん、このことをまわりに話すことは絶対にないでしょう。先生や自分自身の保身のこともあるけれど、それ以上に、
「えっ、じつは私も先生と寝てたんだ!」
 という人が出てくる気がしちゃって。きっとそういうこともあるのでしょうけれど、聞いてしまうとすごく幻滅するんじゃないかと思う。
「私だけに特別優しくしてくれた」
 と思っていたほうがいいでしょう? どうせ夢のような話なのですから。
 罪悪感ですか? 全然ないといえばウソですが、そもそも15年も夫婦をやっていれば、男であれ女であれ、だれでも欲望が色あせてくるのは当たり前でしょう?

※つづきは「妻の恋」(アストラ)をお読み下さい。

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妻の恋【恩師でもあった高校教師との別れ 職場のオーナー経営者と再婚するまで/西沢久美(35歳)・デザイナー】

 あまり大きな声で言えませんが、前の旦那の浩ちゃんは私の高校時代の美術部の先生だったんです。話が面白いと生徒の間で人気もあったし、最初は部活が終わってからみんなでわいわいやっている輪のなかに浩ちゃんがいたという仲でした。
 それが卒業する少し前ごろから一対一で付きあうようになり、あれよあれよという間に私が20歳のときにゴールイン。浩ちゃんは33歳でした。
「恋は盲目」といいますが、私はいったん好きになると視野が狭くなり、のめり込んでしまうタイプで、そのときもきっと「浩ちゃん一筋」モードに入っていたのでしょう。いまから思えば自分でも、
「考えられない」
 と思います。でも若かったこともありますが、当時は「ええい!」って感じで彼のところに飛び込んでいってしまいました。
 じつは私、近眼なんです。でも、結婚するまで我慢してメガネをかけていませんでした。結婚後、浩ちゃんのお父さんが買ってくれたコンタクトをしてはじめて浩ちゃんの顔を見たんですが、そのときちょっと驚いちゃって……。
「えっ、この人こんな顔してたんだ!」
 私、この人のどこを見ていたんだろう。それぐらい、まわりが見えていなかったんですね。

■高校美術部の先生に惹かれて

 よく人から言われるんです。
「あんた、ファザコン(ファザー・コンプレックス)なんじゃない?」
 自分でも、
「そうかもしれない」
 と思う節もないわけではありません。というのも、私の両親は私が4歳のときに離婚していて、それから父親には一度も会っていないんです。私自身は父親の顔さえも記憶していません。
 そのせいかどうかは分かりませんが、昔から恋愛相手は自分よりも高いところにいてくれる人でなければつまらないし、同世代の男性は友達としか見られないところがありました。
 それでも高校1・2年のころには、同い年の友達のように高校の先輩やらOBと付きあっていた時期もありました。でもやっぱりどこか物足りないんですね。
「○○先輩、すてき!」
 なんてふつうの女子高生のようにキャーキャー言うのは私のガラじゃなかったんですよ。
 それに引き換え、浩ちゃんは先生をやっているぐらいだから、大人でまじめで包容力があって、そして面白い人でした。それに、だれとでも分け隔てなく付きあっていける柔軟性もある。
 私は油絵が好きだったので、丁寧に指導してくれる浩ちゃんは私の世界の中心でもありました。美大に行くほどの実力はありませんでしたが、漠然と絵とは将来ずっと付きあっていくだろうと思っていたので、その部分で刺激になる人に惹かれたところもあるかも知れません。「何でも知っている頼りになる人」
 高校生の私にとって、浩ちゃんはまさにヒーローだったんです。

■窮屈な家を出たくて歳で結婚

「なぜ20歳で結婚したんですか?」
 当時を振り返ってこう聞かれたら、それはその場の成り行きと、家が厳しかったせいと答えるしかありませんね。
 いまでこそ離婚はそれほど珍しいことではなくなりましたが、母の時代にはまだまだ「肩身が狭い」という認識があったのでしょう。母はいつも仕事で忙しく、祖母が母代わりとなって育ててくれました。
「世間に片親だからといって、後ろ指を差されるようなことのないように」
 祖母にしてみればこんな思いがあったのか、しつけはとても厳しくて家は常に窮屈でした。専門学校に行くころになると家族に反発する気持ちがさらに強くなりました。
「早く家を出たい」
 と言う私に浩ちゃんは、
「じゃあ一緒になるか」
 と応えてくれて、一気に話が進んでしまいました。
 結婚は専門学校を卒業するころだったから、私は新婚生活と社会人生活のスタートを同時に切ることになりました。
 家にいたころは食事の支度などしたこともなかったから、コロッケをつくるだけで3時間もかかってしまい、一日が終わるとヘトヘト……。でも、浩ちゃんは頼りになるし、最初の2年はそれなりに幸せだったと思います。 ただ、ひとつだけ将来の不協和音を予測させる出来事がありました。それは私の妊娠です。しかもハネムーン・ベビーでした。
 20歳で結婚したばかりで母親になるのは、だれの目からみても無理でしたし、食事の支度さえまともにできないぐらいですから、さすがに自分でも無理かなと思いました。
「そりゃ無理でしょ」 
 でも、浩ちゃんからあっさりそう言われると、
「意外に冷たいじゃん。もっと話し合いはないわけ?」 と、ちょっぴりがっかりしたのを覚えています。

■期待どおりの転職で刺激的な日々

 私、そもそも専門はイラストレーターなんですが、最初の職場は小さな広告製作のプロダクションだったので、パンフレットなどを作成していました。
 残業もなくお気楽な仕事でしたが、イラストを描くチャンスはほとんどありませんでした。デザインもすでに決められたフォーマットで定期的に入稿すればいいといういい加減な仕事が大半でした。うんざりしていたところ、2年目にチャンスが巡ってきました。ある大手のプロダクションがデザイナー兼イラストレーターを募集していたんです。挑戦が実って転職に成功しました。
 そこはデザイナーを10人も抱えていて、広告のプロダクションとしては大きな事務所でした。デザイナーも名の知れた人が多く、すべてが刺激になりました。やっとやりたかった仕事ができるようになって、毎日がとても楽しかった……。
 忙しい職場だったので、前のように定時に帰宅はできなくなりましたが、浩ちゃんは文句も言わず、
「やりたい仕事が見つかってよかったね」
 と言ってくれました。

■20歳近く年上のオーナーと恋に

 後に恋人となる西沢はその事務所のオーナーで、私より20歳近くも年上でした。美大卒でニューヨークに留学していたこともあり、センスは抜群。長身にイタリア製のスーツがバシッと決まる大人の男性という感じです。「なんて素敵なんだろう」
 転職するときの面接でもそう思ったぐらいでした。
 仕事上も適切なアドバイスをさりげなくしてくれる優しいお父さんという感じの西沢をすぐに尊敬するようになりました。実際、仕事ができてなんでも教えてくれる彼は、私にとっては「あこがれの人」だったんです。だから仕事を任されると、何としてでもいいものに仕上げて認められたいと精いっぱいでした。
 一方、西沢のほうも一所懸命に仕事をする私をかわいがってくれましたし、実力を伸ばしてあげようと思ったのか時間を割いて面倒をみてくれました。
 だんだん任される仕事が多くなると、必然的にいっしょにいる時間が長くなります。残業を終えて食事をしたり飲みに行ったりしているうちに、だんだんとお互いに惹かれていったのだと思います。
 ある日、飲んだ帰りにタクシーが拾えなくて、西沢と私は一度歩いて事務所に戻ったんです。そのときいきなり抱き寄せられてキスされちゃって……。いつかそうなるかもしれないという予感はありましたが、私は足がガクガク、心臓はドキドキで、完全に溶けてしまいそうでした。
「以前から好きだったんだ」
 そう言ってくれましたが、私のほうはうれしいのと同時に混乱してしまいました。
「えっ、どうしよう?」
 ただ、彼の胸に顔を押し付けているだけでした。

■ただただ一緒にいたかっただけ

 西沢と出会ったころ、私自身は仕事と彼との恋に精いっぱいで、まわりを見わたす余裕などありませんでした。 考えてみれば、その時期どちらも家庭の話はしなかったように思います。西沢も妻子ある身でしたから、当然家庭について考えなかったはずはないでしょうが、私は先のことなど目に入らないぐらい夢中でした。
 実際、西沢の存在は仕事の面でとてもいい刺激になりましたし、将来のことまで考える余裕もなかったのだと思います。彼のほうも、とくに奥さんとの仲が悪いなどといった話はしていませんでしたね。実際離婚して私と一緒になろうとまでは考えていなかったのかも知れません。
 不倫をしているからという後ろめたさや、夫や周囲に迷惑をかけているという意識は正直いってほとんどありませんでした。「恋は盲目」といいますが、恋をすればだれもが自己中心的になるでしょう? それが不倫かどうかはあまり関係ないような気がします。
 ただ、いっしょにいるのが楽しかったし、いっしょにいたかった。そんな純粋な気持ちだけで結ばれていたのだと思います。私が若かったこともあるかも知れませんが……。
「来週はどこに遊びに行こうか?」
 なんて、2人とも今から思えばかなり能天気な不倫でしたね。
 もちろん夫はとてもいい人ですけれど、だんだんと私自身の世界が広がっていくようになると、浩ちゃんとの2人の世界は狭いような気が……。
 私はどんどん西沢の世界にひっぱり込まれていきました。バリッとスーツを着こなして、バリバリ仕事をこなしていくその姿は私の誇りでもありました。

■ウソをつくことに疲れていたのか

 もちろん浩ちゃんにはウソをつきました。
 私がもともと突っ走ってしまう方なのに加えて、西沢とは「仕事を介した結びつき=芸術的な結びつき」だったこともあって、すっかりのめり込んでしまいました。出会って半年もすると、はずみで外泊をしてしまう夜がしばしばありました。
 広告デザインの仕事は締め切りがあるので、
「仕上げなければならない仕事があるから、今日は事務所で徹夜する」
 なんて言い逃れを続けていました。
 のんきな浩ちゃんもここまでくると疑うようになりました。
「ちょっとおかしいんじゃないか」
 もう少しうまいウソをつけばよかったのかも知れませんが、そこまで頭が回らなかったのか、それとも無意識のレベルでウソをつくことに疲れてしまったのか。
「観たい映画があるから、映画館で観てくる」
 その日も、映画館の名前まで言って出かけたんです。もちろん、西沢とデートに行くということは伏せておきましたが、さすがの浩ちゃんもピンときたのでしょう。 映画館から出て2人で歩いていると、後ろからいきなり西沢の頭に殴りかかってくる男がいました。振り返ると、浩ちゃんが真っ赤な顔をしてげんこつを振りあげていました。

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妻の恋【離婚した夫に抱く復讐に似た激しい想い 本来の自分を創るためにもう一度広い海へ/河合奈緒美(29歳)・女優】

 引っ越しの準備をしていたら、洋服ダンスの隅から季節外れのベージュのベレー帽が……。手にとると樟脳の香りがつんと鼻につき、軽いめまいを感じました。でも、この突き刺さるような痛み、本当は過ぎ去った日々へのノスタルジアのせいなのかも。
 その帽子は、まだ出会ったばかりのころ私のために夫が買ってくれたものです。
 数回目のデートで観た『ボニーとクライド 俺たちに明日はない』という古い映画で、主人公のボニーが愛用していたのがベレー帽だったんです。ボニーとクライドは、アメリカに実在した二人組の強盗で、映画では二人がスリルを通して愛を深めていく一方で、後戻りできない運命に追い詰められていくラブストーリーになっています。
「ボニーの天真らんまんで気性の荒いところが君そっくりだ」
 と、将来私の夫になる当時の彼は言いました。もっとも、私自身はボニー役を演じたフェィ・ダナウェイの薄っぺらい演技が嫌いだったので、ちょっと不満な顔をしたに違いありません。
 夫はその不機嫌を面白がったのか、たまたま映画館の側にあったデパートに入り、店員に聞きました。
「ベージュのベレー帽ありますか」
 そうして渡された帽子を私の頭にのせると、ほおにキスしてくれました。人の視線も気にせず……。

■お互いを傷つけ合う犯罪的で危険な香り

「罪で結ばれているからこそ愛は美しい」
 なんてことばが確かありましたよね。その真偽は別として、私はこう思うんです。
「夫婦って、ある意味では共犯関係にある」
 生活を通してその二人にしか共有できない文化や過去を築いていく過程自体は、本来とてもポジティブなはず。なのに何かちょっとしたことがきっかけで、歯車の一つひとつが狂ってしまう。
 二人はそれに気づかないまま「日常」を続け、ふと気づいたころには、日常という仮面をかぶった特殊な世界に迷い込んでしまっている。そして、社会の規範とか通念から離脱したどん底の空間にいることになる。
 はい上がろうとすればするほど、どんどん深く突き落とされていくような気分。そのうち、じつはお互いに元の世界に戻ろうという意思自体がなくなってしまっていて、今度はどん底自体が日常になっていく。
 とくに末期症状段階の夫婦って、打算でがんじがらめって感じですよね。この人とこのまま一緒にいても、いつか壊れてしまうことは感じている。でも、いまはまだ一人にはなれない。不安で怖いから。
 別れた後どうやって生きていけばいいかも分からないし、なんとなく別れられない。そうして次の一歩を踏み出すこともしないまま、究極のひどい状態のなかお互いを延々と傷つけ合う。そうした危険な香りがどこか犯罪的なのかもしれません。

■夫には絶対埋めてもらえない心の空白

 でも、私が不倫を繰り返したのは、決して夫を傷つけることが目的ではなかったはず。最終的に離婚したのも、それが原因ではありませんでした。
 ただ、無性に寂しかった……。結婚した直後から、これには気づいていました。心にぽっかり穴が空いてしまっていて、大恋愛をへて結婚したはずなのに……。
「彼では決して埋められない」
 そう思ってしまった途端、ガタガタと音を立ててダメになっていきましたね。

■出会ったときから抱いていた違和感

 私すごく上昇志向が高いんですよ。仕事に対しても、そして恋愛に対しても。でも、彼は人に運命を預けてしまうタイプなんですね。何か向こうからやって来るのを待っているというか。
 結婚するときも、
「幸せになりたい?」
 なんて聞かれましたね。
「幸せにするよ」
 じゃなくて。いま振り返ってみれば、そんな夫との将来に、出会ったときから疑問みたいなものがありました。 学生時代から私は芝居好きで、将来は必ず女優になると思っていました。一方で彼は駆け出しの演出家で、ようやく初めての作品が世の中に出たところ。出会ったのは、当時私が出入りしていた劇団の仲間がたまたま夫の知り合いで、彼の作品の公演初日に私を誘ってくれたのがきっかけになりました。

■「これはエゴの作品です」

 彼が演出したその公演はどこから見ても「無難」な作品でした。致命傷になるような構成上のミスなどひとつもないし、マスコミ受けをねらったのか斬新な技術やちょっと癖のある役者を使ったりと、かなり工夫も凝らしてありました。
 でも私には、直感的に思ってしまった。
「これはエゴの作品だなあ」
 ところどころ作品だけが空回りしている感じ。まるで「観客なんかどうでもいい」とでも言わんばかりの演出で、猛烈な無頓着ぶりがにじみ出ているよう。他人をあまり視野に入れていない冷徹さが端々に出てしまっていました。
 幕が下りたあと、渡されたアンケートに私は一言だけこう書きました。
「これはエゴの作品です」
 いっしょに行った友人が夫を紹介してくれましたが、処女作ということで夫は猛烈に忙しいようでした。私自身も作品の後味が悪かったせいか、簡単にあいさつだけしてさっさと劇場を後にしてしまいました。
 そのまま会うことがなければ、お互いまったく違った人生を歩むことになっていたかも知れません。でも出会う運命だったのでしょうか? 一年後、今度は彼のほうが私たちの芝居を観にきました。
 最初に会った時ほとんど話しもしなかったので、二人はほとんど初対面も同然の状態でした。夫のほうは私が書いたアンケートを見ていたようです。
「この女は僕のことが好きではない」
 そう覚悟して会いに来たのでしょう。芝居が終わったあと、自分から話しかけてきました。結果的にそれが付きあうきっかけとなりました。

■母のために人生を捨てた父を尊敬できない

「芝居の話ができる相手」
 最初のころはそういった関係にすぎませんでした。
 しかし、夫はとうに30歳を超えていたこともあり、婚期を逃したくないとでも思ったのか、出会って三ヶ月でプロポーズされました。私はまだ学生でしたし、漠然と「結婚はちょっと違うかもしれない」なんて思っていました。
 でも、卒業が近くなると気持ちが揺れてきてしまって。学問が好きだったので大学院に残ろうかとも、また、好きな芝居の仕事をしたいとも悩みました。芝居でずっと食べてはいけないかもしれないという不安と同時に、そろそろ将来への方針を固めてしまいたいといった変な焦りもありました。
 私は浪人したうえに、芝居にかまけて2年も大学を留年してしまっていました。留年した当初は、
「それが女優へのひとつのステータス」
 くらいに思っていましたが……。さすがにいつまでもフラフラしているわけにはいきません。そう思えば思うほど、どちらに進めばいいのか分からなくなってしまいました。
 その一方で、早く親元から離れて自分の家庭を築きたいという気持ちもありました。一人娘でしたし、私は十分愛されて育ったと思います。でも母が精神的にとても不安定だったこともあって、家の中はいつも暗い雰囲気で窮屈でした。
 子どものころはそれが普通と思っていました。けれど、友達の家に行くとお父さんがパンツ姿で歩いていたりして、こんなに明るい家庭ってあるものだなぁ、なんて驚くこともありました。
 私の父は、いつも仕事より母を守ることを優先しているような人でした。そんな父を見ていると、
「母のために自分の人生を父は捨てたんだ」
 とさえ思えてきます。社会人としてもそんな父はとても尊敬できません。年上の人にあこがれたのも、理想の父親像に私が飢えていたせいかも知れませんね。

■完璧でないこの人を支えてあげたい

 もっとも、夫は俗にいう、
「頼りになるタイプの男性」
 では全然ありません。舞台の世界では珍しいことではありませんが、まず収入が不安定。それに人あたりがよく社交性にも長けているくせに、じつは精神的にもろいところがある。そんな彼を支えていこう、そう私は思っちゃったのです。
 いまから思えば、ずいぶん「男気」のある決断でした。だって、まだ社会に出たこともない学生が、一人の男性を支えて生きていこうと決心したんですから。でも、当時はそれがとてもすばらしいことのように思えた。
「彼一人でダメでも私と二人ならやっていける」
 当時はそう信じてました。なぜなら、二人の間には芝居という共通の夢がありましたから……。夫の作品は、決して完璧ではありません。だからこそ、支えてあげたいと感じたのでしょうね。
 ちょっと皮肉でしょ? 
「母のため家庭のために自分の人生をあきらめた父は卑怯」
 なんて思っていたはずなのに(少なくとも当時の私にはそう見えた)、結果的には、自分からそういう役回りを買って出たようなものなんですから。
 結婚したのは私が25歳の冬、大学卒業を目前に控えた2月でした。夫は一回りも年上だったし、「若過ぎる」と周囲からは反対されました。でも反対されればされるほど、それが正しい選択のように思えてくるから不思議ですよね。
 じつは夫は裕福な家庭の出だったので、結婚したときはまだ親から仕送りを受けていたんです。私はそういうことは嫌だったので、結婚と同時に自分から小さな会社に就職して、彼の親には仕送りを絶ってもらいました。
■自分を汚らしいもののように扱われ

 ところが、挫折は結婚と同時にやってきました。夫とのセックスが、結婚をきっかけにパタリとなくなってしまったのです。
 恋人時代はすごくよかったんですよ。夫もこう言っていました。
「これまでは女性と付きあっても八ヶ月で関係がなくなった。でも君とは一年も続いたから、そのままやっていけると思う」
 なのに、やっぱりダメだなんて言うのです。
「私に魅力が足りないからかもしれない」
 などと、女としての自信も失いました。
 でも女って不思議なもので、いったん自信を失うと、今度は何としても勝ち取ろうという気持ちになってくるものです。しばらくすると、私のほうからモーションをかけるようになりました。最初のころは、夫も嫌々ながら応じてくれることもありました。
 でもそのうち、
「そういう態度は汚い」
 と言うようになったんです。そうあからさまに拒絶されると、
「私がみだらだからいけないんだ」
 とよけい惨めになってしまって……。夫との日常のなかで、私はいつも女であることを否定されていたようにも思います。
 彼って潔癖主義なんでしょうか? そういえば子どものころ学校で性教育を受けたときも、そういう話は聞くのも嫌で耳をふさいでいたと話していたことがありました。
「セックスはそもそも子どもをつくる行為だ」
 彼はよくそう言っていましたから、その行為をしたがる女は汚いというイメージなんかがあったのでしょうか。 たとえばたまに洗濯してくれるときなども、私の下着だけは洗わずに、洗濯機の底に残しておくんです。
「そういうものは嫌だ」
 とか言って……。私ってそんなに汚い存在なのだろうか、と否定されたような気がしましたね。
 私が女であるということ自体を夫は軽蔑しているんじゃないかなんて思いはじめると、どんどん自信がなえてしまいます。彼がどうしてそんなふうに性を拒絶していたのか、私はいまでも理解できないでいます。

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妻の恋【セックスの途中で目を覚ました娘のオムツを替える ひどい妻? でも成長のワンステップだった/葉室千枝子(33歳)・主婦】

 今年5歳になった長女は最近、動物番組がお気に入りです。ウミガメが遠くの海から産卵のために身の危険を冒してまで陸に揚がってくる姿や、ライオンの母が子どもたちに狩りを教える姿、カンガルーが袋のなかの子どもたちに乳をやる様子……。
「ママ、見て! キリンさん!」
 まだ3歳の下の息子が私のひざに頭を乗せてソファに寝そべると、長女も反対側から肩に寄りかかってきます。子どもたちのぬくもりを感じながら、動物番組に見入る時間はたしかにホッと息を抜けるひとときですし、その光景はかたわらから見れば幸せそのものなのかもしれません。
 でも、厳しい自然と戦いながら子育てに励む動物たちの姿を見ているうちに、ふと不安な気持ちが頭をもたげます。

■「もしも」という不安に終わりはあるのか

 たとえば、いまもし森でクマに襲われたら、私はクマと立ち向かってでも子どもたちを守り抜けるだろうか? もちろん、子どもたちを無条件に愛しているし、何か究極の事情で(それこそクマに襲われるとか)自分の命を投げ出して子どもを守らなければならないとすれば、喜んでというわけではないにしても、子どもたちが助かるのなら自分は死んでもいいかとあきらめるでしょう。
 でもそれは単に「仕方ない」という義務感で、本当の愛ではないような気がしてくるのです。こんなことを考えるのは、
「もしかしたら自分の愛が足りないからかしら」
 と思ったりして胸が痛くなってきます。
 でも、はたと私は思いとどまります。そもそもなぜいま私がクマに襲われることを考えなければならないのだろう。いまは自宅でテレビを見ていて、クマなど突如襲ってくることは絶対あり得ないし、いくら最近は凶悪犯罪が増えているとはいえ、突然だれかが拳銃をもって家に浸入してくる確率は道を歩いていて交通事故に遭うよりも低いことはよく分かっています。
 それでも母になってからというもの、この「もしも」という不安、こわれかけた飛行機で雨雲のなかを低空飛行しているような不安感が消えることなくまとわりついています。
「子どもが小さいからだよ。大きくなればもっと気分が楽になるよ」
 夫はこう言うし、たしかに自分でも考え過ぎる傾向にあると思います。
「軽い不安神経症ですね」
 医者にもそう言われて、ときどき気がついたときに通院するようにしています。
 でも、これって本当に神経症なのだろうか? 子育てと同時に本当に終わるのか? そもそも、終わりってどこにあるんだろう? などなど、本当にいったん考え出すとキリがないんです。これでも最近はずいぶんよくなったのですが……。

■妊娠確率の高い日を夫は計算していた?

「子どもを生んで母になってはじめて、女は自信をもてるようになる」
 などと人はよく言いますが、私にとって最初の妊娠・出産、そして子育てという一連の出来事は、まるでその通説を逆行する大事件でした。だいたい、妊娠を知ったその日から出産まで、喜びなんてこれっぽっちもありませんでした。絶え間のないつわり、身体のむくみや乳房の痛み、いつまでも続く微熱――。
 そもそも私が子どもを生んだのは、単にできちゃったから、と認めざるを得ません。その一ヶ月前、夫は当時勤めていた外資系の会社が撤退したために職を失いました。休職中の彼を尻目に、私自身はまだまだ仕事に打ち込みたかった――。でもどうしても欲しいと懇願する夫の手前、堕すわけにもいかなかったんです。
 新婚半年で妊娠なんて、いまから思えばハメられたとしか思えません。計算してみると、彼は危ない日なのを知っていて、わざと手を抜いたとしか……。
 その日、夫はソファでネイチャー雑誌を読んでいて、
「男の子の生まれる確率は戦争のときに高くなるんだってさ」
 と、その前後の記述を声に出して読み上げました。それによると、戦争などの非常事態下で妊婦が感じるストレスと男の子の生まれる確率に相関関係があるとのことでした。
 戦争があると男が死ぬ確率が高くなる。だから男がもっと生まれる――。その記事には確かそんな記述が載っていたと思います。
「つまり種の保存というやつだよ。人間、戦争という究極の状況に置かれると、セックスがしたくなるっていうじゃないか。どうせ死ぬのなら子どもぐらい残しておきたいって、それ男の本能だろ」
 などと、夫は悟り切ったような口調でそう言っていました。

■母性っていったい何?

 私が妊娠したのはたぶんその日です。人は本当に不安なときに子どもが欲しくなるか、それが統計的に立証された事象かどうか、それは知りません。
「そんなことを思うのは男だけじゃないか」
 いずれにせよ、私に言わせればこれが本音です。どうせ生むならば状況のいいとき、楽なときにしたいと思うのが母性ではないでしょうか? できてしまえば腹をくくるにせよ、不安なときに自ら望んで子どもを生む女がいるのでしょうか? 
 こんなふうに言うと、まるで私には母性がないように聞こえるかもしれません。
「子どもと旦那がいれば私は幸せ。どんな苦労でもできるわ」
 なんていう女を私はもともと絶対に信用できません。きっと自分の無能さを隠すために、そう言っているだけなんじゃないかとさえ思ってしまいます。「子どもがいるから仕事ができない」 という焦りは理解できます。しかし、それを口実に自分に対する努力を怠っている主婦たちをみると、イライラするんです。もっとも、そういう私もいまは主婦をしているわけで、たぶん子育てのフラストレーションがたまっているから、よけいそう見えるのかもしれません。
 そもそも私が浮気に走ったりしたのも、ホルモンのバランスが崩れたことに加え、フラストレーションが溜まっていたせいでしょう。

■妊娠でキャリアを台無しにしたという思い

 いまから思えばあの時期、何もあれほど、
「仕事、仕事」
 と目くじらを立てる必要もなかったのかもしれません。妊娠した当時、私は外資系証券会社の調査部に転職して半年で、子どもはまだまだ先と考えていました。私たちは職場結婚だったため、結婚を機に私が転職したばかりだったんです。
 たまたま夫が失業したのに加えて、早く新しい職場で認められたいという焦りもありました。男性の同僚や上司に妊娠を知らせるのが嫌で、しばらく会社には黙っていました。おなかが目立ってくるのを考えると憂うつで、布団をかぶって泣いたこともありました。 いまはどうか知りませんが、当時外資系の証券会社といえば、いわゆる「青い目のお金持ち」を手玉にとろうという下心で入ってくる女性も多いなか、徐々に専門職の女性が増えていた時代でした。専門職で雇われたからには、待遇は男性とまったく同じで甘えなど許されません。ただそのぶん本気でやれば認めてもらえる職場でもあったわけです。
「なのに、せっかくのスタートを妊娠で台無しにした」
 との想いはいつしか怒りに変わり、その怒りを夫にぶつけてしまう日が多くなりました。

■夫と同等にはなり得ないという絶望感

 専門家に言わせれば、当時の私は妊娠をきっかけにホルモンのバランスが崩れる「マタニティー・ブルー」に陥っただけなのかもしれません。しかし医学的にどう説明されようと、私にとっては「妊娠・出産」と本来ならば女の花道といわれる時期にすごく不幸だったということに変わりはありません。 さすがに危機感があったのか、夫もその一ヶ月後には仕事を決め、生活は落ち着きました。私には会社に残る選択肢もありましたが、体調がすぐれないせいですっかり闘志がなえてしまったうえに、どうせまともな仕事ができないならば辞めたほうがマシ、という気持ちもあり、あっさり退社してしまいました。夫が同業者だったことも嫌になってしまった原因のひとつでした。「これから先どんなにがんばっても、子どもがいる以上夫と同等にはなり得ない」
 という絶望感が、
「そのぶん養ってもらわなければ割りが合わない」
 という半ば復讐のような気持ちに変わりました。
 会社を辞めてブラブラしているとかえっていろいろ考え過ぎてしまうため、生活のリズムを変えないように電車で二駅のところにある中央図書館に朝から通うことにしました。

■図書館通いがきっかけで

 図書館までの30分から40分の距離はいい運動にもなり、なんといっても社会に出てからというもの仕事の資料以外の本を読むことはほとんどなかったので、久しぶりの読書はいい刺激でした。ジャンルを問わず手当たり次第に読みあさりました。
「いつもずっと本を読んでるんですね」
 ある日いつものように本を読んでいると、外国人の男性が声をかけてきました。アンディーというこのアメリカ人は、アジア史の博士課程で学んでいるということで、どこかの国際団体から奨学金が出たので研究も兼ねて日本に来ているとのことでした。
 それだけのことはあってアンディーの日本語は完璧でしたし、文学の話も好きでした。そのうち、週のうち何日か会うようになりました。

※続きは「妻の恋」をお読み下さい。

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妻の恋【浮気でドキドキしたいわけではない ただ定期的に好きな恋人が出てきちゃう/伏見紀子(27歳)・外資系OL】

「天然」と呼ばれるタイプの女性がいる。
 けっして頭が悪いわけではない。むしろ、切れる場合が多い。ただフワフワとしていてとらえどころがなく、少しボケたようなところがある。そのうえ、突拍子もない行動をたまにする。しかし憎めない。
 この手のタイプにたいていの男は弱い。そしてほとんどの場合、振り回される。
「今日の昼ね。女の先輩とパスタを食べに行ったんだけど、その店すごい大盛りだったの。しかも私もともと食べるのが遅いから、先輩に『あまり進んでないね。もう残したら』って心配されちゃった。
 やっぱり、頼んだものを残したら悪いでしょ。だから残せない、どうしても食べようと思って頑張ったの。だから、夕方までお腹いっぱいだったんだ。ダメーってぐらい。もう、こーんな感じー」
「でもさ紀子、ここの夕食もきれいに平らげてたじゃん」
「うん、店に着いたらお腹空いてた(笑)」
 取材テープに残っていた紀子さんとその友人の会話である。トイレに立ったときにテープを止め忘れ、五分ほど二人の話し声が録音されていた。気づいたのは、テープを起こしているときだった。
 夜中に笑い転げる彼女たちの声を聞きながら、私も笑ってしまった。あまりにも紀子さんが楽しそうだったから。 天然で、笑顔の絶えない女性だった。これほど男にモテそうな「妻」を私は知らない。

■夫は私の浮気を絶対疑っていない

 ポール(夫)は特別な人なの。人生を過ごしていく上で。
 もともと私は結婚願望なんて全然なかったの。いま結婚しているから、こんなことを言えるのかもしれないけれど、結婚せずに恋人のままだったとしても、ポールは私にとって大切な人。 いっしょにいるのが楽しくて抵抗感もなかったから結婚したの。
 結婚自体は、それほど特別なものだとは思っていません。好きだったら、籍が入っていてもいなくても一緒にいるはずだし。うまくいかなくなれば、離婚するはずだから。ポールとは、籍がどうこうよりも気持ちの問題かな。 いまでもポールといると本当に幸せ。夫婦仲もいいんですよ。ちょっとした私のワガママも全部聞いてくれる。本当にやさしいの。
 家事をやってるかって? へへへ、料理はポールの担当なの。それ以外は、私が全部やってるけどね。
 もちろん浮気がバレたことなんてない。ポールは、私が浮気するなんて考えてもいないと思う。絶対に疑われてないもんね。自宅ではラブラブだし。 だから、私がオールで飲んで朝帰りしても、ポールは文句を言わないの。「飲みに行くことだけは教えてね。いきなり帰ってこないと心配になるから」
 とは言われてるけど、信頼はされている。だからこそ、たまに思うんだけどね。
「私って、最悪かも」

■日本語がわからない夫の横で相手と電話

 ポールが外国人だから、私の浮気がバレにくいのかもしれないな。
 日本語が話せないのをいいことに、いっしょにリビングにいるとき浮気相手と二時間ぐらい話したこともあるの。女の子の名前を出して、
「明日の約束で話があるから」
 なんてポールに言いながら。
「日本の女は電話が長いなぁ」
 とか思っているかもね。
 私の知るかぎり、ポールは浮気していない。タイプ的にしない人。まじめだから。
 浮気して落ち込んだり私しないんですよ。そうなったら、たぶん浮気しなくなると思う。
 もちろん浮気したあとに、ポールへの対応が変わることなんかないよ、たぶん……。でも浮気したあとだと、家庭がより円満になるかもしれない。
 自分を取り巻くすべての要素が合わさって個人を形成するでしょう。浮気もそのひとつでしかないと思うの。
「外で恋すると、感情が豊かになって、気持ちもやさしくなれる」
 んじゃないかな。だから、ポールのことをもっと好きになれるんだとも。 そういえば、いま付きあっている恋人のテーラーから聞いた奥さんへの不満を、ポールとの結婚生活に「活用」したこともあるよ。
「俺の奥さん、下着とか前より構わなくなったんだ」
 なんてテーラーが言うと、やっぱり女の下着は大事なのかと考え直して、セクシーな下着を着けてみたり。
「俺たちセックスレスになっててさ」 と聞くと、やっぱりセックスも夫婦には大切なんだなって。ちょうどポールと少しペースダウンしているころに聞いたから、これじゃいけないと思ってちょっとペースアップしちゃった。いまは週に1回ぐらいかな。
 テーラーとその奥さんがいい意味での反面教師かな。もちろんテーラーのことも好きよ。でもポールと恋人を比べることはないな。
 もし逆に自分が比べられていたら嫌だろうと思うし。なんだろう? わからないけど、二人を比べちゃダメっていつも思ってるの。

■仕事中やり取りする通もの社内恋愛メール

 恋人のテーラーはイギリス人なんだ。白人で身長は185センチかな。ポールと私がいっしょに会社に出勤しているときに会ったの。社内結婚だから、私もポールも同じ会社なの。外資系IT(情報通信)企業だから、そこそこ外国人が多いんだ。
 そのときテーラーは、大阪からの出張で東京に来ていたの。ポールとテーラーは、以前からちょっと知り合いだったみたい。同じ部署ではないけど、いっしょに仕事をしたこともあったんだって。電話で話したり、何回か会ったりとか。
 お互いに顔と名前を知っているぐらいかな。それで、ポールからテーラーに声をかけた。
「やあ」
 って。私はテーラーを紹介されて、「はじめまして」
 と言ったのを覚えている。それが出会いのきっかけ。
 その日の夜に会社のみんなが集まる立ち飲みバーで、偶然にテーラーと再会したの。ダラダラ飲んだわけではなくて、みんなでビール一本ぐらい空けて帰っただけなんだけど。
 その次の週だったかな。今度は私が大阪出張になったの。ミーティングに出席するんで慌てていたときに、テーラーを見かけたんだ。
「あっ、いる」
 と思って、バイバイって手を振ったの。それに彼もこたえてくれてね。東京に帰ってから、社内専用の回線でメールを送っちゃった。名前と部署がわかれば、同姓同名でない限りはきちんと送れる仕組みになっているんだ。
「この前、話せなかったね」
 とたしか書いたかな。
 うん、一目ぼれ。だいたい私そうなの。ジワジワ好きになるってことはないのね。すぐにそうならない人とは、まず恋にはつながらない。会った瞬間に、その人が恋人候補か友達かに振り分けられちゃうみたい。
 うーん、テーラーはカッコいいかなあ? でもバンドなんかやっていて、けっこう人気はあるみたい。33歳だけど太ってもいないし。
 それが2002年11月。それからメールで頻繁に話すようになったんだ。本当に多いときは、1日50通ぐらい。仕事しろ! って感じだけど、会話みたいにやり取りするから止まらなくて。
 互いに既婚者で同じ会社だから、バレちゃったらまずいよね。社内でダブル不倫なんて。だからメールを送るときは、
「ログを記憶しない」
 というモードを選択していたんだけど……。あまり意味ないのかな。

※続きは「妻の恋」(アストラ)をお読み下さい。

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妻の恋【必要のない恋の時間を過ごしたからこそ 必要と不要なモノのちがいがよくわかる/柳田真理(26歳)・ショップ経営】

「ねえ、やっぱエッチしちゃまずいかな? どう思う」
 真理さんからの数ヶ月ぶりの電話は、不倫をするべきか否かの相談だった。「元カレと久しぶりに会ったらやっぱりカッコよくて、なんとなくキスしたの。来週会う約束しているんだけど、会ったら絶対しちゃいそうなんだよね」
 声が弾んでいた。どうやら、また恋に落ちたらしい。
「ほら、不倫妻の取材をしてるって聞いてたから。実際バレたりするのかなぁと思って」

■「マジに恋愛かも」と電話報告が……

 真理さんとは、5年ほど前に知り合った。
 妙にウマが合い、出会って以来一ヶ月に一回ほど電話で話し、1年に一回は食事に行く関係を続けてきた。学生時代の「武勇伝」を聞いているだけに、浮気には驚かなかった。しかし、結婚1年目とは予想よりちょっと早い。
――やめたほうがいいんじゃない。真理ちゃんはわきが甘いから旦那に見つかるよ、きっと。あなたみたいなワガママ娘といっしょに暮らしてくれる男を見つけるだけでも、けっこう大変なんだからさ。旦那を失うと被害甚大でしょ……。
「不倫することになったら即取材するから連絡をくれ」
 と彼女に声をかけていたが、不倫するかどうか迷っている既婚者の背中を押すわけにもいかない。浮気が夫にバレて大騒動になった家庭の話をしてそのリスクを説明した。
「やっぱり、ヤバいよね」
 最後にそう言って、彼女は電話を切った。
 しかしその半年後、今度は相談ではなく事後報告の電話を受けた。
「数日前に新しい彼氏ができちゃった。マジに恋愛かも」
――エッチした?
「うん、した」
――じゃあ、取材だな。
 そうやって、この取材は始まった。
■都内一等地の高層マンション

 その電話から一ヶ月後、彼女の住むマンションを僕は見上げていた。
 都内の一等地に建つその巨大高層マンションは、入り口で住民に連絡してドアを開けてもらうのはもちろん、ホテルのロビーと見間違うほど大きな受付スペースが訪問者を出迎える仕組みとなっている。会社を経営している35歳の夫が真理さんのために用意した住まいである。
 ピカピカに磨き上げられた大理石の床も、スーツを着た受付の男性のにこやかな笑みも、昼下がりの居宅も、カネに縁のないしがないライターには緊張の種になってしまう。なんとなく落ち着かないまま高層階でエレベーターを降り、彼女の部屋のベルを押した。「いらっしゃーい」
 という声とともに、扉が開く。
 スリムのブルージーンズに黄色いTシャツを着た姿はとても人の妻には見えない。学生でも通用しそうだ。
 20畳以上あろうかと思われるリビングには、結婚式の写真がいくつも飾られていた。純白のウエディングドレスを着た真理さんは、見るからに幸せな笑顔を振りまいている。
 鼻も高くはっきりとした顔立ちの彼女には、ドレス姿がよく似合う。

■飲み会で一番しゃべってた彼氏

――やせた?
「なんか最近やせちゃって、四五キロになっちゃったよ」
――身長いくつだっけ?
「一六六センチ」
――そんなに大きかったっけ? じゃあ、今かなりスタイルいいんじゃない?
「いいよぉー。胸もあるし。Dカップだもん。ちょっとすごくない?」
――すごいかも(笑)。それで新しい彼とは、どこで知り合ったの?
「私の友達が、地元の自営業者とすごく仲がよくてね。その飲み会に誘われたの。2002年の11月ぐらいかな。みんな紳士だし、話が面白いの。私が結婚していることも話してたから、本当にただ飲んでいるだけだよ。ちょー紳士! いい人たちだなぁーと思ってたんだ。
 それから何回かその飲み会に顔を出したの。そのとき一番よくしゃべっていたのが今の彼氏。でも、しばらくはケータイ(番号)も交換しなかったのね。向こうも聞いてこなかったし。ただただ楽しく飲んで終わりだった。
 ところが4月はじめの飲み会で、『今度のいつ』なんて話しているうちに、ケータイ番号とメルアド交換したんだ。なんか、あんまり皆に見られないようしてさ。そこから始まったんだよね」
■彼氏は私にメチャ惚れみたい

 彼氏とエッチする関係になりたいとは全然思わなかったけれど……。
 本当にそこまでは考えてなかった。ただアドレスを交換してから、毎日のように携帯メールをやり取りするようになったの。だいたい一日に10通ぐらいかな。
 私って生活のすべてを報告しちゃう人なのよ。たとえば、
「これからネイルアートの仕事に行きます」とか、
「買い物に出かけたよ」
 とかさ。ちょっと前までは、透ちゃん(夫)に全部メールしてたんだけどね。メールするっていっても、真理のほうから一方的にただ送っているだけ。 でも、最近あまり透ちゃんにメールしないで、彼氏ばかりに送ってた。
 彼氏がたまに送ってくれのも別にたいした内容じゃないよ。でも、メールするのは楽しいでしょ。だから、なんとなく盛り上がっちゃったのかな?
 でもね、最初に会ったときから、
「彼って私の好きなタイプかもしれない」
 と思ってたよ。フィーリングがね、話しやすいしさ。私は、
「自分にすごく惚れてくれる人」が好きなのね。彼氏は真理にメチャ惚れだから。完全にはまっていると思うもん。
■自宅前で堂々とキス

 彼氏とキスしたのは、メルアドを交換して二週間後ぐらいかな。その日、友達と飲む約束をしてたの。そのことを彼に伝えたら、飲み終わったら、店から自宅まで送ってあげるよって言われて。
「ん? いや、彼が真理に会いたかったらしい」
 マンションの入り口の前に車を止めて、
「お休み、チュ」
 そんな感じでキスした。もちろん、きちんと抱き締められたよ。
 管理人室からも受付からも見ようと思えば見える位置だったね。逆に堂々としているほうがバレなくない? エッチしてない男友達に、マンション前まで送ってもらうこともよくあるしさ。キスして、私けっこうルンルンだったな。
 私も彼氏も、キスするなんてあり得ないと思ってたの。だから、ちょっと不思議な感じだった。彼もメールとか電話で、
「こんなことできるだけで、俺すげぇ!」
 とか言ってたから。自慢する「すげぇ」じゃなくて、うれしいとか信じられないとかいう意味での「すげぇ」ね。
■男は止まらないし止めるのも・・・・

 次の日は、また別の友達と飲む予定があったんだ。そうしたら彼氏が、
「また夜、迎えに行ってあげるよ」
 っていうことになって。それじゃあ、来てもらうかって。
 ついでに二人で居酒屋に寄って、そのままラブホテルみたいな。
 くどかれたっていうか、向こうが、「真理のこと好き、好き、好き」
 って感じなのかな。私としては、してもしなくてもよかったの。
 居酒屋からラブホに向かう間も、
「別に、あなたのことがお気に入りってわけじゃないんだよね」
 なんて話をしてたもん。向こうも、「なんかそういう話を聞くと、ホテルとか行けなくなっちゃうね」
 なんて言ってたんだ。だけど、なぜかハンドルはホテルへ(笑)。ラブホに行っちゃったら、男は絶対に止まらないのは普通わかるじゃん。止めるなら、もっと前なんだろうけれど。
 だからといって、単純に止めちゃうのもね。まぁ、絶対に嫌ってほどでもなかったし。私ひまだったのかなぁ。 自宅に帰り着いたのは、午前三時。透ちゃんは完全に寝ている時間だった。
■独身時代とは相手の選び方がちがう
 彼氏の身長? 低いよ。166センチぐらいじゃないかな。がっしりした体型で、髪は短め。顔も別にカッコよくはない。ふつう。
 年齢は38歳かな。3人の子持ちだよ。お店をやっているの。豆腐屋さん。
 いまから考えると、38歳ってけっこう年上だよね。でも私が思うに、
「結婚してからの恋愛は、既婚者同士がいちばんラク」
 だって変なヤキモチとかもないし、駆け引きもないしさぁ。もうストレートにトントン行っちゃう。
「好きなら好き、やるならやる」って。 いっしょにいてラクなの。何でも話せるし。
 たとえば独身時代に彼氏や結婚相手を選ぶときは、顔を重視する部分って結構あるじゃん。さすがにキモい人とは付き合えないけれど、いまなら容姿より、いっしょにいて楽しいかが重要かな。
 それから浮気相手にカネも求めない。彼とは、いつも居酒屋で飲んでいるから。シチュエーションがどうとかじゃなくて、話せるのがうれしいんだよね。 うーん、なんで浮気したのかなー? なんだろう私の性格? 最初は、キスする相手とも思っていなかったんだけど、うーん、ノリ?

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妻の恋【離婚した夫はいい人だったけれども 8年間の結婚生活は「女」をやめていた/吉田裕美子(35歳)・主婦】

 吉田裕美子さんへの三度目の取材のため、新宿駅東口にある有名ブランドの前で待ち合わせた。夏を間近にひかえ、ショーウインドーには新作の水着を着たマネキンたちが並ぶ。
「ほら、水着に液体のパットが入っているでしょ。あれだと触られても分からないよ、まず」
 あるマネキンを指さしながら、彼女が説明をする。
「ほんと?」
 と僕が疑いのまなざしを向けると、「うん、絶対に間違いない。私も胸小さいから、ブラジャーにもガンガンにパット入ってるもん。入れてもAカップだけどね(笑)」
「あっ、触ってみる? ほらほら」
 彼女は白いシャツの胸を反らせてきた。その勢いに気おされたまま、指先で胸をつつくとたしかに柔らかい。
「ほら、わかんないでしょー」
 彼女はそう大笑いし、こう言いながら歩き出した。
「カラオケボックスはこっちにあるよー」
 以前に勤めていたアパレルメーカーでは受付嬢もしていたというが、裕美子さんにそういう気取りはない。
 きっとモテるだろうなと思いつつ、彼女のあとを追った。

■結婚して3年はすごく幸せだった

 旦那とは社内結婚だったの。仕事的にはあまり縁のない人だったんだけど、部全体の新年会のときに隣に座ったんだ。しかも帰る方向もいっしょだったから、電車でも話したりして。そのとき、ちょっと好きだなっと思ったの。 彼がほかの人より早く出社するのを知っていたから、次の日から私も早めに会社に行くようにしてね。それから食事に誘われて、恋人になって、九月に婚約をして、12月に結婚したの。私が23歳で、旦那が33歳のとき。
 結婚式は、それまでの人生でいちばん幸せだった。私のためにみんなが集まってくれて、お祝いしてくれて。すてきな夫が横にいて。
 旦那のことは、大好きだった。結婚してからの三年間は、いま思い出してもすごく幸せだったもん。スーパーに買い物に行って、何を作ってあげるのか考えるだけでうれしかったから。そういうことが、とても新鮮だったのね。 セックスもサルみたいにしてた(笑)。ラブラブだったんだもん。さすがに毎日ではなかったけれど、ほぼ毎日のようにしてたから。旦那とくっ付いてないと眠れなかったんだよ。もちろん浮気なんて、しようとも思わなかった。
 離婚したいまでも、旦那はいい人とは思ってるのよ。ほんと絶対に浮気しない。同僚に聞いても、彼はしないタイプだってみんな言う。逆に、それがつまらないといえば、つまらなかったんだけどね。

■育児をキッカケに離れていく夫婦の心

 旦那への気持ちが変わったのは、子どもを生んでからなの。
 結婚当初はまだいらないと思っていたけれど、2~3年ぐらいして、あっそろそろほしいなって。
 うんうん、違う。好きな人の分身とかじゃなくて、ただただ子どもがほしかったのよ。
 上の子どもが生まれたのが、26歳のとき。
 いきんで、いきんで、生まれた瞬間、その神秘に打ちのめされた。
 生涯でいちばん幸せだと感じていた結婚式なんて、全部吹っ飛んじゃったくらい。比べようもないほど、出産はすてきだった。結婚式なんて、みんないいことしか言わないじゃない。なんてくだらないことに感動してたんだろうって落胆したもん。
 ただ結婚式と違って、子どもは生まれてからが大変なのよね。数時間ごとに授乳がくるじゃない。眠りたい。それなのに、また泣き出す。なんだか自分がオッパイになった気分なのよ(笑)。
 そのときはじめて分かったんだ。
「旦那は役に立たない。なんて使えないんだろう」
 って。おむつを替えるのだって、お風呂に入れるのだって、全然できない。「俺が(世話を)やってやってるんだ」
 そう言われたのもショックだった。自分の子どもなのに、育児をやってやってるなんて。
 出産から数ヶ月後には、旦那が単身赴任になればいいと思っていた。出産前まではラブラブだったのに。
 上の子が生まれてから、セックスしたくなくなったんだ。もう、すごくしたくないの。旦那の性欲は全然変わらなかったけど。とにかく私は絶対に嫌だった。

■夫の前で「女」になれない寂しさ

 旦那とラブラブじゃなくなった理由なんて聞かれても、私にもわからない。ただ、感じていたのは、自分がもう女じゃないこと。すでに母親だったから。 私、「母」と「女」がはっきり分かれているみたい。セックスするなら男と女でいたいの。子どもを生んでから、旦那には男を感じなくなったんだ。私も旦那のまえでは女になれなかったし。 家族だからさ。年が離れていたこともあって、父親みたいだったかも。
 ほかの男だったらいいのよ。私も「母」や「妻」ではなく「女」でいられるし、たとえ既婚者が相手でも自分にとっては「男」だし。
 セックスには真剣に取り組みたい。だから、子どもが泣いて中断するのも許せなかった。子どもの横でセックスするなんてのも、絶対に嫌なのね。そういう環境をつくれないならしなくてもいいかなって。
 もちろん使えない旦那に幻滅していたこともあるんだけど。まぁ、あんまりセックスしないのも悪いからたまには付きあってあげてた。どうだろう? 月一とかでしていたんじゃないかな。誘いをはじめて断ったのは、子どもが生まれてから1年後ぐらいじゃないかな。それまで、ずっと我慢してたから。 といっても、子どもが生まれてから同じ部屋で寝てないんだ。旦那も仕事で忙しいでしょ。同じ部屋だと子どもが起きちゃうじゃん。だから子どもと私で寝てたの。離婚するまで、ずっとね。
 子どもと暮らして、バッチリ「母親」をする。それも悪くはなかった。でも、ときどき寂しくなっちゃった。たまには「女」にもなりたかったから。           *  *

■セックス不要の元カレとの奇妙な関係

 長男誕生から1年。「女」に戻りたくなった裕美子さんが連絡をとったのは元カレだった。同僚だった元カレの近況は、OL時代の友人や旦那からたびたび耳にしていたという。
 その情報を頼りに、大代表で彼の所属部署と名前を告げると、なつかしい声が電話口から響いてきた。結婚式以来じつに5年ぶりの会話だった。
「家族にじゃなくて、『男』に抱き締めてもらいたかったの。自分に『女』を感じたかったから。そうすると相手も『男』じゃなきゃダメでしょ」
 デートはドライブ。実家に戻っていた彼女は、母親に子どもを預けて、六時過ぎに自宅を出たという。
 ここ1年、ミルクだおしめだと、24時間「母親」になって子どもを世話してきた。せめて一時だけでも「女」に戻りたかった。
 高速道路を飛ばして着いた先はお台場だった。少し蒸し暑い6月、浜辺につくられたウッドデッキ沿いに二人は散歩し、アイスクリームを食べ、そして静かに抱きあった。
「もちろんうれしかった。結婚してから旦那以外の男と縁のない生活を続けていたから。
 ドキドキしたか? うーん、覚えてないな。でも、そんなに衝撃的じゃなかったと思う。新しい人ってわけじゃないし。前から知ってる男でしょ。何より『抱き締めて』って言えば、必ずそうしてくれる人だったから。やさしいし、気をつかってくれる人なのよ。 でもね、二人ともセックスをしたかったわけじゃなかったの。彼とは、そういう関係じゃないんだ。体の関係以上のものがあるというかな。
 なんかね、する気がしないのよ。『おまえとは、やりたくない』とかじゃなくて、お互いにセックスの対象じゃないの。旦那とは別の男女のあり方かな。すごくいい関係なんだよね。
 いま会っても絶対にやらない。キスぐらいはたぶんするけどさ。面白いでしょ。だからかな、たとえしばらく連絡がとれなくても、いつか絶対に会えるって思ってるの」
 その日、彼女は夜の11時に帰宅し、また24時間「母」になる生活へと戻っていった。
 この時期、彼女は四ヶ月連続で元カレに会っている。月一回のひそかな楽しみだった。

■新宿雑居ビルのとあるカップル喫茶
 しかし、元カレとは思わぬ形で寝ることになる。
「いや、本当に寝る気はなかったの。ただ、たまたま彼がカップル喫茶にはまっていたのよ。『いっしょに行ってくれ』って。私、断れない人間なんだ。場の雰囲気をこわしたくなくて、ここからはダメだと言えないのよね」
 カップル喫茶は、西武新宿駅の近くにある雑居ビルのなかにあった。ビルの一階を奥まで歩き、小さなエレベーターに乗った。
「店に入ったらカウンターが部屋に中央にあったの。縦に細長い部屋で、一応薄いカーテンでベンチごとに隔ててあるんだ。まずカウンターまで行って、そこから空いているベンチに案内してもらったんだよね。それで、まず飲み物を注文して。私はジントニックだったかな。
 ベンチに座ったら、もう横でやっているカップルが丸見え。すでに何組かいたカップルを見ながら、だれとしたいかとか話したの。そのうちキスとか始まって、それで私も彼もいろんなところに行って」

■相手が何人だったかも覚えていない
 カップル喫茶は、人によって使い方が違うという。他人の行為を見て刺激を受けたい二人もいれば、見せたいだけの男女もいる。もちろん、乱交を望む人も少なくない。
「だれが何をしたいかなんて分からないじゃない。だから、たいてい男同士で声をかけ合うの。『いい?』『交換しない?』とかね。勝手に乱入して来ない。それがマナーみたいね。
 でも、私のところは入り乱れた状態になっちゃった。もちろん最後までやったよ。女の子ともした。私がとなりの席に行って、そこの女性といっしょに男を責めたりさ。
 私が彼のをしゃぶっているところを、後ろから別の男性に入れられたり。もちろん何もしないで、そこで知り合った人と飲みながら話したりもしたよ。 彼? もちろんいつも一緒じゃないよ。彼が遠くの席でたばこ吸っているとき、私が何人かの男女に責められたりもしたから。二時間程いたかな。最後に私たちをふくめて四人残って、あんまり盛り上がっていたから、店の人が閉店時間を延長してくれたの。
 うーん、楽しかったのかというと、何とも言えないかなぁ。私は何でも断らないから、断る人が嫌なの。やるんなら、みんなでやろうよって感じ。『カップルでしてるけど、触らないで』なんて人がいると、こっちが気をつかっちゃって……。そういう意味では楽しめなかったかな。
 近くでやっているカップルがいて、女の子のお尻に触ったら、『イヤッ』とか言うのよ。見られたいけど、触られたくない女性だったみたい」
 結局はじめての浮気は、元カレをふくめ何人かの男性と女性が相手となった。相手が何人だったのかという質問には、
「もう覚えてないなぁ」
 と苦笑した。

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