だいじょうぶよ-パートナーは知的障害者!?-/神山 眞

だいじょうぶよ・神山眞/最終回 一方通行の約束

■月刊「記録」2006年6月号掲載記事

*          *           *

 一緒に暮らしていた頃は、ぼくたちのゆがんだ関係が、苛立ちや不安を引き起こしていた。なのにどうして、時を経て場所を隔ててこうして正利と会うと、そのゆがみこそが、ぼくと正利にとって最高に心地いいものに変わるのだろう。それは新鮮な驚きであり、ちょっとした後悔でもあった。
 もっと早く気づくことはできなかったのだろうか。そうすればもう少し違ったかたちで、一緒に暮らし続けることができたかもしれないのに。
 食事とドライブをして、正利を施設に送り、トレーナー2着、ベンチコート1着、それにスナック菓子3袋を渡して、僕は正利と別れた。
 寂しさはない。杉の木に挟まれた一本の道を車を走らせていく。正利との距離はどんどん開いていくが、やっぱり寂しくはなかった。これからのことは何一つ決まっていない。正利の次に行く施設も、僕がどうやって生きていくのかも。けれど、たとえ正利がどこへ行こうとも、僕がそのとき何をしていようとも、大丈夫だという安心感があった。そう、正利がよく、僕に言っていたセリフだ。
「だいじょぶよ」
「せんせは、しんぱいしすぎなのよ、だいじょぶよ」
 そうなのかもしれない。たぶん、大丈夫だ。きっと、大丈夫だ。
「だいじょぶよ」
「大丈夫」
 ハンドルを握ったまま呟いてみる。もしかするとそれは、僕に一番欠けていて、一番必要な言葉なのかもしれなかった。正利からのプレゼント。ぼくはこの言葉と一緒に、時・場所・形が変わっても生きていく。
 ――それからも相変わらず忙しさに追われる毎日が続いた。朝早くに起き、夜遅くまで仕事する。だが充実していると感じていた。仕事が楽しくお金を稼ぐことが嬉しかった。
 適当に楽しくて、適度なお金がありさえすればいいと、以前のぼくは思っていた。だが少なくとも今の僕は違った。楽しく仕事をして、稼ぐだけ稼ぐのだ。その理由は誰にも言わないし、言う必要もない。ただ、心の中にいつも思っていればそれでいい。
 ぼくは正利のために稼ぐのだろうか。そうかもしれない。正利が今のまま施設での生活を望むなら、そうさせてあげたい。その生活を実現するために経済的なことが必要で、政治的なことが絡むというのなら何とかしてあげたい。もしも正利がもっと違うどこかへ行きたいのなら、それも叶えてあげたい。そしてたまに会いに行こう。日本中どこだってぼくは行こう。もしもまた一緒に暮らしたいと言ったら? また一緒に仕事をしたいと言ったら? それもいいだろう。だが、そのためにも5年だけ待ってほしい。5年経ったら間違いなくぼくは準備万端に、きちんと体勢を整えられるに違いない。
 夢物語なんかじゃない。「そうだったらいいな」という話じゃない。これは、叶えなければならない自分の中の約束事だと思っている。
 だからぼくは今は、ひたすらに頑張っている。1日たりとも、1分1秒なりとも無駄にはできない。5年で準備を整えるために。5年後、正利が何を考え、何を望み、何を欲しがるか、ぼくにはわからないが、そもそも気まぐれなあいつの5年後を予想するなんてばかげたことだろう。
 ただ、準備だけを整えておくのだ。これは一方通行な、ぼくだけの約束事だけれど、それでもいい。

■忘れていた誕生日

 1月のある日、家に宅急便が届いた。正利からだった。封を開けると、中からは財布が出てきた。小銭入れみたいなやつで手作り風。どうやら施設の作業所か何かで、作ったものらしい。手紙が添えられていた。
「せんせ、たんじょうび、おめでとう」
 そうか、そうだった。今日は誕生日だった。正利の誕生日は、いつでもプレゼントを催促されるから忘れたことなどなかったが、自分の日はすっかり忘れていた。お礼の電話でもするか、そう思った瞬間、携帯電話が鳴った。慌ててポケットから取り出すと、番号表示に浮かび上がる「公衆電話」の文字。正利か? いまどき公衆電話から電話をしてくるなんて正利しかいない。
 ただ、ただ、嬉しかった。
「せんせ? とどいた?」
「なんだよ! 忙しいんだよ!」
「せんせ、さいふもってないでしょ?」
「なくたって大丈夫なんだよ俺は!」
「なんなのよ!」
 なんだか無性に嬉しかった。涙がこぼれそうになった。泣きそうなのを知られたくなかった。だから、ありがとうが言えなかった。
 こんな関係が、いつまでも続けばいい。
 一方的な約束を、ぼくは必ず果たすだろう。
 必ずその日が来ることを、ぼくは信じている。 (■了)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

だいじょうぶよ・神山眞/第80回 3つ目の施設

■月刊「記録」2006年5月号掲載記事

*         *           *

 新しい施設での面会日、受付で早速、正利を呼んできてもらうと、正利は一緒に話していた3人の仲間を引き連れて、こちらへ向かってきた。
 血色も良く、表情もイキイキしている。どうやら、ここのおじさんたちとはうまくやっているようだった。

■おまえはよくわかっているな

 そう思うとスーッと気持ちが楽になっていった。
「せんせ、おれ、せんせくるの、ぜったいおくれるっておもってたから、おにぎり2こたべちゃったのよ」
 昼ご飯を一緒に食べる約束をしていたというのに。相変わらずだな正利……。そう、相変わらず、それが嬉しい。
「ばかやろう! おまえなぁ、オレは腹がペコペコなんだよ。お前は食べなくてもいいけど、オレは食うからな!」
 わざと怒った口調で言う。だが、どうしても抑えられない。嬉しさが、喜びが、懐かしさが、止まらない。それらの感情は、とても抑えることができそうになかった。それを悟られたくないから、ついキツイ口調になってしまう。
「行くぞ! 早くしろよ! おまえ相変わらずのろいなぁ」
「せんせ、そうやっていそぐの、せんせのよくないところなのよ」
 そうだ、そうなんだよ、正利。「うるさいよ! わかったようなこと言うな!」と、ぼくはそう言うしかなかった。でも本当は……。
 正利、おまえはよくわかっている。ぼくのこと、よくわかっている。ぼくはついつい急ぎがちになってしまうんだ。だから、のろまなおまえと生活していると、よくイライラしてしまったけれど、お前の言っていることのほうが正しかったんだ。だって、急いで急いで、もっと急いで、さらに急いで、そんな生活ばかりしてたけど、上手くいかないことが結構多かったもんなぁ。正利、おまえ、本当にぼくのことをよくわかっていたんだなぁ。
■厚かましい、そして図々しい

 正利を助手席に乗せ、一番近いドライブインへ向かう。
「せんせ、おれ、きょうは、しょくじだけでいいとおもうのよ」
 食事をしに来たんだから、そりゃそうだ。
「は? 食事だけって当たり前じゃん。何言ってるの?」
「そうじゃないのよ」
 そうじゃない?
「せんせ、そうじゃないのよ、おれ、せんせにかってもらいたいものがあるのよ」
 来たか、やっぱりそう来たか、それでこそ会話が弾むってもんだ。
 「はっ? 急に何言ってるの? オレは買ってなんてあげたくないよ」
「そうよ、そうなのよ、いいのいいの、きょうはいいの。せんせだっていそがしいもんね、あしたもしごとなんでしょ?」
「いや、明日仕事があるとか、忙しいとか、そんなこと関係ないんだよ。オレはお前に何かを買ってやるつもりはないんだよ」
 ここまで言えば、以前の正利だったら膨れっ面になるはずだった。ところが、
「はっはっはっは! せんせ、おもしろいねぇ。せんせおもしろいこというんだから」と愉快そうではないか。
「はっはっはっはじゃねえんだよ。ここまで来るのだって大変なんだよ。今日だって車で三時間半もかかってんだよ。それでさらにお前に飯までおごるんだよ。その上何しろって言うんだよ。何で何か買ってやんなきゃいけないんだ!」
「おれ、いま、シイタケつくってんのよ。おれ、せんせにシイタケあげようとおもってたのよ。それなのに……」
 まだ話を続けようとするところを遮って、
「いや、シイタケいらないよ。オレ好きじゃないもん。だから何も買ってやらねえ」
 ちょっと大人げなかったか? すると案の定、
「もう、いいよ」と、とうとう正利は怒り出し、プイと顔を背けてしまった。
 厚かましい。そして図々しい。だが、それこそが正利だ。それが嬉しい。無性にぼくは嬉しかった。
 本当は「買って欲しい」と言われた瞬間から、すでに買ってあげるつもりでいたのだ。今度来るとき、ゴールデンウィーク頃になるだろうか、買ってあげよう、そんな後々の楽しみがぼくの中で駆け巡った。
 でも、今日は買ってあげない。なぜなら、それだと正利の本質である、先ほどのようなやり取りが楽しめなくなってしまうからだ。わがままを言われることが嬉しい、嬉しいけど、敢えて否定する。そんなゆがんだ関係。ゆがんだぼくと正利のつながりだ。 (■つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

だいじょうぶよ・神山眞/第79回 施設をたらい回し

■月刊「記録」2006年4月号掲載記事

*          *            *

 ぼくが持っていったケーキを同室のみんなに分けなかったからと、おじさん患者にアザが残るほどブン殴られた正利。このケーキ事件だけが理由ではないのだろうが、入院仲間となじめないので他の施設に移りたいと、しょっちゅう電話をかけてきてはグチグチとこぼすようになった。
 しかし、気に入ろうが気に入るまいが、正利はどのみちこの病院を出なくてはならなかった。正利はもともと長期で入所できる施設を希望しているのだが、長期入院型の知的障害者施設はどこも満杯の状態。そのため、正利のようなケースは「措置変更」といって、定員に空きが出るまで、3カ月ごとに短期入所型の施設を移動しなければならないのだ。
 しかも小耳に挟んだところによると、長期型施設が完全に空くということは、めったにないらしい。要するに正利は、施設を転々とたらい回しにされてしまうわけだ。
 少しかわいそうだなと思わないでもなかったが、飽きっぽく放浪癖のある正利には、ぴったりの生活のような気もした。

■栃木の山の中へ

 次の行き先が決まったと、正利が電話をよこしたのは、11月にしてはやけに寒い日だった。
 今度は栃木県だという。
「遠いな……」思わずぼやくと、
「だいじょぶよ、とおくないのよ」
「栃木って寒いんだよな……」ぼくは寒いのが人一倍苦手だった。
「だいじょぶよ、さむくないのよ」
 そりゃあ、お前にしてみれば、オレが行くのを待っているだけなんだから、そんなに遠かろうが気にもならないだろうよ。
 内心でそうつぶやいたが、正利の喜びに水を差したくなかったので黙っていた。
「せんせ、いつ来る?」
「まだ引っ越してもいないのにせっかちだね~。まあ、なるべく早く行くよ」
 そう言いつつ、正利の新しい住処へ実際に訪れたのは、雪も解けかけた3月中旬だった。なにせ今度の施設は、観光地・日光からさらに45分、とてもチェーンなしでは走れない奥深い山中にあるのだ。
ぼくにも責任があるのかも
 東京を出発して約3時間半、施設の駐車場に車を停めて降り立った。
 空気がひんやり冷たく清々しい。思わず深呼吸したくなる。しかし、たくさんの人間が生活しているはずなのに、まるで人の姿が見当たらない。改めて見回してみると、周囲を囲んでいる林がまだ春遠く、冬枯れの体をほどこしているせいもあるのだろうが、閑散としたイメージがある。
 見渡すかぎり山と川に囲まれたこの施設、豊かな自然に恵まれた理想的な環境といえないこともないが、ある意味、脱出不可能の牢獄ともいえた。逃げ出したいと思っても、街に出るバスは1日3~4本だし、そのバス停も歩くと20分はかかりそうだ。
 まったく正利は何の因果でこんなうらぶれた、悲しくなるような場所にばかり行くことになってしまうのだろう。ぼくにも責任の一端はあるかもしれない。ぼくが最後まで正利の面倒を見ていれば、少なくとももう少し日当たりの良い場所で暮らせたかもしれない。
 ……またも正利に対する後ろめたさがムクムクと湧き上がってきた。
「ああ~っ、イカンイカン!」
 ともすれば暗くなりそうな気持ちを振り払い、ぼくは大股で受付のある建物へと入っていった。ドアを開けると、長い廊下がまず目に飛び込んできた。その先のホールに、ヒョロリと背の高い正利の姿が見えた。数人となにやらワイワイ談笑し合っている。
 ああ、会えた。
 その嬉しさでさっきまでの落ち込みも一気に吹き飛んでしまった。
 満面ヒゲに覆われた職員らしき男性が通りかかったので、早速、正利を呼んでもらうと、正利は一緒に話していた3人の仲間を引き連れて、こちらへ向かってきた。「おう、正利! 元気そうじゃん!」
「せんせ、おそいのよ」
 遠目ではわからなかったが、皆、50代くらいの男性で、やはり知的障害を抱えていた。その前にいた病院といい、ここといい、どうも近年の正利は若者に縁がない。 とはいえ、当の本人はまったく気にしていない様子だ。血色も良く、表情もイキイキしている。どうやら、ここのおじさんたちとはうまくやっているようだった。
(■つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

だいじょうぶよ・神山眞/第78回 2度目の訪問

■月刊「記録」2006年3月号掲載記事

*         *          *

 正利に母親のことを聞かれるたびに、ぼくは「死んでるよ」と答えてきた。
 実際、正利の母親の性分を考えると亡くなっている確率も高いと思われたし、そう思うことで正利を虐待してきた母親を慕うことへの苛立ちや腹立たしさからも逃れられたからだ。心の内とはいえ、勝手に他人様の母親を殺すなんてヒドイ話かもしれない。結局のところ、ぼくは正利の自主性など認めておらず、正利を私物化していただけだったのかもしれない。
 しかし、しかし、正利の母親は生きていたのであった! 間違いなく生きているということを示す、1通の手紙がぼくの元に届いた。

■片道2時間が30分で退散

 正利の母親が見つかったことを本人に告げるべきか否か。だが、ぼくは告げない道をまた選んだ。本人が会いたがることを知りながら、その存在を隠していることに後ろめたさはあった。しかし「世の中には会わないほうがいい親子もいるんだ」と自分に言い聞かせ、隠したまま、ぼくはあれからさらに2回病院を訪れた。
 1度目のときは、「せんせ、いつあいにくるの?」と、正利が借金取りのように1日に何度もしつこく電話をかけてくるのに根負けし、前回の訪問からたった数日後に、仕事で疲れた体をムチ打って病院まで車を走らせたのだった。
 ところが、あいつときたらひどい風邪をひいたとかでベッドに入っていた。
「おう、なに昼間からゴロゴロしてんだよ」
「あー、かぜよ」
「はぁ? おまえ、風邪ひいてるのにオレを呼ぶなよ!」
 その頃、すでにぼくはいっぱしの……というか、人並みにやっと近づきつつあるサラリーマンだったので、風邪には敏感だった。風邪なんてひいてしまったら大変だ。会社を休むなんてサラリーマンにあるまじき行為だ。サラリーマン失格だ。
「じゃあな! 早く治せな! 治ったらまた会いに来てやるからな!」
 家から車で片道約2時間、そして訪問時間は30分。正利も気の毒だが仕方がない。その日は早々と退散した。 2度目の訪問は、正利がこの病院に入院してからちょうど3か月が経った頃だった。
 正利が別の施設に移ることになったというので、病院の職員の方々に挨拶に行ったのだ。すると今度は、正利の頬が少し腫れていて、青黄色く変色しているように見えた。
「おまえ、どうしたの、その顔」
「なんでもないのよ」
 何でもないわけはない。明らかに顔が腫れている。
「ふーん、で、もう風邪は治ったわけ?」
 すると今度は答える代わりに、ニヤリと笑った。そのときたまたま病室に、血圧や体温を測りにきていた50歳くらいの看護師さんがクルリとこちらを振り向いて、
「実里くん、風邪なんかひいてないもんね」
 と、正利に優しく微笑んだ。
「えっ、でもこの前に来たとき、風邪で昼間から寝てましたよ」
 そう尋ねながらも、風邪なんて最初からひいてはいなかったことにぼくも気づいた。
「実里くん、お友達とケンカしちゃったんだよね」
「おまえ、ケンカして寝てたの?」
 呆れた調子でぼくが聞くと、
「あー、せんせがいけないのよ」
 と笑いながら正利は答えた。
「なんでオレが悪いんだよ」
「せんせがケーキもってきたからよ」
 そういえば数日前の最初の見舞いのときに、ぼくはケーキを持ってきたっけ。
「でも、なんでケーキ持ってくるとケンカになるんだよ」
「ケーキたべてたら、なぐられたのよ」
「そんなばかな話あるかよ」
「あー、ふつうはそうなのよ……」
「実里くんね、1人でケーキを食べようとしたのよね。神山さんには、みんなで分けるようにって言われてたのにね」
 まだるっこしい正利の応答を見かねて、看護師さんが解説を入れてくれる。すでにもう解決済みの事件なのだろう。正利は看護師さんの言葉にも余裕でニヤニヤ笑っている。
「おまえ、部屋の人と分けろって言っただろ?」
「……」
「でもまぁ、独り占めにしたおまえもすごいけど、殴ってくるほうもすごいねぇ」
 ぼくは素直に感心した。なぜなら病室内を見渡しても、20代の正利が一番若く、他はどうみても50~60代のおじさんたちだったからだ。 (■つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

だいじょうぶよ・神山眞/第77回 母が見つかった

■月刊「記録」2006年2月号掲載記事

*           *          *

「また来るよ」と正利に別れを告げ、病院を出たぼくはホッとため息をついた。安堵のため息だった。
 ぼくの不安とは裏腹に、正利はぼくが見放したことに対して何の恨みつらみも言わなかった。それなりに環境に適応し、今の生活を気に入っているようでさえあった。
 でも……。病院を出て10分もしないうちに、またもや、ぼくの中に住みついている魔物、“不安の虫”が首をもたげてきた。なぜなら、ぼくは正利に大事なことを隠していた。本当だったら、会ってすぐにでも言わなければならなかったであろうことを、隠したまま出てきてしまったのだ。
 そう、「行方不明だった正利の母親が見つかった」という重要な情報を。

■常識では捉えきれない母親

「おかあさん、どこにいるの?」
「オレ、おかあさんさがしたいのよ」
 これは児童養護施設にいたときからの、正利の口癖の一つだった。そしてぼくは正利に、そう言われるのが昔から嫌で嫌でたまらなかった。
 なぜなら、その“お母さん”というのが、世間一般の常識では捉えきれないとんでもない母親だったから。だからこれ以上、正利を関わらせたくはなかったし、何よりぼく自身が関わり合いになりたくなかった。それなのに、そんな母親が見つかったという情報が飛び込んできたのだ。
 今までにも2回ほど、目撃情報はあった。一つは、横浜のとあるスラム街で姿を見かけたというもの。そしてもう一つは、鶴見市内の市場で、ホームレスをしているのを見たというもの。
 そのたびに正利はぼくからお金をせびり、1週間ほどかけて捜し回った。でも結果は、いずれも空振り。当たり前だ、正利の母親というのは、そもそも姉の直子や正利を含め、ぼくが知っているだけでも5人の子供を産み、その全部の父親が違うというツワモノなのだ。しかも生むだけ生んで、育てるどころか殴る蹴るの虐待を繰り返し、フラフラと子供を置いて行方をくらませてしまうような女なのだ。そんな人間がいつまでも一カ所にとどまっているはずもなかった。
 そして正利にしたって、母親を捜すと勇んで出ていっても、いざ繁華街にでも出ようものなら、おのれの欲望にたちまち目がくらんで、いつの間にやら目的はそっちのけになってしまったに違いない。きっと大好きなゲーセンやパチンコ屋、ソープなんかを嬉々として渡り歩いていたはずで、見つかるわけがないのだ。
 そもそもだ! なぜ自分を虐待しまくり、あげく犬猫のように捨てていった母親なんかに会いたいのか? 正利の頭には、いまだに母親が灰皿で殴った傷が残っているのだ。足にだって、母親から熱湯をかけられたときの火傷の痕がくっきりと残っている。それなのになぜ!? ぼくには解せなかった。
「おまえを捨てた母親を捜して何になるんだ!?」と、正利本人に問いただしてみたことも、一度や二度ではなかった。しかしそんなことを言えば言うほど、正利は反発した。
「せんせにはオレのきもちはわかんないのよ」
 そう言って、あとは頑なに口を閉ざしてしまうのが常だった。
 どんな虐待を受けても、愛されなくても、子供とはこれほどまでに母親を慕うものなのか!? いや違う。悲しいことに、事実を事実として受け止めるだけの能力が正利には足りないのだった。
 だから、いつまでも平然と繰り返す。「おかあさんをさがしたいのよ」と。
 まったく何もかもが狂気じみてて、その問いかけを聞くのが、ぼくにはいつでも苦痛でならなかった。

■母はバラバラ殺人の犠牲者で

 そういえば、正利の姉・直子がぼくにこんなことを言ったことがあった。
「私たちの母はバラバラ殺人の犠牲者で、海に捨てられたんです」
 もしそれが事実なら、養護施設の記録に残っているはずだが、もちろんそんな記述は見あたらなかった。
「この姉はいったい何を言い出すんだ!?」と思い、マジマジと顔を見返したら、「あっ、このことは正利にはナイショにしてくださいね!」と、真面目な顔で返されたことがあった。そう、狂気じみているのは母親と正利だけではない。正利の一族全員が狂っているのだった。 そして、かくいうぼくも、その狂っている輪のなかの一人だった。いつしかぼくは、姉の直子が言うように、正利の母親は本当にどこかの街の片隅で野垂れ死んでいるのではないかと思うようになった。
 だから正利に「おかあさんは?」と聞かれれば、心の母に対する感情を無視するようになっていった。 (■つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

だいじょうぶよ・神山眞/第76回 30分だけの面会

■月刊「記録」2006年1月号掲載記事

*          *          *

「せんせ、そと、でよ」
 正利が談話室から中庭らしきところへ、ぼくを誘った。
「いいのか? 出ていいのか、この部屋から」
「いいのよ、あのおんなのひとに、たのめばいいのよ」 そしてぼくらは一緒に部屋を出た。
 すると、女のスタッフが走り寄ってきてぼくに言った。
「すみません、外室は30分だけでお願いします」と。
 ぼくらが中庭に出ると、やはり背後で、鍵がガチャリと音を立ててかけられた。

■ふじさんがみえるのよ

「おれ、ここきて、よかったとおもってるのよ」
 中庭のベンチに腰掛けるなり、正利はそう言った。
 たったの30分、それだけしか許されないぼくたちの時間だ。
 いつもだったらぼくは、「どうして?」「何で?」「こんなところが?」といった具合に、矢継ぎ早に問いただすのだが、なぜだか今日はそうしなかった。
 中庭は一面、落ち葉で埋め尽くされ、木々に囲まれたその隙間からは、ほんの少しだけ外の世界が垣間見られた。一日中、しかも毎日、正利はこの空間にいるのだ。それなのに恨みがましいことも言わず、ここでの生活を楽しいという。そう思うと少し涙が出そうになった。
「そうか、だったら安心したよ。だけど、お前、ここ、何もないじゃん」
「いいのよ。なんにもないほうが、おれには、いいのよ」
「お前、変わったなぁ。ありったけの金使って、パチンコ行ったり、ゲーセン行ったりしてたのになぁ」
 欲望に歯止めがかけられず、周りから金を盗んでまで、放蕩生活を繰り返していたというのに……。
 本当に正利は変わったのだろうか? 俄には信じがたい話であった。
「せんせ、ここ、ときどき、てんきがいいと、ふじさんみえるのよ」
「富士山かぁ。何だか最近そうやって景色を眺めるなんてこと、俺、ないもんなぁ」
 本当にそうだ。朝起きる時間は決まっていて、乗る電車の時刻も車両も決まっている。電車を降りると足早に会社に向かう。そんな毎日。景色を眺めるという感覚すらなくしていた。
「そっかぁ。お前から景色の話が出るなんて驚いたよ。変わるもんだなぁ」
「おれ、こうやって、しぜんがいっぱいのところがいいのよ」
「じゃぁさぁ、今度行くところも、もっと自然が一杯あるところにするか?」
 そうなのだ、どんなに正利がこの場所を気に入ろうとも、今は短期入所という方法しか取れぬため、三ヵ月ごとに施設を移動しなければならない。入ったそばから次の行き先のことをぼくは考えなければならなかった。
「せんせ、こんど、おれ、どこいくの」
 やはり正利も同じ不安を抱えている。
「わかんないよ。でもとりあえず、希望は出してみるよ」
「おれ、しぜんがいっぱいのとこが、いいとおもうのよ」
「ああ、そうかもな」
「おれ、こうやって、のんびり、くらしたいのよ」
「わかるよ」
「おれ、もう、まえみたいに、あさはなにしてとか、ひるからはなにしてとか、やすみはいつだとか、もう、いやになっちゃったのよ」
 そうかもしれなかった。ぼくは正利を鍛え、何とか一人前の大人にしようと今まで躍起になってきた。朝は自分でちゃんと起きなければダメだとか、仕事場には遅刻をするな、遅刻しそうなら一本電話を入れろとか、そんなことばかり言ってきた。お金は使いすぎるな、夜は何時までには帰って来い、朝は何時までには起床しろ……。
 考えれば考えるほど正利を規則でがんじがらめにしてきたのだ。
「そうだよなぁ、お前いいこと言うなぁ。俺も自由になりたいよ」
「そうなればいいのよ。さんぽしたり、ふじさんみたり、みんなとおはなしするほうが、いいのよ」
 一緒に暮らしていた頃にように、手足をバタバタと動かして話をする癖がなくなっていることに気づいた。落ち着いた表情は、正利の気持ちの安定ぶりをそのまま表しているようだった。鏡で見る、いつも何かに追われ、不安げなぼくの表情とはまるで違って見えた。
 立場が逆になっていた。今まで正利にいろいろなことを教えてきたつもりだった。それなのに、それらの常識というものが、逆に正利やぼくにとっては、手枷足枷となってしまう現実。
 もしかすると、ここを一歩出てしまえば、やっぱりそんなことも言っていられないのかもしれない。
 でも、ぼくは心の底から今の正利を羨ましいと、一瞬でも思ったのが事実であった。 (■つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

だいじょうぶよ・神山眞/第75回 正利との面会

■月刊「記録」2005年12月号掲載記事

*           *           *

 初めての場所、初めての入り口、そういった場所に足を踏み込むとき、いつもだったら入ることに戸惑い、行ったり来たりを繰り返してしまうぼくが、今日は違った。
 はやく正利に会いたい。1分でも1秒でもはやく正利に会いたかった。

■差し出されたわら半紙

 まるで昭和初期で時間が止まってしまったかのような、古ぼけた薄暗い病院だった。自分が入院するとしたら、ちょっとためらってしまいそうだ。外来のドアをくぐると、昔の日本映画に登場しそうな待合室があり、受付には60歳は過ぎているであろう女性がポツンと一人。
「すみません。先ほどお電話した神山という者です。正利君の面会に来ました」
 そう告げると、「ここに名前と時間を記入してください」と、何も書かれていないただのわら半紙を差し出された。
 わら半紙……。久々にお目にかかったと思いつつ、もちろんそんな素振りはみじんももらさず素直に記入すると、味も素っ気もない無愛想な態度で、「2階の談話室に上がってください。階段はあっちです」と言われた。 建物も暗ければ人も暗い。談話室に行くまでの壁や床もシミだらけで、病院とは思いたくない汚さだ。いくら病院のなかでも、最も儲からないといわれる精神を病んでいる人たちの施設とはいえ、ここまでおざなりな環境でいいのか? これじゃあ、健康な人だって気持ちが滅入って病気になってしまうだろう。
「こんなところで正利は生活しているのか……」
 何ともやりきれない、苦い思いが込み上げてきた。正利に申し訳ないと思った。今さらながら、なんてことをしてしまったんだろうと思った。
 ぼくのした決断は、もしかしたら、もしかしたらとんでもなく間違っていたのかもしれない。正利も、そしてぼくも、失わなくてもいいものを、いや失わないほうが良かったものを失ってしまったのではないだろうか。
 誰に奪われたわけでもない、自ら進んでゴミ箱に捨ててしまったのだ。はたと気がつけば、ぼくにも正利にも何一つ残ってはいなかった。そんな気がした。
 ぼくは思っていたのだ。これまでの出口のない、閉塞感ばかりがつのる生活を思い切って捨て去り、新しい世界に飛び込んで、新しい自分の居場所を見つけるべきだと。新しい友達を作って、新生活を始めたほうがいい。そのほうがお互いのためだ、そう思ったのだ。
 いくらそう思っても、思おうとしても、何だか釈然としない罪悪感と喪失感が、胸にダラーンと広がっていった。
 この建物がいけないんだ、そう思い、何とか気持ちを立て直そうと努力するが、階段を昇る足取りは自然と重くなっていった。
 談話室の扉を開け、中に入る。すると15人ほどの人がいた。こういうときは一斉に視線を浴びせられるのだと思っていたが、どうやらそうでもない。ほとんどの人が、ぼくのことなど気にもとめていなかった。ぼくに気づいたのは、正利と若い女性のスタッフだけだった。
 スタッフはぼくに会釈をすると、するりとぼくの背後にまわり、開けっ放しにしてあったドアを急いでバタンと閉めた。そしてカチャッと音を立てて鍵を閉めた。
 背後で閉めた鍵の音が、正利とぼくが、思っている場所よりももっとどんどん違う場所へ向かっているように感じさせた。
 けれどカラ元気を出して声をかける。
「よう、正利、元気か!?」
 するとボーっとテレビを見ていた正利は、少し笑ってぼくに近づいてきた。
「せんせ、もってきてくれた?」
 さっそく電話で約束をしていたトレーナーと漫画本とケーキを要求される。
「ああ、持ってきたよ」
 差し出すぼくの視線の先の正利が着ているトレーナーは、ぼくには見慣れぬものだった。
「何だよ、おまえ、新しいトレーナー持ってるじゃん」「あー、これ、せんせ、これ、つうきんりょうのせんせが、かってきてくれたのよ」
 正利が、通勤寮で唯一心を開いていたのが、若く入ったばかりの女性職員のようだった。
「そっか、あの先生が来てくれたんだ」
「そうよ、きてねって、おねがいしたら、きてくれたのよ」
 そうだった。いつでも皆、最初の1回は来てくれる。頼めば最初の1回は来てくれるのだ。
 ある人はプレゼントをくれるし、ある人は今後のことを話していく。またある人は説教していく。
 いろいろな人が来た。
 ただ、来るのは一度きりだ。
 1回来ると、もう、たいがい次に2回目はない。
 皆、正利が行く新しい場所には1回しか来てはくれないのだった。 (■つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

だいじょうぶよ・神山眞/第74回 対等な関係

■月刊「記録」2005年11月号掲載記事

*           *           *

 せっぱ詰まって、消耗しつくしての離別だとしても、いずれにしても正利を見捨てたことには変わりがないのだった。正利から逃げ出そうとしているのは、他の誰でもない、ぼくなのだ。
 とにかく正利を一刻も早く忘れたかった。ぼくは自分を卑怯な人間だと思った。
 ぼくは、しばらくぼんやりと部屋に立ち尽くしていた。いろいろなことが頭の中を駆け巡っていたが、それらの考えは正しいものなのか、間違っているのか、今のつらい状況から逃げ出したいがための逃避なのかわからなかった。しかし近いうちに必ず実行しそうな気が、ぼくにはしていた。

■対等な関係になるために

 これでチャラになったのだろうか? 今、現在もこれからも2人は“対等な関係”というやつでいられるのだろうか?
 改札口を通り過ぎると、別に急いでいるわけでもないのだけれど、人波に押されるように自然と歩く足は速くなり、別に入りたいわけでもないのだけれど、ぎゅうぎゅう詰めの電車の中に吸い込まれていく。
 吸い込まれ、人混みに紛れる毎日。しかし、胸のつかえのようなものが消えることは日々ありはしなかった。 どんなに人ごみに紛れ込んでも、やはり期待したような、何もかも忘れることなどは不可能なようだ。ワイシャツを着て、ネクタイを締め、革靴を履く。前の人や隣の人たちと同じような格好をしてみても、あの特異で異常な何年間かの生活が、ぼくを日常というやつに決して埋没させてくれようとしない。
 正利を失ってから2年と半年が過ぎた。失ったというよりも、手放したというほうが正しい表現なのかもしれない。
 いまだにぼくは毎日、正利のことを思い出す。そして思い出すたびに混乱してしまう。
 正利には何もかも与えたはずだった。住む場所にはじまり、仕事も友人も小遣いも食事も着る服も、何もかもを揃え、何もかもを与えたはずだった。
 それらを全て奪い取ってしまった。正利をぼくではない他の誰かの手に委ねた瞬間、ぼくが与えたものはすべて、必要がないものだと、委ねた相手からぼくに返された。いったん正利は何もかもを失った。少なくともぼくにはそう見えた。
 今の正利には、必要なものは必要に応じて、必要なだけ与えられている。これでいいのだ。きっとこれでいい。ぼくが正利に与えたものはきっと偏っていた。あるものは与えすぎていたのかもしれないし、あるものは全く足りなかったのかもしれない。
 いずれにしても、正利がいったん失ったものに関しては、ぼくも同じように失ってみることにした。日焼けサロン、友人、着るもの、眼鏡、正利と共有していたものは、すべてぼくも失ってみることにした。こうすることしかできなかった。こうでもしなければ、ぼくのなかの懺悔の念は消えることがないと思われたのだった。
 こうして対等な立場にでもしなければ、今後ぼくはあいつに合わせる顔がなかった。それにしても……。本当にこれで良かったのだろうか? 本当にチャラになったのか? 本当に今後も“対等な関係”でいられるのだろか? 胸のつかえは消えるどころか、日に日に存在を大きなものにしていった。

■あの中に正利がいる

 秋も深まり、スーツだけでは少し冷え冷えする。体重が85キロもあったときには、あまり寒いという経験をしなかった。しかし68キロしかない今のぼくにはコートが必要なくらい寒い秋晴れの日、ぼくは会社を午前中で早退して、正利に会いに行った。
 正利は、知的障害者の人たちのための通勤寮に、2年間の期限付きで入所していたのだが、度重なる無断外泊により、結局、任期を満了することなく寮を出ることになってしまった。
 任期を満了していないため、他の施設に移ることができない。一応、通勤寮所属というかたちで、さまざまな施設に3か月ごとに短期入所するというかたちをとることになった。
 一番最初の入所先は、正利の抱える精神的な問題を医療行為によって解決しなければならないとの名目のもとに、東京の郊外にある精神障害の人たちのための施設に決まった。
 場所を調べてみると、ぼくの卒業した大学の目と鼻の先であった。合コンだのサークルだのと毎日を賑やかに楽しむ大学生たちのすぐそばに、こんなにひっそりと静かな場所があったのだ。
 右も左も高い木々に覆われた坂道を登っていく。すると、ぼくが小学校くらいのときによく見かけた昔の病院のような建物が見えた。正利がここで生活している。そう思うと何だか胸が締め付けられた。 (■つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

だいじょうぶよ・神山眞/第73回 正利からの逃避

■月刊「記録」2005年10月号掲載記事

*           *           *

 正利への電話がつながらない。
 おかしい。電話にも出ないし、店にも来ない。となると、考えられるのは、2度目の家出しかないではないか?1度目の家出からもう半年。そろそろとは思っていたが、まさか、まさか、こんな電話のやり取りくらいで、こんなことになってしまうとは!もうだめだ。いやもう一度。迷いに迷い、握りしめたままの携帯のボタンを再び押す。呼び出し音が2回、3回……、やはりだめか……、と思った瞬間、あいつが出た!
「おい、正利、どうしたんだ、時間だぞ!」
「……」
「おい!?」
「……」
「どうした!? 時間だぞ?」
「あ~、なんか、ねちゃったのよ」
 大丈夫! 大丈夫だった! ただの取り越し苦労!
「ばか! 寝てたのか! ばかだなあ! 早く来い!」「……」
 プツリと電話は切れた。電波が悪いのだろうか。まあいい、電話もつながったことだし……。
 しかし正利は、1時間経っても、2時間経っても店には現れなかった。

■いつまでこんなことが繰り返されるのか

 正利が店にタオルを持って来なかったので、ぼくは足りなくなったタオルを補充するために、アパートに戻った。
 しかし部屋の明かりは消え、人の気配がまるでない。正利はやはり出て行ってしまったようだ。一気に血の気が引き、足がガクガクと震えた。またか……。これで何度目だろう……。そしてこれから何度繰り返すのだろう……。
 何もかも投げ出してしまいたいような気持ちが襲ってきた。
 部屋に入ると、ぼくの万年床の汚れた枕の上に、正利からの書き置きが置いてあった。
 「せんせ、おれってほんとにばかだよね。このままいても、また、せんせにめいわくかけちゃうから、でていくね」
 どうやらぼくに電話口で「ばか」と言われたことが相当こたえたようだった……。
 それにしたって……。なんでぼくばかりがこんな目に遭わなければならないのだろうか。親でも兄弟でもない、ましてお金をもらっているわけでもない相手に振り回されて……。
 もうやめにしたかった。こんなばかげた繰り返しのゲームはやめにしたい。勝っても負けても終わらないゲーム。上がりのない「すごろく」がぼくの神経をとことん消耗させていた。
 こんなことを繰り返して何になる?こんなことばかりをずっと繰り返してどこへ行く?正利と出会ってから7年が経とうとしている。中学2年生だった正利は二十歳を越え、二十代だったぼくは三十代も半ばにさしかかろうとしていた。
 よく考えてみろ、ぼくは三十代らしい暮らしをしているのか?友達は結婚をした。マンションを買った。犬を飼って休みの日は海辺を散歩させているらしい。それなのにぼくときたらどうだ?四畳半の汚い風呂のないアパートで正利と終わりのない不毛でくだらなくも悲しいママゴトを繰り返している。
 もう終わりだ。今度こそ終わりにしよう。ぼくは書き置きを手にしたまま、そう固く決意した。
 だが、中途半端なことではあいつからは逃げられない。すべてを切り、すべてを捨て、あいつから逃げる。そうしなければ新しい生活は訪れない。「逃げる、捨てる、切る」それを徹底的に行うのだ。すべての環境を変え、正利のことをきれいさっぱりと忘れるのだ。
 正利を引き取りたくて始めた商売、それが日焼けサロンだった。ならばこれはもういらない。店にはあいつの畳んだタオルがたくさんありすぎ、入り口の前の階段を見ると今にも正利が昇ってきそうだ。シャワー室の前であいつは掃除をさぼってよく丸まって寝ていたなぁ。思い出すには格好の材料が揃いすぎている。いらないぞ、いらない。だから日焼けサロンともおさらばだ。
 自営業なんてやめてしまおう。暇がありすぎて、ぼくはきっとあいつのことを思い出す。ネクタイを締めて、電車を使って通勤する、そんな仕事にしよう。普通の人たちにまぎれ、普通の生活をすれば、きっとすぐにでもあいつを忘れることができるはずだ。
 あいつとぼくの共通の友人たち。そんな人たちとはもう会うことはできない。会えば正利のことを聞かれるだろうし、もしかしたら非難もされる。
 「どうして正利を捨てた?」「どうして正利に会ってやらない?」「正利は今、何をしている?」「一生面倒見られないんだったら、どうして引き取ったりしたんだ」
 ぼくには一つも答えが見つけられなかった。解答を導き出す術すらわからなかった。 (■つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

だいじょうぶよ・神山眞/第72回 正利の不機嫌

■月刊「記録」2005年9月号掲載記事

*          *          *

 最近、ぼくは正利に対して下手に出ていたが、それは、またフラリと出て行かれては困る気持ちからだった。しかし、仕事もせずにゲーム機にかじりついているあいつに、ついに我慢の限界がきて、つい強い口調で叱ってしまった。
 正利は不機嫌な表情を隠そうともせず、ダルそうに立ち上がり、タオルを袋に詰め始めた。そのあまりにもダルそうな態度にぼくも頭にきた。
「いいよ。そんなに嫌なら働かなくていいって。おれがやるよ。どけって」
 正利を押しのけてぼくが袋詰めを始めると、あっという間に作業は終わる。何だよこんなに簡単なことさえしないで、ゲームばっかりやりやがって。そう思いながら袋を持って外に出る間際、ちらっと正利を見た。少しは反省しているかなと思ったが、相変わらずゲームの続きをやろうとしている。
 この頃から正利は、何かあったらまた出て行っちゃうぞという態度をみせるようになってきた。それが神山を一番、困らせられるということを正利は理解し始めたらしい。
 それにしても嫌な態度をとられ、わがまま放題をされても、出て行かれては困る、出ていかないでくれ正利と、思ってしまうのだから、追いつめられた人間の心理状態というのはおかしなものである。
 いつだって出て行っていいんだよというふうに、ぼくに思うことができたら、その後の展開もきっと違っただろうに……。

■正利が気になってしょうがない

 正利の気分の波が日に日に激しくなってきた。相変わらずタオルをたたみ、店へ配達するというノルマ自体は変わらない。単調な日々ともいえる。しかし、表情がなんだか毎日違うように感じられて仕方がなかった。
 たぶん他人が見ても、正利は何ら変わっていないのかもしれなかった。それはたぶんもう、ぼくのほうが参ってしまっていたのだろう。正利ではなく、ぼくの感じ方、考え方のほうが、かなり異常な領域に入ってきていたのだろう。正利の帰ってくる時間が常に気になって仕方がない。正利がどこに出かけるかが気になって仕方がない。何を食べて、ちゃんと栄養を摂れているのか、寝ているときに布団をはいでいないか、寝冷えはしないか、お金はいくら持っていて、それは本当に自分のお金なのか……etc.
 すべてを知っていたくて仕方なくて、すべてを気にしすぎたぼくの神経は、もう自分がおかしいのか、正利がおかしいのか、判断がつかないほどになっていた。
 しかし、それもやむを得なかったともいえる。一緒の部屋、しかも四畳半一間の狭さにひしめき合いながら四六時中一緒にいるのに、少しでも離れるとひっきりなしに電話がかかってくるのだから。一度目の家出のあと、まさかのときに備えて電話を持たせておいたのだ。しかしこの携帯電話の存在が、ぼくと正利を再び引き離す道具になってしまった。
「せんせ、おれ、はなしがあるんだけど」と、正利からの電話。
「ごめん、今は仕事中なんだよ。わかるだろう?」
「あー、わかった」
 そうしてぼくは仕事に取りかかる。しかし電話のことが気になってしょうがない。やはりすぐにかけ直してしまう。
「あ、正利? さっきは悪かったな、で、話って何?」「あー、もう、いいよ」
「おまえなあ、もういいよってどういうことだよ、ああ? おまえが電話してきたんだぞ? おれは仕事で忙しいのにわざわざ電話してやったんだぞ?」
「あー、でも、もういいのよ」
「おい、言えよ、せっかくおれが電話したんだから」
「もう、いい、しつこい!」ガチャン!! 電話が切れる。
 そうしてモヤモヤした気分のまま、再びぼくは仕事に取りかかるのだが、気になる、気になる、気になってしょうがない。もう一度、電話をかけてみる。しかしあいつは出ない。気になる。どこかに行ってしまったのだろうか? 気にしても仕方がない、仕事をしようと考える。だが、もう手につかない。もう一度電話をかけてみる。やはり出ない。怒っているのか? きっとそうだ。いつもあいつは思い通りにいかないと、電話に出ることをやめるのだ。そうするとぼくが困り果てることをわかっている。ぼくはあいつの思うつぼなのだ。
 しかしこうなると、もうぼくは自分でも自分を止められない。つながるまで電話をかけ続けるのだ。正利の携帯の着信回数が20回を越えた頃、ぼくはあることに気づく。もうそろそろ正利が、タオルを届けに店に来なくてはならない時間だということに。
 おかしい。電話にも出ないし、店にも来ない。となると、考えられるのは、2度目の家出しかないではないか? するともうぼくは、居ても立ってもいられなくなるのだ。 (■つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧