もう一度バブルに踊ろう/最終回 クリスマスプレゼント狂想曲とその後遺症
■月刊「記録」05年1月号掲載記事
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さて、問題はティファニーに敵対心を持っているかどうかである。
クリスマスシーズンともなれば嫌でも視界に入ってしまう水色の袋を憎んでいることが、友人としての条件であろう。
毎年、恋人もなく寂しいクリスマスを過ごし、「TIFFANY&Co.」と書かれた袋を下げたカップルに腹を立て続けているならベスト。恋人こそいるものの高額なプレゼント要求にホトホト嫌気がさし、ティファニーを嫌いになった男性もよろしい。しかし女性にも金にも苦労しないというなら、そやつはティファニー以上の敵である。 じつはクリスマスプレゼント高額化の歴史は、バブル以降のティファニー人気と密接なかかわりをもっている。このアメリカの老舗ブランドが日本で伝説を作ったのは1989年だった。バブル経済真っ盛り、日経平均株価が市場最高値を付けた年である。この年のクリスマス、ティファニーの銀座三越店は「売り切れ証明書」を発行したと話題を呼んだ。品切れで買えなかった男性客が恋人に釈明するため発行したという。経営陣が証明書発行を否定しているため真偽のほどは定かではない。ただこの噂によってティファニー人気は不動のものとなり、同時にプレゼント高額化の「戦犯」として記憶された。
このころからクリスマス・プレゼントの人気投票で、ティファニーはダントツの1位を獲得するようになる。その一方で、91年1月7日の『朝日新聞』は「ホテル・ルームのゴミ箱からはティファニーの袋が山のように出てくる」と、プレゼント・宿泊費・食事代で数十万円もかかるイベントの象徴であるティファニーを揶揄した。
■家族から恋人にターゲットが移行
では、どうしてバブル期のクリスマス・プレンゼントにティファニーが選ばれ、なぜプレゼント代は高額化したのだろうか?
この疑問を解消するためには、80年代に起こった「クリスマス」の変容を理解する必要がある。しばしば指摘されることだが、もともと欧米のクリスマス・イヴは恋人と過ごす日ではなく、家族が集まる日だ。70年代までの日本も、そうした伝統に従っていた。80年代初頭ですらクリスマスのプレゼントといえば親から子へ贈るものであり、女性誌がクリスマス・プレゼントの特集を組むことなどなかった。その手の企画はバレンタインデーに集中していたのである。
しかし1980年松任谷由実が発表したアルバム『サーフ&スノー』に、「恋人がサンタクロース」が収録された辺りから状況が変わってくる。家族に訪れていたサンタクロースが、対象をカップルへと移していったのだ。83年には、現在もクリスマスソングの定番とされる山下達郎の「クリスマス・イブ」がリリース。「一人きりのクリスマス・イヴ」を悲しむ風潮が一気に世に広まっていく。また同年12月24、25日には松任谷由実の「新さくら丸 クリスマス・コンサート」がスタート。横浜の夜景とユーミンと「恋人はサンタクロース」という必殺の組み合わせは、まさに恋人のためのイベントとして評判となった。
こうした風潮を受け林真理子は『an・an』(1983年12月23日号)に「クリスマス・イヴなんか嫌いだ!」というエッセイを発表している。「来年こそ二人で――。毎年そう思いながら、寂しいイヴを迎えているわ。」という見出しから始まる文章は、独りで迎えるイブへの呪詛に満ちている。ただタイトル横に「イヴには、プレゼントどっさり。パーティーいっぱい。るんるん気分」、文中にも「イヴの日に何人もの男と会う約束をしてる女の子がいるじゃない」と書かれているところをみると、「本命の恋人とベッタリ朝まで過ごすのがイヴ」というバブル時代のクリスマスとは趣が異なるようだ。まだクリスマスパーティーにも、多くの若者が魅力を感じていたのだろう。
そして84年にはワム!が「ラストクリスマス」を発表。数年後には街中で流れるクリスマスソングが、家族中心のクリスマスを象徴するビング・クロスビーの「ホワイトクリスマス」からラブソングの同曲へと変わっていく。
こうした状況下で86年末からバブル景気が始まる。そしてティファニーの売り込み戦略がバブルとしっかりかみ合っていたのだ。87年10月にはティファニー社の会長が来日し、「カネ余りで高級化志向を強めている日本の消費者には、ティファニーの商品がぴったり」(『読売新聞』87年10月6日)と売り込みをかけている。当時の日本におけるシェアはわずか0.4%だったが、三越日本橋本店1階の店舗をティファニー社専属デザイナーの設計に基づいて大幅改装。ニューヨーク本店と同じイメージに仕立て上げている。
こうした戦略に女性誌も反応し始める。88年9月15日号の『Hanako』は巻頭で「ティファニーのすべて」と題した特集を組んだ。翌年にはティファニーとカルティエを並べたてた記事がいくつもの雑誌で見られるようになる。
しかも同年は13誌も女性誌が創刊された女性誌ブームだった。翌89年も11誌が新しく売り出されている。こうした創刊ブームの裏にあったのが、高級ブランドの広告増大だったといわれる。つまり広告とタイアップで女性誌が読者の購買意欲をそそるだけそそったわけだ。
その上88年には皇太子が花嫁の条件を聞かれ「ティファニーであれやこれや買うようでは困ります」と発言した。これでブランドとしての知名度はさらに高まった。実際この年のティファニーは、三越の総売り上げの8.7%にあたる62億円を売りきっている。
そして伝説が作られた89年のクリスマス直前、ティファニーの独占販売権を持つ三越は同社の株を買い増して筆頭株主となる。当時、人気商品の品切れに悩まされていた三越は、ティファニー社に強気で挑める万全の状態でクリスマスを迎えたのである。
女性誌と皇太子(?)の後押しを受け、トップブランドに躍り出たティファニー。しかしカルティエなどライバルブランドを蹴散らし、クリスマス商戦でトップに立ったのはブランドイメージが確立したからだけではない。意外に思えるかもしれないが、当時、男性から選ばれた最大の理由は、その安い価格にあった。
1897年のティファニーの国内売れ行きベスト30(『Hanako』88年9月13日)をみると、1~12位まではすべて2万円以下なのだ。トップのシルバーオープンハートが9000円、2位のビーンライターも9000円である。数十万のブランド品をプレゼントしたとされるバブル期のクリスマスの筆頭ブランドとは思えない値段だ。
だがティファニーの戦略のうまさは、その価格帯の広さにある。当時大人気だったオープンハートでも、シルバーのminiなら5500円、Sなら9000円、Mなら1万7000円、18金のSなら5万6000円となる。だからこそみんなが買えたのであり、女性が求める金額も少しずつ上がっていったのである。
バブル当時のクリスマスについて話を聞いた女性(36歳)は、「私はティファニーのゴールドしかもらわなかったよ。やっぱりねー」と話してくれた。ミスコン入賞者でもあり、それなりにモテた彼女にとってシルバーのティファニーは納得できない代物だったようだ。同じブランドでありながら一目瞭然にランク付けされる構造に、彼女を含めた多くの女性が踊ったのである。
手を出しやすい価格を備え付けたティファニーに群がったカップルは少しずつ高額商品にも慣れしたしんでいき、年とともに他の高額ブランドまで買うようになってしまったのだ。もし、80年代後半にティファニーが販売攻勢をかけていなければ、多くの男性はブランド品のプレゼントを贈らなかったはずだ。バブル期とはいえブランド品を買う人が少なければ、「高いから」と断ることもできる。もちろん女性もおねだりしにくい。
「大丈夫、そんなに高くないから」→「でも大きい方がほしいなー」→「やっぱゴールドでしょ」→「もうティファニーは卒業かな」。などと出世魚のごとく女性の金銭感覚を「成長」させることもなかった。
あー、なんと罪深きティファニー。
■バブルの癖はなおらない!?
しかもバブル期を過ごした女性のプレゼント癖はいまだに抜けていないという。
『読売新聞』(03年12月18日)によれば、バブル期に20代で会社勤めをしていた37~43歳と20代の女性に今年一番もらいたい贈り物を調査したところ、両者とも3万円未満が最多だったが、37~43歳では10万円以上が36.6%もおり、20代の1.5倍もいたという。
さらに恐ろしいことに、女性がプレゼントに希望する額は経済とは密接な関わりがない。プランタン銀座が95年から毎年行っているアンケート調査によれば、もっともプレゼントの希望金額の高かったのは、2002年の5万442円だった。ところがこの年の12月25日の日経平均株価は、95年から現在までのクリスマスで過去最低となる8501円。株価が実態経済を先取りしていると考えても、1年で17%も株価が下落しているなか、倍以上に希望値段が上がる理由など経済からは説明がつなかい。
バブル期に女性の購買を引っ張った『Hanako』は、94年12月1日号で「速攻買いのクリスマス、これが私の欲しいもの」という巻頭特集を組み。エルメスやグッチ、ルイ・ヴィトンなどの高級ブランドの商品を紹介した。そのときに使われたリード文は次のようなものだ。
「一昨年、昨年とがまんしてきたクリスマス。一番狙いは諦めて、セカンドチョイスでお茶を濁してきた。でも、がまんは体と心によくない。旬のおしゃれをいち早く楽しんで気分は上昇気流へ、今年は欲しいものが欲しい!」
ちなみに「セカンドチョイス」でお茶を濁した92、93年のクリスマスの日経平均は1万7557円と1万7141年である。そして94年の日計平均は1万9633円。たしかに回復しているが、それでもバブルだった89年のおよそ半値でしかない。エルメスやグッチ、ルイ・ヴィトンなどの高級ブランドを買うほどの株価とも思えない。
しかし、これがバブルを体験した証なのだ。変化した金銭感覚が簡単に戻ることはない。バブル期にブイブイ言わせてきた女性と付き合うなら、クリスマスの出費は覚悟しておくしかない。恨むならティファニーだな。
(■つづく)
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