元信者が視るオウム的社会論 第26回/哀れむべき存在
■月刊『記録』00年3月号掲載記事
先日、フジテレビの深夜番組で、オウム法廷の様子をアニメしたものが放映されました。 かつて教団の幹部であった信者たちが、自らの法廷や、あるいは証人として法廷に立ったときに証言したものをまとめたもので、教祖の麻原被告がいかに滑稽な人物であったかを暴くという内容でした。
彼ら教団幹部は、僕にとっては上司にあたる人たちでした。僕が知らなかった教団内でのおもしろい逸話もあったのですが、以外に思ったのは、彼ら幹部たちが麻原被告の言動を一様に「ばからしい」と当時思っていたということでした。
僕は教団にいた当時は、麻原被告の言動を疑ったことがありませんでしたし、まして幹部連中は強い信仰心を持っているように見えたからです。
本当に「ばからしい」と思っていたのなら、僕のように末端の信者よりも麻原被告に接する機会が多かったのですから、それを教えてほしかったですね。恐怖政治が敷かれていたために、言うことさえもできなかったなんて、言い訳です。教団を飛び出して、堂々と生きていた人たちもいたのですから。
というよりも、彼ら幹部被告たちは、法廷での点数稼ぎのために、教祖の悪口を争って言い合っているように感じられました。教祖の悪口を暴けば暴くほど、刑が軽減されるとわかっているのでしょう。
彼ら教団幹部になるような人たちは、思い返すと要領のいい、優等生的な人たちが多かったように思います。逆にいうならば、だからこそ幹部に出世できたのでしょう。
要領のいい彼らは、教団幹部という立場から被告へと立場が変わると、今度は少しでも刑を軽くしてもらおうと、裁判長に取り入ることを始めたのでした。
そういう弟子たちしか持てなかった麻原被告は、グルとしてかわいそうな存在だったのかもしれません。
例えば林郁夫受刑者です。彼はオウムの非合法活動の最大の関与者の一人でしたが、極刑を免れて、無期懲役で刑に服しています。
彼は医師の資格を持っていたため、一般信者の触れられない、教団の暗部を知っていましたが、教団にいるときは先頭に立って教祖に対する「帰依」を叫んでいたのです。僕など、前に述べたことがあるように、自白剤を使って深層意識まで信仰心を調べられたりしました。
ところが、逮捕されるや掌を返したように教祖の悪口を言う。あまりにもわかりやすすぎる豹変ではないでしょうか。
それに反して、初志貫徹を貫いている新実智光被告や土谷正実被告に清々しさを感じるのは僕だけでしょうか?
現役信者は別です。彼らは教団が引き起こした悲惨な現実から目を背け、たむろして逃避しているだけですから。(■つづく)
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)

最近のコメント