月刊『記録』特集モノ

東京大気汚染訴訟~謝罪なき和解への怒り~/原告団事務局長・石川牧子さんに聞く

●月刊「記録」2007年9月号掲載記事

●取材・文/本誌編集部

 96年5月の第一次提訴から11年を経て、今月とうとう東京大気汚染公害裁判が原告側と被告側の合意に至った。総勢のべ633人にも上る都内のぜんそく患者らが原告団を結成し、国や東京都、そして同類の大気汚染の裁判では国内で初めて自動車メーカー7社に法的責任を求めた裁判となった。結果として都のぜんそく患者に対する医療費支援制度の創設、公害対策の実施、メーカー7社合計で12億円の解決金が提示され、原告と被告がこれに応じたことになる。今年6月にはぜんそくを患う原告団たちが18日間にわたりトヨタ東京本社前での座り込みを泊まり込みで決行し注目を集めた。和解後の記者会見の場では団長の西順次さんが、医療費支援制度などを得たことについて感慨のこもった力強い声で「何にもかえがたい成果」と語った。
 今回は原告団事務局長の石川牧子さんに11年間に及んだ訴訟について聞いた。

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■裁判の準備期間を含めると14年にもわたる裁判が決着したわけですが、今回の和解について「おめでとう」と言ってよいのでしょうか?
石川さん:たしかに、医療費助成制度や公害対策、メーカーからの一時金の支払いに至ったという点ではよかったし、周りからも評価されました。ただ、私たちの要求の最たるものである自動車メーカーからの謝罪が最後まで聞かれなかったこと、これだけは残念でならないんです。PM2.5(微小粒子)対策などの公害対策などは今後へつながるものとして価値あるものですけれど、原告団の多くは60代から80代といった高齢の人が多いです。その人たちは先のことよりもまずメーカーがこちらを向いて謝ってくれることを望んでいたんです。東京都は02年の1次判決ですでに責任を認め、国は私と団長が今年7月に首相官邸に行くと、安倍首相がその日のうちに出てきて下さって私たち原告団を慮る言葉をおっしゃってくれました。メーカーは違いました。提訴中に121人の原告が亡くなり、ぜんそくの発作で職を失った人もいます。さらに医療費の支払いに追われる。この無念やくやしさは心の問題で、それを全く無視したということです。しかもメーカー側の代理人によると、謝罪の拒否の根拠は後続訴訟が起こったときに過去の謝罪が不利に働く可能性があるから、ということでした。そんなことで謝罪が避けられてしまったんです。とにかく謝罪がなかったことが残念です。もう、私たちは11年間、何をやっていたのだろうというくらいの気持ちです。メーカーはお金を出すことが一番イヤで、謝罪ならすぐしてもらえるだろうと思ってましたが、それは逆でしたね。

■18日にわたるトヨタ前での座り込みで何か向こうからリアクションはありましたか?
石川さん:座り込みまでの経緯についてまず話しておきます。まだ02年の地裁判決の時点ではメーカー側の責任が問われておらず、国も医療費救済制度などを拒否していた段階では、状況的に余裕があったのか、トヨタ側は一時金の支払いについて「応じる準備もありますよ」と話していたんです。ところが、今年5月に入り国が支援制度創設へ動き出したとたん、一時金の支払いが現実的になったからかトヨタ側は原告側の代理人(弁護士)に「その点については今後取り合わない」と一方的に伝えてきたんです。企業のやり方は汚いですよ。対面しているときには「お察しします」みたいなことを言うんですが、突然連絡がつかなくなるみたいなことを平気でやるんです。そんなことがあって本社前の座り込み行動に出たんです。本社ビルの中で原告団から対応に出た社員に「責任ある立場の人に渡してくれ」と手紙を渡しました。後日、秘書課に電話までして渡辺(捷昭)社長にまで手紙が行ったことを確認しましたが、トヨタからの返事は「話し合いは拒否する」ということだけでした。もう、社長ここに連れてこい!ってな感じですよね、そうなってしまうと。原告団の中では東京高裁が結審日を打診してきた05年12月には、和解なんてとんでもない、という雰囲気だったんです。けれど弁護士さんと話し合って、裁判を長引かせれば患っている人にさらに時間を必要とさせる、和解に応じれば一部の原告だけでなく全員が賠償を取ることができるということで泣いて悔しがりながらも受け入れることを決めたんです(*編集部注:02年の地裁判決では99人中7人のみの損害賠償が認められている)。そんな状況をまったくトヨタは見ようとしなかったんです。

■裁判を通して見えてきた自動車メーカーとはどのようなものでしたか?
石川さん:法廷でのやりとりの中で、ディーゼル車が大気汚染の原因になっていることを覆すのは難しいと判断したからなのか、メーカー側は「私たちはディーゼル車とガソリン車をどちらとも販売している、ディーゼル車を選んだのはユーザーでありどこを走るのもユーザーの問題である」というようなことを言いもしました。なぜ11年もかかったのか、ということをよくきかれるんですけど、このような実に熾烈な法廷闘争で時間がかかってしまったのも事実です。いま環境に配慮する車だとかキレイなことを言っていますけど、じゃあこれまではどうだったんだ、ということを問い正したいですよ。         *     *     *
 西順次原告団長は、ぜんそくを抑えるステロイド剤がもう効かない体を引きずってトヨタ前に座り込み「ここで死ねるなら本望」と語ったという。また、原告団の多くはステロイド剤の継続的使用による糖尿病を抱えて座り込んだ。ただ、そんなものはぜんそくの「死んだ方がマシ」という苦しさに比べれば何でもなかったという。話を聞かせていただいた石川さんは22歳のころから29年間ぜんそくを患っている。発作がおさまらず1週間ほとんど飲み食いできないときもあった。詳しく書く余裕がないが、想像を超えるつらさについても話していただいた。
 そして、何より驚いたのは96年の裁判開始以前から関わってきた西村弁護士と原弁護士はじめ弁護団がまったくの無報酬でこれまでやってきたということである。石川さんによると西村弁護士は地元の四日市の大気汚染問題が法廷で争われた時期に高校時代を過ごし、弁護士になることを決意。東京大気汚染訴訟においては「まさにこのために」の気概で奮起してきた。だが、その西村弁護士とも激しい口論をして打ち合わせをしたこともあったという。
 話を聞くうちに確信したのは原告団全体の意志の強さである。だから闘い抜くことができた。それでも結果的にメーカーからの謝罪を聞くことができなかったことに石川さんは落胆と憤りを隠すことができない様子だった。今後も連絡会の場で大気汚染対策で国や都との協議が控えている。裁判は終わったが「東京にほんとうの青空を」の取り組みはまだ続く。  (■了)

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出版界に浸食するトヨタ礼賛の怪

●月刊「記録」2007年11月号掲載記事

●取材・文/本誌編集部

 トヨタの影響は産業界だけにとどまらない。じつは出版界もトヨタに「蹂躙」されているのだ。ネット書店大手のamazonで「トヨタ」を検索すると、その数3965件。もちろん、ここには著者が「豊田さん」の本も含まれるが、頭から100件のうち90冊がトヨタ関連本だった。
 これはイカン! いくら本が売れないとはいえ、出版界までがトヨタ方式をヨイショしてどうする!
 というわけでトヨタ関連本を買いに走った。そこで改めて気づいたのだが、やはりトヨタ式はどんな問題も解決してくれるらしい。企業の収益はもちろんのこと人間関係から怠惰な自分まで「カイゼン」してくれる。果ては英語までもが、「トヨタ式」ならうまくいくとか。
 この本を読めば人生がすべてうまくいくかも! と思ってしまった自分が悲しい。
 さて、気を取り直して、1冊づつトヨタ関連本を取り上げていきたい。
 まず手に取ったは『ビジネス漫画 トヨタ式自分「カイゼン」術』(原案・監修 若松義人 宝島社)だ。手っ取り早くトヨタ生産方式を知るなら、やはり漫画だろう。
 内容は業績が悪化している「極東ヨツマル物産」に“カイゼンのドラゴン”と呼ばれるサクラダが呼ばれ、社内をことごとくカイゼンしくいくストーリーだ。ワイシャツを第一ボタンまで開けダラリとネクタイを下げた筋者風のサクラダは、社内の反発をものともせずカイゼンするする。トヨタ式の肝となるセリフでは必ず顔アップなのも、ちょっと昔のマンガを見ているようで楽しい。
 しかし、このマンガには不思議な特徴がある。それは人物が少しでも小さく描かれると、顔が省略されてしまうこと。ひどいのになると1.5センチの輪郭があるなの瞳がない。白目で主人公をにらみ付けている。1センチの輪郭ともなれば、顔には眉だけ。あるいはノッペラボウ。正直、これはかなり怖い。おそらく小さく書き込む顔が「ムダ」だったのだろう。ムリ・ムラ・ムダ(3S)を削減するトヨタイズムに従えば、リードタイム(納品までの時間)を長くしかねない背景の人物などムダでしかない。恐るべしトヨタ生産方式。漫画制作にまで威力を発揮したらしい。
「トヨタ式」の概略をつかんだところで、次に読み始め
たのが『トヨタ流 自己改善力』(若松義人 著 経済界)
である。まえがきにも「自分をカイゼンしていくために、トヨタ生産方式の、ものの見方や考え方、行動の仕方は非常に有効である」と書かれており、怠け者で負け組の私にはピッタリとも思えた。
 しかし、さすが製造業で驚異的な利益率を支えるトヨタ方式。そのカイゼンが並ではない。例えば「『昨日のことは忘れてしまえ、明日のことも考えるな、今日が悪いんだ、今やっていることにムダがあるんだ』という気持ちで臨むことだ」などと書かれている。とにかく日々、目の前にあるムダを省くことだけに集中しろってことだ。そのうえ「『改善とかムダをみつけることは、死ぬまでの仕事だ』というのが大野氏の考えだ」と、トヨタ方式の創始者の名で、ずっとムダを見つけ続けてカイゼンし続けるのが重要だと説く。企業ならまだ分かるが(いや、ずっと企業だけ拡大してどうなるかとも思うが……)、自分の人生からムダを省き続けたら何が残るのだろう。
 考えてみれば、恋人など「ムリ・ムダ・ムラ」の最たるもの。恋人とのつきあい方を「標準化」して、誰とでもつきあえるようにしても浮気されるだけだし……。
 いったいこのトヨタ流自己改革をどうやって自分に使えばいいのかが、残念ながらサッパリわからなかった。 ならば人間関係、特に社内の人間関係をトヨタ式でカイゼンするのはどうだろう。教科書は『人間性尊重のモノづくりを極める トヨタ式人財づくり』(トヨタ生産方式を考える会 編 日刊工業新聞社)である。ちなみに「人財」は小誌のお得意の誤字ではない。人間尊重を込めたトヨタ用語である。
 さて、この本、第1章「人づくり」の初っぱなにくるのが「大野耐一氏の人の育て方」である。当然ながら甘いことは書いてない。
「では、どんようにしたら知恵が出せるようになるか? その中で最も良い方法は、人を徹底的に追い詰めて、困らせる中で、自らが考え、知恵を引き出すことだ」
 これが最善の策らしい。しかも「自主管理活動」のページでは、「困らなければ知恵は出てこない」→「死ぬほど困れば知恵は出てくる」→「職場長をどうやって困らせるか」→“上司はあくまで部下を困り続けさせねばならない”とも書かれている。
 オイオイ、賃金もネームバリューも高くない小社で実施したら、みんな辞めちゃうって。
 やっぱり我が社には採用できそうもない。
 過労死や自殺者を出した越谷郵便局のカイゼン活動を、  「改善参加者への『動機づけ』さえ誤らなければ、必ずや郵便事業の効率化に大きく貢献するものと期待されます」と締めくくっている本に従ってもしかたないが……。
『トヨタの元工場責任者が教える 入門トヨタ生産入門』(中経出版・石井正光)はタイトル通り国内外の工場で30年以上指揮をとってきた人物が著したもの。前出の大野耐一・鬼カントクの現場でのエピソードなど織り交ぜながら、当然のようにTPS(Toyota Product System)やカイゼンの素晴らしさを伝導。トヨタ以外の企業ではカイゼンは通用しないという通説(?)があることに対し、それはその企業に合った形でカイゼンを適応していないからだと一喝。とにもかくにも「ムリ・ムダ・ムラ」を省くこと、これが挙げられるがこの徹底ぶりがすごい。具体的には、部品を取る動作ひとつとっても筋肉を上下に動かすよりは水平に動かす方が疲れなくてすむ、1秒でもムダな時間を省くべしといった具合。以前テレビでトヨタ工場内の様子の映像を見たが、従業員たちはまったく身動きができないような部品ばかりを集めたボックスのような場所で窮屈に手を動かしていた。このトヨタイズムは今や一部の地方自治体にまで取り入れられているという。利益を生みだすのが究極の目的である企業体とはいえここまでくれば原理主義の領域。トヨタは人を育てる? どんな人間ができあがることだろう? (■了)

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産学連携の危険な膨張とトヨタの影

●月刊「記録」2007年10月号掲載記事

●取材・文/本誌編集部

 旧文部省が大学運営の方向を転換したのは1990年ごろだといわれている。細かく決まっていた大学設置基準を緩め、各大学が創意工夫して自由に競争する方向へと促し始めたのである。
 そして99年2月、小渕恵三内閣総理大臣の諮問機関「経済戦略会議」で重大な指針が示される。
「シリコンバレーにおけるような世界的ベンチャー企業が日本に興さない理由の一つは国立大学の硬直性にある。国立大学教員の身分を拘束の強い国家公務員から解放し、兼業や産学共同研究の自由度を飛躍的に高める。国立大学については独立行政法人化をはじめ将来の民営化も視野に入れて段階的に制度改革を進める」
 議長に当時アサヒビールの会長である樋口廣太郎氏、委員に井手正敬・西日本旅客鉄道会長や奥田碩・トヨタ自動車社長などの経済人と大学教授を並べた会議で出された、このような答申により大学にも「改革」の波が押し寄せたのである。
 この政策の背景には企業が抱える中央研究所の問題があった。日本の技術開発は長らく海外からの技術導入型であり、その中心を担っていたのが各企業の中央研究所だった。しかし付加価値を高めるため最先端技術開発が必要になると、時間も金もかかる研究を一企業だけで担うことができなくなってしまった。その補完相手として狙いをつけられたのが大学だった。
 じつは、この政策のモデルは米国にある。米国では70年代中頃から企業の中央研究所が衰退。企業は産学連携に活路を求めた。政府も大学への資金提供を縮小してこの方針をバックアップした。補助金を絞ることで、大学側も企業に研究資金を頼らざるを得なくなるからだ。この結果、世界のIT産業を引っ張るシリコン・バレーが生まれたのである。
 日本でも99年の段階で国公立大学の予算は実施的に目減りしており、地方大学ではビーカーなども買い替えられないほどの資金難にあえいでいるとも報じられた。
 また、補助金についても競争的資金を、どんどん増やしてきている。一律に分配するのではなく、研究成果を期待できる研究室に重点的に資金を渡す仕組みだ。95年度に初めて計上した競争的資金の予算は1248億円でしかなかった。それが06年度には4701億円にまで膨らんだ。そのしわ寄せは一律の補助金に及んでいるわけで、研究内容がアピールできなくては研究費を確保することが難しい時代になったことになる。
 さらに国公立大が独立行政法人化した04年度からは、交付金が毎年1%ずつ削減されており、各大学では収入源の確保のため、積極的に産学連携を進めるようになった。
 だが、財源確保に不安を抱く地方国立大の中には、ついに文部科学事務次官の天下りを学長として迎える大学まで現れた。人脈で補助金を狙おうという魂胆であろう。

■論文さえ信用できない

 そもそも国が判断する「研究成果」を、どのような基準で判断するかは難しい。産学連携の評価となれば、企業が活用できる研究かという明確な基準があるが、純粋数学や物理などの理系分野、あるいは文系の成果を企業が活用できるケースは少ない。いくら産学連携を模索しても、これらの学部に資金が集まらないのは明らかだ。そのうえ研究を続けるための根幹となる資金の多くを企業が握ると、大学の研究室が企業の「下請け」になる可能性さえある。
 実際、産学連携が日本より15年以上進んでいる米国では、企業と研究室が密接になり過ぎ学問の公平性を疑う事態にまで発展している。
 例えば、カリフォルニア大学バークレイ校のI.チャペラ氏の論文が引き起こした事件などは有名だ。01年11月の発行の学術雑誌『ネイチャー』に彼が発表した論文には、遺伝子組み換え作物の栽培が禁止されているメキシコのトウモロコシに、かなり交雑しているのが見つかったとの事実が掲載された。この論文に遺伝子組み換え作物を販売する企業や、そうした会社からの補助金で研究を進めている研究者が噛みついた。
 そのうえ所属学科や関連学会から支持されていたのにもかかわらず、事件直後のバークレイ校での終身雇用の審査でチャペラ氏は承認されなかった。これはかなり異例のことだったとも報じられている。
 しかも、この審査を担当する委員会に強い影響力を持っていた人物が、遺伝子組み換え作物を製造しているノバルティスと密接な関係にあることもあきらかになった。またチェペラ氏が論文を発表する以前からバークレイ校とノバルティスの間で結ばれた排他的長期契約が一部で問題になっており、大学と連携した企業に対する批判的な研究がどのように排除されるのかを示した事件となった。
 もう何年も前から、企業がスポンサーである研究論文は企業に有利な内容になっているケースが多く信用できないといった批判が、海外でわき起こっている。そのうえ資金難の大学の足元を見て、企業側に有利な契約を大学に押しつける企業も出てきた。米国の某有名大学では学内すべてのデータベースを企業が所有する契約にサインするよう迫られ、大学側が契約を断念したという。このような契約で学問や大学の独自性が守られるわけがない。
 70年代、大学自治の観点から日本の大学は産学協同を忌み嫌った。その反動であるかのように、現在、産学協同は産学連携と名前を変え称賛されるようになった。批判的な意見はあまり聞こえてこない。
 しかし米国と同じような事態にならないと言い切れるだろうか? 公的資金が減ってくれば、研究を続けるために企業側の意向を受け入れる研究室が出たとしてもおかしくはないはずだ。

■無批判に広まるトヨタイズム

 企業と教育機関と距離をどのように取っていくのかという問題は確かに難しい。
 例えば01年に開校したものつくり大学はトヨタ自動車など民間800社からの寄付で資金の一部を調達した。 「ものつくり大学設立準備財団」にはトヨタ自動車の名誉会長である豊田章一郎氏が就任。現在でも張富士夫・トヨタ自動車会長を理事に迎え、大学支援会員のトップにはトヨタ自動車の名が挙げられいる。またアイシン精機や豊田自動織機などトヨタ系列の企業も支援会員に名を連ねる。このような場合、協賛企業と大学の関係は当然のことながら深まってくる。
 企業が創設した大学としては、同じくトヨタ自動車がつくった豊田工業大学や、ダイエーが深く関わった流通科学大学なども有名である。豊田工業大学の建学の精神は、豊田グループの創始者・豊田佐吉の言葉「研究と創造に心を致し、常に時流に先んずべし」が掲げられている。当然のことながらトヨタ自動車の技術者が教員となっているケースも少なくない。もちろん卒業後にトヨタ自動車に就職する学生も多い。
 一方、流通科学大学は「流通革命」の拠点にしようと故中内功氏がもくろんだものの、ダイエーの落日とともに大学としての魅力も薄れてしまったようだ。90年代初頭、競争倍率が毎年のように10倍を超え、代々木ゼミナールの入試偏差値で60をたたきだし、多くの卒業生をダイエーに送り込んできた同大は、現在、入試偏差値で40代中盤に沈んでいる。これも産学連携の中で、企業と大学がもたれ合ってしまった故の悲劇といえる。
 産学連携のもっとも顕著な形として、企業から大学の教員として迎えられた人もかなり数にのぼる。
 例えば先に触れたものつくり大学では、田中正知名誉教授が大学開設にともない、社命によりトヨタ自動車から転籍した。
「学生たちに教えたいことは、たくさんあった。現場管理者としての安全管理、生産管理、資材管理、労務管理、購買管理、トヨタ生産方式、統計品質管理、故障診断法、リーダーシップロン、QCサークル活動……」(『「トヨタ流」現場の人づくり』日刊工業新聞社)
 田中氏は自らの著作で、このように大学教育への抱負を語った。生産・流通管理の専門家が大学で講義を持つ以上、トヨタ生産方式が教材になることは当たり前だろう。しかしトヨタ生産方式がただの「生産方式」ではなく、社員の哲学として浸透している現実。だからこそ他社ではなかなか浸透しないという状況を考えたとき、トヨタイズムを体現する元社員による教育は学問としての客観性に疑問が生じないだろうか?
 例えば田中氏は自著で次のように書いている。
「トヨタでは、自動車を生産、販売するという仕事を通して社会全体に貢献すること、そして社員みんなが幸せになること、このふたつを会社が存在する最大の理由として掲げている。建前は他の企業も同じかもしれない。が、それほどそれを真摯に、かつ真正直に考えている企業はないのではないか」
 トヨタ自動車が不景気にあっても、リストラをしないという方針を掲げている。それは事実である。しかし史上最高益を出しながらベアを廃止し、社員をリストラしないために大量の非正規雇用者を雇って人数調整しているのもまた周知の事実である。このような側面を同大の学生は教わることがあるのだろうか?
 哲学であるトヨタ生産方式が、ただの生産システムかのように見せかけて教育されているケースは、ものつくり大学だけではない。
 目白大学経営学部長でもある門田安弘教授はトヨタ生産方式を学術的に研究した権威でもあり、JICAの派遣専門家としてシンガポールで同方式を技術指導した経験を持つ。しかし門田教授が最新のトヨタ生産方式を解説したする『トヨタプロダクションシステム――その理論と体系』(ダイヤモンド社)には、トヨタ方式にかんするマイナス面がほとんど書かれていない。
 第Ⅱ部の第3章で「トヨタシステムに対する共産党の批判」という見出しを掲げ、このシステムによりトヨタの下請けがどれだけ泣かされたのかという共産党の訴えを記述しているが、トヨタの対応により「問題点はほとんど解消された」と記しているのだ。
 その一方で「合理化はコストを低減させるし、こうしたコスト低減は親メーカーとサプライヤーの双方が共有する義務だ」と説く。ここには自社の合理化で無理な部分を下請け企業に回しているという現実は含まれていないようだ。
 じつはトヨタ方式が教えられているのは大学だけではない。九州産業大学の国狭武己教授が書いた『現代生産システム論』(泉文堂)は工業高校の教科書としても使われている。第10章「トヨタ生産方式」では歴史や特徴などがそれなりに詳しく記されている。しかし、大きな問題を抱えたシステムであることは、ここでも記載されていない。

■将来の危険性

 日本企業の代表的な存在だからと言われればそれまでだが、注意しながら進めるべき産学連携にトヨタの影がついて回る。経済戦略会議には奥田氏が名を連ね、トヨタが大きな影響力を保てる大学があり、客員教授の形で元社員がトヨタ自動車の哲学を全面的に肯定して教鞭をとる。また日本の最高学府である東京大学の国際・産学共同研究センターにもトヨタのグループ会社社長が籍を置いている。産学連携の歩みのなかで、いつの間にか日本のトップ企業が大学での影響力を強めていた格好だ。
 トヨタが絶賛されている現状ならば、それほど大きな問題にならないかもしれない。しかし遺伝子組み換え作物のように、企業の利益と国民の安全が相反するような事態となれば、こうした教育界でのネットワークは企業保護に向かって走り出すのではないか。そんな不安が頭をよぎる。
 産学協同が叫ばれた時代のように、企業と大学の密接な関係をすべて否定する必要はない。ただし産業向きではない学問も含め、自立した学問の場が大学に確保されるよう常に大学と企業の関係を見守る必要があるだろう。(■了)

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JR福知山線事故の深層/斉藤典雄

●月刊「記録」2005年6月号掲載記事

 脱線転覆。大惨事だ。
 JR史上最悪の事故となってしまった。
 死者107人、重軽傷者460人を出したJR西日本福知山線の脱線事故。
 あまりにも凄惨すぎた。これが現実なのかと本当に信じられなかった。
  「地獄絵図そのもの」「修羅場と化した」と負傷者は茫然とした様子で語っていた。「いつもと違う、もの凄いスピードが出ていた」という多くの証言もあった。
 乗客の救出活動は難航を極め、丸4日を要した。
  「再発防止に全力をあげる」「2度と起こさない」「申し訳ございません」はもう聞き飽きた。
 過去には例がない、これほどの凄絶な惨禍がなぜ起きたのか。現場検証や原因の究明が続く中、JR西日本の、やはり異常だった企業体質等が次々と明らかになってきている。
 まずは、事故現場の状況から記す。
 脱線したのは、7両編成の前寄り5両だった。
 目を疑うほどの何よりの衝撃は、線路脇のマンションに巻きついた車両だった。一枚の板のようにぺちゃんこになり、原形をとどめていない。マンションの角では「く」の字に折れ曲がり、外壁にそって張りついている。それが2両目だった。
 3両目は車両半分が線路上だが、進行方向が180度回転して、前後が逆に入れ変わっている。前部は大破だ。
 4両目は対向車線を完全に塞ぎ、5両目は一見線路上だが何軸かが脱線しているという有様だ。
 では、1両目はどうなっていたのか。事故当初は窺い知れなかったが、暫く経ってからようやく判明した。マンションの1階部分の駐車場に突っ込み、中にすっぽりと入り込んでいたのだった。その上、マンションに巻きついていた2両目が被い隠す格好だったため、外部からは確認出来なかったというものだ。しかも、脱線地点からマンションまでは約60メートル。車両は横倒しになったまま直進して激突したものと見られている。何台かの車を巻き込みながら止まったのだろう。20メートルの車両はじゃばら状に圧縮されて、7メートルになっていたという。想像すらできない。絶句だ。
 次に、脱線に至る経過を記す。
 話が前後してしまったが、事故発生は4月25日朝9時18分。長い直線からカーブに差しかかる塚口(快速は通過)―尼崎間で起きた。
 宝塚発同志社前行きの上り快速電車は約580人の乗客を乗せていた。事故発生前に停車した伊丹駅で、ホームを40メートル行き過ぎるというオーバーランを起こし、バックして乗降させたために1分30秒遅れて発車するという事象が発生した。
 この際、運転士は「(距離が)短かくならないか」と車掌に事故隠蔽を依頼、いわば口裏合わせをしていた。車掌は指令に「8メートル行き過ぎ、1分30秒遅れた」と虚偽の報告をした。指令は、状況を確認するため運転士に無線で2回呼ぶが応答はなし。発車してから約2分後、カーブに差しかかった所で事故は起きた。
 この線区の直線区間の制限速度は120キロ、カーブは70キロと定められていたが、カーブ手前の直線を126キロで走行し、108キロまで減速後、カーブ手前数10メートルの地点で非常ブレーキをかけていたことが事故調査委員会(国交省)などの調べで判明している。また、脱線した原因については複合的な要因があるとした上で、速度超過が主原因であると断定された。以上である。

■ミスした乗務員が草むしり!?

 問題は山積しているが、第一に安全対策はどうであったかだ。
 鉄道輸送は安全が最優先であることはいうまでもない。ダイヤが過密になり、スピードアップが求められる中で、万が一、運転士がミスを犯した場合のバックアップ体制として、「ATS」(自動列車停止装置)という優れた保安システムがある。
 今や、JR東日本をはじめ私鉄各社も速度超過に対応する新型のATSを広く導入している。しかし、この線区は赤信号のみの対応の旧型のATSのままだった。新型の設置がJR西日本全線で8パーセントにも満たないというから対策の遅れが際立っている。
 事故を防ぐ技術があるのにそうしなかったのは会社の怠慢である。責任は重大だ。営利優先、安全軽視といわれても仕方がない。
 また、カーブには「脱線防止ガード」(線路内側にもう1本レールを敷設する)が設置されていなかった。設置していれば脱線を避けられた可能性はある。
 さらに、車両の軽量化だ。コスト削減と高速対応のためのステンレス製だったが、これまでの鋼鉄製と比べれば強度の違いは明らかだ。被害が拡大した原因のひとつであることに間違いない。
 しかしながら、後述の2つは5年前に起きた日比谷線脱線事故でさんざん問題になった点である。手つかずのままだったのか、教訓が全く活かされていないことに愕然とする。安全には万全を期してもらいたい。人命を預かるという責任の重大性を認識し直すべきである。
 次に、電車はなぜ通常では考えられない速度を出したのかだ。
 運転士(23才)の死亡により全て推測でしかないが、異常な速度を出さざるを得なかった心理的要因には確証がある。
 それは、JR西日本の労務管理の特異性にあると断言出来る。乗務員がミスや問題を起こした場合の教育、指導のあり方に如実に表れている。2度と起こさないようにするために、安全への意識を高め技術を向上させるという本来の目的から大きく逸脱しているのだ。
 まず、この線区は速さが売りで1秒の遅れも許されない雰囲気があったという。実際、運転士にも秒単位の乗務報告をさせていた。
 その上、ミスを犯せば処分され、乗務停止の「日勤教育」と称する再教育が待ちうけている。なぜミスしたのかという「事情聴取」に始まり、原因究明より責任追及に重点が置かれている。
 言動は全てチェックされ、必要以上に問い詰められる。上司らが監視する中、反省文、自己批判、就業規則の書き写し等が何日も続く。期間は現場長の裁量に委ねられているため(これ自体疑問だが)、いつ終わるか分からない。
 一日中部屋に閉じ込められる屈辱。あるいは皆の目のつく所でさらし者にされるというみせしめだ。「誰から給料貰っていると思ってんだ」「乗務員失格だ」「辞めてもいいんだ」「もうしないと誓え」等々、ドラマで見る警察の取り調べのように人格まで否定される。果ては、基本動作等の強要、草むしりといった精神教育にまでエスカレートしていく。
 命を預かる以上、ミスに厳しい姿勢で臨むことは当然だが、これでは懲罰目的としか思えない、いじめそのものなのである。
 こうした恐怖のペナルティーで受ける精神的ダメージは相当なものだろう。目には見えない過大なプレッシャーに耐えきれず、自殺した運転士もいる。その父親は「日勤教育はいじめだ」として、JR西日本に損害賠償を求める訴訟を起こしている。裁判所は請求は退けたものの、日勤教育が自殺の原因だったことを認めている(現在は高裁に控訴中)。
 また、兵庫県弁護士会は「人権侵害にあたる」と、同社に改善勧告を出した例もある。
 もう何もいう必要はあるまい。運転士はオーバーランのミスと1分30秒の遅れを取り戻そうとパニック状態に陥ったことは容易に推察できるわけである。
 このような誤った管理体制は社員の志気を低下させるばかりではない。会社としての一体感まで損う結果となっている。それが今、切りがないほど明るみになっている、事故当日の社員の不祥事の数々だ。

■事故が起きても他所なら関係なし

 当初から、会社の対応は、責任転嫁ともとれる置き石発表、事故隠蔽を思わせる二転三転する会見内容等々、不手際が目立ち、どれもこれもといっていいくらい集中砲火を浴びていたが、もはや弁解の余地はない事態にまで発展している。
 事故車両に客として乗り合わせた運転士が2人いて、救助活動もせずに出勤した問題。事故を知りながらボウリング大会、ゴルフコンペ、海外旅行、宴会等々、枚挙にいとまがない失態続きである。
 「不謹慎だ」「鉄道マンとしての意識があるのか」「何を考えているんだ」と、遺族や負傷者の不信は増すばかりで、怒りを通り越してあきれ返っているという状態だ。鉄道員である以前に、まず人間としての使命を果たしていない。
 出勤した運転士は事故車両内から「メチャメチャだ、大変なことになっている」と電話を入れたそうだ。受けた当直は「ケガをしていないのなら出て来て」と出勤を指示したという。当直はどれくらい大変な事故かイメージ出来なかったに違いない。それは、事故直後に流された社内一斉放送からも窺える。いくら混乱していたとはいえ、「踏切事故発生、車と衝突、運転再開は12時ごろの見込み……」といった、普通では考えられないほどお粗末なものだったからだ。
 それにしてもと私は思う。誰もが皆、すっかりJR社員になり切ってしまったと。1分1秒たりとも遅れない、なにがなんでも出勤するという、いい意味での「ぽっぽや魂」を履き違え、本来人が持つべき当たり前の心さえ失ったのではないかと。これも一種の間違えた洗脳の結果だと思うのである。
 また、ボウリング大会を中止しなかった区長は計らずもこういっていた。「エリアが違う」と。JRは組織が大きい縦割り社会の典型だ。残念ながら横の繋がりは殆どない。職場、あるいは支社単位で競わされていることもあり、事故が起きても、他所なら「うちじゃなくてよかった」と、管理者ですらまるで他人事のように平気で口にしているという風潮が根強くある。これらは素直に改めるべき課題でもある。

■私が担当だったらブレーキを使えたか

 会社の失態を書き連ねたが、ふと思ったりもした。「もし私が担当だったら……」と。
 鳥肌が立つ。恐ろしい。イヤだ、イヤだといっても、やっぱり考える。
 車掌の仕事(役割)は3つある。
 ①列車の後方防護。②列車の状態監視。③車内秩序維持。
 中でも①が最も重要で、車掌は後方防護要員であるとまでいわれている。だから、最後部に乗務しているのだ。
 後方防護(列車防護)とは、事故が起きた場合、後続列車を止めること(運転士負傷の場合は対向列車も)、すなわち、併発事故(2次災害)を起こさないようにするということである。
 危険と感じたら(疑わしい時は)躊躇することなく非常ブレーキで止めることと、規則でも厳しく義務づけられている。
 例えば、この事故同様、普段とは違う異常なほどのスピードが出ていたとする。車掌には速度を見る義務はないが、駅への進入時とかならまだしも、運転の途中の一瞬の出来事であり、運転士に「大丈夫ですか」と問い合わせするくらいが関の山だろうと思う。変だなと感じてもあれよあれよと同じ結果になったに違いない。それで、脱線してしまった。確認したら、まず直ちに防護無線を発報する。これで近隣の列車は全て止まる仕組みだ。
 そして、指令に状況を報告する。もちろん、救急車、レスキュー隊の手配等要請もする。あとは、ひたすら人命救助にあたるだけである。……と頭では分かっているが、これほどの大事故だと、正直いって分からない。想像すらできない。
 何もできずに、ただ茫然と立ちすくみ、そのうちだんだんと気が遠くなり、意識を失っているかもしれない。気がついたら病院かも。この車掌は、全てを包み隠さず話すことがなによりの責務であると考える。
 いずれにしても、JR東日本では、分割・民営化前後の約10年間をピークに「日勤教育」という悪夢は影を潜めた感じだが、職場によっては未だにこうしたファッショ的な指導が残っているのが実情である。
 社長がいくら頭を下げて謝罪しても、心は遺族たちには届かない。また、幹部が「全社一丸となって……、事故を共有する気持ちで……」といっても、面従腹背が蔓延している現状では意思疎通すら計れず、信頼の回復は前途多難なばかりか絵空事でしかないだろう。
 お客様が便利になると、必ずといっていいほど社員が犠牲になっている。それは人員削減であったり、労働強化であったり、ゆとりや働くという喜びがどんどん失われていくのだ。これを正常といえるのか。それにしても遅すぎた。なにもかも全てが遅すぎた。
 最後に、誰もいわないから私が言う。「若い運転士が気の毒だ。名前も全て公表され、残された家族は永遠と不幸を背負う。人生これからだったのに……」。

■音声変えてもハッキリ私だと……

 この大事故の影響は意外な形で私にもおとずれた。
  コメントがほしいなどと、事故当日から約2週間の間にテレビ局3社と週刊誌1社から取材があったのだ。
「なんでおれなんかに」と思う反面、「仕方がないのか」という諦めのような複雑な気持ちが入り交じった。
 事故当日、私は夜勤明けだった。10時半ごろ乗務が終わり、本区に戻ると、控え室では同僚達がテレビの前で大騒ぎとなっていた。1両目か2両目かがぺちゃんこになり、マンションの外壁にへばりついているという、まったく信じ難い、わけの分からぬ衝撃的な光景が映し出されていた。
 ひとまず帰宅してからも、いつもはすぐ休むところを一日中テレビに釘付けとなっていた。どのチャンネルを回してもこの事故のことが報じられていた。これ以上はない大惨事だと思った。ただただ茫然とするばかりで言葉が出ない。晩ごはんを済ませ、あとは早目に寝るだけという8時前のことだった。テレビ番組スタッフからの電話である。
 取材だけならいいが、テレビに映る(写真も)のだけは本当に大イヤで勘弁してほしいのだ。その理由はいいようがない。イヤなものはイヤだと駄々をこねる子どもに理由を聞くようなもので、まるでオトナ気ない、理由にならない理由だからだ。
 そもそも私は人前に出るような人間ではない。喋るのは大の苦手でもある。その上、いつもの通り酔っていた。
 これから車を飛ばして、赤坂(TBS)から八王子(家)まで来るという。スピード違反だけは止めてほしいと思った。グズグズと決断しかねたが、全然大丈夫じゃないのに「大丈夫ですから」という相手に押し切られた格好だった。もう仕方なく承諾したのである。それからが大変。水やお茶をがぶ飲みし、熱い風呂に浸かりと、酔いを覚ますのに必死だったことはいうまでもない。テレビクルーが到着するのに時間がかかったおかげで、すっかり酔いも抜けたのだが……。
 10時前にチャイムが鳴った。ディレクター、カメラ、照明と総勢4人が家にみえた。約1時間位だったろうか。
全然大丈夫じゃないのに、またも「大丈夫ですから」と慰められ、事態はどんどん進んでいった。
 撮影とインタビューはわけの分からぬままに終了したといってよい。もう、ただただしどろもどろで、内柔外剛の自分をイヤというほど思い知らされ、意気消沈してしまったのはいうまでもない。
 従って、結果はどれも恥ずかしくって誰にもいえないものばかりだった。
 ところが、さっそく同僚にいわれた。「テレビに出てたよね、あれは間違いなく典ちゃんだ」と。どうしてバレたのかと不思議でならなかった。顔はボカシで音声まで変えてあったのに…。私のデカイ鼻がボカシからはみ出しそうだったからか。また、私は元々音声を変えたようなボソボソとした声質だから、地のままでいっても同じだったのかもしれない。
 翌日の朝に放映された、その具体的な内容といったらナサケナイったらない。スタジオに設置された大きなボードには「人為的ミスか? 現役車掌は語る『オーバーランはよくあること』」とものものしく書かれてあった。司会のみの某氏さんが「現役の車掌さんが大変な証言をしてくれました」と紹介した後、私が映し出された。
「オーバーランはよくあるといっても差し支えない」「若い運転士なだけに心理的に追いつめられたのでは」「運転士は職人気質で、秒単位で動かしているというプライドがある」「時間に対してのプライドが強く働きすぎて、安全面がおろそかになったのではないか」と途切れ途切れでたどたどしいったらないのだ。「オーバーランが原因の1つなのではないかと現役のJR車掌は推測する」と、合い間に入るプロのナレーションに助けられたが、まったく話になっていない。
 これでどこが大変な証言なのか。時間にして1分にも満たない。語るなどという代物でもない。どっちらけだ。恥ずかしさのあまり、テレビをぶち壊してやろうかと思ったほどだった。

■ついに会社から呼び出し!

 一方、週刊誌の方はとんでもない事態になった。私がいってないこと、いった内容と異なることが記事になっていた。これではJR東日本を誹謗中傷していると捉えられるかもしれない。会社から何をいわれるか分からない。私は直ちに抗議をした。そして、謝罪してもらったのだ。
 案の定、2日後には会社から呼び出しがあった。会社の要望は2点。記事にあることを私がいったかどうかの事実確認。会社には広報という窓口があるから、会社の名前を出して個人でマスコミ等に出るのは慎んでほしいということであった。
 主な3点だけ記す。
 取材で私がいったことは①東でも重大事故は起きる可能性はある。ないとはいえない。しかし、西のような事故はまず起きない。いくら超過密ダイヤでも、新型のATSが整備されているからスピードが出せない仕組みだ(速度超過をすれば、ATSによりラッシュの電車は次々と止まってしまうということ)。②10秒単位の乗務をしている。③3時間ぐらいしか仮眠出来ないこともある。
 それに対する記事の内容は①東でも西と同じ事故が起きる可能性が大きい。過密ダイヤの首都圏こそ危険だ。②1秒の遅れも報告するのが原則。③乗務員の睡眠時間は平均3時間程度。
 私は記事のようなことはいっていないことを告げ、以上の点を説明した。また、迷惑しているのは私であり、謝罪してもらったこと。誰にでも間違いはある(新聞、テレビでも)こと。
 そして、私は同業者として107人も死亡した、この大惨事を黙っていることは出来ない。対岸の火事ではない。JRへの愛社精神をもって、安全等の問題については警鐘を鳴らし続けていく。要請があればマスコミにもどんどん出る。会社もいったらいい、東は安全ですよって。これで終わりだ。
 会社はもう何もいわなかったが、翌日また呼ばれ、「もし、外部から会社に問い合わせのようなことがあれば、本人は謝罪してもらっていることだと答えるが、それでいいか」といってきた。わたしはオカシナことをいうものだと思った。そんなことはもう関知しないことだ。うちの困ったヒラ社員が勝手な発言をしたものでしてとでも、好きにいえばいいのではないか。会社は週刊誌に抗議するなり、謝罪文を出してもらうなり勝手にすればいい。

■東労組の若手が支持してくれた

 これで一件落着かと思いきや、今度は東労組による私への個人攻撃が始まったようなのだ。
 聞いた話だが、「いい加減なことを週刊誌に載せてんじゃねぇ」「断じて許さない」みたいな内容の掲示を張り出しているという。
 ま、私がとんちんかんなことをいったことになっているのだから無理もないが、うちの職場ではなく他所の職場に張り出すといった、相変わらず因循姑息なやり方である。
 呆れ果てるばかりだ。いずれ真実は分かるはず。そんなことをしていたら、組合員の気持ちは離れていくだけだろう。
 その夜、東労組の若い組合員が多くの人にメールを送ってくれたという。
「良識ある仲間に転送を! 週刊誌に掲載された三鷹車掌区の斎藤氏の記事の件で誤った情報が流されています。氏の意に反した内容が記事になってしまい、週刊誌に抗議、謝罪を得たとのことです。会社側も一連の事は把握しており特に問題はありません」。
 心から感謝する。ありがとう。涙がちょちょ切れるくらい嬉しかったよ。(■了)

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「健康意識」とサプリメント

●月刊「記録」2004年7月号掲載記事

●取材・文/本誌編集部

 薬局に限らずコンビニでも簡単に手にはいるようになったサプリメント。これは「薬」ではなくて、栄養補助「食品」なのだ。一日に必要な栄養素を食事だけで摂取できないときの補助として飲むのが一般的な利用のされ方である。
 サプリメント市場は年々成長しており、大手のファンケルでは、94年の売り出し初年で約15億円を売り上げたのを皮切りに2000年には約220億円と200億を突破。現在は約300億円近くまで到達し、当初の20倍以上の売り上げだ。
 同社はかつて無店舗で「無添加」をうたった化粧品を販売し、健康に気を使う女性を中心に支持を広げた。その後「無店舗」はやめたが無添加路線は食品にも手を広げた今でも守っている。
 サプリメントの販売を開始した94年2月当初はビタミンC、ローヤルゼリーなど28品目を売っていたそうである。
 ファンケル広報担当者は「消費者の健康意識の高まりと共に売り上げも増えていきました」と背景を推察する。確かに「健康意識の高まり」もあるかもしれない。しかしよく考えてみるとサプリメントを必要として飲んでいる人の多数は不規則な生活をしている人である。
 ここには大きな矛盾がある。つまり普段が不規則=健康とはいえない生活を送っているために、本来ならば気にしなくてもいい「健康」へと関心が高まっているという構図に、だ。言い換えれば健康への志向は不健康な生活を続けることが前提となっている。いささか問題ありではないだろうか。
 本来ならば3回きちんと食べ、しかもバランスの取れた献立が必要だ。そうすればサプリメントを頼らなくてもいい。こうすることが本来の「健康意識の高まり」であるべきである。

■「不健康」だから買う

  「健康意識が高まって」いるにも関わらず、日々の生活が病因につながる「生活習慣病」が増えている。
 生活習慣病には、ガン、動脈硬化、高血圧、2型糖尿病などがある。最近子供の間で増えている肥満もその一つだ。
 かつて壮年期を迎えた人が多くかかる疾患ということで「成人病」と呼ばれていたが、生活習慣の混乱、とくに食生活の乱れが日常化した今はもう子供もかかるので最近では生活習慣病と呼ばれるようになった。
 したがって規則正しい食生活を送ることが生活習慣病を回避する大切な要素になってくるのはいうまでもない。1日3回ちゃんと食べよう。それが難しくてもバランスの取れた食事を心がけようということだ。
 もっとも現代人が食生活を正しくするのは容易でない。3食をしっかりとることが仕事柄不可能な人もいれば、朝食をきちんといただいてから出社したくてもできない人もいる。そのうち可能であっても「朝からご飯なんて……」と食べずに出社する習慣がつく場合もあろう。責められない現実ともいえる。
 一方の「バランスの取れた食事」も言うは簡単だが、実行するにはよほど意識しないとうまくいかない。朝はこれを食べたから昼は別のあれにしようと強く意識してセレクトするようにならなくてはならない。「そんなの簡単」と思ったら大間違いだ。なぜならばそれがうまくいっていないからこそ生活習慣病が増えているからだ。かくしてサプリメントは売れていく。
 さらに本物の「健康意識」派が売れ行きに拍車をかける。いくら規則正しい食生活を送っていても「環境の変化によって野菜中の栄養素量が減ってきているから」などと考える本当の健康志向もまた確実に増加中。要するに「不健康だから」と「より健康に」の一見正反対の人たちが「どっちにしろ必要だ」とばかりに買い求めているようなのだ。

■完璧を目指せば飲む量が増えてくる

 そうである以上「サプリメントに頼るな」と叫ぶのは非現実的だ。正しい使用法を探る必要があろう。
 サプリメントの一番良い点は、飲み方がとても簡単なところだろう。自分に足りないと思われる栄養素が入っている製品を買ってきて、袋に記載されている粒数を守って飲めばいいのである。
 食事のように食材を買ってきて、調理して盛りつけなくても、水で飲むだけで簡単に栄養補給できてしまうのだからこれ以上楽なことはない。
 だがここで大きな疑問がわく。一日に必要な栄養素を補うためには、足りない栄養素がなにかを知らなければ摂ろうにも摂りようがないという点だ。
 もちろん日本人が一日に必要な栄養素量を細かく定めた「日本人の栄養所要量」というのがあるので、それを参考に一日必要な量を「食品成分表」を見ながら電卓片手に計算して摂っていけばいいのである。
 だがそれが容易ではないのは「日本人の栄養所要量」を手元に持っている人などほとんどいないことでも明らかだ。自分で調べないならば病院へ行って栄養指導をうけたり、身近に栄養士がいれば「あなたに必要な栄養素量をすべて含んだ献立を作ったわ」などということが可能だが、これまた現実にはほとんどない。
 したがって「私にはビタミンCが足りないと思うから摂るわ」というように、自分で何が足りないかをたいした根拠もなく摂取している人が多いと容易に想像できるが「生兵法はけがのもと」という古いことわざもある。素人判断ほど危険なものはない。
 たとえば不規則な生活を送っている人はビタミンだけが足りないわけではなく、完璧をめざせば数十種類はあげられる。すべてを果てしなくサプリメントに加えていくことなど不可能だ。
 1つの栄養素に限っても一粒飲んだだけで十分というわけではないことは意外に知られていない。サプリメントだけで補おうとすればするほど、飲む量も多くなるから面倒になる。
 以上の問題も含めて「サプリメントにはお金がかかる」のも深刻だ。オーソドックスなビタミンやミネラルなどは安いが、摂りづらいものや希少価値の高いものになればなるほど価格があがっていく。
 よく新聞広告などで目にするローヤルゼリーやプロポリスなどは驚くべき金額である。高くても健康でいたい、健康になりたいという健康オタクならば気にはならないだろうが。絶大な効果を期待すると裏切られる可能性が高い。
 なぜならばサプリメントは本来が食品であり、消耗品だからだ。消耗品だから飲めばなくなる。即効性のある薬ではなく、続けなければ効果が表れない食品なので毎月効果が表れるまで飲み続けなくてはならないし、病気を治すために飲むのではなく病を予防するためだから「ここでやめてもいい」というラインもない。そうした特性を踏まえると高いサプリメントに手を出しづらい。だから毎月飲み続けるならば低価格の方がいいはずだ。低価格路線のファンケルが売れ続けるのは、そこにも原因があるのだろう。

■食事を楽しむのが基本

 重ねていうがサプリメントは食品である。したがってカプセルに入っていたり錠剤だったりと薬に似ているが実際には食物に由来するのだ。端的にいえば食べているのとある一点を除いて同じである。
 例えば食物のマグロの眼球裏に多く入っていて、摂取すると頭が良くなると話題になったDHAや、カニの殻から取られた脂肪が気になる人にはおすすめのキトサンなど、食材で摂りたくても一度には摂りづらい栄養素や、眼球疲労に効果的とされているブルーベリー、トマトに多く含まれるリコピンなど食材でも手軽に摂れる栄養素などさまざまあり、TPOに合わせてセレクトできるのである。他にもビタミンやカルシウムなど身近な栄養素も含めて一口にサプリメントと言っても種類は豊富だ。その意味でサプリメントは食べる暇もない忙しい現代人にとって救世主のような存在といえなくもない。
 ただしサプリメントでは栄養は満たされるが腹は満たされない。これが先に述べた「一点を除いて」の一点である。現状ではサプリメントだけで生きている人はほとんどいない。
 今では原点である食事こそ大切にしようという運動が起こっている。「スローフード運動」だ。これは「消化が遅い食べ物」という意味ではなく「ゆっくりと食事をする」ということで、ゆっくり食べる楽しさを再認識しよという、食生活・食文化を大切にするイタリアから始まった運動である。
 スローフードが浸透し当たり前になったら、家族で食事を囲むという文化も復活する。そうすればバランスのとれた食事をとることも可能だ。
 そのためには浸透させられるだけの土台作りが必要になってくる。農林水産省が厚生労働省、文部科学省と共に策定した「食生活指針」に「食事を楽しみましょう」という項目を作っているのだから、具体的に動き出してもよいのではないだろうか。
 そうすれば生活習慣病も減り、団らんがキレる子供を減らす一石二鳥である。
 サプリメントが売れるということは、現代人の食生活、食事に対する考え方が希薄になってきていることを示している。ついにサプリメントで全ての栄養を摂っている人も出てきたくらいだ。この先さらに希薄さが増していったら、栄養補助食品から、サプリメントが食事の主となる日が来るのだろうか。
 もう一つ問題がある。数年前にゴージャス姉妹で有名な叶姉妹が出演したダイエット用サプリメントのCMがあったが、痩身を目的としたサプリメントである。
 ドラッグストアへ行くと、栄養系と同じくらいダイエット目的のサプリメントが売られているのを目にすることが多いはずだ。女性のやせ信仰は「健康意識の高まり」とは全然異なる。これがなくならないかぎりこれまた「健康」とは無縁のダイエット系サプリメントは売れ続けるだろう。(■了)

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なんでタバコがやめられないんですか?

●月刊「記録」2004年6月号掲載記事

●取材・文/本誌編集部


 喫煙者には世知辛い世の中になってきた。タバコを嫌う嫌煙家と呼ばれる人々や、非喫煙者が増え、喫煙者を端へと追いやろうと、いや、現に追いやり作戦が実行中である。
 日本たばこ産業(JT)が昨年8月に行った「喫煙者率」調査によると、男性48.3%、女性13.6%と全体で50%を超えていない。一時期言われていた女性の喫煙者率増加も、この数字を見る限りでは信憑性にかける。
 さらにJT広報は、「60歳を超えると、タバコを吸う本数が減りますね」と話していた。
 日本はこれからますます高齢化が進んでいく。何をせずとも喫煙者は減っていくのだ。
 しかしそんな状況でも政府は、2003年5月に『健康増進法』施行した。この法は、2000年に現在の厚生労働省が国民の健康作り運動として発案した「健康日本21」の中核としてつくられたものである。
 第25条に「受動喫煙の防止」というのがあり、「学校、体育館、病院、劇場、観覧場、集会場、展示場、百貨店、事務所、官公庁施設、飲食店その他の多数の者が利用する施設を管理する者は、これらを利用する者について、受動喫煙(室内又はこれに準ずる環境において、他人のたばこの煙を吸わされることをいう)を防止するために必要な措置を講ずるように努めなければならない」と定められている。
 最近は飲食店でも全面禁煙の店や、禁煙席が増えるなど、非喫煙者に優しい環境になってきている。
 さらに東京・千代田区では「生活環境条例」というものができ、路上喫煙が禁止となった。違反すれば2000円の過料を取られる。今年3月までの違反者は約8000人にのぼったという。
 過料の支払い方は2種類あって、その場で2000円を支払う場合と後日納付する方法である。
 なぜ二通りがあるのか、同区環境土木部生活環境課に問い合わせてみたところ、「その場で払う方もいますが、持ち合わせがない方や後日支払うという人には納付書を渡しています」との回答だった。
 ちなみに現金で支払った場合、「領収書もその場で出しますし、おつりもきちんと持ち歩いています」とのことなので、5000円、1万円しか持っていなくても支払うことが可能。とても良心的である。
 それにしても単純に計算しても8000人×2000円で1600万円もの収入になる。行政としてはかなりいい財源である。
 そんなふうに、喫煙者には肩身の狭い世の中になってきが、それでもどうしてタバコを吸うのだろうか。喫煙者にアンケートをしてみた。
 まずタバコを止めようと思ったことがあるかを聞いてみたところ、21人中11人。女性よりも圧倒的に男性のが多かった。
 その理由として、「金銭面でやめようと思ったことはある」(21歳・男)「タバコ代がかさむから。しかし、社会人になったらそんな気はなくなった」(24歳・男)と、金銭面の理由。
 2003年7月からたばこ税が増税され、喫煙者のタバコの負担額が増した。一箱の値段の平均は約280円。一日一箱消費するとして、一ヶ月だと280円×30日で8400円。一日一箱だからこれだけで済むが、ヘビースモーカーになっていくとそれは倍々になる恐れがある。
 文字通り「煙となって消えていく」商品が一箱280円なのか。JTによると、税負担率が6割にものぼる、日本で最も負担率が重い商品の一つなのだそうである。消費税は5円だが、270円のタバコの場合、税は170円ほどになる。タバコを買うというよりも、自動販売機を通して国に納税しているようなものである。ちなみに、14年度のたばこ税は総額で8441億100万円。
 タバコの消費本数は、2003年は全国で2994億本。1999年の3320億本から確実に100億本(5億箱)ずつ減少していっている。1本や2本どころの騒ぎではないのだ。億単位で減少しているのである。
 たばこ税の問題だけでなく高齢化も含めたうえでの減少でもあるから一概には言えないが、確実に税収は減っていっているはずだ。
 そのことをどう思うのかと財務省の担当者に尋ねると、「毎年税制改革をしているので、その時々に応じて赤字国債で補填するか、他の税で負担することになります」
 どのみち税金なので、喫煙者が減ると非喫煙者につけは回ってくるというわけだ。
 ちなみにタバコをやめようと思ったもう1つの理由は、「ダイビングの大会に影響が出るから」(36歳・男)「太るために」(28歳・男)と身体面での理由だった。
 また、やめようと思ったことのあるなしに関わらず次のような回答もあった。
「風邪をひいて、しばらくタバコをやめた」(28歳・男)「妊娠したときはつわりでやめられた」(22歳・女)
 やめようと思ったときに取った行動や方法は、「灰皿を割った。アメをなめて代用した。タバコを挟んでいるつもりで、吸うマネをした」(23歳・男)、「ライターを捨てた」(23歳・男)「意志の力で」(28歳・男)「彼氏への愛でひたすら我慢」(21歳・女)などさまざまだ。意外と喫煙者は試行錯誤しているのである
 効果的な禁煙の方法はたくさんあり、「ニコチンパッチ」という体に貼る湿布薬のようなものがある。それで禁煙が成功した女性によると、就寝前に貼って寝たら、朝から吸わなくても大丈夫だったそうで、貼ってから2週間(かなり早い)でタバコを吸わなくてもよくなったそうだ。治療期間はだいたい1~2ヶ月程度で、総費用は2~3万円。医療機関で処方してもらえるらしい。
 禁煙に関する書籍も山のように出ており、「ノー、タバコ」に向かっているのに、なぜタバコがやめられないのか単刀直入に聞いてみた。
「タバコは生活の一部になっているため特に意識していないです」(21歳・男)「今は必要性が見当たらないから」(36歳・男)「理由がわかればやめているが、好きだから」(24歳・男)「朝の一服、昼の一服がおいしいから。赤ちゃんのおしゃぶりみたいな感じで、ないと落ち着かない」(25歳・男)「口寂しい。落ち着かない」(23歳・男)「吸ってると気分が安らぐから」(20歳・男)「気がついたら吸ってるからかな」(23歳・男)「暇な時間が増えるとつい吸ってしまう」(21歳・男)「イライラすると手が伸びる」(21歳・男)「やめる理由がないから。今やめたいとは思ってない」(28歳・男)「仕事以外での余計なストレスをためたくないから」(28歳・男)「根性がないから」(32歳・男)「体がニコチンを欲しているから」(22歳・女)「生活の一部となっているから、ないとさみしい」(22歳・女)「止める必要がない」(22歳・女)「止めようと思ったことがない」(22歳・女)「やっぱり落ち着くし、タバコうまいもん! 食事後のタバコの味覚えたら止められまへん」(21歳・女)「止める気がない」(25歳・女)。
 まとめると「やめる理由もないし、必要もない。タバコ吸うと落ち着くんだよね」ということだ。
 やめられた人には明確な理由があったからやめられたのであって、やめられない人はさしあたってやめる理由がないからやめられないのである。
 さらに、今回アンケートに協力してくれた方々は、一様にタバコが好きなのである。
 「好きだから」「ないとさみしい」「必要性がない」など、理由としてはかなり甘いが、彼らにとって“タバコに火を付けてを吸う”という行為は、トイレに行く、ご飯を食べると同じことで、日常生活の一部となっている。
 だから理由としては明確ではなく、あいまいになるのではないだろうか。直接口頭で「なんでタバコをやめられないの?」という質問を投げかけたところ、ほとんどの人が一瞬考え込んだ。
 トイレに行くことも、ご飯を食べることも、どうして? と聞かれれば答えられるが、普段は考えない。タバコも同じライン上にあるのだ。だから一瞬考え込んだのだろう。
 健康増進法が施行され、灰皿の数が減ったり、禁煙席が増えたりと、嫌煙家や非喫煙者にはとても過ごしやすい環境になってきたが、はたしてそれが問題解決の糸口になるのだろうか。
 現状を見る限りでは、タバコの存在を疎むというより、喫煙者を疎んでいる傾向のが強い。
 禁煙を促したり、過ごしにくい環境を作ることは方法の一つとしてありだが、結局のところタバコ自体が存在する限り喫煙者がいなくなることはないのではないか。 タバコがあるから喫煙者は吸うのである。お腹がすいたら食べる。それは食べるものがあるから食べるのであって、なければ我慢する。
 ここで気になるのは、やはりタバコ税の問題だ。あれだけの税収を、国や地方自治体は手放せるのだろうか。げんに喫煙者の減少は、赤字国債の発行を招いていると財務省の担当者は認めている。事実、国や地方自治体は分煙を推進こそすれ、禁煙を推し進めてはいないのではないか。
 しかも財務省担当者は、「どうしてたばこに税をかけるのか」というこちらの問いに、「タバコは嗜好性が強いものだから、価格が変わったとしても個人の消費量はかわりません」と答えているのだ。つまり単刀直入に言い換えれば、「ニコチン中毒から搾り取るのが楽だから高い税金を掛けているんですよ」ってことになる。
 健康に害があることもあきらかで、大麻よりも中毒性の高いとも言われるタバコを、税収入のために勧めているなら大きな問題だろう。
 さらにうがった見方をするなら、病人が増えれば医者が儲かり、自民党を支える医師会がほくそ笑む図式も見える。こうした構図をうまく隠すしているのが、喫煙者と非喫煙者との戦いだ。
 そろそろ非喫煙者も本当の敵に目を向けるべきだろう。(■了)

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「あの鳥」は大丈夫か!!

●月刊「記録」2004年4月号掲載記事

●取材・文/本誌編集部

 日本をはじめアジア一帯で、鳥インフルエンザが猛威をふるっている。
 国内で25万羽以上のニワトリが死に、一番の被害が出た京都府の養鶏場裏の林では、鳥インフルエンザに感染したカラスの死骸が発見された。ついに野鳥のカラスにまで!
 これは危ない。通常、鳥インフルエンザは人に感染しない。しかし鳥同士となれば話は別。日本には絶滅寸前の鳥が少なくない。鳥インフルエンザの蔓延は、特別天然記念物のカンムリワシやタンチョウを駆逐してしまうのか!?
 編集部は、さっそく調査に乗り出した。まず目をつけたのが、ニッポニア・ニッポンの名で知られるトキだ。 1999年に中国から提供された友友と洋洋によって、日本初の人工増殖に成功したさいには新聞の一面を飾り、国中を沸き立たせた保護動物の「看板役者」である。
 さっそく新潟県佐渡トキ保護センターに電話した。ところが取材意図を説明し始めると、「おたくさんには申しあげられないな!」の声。怒っている?
 どうやら大厳戒体制下の最前線に、ヘラヘラと電話してしまったようだ。反省しつつトキへの不安を心から訴えると、職員が緊迫した現状を語ってくれた。
  「外にポストを設け、新聞配達員や郵便局員さえセンター内に入れていません。入れるのはセンター職員7人以外に、夜泊まってくれる警備員さんだけですわ」
 センターでは、農林水産省から出されているマニュアルに従い、消毒の徹底と人の出入りを制限したているという。もちろん観光客への公開も完全に禁止となった。 人工増殖によって昨年までに、40羽(成鳥22羽、ヒナ18羽)まで増えたトキを、1羽たりとも殺すわけにはいかない。そうした職員の思いが伝わってくる。
  「私どもから言わせれば、(鳥インフルエンザは)訳のわからない世界ですから。ウィルスがどこに飛んでいるのかもわからない。どの範囲まで保護すればいいのかもわからない。でも、せっかくここまで増やしてですね。(数を)ダウンさせるわけにいきません」
 センターにおけるウィルスとの攻防は、すでに死闘の様相を呈している。
 しかも今回の鳥インフルエンザ騒動は、思わぬ弊害をトキにもたらしているという。中国に頼らざるを得ない繁殖パートナーの提供を、今年、環境省が断念したのである。繁殖期の4月が間近に迫り、センターは現在いるトキでペアを組むしかなくなった。
  「やっぱり1つの個体の延長線上にある繁殖ですので……、新しい血を入れないのはよくありません。兄弟とか親子の関係で繁殖することになりますから」
 鳥インフルエンザは、トキから嫁や婿を奪ったのであった。今後、繁殖パートナーを増やしていきたいところだが、まだ先行きは暗い。
 3月1日には佐渡が一島一市になり、鳥インフルエンザが流行るまでのセンターは、お祝いムードに包まれていたという。3月15日にはキンの追悼行事も計画されていた。本来ならトキ目当ての観光客が、ぞくぞくと来園するはずだった。
  「トキの数が増えるたびに、どんどんお見せできるように、私はセンターを開放してきました。ところが、ここに来て逆行するようになってしまって……。苦しいというのが正直な気持ちです」
 取材に答えてくれた職員は、そんな苦悩を打ち明けてくれた。トキの保護とセンターの開放に力尽くしてきた職員の言葉は重い。ただ専門家が全力で守っているだけに、トキの安全はかなり高いことを実感した。

■徹底除菌でコウノトリを保護

 さて次に気になったのは、コウノトリである。
 日本では野生のコウノトリが約30年前に絶滅してた。そのため兵庫県豊岡市にある兵庫県立コウノトリの郷公園において、繁殖活動が行われている。その数、106羽。この順調な増殖の成果を受けて、同公園ではコウノトリを野生に戻す計画まで立てられているのだ。
 しかし25万羽を処分した浅田農産船井農場は近い。ましてタイのバンコク郊外では、保護区で800羽のコウノトリが死んでいる。野生化計画など吹っ飛ばしそうな状況なのだ。
 こちらにも、さっそく電話をかけてみた。すると
  「一般公開していたコウノトリがいたんですけれど、それを奥の非公開ゾーンのケージに移動しました」とのこと。もちろんトキ保護センターと同じく一般公開も取りやめている。
 さらにコウノトリを飼育している職員たちも、厳重なウィルス対策を講じている。
  「ケージに入るときの手足の消毒。それとマスク、ゴーグルの着用。以前からしていたことですが、今回改めて徹底しています。業者などが使う進入車両には、タイヤの消毒も実施しています」
 ちなみに、来園者も防疫体制維持のために消毒マットで、靴の裏の消毒を行っているそうだ。
 しかしここまで徹底しているにもかかわらず、万が一コウノトリが鳥インフルエンザにかかってしまった場合、どうするのだろうか?
  「今の段階ではなんとも申し上げられませんね。まだわからないですから。私どもで決定できるようなことではないんで、今の段階では、そこまでのお話しかかできません」
 当たり前だが、敵は見えない。どの程度の接触で感染するのか、何から感染するのかすらわかっていない。手探りのなか必死の防御が続いている現在、最悪のシナリオに回答がないのも仕方ないだろう。
 ただコウノトリもトキと同じく、専門知識に富むプロが知恵を絞り鳥インフルエンザウィルスから、鳥を隔離している。現状では、絶滅の心配などなさそうだ。

■注意が必要なのはツル

 では、人に守られていない野鳥たちは、大丈夫なのだろうか。野鳥の安否をたずねるべく、今度は日本野鳥の会にお邪魔した。
  「渡り鳥については、日本にくる途中で感染しても、死んでしまいます。逆に感染して治ってしまえば、もうウィルスを持っていないので感染は広がりません。そういう意味では心配する必要はないはずです」
 そう語るのは、日本野鳥の会の主任研究員である金井裕さんだ。金井さんは、繁殖期になると多くの野鳥が縄張りを構えるため、より一層、感染の危険は少なくなることも教えてくれた。ペアで生活が続くため、他の鳥と接触する機会が少なくなるからだという。
 たしかに群れていなければ、一気に感染が広まる危険性はない。巣を探すのが困難なほど広い縄張りを持つ猛禽類などは、地域的に野鳥への感染が拡大しても死ぬ数は限られてくるだろう。
 ただし、それはあくまで野鳥の環境が整っている場合である。環境悪化などによって、生息地が限られ、群が密集してくると話は変わってくる。
  「今、一番気にしないといけないのはツルですね」
 ズバリ、金井さんが指摘した。
 ツルは江戸期以降の乱獲が祟り、現在、生息場所は鹿児島県出水市周辺と、山口県周南市八代の2ヶ所だけ。今年確認されている個数は、山口県は15羽、鹿児島県は約1万羽だけなのだ。
 もしここに毒性の強い鳥インフルエンザウイルスが入ってきたら、その結果は火を見るより明らかだろう。生息場所が限られているため、ツルに逃げ場はない。もちろん縄張りも通常の野鳥より狭いため、感染の危険性は増す。
 ついに今回の取材で、絶滅の危機にさらされてしまう鳥に出会ってしまったのか。そんな不安を見透かしたかのように金井さんは言った。
  「大丈夫でしょう。じつは、ここ何年か続けて、生息地の限られた鳥の大量死が起こっています。しかし絶滅にはいたっていません」
 2000年秋には、韓国に生息するトモエガモが鳥コレラで1万羽死んでいる。なんと1ヶ所に10万羽から30万羽いた鳥だという。さらに、2002年の冬には、台湾に生息するクロツラヘラサギが、エサの貝などに繁殖したボツリヌス菌によって、70羽死んでしまった。この鳥もほかの環境で、暮らすことのできない鳥だったという。
 つまり薬も医学知識もないトリが、密集して暮らしていても、絶滅まではいかないのだ。ウィルスや菌を乗り越えて、強い個体だけが生き残る。いわば自然淘汰が起こるだけだ。
 鳥インフルエンザによって、バンコクのコウノトリが800羽死んだといっても、群は1万羽ぐらいいたとの情報もある。死んだ鳥の数こそ多いが、1%も死んでないという見方もできるのだ。
 もちろん繁殖環境が悪化していれば、通常の野鳥より絶滅の危険性は高い。しかし、そのマイナス分を人が補ってやることで保護できる。
 考えてみれば、動物絶滅の原因になっているのは、常に人間だった。自然だけで生物が淘汰されることはまずない。
 今回、25万羽もの鶏を処分する原因となった鳥インフルエンザも、野生の強さを失った大量の鶏を、あれだけ狭い地域で飼育していなければ、これほど感染を広げなかっただろう。
 むしろ日本野鳥の会がウィルス以上におそれているのは、人の噂だという。現にある民放局のニュースでは、感染源として謎の黒い鳥の存在が報じられた。
 しかし「そんな格好の鳥などいない」と、謎の鳥のスケッチを見ながら金井さんは断言した。野鳥から感染する危険性に過剰反応すれば、こうしたデマも一人歩きし始める。いずれ鳥など殺してしまえという声さえでかねない。
 すでにツバメに対する不安の声があがり、ペットとして飼われている鳥まで捨てられて始めている。野鳥にとっては、鳥インフルエンザより人間が恐ろしい存在なのだ。絶滅の引き金は、やはり人間が握っている。 
 とっ、ここで新たな疑問が!
 日本野鳥の会のメンバーは、鳥インフルエンザを調査するため、地方自治体からも協力を依頼されている。実際、あの船井農場周辺の野鳥の調査にも会員が参加した。それ以外でも、もっとも野鳥に近づく人々こそ日本野鳥の会のメンバーではないか。高濃度な接触を伴うと感染するといわれ、海外では人への感染例も報告されている。会員に危険はないのだろうか?
  「はい、野鳥には近づけませんので」
 そうだった。野鳥には近づけない……。だからこそ紅白歌合戦で、NHKホールの観客を舞台からカウントすることができるのであった。感染どころか、触ることすらできん、それが野鳥。
 というわけで野鳥の会の会員が安全であることも、最後に報告しておきたい。(■了)

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食卓が危ない??

●月刊「記録」2004年3月号掲載記事

 不規則な生活が常識となり、一日1食という日もあれば、2食という日もあるという若者は多い。また週に3回ほどハンバーガーを食べ、帰宅途中に寄るコンビニでは総菜や甘いものを買って食べる。添加物ごりごりのアブナイ食べ物たちに囲まれた生活を送る一方で、それでは健康にも肌にもよくないからと、サプリメントで栄養を補給するとの生活スタイルはもはや日常となった。

 そんな私たちの食生活に鉄槌を下すような事件が続々と起きている。
 ニワトリには「鳥インフルエンザ」(H5型)が東アジアを中心にはやっている。原則はトリ同士でしかうつらない病気だが、日々死者が増えているタイでは、ニワトリから人だけではなく、人から人へ感染した疑いが浮上した。
 決して人ごとではない。先日もスーパーマーケットへ買い物へ行って唐揚げを購入したところ、ラベルに大きく『タイ産』と書かれていた。普通にタイ産が売られているのだ。
 歴史上大流行したインフルエンザは、ニワトリからブタ、そして人へと、宿主が変わるたびに形態を進化させ、最後は人同士に感染するまでになったが、今回も同じルートをたどる危険性が高まっている。しかも史上に残る「スペイン風邪」「アジア風邪」などの当時の新種に比べて毒性が強いとの報告もあって、数億人の死者が出るとの観測がある一方で、抗生物質がなかった「スペイン風邪」の時代と同列で論じるのはナンセンスだという反論もある。
 とはいえ「トリから人」段階にとどまりさえすれば、加熱すればウイルスは死滅するし、鶏肉料理の大半は火を通すので食卓での危険は今のところ小さい。「タイ産」の肉も加熱すれば安全であり、それを証明するためにも販売は続けてほしい。過剰反応は外交関係にヒビを入れかねない。
 現時点で心配なのは肉より養鶏場である。狭く閉鎖されたところで飼育する標準的な日本の農法では、感染が爆発的に広まりやすい。首だけ出して、太らせて卵を産ませてるやり方が効率的だとしてもインフルエンザにかかって全滅してしまっては元も子もない。
 そこで従来の飼育方法ではなく、平飼いという広めの鶏舎で開放的に飼う方法が注目されている。この方法で育っているのが、フランスの赤ラベルというニワトリである。国内では茨城県のやさとが有名である。放し飼いだと野鳥からの感染がありうるので、あくまでも人の管理の目が届く平飼いは危機管理面でも有望である。

■危険な肉を食べるために行列!

 牛肉は01年にBSE(いわゆる狂牛病)が日本で発見されて問題になって以来、今日まで日本人の心理を微妙に揺さぶっている。
 BSEは異常タンパク「プリオン」が原因との説が有力だ。生命体ではないから加熱すれば死ぬといったたぐいではない。感染牛を食べると新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病という致死率の高い難病にかかる恐れがあるとされる。とくに脳やせき髄などの「危険部位」を避けた方が賢明だ。
 さて、前述の01年では、焼肉店では閑古鳥が鳴き、メディアには安全な牛肉が食べられない不満の記事が毎日のように載っていた。ある時は1ページ使っての広告もあった。おいしい牛肉を食べたいと著名人が会を作ったりもした。
 しかし、03年で米国でBSEが発見されたときは、以前のような騒ぎはほとんど起こらず、焼き肉店も繁盛、店頭に並んでいる肉の数も01年よりははるかに多い。
 ここまでは政府が米国牛の輸入を止めたから安心していると説明できる。しかし「吉野家」などの牛丼チェーン店が米国産牛のストック分の牛丼販売最終日に大勢の客がつめかけた04年2月ごろの騒ぎはおかしい。最後の牛丼をほおばる若者の写真が新聞一面を飾り、夕方のテレビニュースでは、牛丼ファンの生活を追いかけた特集が組まれ、「吉野家」と同じ味を再現するレシピなどを紹介するコーナーまでやっていた。
 なぜおかしいのか。「米国産牛のストック分の牛丼」というのは米国でBSEが発覚して禁輸になる日以前に輸入した肉であり、言い換えればBSE感染の可能性がある肉だからだ。日本でのBSE発症の際には流通中やこれから流通する予定だった肉が敬遠されたり差し止められたりした。なのに今回は危険な肉を食べるために列まで作っているのである。
 前回と今回のBSEへの消費者の対応の違いをどう考えたらいいのか。慣れたのだろうか、それとも諦めたのだろうか。
 BSEの牛が最初に発見された英国では今も昔も変わらず、肉が食べられているが、多数の国民が患ってもいないし、全滅する恐れもない。そんなに悲観することはないのであろうと推察するのは可能だが、だったら前回の騒動の理由がつかない。
 しかも米国でBSEにかかった牛は「へたり牛」ではなかったかもしれないというニュースが流れた。もしそれが本当ならば、あまりにもずさんだから日本政府が求めている厳密な調査に近いシステムが確立するまで輸入は当然ストップのままであろう。
 米国に条件をのませなければ禁輸続行を貫けるだろうか。貫かないと批判されるとの声がある一方で、米国産の牛でないとおいしく作れないという吉野家の牛丼を食べたい人のなかには「とりあえず解除して」との思いがあるのか。重要な問題提起をはらんでいる。

■過剰反応も心配だ

 それにしてもここ数年、食肉に問題が発生したり、牛乳に黄色ブドウ球菌が混入したり、肉まんに認可されていない添加物が入っていたり、数え上げればきりがないほど「食の問題」が起こっているが、消費者の過剰反応ではないか。
 そうした問題は今に始まったことではない。過去にもこのような事件・事故はたくさんあった。公衆衛生が発展し、人々の清潔信仰がますます上昇している現代だから問題視されるのか、それとも本当に問題なのかを見極める必要がある。
 食品業界には、HACCP(ハセップ)という食品品質の管理方法がある。これは1960年代の米国で宇宙食の安全確保のために開発されたのだが、HA(Hazard Analysis)が危害分析、CCP(Critical Control Point)が重要管理事項ということで、危険なものを分析して、なにが原因かを突き止めたら記録し管理することで日本でも導入されいる。
 他にもiso(イソ)という国際規格もある。isoには9001と14001という種類があるが、食品に関係するものは9001(品質マネジメントシステム規格)だ。国際規格ということもあって、食品業界でもisoの認可が下りたものを前面に出しているし、ラベルにも表記されている。
 1995年に施行されたPL法(製造物責任制度)は、食品の欠陥が原因で、生命、身体、財産に被害が生じたら、その製品を供給した企業が責任を負う損害賠償制度である。
 今は、これらの制度によって一段と安全が増したはずである。とはいえ、火のないところに煙は立たない。ここまで来るのにさまざまな食卓を揺るがす事件があったはずだ。今のように、工場もオートメーション化されていないし、公衆衛生も不十分。法もしっかりしていなかっただろうし、消費者よりも供給側の企業が強かった。
 食品にまつわる事件・事故をあらためて振り返ってみよう。先に過剰反応と書いたが、かつての日本ではBSEなど真っ青の毒食品が大手を振っていたのである。
 数年前にヒ素入りカレー事件が世間を騒がせたが、1940年代から1960年代にかけては食品にヒ素が含まれて中毒になる事件が相次いで起こっている。
 ヒ素の事件として大きかったのが、1955年に起こった森永ヒ素ミルク事件だろう。患者数約12400人、死者約140人にも及ぶ大事件で、原因となったヒ素は、調製粉乳製造時に使用した工業用薬品の乳質安定剤(リン酸二ナトリウム)の中に不純物として混入していたようである。
 工場で作られた調製粉乳100グラム中から約3グラムが検出されたにも関わらず、製品の回収が遅れた。
 ちなみに中毒症状は、食欲不振、貧血、発疹、皮膚の色素沈着、下痢、肝・腎・神経系の障害、そして死に至る。爪や毛髪にヒ素が沈着する。
 粉ミルクが原因だから乳幼児がその被害者である。生まれたばかりで、その先明るい未来が待っていたであろう子どもたちがヒ素中毒にかかってしまうのは残酷である。
 その他にも加工、製造中の事故による中毒事件がある。1968年福岡県で、食用油が原因の大規模な食中毒事件が起きている。
 被害者数は約一万人。症状は、皮疹、発汗、爪の変色や変形、手足のしびれ、肝臓障害などで死ぬ危険性もある。これを油症という。
 原因物質は、ポリ塩化ビフェニル(PCB)という環境汚染物質で、油の製造途中でパイプから漏れたらしい。
 PL法がこの時からあれば、被害者は損害賠償請求ができたし、企業の社会的責任も十分問われただろう。
 前記以外にも、農薬の問題がある。昨今のオーガニック野菜のブームから、たい肥を使っている農家も増えてきたが、以前はDDTなどの有機塩素剤を散布している農家はたくさんあった。
 害虫駆除や除草などに強い効果を発揮し、大量に農作物が作れるといったメリットから使われてきたが、やはり化学物質なので体内に蓄積される。ちなみに『食品衛生学』(愛智出版)によると、「有機塩素剤系は有機リン剤系よりも急性毒性は弱いが、慢性毒性はむしろ強いとされている」と書かれている。
 技術が発展して豊かになればなるほど、その代償は大きくなっている。大量生産をするために農薬をまく。それはそれで結構なことだが、いずれ自分達の身に帰ってくる。
 そして自然界では、私たちの主食である肉たちが反乱を起こしている。結局いつまでたっても、私たちの食卓は危ないのだろうか……。(■了)

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「8時間遅れ」は1時間で解決できた/斉藤典雄

●月刊「記録」2003年11月号掲載記事

■高架化工事遅れで大迷惑

「首都の大動脈大混乱」「JR中央線234本運休」「18万人に影響」「JR高架化工事ミス」「復旧8時間遅れ」「JRの甘い見通し」「お粗末JR」「単純配線ミス」「走らぬバス長蛇の列」「バス乗ってもすし詰め渋滞」「休日台無し」「利用客怒り心頭」「人災だ」「いつ動くんだ」「イライラ」「ヘトヘト」「うそつき」「お役所仕事」等々。
 9月29日付朝刊各紙を賑わした見出しはざっとこんなものだった。どの新聞でも1面トップで報じられたのだから、大問題に違いない。
 概要はこうだ。
 JR中央線の三鷹から国分寺間(約6キロ)上り線で、27日夕方4時頃から大規模な線路切り替え工事を行った。その工事のため、三鷹~立川間についてはほとんどの列車を運休。バス代行を実施するなど、他の交通機関への振替乗車を呼びかけた。その後、28日未明3時半頃新設した武蔵小金井駅周辺の5ヶ所のポイントが切り替わらないなどの信号トラブルが発生。復旧作業が長引き、運転再開予定時刻の午前6時頃から約8時間近くにわたり、三鷹~立川間の上下線がストップ。動き出したのは午後2時頃という、利用客にとっては前代未聞のはなはだ大迷惑な事態である。
 まず初めに、線路切り替え工事について説明しなければならない。
 JR中央線の三鷹~立川間(約13キロ)には18ヶ所の踏切があり、朝夕のラッシュ時には「開かずの踏切」として交通渋滞を引き起こし、周辺住民の日常生活にも大きな障害となっていた。そのことなどから、1969年(昭和44年)に沿線20市町村(当時)による「三鷹・立川間立体化複々線促進協議会」が発足。これを受けて、JR(当時は国鉄)は東京都と協議を重ね、94年(平成6年)に本事業が都市計画決定された(踏切のある部分約9キロ-東区間・三鷹~国分寺間約6キロ、西区間・西国分寺~立川間約3キロを高架化にし、踏切を廃止するなど)。工事は2001年より全面着工されていて、完成予定は2010年度末というものだ。
 今回は、東区間・三鷹~国分寺間に仮上り線を新設。既存の上り線を、新設した仮上り線へと切り替える。最後に高架線へと切り替え、その後高架駅建築で完了。と、毎年1回、計8回に及ぶ「史上最大の決戦」というべき大計画なのである。
 ところが、冒頭の不測の事態が突如として生じてしまった。首都圏での運休時間や影響人員は過去に例がない最大規模だという。JR最悪の失態である。そもそもJRは「工事の延長は想定していなかった」というから、工事を甘く見ていたといわれても反論はできない。判断が甘いといわれても、驕りが招いたトラブルといわれてもだ。乗客無視、危機回避能力欠如、リスク管理お粗末等々、何といわれようが、言いわけは何一つできないのだ。
 原因は、当初は配線ミスであると断定され、作業員(下請)による初歩的な人為ミスだと騒がれた。が、さらに調査を進めた結果、約1週間後の10月6日には、配線図自体が間違っていたことが判明した。工事を請け負い、配線図を作成した会社のチェックでも、JRのチェックでも間違いに気付かないまま工事を行っていたというものだ。
 まったく信じられない話だが、これでは復旧できるわけがない。間違った配線図を基に確認作業が行われていたのだから、永遠と復旧はできない。まるで腹痛なのに頭痛薬を飲み続けているのと同じである。
 また、JRのチェック体制は一寸の抜かりも無い完璧なものとばかり思っていたが、このまさかの不手際には開いた口が塞がらない。まるでプライバシーにまで及ぶかのような私達社員への事細かなチェック(労務管理)能力を、今後はこちらの方へ集中させたらいかがかと言いたくなる。まさに管理体制の不備である。
 事件当日午後にはJRの幹部が、翌29日には大塚陸毅社長自らが記者会見で陳謝したばかりだが、10月7日の社長の会見では「表面上は単純なミスだが、たまたま起きたのではなく、組織の深部に問題があったと考えている」と話し、今後は大規模な工事現場には本社幹部を立ち会わせるなどの再発防止策も明らかにして、再び謝罪した。
 私は、非常に重く意味深な反省であると受け止めた。

■運転再開よりも原因究明を優先

 さて、現場の各駅では、朝から動いていると思っていた利用客でごった返し、騒然となったことはいうまでもない。さらに混乱に拍車をかけたのはバス代行が9時過ぎに中止となったことである。理由は、運転士と車の手配がつかないとバス会社から断られたからだが、万が一、工事が遅れることを想定して、事前にお願いしておけばこんなことにはならずに済んだことであり、何から何までお粗末という他はない。
 しかしながら、一番の問題は復旧に対するJRの判断ではなかったか。当日に幹部は会見でこう述べている。「原因を突き止めた上で復旧させようという思いが強すぎたかもしれない」。つまり、運転再開より、原因究明を最優先させたのだ。その結果として、故障していない別のポイントや踏切など、全部の総点検を余儀なくされ、大幅な時間を要することになったのだ。
 JR東日本の「行動指針」で謳ってある「お客様第一」を考えるならば、運転再開を念頭に置くことは分かり切ったことだ。幹部たるもの、そうした気持ちがなかったとは思わないが、いつも直接お客様と接している私達現場第一線の社員とは決定的なズレを感じないわけにはいかない。一度でもいいから、超満員の電車に乗ってみたり、騒然とした現場の中に立ってみたらいかがだろうか。これでは「乗客無視」といわれても仕方がない。
 ならば、どのような対応をすべきだったかである。繰り返しになるが、「お客様第一」に運転再開を最優先させるということに尽きる。原因究明は終電後に行えばいいのである。異常事態なのだから、何もダイヤ通りの正確な運行にこだわる必要はなかったのではないか。誤解されては困るが、どうせしょっ中遅れている中央線である。初めから、特急の待ち合わせや車庫入れなどのポイントで振り分けることは全て中止にして、1本の線路でどんどん動かしていけばよかったのだ。
 結局は、ポイントを鎖錠(固定)して運転再開に漕ぎつけたわけだが、鎖錠する作業など1時間もかからないのだ。そうした判断があまりにも遅すぎたということである。
 それにしても、またしても、安全を担うJRの信頼を大きく失墜させ、安全神話にひびが入ってしまった。今後は、このようなことが二度と起きないように、管理体制をビシッと整えるしかない。毎度のことだけどね。また、技術陣の「真のプロ」としての奮起を促したいものだが、今や技術の継承はおろか、関連会社や下請けへの外注化が当たり前になり、責任の所在までが細分化され、うちさえよければという全体の一体感が希薄になったことも一因なのではないだろうか。
 いずれにしても、お客様あってのJRである。足止めされた大勢の人の中には、重要な会議だった人、結婚式だった人、行楽の人、お年寄りとさまざまだが、秋晴れの休日を台無しにしてしまったことは、私もJR社員の1人として、今ここで改めてお詫びを申し上げたい。

■その後もトラブル続出…

 ここから先はJR中央線のその後である。この事故から3日後の10月1日午前10時頃、またしても武蔵小金井駅構内で、新設された別のポイント2ヶ所が故障して、電車は20分近く立ち往生した。最大39分遅れで14本が運休、4万人に影響したという。これは、配線には問題なく、ポイントの切り替え部分のネジの調整不足が原因だった。
 さらに、10月3日午前7時半頃、またまた同駅構内で、架線を吊っている「ちょう架線」を覆うカバーから煙が上がり、線路に焼け落ちるという事故が発生した。これも新設された部分だが、電流は流れていなかったという。原因は調査中で、8本運休、8000人に影響。
 まだある。この工事による影響で、同駅隣の東小金井駅付近の踏切では、踏切を渡る距離が長い所で2倍以上になった。そのため、もともと閉じている時間が長かったのが、10月1日などは午前8時から9時までの1時間は閉まり放しだったという。JRは各踏切に警備員を配置して監視に当たらせたことにより、普段は遮断機の下をくぐって横断する人が多いのだが(危険だから止めてほしい!!)、それが出来なくなってしまい、「会社に遅れる」と警備員に殴りかかるトラブルも起きている。
 また、東小金井駅では踏切が当てにならないため、周辺住民は自転車を担いで駅構内を行き来するという問題まで起きている。
 それに、まだあるから困る。10日には、80代の老夫婦が踏切を渡り切れずに、電車が緊急停止する一幕もあった。たった今(11日)は、三鷹駅と高尾駅で人身事故が相次いで発生し、また止まっている。
 このように、中央線は挙げれば切りがないくらい事故が多いのだ。まったくもって、てんやわんや。呪われているのか? そんなことはないだろうが、今回の大失態を職場の同僚達は「工事が終わっても、まず、まともには動かないだろうと思っていたよ。必ず何かが起きるだろうとね」と口々に言っていた。私を含めてだが、これほど大変な事態になるとは思わなかったにせよ、とにかく小さな事故やトラブルが後を絶たないからなのだ。裏を返せば、社員はみんな、自分のJR会社を信用していないということだろうか。
 最近では、JRバス関東の飲酒運転、東労組役員らの逮捕や組合事務所の家宅捜索等々、JR全体のモラルが低下していると見るべきではないのか。私達、社員全員の心のタガが緩んできて、締め直す時期に来たという警鐘かもしれない。合掌。(■了)

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謝罪広告大研究!

●月刊「記録」2002年7月号掲載記事

●取材・文/本誌編集部

■潔いのは明治屋産業

 ワールドカップ騒動の陰に隠れ、あまり話題にのぼらないが、全国紙の社会面は連日謝罪広告にあふれかえっている。多い日には、縦6.5センチの広告が2段にわたって掲載される。これだけ取材広告が並べば、比較してみたくもなるのも当たり前! そこで本誌編集部が、各社の謝罪広告を徹底的にチェックした。
  『広辞苑』によれば、「謝罪」とは「罪やあやまちをわびること」だという。「わびる」なら、当然「わびる」気持ちを見やすく表現すべきであろう。とはいえ謝罪の掲載は、ほとんどが目立たない小さな文字で行われる。雑誌の訂正記事など、巻末に小さな文字で掲載されるのが常だ。
 そんな「謝罪広告」の常識に、敢然と立ち向かったのが明治屋産業だった。横幅4ミリを超える本文の文字は、他社の2倍の大きさを誇る。冒頭に掲げた「お詫び」の文字など、新聞記事の見出しかと間違わんばかりの勢いである。
 潔い! 京王新宿店で販売した「松坂牛」に「該当しない商品」が含まれていたとのことだが、この謝罪広告を見た私など、すっかり彼らを許してしまった。(もちろん京王百貨店で松坂牛を買える金ないゆえだが……)
 感激を胸にさっそく明治屋産業に電話を掛け、文字の大きさについて質問したが、予想以上に担当者の反応は悪かった。
  「(広告の表示方法については)取り立てて、何がどうということもなかったのですが……」
 ぶっきらぼうである。当たり前かも。謝罪広告の経緯を聞き出そうとする人物は、確かに怪し過ぎる。どうも「総会屋」などに間違われたフシもある。まあ、無名雑誌の企業取材ではよくあること。不問にふそう。
 この担当者によれば、新聞広告を掲載して以来、「けっこうの数の電話」が掛かってきているという。担当者の疲れた声は、電話で怒られ続けた結果かもしれない。自業自得とはいえ、少し気の毒になった。
 目立つという意味では、「ファイナルファンタジーXl」に負けていない。横書きでたっぷりとホワイトスペースを取った謝罪広告は、ともすれば宣伝のようにも見える。横幅5ミリもあるゴシック体も、明朝体だらけの新聞で目立ちまくっている。食品メーカの謝罪広告とは、えらい違いだ。
 アクセスが集中したため、サービスがきちんと提供できなかったことへのお詫びらしい。だが、この広告で思い出したのは、行列のできるラーメン屋だった。待つ人のために置かれた長イスと「お待たせして、すみません」などと書かれた看板。そこには人気店の誇りがにじみでている。
 予想以上の人気なのがわかれば、ソフトを購入してみいたい人も現れるだろう。こんな謝罪広告なら、わが社の出してみたいものだ。
 謝罪広告のなかには、こちらが同情してしまうケースもある。そう、協和香料化学の商品を使った食品メーカーだ。健康への影響はないと報道されているが、消費者が不安を感じている以上、調査は必要になる。
 とはいえ「このたびの『協和香料化学(株)』の件について、過去にさかのぼり取り扱い商品の調査をいたしてまいりました」というキッコーマンの文章は泣かせる。「過去」といっても、協和香料化学の場合、30年以上にわたって違法行為を繰り返してきたのである。結局、見つかったのは1999年12月に製造が中止されていた商品だったようだが、かなり細かな確認作業が行われたに違いない。
 同じく協和香料化学の香料を使ったために謝罪広告を掲載したメーカーには、おもちゃでお馴染みのバンダイがあった。「ハムスターがいっぱい」「ウルトラマンでキャッチ」など、オマケで人気を集めているお菓子に、問題の香料が使われていたという。オマケが人気の商品で、菓子の方ににケチが付いたとは、お気の毒さま。これじゃあ、オマケだけを単独で売りたくなるだろう。

■事故に素早く反応したエバラ食品

 悪事を隠し続けて消費者の信頼を失えば、企業へのダメージは計り知れない。これこそ雪印食品の解散が残した教訓である。実際、数あるお詫び広告のなかには、こうした時代の流れを感じされるものも含まれていた。エバラ食品工業の謝罪広告である。
 業務用の『やきとりのたれ』に記載されている原材料名に、「増粘剤(キサンタンガム)」が漏れていたという。食品添加物も食品衛生法で認可されたものであるうえ、デザイン改版前にはラベルにしっかりと記載されていたという。表示義務を怠った責任を取って謝罪広告を出し、商品を回収しているそうだ。さっそく同社のお客様相談室に電話すると、「アレルギー表示をするためにラベルを改版したときに、チェックミスが起こしてしまいました」と、説明してくれた。
  「記載漏れ」が商品回収になるとは恐るべし。自慢ではないが、小誌の「記載漏れ」は日常茶飯事。天地がひっくり返っても、エバラ食品のラベル担当には転職できない。
 ちなみに、この謝罪広告に対しても、3日間で40数件の問い合わせや苦情が寄せられたという。私にはどんな苦情を言えばよいのか思いつかないが、いやはや謝罪広告を出すのも大変である。
 回収商品の通知やお詫びに加えて、事故への対策を語っている広告もあった。全農チキンフーズが偽装した「無薬飼料飼育若鶏」を販売してしまったコープ事業連合は、「商品の点検管理をよりいっそう強化し、再度防止に万全を期する所存」だと宣言。不認可の添加物を使用した肉まんを販売したダスキンは、「二度とこのような事のないよう『法の遵守』を改めて会社に徹底する」と書いている。しかし事件への対策に関しては、松阪牛と米沢牛の使用割合を偽った日東ベストがスゴイ。
  「再発防止策として品質監査組織を強化し、且つ透明性を高める為、社外の学識経験者・弁護士・有識者等で組織する企業倫理委員会を速急に発足させます」
 きわめて具体的かつ効果のありそうな社内改革ではないか。もちろん早速電話したが、相手の反応はやはり鈍かった。「雑誌の取材」と言った途端、電話を受けた女性に緊張がはしる。彼女が慌てて電話をつないだ先では、とにかく早く電話を切らせようとする中年男性が待っていた。
「今週中には人選して、今月いっぱいには(委員会を)立ち上げる予定です。はいはい」
 新聞広告を出して5日なら人選中でも問題はあるまい。本当に社内を改革できる委員会が立ち上がるかどうかは、これからが正念場となろう。

■公表しなかった事実を謝罪するダスキン

 最後に取り上げたいのがダスキンだ。肉まんに認可されていない食品添加物を使い、その悪事がバレないように「墓場まで持っていけ」と社内幹部の口止めをしたことは、大きく報じられた。
  「日本では使用を認められていない酸化防止剤が含まれており、その原材料段階のチェックミスが原因で起こったものです。
 弊社では、ただちに適正な油脂に変更しており、現在ではこのような商品は一切販売しておりません。
 しかし、一年半前に発生した問題について、今日まで公表しなかった事につきましては危機意識の不足の結果であると深刻に受け止め、深く反省しております」
 うん? である。
 まず新聞などで報道している事実とニュアンスが違う。中国の工場で問題の植物油を使っていたことが判明した後、ダスキンはこの工場を12日間操業停止し、中国にあった56万個もの在庫は廃棄した。しかし研究機関で「不検出」の結果が出た300万個の国内在庫は、2ヶ月弱もの間販売し続けていた、と報じられているのだ。
  「公表しなかった」事実だけを謝られてもな、という感じてしまう。同じ謝罪広告なら、ズバっと全面的に謝った方が消費者からの受けも良いだろう。
 2年ほどの前の取材で、社内の風通しをよくするためにカジュアルデー(スーツを着ない日)を推進した雪印乳業の社員は、導入当初、いくつかの部署で実施されたものの数年で数人しか実施しなくなった実態を語ってくれた。今考えれば「さもありなん」である。
 どんな小さな改革であれ、会社全体に広がなければ意味がない。意識改革なく問題の風土が残れば、企業は何度でも謝罪広告を掲載することになる。
 変われるかどうかに勝負がかかっている。雪印の例を挙げるまでもなく、2度目のスキャンダルは一気に消費者の信頼を失う。不景気なだけに、大会社が潰れて大勢の労働者が失業するような事態だけは避けてほしい。(■了)

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