首都高速道路500円通行の正義/和合秀典

首都高速道路500通行の正義 第17回/でたらめ審議会とでっち上げ答申

■月刊『記録』96年2月号掲載記事

■4人に1人が管理職

 前回にも申し上げたように、私の首都高速道路公団理事長就任の暁には井口人事課長はクビにします。何といっても彼は改革に役立たないからです。なぜならば彼はコバン鮫だから。良きにつけ悪しきにつけ改革にコバン鮫は不要です。その点リーダーシップをとっている岩手のナマハゲの方がまだ使える。根性は焼き直す必要がありますが、こういう手合いは一度理解するとすばらしい能力を発揮する場合があります。
 もちろん、理事長である私に少しでも逆らうと停職3ヶ月に処します。ボーナスカットはいわずもがなで、昇給もストップとします。3ヶ月後に出社しても態度が悪ければ、そのまま停職延長となる場合は十分あり得ます。どんな些細な失敗も許さず、即延長となります。例えば、顔つきが悪いと延長になります。常に笑顔を絶やしてはいけません。しかし、あまりニタニタして鼻毛が見えるようなことがあると、もうこれは懲罰もので、社会復帰は絶望的とみなされます。これは揶揄して言っているのではありません。お客様あっての仕事では当然のたしなみです。どうだね、ナマハゲ君。
 そもそも課長だの部長だの首都公団には実に管理職が多い。その実体が菊地氏の本から判明した。驚くなかれ、全職員1600人、うち420人が管理職である。4人に1人強が部長だの課長だの呼ばれているわけです。しかも、その半分が部下のいない管理職だというから驚く。その理由も面白い。退職時の役職で次の職場である天下り先の給料が決まるために退職近くなると、部下にいない全く実体のない管理職に昇格・昇給させるるのだそうだ。いわゆる温情人事である。
 公団上層部は部下の面倒を見ているつもりなのだろうが、我々の財布で面倒をみられてはたまらない。利用者不在の全くヒトをバカにした話である。その上天下り先の給与とやらも、税金、つまり我々のカネじゃあないですか。あまりのレベルの低さに気のきいたコメントも思いつかない。何をかいわんやである。

■永久有料とは何事ぞ

 かくして延々と公団の問題点を書き並べ、少しは反省したのかと思いきや、昨年12月に入ってからマスコミからの取材や問い合わせが頻繁にあった。聞けば、「有料道路の値上げなどを審議する道路審議会有料道路都会で答申を出した」という。どんなものかというと、現在の30年間償還となっている有料道路を永久有料にすることが望ましい、ということらしい。あまりにもバカらしいこの答申に対して、マスコミ諸氏がわが輩のコメントを求めてくるのです。好き勝手にいろいろ言わせてもらいました。
「これは、『30年後無料』の手形を1回も落とすことなく不渡りにしたのと同じである」。
「皆さんもよく考えてほしい。全く同じことが民間で起きたら訴訟ものである。子どもの世界であれば殴り合いの喧嘩になる。これほど分かりやすい約束違反である」。
「世の中では価格破壊が進み、未曾有の不景気の真っ直中にある。時代錯誤もはなはだしい。新時代の息吹を感じないのか。選び抜かれた知識人の集まりだろうと思うが、道路の原点に戻って無料をめざすならばまだしも、永久有料とは何事ぞ、無責任も甚だしい。審議会メンバーはすでにボケているのではないのか」。
「なぜ、私をメンバーに加えないのか。審議会は国民側の代表意見を政府に具申しなければならない使命を持ち合わせているはずである。和合秀典は非才なれど、この問題に関しては発言者として有益であると自負している。さすればこのような最悪の答申は避けられたはずである」。
 中心メンバーを聞いてまたまたビックリ。
 まずは部会長の中村貢日本大学教授。何歳ぐらいの御仁か知らないが、部会長で教授というからには、そこそこお年を召した方だろうと推察します。官僚御用達の典型的な御用学者なのでしょう。教授かどうかは知らないけれど、部会長としてこんな答申を出すなんて、すでにボケ老人か?すぐそこまで押し寄せている新しい時代の風を感じないのか?ボケ教授の講義を聞いている学生諸君は哀れであり、実に残念なことに、日本の将来は絶望的です。私の息子は絶対に日大には入れない。
 水元洋委員は帝都高速度交通営団総裁。要するに完璧な天下り官僚じゃないですか。税金で生計を立てている輩が何を言うか。答申など片腹痛い、恥を知れ。
 宮繁護委員の肩書きは「財団法人 道路施設協会理事長」。何だこれは。建設省の天下り人事の極点にいる人物ではないか。利用者側からものをいう資格は全くありません。
 横島庄治委員は日本放送協会解説主幹だそうです。要はNHKの大物。環境・都市・交通・地方自治問題で知られた人物とのことですが、「皆様のNHK」などと言いながら、返すと約束した期限を無視して、永久にカネを取れなどと言っています。ジャーナリストといいながら、一皮むくと官僚なのです。

■「道路は無料」が原則

 まあ、簡単にまとめると、この答申は御用学者を頂点に仰ぎ、官僚出身の委員とほとんど官僚の民間人当たりがでっち上げた、我々利用者の声など全く無視した何の意味も持たない代物なのです。完璧なエセ審議会から生まれたエセ答申と言い換えてもいいでしょう。こんなものが白昼堂々とまかり通ってはかないません。官僚どもは例のごとく、「審議会の答申を尊重し重要なものとして謙虚に受けとめ、選択肢の1つとして考えていきたい」とか何とかいって立法化の方向に向けていくのでしょうが、そうはさせない。必ず阻止してみせる。
 それにしても、これは法律違反とならないのか?
「道路は管轄地域が維持、管理をする」という道路法の原則があり、30年償還のタガをはめられた時限立法の特別措置法があり、その上またもや永久有料とする立法をめざすという。日本の国に、道路料金の形態が全く異種の3つの取り決めが存在できるわけがない。何かがおかしいのです。
 目的からはずれたところで、いろいろといじくり回しているうちに、何かがおかしくなってしまったのでしょう。一生懸命に走っているうちに方向音痴になってしまったようなものです。
 その上、とんでもない方向へ走っていることを正当化するために、次から次へとヘンテコな理屈をくっつけるものだから、今では何が何だかわからなくなってきています。「利用者の利便」などは、とっくの昔にどうでもよくなっていることは言うまでもありません。部外者の私からは、あさっての方向へと一生懸命に走っているのがよく見えます。だからこそ原点に戻って正しい方向へ向きをかえなければならない。「道路は無料」が原則なのです。
 これだけ分かりやすい約束違反に対して、審議会内に正しい意見が出てこないのはなぜなのだろう?審議会は利用者側の声を代表した正しい意見を具申すればいいし、答申に対して実施責任を負うものではないのだから、正しい、いや百歩譲っても「有力な意見」である無料化の答申を出すことがなぜできないのか?
 これは謎です。日本国における最大の謎でしょう。考えてみると日本には同種の謎がたくさんあり、どう考えてもおかしいと思われる意見が新聞紙上を飾るのです。小学生でもわかることが国の問題となると意味不明になってくるから驚きます。
 たとえば、「仮想敵国」であったはずのソ連が崩壊しても自衛隊の予算が膨れ上がり、それに対して社会党出身の首相でさえ異議を唱えません。税収が減少すれば、まず支出を抑えることが必要に決まっています。子どもでもわかる理屈でしょう。自衛隊や首都公団のような存在をまず何とかしてスリムになるべきです。ところが、支出削減などおくびにも出さず、単に「消費税を10%にする」と小沢一郎の殿はのたまう。すると驚くことに、「言いづらいことをよく言ってくれた」などとコメントする馬鹿がいるわけです。ここに政治の不在があり、改革のできない謎があります。そして、500円通行をフィルターに世の中を眺めるたびに、この謎は深まっていくのです。(■つづく)

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首都高速道路500円通行の正義 第17回/「いい年をして退職金を捨てるつもりか!」

■月刊『記録』96年1月号掲載記事

■投稿が道路公団の逆鱗に

 裁判所というと何か厳めしく近寄りがたい感じがします。裁判は日本社会においてはまだ特殊な出来事で、訴える方も訴えられる方も特別な目で見られがちです。しかし時代の変わり目には予想外の出来事が起きます。確かに、ごく普通の平和な時代であれば、こんな痛快無比な出来事は絶対に起こりません。
 厳めしく、近寄りがたい裁判が菊地哲夫殿の手にかかると、実にマンガチックになり、面白おかしく進んでいくのです。皮肉なことに首都高きっての切れ者といわれる生田目氏の登場がいっそう舞台を面白くします。目立ちたがりのわが菊地殿は、弁護士先生のお世話になることもなく自分で準備書面を書きイソイソと裁判所へ足を運びます。
 これがまた面白い。彼は専門的な法律の知識はありません。法律は常識なり、たったこれだけの理論で、プロの弁護士集団と首都公団2000人の組織と互角にやりあっているのです。この痛快さ。そしてまたまた面白い。彼にとっては素晴らしいライフワークであり、対する首都公団は青色吐息なのです。
 そもそも物語は1988年2月、菊地氏が神奈川新聞に投書したことに始まります。彼は、この交通渋滞解消には首都高に車を入れない目的で外環状線の建設が絶対に不可欠であると説きました。しごくもっともな話です。
「近年都会地の用地確保が至難で用地回収ができれば道路が9割方完成とさえいわれている」と説明し、用地回収の難しさを説き、代替地提供の絶対的な不可能さを説く。これまた当たり前なことです。「前向きで善処します」と役人特有の問題先送りの姿勢を堅く戒めてもいる。そしてそれらの解決策に河川敷の利用を説いているわけです。固有地を生かすことにより用地回収の必要はなくなる上、現在の建設技術は河川敷道路建設には何の障害もないと説き、例として10キロメートルの海をまたいだ瀬戸大橋建設の説明を続けるあたり、全く至極もっともな話なのです。
 そして、建設計画の東京横断道路の受皿である川崎縦貫道に多摩川を利用すべし、とまことに具体的理論をも展開しています。最後は、「高速道路を河川敷に建設しようという意見は何も私だけが主張しているのではない。すでにいろいろな人がいろいろなメディアで発言している」として具体的な実行が急務であると結んでいます。一片の疑問の余地もなく、ごくごく当然の当たり前の諸意見ではないですか。彼の処女作である『はみ出し首都高マンの当番日記』(オーエス出版社刊)にも書かれている内容です。
 しかし驚くことなかれ、このいやになるくらい当たり前の意見が公団の逆鱗に触れた。「生意気な野郎だッ」というわけです。バカげた話ではないですか。公団は完璧に勘違いをしている。1日110万台に上る我々利用者の通行料金で生計を立てている身を忘れている。前から感じていたことですが、何か権力者のような振る舞いするところがあり、国民(利用者)を見下しているところがある。一片の奥ゆかしさもない。へりくだるところが全然ない。
 首都高公団の諸君ッ!長いつきあいゆえ真心をこめて親心でいうのだが、本当に気をつけた方がよい。君達に権力などありはしない。全くの錯覚である。君達は原点に戻らなければいけない。

■逮捕・連行された

 しかしながらです。何だかんだと裁判はおもしろおかしく幕を開けます。以下、裁判所に提出された正式書面より抜粋しながらことの推移を追っていくことにします。泣く子も黙る裁判所へ提出された正式な書面ですぞ。
 神奈川新聞に投書をした2ヶ月半後の1988年11月17日10時ごろのことです。仕事中の菊地氏に対して上司の後閑所長いわく、「午後、西田神奈川管理部長が用事があって、ここに来るから必ず居るように。これは業務命令だッ!」
菊地「用事は何なの」
後閑「何だか知らない‥‥」
てな具合の珍問答で物語が始まったのです。
 この会話から公団の日常の様子をかい間見ることができます。ところで後閑氏しかり岩手のナマハゲ・・・いや生田目氏しかり公団は珍しい名前の持ち主が多い、それにもまして面白いのは皆さんの役職の好きなこと! 所長・部長・課長・係長は当たり前のこと、西田神奈川管理部長などといちいち役職名で呼んで舌を噛まないかと感心します。もっとも菊地氏自身が「神奈川管理部第二班長」というすさまじい肩書をもっているのですが。
 菊地氏は、「業務命令なんていって用事がわからないはないだろう。じゃあ 俺が聞いてくる」と連絡を取ったものの、西田神奈川管理部長は不在、楠田次長も全く聞いていないという。そこで菊地氏が出かけようとすると後閑所長と坂本副所長が、「業務命令、業務命令」を連発しながら血相をかえて彼の両手をつかんだ。菊地氏はしかたなく2人に両方を抱えられ、車で神奈川管理部部長室へ連れられていく。
 途端に異様な光景が展開される。児玉課長・松原課長・長尾課長らがにげられないように玄関を固めたのだ。ジャリの喧嘩じゃあるまいし、馬鹿者どもが何をやっているのかと思いませんか。読者諸君、信じられないことではあるけれど、課長だ部長だののバカバカしいこの書面は裁判所に提出された正式な書面ですぞ。厳めしく取っ付きにくい裁判所も愛すべきところがあるのです。
 公団の日々のレベルがいかに低いかおわかりいただけるかと思います。このバカな奴らが国作りに必要な根幹的な道路行政の一翼を担っていると思うと腸捻転になってしまうほど腹が立つ。

■退職金を人質に

 菊地氏は刑事事件の逮捕連行にも似た格好で首都高速道路公団本所9階、特別会議室に連れてこられました。テーブルの上には録音テープ、マイクが用意され異様な雰囲気です。生田目人事部長(出ましたナマハゲ!大統領!)、井口人事課長他2人が着席、厳かにナマハゲ氏がいいます。「あなたの懲戒処分が決定したので処分書を交付します」。開けてビックリ玉手箱、「停職3ヶ月、この期間中の給与(年末特別手当を含む)は支給しない」。世の中にこんなことがあってよいものだろうか。しかし、あるはずのない、あってはならない出来事が目前で始まったのです。つまり公団は世の中ではなかったことになります。
 生田目人事部長は厳かに、「2・3付け加えるが、懲罰委員会ではもっと激しい処分すべきの意見が大半だったが、君や家族のことを考えこの程度にした。これからはおとなしくするだろうな。この処分でガタガタしたら26年勤続1700万円の退職金がなくなる。懲戒解雇になるよ。政治家やマスコミにこの件を話したら処分をもっと重くする・・・・」。私が面白おかしく作文しているのではない。正真正銘、裁判所に提出された正式書類です。まるでヤクザの物言いではないですか。
菊地氏「この処分に意義申し立てをしたい」
生田目氏「そんな必要ないよ」
菊地氏「こっちが必要です。裁判でさえ一審二審三審とあるでしょう」
生田目氏「何度も繰り返すが、いい年をして退職金を捨てるつもりか‥‥」
菊地氏の準備書面はこう続いています。
「およそこんな言葉のやりとり後、その場を引き下がったが決してこの処分を納得して引き下がったのではありません。退職金をたてに取り個人の生活権までも人質に取るやり方は類を見ない卑怯の典型である。子どもを人質に取り身代金を要求しているのとかわりがない。自分達が何をやり、何をやろうとしているのかさえ自覚がない。首都道路公団などと思い上がりもはなはだしい。チャンチャラおかしくて臍でお湯も沸かない」。
準備書面は続きます。
生田目氏「お前は裁判をちらつかせた!何で裁判なんかやるんだ」
菊地氏「不服審査請求もできない公団では裁判しかないでしょう。裁判することが反省の足りない理由ですか」
井口氏「そらあそうだよ(何と下品な課長さんだろう)」
生田目氏「受けて立つよ!お前はトンマだな。公団と裁判して勝てると思っているのか!」
 ナマハゲもよくいう。私が公団の理事長になった暁にはナマハゲ君は側近として地獄の特訓をし叩き直すことにする。今までの罪の償いをしてもらう。井口君は面倒臭いのでクビにする、面倒は見られない。私も忙しいし、疲れる。(■つづく)

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首都高速道路500円通行の正義 第16回/公団職員・菊池哲夫物語

■月刊『記録』95年12月号掲載記事

■公認ブラ勤デーが出勤扱い

 世の中には奇人変人がたくさんいます。私なども最たるものですが、実は700円の首都高を500円で通行している程度です。上には上がいるものです。とても彼にはかないません。その名を菊池哲夫さんといいます。私が首都高で大騒ぎしいた頃、彼は隠れフリーウエイクラブ会員でした。立場上会員であると公表できなかったのです。それもそのはず、驚くなかれ彼の職場は首都高速道路公団だったのです。勤続27年、神奈川管理部第二班長というれっきとした公団職員なのです。これを変人といわずに何と呼ぶ。しかも、ただの変人ではありません。一味も二味も違う爽やか変人です。今回は痛快無比、公団職員菊池哲夫物語です。
 現代はとかく生活防衛のために自分自身を偽って日々を過ごすのもやむなしとする風潮ですが、彼は公団職員でありながら私と会い、堂々と意見をいいます。「和合先生、実に素晴らしい。断固としてご自分の信念を貫き通すことは誰でも出来ることではありません。私は和合先生が正しいと思います。少しでも先生にあやかって、筋を通していこうと思っています」と、そろそろ人生の年期が入った菊池さんが正義感に燃えて青年のよう。ちなみに彼はなぜか私を先生と呼び、あんまり先生を連発するものだから、他に先生がいるのかしらんとその辺を見渡したものです。
 菊池さんは「公団の公認ブラ勤デー」という仰天話を始めました。当初は「和合さんはこんなことに興味があるかな」というふうな顔つきで、「公団職員によるソフトボール大会です。東京杉並の日本興業銀行のグラウンドを借り切って平日2日間にわたって開催されます」などと、「興味があるのかな?」などと探るような仕草で話し続けます。その頃の私は、公団のどんな些細なことでも見逃すまいと必死でしたから、とにかく耳をそば立て目を輝かせてうなずいていたので、彼もよしとばかり勢い込んで続けます。
 それは全職員1500人の3分の1にあたる500人が職場別に15チームに分かれて熱戦を繰り広げ、過去10年間も続いています。しかも出勤扱い、つまり給料が支払われるのです。全くふざけた話ではないですか。菊池さんのデータによると、年間ブラ勤デーはソフトボール大会、バスケットボール大会など合計4日間で、延べ2000人が参加、人件費は何と1億円。1億円ですぞ!ちなみに私の通行料金不足はたった200円ですぞ!考えてもみて下さい、この支出は全て我々の通行料から支払われるのです。
 関係者に配布する資料がまたすばらしい。「ソフトボール大会の実施について」などと仰々しい表題で始まり、「福利厚生の一環として、標記大会の別紙要領により実施されたい。支部大会については開催日時、場所及び参加チーム数などを事前に人事部長宛報告されるように依頼します。以上 人事部長印」などと、バシッと人事部長印があざやかに押されています。ページがまたがって境目には割印がバシッと押されています。よほどの重要書類なのでしょう。一枚一枚通し番号まで打ってあります。
 ルールについても厳粛に定められています。以下最も厳粛に設定されていると思われるいくつかのルールをご披露致します。
◎各チームは試合の都度、試合開始10分前までに登録選手名簿を本部に二部提出するとともに試合開始予定時間にはゲームが出来る状態で集合する(小学校の野球大会か?)
◎男子登録選手は全員必ず一試合一度、女子登録選手のうち一名は常時選手として試合に出場しなければならない。なお、女子選手の交代は女子選手同士で行なう(公団はよほど女性不足らしい)
◎組み合わせはトーナメント方式とし、試合は一ゲーム七イニングまで行う。ただし、勝敗の決まらない場合は代表選手九名のジャンケンで勝敗を決定する(もしや値上げを100円にするか200円にするかもジャンケンで決めているのか)
 そしてお待ちかね。あまりのバカらしさに泡を吹いて卒倒する内容が素晴しく厳正かつ公正な言葉で締めくくられているこのルールをばご覧あれ。「大会当日は業務上特に必要のある職員を除き、全員参加する事。参加者については通常勤務したものとして取り扱う」・・・・どうだまいったか。全く素晴らしい。

■営利誘拐犯と同手口

 そして、ある日の衝撃的な電話で菊池哲夫物語はクライマックスを迎えます。「そんなバカな話があるか!」と声を振るわせて菊池さんが怒っていて、なかなか興奮が収まりせん。話を聞いて吃驚仰天、公団から懲戒処分になったというのです。停職3ヶ月、この期間中の給与(年末特別手当を含む)は支給しないとの内容でした。公団の生田目人事部長は、「懲戒委員会では もっと厳しい処分にすべきの意見が大半だったが、君の家族のことを考えこの程度にした。これからおとなしくするだろうな、この処分でガタガタしたら、26年間勤続1700万円の退職金がなくなる。懲戒解雇になるよ」と言い放ったのだそうです。
 真っ正直すぎる彼に仕事上で大ミスがあったとは考えにくい。表向きの原因は神奈川新聞への投書でした。88年9月3日付読者欄オピニオンに掲載された「河川敷利用で高速道路の建設を」という至極立派でもっともな渋滞解決策です。ところが公団は職員はこういうことをやっては困る、だから給料を止めるというのです。なお生田目部長は、「政治家やマスコミにこの件を話したら処分をもっと重くするぞ!」ともつけ加えたそうです
 一体天下の公団組織の内部はどうなっているのだろうか。原因はどうあれ、これはひどい。たぶん値上げで窮地に追い込まれた公団がとりあえず内部反乱の芽は摘み取っておこうと考えたのでしょうが、生活権を盾にとって抑え込む手法はまことに卑劣、子どもを誘拐して身代金を請求しているのに等しい。菊池氏が「異議申し立てをしたい。再審請求をしたい」というと、「そんなものはない」(生田目)「その録音テープを下さい。(公団はその席上テープをとっている)」(菊池)「そんな必要ないよ。何度も繰り返すが、いい年をして退職金を捨てるつもりか・・・・」(生田目)。
 繰り返しいう。このやり口は営利誘拐と同じで、相手を抑え込む方法としてはこれ以上下劣な方法はない。堂々と議論を交わし、その上で決まったことには従うというのが民主主義ではないか。

■道路公団は最低のゴミ集団

 この話を聞くまでの私は、さまざまな批判をしてはいるが、行政を基本的には信じていました。確かに程度は低いけれど、それなりに一生懸命にやっているとの思いもありました。しかし甘かった。フリーウエイクラブ関西の時と同じように公団は最低のゴミ集団でした。これが我々の税金で生活しているのです。
 私は、「しまった。2人目の山口さんを出してしまった」と衝撃を受けました。しかし菊池氏はこれくらいではへこたれません。「和合さん、ここは引きます。丁度いい、3ヶ月の長期連休を楽しむことにします。この屈辱は絶対に忘れません。定年までほんのわずかしか残っていません。公団とのやりとりはそれからにします。その時は応援して下さい」。応援するもしないもそんなことは当たり。彼の心境を思い計るとまたまた重責を感じ、「公団め今にみていろ」とエネルギーがメラメラと燃えてきます。
 屈辱の3ヶ月の冬眠から覚めると公団は菊池さんの生活権を人質に最後の切り札を突きつけてきました。生田目人事部長は、「お前は和合と会っただろう。何しにあんな人間に会うのか、あれとは絶対に会わない、一切電話もしない、手紙も出してはならない。約束しなかったら停職を延期する」と脅してきたのです。何だろうこれは。日本は本当に民主主義の国だろうか。旧ソ連よりもっとひどい。彼はこの条件を飲みました。「今に見ていろ」との心を奥深く秘めて苦渋の決断をしたのです。
 それから7年、めでたく定年退職した菊池氏は今や快進劇の真っただ中。公団との裁判もほとんど勝訴に近く、値上げに合わせて本も出版し、テレビ出演も果たしました。当時のエネルギーはまだ燃え盛っています。彼は、「和合さん、首都高との裁判は素晴らしいライフワークです。もうこれはほとんど私の生き甲斐です。もうこれしかありません。あの事件がなければこれほどのものは手に入りませんでした」といいます。公団も大変だと思うが、ひとつ頑張ってください。(■つづく)

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首都高速道路500円通行の正義 第15回/もう愚痴はいうまい

■月刊『記録』95年10月号掲載記事

■激情家・内藤国夫

 地下の小さな小料理屋のカウンター。人肌の日本酒が心地よく喉を通り過ぎます。カボチャの煮っころがしとサトイモをつっつきながら残念会が始まりました。サシツササレツ、とにかくハゲ鼠のオッサンはくやしがった。「なぜだ、なぜボツになってしまったんだ。文藝春秋も全くアホなことをしたもんだ。これだけ大きなテーマに取り組んできたのに。このテーマが理解できないなんて、何が文藝春秋だッ」と怒る、怒る。ついに、感極まって涙腺が開いてしまった。大変な激情家の内藤さんです。
 そして、「本当に和合さんには申し訳ない。これを持っていてくれ」と、返送されたボツ原稿入りの封筒をポンと投げてよこしました。今でき得る、最大の好意のつもりだったのでしょう。
「しかし、なぜボツになったのだろう?会心の作だと思っていたのに、本当のところどう思う?」と、今だ腑に落ちない様子の内藤さんをどう慰めてよいやら。私は、「内藤さんの原稿が本当に掲載されるのかという一抹の不安がありました。500円しか払っていない和合がスーパーマンとして書かれているからです。和合・和合の連発で主人公が公団ではなく和合になってしまっているからです。2000人の大組織に立ち向かう三文芝居のスーパースターというわけです」と答えました。
 私の言葉で内藤さんは我に返ったようで、「やはり和合さんのいう通り、あまりにものめり込んだのが原因か。500円通行の経験があまりにも強烈だったということか。わかった、もう愚痴はいうまい。こうなったら、あらゆるチャンスにこのことを書き続ける。文芸春秋がその時になって、シマッタ、といっても遅い」と元気になりました。シメシメ。文芸春秋一発で終わるよりその方がよっぽどいい。彼ほどの人が、全てのチャンスに書いてくれたら、世の中に問うボリュームがどれほど大きくなるか。
 彼は約束を実行しました。あらゆるメディアに書きまくったのです。「今度はここに書くから」とその都度必ず連絡がありました。代表的な自動車雑誌『ベストカー』では8回の連載を完遂しましたが、そこで彼は500円通行体験をこう書いています。
       *          *
 だらしがない、と自分をふがいなく思い、旧料金通行への果敢なる挑戦者、和合秀典氏をつくづく凄いと再認識した。普通の神経なら100回も200回ものトラブルを重ねながら挑戦し続けられないだろう。自分のやっている事は正しい、社会改革に役に立つとの強烈な使命感に支えられない限り持続するのは不可能だと和合スピリットに惚れ直した。
 和合氏から旧料金通行のノウハウを伝授され(やってみないか)と誘われた際には(面白いな、やってみる)と気軽に応じた。だが首都高団幹部に(やっても無駄、不足料金は割増金も含め三倍分を請求する。払うまでトコトン追求するので結局は損)[裏の声=オバーカサン、損得でやるのではありませーんよ、これはロマンです、さあーいらっしゃい、100円のロマンです、これほど安いロマンはありません。ロマンの価格破壊です]と警告されすっかりやる気をなくした。約束は、しかし実行しなければならない。
 体験記を記事に書く必要がある。どんなトラブルに見舞われるか。それを体験する事に意味があるのではないか。怖じける自分を叱りつけて用賀料金所に向かった。
 恥ずかしながら胸はドキドキ。血はドックンドックン。Uターンして引き返すほうが無難では、と軽率な自分を後悔した。だが料金所通過は拍子抜けするほどたやすかった。ものの10秒とかからなかった。期待した(同時に恐れていたのだが)トラブルは何一つ起こらなかった。徴収員は五百円玉を受け取り(当たり前だが)領収書は切らず、早く車を発進させろと言わんばかりの態度を示した。この間わずか10秒たらずである。後続車の抗議と催促のクラクションがしきりと鳴る。あわてて急発進、急加速をさせて首都高の車群の流れに乗り入れた。
 首都公団はこれでもう私の旧料金通行を規制出来ない。不足料金の催促さえ出来ないのだ。徴収員は車のナンバーをメモしなかった。    

      *     *     *

 100円の料金不足は犯罪か、秩序を乱す不穏の輩か、世の中の実験か、ロマンなのか。その人その人の人生観によって考え方は違うだろうと思います。有名人の内藤さんは社会改革の強烈な蟻の一穴と考え、自分自身の料金不足体験を披露し、確信犯として、チャンスある限りペンで世に問うたのです。内藤さんの、執念に近いすさまじいエネルギーはとどまるはありません。あまりにも強烈な旧料金体験とボツ原稿から発した屈辱とプライドは、少々のことで燃焼するほど薄っぺらいものではなく、ついに1冊の単行本を生み出すに至ってしまうのです。
■クレームをつける大切さ

 ダイナミックセラーズという出版社の高田さんという実に爽やかな若者が、ほんのチョッピリ有名人となった私に本を書けというのです。そのリクエストにビックリ仰天しました。文章を書くなど、遠い昔の学生時代の作文しか経験がない当時の私としてはとても無理な話です。しかし、私には内藤さんと云う伝家の宝刀があるではないか。一計を案じ高田さんに提案しました。「どうだろう。私は本を書くなどとてもできないが、内藤国夫さんならよく知っている。私とは奇妙な仲間同士なのです。彼の持っている高速道路行政の知識は本格的なものです。お互いプロ同士、ギャラなどの難しい問題もあるでしょうが、紹介させて下さい」。
 すると高田さんは、「本当ですか、内藤先生を紹介して戴けるのですか。願ってもないことです。ゼヒお願いします」と大喜び。お見合いは見事に成功し、ブスブスと半煮え状態の内藤エネルギーは思いのたけを放出できる舞台を手に入れたのです。誰にも干渉されず、書きたいことを書けばいいのです。
「怒れドライバー」とのサブ付きで『高速道路は金のなる木か!?』という名の付いたその本が店頭に並んだのは、89年2月10日です。思いのたけを吐き出した内藤さんの独壇場であるのは当然!

「500円で通過したいのですが?」 「えッ?500円では通れないですよ、ここは」。4回に渡り同じ言葉が繰り返された。これだけのやり取りで後続車の列ができた。やむを得ず、用意した名刺を渡しながら最後通告を発した。「とにかく通りますから」。
 不運な巡り合わせで私に対応するおじさんは、驚いたことに名刺を受け取ろうとせずに、身を引き加減にしてつぶやきを繰り返した。「私が困るから、困るから」。意外な消極姿勢に呆気にとられる思いで、さらに念を押した。「いいですね、通りますよ」。徴収員は「ええ」とはっきりいった。名刺は受け取らずに500円玉だけをサッと受け取り、早く行ってくれといわんばかりの態度を示した。半身に逃げる姿勢を取り、トラブル車との関わり合いを避けているのだ。私はホッとする思いで名刺をポケットにしまい込んだ。無理に渡すこともなかろうと咄嗟に判断したのである。
 和合氏の提唱に従って名刺には捺印しこう書かれてあった。「料金不足通行を体験すべくあえて500円で通る者です。逃げ隠れは致しません。首都高速道路公団様」本来は公団本社の関係部局に回されるはずの名刺が、今も記念品として机の中に保存されている。     
 彼のほとばしるエネルギーは最終ページをこう締め括る。

 クレームをつける大切さ、意味・効果が世間大衆に知れ渡る状況になかなかならない。しかし、和合氏は意気軒高である。値上げ分不払い運動はすでに1年を越え、首都公団側は抵抗のポーズを示さなくなった。クレーム提起を事実上認めているのである。
 クレームのつけかたは人によってさまざまな形態があって当然である。なかでも和合氏流の少々荒っぽい抗議行動が意外と大きな効果を上げるかもしれない。建設省などの重い腰を上げさせるにはユーザーである私達が手荒な行動に決起するしかないとさえ思われる。騒動師、扇動師役の必要性を考え、その手助けになるのであればと願う次第である。
 これはもう完全な確信犯。500円通行をこれだけ高い評価をしてくれた内藤さんにはつくづく感謝しています。この運動は大変な数のマスコミが取り上げてくれました。土井たか子さんではないけれど、「山が動いた」一時期もあった。しかし、世論は動かない。問題の解決は手の届くところに見えているのだけれど、蜃気楼のように距離が縮まらないのです。(■つづく)

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首都高速道路500円通行の正義 第14回/内藤国夫さんのボツ原稿

■月刊『記録』95年9月号掲載記事

■和合さん、凄いッ、実に凄い

 取材を申し込んできた彼に私は「500円通行をしてきて下さい」と条件を出しました。やるのとやらないのとでは考え方が全く違ってくる。全く新しい方向で見られ、新しい世界が広がってきますから、と。
 待ち合わせ場所の池袋のとあるラウンジで待っていた私を見つけるなり、彼は自己紹介もソコソコにまるでこらえていた堰が爆発するように口角泡を飛ばして話し始めました。相手の顔すら知らない初対面同士が当然といった風に、やあ和合さんとくる。
「和合さん、凄いッ、実に凄い。やってきましたよ。500円通行ですよ。こんなに簡単にできるとは思わなかった、もちろん何も起こりませんでした。本当にどうなるかと思いました、今でも胸がドキドキしています。イヤー色々見えてきました。道路行政の節穴というか、裏側というか、そんな感じです・・・・」。
 やせぎすの年期の入った小柄なオッサンです。おデコが広くほぼハゲ上ってはいますが、ごく細い毛がハラハラとあり、不毛地帯の最後の生命体という感じ。これが、ジャーナリスト・内藤国雄さんとの出会いでした。
 私は、「そうでしょう、別にどうということはありません。NHKの不払いと同じで不法でも何でもないのです。それにしても、私の取材で500円通行をやって来た人は貴方が初めてです。有り難うございます。共通の経験から始まる今日の話しは楽しいものとなるはずです。宜しくお願いします」と挨拶しました。
 すると内藤さんは、「私の方こそよろしくお願いしますよ。本当にいい経験をさせていただきました。このハラハラドキドキを和合さんは100回もおやりになっているなんて信じられない。たいしたものです」。いやいや内藤さんこそたいしたものです。聞くところによるとなかなか高名な方だそうです。
 彼は文芸春秋の依頼で首都高問題の取材に来たのです。そしてのっけから500円通行を強いられてしまったのです。共通の経験を持つ2人は夜の更けるのも忘れておしゃべりを楽しみました。
 しかし、原稿はものの見事にボツ原稿となったのです。このボツ原稿物語が今回のお話です。
 内藤氏にとってこの体験がいかに強烈であったか、たった100円が醸し出す体験が彼の人生観が変わえてしまったのです。世の中に発表されるなかったボツ原稿には内藤氏のドキドキハラハラの500円通行はこう書かれている。本邦初公開です。暫くは迫力のあるプロの文章をお楽しみ下さい。なお誌面に限りがあるため、誠に僭越ながら私自身が要約した部分があります。

 その首都高で値上げ以前の旧料金500円で難なく料金所を通過するグループが話題と関心を集めている。正規料金を払わなければ通れないと信じこまれていたのに意外と簡単にパスできるらしい。「500円で実際に走り、どういうトラブルが生ずるのか体験して欲しい、その上で首都高の問題点摘出を」と本誌編集部から注文が寄せられ気軽に喜んで引き受けた。あり得ないことがなぜまかり通るのか、以前から注目していたし、首都高に不満をもっている点では人後に落ちないからである。
 盲点を衝き500円通行へと突出挑戦中の和合秀典氏に会うために横浜の自宅からマイカーで池袋へ向かった。首都高用賀料金所で料金不足通過を初体験しようというのである。だが、正直に告白すると、「気軽に喜んで」の気持ちが消えうせ、重苦しいものに変わっていた。たかが100円のトラブルどうということはないはず、それなのに恥ずかしながら胸がドキドキ音を立てる始末、緊張する自分が情けなかった。それ以前首都高団への取材で、浅井理事長や副理事長から、「500円通行はルール違反、馬鹿げた事は絶対にしないで欲しい」とくどいぐらいにお願いされた。

 内藤さんは公団理事長クラスとの面談を終えていました。私がどんな手を使っても会えなかった理事長に、簡単に会える内藤さんに嫉妬を感じたものです。ブランドとはこういうものか。

 おまけに電話で面会の約束を取り付けた際に和合氏からは、「タダ乗りが目的ではない、一方的値上げへの抗議行動です。その主旨を名刺に書いて500円と一緒に料金所のおじさんに渡してください」と注意を受けた。料金所を突破するゲームを楽しむ暴走族とは違うのだから、との説明であった。首都公団の牽制はすさまじいものだった。一部を再現しよう。
浅井理事長談=文芸春秋ともあろうところがそういう企画を試みることはどうかなと思いますよ。伏してお願いしますよ。もしもやると、納入通知書が届きます。最後は強制的に差し押さえます。
野村副理事長=それだけは困ります、編集部から話があったとしても是非やめて戴きたい。勘弁してください。もしも、やられたら、私どもは催促の電話をドンドンかけ職員が催促のためお宅へ行きます。
 渋滞を解消し値上げ時期を遅らせる、努力を怠る首都公団のシリを叩くには、料金不払い抗議行動が効果的。好きでやるわけではないのだけれど試みる価値はありそうだ、そう主張する当方に対して総務部長、広報課長が脅しをかけた。「料金が高いと値上げに反対するのは自由だが社会のルールは守ってください。料金不足通行は不法行為ですからね、警察だって黙ってはいませんよ。和合には一週間ごとに3倍の料金を請求しています」。驚くことに和合と呼び捨てにしている。「フリーウエイクラブの面々は和合に踊らされているのだ」・・・・。
 心臓の強さを自認する私ながら、これだけしつこく翻意を促されると当初に抱いた好奇心、ファイトが萎える。どうせ名刺を渡すのだ、料金所を無事に通り抜けられたとしても不足分をあとで請求される。差し押さえ無効を訴えて裁判で争うつもりはない。トラブルで後続車に迷惑をかけたくない気持ちもある。
 最初は勇み立ったのに引き受けた軽率さを悔やんだ。このままUターンして引き返したくなった。しかし重い気分でハンドルを握りながらも、首都高渋滞への不満はさらに強まった。時間的損失、エネルギー損失を年間合計した天文学的数字について指弾したい思いにかられる。旧料金と新料金と100円の差を突き、和合氏が最終的に裁判での決着を覚悟して首都公団に匕首を突きつける突出行動の重さ、パンチ力を改めて思った。私も逃げずにせめて一度くらいは挑戦するべきだ。ひるむ弱い自分をムチ打って用賀料金所へと車を乗り入れた。
 2月12日午後5時37分、6レーン6ブースあるがボックスの左側から2番目に入った。用意した録音カセットのスイッチを咄嗟にONする。これから始まるであろう料金徴収員とトラブルの会話を正確に記録しておきたかった。緊張のあまり、どんなやりとりになるのか予想できず、また記憶するのが不可能と思ったからである。以下録音されたものを圧縮再現する。

「500円で通過したいんです。そういう経験をしたいものですから」「えッ、何ですって?500円じゃあ通れないですよ、ここは600円」。4回にわたり同じ言葉が繰り返された。徴収のオジサンは始めのうち事態が把握できずに大声で600円を強調した。
「いや、そういう体験ができると聞いたので通らせてもらいます」 「えッ誰が?そんなことないですよ」
 これだけのやり取りで後続車の列ができ、抗議のクラクションが鳴り始める。やむえず用意した名刺を渡しながら最後通告をした。「とにかく一応体験してみますから」。不運な巡り合わせのおじさんは驚いたことに名刺を受け取ろうとせず、身を引き加減にしてつぶやきを繰り返した。「いやいや、私が困るから困るから」。
呆気にとられる思いでさらに念を押した。「いいですか、いいですね」。徴収員は「ええ」とはっきり言った。
 私の差し出した500円玉と名刺のうち500円だけをサッと受け取って、早く通り抜けてくれといわんばかりに半身に逃げる姿勢をとった。「あえて500円で通るものです。逃げ隠れは致しません。首都高速道路公団様」と添え書きした名刺をポケットにアクセルを踏んで急発信させた。「これで逃げ隠れしていることになるのかな、それにしても難なく通れるものだ。阻止しようとしたり、たしなめたり態度がかけらもなかったのはなぜだろう?」。思いつくまままに初体験感想を録音し始めた。情けないほど緊張しただけに物足りない感じがする。
 やりたくなかったけどやってよかった。これまでわからなかったことがわかってきた、いろんなことが見えてきたことをうれしく思うのだった。発見の喜びである。

 とまあこんな具合に延々と続く。さまざまなマスコミとの付き合いのなかで私はたくさんの賞賛と激励を受けてきましたが、ほとんどが川の向こう側から拍手を送ってくるばかりでした。確かに500円通行は危険ではないけれども、始めた当時としては特出した行動には違いない。マスコミの皆さんは向こう側の安全地帯にいて「頑張って下さい」などという人が大半です。最も分かり難いのが「陰ながら応援しています」。何じゃいこりゃあ。
 内藤さんの凄いところは、いかに私が提示したことであれ、有名人でありながら500円通行を自分で体験したことです。しかも、自分が500円通行をやったことを白状し、その調査結果の提出を要求しました。これには完璧に公団が詫びを入れてきた。内藤氏の500円通行を止めることはできないからです。彼は公団の上層部と話のできる自分の環境を最大限に生かしたわけです。 原稿創作中の数週間、私と内藤さんとは24時間ホットラインで、夜中の12時に連絡を取り合うことなどしょっちゅうでした。「あッ和合さん、このことはどう思う。フムフムなるほど、わかった、それじゃまた」てな具合に連日の打ち合せでした。

■あきらめて今夜は飲もう

 誠に残念ではあるけれど、この原稿がボツとなったのです。内藤さんはプライドもあるだろうに、心中いかに、と思うとかわいそうになった。内藤氏は力なく、「和合さん、文芸春秋ではここのところをこう直せば載せてくれるといっているのだけれど、どうだろうか?」と聞いてきます。私とて文芸春秋に載れば一躍世論に取り上げられ、一挙に問題提起にとなるのは間違いないと神にも祈る数週間だったのです。年の離れた親友となってしまった内藤さんにもこの思いは伝わっています。
 世の中うまくいかないものだなあ、とつくづく思います。それでも私は決断しました。「これを直したら意味が全くなくなります。あきらめましょう」。その時の内藤氏の驚いた顔は今でもハッキリ覚えています。「えッ?いやあ和合さんは勝負師だ、わかったあきらめよう、よし今夜は飲もう」となって、後は彼のオゴリで残念会が始まったのですが、泣く子も黙る内藤先生は実は泣き上戸だったのです。その先は次回で。
 とにかく内藤氏は100円で凄じく感激したのだ。人生観が変わるほど感激したのだ。読者諸君はどうでしょうか?ゼヒとも一度体験することをお薦めします。これはやった者でないと絶対に理解できない世界なのです。
 500円通行は、いわゆる常識と非常識の境界線にあります。しかし、この境界線は日々変化が激しい。本質的には変わりはないのでしょうが、外観の変化が激しいのです。価格破壊しかり、自社連合しかりです。つい最近までこんな政治の形は想像もできなかったのに、今は現実となっているではないですか。
 何が起きても不思議ではない歴史の大きな曲がり角である今、私は公団との勝負に本気で勝つつもりです。歴史は逸脱した道を本筋に戻すべく大きくカーブを切り始めているのだから。(■つづく)

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首都高速道路500円通行の正義 第12回/マスコミとの付き合いが始まった

■月刊『記録』95年8月号掲載記事

■週刊ポストに電話を突っ込む

「ふざけるな」の一念で始めた500円通行の先には、今まで知らなかった世の中の信じられないほど馬鹿げた仕組みがありました。何じゃこりゃと激怒し、なるほどこうなっていたのかと感嘆の声を上げながら新しい世界を歩き始めたのです。たった100円で未知の扉を開く事ができたのです。素晴らしく得をした気分です。しかし扉を開くには大変なエネルギーが必要でした。
 まず、当時の首都高速道路公団のしつこさといったらありませんでした。「100円払え」の大合唱のうるさいこと。当時は「勝手に値上げしておいてうるさい野郎だ」と本気で思っていました。時にはチームを5つも組んで何度でも会社に説明に来てくれるので、全く知らなかった有料道路の知識を洪水のように脳味噌へインプットできました。そんな時に電車の中で開いた『週刊ポスト』の「首都高公団の値上げに反対 道路建設の談合を暴く」といった見出しが目に飛び込んできました。同誌は値上げ反対のキャンペーンを張っていたのです。
 すぐさま、「モシモシ、私は和合といいます。値上げに反対して旧料金で通行しています。どうでしょう、公団の連中が来週100円払えと大挙して押し掛けてくるので取材に来ませんか?何で500円で通れるのかって?いや普通に通っているだけです。もう半年前からです」と編集部に電話で告げると絶句しているので、「モシモシ聞こえていますか?私は和合と申します。モシモシ取材に来ませんか?」と繰り返すと、やっとかぼそい声で、「申しわけありません。今、記者の皆さんも出払っています。よろしければ電話番号を教えて下さい。こちらから連絡をさせて戴きます」と気乗り薄な返事。そのまま忘れてしまいました。
 そしてある日、見るからにクラーイ感じのする眼鏡青年が訪ねてきました。将棋の飛車角みたいな顔に見事なエラが張り、眼鏡の裏側から猜疑心そのものといった細い薄目でこちらを見た後、飛車角は目よりさらに薄い唇から「コンニチワ」とか何とか声を発しました。「会社カラ取リアエズ行ッテコイト言ワレタノデ・・・・取材ニ来マシタ」とボソボソ話す彼こそがポストの「公団を暴く」の専任記者であるフリーライターの中川さんでした。
■記者を乗せての不払い実演

 彼を招き入れた私は、「30年で償却し、無料の約束をしておきながら首都高は絶対にその約束を守れない。その原因はプール料金制度という奇々怪々な仕組みにある」と例のごとく口角泡を飛ばしてまくしたてました。ところが今ひとつノリが悪く、ジッと私を見つめています。彼はワゴウという名の世にも不思議なしゃべる動物を観察していたのです。600円のところを500円しか払わず、正義は我にありと滔々と弁論しているワゴウを、シーラカンスでも見るように下から上から観察していたのです。なぜならば、彼は先に取材をした公団から、「和合は気違いだ。とてもふつうの神経の持ち主ではないよ。ポストさんも気をつけてほうがいいよ」などと貴重な忠告を戴いていたのです。
 ちなみに、以後多数の取材を受けましたが、公団取材の後から来た記者諸君は、「大丈夫かな。食いつかれないかな」などと遠くからコンニチワなどと言って様子を観察してから取材を進めます。逆に先に来た記者諸君は実にあっけらかんと、「和合さんの武勇伝は聞いています。ぜひお話を聞きたいのですが、どうでしょうか。私も首都高には頭にきています」と明るいものです。
 しかし、当時はこんな内幕は知らなかったので、「コリャかなわん」と戦術を変え、「百聞は一見にしかず、実践で500円で通るに限ります」と宣言し、いやがる中川さんを隣に乗せていつもの高島平から首都高へと入りました。料金所が近づいたころに隣を盗み見ると、何と彼はカメラを構えてシャッターチャンスはいかにと細い眼を輝かているではありませんか。つい先ほどのボンクラとは別人です。普段はウラメシヤーとでもいいたげな彼の眼が輝くと、その反動で人の倍も輝いて見えます。なるほど、こういうことかと彼を瞬時に好きになりました。
 熱しやすく冷めにくい私は、普段でも人より熱くなっているぐらいですから、ここ1番では全身全霊でサービスしてしまいます。彼のシャッターチャンスのために職員どもを蹴ちらして3度も首都高を往復しました。職員は、「また来たーっ」と大混乱です。
 中川さんも「これは凄い」と大ハシャギです。以後、ポストの特集には毎回私の写真が飾られました。フリーウエイクラブも中川さんとの密着取材の過程で仲間が増えて設立に至ったのです。毎回30人くらいが集まって気勢を上げました。

■フジテレビ出演拒否騒動

 朝6時からフジテレビのお早う目覚まし時計でニュースのまとめなどをしている軽部真一キャスターは、丁寧に区切りをつけて正確に話す誠実さが災いを引き起こしました。公団のデタラメを話してほしいとの依頼を受けた時のことです。
 その頃の私は、番組責任者と徹底的に話し合って、納得を得てから出演していました。見ようによっては無頼漢かトンデモイナイ野郎になるだけに、私の行動に反対の人の番組に出るわけにはいかず、結局3分の1はお断りしていました。
 打ち合わせ中、軽部氏は長時間丁寧に話を聞いてくれ、明朝6時に自宅まで車を回すとのディレクターの挨拶で打ち合わせが終了しました。しかし軽部氏は仕事が終わって気がゆるんだのか、あるいは忠告のつもりなのか、私にとってはとんでもないことを口走ってしまったのです。「なるほど大きな問題です。しかし、私は和合さんの行動に賛成できません。決まったことは決まったこととして守った上でものを言うのが民主主義の原点です」。
 軽部さんらしい真面目な意見ですが、そんなことは百も承知でやっているのです。ある公団幹部に「気持ちはよくわかりますが、決まったことは守るべきで、特出した行動を取るべきではない。他の方法を取るべきです」といわれたことを思い出しました。「他に方法があるならば教えてほしい」というと、「新聞に投書するとかいろいろあるでしょう」と笑止千万な返答でした。巨大官僚組織の横暴を新聞投稿で止められるでも思っているのだろうか。
 いずれにせよ、この一言で出演キャンセルを決断してディレクターに伝えると、驚いたディレクターは、「うかつでした。和合さんの思い入れを軽く考えていました。お許しください。ひとつ曲げてお願いできないでしょうか」といいました。軽部さんも深々と頭を下げてくれて気の毒でしたが、出演は目的のための手段であり、それがマイナスになるのであれば意味がありません。
 ディレクターは、軽部さんを外す形で出演の了解を求めてきました。軽部さんは大変なことになったとうつむいています。打ち合わせに同席していた5人ほどの仲間も、「これほどいうのですから出ましょう」いいますが、答えはNOです。機材を抱えて帰る彼らのさびしそうな後ろ姿を見ながら、「ゴメン。しかしこれは大きなテーマなのだ。道路行政の根幹に当たる大問題なのだ。テレビ出演云々の問題ではないのだ。軽部さんは今回のことを教訓として頑張って下さい」とつぶやきました。
 この話には後日談があります。6年の歳月が流れ、その後のフリーウエイクラブは度々マスコミを賑わしました。ある日私の移動電話になつかしい声が入ります。「もしもし軽部です。覚えていますか?」「いや、よく覚えているよ。毎朝拝見させていただいています」「ありがとうございます。今度うちの企画で首都高を取り上げます。ぜひ和合さんにインタビューをお願いしたいと、お叱りを覚悟で連絡させていただきました。あの時のことを考えると誠に恥ずかしい思いです。これほど大きな問題とは思っていませんでした。和合さんがこれほどのエネルギーで行動しているとは思ってもみませんでした。和合さんに面識があるということでこの役目を買って出ました。よろしくお願いします」。
 もちろん異存があろうはずはありません。こうして軽部さんと劇的な再会を遂げました。しかし、約2時間もかけて制作したインタビューが2分間しか放映されず、ますます磨きのかかってきた軽部さんのクソ真面目さにも腹が立ちます。しかし、これは彼のキャラクターであり生活の糧。もし文句をいえば、「和合さん、内部干渉もいい加減にして下さい」と逆襲必至です。
 ハイッ、すんません。(■つづく)

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首都高速道路500円通行の正義 第11回/ジャガイモ刑事の虚報逮捕

■月刊『記録』95年6月号掲載記事

■フリーウエイ・パレード

 さあ、出発です。山口さんの赤い軽自動車を先頭に、私の愛車プレーリーを頭にハーレーダビットソンやら種々雑多の20台ほどの車と総勢30人ほどのメンバーが続々と続きます。マスコミや警察の車を含めると40台以上の車の行列が出来上がり、道行く人々は何事かと驚いて足を止めます。
 メンバーの顔は輝いています。晴れ晴れと素敵な表情をしています。やがて打ち合わせ通り、最初の入口である阿波座ランプに到着しました。ここで信じられない最初の出来事に出会います。何と入口が閉鎖されているではないですか。しかも首都高と同じ格好で武装した物々しいカラス天狗達が立っています。
 阪神高速道路公団に問い合せると「混雑のために閉鎖した」との返事ですが、見たところ全く混雑はありません。わけのわからない出来事に苦笑しながら構わず入口に向いました。
 2回目の事件は10分ほど経過した頃に起こりました。けたたましいサイレンが鳴ったかと思うと私の前にパトカーが横づけされたのです。「しまったッ、どこかで一時停止でも怠ったか?おっとシートベルトをしていなかった」。あわてて着用して警官を待ちます。さて、パトカーがサイレンを鳴らし、私の車を停止させた理由は何でしょう?私は断言できるが、答えは麻原尊師にも絶対予言できまい。まずパトカーから出てきたのは制服警官ではなく私服の刑事でした。彼は窓越しに私の耳元でボソボソと、「和合さん、何も大阪まで来るこたあないだろう」と言いました。どうも停止理由は道交法違反などではないようです。

■大阪まで出しゃばるんじゃねえ

 まん丸顔にエラが張ったり頬骨が出ていたりでやけに凹凸の激しい顔立ちをギンギラの油ぎった表皮で包み込み、ニキビの噴火口が点在しているこの刑事を「ジャガイモ刑事」と私は名づけました。このイモは私に旧料金通行を止めさせようと脅している「つもり」なのです。可哀想にフリーウェイクラブの会長を知らないなら教えてあげようと、「何だお前は。刑事なら刑事らしく警察手帳でも見せたらどうだ。話はそれからだ。礼儀の知らねえ野郎だ」と挨拶すると、ジャガイモはハトが豆鉄砲を食らった上に激辛キムチを食べてしまったような顔をしています。普段は羊の群れのような一般市民によほど威張って日常を過ごしているようで、ガンといわれる免疫ができていないのです。
 さて会長も静かに下車します。パトカーを前にして対峙している刑事と私の周りの人達は何事かと固唾を飲んで見守っています。ジャガイモ刑事は、「東京だけでやっていればいいだろう。大阪まで出しゃばるんじゃねえよ。グジャグジャ言うとしょっ引くぞッ!」と放言、お行儀の悪さでは完璧に会長の上を行っています。大阪府は税金でヤクザを飼っているのかしら?当然のごとく会長の火山は、「ジャガイモ野郎!しょっ引けるものならやってみな」と大噴火します。完全に東西ヤクザ抗争の様子を呈してきました。マスコミもどうなるかとカメラを回すのも忘れています。
 ジャガイモはさらに恐ろしい事を耳元に囁きます。「調子に乗りやがって、てめえ何を言っているのかわかっているのか。東京まで追っかけてふんじばるぞ」。会長は道行く国民にガンガンと聞こえる大声で「税金で飯を食っている野郎が善良なる国民に何をいっているのだ!ふざけるな、頭が高いッ!帰れーッ」と怒鳴り返しました。ジャガイモ野郎はみるみる赤黒くなって(顔が黒いので赤くなることができない)すさまじい形相でパトカーで走り去りました。大阪は恐ろしい。東京では絶対にあり得ません。後日わかったことですが、阪神高速道路公団の理事長は代々大阪府警からの天下りです。

■不当どころか「虚報」逮捕

 入口を物色しながら最終打ち合せの港大橋ランプに着きます。「騒ぎは大きい方が意味がある」が持論の青木さんが公団に情報を流していたようで、現場はとにかくいるわいるわ、職員がウジャウジャ待機しています。パトカー5台と警察官もあふれ返っています。山口さんが料金所へ車を乗り入れ「一方的な値上げに抗議し、旧料金通行をします」という声明文を読み上げると、さすが大阪、「アホンダラッ、ちゃんと払わんかいッ!」と、途端に品の悪い怒号が浴びせられるとともに職員に囲まれニッチもサッチもいきません。やむなく「値上げハンターイ」とメンバー全員がシュプレヒコーで抗議するといった応酬が1時間ほど続きます。
 野上さんがソッと寄ってきて、「警察の動きがおかしい。気をつけたほうがいい」と忠告してくれたその時。あのジャガイモ野郎が勘高く一声、「山口逮捕!」と吠えました。「バカバカしい、理由は?」「傷害だ」「えッ、山口さんが何かしたかい?」やがて1人の警官に抱えられてきた職員がズボンをたくし上げ、山口さんの車が足にぶつかったと一心に説明しています。納得できない私は、「だってオッサン、何にもなってないじゃないか。それに山口さんの車は走っていないよ。止まっている車がオッサンの足に当たりようがないじゃないか。俺はガンガン走っていたから当てたとしたら俺しかないよ」と憤慨して一生懸命説明したものです。
 しかし彼らは原因や理由は何でもよかったのです。またもバカタレジャガイモが「山口逮捕!傷害現行犯だ」と叫びます。私も人混みで身動きできず、10人くらいの警官が山口さんを連行して行くのをどうしようもできません。しかし山口さんはアタフタとした様子はなく、実に堂々と警官を従えるように歩きます。「今に見ていろジャガイモ野郎。山口さん悪い」とわびます。信じられないことに、同日から12日間も拘留されたのです。
 さあどうする。取りあえず全員集合して対策を練りました。青木さんはマスコミを集め、篠塚さんが記者会見をします。大津卓滋顧問弁護士に頼んで同期の川下先生が駆けつけて下さり、早速港警察署で接見。山口さんは意気剛健で、「人生の良い経験をさせてもらっている」と話をしたそうです。
 たった1日、されど長い長い1日でした。色々な勉強をさせてもらいました。帰りの新幹線の座席に身を沈めると山口さんの顔が浮かびます。少し待って欲しい、そんなに時間はとらせないよ。

吉報です。
フリーウエイクラブ会員の田中健さんが東京都江戸川区議に当選しました。彼は先生になっても首都高通行は500円です。(■つづく)

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首都高速道路500円通行の正義 第10回/警察ご招待で不払い開始

■月刊『記録』95年5月号

■若者が・・・・オッサンも・・・・

 日もとっぷり暮れた午後7時、大阪駅に着くと大阪の仲間がワンサカと待っていました。山口さんは写真すら見たこともないにもかかわらずひと目でわかりました。小柄な実直そうな青年で、旧知の友にやっと巡り会ったような素敵な笑顔を投げかけ、握手をした手から人柄がジワリと伝わってきます。
 真っ赤なハーレーにのってさっそうと表れた髭モジャは仲間の篠塚さん。1m90cmはあろうかと思われる大男で、小柄な私が見上げるようにして握手をすると、彼のグローブのような手の中で埋没してしまいました。トンボメガネの高橋さんは学者肌で、おおいにテレて握手を求めてきました。こうした総勢20人ほどの若者の出迎えから、私は天にも昇れるほどのエネルギーを感じたのです。
 そんな熱気ムンムンの中で、口髭のオッサンがチャップリンのような出で立ちでヌーッと顔を出し、「和合さんワテやワテや」と声をかけてきました。「ケッタイな野郎が出てきたもんだ。こんなオッサン、ワシャ知らん」。よく聞くと大阪のマスコミ界で知る人ぞ知る政経新聞発行人・青木さん。この大変な私が大変な人と断言するほど大変な人です。何でも公団のアホ奴等と大立ち回りの最中に取材で私と会ったとのことですが、失礼ながら記憶にありませんでした。「わしゃフリーウェイクラブ関西のマスコミ担当や」と自分の役柄を勝手に決めて悦に入っています。

■郷に入らば郷に従え

 青木さん出現で発会式はが然面白くなってきました。明日の打ち合せのために、青木さんの手配でホテルの一室が用意されます。
 まずこれまでのテレビ放送になった数々の名場面・珍場面のビデオ鑑賞からスタート。「ここ車の窓にぶら下がっている野郎がいるだろう。こいつがしつこい、こいつさえいなければ500円で通るのに5分で済む。考えてみるとなかなか天晴れな野郎だ」「ここでバンバーを蹴飛ばしている野郎はニコニコ笑っているだろう?本当は私のファンなのだが、仕事上仕方なく蹴飛ばしているんだ」などと口やかましくフリーウエイクラブ会長の解説が入ります。打ち合せは今夜限りなので、2時間ブッ通しで午後10時までやりました。
 新会員の面々はビックリ顔で食い入るように500円通行の様子を見ています。それがが違法な行動でもなく、したがって警察には全く関係のない行動であると徐々に理解してきました。新鮮な驚きと興奮で部屋中が充満しています。
 ビデオ終了後、まず山口さんが、「よしやろう。今夜中に旧料金通行宣言書を作る。明日は手分けをしてなるべく人数を集めて欲しい」と静かに口火を切ると、「俺に任せろ。今夜中に電話をかけまくって集める」と篠塚さんが乱暴に言い切ります。そして山口さんを関西支部長として行動を共にすると決議しました。
 変人青木氏も興奮して、「とにかく、みんなで協力しあっていかなければならない。それでなければ日本はよくならない。これは世直しである」と言うから、「そんなたいそうなことではないよ。500円のところを450円で通るというケチな話をみんなでやろうというだけだ。だから明るく楽しく遊び感覚でやろう。使命感とか非壮感を持ってはダメだ。みんなもよく肝に命じて欲しい」と私が口をはさめば、「わかった。とにかくマスコミ対策は私に任せて欲しい。会長はん、よろしいでしゃっろ」と応じます。
 彼のニコニコ顔にいやな予感を感じましたが、郷に入れば郷に従え、大阪のことは大阪の人たちに任せようと決めました。翌日午前10時にホテルのコーヒーショップで集合と決まって散会。

■無料通行はいつから?

 明けて4月1日です。発会がエイプリルフールとは何かの巡り合わせか、今日はどんな日になるのかとワクワクしながら約束の時間に顔を出すと、「ひどいじゃないですか和合さん。私に内緒でこういうことをやってもらっては困ります。噂を聞いて一番の新幹線で来ました。和合さんが何といっても今日はご一緒させて戴きますよ」と怒っている人がいる。よく見ると吉田勉さんです。
 私と違って非常に折り目正しい優等生で、長年某代議士の秘書を経験してきたので永田町界隈に詳しく、政治家にも知り合いが多く重宝しています。東京町田市議に立候補するのことで、迷惑と思って声をかけなかったのですが、スポークスマンには最適の人物です。ちなみに彼は2回目の選挙で目出たく当選しました。
 何はともあれ粒ぞろいの東京勢が5人そろいました。「朝の5時頃には大阪に着いてしまったので、今まで車の中で仮眠をとっていたのです」と張り切る田中健さんは、「ところで和合さん、大阪までの有料道路を全て無料で通ってきました」などと驚かせる。
「トラブルは何もありません。それぞれのゲートで、本来道路は無料と道路法にも定められており、ガソリン税・重量税で道路は建設するのが基本であり、現在の特別措置法は敗戦後の復興のためで、使命を終えた今日は廃止すべきだと、有料道路制度のデタラメさを説いてきました。ご心配なく。フリーウエイクラブの通行宣言書はキチンと提示してきました」と勇ましい。
 さらに、「特別措置法に反対しての無料通行宣言はいつ頃ですか?本当に待ち遠しい」などと言うから、和合会長はアングリと口を開けて聞き入るばかり。さすが勉強家のケンさんの話には道筋に少しの間違いがなく頼もしい限り。ちなみに、この時の無料通行の件で公団からはいまだ何の連絡もありません。

■事件は大きい方が面白いでっせ

 ヒョイと見ると一群の人だかり。山口さんが記者会見をしているのです。テレビカメラも回してのなかなか大ががりな会見で、フリーウエイクラブ関西の発会式を阪神高速道路を旧料金通行することで行なう旨を話しています。その横で自称マスコミ担当の青木さんが最もらしくフムフムなどとやっています。彼の仕業に相違ありません。なかなかの舞台になってきました。
 いつの間にか私の横には野上さんや西山さんなど東京人が集ってきました。「こりゃあ面白くなってきましたね」と楽しそうな西山さんに対し野上さんは心配そうに、「ホテルの回りにパトカーがたくさんいます。私のカンでは、ここには私服の刑事が多くまぎれ込んでいます。まさか青木さんが連絡したのでは」などと小声で耳打ちします。私は「心配ないよ。これは民事で警察はタッチできないことは立証済み。警察は動かないよ、外のパトカーは別件だろう」と答えましたが一応青木さんに確認を取りました。
 イヤ、その時の青木さんの返答がふるっていた。「外のパトカーが関係あるかはわかりまへんけど、警察に連絡したのは事実だっせ。イヤイヤ事件は大きい方が面白いでっせ。で、何かあったんでっか」・・・・。口髭のオッサンは、何の悪気もなく腕白坊主みたいに目を輝かしています。ヤレヤレ。
 記者会見も終わったようです。出発の時間です。(■つづく)

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首都高速道路500円通行の正義 第9回/フリーウエイ関西の大旗揚げ

■月刊『記録』95年4月号

■崩壊して当たり前だ

 阪神大震災での阪神高速道路の崩壊は、改めて背筋の寒くなる思いがします。もし首都高だったらと瞬間に考えるからです。ゆえに公団からどんなコメントが出てくるかと、息をひそめていますが今だにノーコメント。さすが芸達者な連中も考えあぐねているようですが、ソッと耳をすましているとかすかに聞こえてきます。囁いているようなかすかな呟きが・・・・。
・・・・阪神高速道路は早急に復興させなければなりません。これは私たちが絶対にやらなければならない使命と考えています。昨今、特殊法人の整理統合が話題となっていますが、とんでもない。この地震で、わが阪神高速道路公団の重要性が立証されたのです・・・・。
 な、何だこれはッ!あなた達は、「日本の高速道路の崩壊は絶対にありません。日本の建設技術は世界水準を遥かに超えています」などと大ボラを吹いていたのですよ。「申し訳ありません」の一言もないどころか、恥知らずにも、手前の造った欠陥品が欠陥品と証明されたがゆえに、その修理のために存在価値があるなどという言いぐさは往生際が悪いにも程がある。こういう体質を「水みたいな野郎」という。ケツを拭く紙を流すトイレの水である。
 それにしても多くのマスコミが放映した高速道路崩壊写真は迫力十分でした。巨大な恐竜が永遠の眠りについて横たわっているかのようで、彼が起き上がることは絶対にないと瞬時に誰でも理解できました。絶対に倒れないと信じ、声を大にして叫んでもいました。自国の技術を誇るあまり、海の向こうのロス地震による高速道路崩壊も冷ややかな思いで受け止めていた感がありました。通行料金の高騰も安全神話ゆえに許していました。それがどうです、実にあっけなくもろくも崩壊してしまったのです。
 崩壊写真は私たちの心を正常に戻してくれたともいえます。安全などもってのほか、むしろ倒れるのが当たり前なのだ、と。
 考えてもみて下さい。1本足の橋げたで1000トン以上もある鉄とコンクリートの塊を、重心を取りながら長年支えていたのです。技術もヘッタクレもありません。よくぞ今まで無事でいられたものです。よくぞ今まで頑張ったものです。

■首都に負けない阪神のデタラメ

 首都高と同様に阪神でも、フリーウエイクラブを通してすばらしい仲間たちと多く出会いました。特に山口正善さんという大阪の若者と、彼のドラマは生涯忘れないでしょう。
 1988年4月1日、阪神高速道路が400円から450円に値上げをすると私に情報が入りました。たったの50円かと小さな数字のように思われますが、そうではありません。パーセンテージでは10%以上の大幅値上げなのです。
 当然の如く、山口さんら大阪の若者たちは大いに怒りました。とにかく怒りました。どうしてくれようか、と大いに怒り狂った後、これを形にしなければならない。彼は私に電話しました。
 私はその頃にはなかなかの有名人になっていました。500円通行で週刊ポストには24週間続けて連載されたり、NHK以外のすべてのテレビ局に出演し、初めて本を出版したりもしていたのです。思えば全て100円を払わないことにより発生した出来事で、何と価値ある100円かと不思議に思い、人間社会の思いもよらない仕組みを発見したのです。その仕組みが山口さんと私を強烈に結びつけました。「フリーウエイクラブ関西を作りたい」と。「阪神高速道路が値上げとなりますのや。どうしても納得出来しまへん。ぜひ大阪へ来てわてらと一緒に行動して欲しいんや」。
 生粋の関西人が、もの静かに大阪弁で話す声からヒシヒシとエネルギーが感じられ、初めて声を交わした相手とは思えません。「これは行かなければならない。全力を振り絞って協力しなければ」。

■猛者が4人集まった

 フリーウエイクラブは180人ほどの会員がいますが、全員が500円通行をしているわけではなく、カンパをしたり、仲間を集めたり、署名集めをしたりと、自分達のできる方法で参加すればOKです。当初は約50人が500円通行をやっていたのですが、すさまじい公団の頑強な抵抗で30人ほどに減ってしまいました。しかしうち15人は、絶対にアップ分は支払わないという500円通行の猛者連中です。その猛者連中から3人を厳選して、計4人が各々の仕事の都合に合わせて大阪に向かい、4月1日午前10時に阪神ホテルロビーで合流しすることにしました。その4人とは。
◎和合秀典・・・・ご存じ会長、今日も快調に飛ばします。人呼んでスーパーゴリラ。肩の上に顔が乗っかっているといわれます。
◎西山俊一・・・・出版社の社長さんで、中肉中背年齢不詳。見た目では若いのか年寄りかわかりません。40歳チョイ前くらいかなとも思いますが、55歳くらいにも見えます。お米を顔の大きさまで拡大してから少し上下に伸ばしたような顔の輪郭をしており、その頂点が見事なバーコードとなっています。体制に対しての反骨精神はハンパではなく、何処からそんなエネルギーが出るのだろうと思うばかりです。本稿が彼に見つからないことを祈るばかり。

◎田中健・・・・千葉大学生です。沈着冷静、かつ大胆でどんな時でも慌てません。常にわが道を行き、理論構成には感情論が入りません。事実を整理し、積み重ねる方法で全てを予測していきます。法律やその他、多方面にわたって大変な勉強家です。卒業したら学校の先生になるといっていましたが、昨今では地元の区議会に打って出るといっており、私も出来る時に出来ることは何でもやった方がいいと応援しています。一見、女性と見間違うような風貌で、値上げ反対などと街頭で叫んでいるとビックリする人もいます。ケンさんと呼ばれる将来楽しみな若者です。

◎野上務・・・・新聞記者出身のフリーライター、いわゆる物書きで、当時は全くの無名で苦労していました。彼のリズムカルな文体が好きで、いずれソコソコまではいくだろうと思っています。何しろ努力家で、有料道路の疑問点を書きまくり、今ではすっかりその分野のプロとなってしまいました。
 昨今は多少売れてきたようですが、彼のスタンスは全く変わらりません。正義感が強く、いつもニコニコしていてみんなに好かれます。どんな時でも彼の嫌な顔を見たことがありません。
 やはり反骨精神は旺盛で、政治の話などになると決して後へは引きません。これが同一人物なのかしらと思うほどエネルギッシュで、記者魂を忘れることは永遠にないだろうと思わせます。

 当日、ただ一人の自由人であるケンさんは私の愛車プレーリーに乗って大阪に入り、張本人の私は前夜に大阪へ入って山口さんとその仲間たちと打ち合わせをしました。そしてフリーウエイ関西は旗揚げしたのです。
 阪神高速道路の値上げ日にみんなで旧料金通行をやることをもってフリーウエイクラブ関西の発会とすることとしました。大したことではありませんが、一応先輩の私が手ほどきをするわけです。
 さあ、サイは投げられました。どんな事件が大阪で待っているのやら、もうワクワクしてきます。そして期待通りに大変な事件が勃発することとなります。同じ日本でありながら、大阪は外国だったのです。欠陥道路を平然と造った公団らしい対応が待ち構えていたわけです。(■つづく)

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首都高速道路500円通行の正義 第8回/3兆円借金=値上げ=地震で崩壊?

■月刊『記録』95年3月号掲載記事

■震災での高速道路崩壊は何だ!

 阪神大震災での高速道路の崩壊。ありゃ、なんだ!ロサンゼルス大地震で高速道路やビルが次々と崩壊した様を見て、首都高速道路の関係者は、「地震国日本の建設技術は世界の水準を遥かに超えており、関東大震災クラス(震度7)でも充分耐えます。高速道路の崩壊など日本では考えられません。そういう点も含めて建設費用が割高になっているわけで、その分を皆さんに負担してもらわなければなりません」とうそぶいていたものです。
 してみると、今回の阪神高速道路の崩壊は何としたことなのかッ!!何と説明するのかッ!!これだけ多大な犠牲をどうわびるのかッ!!大体誰がわびるのかッ!!償還の期限は守らない、通行料金は一方的に値上げする、借金は増える、その上に地震対策はデタラメと、嘘ばかりついた挙げ句、崩壊の事実に対してわびもしないし責任もとらない。都合が悪くなるとコメントもなしで黙りこくっている。
  まさか、「阪神高速道路はダメだったけれど首都高速道路は大丈夫」とでもいうのでしょうか。私は知っています。崩壊した阪神道より古く、崩壊した個所と同様の軟弱地盤の上に高架されている首都高がどれくらいあるかを。しかも首都高はビル群の中を縫って走っているという悪条件もある。いったんことが起これば、阪神大震災の比ではないでしょう。それで不足分200円払えだと?チャンチャラおかしくてヘソでお茶も沸かない。
 もし首都高が崩壊した場に居合わせても、私は絶対に死にません。橋げたが頭上に落下しようが、高架がすべり台になろうが、断固として生き残って、公団の責任を追及し続ける所存です。

■金利だけで1日約5億円の借金

 安全のためだといってカネを巻き上げ、危険なものを作って安全だと言い張り、いざ危険だと分かればほおかむりするなど、私達の日常生活と比較してみると、公団には驚くことが多々あり、特別な事件が彼らの世界ではごく普通の出来事のように処理されるのです。特にお金に関しては特筆すべき大変な世界です。
  今回は、その大変な世界へとご案内するわけですが、驚きのあまり動転しないで下さい、あくまでも心を平静に保ち、落ち着いて現実を見すえて下さい。そうすれば身体の奥底から湧いてくる、怒りにも似たエネルギーを必ず感じるはずです。
 心の準備はよろしいですね?それでは、ご案内いたします。
 首都公団には現在3兆円の借金があります。この巨額の借金が今回の値上の原因とのことです。極楽トンボもいい加減にして欲しい。借金が値上げの根拠となるのは、世界広しといえど首都公団だけ。我々の世界で同じ理由で給料アップを申し入れたら、「チミ、明日からとりあえず自宅待機してくれたまえ。後のことは追ってサタするよ」といわれるのが精々でしょう。
 それにしも3兆円とは。500円通行を始めた頃の借入金が1兆5千億円だったので、7年間で丁度倍となったわけで、金利だけで平均6%で年間1800億円となります。いいですか、元金は減らずに金利だけで1日平均4億9315万円・1時間で2054万円もの金が刻一刻と消えていきます。私がゲートのおじさんと「200円(200万円じゃない、200円ですぞ)下さい」「今日のところは500円で通してくれや」などとやり合っている間にです。
 ところが、公団の連中には「もったいない、何とかしなければ」などの思いは一切なく、ごく普通の日常的な出来事だと信じて疑いません。異次元の化け物屋敷の光景かと思いきや、驚くではありませんか、実は私達が維持しているのです。お待たせ致しました。次はその化け物屋敷へとご案内致します。なかなか味のある世界で、化け物屋敷の扉を次々と開いていくと、忘れられていた過去の事が、鮮やかによみがえってきます。

■最終的には私達の責任だ

  ようこそ、首都公団化け物屋敷へ。ここに足を踏み入れて、無事に帰還した者はおりません。私が全く特別な唯一の例外として洗脳されずに現在にいたっております。洗脳を逃れる手法は、お上願望をゼロにすることです。「そんな願望は私にあるわけがない」と思うかもしれませんが、日本にはお上に絶対服従してきた士農工商300年の歴史があり、それが無意識に現代人にも組み込まれています。そして、「どんな不合理なことでも行政側が決定したことは守らなければならない」という思考の原点となっているのです。
 お上側もよく心得ていて、どんなことでも決めてしまえばこっちのものであり、多少の混乱があっても時間経過とともに最終的には浸透していく国民性と見抜いています。彼らの意識もまた、長い歴史の中で培われた本能のように存在している思考なのです。
 この例え話には苦労しません。日本中の全ての人々が反対し、絶対反対の旋風が日本中に吹き荒れた消費税に対して、「月日とともに定着しました」などと役人がまず切り出し、次いでテレビなどが、「始めは面倒だったけれど今はお買い物も慣れました」なんてオバタリアンのヘンテコなコメントを報道していたかと思っていたら、今度はそれを引き上げようというのです。
「来たるべき老人社会の準備をしなければならない、誰でも老人になる事は避けられないのです」と道徳教育みたいな意味不明の理屈がまかり通り、税率アップに反対する人は人間じゃないとでもいわんばかり。強烈な反対パワーも今回は感じられません。一体、私達が選挙で選んだ政治家諸子は何をやっているのか・・・・。
 さあ、よく考えて下さい。金銭的なものも含めた全ての事柄が、私達の責任においてなされているという、ごく当たり前の事実を新鮮な驚きをもって発見できませんか。首都公団がどんなに赤字を出そうと、ムダ遣いでお金をばらまこうと、最終的には私達の責任において成り立っているのです。公団は、最終責任者である私達に対して通行料金値上げを説明なしに繰り返してきました。あったとしても、非常に馬鹿げた説明でした。連中は私達をおとなしい羊の群れとでも思っているのでしょうか。
■首都公団化け物屋敷の妖怪達

 首都公団の諸君、7年前を覚えているかね。そうだ、通行料金が500円から600円になった時の事だよ。あの時は2年8ヶ月の間に、何と50%の大幅値上げだった。これが大騒ぎの理由だ。それからだ!「ふざけるなッ!」と旧料金の500通行が始まった。少なくとも私は羊をやめることにしたのだ。
 通行阻止のための諸君の説得や話し合いは全く人を馬鹿にしたものだった。君たちは、ありとあらゆることを私にやってきた。なだめすかしたり、脅したり、哀願したり、数を頼んでの暴力も長期間に及んだものだ。このクソ忙しいのに4人1組の説得団が数回にわたって会社にまでやってきて、ホトホト困ったものである。しかも3時間にもなろうかという説得たるや、とても大の大人が議論をかわす内容ではなかった。
  曰く、「決まったことだから払いなさい」。
  曰く、「こんなことをしていると大変なことになりますよ」。
  曰く、「500円で通るのは立派な犯罪です」。
  曰く、「何でお前はダメだということをやるんだ」。
 極めつけは当時の役職が首都高速道路公団管理部経済課長というわけのわからない肩書を持つ、園田八郎氏の説得だろう。「和合さん安心して下さい。首都高は30年後に無料開放となります。法律できちんと決められていることです。その年は1993年です。だから安心して下さい。というわけで、今は600円を払って下さい。ここは600円と決められたのです」というから、「本当に無料となるのかい?」と聞き返すと、「ええ、法律でキチンと決まっているから大丈夫です」と断言する。「ホンマかいな」とは思っても、何の知識もなかった当時は大いに驚きました。やはり行政はたいしたものだと感謝もし、感銘もした。
 が、幸福な時間は瞬時に終わった。計算が合わないのだ。「では園田さん、1兆7000億円(当時)の借金はどうなるの。最後の年に1回10万円の通行料金となるよ」と質問した瞬間、園田氏の立て板に水のしゃべりが、途端にしどろもどろとなってしまった。「それは・・・・そのあの・・・・法律で・・・・決められているからその・・・・」。
 当時はあまりの馬鹿らしさと怒りのために口から胃袋が出てきてしまうのではないかと思ったくらいであった。
 それから長い時間が経過し、今は首都公団のどこにいるのかはわからない園田さんだけれど、最近になって君のキャラクターを妙に懐かしく思い出します。これは何か縁があるのです。君も必ず懐かしがっているに違いありません。きっと私に会いたいはずです。ましてや、こうして当時の出来事が「記録」の活字となってしまうと君も大いに不服であろうし不満もあろうかと思う。いつでも連絡を下さい。とにかく話を聞こうじゃあないか。昔の友好を大いに温めようではありませんか。楽しみに待っています・・・・

■首都高は公団の玩具ではない

  こけにするのも好い加減にしろッ!
 幼稚園児でもあるまいし、こんな理由で当時の20%、今回を合わせると40%の値上げの説明がつくわけがないだろう。この化け物屋敷こそ、年間3000億円もの通行料金を徴収する首都高速道路公団なのです。考えただけでも恐ろしい、しかし、厳然と存在している事実です。首都高速は、彼らの生活目的で存在するのではなく、まして彼らの玩具ではない。全くのナンセンスで、主客転倒も甚だしい。首都高化け物屋敷物語はまだまだ続きます。(■つづく)

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首都高速道路500円通行の正義 第7回/公聴会で和合大爆発

■月刊『記録』95年1月号掲載記事

■死に目に会わせる高速道路?

 日本人のブランド志向は、限界をはるかに超えて滑稽でさえあります。今回の首都高速道路公団の公聴会でよくわかりました。
 日本国政府の権力中枢である霞ケ関の中央合同庁舎で開かれた公聴会は、テレビカメラがズラリと並び、目の眩むような強烈な光の世界。マスコミ席には50人ほどの記者が詰め、後方には300人ほどの公聴人が咳一つ立てずに静まり返っています。
 順番はアイウエオ順、ということは、「渡辺」さんがいない限り、いつも最後になるのが常の「和合」だけに、案の定、最後の公述となってしまい、仕方なく何人かの公述を聞いていると、次第に「こいつらアホか」とイライラしてきました。
 例えば某大学の某教授などは、「通行料金は1万円でも安いと思います。5年前に母が危篤となりましたが、首都高速道路のおかげで母の死に目に会えました。本当に、何とお礼を言っていいやら言葉が見つかりません」。こんな先生の授業を聞いている学生は本当にかわいそう。このまま若者を教え続けるのは罪に価するでしょうから、日本酒でもチビリチビリやりながら犬でも相手してなさい。
 痛烈な値上げ反対論者だというので楽しみにしていた、どこかの会社社長と称する方も全くお話になりません。
 なにしろ出だしがすごかった。「このような晴れがましい場所で、たくさんの皆さんの前で、私ごときが意見を述べさせて頂けることを大変な光栄と思います・・・・」。これが皮肉ならたいしたものだが、彼は間違いなく、喜色満面そのものです。「晴れがましい場所」に至ってはバカかとしかコメントしようがない。税金で建てた合同庁舎で公僕を前にペコペコするばかりか、血迷ったのか「晴れがましい」などと、ありもしないブランドを羽織り、テレビカメラの前でスター気取りだから救われません。

■なぜ大臣が来ないのだ

 散々茶番を見せられた挙げ句、やっと和合さんの番です。
 和合さんはこうはいきません。皆さんは用意された机の椅子に座って演説をしていましたが、私は立ったままの姿勢で全体をズラリと見渡した後、正面をハッタと睨みつけると、正面で偉そうに皆さんの演説を意味ありげにフムフムなどと聞いていた2人は建設省と運輸省の課長であることに気づき、仰天しました。
「なんじゃい、これは。何でこんな人たちに意見を言わなければならないのか?こいつらがそんなに偉いとでもいうのか。建設大臣でも出てくるのではなかったのか?主権者の我々は選挙で役人を選んだわけではない」と言いたいくらい、とにかく無性に腹が立ちます。
 そこでまず演説の前に、正面でズラリと並んでいる役人どもに自己紹介をさせました。彼らは目をパチクリさせながら、名前と役職を1人ずつ答えていきました。軽いジャブを放っておいて、いよいよフリーウェイクラブ会長の演説開始!以下はその際の要旨です。

 私は和合秀典と申します。ご存じの方も多くいらっしゃるかと思いますが、現在首都高速道路公団とは裁判係争中であります。
 6年前、通行料金が500円より600円に値上げされました。当時は高速道路として機能していませんでした。この現象は現在も変わらず、むしろひどくなる一方です。何でこれが値上げなんだ!と怒りで頭の中がまっ白となったのを覚えています。あわせて首都高には利用者を無視して、「今日から料金改定となる」との一方的な通告のみで次々と値上げを繰り返した歴史があります。とにかく怒り心頭に発した私は、以後旧料金の500円で首都高を利用させて頂いております。
 裁判所では差額の100円の意味が議論されているわけです。「100円の値上げは100円分速く走れなければいけない」が当方の言い分に対し、公団側は「決められた通りにやっている。一切の手落ちはない」と意味不明の説明を繰り返してきました。
 時代は確実に変化しています。当時は「不法通行者が何を言うか」と罵詈雑言を浴びせられ、500円通行のたびに愛車をガンガン叩かれていた私が、公述人として意見を述べられるのです。新しい風も心地よいとも思いますが、そうも言ってはいられません。日本国の首都にある首都高速道路の異常事態を何とかしなければ。公団の皆さんも真剣に考えて頂きたい。今日の状況は、値上げがどうのこうのという前の、全くの異常事態なのです。
 正常化には相当の蛮勇が必要です。繰り返された値上げのツケを清算し、値上げに終止符を打つと同時に抜本的対策を見いだして、正常化へ向けて出発するのは、21世紀目前の今が最後の好機でありタイムリミットだ、との認識を新たにする必要があります。

■高速で走れてこそ高速道路

 私は今回の値上げには反対です。断固として反対致します。
 第一に公団は利用者に対して基本的な約束事を守っていません。基本に立ち帰って考えてほしい。首都高速道路は、首都・東京を高速で走れる道路である。つまり我々利用者は「速く走れること」に通行料金を支払うというのが「基本的な約束事」です。
 確かに公団は我々利用者から通行料金を徴収する権利があります。それによって職員の皆さんの快適な生活が保障されるわけです。しかし権利と義務は表裏一体で、職員は速く走れる高速道路を我々利用者に提供しなくてはなりません。それによって我々利用者も快適な生活が保障されるわけで、相応の料金支払いは惜しみません。
 先日、戸越ランプより首都高を利用させて頂き、しばらく走ると地図入りの電光掲示板が目に入りました。地図には渋滞を示す赤とオレンジのダンダラ模様で塗りつぶされています。何と、首都高全域が渋滞しているのです。天災や事故があったのではなく、通常の状態での出来事です。異常事態でなくて何でしょう。
 これまでの値上げは、車線を増やしたとか、大変な費用をかけて橋を架けたとか渋滞解消を理由にしていたが、全く無意味だったのです。ましてや東京の新名所作りが理由になろうはずもありません。「渋滞は解決しました、さあ値上げはいかがなものでしょうか」が順番であり常識であり正常な要請です。それができないならば、首都高速道路の看板を降ろして、「首都低速道路」「首都駐車場」「首都道路」などと改称し、無料開放するべきです。
■渋滞は人災だ

 次の値上げ反対理由は、渋滞原因が事業計画の失敗から来る全くの人災であるという点です。首都高速道路の通行量1日115万台の30%強に当たる40万台は東京には用がなく、中央自動車道から常磐自動車道へ抜けたいが、外環状線がないため止むなく首都高を通らざるを得ない車たちなのです。
 国内のあらゆる物質は、首都高速道路を通過しないと反対側へ行けない構図になっています。全ての生活物質は首都高の通行料金の支払いを強要されているわけで、計画の失敗か故意なのか、日本列島を分断する、いわば関所となっているのです。
 東京に用のない30%の車が流れ込まなければ、高速道路本来の機能を取り戻せます。その唯一の方法が外環状線の建設ですが、外環状線建設を首都高建設の後に回したため、計画のほとんどの部分が土地買収すら終了していません。造れるところから造ってしまった計画のなさと見通しの甘さが、「高速道路全域渋滞」などという化物を生み出してしまったのです。これは完璧に人災なのです。
 今後の仕事は、レインボーブリッジを建設することではありません。トイレを設置して利用者に媚びることでも、ゴキブリを追いかけるように、あっちの車線を広げたり、こっちの車線を増やしたりすることでもありません。ひとえに、全エネルギーを渋滞解消のための外環状線建設に注がなければなりません。
 道路建設は国作りに匹敵するテーマなのです。ゴキブリと追いかけっこをしているような底の浅い計画では世界のもの笑いとなるだけではなく、我々利用者にとっては絶望的な事件なのです。
 それでも首都高速道路公団の皆さんは、できもしない遠大な外環状線の建設計画を提示してくれますが、恐らく100年の歳月を費やしてもできますまい。まず、土地買収まで含めた天文学的な費用が発生いたします。30年間で償却されるはずのプール料金制システムでは物理的に立ちゆかなくなり、立ち往生するのは目に見えているのです。

■戦後立法にしがみつくな

 反対理由の最後は、諸悪の根源であるプール料金制を温存している点です。よくも、こんなバカげた決まりがまかり通っていたかと思うと腹立しくなるほどです。30年で償却するということは、30年で通行料金がタダになることを意味します。
 首都高の羽田一号線が建設され、タダにする約束の30年目が1992年、つまり昨年が(注:公聴会は93年実施)、待ちに待った第1回目の通行料金を無料にする約束の年だったのです。とんでもありません。無料どころか、今年は値上げで大騒ぎをしているのです。「行って来い」でダブルの約束違反です。相手が公団ですから大騒ぎ程度で済んでいますが、これが民間でしたら間違いなく殴り合いのケンカとなっています。全くバカげた話です。
 そのバカげた話の根源がプール料金制です。
 新しく完成した道路の建設費は30年後の無料化をめざして加算され、そのたびに無料化はその日から30年後に先送りされます。日本中の道路は必ずどこかでつながっているわけで、要するに、このバカらしい取り決めは、日本中の道路建設が全て完成してから30年後に無料開放となるという、起こり得ないことを前提にしているわけです。したがって永久に無料開放の日が訪れることもありません。料金は永久に上がり続けます。
 この異常な首都高速道路の混雑を解決する方法を、暫定対策と恒久対策とに分けて考えてみます。
 恒久対策としては、東京を中心として50キロほどの半径で外環状線建設をすることです。自然破壊など解決すべき問題が山積みですが、これとて公団の計画の失敗から、我々利用者がツケの支払いを余儀なくされている点なのです。いずれにせよ今後の十分な議論を待たなくてはなりません。そこで、とにもかくにも混雑を緩和するための暫定対策を考えなければなりません。
 いろいろな方々がさまざまな意見を述べられたと思いますが、最後に「道路は本来無料であるべきだ」ということだけは覚えていて欲しい。特に、今回の値上げに賛成された方々に申し上げたい。
 つまり、天下の公道から料金をとるシステムは特別な仕組みであり、特別な法律(特別措置法)に基づいているのです。それが日本が第二次世界大戦の敗戦から立ち上がるべく、産業の復興のためにやむなく立法された特別な法律であることをわかって欲しい。
 そして世界第一の黒字国になった今、この天下の公道から金をとるという全く特殊なこの法律は廃止されるべきだという主張も理解して欲しい。
 このテーマには首都高速道路公団も建設省も利用者も一丸となって知恵を出さなければならない。最後の最後にもう一つだけ皆さんと約束をいたします。この見極めができた時が私の首都高500円通行の終わりの時であることを……。(■つづく)

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首都高速道路500円通行の正義 第5回/「裁判長、私に100円の債務はありません」

(月刊『記録』94年11月号掲載)

■日本を良くする不払いなのに

 私は町の発明家である。仕事に関連したものに限られてはいるが、出願済みを含めて特許、実用新案を計160件有し、シンプル・イズ・ベストの信奉者であり、常に原点思考を心がけています。
 アイデア創造は物事に不便さを感じることから始まる。不便さは疑問に変化していき、疑問は物事を整理しながら解決へ向けてのエネルギーを生む。思考世界が「必ず解決する」との思いで充満してくるのだ。500円通行もこうしてうまれた新発明、いや、首都高の不治の病には本当によく効く新薬なのです。もっとも、公団にとっては、すさまじい劇薬だと勘違いしているようですが。
 なぜ新薬か。まず、続けている限り常に話題にのぼり、道路料金問題を決して風化させません。それによってまず値上げが凍結となり、無料化への道が開けます。「新薬500円通行」を楽しく皆でやれる環境を整備することが必要で、治してもらっている公団の方が率先して推進すべきだとすら思いますが、逆に500円通行がガン細胞のようにまん延することを恐れているから困ります。
 もっとも、新発見が当初迫害されるのは歴史の証明するところ。単に「600円のところを500円で通る行為」と考えれば、全く非常識きわまりない行動です。たった100円でも、決められたお金を払わないお行儀の悪さに、世の知識人は眉をひそめます。
 しかし町の発明家にとってそのことはすでに織り込み済みです。一見非常識な行動の中に、無謀な値上げに反対という常識があったからこそ、運動は取り上げられ、首都高正常化の大事な肥料となり、小さな小さな芽が出たのです。これをどうしても育てなければなりません。細心の注意を払って大胆に行動しなければなりません。
■公団を法廷に引きずり出せ

 このまま放っておくと、首都高サファリパークには前号で書いた「ヒヒの群れ事件」以上の公団自作自演の大事件が勃発します。そうなれば、「和合は反社会的アウトローだ」と烙印が押せると。とんでもない、そうは問屋が卸しません。1988年5月、裁判所へ訴状を提出しました。弁護士の大津卓滋先生と厳密な打ち合せをした結果です。
 世の中は必ずしも正義の味方ではないことくらい、長い仕事の経験でイヤというほどわかっています。まして法治国家の根幹たる裁判所が、我が方に勝利の微笑みを投げかけてくれるなど、まずないと考えるのが常識です。しかし、安心して500円通行は続けたい。智恵のしぼりどころです。
 さあ、それではデスマッチ裁判編へご案内いたします。
 訴訟を起こすにはさまざまな条件と付帯事項があり、なんでも裁判に持ち込めるわけではありません。特に訴える方の「訴えの利益」が整理されていることが必要です。損害が発生して初めて訴訟の対象になるのです。
 たとえば、「自衛隊は違憲である」という裁判は、訴えの利益がぼやけているの起こせないわけです。また、公権力の適法性を争う行政訴訟となってしまうと、裁判所はどうしても行政側を向きがちで、たいていの場合却下されます。主権者の国民が選んだ国会議員が作った法律に基づく組織が「違憲である」とする裁判は、基本的な三権分立の秩序を乱すと考えるのか、成立しにくいようです。
 だから、「首都高速道路公団の値上げはけしからん」という裁判を起こすことはできません。法律で定められた手順にのっとって値上げ申請が行われたものだからです。仮に起こしても、おそらく審議までは進行しないでしょう。
 首都高の値上げを裁判の舞台に引きずり出すにはどうしたらよいか?大津先生と長時間にわたりシミュレーションをして発見したのが「責務不存在の確定訴訟」というわけです。要するに、「首都高速道路公団が100円払えといっているが、私の方は100円の債務はありません。そのことを認めてください」と実にシンプルでわかりやすく、しかも行政裁判とはほど遠い、れっきとした民事裁判です。ついにやりました。天下の公団と和合秀典とが対等の立場で舞台にのぼったのです。
 実は、さほど新奇な手法ではありません。町の金融業者やヤクザからやむを得ず法外な金利で借金をし、元金の十数倍の返済を求められ途方に暮れている人が、ニッチもサッチもいかなくなり、夜逃げ寸前、弁護士先生の門を叩いた時、救済措置としてまず打つ手なのです。借り入れた元金はすでに返済しているのに、法律に定められた以上の金利を請求してくる貸し主に債務はありません。裁判所で証明してください、というわけです。そして、ここで裁判所は強烈な正義の味方となり、ほとんどの場合が勝訴となるそうです。
 その悪徳金融業者と同じ土俵に天下の首都高速道路公団がさらされてしまったのです。当の公団もびっくりしたでしょうが、前代未聞の切り口に裁判所側もずいぶんと驚いたことでしょう。第一回公判が訴状提出から5ヶ月もたってやっと開かれたくらいです。まさに超ウルトラ裁判の幕開けです。

■不払いは千回を超えた

 もう一つ、私には隠し玉がありました。裁判は勝負の他に、「訴訟を起こした部分の時間が止まってしまう」とでもいうべき特長をがあるのを利用することです。判決まで、世の中が日々進化していくなかで、その部分が取り残されたように凍結してしまう・・・・特許申請をしたいくらいの、誰も考えつかなかった超ウルトラCはここを利用したものです。
 訴状提出の日はやはり首都高を500円で出かけました。あいかわらず非常ベルがけたたましく鳴り、ビデオカメラに執ように追いかけられ、ウジャウジャと集まっているおじさんたちに丁寧に説明しました。
「これから裁判所へ行ってきます。公団が正しいのか私が正しいのかは裁判所が決めます。日本は法治国家です。裁判所の決定には従います。それまで私を止めることはできません」と。
 忘れもしません。次の日からは、あれだけ激しい抵抗にあった500円通行が、なんのおとがめもなしとなったのです。「ご苦労さん」とはいいませんが、料金所のおじさんたちもホッとした表情で私を送ってくれます。本当に晴れ晴れとした表情で何かツキモノが落ちたようです。
 以来、7年目に入る500円通行は1100回を超え、700円に値上げされた現在でも何の問題もなく、毎日楽しく500円通行しています。判決までは500円で大威張りなのです。立派に法律に従った行動なので、警察も誰も止められません。この、いわば「裁判効果」に公団側は今さらながらやっと気づきあ然としています。効果を知って、上手に裁判とお付き合いすることが必要なのです。何しろ長丁場、いや、むしろ長丁場にしなければなりません。
 それにしても随分とおじさんたちにも迷惑をかけたものです。この半年、命をかけたドタバタは一体何だったのだろうか?と考えてしまいます。
 なお、「大変頑張っておられますが、裁判に負けると大変なお金を支払はなくてはならないのでしょう」とよくいわれますが、私たちが首都高に対して訴訟を起こしたのであって、負けたとしても、「お金を支払え」との判決は出ません。首都高がお金を徴収するには、逆訴訟して勝たねばならないのです。

■公団弁護士費用も通行料金から

 第1回公判は10月31日午前10時半より東京地方裁判所706号法廷で開かれました。一回目はお互いの書類やら、その他の確認だけでほんの数時間で終わります。傍聴席は満員で、後でわかったことですが、ほんの一部のマスコミ関係者以外は全て公団職員でした。
 公判終了直後、公団の面々が打ち合せをしている部屋を表敬訪問しました。人垣の中心で弁護士先生らしき人が一心に説明しています。「この裁判は必ず勝つから心配しないように」とか、「和合側の戦略はこうだ」とか話をしています。そこで初めて公団側の上野弁護士との初対面を果たしたのです。
「今後、長いお付き合いとなります。宜しくお願いします」と私は握手してまわりました。もちろん、上野弁護士とも名詞交換し、和気あいあいの初対面を果たしたものです。
 しかし、上野先生。あえていいますが、「基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」(弁護士法第一条)はずの弁護士としちゃあ、ずい分ヘッポコじゃないですか。
 あなたにあるのは「首都高速道路公団は国である、国が和合秀典に負けるわけがない」ということだけとお見受けします。私にいわせればカラッポですね。でもまあ、弁護士が六法全書を片手に法廷で弁論を張るのはお仕事ですからよしとしましょう。
 しかし、なりふりかまわずの和合つぶしの官僚の先頭に立ち、首都高速道路公団おかかえ弁護士の評価を宜しくするために信用金庫へ出向き、人の金をいじくりまわすのは、ヘッポコとしかいいようがありません。よくぞ世界一難しいといわれる日本の司法試験に合格したものです。
 さらに腹が立つことは、彼への少なくはないだろうと思われる弁護士報酬費用も我々の通行料金から拠出される点です。額は私の100円不払い分の比ではないでしょう。どうもこの辺のつじつまが合わない。こちらは自費で賄い、公団側の費用は通行料金で拠出されるのだ。そしてその通行料金は私も支払いをしている。少なくとも公団は500円の通行料金を私から徴収しているのだ。
 この際、本誌上を借りて上野弁護士に告ぐ。
 裁判は貴男がいなくとも最終的には公団が勝つでしょう。貴男のいうとおり、国が個人に負けることはないからです。だから、貴男が私に勝つことは裁判に勝つことでありません。貴男が500円通行を止めることが私に勝つということである。その意味では、現在まで私の連戦連勝であるとここに宣言する。

■最高裁判決までデスマッチだ

 それから4年の歳月が過ぎ、一審判決が出ました。予想通りの敗訴ですが、完璧な負けではありません。部分的には公団が正しいが、全体では和合が正しい、という玉虫色の判決です。それにしても大津先生もよくぞ4年も引っ張ったものです。超ウルトラ裁判ならではの結果です。
 判決書面を手にしてエレベーターの前に立っていますと上野先生のところの若い弁護士が肩越しに話しかけてきました。「どうです和合さん、感想を聞かせてください。いや、負けた感想が聞きたいのです。これで500円通行はできないでしょう。和合さんは裁判の判決には従うと常々いっていましたからね。これで和合さんの首都高問題はおしまいということでしょう?これで和合さんとお別れかと思うと一抹の寂しさがあります・・・・」。
 このいやらしさはどうでしょうか?「どうだッ、参ったかっ!」てなもんです。こちらは、次の高等裁判所にはどんな書面で行くのか、などの作戦を、あれこれ大津先生と楽しく話していた後でしたから、腹も立ちません。それはそれは丁寧に親切に失礼のないように、粗相のないように、考えられる最大の気づかいをもって、法治国家日本の基本を教えてさしあげました。
「上野先生にお伝えください。ご存知とは思いますが、念のため申し上げます。日本の裁判は三審制なのです。今後、高裁・最高裁と続くのです。まだまだ先生とお別れするわけにはいきません。『そんなに私を嫌わないで今後とも宜しくお願いします』とお伝え下さい」。その時の彼の、ハトが豆鉄砲を食らったような無邪気な顔が忘れられません。とても新鮮で素敵でした。(■つづく)

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首都高速道路500円通行の正義 第4回/愛車を破壊する幻の志村料金所

■息子への社会勉強のつもりが
 非常に優れた官僚たちではあるけれど、ある部分ではとんでもないアホである。そのアホさが、目的達成のために膨大なエネルギーを垂れ流します。
 1分間に3000回転もするレシプロエンジンを積んだ、機械文明の最高峰を行く自動車を人数に頼んで人力で止めようというのだ。そのエネルギーが我々の通行料金や税金であったりするからかなわない。
 当時10歳の長男を同乗させたことがありました。窓ガラスに類々とへばりついて、凄い形相で口をパクパクさせているおじさん達に彼は何と、アッカンベーをして見せた。おじさん達に負けじとばかり、窓に顔をつけてやっていました。おじさん一人一々にまんべんなく、実に丁寧に、実に忙しくやっていたのです。
 子どもというのは凄いものだと思いました。彼はサファリパークで、ヒヒの群れに車を囲まれたくらいの認識しかない。かわいそうにおじさん達はヒヒになってしまいました。
「総君どう思う?」。最後の若者との別れた後、息子の感想を聞いてみると、実にシンプルな答えが返ってきました。「あのおじさん達どうかしてるんじゃあないの、自動車を手で止めようとしているよ。僕だったら車の前に丸太棒でもゴロンと置くよ。それで終わりだよ。今度はいつ行くの?」と景色を見ながら実に楽しそう。
 子どもにもわかるアホさを、彼らは決して気づかない。彼らにとっては重大なことなのだろうが、我々にとってはどうでもいいことに、「正義は我にありと」と錦の御旗を振りかざして、それこそ全力で汗を流すのです。
 そんな彼らを見ていると、愛すべき奴らだと思う時もありますが、その汗が税金だったりするものだから腹が立つではないですか。
 さて、この話にも後日談があります。実は、この件に関しては他言無用との約束が総君とできていました。言葉で確認したわけではなく、男同士の無言の約束。私としては、彼の社会勉強も兼ねた教育の一環くらいにしか考えていなかったので、「総君、あのおじさん達は一生懸命に仕事をしているつもりなのだ。そして、頭からお父さんを悪者と決めてかかっているのだ。将来、仕事を選ぶ時は決してお金を基準に決めてはいけない。その仕事が社会にどのくらい役に立つかを基準にしなければならない」などと、いい気持ちで親父ぶっていたものです。
 だがしかし、うまくいかないのが世の常で、いい気持ちはそれほど長く続きません。ヒョンな事からこれが公となってしまったのです。さあ大変、内外で賛否両論、カンカンガクガクの教育論が渦を巻く結果となってしまいました。もちろんその渦中で善戦健闘したのですが多勢に無勢で、とてもかなうものではありません。全くヨレヨレとなってしまいました。
 いうまでもなく、「いくら何でも行き過ぎ」というものも含めて、圧倒的多数が反対派。「すばらしい教育」といってくれた賛成派はごく少数でした。賛成か反対が極端に分かれて、中間とか、どうでもいい、とかの意見がないことが特長でした。読者の皆さんは賛否いずれでしょうか。

■公団の無謀に警察を呼ぶ

 さて、高島平サファリパークが半年も続いたある日、ついに最後の事件が起きました。ついに警察のお出ましです。最終的には裁判へともつれ込む事件が幕を開けました。
 勘違いをなさらないように。首都高速道路公団の乱暴さについに堪忍袋の尾を切って110番通報したのは私の方なのです。まことにおかしな図式ながら、あまりのお代官の無謀さに、恐れながらと隣村のお代官様に訴えた結果、お代官同士の対決となってしまいました。さてさてどうなる事やら。善良なる市民の私めは只々恐れおののき、事の成り行きはいかに、と見守るばかりです。
 心地よい乾いた風が車内を通り過ぎます。ソロソロとでも動いていた愛車プレーリーは、料金所に近づくにつれてますます遅くなり、直線コースに入りおじさん達が見えてくると、完全に止まってしまいました。なんと、料金を払い終わった車でさえ、動くことができないのです。
 とにかく前後左右、車でビッシリ埋まっています。自動車の群れ特有の、何ともいい難い騒がしさで辟易します。考えてみると、まことに不思議な「高速道路」です。
「空は」と見ると何もありません。あくまでも青く、永遠に続くであろう青さが深く広く、ただ空ばかりです。人間の機械文明もたいしたことはない、いまだ空を征服できないでいる。生活レベルでの利用が可能でなければ征服したことにはならない。いつまでこんな地表をはいつくばる機械文明が続くのだろうか?鉄骨とコンクリートの世界とは早くおさらばしたい。
 何の気負いもなく、ごく平凡にカモメみたいに空を飛ぶ日常を過ごしてみたい。鉄腕アトムのSFの世界が来た時、空中自動車が世の中に受け入れられる値段は800万円程度かな?それこそ大ヒット商品となるだろうな。西暦2020年くらいかな?メーカーは多分、本田技研工業だろう。などと、空想の世界に浸っていました。

■さあ、戦闘開始です

 突然、メルヘンは途絶えました。いきなりおびただしい数の公団職員が眼中に飛込んできたからです。突如としてサイレンが鳴り渡ります。右往左往、蜂の巣をひっくり返したような混乱ぶりです。どういうつもりなのでしょうか、ビデオカメラが2台、左右から撮影しています。
 さあ、戦闘開始です。愛車プレーリーも窓を閉めバックミュージックの準備をします。今日はシベリウスのフィンランディアを用意しました。
 重く、地をはうように静かな序曲が始まります。名曲のメロディーに心身を浸していると、窓にへばりついている職員の顔が何か異次元のETに見えてきます。
 厳かさの中にも軽快なテンポに変わったその時、今日は何かが違うことに気がつきました。おじさん達の気合の入れようが、いつもと違い相当なもので、顔々がヒステリックに歪んでいます。私は前の車にすき間のないようにピタリとついて前進する戦法をとるのですが、肝心の前の車が止まったまま動きません。職員が何か頼みごとでもしているようで、やたらペコペコとお辞儀をしています。「すみません、もう少しお待ちください」とでもいっているようです。
 そこへ、どこからともなく公団の車が登場します。例のごとくピカピカと回しているパテライトの華やかさで雰囲気が一変してしまいました。前の車が前進する、公団車がバックして入れ替わる、という作業が手際よく終了しました。
 気がつくと、後ろにも公団車がパテライトを回しピタリとつけています。さあ、これで完璧にもニッチもサッチも行かなくなりました。職員の皆さんの顔は実に晴ればれとして気持ちがよいほどです。「どうだ、参ったか!」というふうに勝ち誇って実に楽しそう。
 私は、「こりゃあ持久戦になるな。セブンイレブンでおにぎりでも用意するんだったな」などと食い意地が張ってきました。「まあ、時間はタップリある。今日はここで夜明かしか」と、心はすでに夜明けのコーヒーに思いを馳せます。

■ワイパーもぎ取り、ミラーもねじ曲げ

 フィンランディアは激しくフィナーレを迎え、そして沈黙しましが、静かな時間は長くは続きません。勝ち誇った公団職員はプレーリーを叩くやら、ゆさぶるやら、お祭り騒ぎとなってしまいました。とにかくどうなるかわかりません。
 何しろ、いつもと全く違います。そのうちワイパーがもぎ取られました。サイドミラーもねじ曲げられます。ワッショイ、ワッショイとエスカレートしていきます。おじさん達とすれば、日頃のウップンが溜まりに溜まっていたのでしょう。
 プッシューという大きな音と共に車が傾きました。前輪右のタイヤの空気が抜かれたのです。続いて左のタイヤも抜かれました。万事休す。もう本当にお手上げです。どうすることもできません。完敗です。
 しかし、これはどう考えてもやりすぎではないのか。この後、公団はどうするつもりなのだろう。しゃあない、警察にでも電話をしてみるか、と恐れ多くも隣村のお代官様に直訴を致します。
「もしもし、警察ですか?私は和合と申します」。
「ああ、和合さんですね。どうなさいました?」。
「今、首都高でひどい目にあっています。タイヤの空気を抜かれて立ち往生しています。助けてください」。
「わかりました、すぐに直行します。それまで頑張って下さい(とはいいません)」。
 そうです、たしかに警察はいいました。「和合さんですね」と、昔から知っている口振りでした。和合姓は電話でいうと必ず聞き返される、なかなか難しい名前です。それを初めて話をする人が親しげに応対してくれました。恐らく、この件に関して首都公団と沢山の打ち合せをしていたのでしょう。
 恐らく公団は、「和合が・和合が・あの和合が!」と連発していたのに相違ありません。それでなければ、こんな難しい姓に対して瞬時に応対できるはずがないのですから。
 私は、「全く首都公団はフェアーではない」と憤慨していると、さすがに早い、サイレンも勇ましくパトカーが現場に到着です。

■料金所は通らなかったことに・・・・

 さあ、問題はこれからです。とにかく待てど暮らせどお巡りさんは私のところへは来ません。公団職員と身振り手振りで何事かを打ち合せしているばかりです。10分たっても20分たっても、そのままです。
 ドアを開けて出ようとすると、「ダメダメ和合さん、危ないから出てはダメです」と大勢の職員に押込められてしまったので、乗車したまま身を乗り出して、「お巡りさん、こっちだこっちだ。呼んだのは俺だよ」と叫ぶと、お巡りさんは、「チョット待ってください」というふうに手を上げて、軽い会釈をするばかりです。次の展開までもう暫く待たなければなりませんでした。
 30分ほどたったのでしょうか、お巡りさんはやっと私の所へ来てくれました。そして彼はこう云ったのです。
「和合さん、申し訳ありません。ただ今、和合さんに対しての対応を本部と打ち合せ中です。まことに申し訳ありませんが、もう暫くお待ちください」。
「ふーん、だけどそんなに長くは待てないよ。難しいことではないよ。囲みを解いて私を通してくれればいいんだよ」。
「うーん、もう暫くお待ち下さい」。
 お巡りさんは本当に申し訳なさそうに言い訳をしています。仕方がないので、もう少し待つことにしました。しかし、最後の待ち時間は短いものでした。
 突如として、なんとJAF車が到着したのです。曲ったサイドミラーを直して、ワイパーを交換します。そして最後にそれこそ手際よく、タイヤに空気が入れられました。さあ、これで元通りです。さすがに隣村のお代官様はやる事がちがう。たいしたものだ。
 こうなるとフリーウェイクラブの会長は快調そのものとなり、とどまるところを知りません。「ハイハイ前の車を退かしてください。通り道の邪魔になりますよ。時間がありませんからね、早く退かしてくださいよ」。
 そこへまたお巡りさんが来ます。「和合さん、今日は私に免じて600円払ってもらうわけにはいきませんか?」。
「いや、お巡りさん、警察もたいしたものだ。なかなかの計らいで感謝しています。が、それはそれ、これはこれです。600円払えというのは難しいことです」。むげには断りにくい状況なので、慎重に言葉を選びながら意志の固さを伝えます。
 すると、お巡りさん折衷案を出してきました。「わかりました、和合さん。じゃあ、『今日は志村料金所は通らない』でどうでしょうか。職員の皆さんで誘導致しますので、ここから一般道へ出てくれますか?」。
 このお巡りさん、なかなかの苦労人で、双方の顔を立てようという心が手に取るようにわかったので、私も渋々妥協したことにして若いお巡りさんの顔を立てました。
 何か不服そうな顔の職員さんの人垣を沿って一般道へ出た時は、かれこれ3時間も費やしてました。暫く走ると大和料金所の入り口が・・・・。志村料金所は通らない代わりに、ここを通ろうと決めました。一日のつじつまはどうしても合わせておかねばならないからです。さあ、大和料金所に着きました。これより今日一日のつじつま合わせを致します。
「おじさん、ハイ通行宣言書と500円 頼むよっ」。
「あッ!和合ッ!100円!この野郎ーっ!100エーン」。(■つづく)

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愛車を破壊する幻の志村料金所 第3回/「大の字おじさん」を生む非情な公団体質

(『記録』94年9月号掲載記事)

■100円のために100万円の出費

 今となって考えてみると、おかしなことがたくさんありました。首都高速道路公団が、いつ、どこから来るのか、または来ないかもわからない私の来訪に備えて、常時50人以上の人数を備えて厳戒態勢を敷いたのは、その最たる例でしょう。
 志村料金所はもちろん、大和料金所や池袋周辺の料金所に出現した、ヘルメットに黒マスクのものものしい若者たちが周辺の人々を驚かせました。しかも、彼らのアルバイト料や、おじさんたちの残業手当てが1月で100万円をかるく越えたというのです。これが、たった私一人のために用意された公団のメニュー。たった100円の通行料金不足のために、です。さらに公団は、このメニューを半年間維持し続けました。
 不足料金の100円の督促状書留封筒にも驚かされました。100円を徴収するために800円分の切手が5、6枚ベタベタと貼ってあるのです。コスト意識のかけらもない。
 一方で公団はマスコミに対して絶叫していました。
「これは和合たった1人のことであるっ!600円を払っている和合以外の100万人の利用者に申しわけない 私たちは通行料金の徴収義務があるのだあーっ!絶対に和合を許すわけにはいかない!あやつは犯罪者なのだあーっ!」などと、ほとんど絶叫マシン。理論も理屈も全くない。意味のない道徳教育みたいなことを延々と叫んでいます。反応の過敏さに、こちらの方が驚いてしまう。
 しかしいくら驚いたからといって、引っ込むわけにはいきません。江戸時代の農民でもあるまいし、お上意識むき出しの敵に、「お代官様、後生だから年貢(通行料)を負けてくんろー」などとは口が裂けてもいえないのです。へへーと頭を下げるわけには絶対にいかない、そんな光景は考えただけでも胸クソが悪くなる。
 自分の方が絶対に正しい との双方の思い込みが激突し、日に日にエスカレートしていきました。マスコミがはやしたて、野次馬の人垣ができるようになると、首都公団は何を勘違いしたか、「和合潰しの行動は全てが正義である。必ず現場で阻止せよ」と指令を出しました。かわいそうなのは料金所のおじさんたちです。忠義を尽くすあまり、ついには一命をなげうってでも阻止しようとする者が出てきました。
 フリーウエイウラブの会長(筆者)も会長で、怪傑ゾロかルパン三世の心境。日時はもちろん、使用するゲートまで指定して「止められるならやって見ろ」とばかり、あらん限りの知恵を絞って対抗していきました。

■パテライトをテカテカ回転させて

 そして ついに最初の事件が発生。その日、私は料金所を通過し、すさまじい怒号を後にして最後の追跡者を振り払い、愛車プレーリーを通常の速度に下げました。あとは午後の高速道路を快適に飛ばすだけ。大和料金所を過ぎて池袋方面には向かわず高松で降りる予定でしたた。
 その時、けたたましいサイレン音とともにスピーカーが、「そこの大宮ナンバーの車止まりなさいッ 直ちに停止しなさい!」とがなり立てています。「何じゃい」と思ってヒョイと見ると首都公団の車ではないですか。工事車風の車がパテライトをテカテカ回転させて、にぎやかなこと。「何様だと思っているんだ」などと思いながらも、「わかったわかった」というふうに、手を挙げて道路脇へ停止しました。これからどうなるんじゃい、とワクワクしながら下車すると、ドカドカと公団職員たちも降りて来ました。
 ズラリと私を取り囲んで、口々にわめきたてる様は、ピーチクパーチクとこれまたにぎやか。グルグル回っているパテライトが舞台効果を盛り上げ、何か重大事件勃発といった雰囲気を醸し出す。さしずめ人垣の真ん中の私が重大犯人というわけです。
 これは敵役。私には全くのはまり役!あごひげにサングラスの怪しげな風貌は、事件の重大さをいやが上にも盛り上げる。通りかかる車は例外なく、この光景を楽しむために速度を落とし、通り過ぎる一瞬に、物語を理解しようと身を乗り出していました。まさか「100円の取りっこ」などとは誰も思いますまい。
 公団職員はここぞとばかり口嚇泡を飛ばしてまくしたてます。「何でお前は600円と決まっている場所を500円で通るのだ!他の100万人の皆さんに申しわけないと思わないのか!自分だけよければ他人はどうでもよいというのか。卑劣な野郎だ!人の迷惑を考えたことがあるのか!首都公団で働いている我々の迷惑を考えたことがあるのかーっ!」。本当は、一番最後のことがいいたくて、意味不明の事柄を延々と言い立てる。
 私は、「料金所の続きを、またやろうというのか」とあまりの新鮮味のなさにガッカリして難しい顔をして黙っていたら、恐れ入ったとでも思ったのでしょう。職員の皆さんはドンドン興奮してエキサイトしていきます。
■俺を殺して100円払え

 さあ、舞台もクライマックス。頃はよしと、最も勇ましく最も太ったチンチクリンのおじさんが、「和合!どうしても通るというのなら、俺を殺してから通れーっ!」と鶴のごとく一声叫ぶや、次の瞬間驚くべき光景が出現しました。このおじさんが、我が愛車プレーリーのまん前に、大の字となってドーンと寝てしまったのです。
 この光景を想像して下さい。パトカー宜しく、クルクル回るパテライト車があり、その前に並んだ民間車があり、そのまた前に公団職員の一群があり、一群の真ん中にあごひげを蓄えたサングラスの怪しげなる人物が、苦虫をかみ潰したような難しい顔をしてごう然と立つ。そして何と、その足元に首都公団職員が制服のまま大の字で寝ているのです。回りの人はかたずを飲んで無言でただ見ているだけ。それが他でもない高速道路上で起きている光景なのです。
 とにかく、おじさんの出現で重大事件は謎めいたサスペンスの模様を呈してきます。興味津々の通行車の速度はますます遅くなる。
 謎めいた光景の中には、説明できないことが多くあるものですが、通行車がいかに速度を落とし、通り過ぎる一瞬の時間を最大にしたとしても、その間、目の玉をひんむくほど見開いて、脳細胞をガチャガチャに活動させたとしても、この事件の値段がたったの100円であるとは見抜けますまい。さすがの私もあっけにとられ、しばらくは見ているだけで解決策が見つかりません。
 5分・10分・・・・。そのままの状態で過ぎていった沈黙の時間を破ったのは、私の最も常識的な平凡な一声でした。「おじさんも家へ帰れば奥さんの子どもさんもいるのだろう?つまらないことをするものではありません。起きなさい!」。
 今度はおじさんは腕を組んで瞼を閉じてしまいました。「聞く耳は持たん、テコでも動かんぞ」というふうです。今度は同僚の説得が始まります。「オイもうやめようや、こんなことをしてもどうしようもない。起きろ、起きろ」。同僚の説得が2人3人と広がって、ついにおじさん渋々と起き上がりました。
 私は、「じゃあ俺は行くよ」と職員の皆さんに手を挙げて挨拶をし、愛車プレーリーの人となると、職員の皆さんが心持ち黙礼をしているかのようでした。
 しかしこれでもまだ、序章に過ぎない出来事なのです。次回はついに警察のおでましです。彼らは結局私に詫びを入れることとなってしまうのですが・・・・。

■組織のために命を捨てよ

 さて、この「大の字のおじさん」事件には後日談がある、というより、重要なポイントが後日談にあったといった方が正解です。
 さすがに腹の立った私は翌日、霞ケ関の首都公団本部へ怒鳴り込みました。応接間に通されてお茶が出てきます。現場とのやりとりとは裏腹に何故か本部の人たちとは話が弾みました。「和合さん、500円通行はもう勘弁して下さいよ もう十分でしょう。私たちも一生懸命やっています」。
 私は、「いや、今日はそんな話をしに来たのではありません。昨日こんな事件がありました」と一部始終を話し、「念のために確認しますが、まさか公団では命を張ってでも和合を止めろと指示しているのではないでしょうね?あとに残された家族のことは公団が面倒を見る、とでもいっているのではないでしょうね?このままでは事故がおきる。いったいどういう了見なのですか!」と詰問しました。
 公団側は当然、「和合さん済みません。これは私どもの行き過ぎでした。現場にはよく注意しておきます。いくら何でも100円のために命を危険にさらさせるわけにはいきません」と返答すると思っていました。案の定、今まで黙って聞いていた公団本部の人は目を輝かせ、「本当ですかッ?本当にそんなことがあったのですか?」と切り出します。ここまでは、ほら、おいでなすったと思っていたのです。「いくら何でもこれからは注意しなければならない。まだまだ長い付き合いが続くのだから」と続くのだろう・・・・。
 ところが、とんでもない答えが跳ね返ってきました。
「それはすばらしいッ!」・・・・な、なんだッ?
「今時、そんな骨のある男がいたのか!公団職員にはそんな素晴らしい男がいたのか!」・・・・そ、そんな馬鹿なっ。何だこれは?
 それからの私は、100円不払いはそっちのけで、世の中の常識論を職員に延々と説明するハメに。ところが、いくら説明しても理解し得ないのには困りました。彼らは大の字のおじさんの偉業を私に理解してもらえないのを不思議がっているばかりです。

■官僚制の弊害極まれり

 まるで価値観が違う。広東語とフランス語で話をしているよう。組織のためには命を捨てる。何か高倉健の親分子分の世界と似ています。私がひき殺したりしようものなら(するはずないが)、霞ヶ関におじさんの銅像が立ちそうです。
「大の字のおじさん」については、以後機会のある度に、多くの人の感想を求めてきましたが、先だって日本高速道路公団の公聴会の折にお話しした、建設省有料道路課の荒川さんも、「今時、随分根性のある人だなあ」と、先程の職員と同じ反応を示しました。
 一方、フリーウエイクラブの会員は私と同意見。
「へえー 馬鹿じゃないの」。
「怪我をしようと思ってわざとやっているんじゃないの」。
若いマスコミ関係者は、
「行政側は国民感情がわかっていないのだ」。
「この異常さが理解できないなんて、恐ろしくなる」。
年期の入ったマスコミ人は、
「いや 和合さん こんなもんですよ」。
「これが官僚世界の最たるもんですよ」。
 人生50年目にして初めて知った、この未知の世界は希望も未来も夢もありません。あるのは馬鹿らしくもあり滑稽でもある、およそ我々とはかけ離れた不毛の非常識だけ。
 絶望的なのは、彼らが優秀な官僚たち、とされ日本の国に絶大な影響を及ぼしていることでしょう。何とかしなくてはならないが、さほど悲観したものでもありますまい。時代の流れはまぎれもなく大きくカーブしているからです。
 近年、正常へ正常へと時間の浄化作用が大きく作動しはじめ、歴史的に重大な出来事が世界で数多く勃発、世界の仮想敵国だったソ連さえが崩壊しました。日本でも自民党一党支配が崩れ、1年間に4人もの首相が変わり、自社連立が政権を掌握するなど、よくも悪くも混沌としたカオスから新しい秩序が形成される時代なのです。
 新しい時代の風が間違いなく吹いている。その証拠に、今だに私は首都高速道路を500円で通行しています。新しい時代の新しい風がそれを許しているのではないでしょうか。
 最近は料金所のおじさんとは非常にうまくいっています。徐々にではありますがファンも増えてきました。
 しかし、この間は私のちょっとした物忘れのせいで随分怒られてしまいました。
「おじさん、申し訳ない。通行宣言書をきらしてしまった。今日はこの名刺で通らして下さい」と、500円玉と名刺を料金所のおじさんに差し出すと、「やあ和合さん」と素敵な笑顔で迎えてくれたおじさんが、烈火のごとく怒り出しました。「ダメダッ!あの紙(通行宣言書)がなければダメダッ!あの紙がなければ絶対にここを通すわけにはいかない!」。おじさん、あの時はゴメン。(■つづく)

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首都高速道路500円通行の正義 第2回/公団とのデスマッチが始まった

(月刊『記録』94年8月号掲載記事)

■料金改定、今日から600円

 だいぶ後になってわかったのですが、500円通行で首都高速道路公団が慟哭した度合いは、想像をはるかに越えたようです。
 当初は無視していた公団も、マスコミが私をたびたび取り上げるようになると 「何をバカな事をやっちょっるのだ」という感じで和合対策に腰を上げたのですが、やがてそんな単純な問題ではないとわかったからです。私の反乱は、ひょっとすると公団がなくなっちゃうかもしれない、重大な蟻の一穴でした。
 私の方は気楽なものです。「2年半で50%もの値上げなんて、ふざけちゃいけないよっとくりゃ、ホイ500円」と500円玉を貼り付けた旧料金通行宣言書で首都高速道路と毎日お付き合いをして続け、今もそうしているわけです。それだけです。

 今回は、運動の原点となった、87年9月11日以来の私と公団とのやり取りを、活劇風にまとめてみました。
 まだまだ汗ばむ陽気でした。抜けるような青い空に、落書きをしたような透けた白い雲が点在しています。いつものように私の経営する会社近くの首都高高島平入口から志村料金所へ向かいました。
 やれやれ料金所のはるか手前でもう渋滞です。当時の私は、「首都高は渋滞するのが当たり前」と無意識に納得していたのか、何の感情もわき起こらず、ただ車の流れに身を任せていました。大きく右へカーブし、視界が開けて直線コースへ入ると、忙しそうに働いているゲートのおじさんたちが見えてきました。そこまではいつもと同じ、ありふれた風景でした。
 が、その日は不思議な立看板が目に飛び込んできたのです。「料金改定、今日から六百円」という・・・・。
「何じゃい、こりゃあ」。この時、脳の奥深いどこかでプチンと何かが弾けました。どこからか、小さな信号音が確かに聞こえたのです。立看板の文字を理解しようと、目まぐるしく脳細胞が活動しましたが、「値上げ」以外の意味を見出せないまま、ゲートに着いてしまいました。
「ハイッ、今日から600円」と、料金所のおじさんが発した事務的な言葉にハッと我に返りました。プチンとはじけた小さな穴から「玉ヤーッ」のかけ声が掛かったかのように、ドカーンと火山が爆発します。
「ふざけるなッ、この野郎ッ!」と言えた方が、怒りの程度は小さかったのでしょう。危険すぎるマグマの吹出口を必死になって覆っていた私は、引きつった頬をピクピクさせながらギコチなく、しかし厳かに告げました。「これはとても納得出来るものではない、とりあえず今日のところは500円をお支払する」。はた目にはむしろ冷静にみえる態度で、名刺を差し出してゲートを通り過ぎました。

■公団に通行予告

 さあ、あとはお待ちかね500円通行の始まりです。私と首都高公団の血わき肉おどる活劇に、読者の皆さんも参加して下さい。
 車のナンバーを覆い隠し、無料で突っ走る暴走族はいくらでもいます。しかし住所氏名を明らかにし、白昼堂々と、しかも毎日、600円のところを500円で通るやつがいる。多い時には日に6回もある。「一体これは何者なのだろう?思想団体の嫌がらせか、はたまた、とんだ愚か者か」。年商2400億円、1400人の大組織である首都高速道路公団がびっくり仰天して、ジャジャジャ、ジャーンと開幕ベルが鳴った。
 正義は私にあるのだから、逃げも隠れもしない。公団には通行予定を前日にしておきました。「明日、志村料金所の1番左のゲートを通る。時間は6時半、料金は500円。昨日は職員が20人しかいなかったが、私に対して失礼である。倍の40人は用意しないと私を阻止できない。完璧を期すならば、自衛隊1個中隊を用意しておくことだ」と。
 だから、彼らは万全の用意で、今か今かと私の訪問を待ち望んでいるはずなので、期待を裏切るわけにはいきません。クソ忙しいところを約束の時間までに仕事を中断し、通行宣言書と500円玉を用意します。車内ミュージックはラベルのボレロを用意しました。さあ出発です。
 笹目橋を渡り、高島平入口に近づくと見張りがずらりと立っていました。目深にかぶったヘルメットにサングラス、菱形の黒いマスクと云う出で立ちで、カラステングみたい。濃紺のつなぎの服を来て、右手には懐中電灯を持っていました。それが料金所まで3キロあまりの道のりに点々と続くのです。
 私の姿を確認すると彼らの懐中電灯が大きく振られ、後方へ合図を送信、「まさにカラステングがのろしを上げているようなものだ」、などと大笑いしながら、愛車プレーリーはゲートへ向かう。
「和合来襲ッ!」(本当にこう叫んだ)。のろしで届いた情報に料金所は右往左往で大騒ぎ。とにかくスクラムを組んで今や遅しと獲物を待ち構えています。

■100円ッ、100円ッ、100円ッ!

 クスリが効いたのか、500円通行を重ねるたびに、私を迎える公団職員の数が増加、この日も雲霞のごとく湧いてきました。阻止し、差額の大枚100円を腕ずくで取ろうというわけでしょう。
 私も負けてはいません。潮が満ちてくるように単調なボレロのメロディーが、大きく押し寄せてきまました。双方ともに準備完了。
 外では、ラベルとは比較にならない怒声が飛んでいるようです。「ふざけるな、この野郎!ここは600円と決まっているんだ」などとわめいているのでしょうが、残念ながら窓は完全に閉め切ってあり、ただ職員諸君の全く品のない形相だけが窓外に迫ります。
 大歓声の中、やっと料金所に到着。とにかく通行宣言書と500円を渡さなければ、と500円玉の厚み分だけ窓を開けました。
「100円ッ100ッ100円ッ」。
ワンワンと大合唱が飛び込んで来ると同時に、その小さなすき間から指を入れようとしてきました。何んともはや、たいした執念ではないですか。通行宣言書と500円玉をゲート落とした後、窓ガラスを閉めて指を挟んでやると、ビックリした顔をして手を引っ込めました。ハイ、これでまたラベルの世界に戻りました。
 職員はガラスの向こうでまだなにやら喚いています。その形相から推察すると、「何をしゃがんでー、この野郎」てなことをいっているに相違ありません。
 再び発車。ほんの少し速めてソロソロと、10メートルほど進むと愛車に鈴なりにぶら下っていた職員がまず脱落しました。体力の相違ですから仕方がありません。わが車と一緒に走っているのは5人ほどの若者だけになってしまいました。
 そこで窓を開けて、やおら若者に、「大丈夫か?、と話しかけると、若者は、「ハァハァハァ」と答えるのみ。「少しスピードを上げるぞ」「ハァハァハァ」「よおし、もう少し大丈夫なようだな」。この段階では一番屈強な若者が1人しかいない。車と一緒に懸命に走っている意味が急速にぼやけてしまいました。頃あいを見はからって料金所近くの緊急非難場所に車を止めたて、やおらドアを開き下車するとその若者は、何か所在なさそうにキョロキョロしています。「危ないから、とにかく気をつけて行けよ」と声をかけ、悪びれた様子もなくコックリとうなずく若者を後にして再び発車しました。
 今から考えて見ると、一体これは何んだったのだろうかと思いますが、500円通行開始当時は私も公団も大真面目でした。
 こんな騒ぎが半年も続けば、双方ともだんだんエスカレートするのは人情で、さまざまな事件が起きました。次号では私の車の阻止のために命をかけた公団職員の話をします。この事件にはビックリすると同時に、公団の実態が、我々がイメージしている公団とは似ても似つかない世界であることが除々に判明してきたのです。

 その当時、首都高速道路公団の営業部長だった関氏が、後にシミジミと語ってくれました。
「弁護士費用も含め、公団の和合対策は極めて深刻なものでした。『500円通行を認めた形になるから、お金は受け取らない方がいい』との意見もたくさんありました。『決定されたことを守らないのだから、警察のお出ましを願うしかないのではないか』という意見もありました。
 しかし後者は我々の間違いであるとすぐわかりました。警察には民事不介入という基本的な大原則があるからです。そしてこのことが民事であることが改めて確認されたりもしました。
 法律的な解釈も含めて、とにかく相当時間をかけてミーテングをやった結果、「現場で阻止するしかない」と決まったのです。500円通行は全く法の落とし穴でした。公団はこれを許して伝染病のごとく不払い広まるのでは、と恐怖のどん底に陥ったのです」と。
 そんな事とはつゆ知らずフリーウエイクラブの会長は、今日も快調に首都高を疾駆します。
「ふざけちゃいけないよっとくりゃ、ホイ500円」。(■つづく)

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首都高速道路500交通の正義/フリーウェイクラブ会長・和合秀典

(月刊『記録』94年7月号掲載記事)

■恥を知れ!何がお上だ! 和合秀典

はじめのご挨拶
 私は和合秀典と申します。
  趣致高速道路の値上げには絶対に反対です。どんな天変地異が起きても、これを阻止します。こんなふざけた話はないからです。
 ご存じの方も多いでしょうが、現在700円の首都高道路を500円で通行しております。87年に500円から600円に値上がりして以来ですから、もう7年にわたっています。
 改めて申し上げます。首都高速道路の値上げには断固として反対します。500円通行はそのときが来るまで止まることはありません。自衛隊一個中隊を持ってしても阻止は不可能なことです。
 この運動は楽なものです。職員が何人こようが、弁護士が何人こようが、必要なときに500円で通ればよいのですから。
 賛同の方は、わがフリーウエイクラブにご入会下さい。トラブルの一切は、会長である私が引き受けます。クラブ専用の通行証明書に500円玉を貼って、料金所で渡すだけです。

■無料開放の年に言い出された値上げ

 今年5月24日、私は日本道路公団の料金値上げのための公聴会に公述人として出席し、永野健日経連会長らとともに、反対の意見を述べました。かつて首都高の公聴会でも発言しましたが、要するに、この不況で、民間が爪に灯を灯すようなリストラをしている最中に、組織の見直しなど全く考えず、いけしゃあしゃあと値上げを言い出す役人根性が許せないのです。
 私は小さな金属加工会社の経営者で、不況の苦しみは人一倍です。同時に堂々たる日本の主権者です。何で無反省の公僕に、いわれなき弾圧を受けて黙っていられましょうか。
 そもそも首都高の有料料金制は、戦後の壊滅的な日本経済を立て直すための、我が優秀な官僚たちによる超ウルトラCでした。本来タダの天下の公道から通行料金を取るという超法規的な法律、道路整備特別措置法の制定です。
 もっとも、それだけでは国民の支持は得られないという程度のたしなみは当時の官僚にはあったようで、同時に30年たった後に無料開放との約束で開通しました。番外として、天下の公道を有料とする唯一の条件が30年満了後の無料開放だったのです。それが、今や官僚の悪徳の結果、すさまじい化物法と化してしまいました。
 30年の約束です。長い間待ちました。そしてやっとその日がやって来たのです。1993年がその待ちに待った無料開放約束のまさしくその年だったのです。
 ところが、約束は守られるどころか、驚くなかれ、公団は何と値上げを打ち出してきたのです。
 恥を知れ!何がお上だ!一体全体利用者を何だと思っているのか。これほど利用者をコケにした話はないではないか。私の抗議に対し、彼らはシレッとして言い放ちました。「決められたことは守ってもらわなければ困る」と。私は「お上」の存在を認めません。したがって決めるのは国民です。公団や建設省の木っ端役人は、自分をお上だと勘違いしているんじゃないか。たわけたことだ。私と首都高とのデスマッチは、官主ではなく民主主義が健全に機能していれば、ニュースにならない出来事なのではないでしょうか。

■官制パフォーマンスに弱い国民

 横浜のレインボーブリッジ開通で「若者のデートコースにピッタリです」などと、通行料金値上げに向けて、公団は大いなるパフォーマンスを展開しました。日本の国民は「お上」のパフォーマンスに実に弱いものです。何が正しくて何が悪いのかも判断できなくなってしまいます。そのことを官僚は熟知していて、やたらとパフォーマンスします。そして「決められたことは守らなければいけない」と集団催眠をかけるのです。気を付けなければなりません。
 さて、偶然の一致というものは恐ろしいものです。レインボーブリッジのお祭り騒ぎの日は、500円運行1000回記念日でした。我が方も大いに盛り上がり、すこぶる楽しい時を過ごしたのです。双方の大いなる盛り上がりは値上げに向けてのデスマッチ開始ゴングとなりました。新鮮な闘志が湧いてきます。

■総勢40人で8万円を差し押さえ

 首都高速公団は実にアンフェアーです。「天敵和合」などと、値上げに向けたなり振り構わない和合つぶしは全くみっともない。
 昨年の夏の暑い盛りでした。首都公団職員やら弁護士やら総勢10人が、私の個人財産を差し押さえたのです。
 午前9時に金融機関のシャッターが開くと同時に、見張り役に職員4人を残し、公団の一群が雪崩れ込みました。首都高お抱えの上野弁護士ら計6人が、国税のガサ入れさながらに、六法全書を片手にドカドカと入り込み、けげんそうな顔で見守る一般客を尻目に、上野先生が「和合秀典はとんでもない奴である。お上にたてつく不届き者である。600円の首都高速道路を未だに500円で通行している。よってここに首都高速道路不法通行により和合の私有財産差し押さえする」と叫んだとのことです。
 金融機関側が「裁判所の支払命令書はお持ちですか」「何か税務署の通知書はお持ちですか」と質問すると、上野先生は六法全書を開いて、「ホラ書いてあるでしょう?通行料金は税金に準ずる、と」とまくしたてました。税務署ならいざ知らず、首都高速公団が個人の財産を直接持っていくなど聞いたことありません。
 通行料金が税金と同じなどと全くトボケタ話です。道路建設のためにガソリン税、重量税を払っています。なおかつ通行料金までが税金というのであれば、これは完璧に税金の二重取りです。
 ましてや、上野弁護士は民間人ではないですか。六法全書を振りかざしてお上軍団の先頭に立って突撃するなんて、いかに生活のためとはいえ、最近の弁護士先生も堕ちたものです。
 さて、公団は何と職員8人弁護士2人のグループを4組も用意し、同日同時刻に4金融機関に一斉に踏み込んだようです。
 もちろん、金融機関も、公団よりお客様を大切にする思いは同じです。お客様というのは私です。とっさの知恵を絞って私の預金を守ってくれ、結局、民間弁護士8人を含む総勢40人の公団側は、普通預金に入っていた家のローン1回分の8万円を押さえました。
 翌日より首都高速道路公団に対して新しい裁判が増えました。
1税金は国会で十分論議され決定される。故に保全のための裁判をしないで直接差し押さえが出来る権限を持っている。しかし首都高の通行料金は認可制で、国会審議を受けないので、全く税金とは異質であり、税金の持つ権限を有することはできない。
2本来、道路建設はガソリン税など自動車関連税建設されるものである。もし仮に通行料金が税金であるとすれば税金の二重取りとなり、そのような解釈は成り立たない。

■たかが100円されど100円

 それにしてもなぜ、私のことを公団は目の敵にするのでしょう。たった100円の不払いを、公団は毎月、明細付きで請求し、差し押さえするなど、まるでマンガじゃないですか。
 どうやら、この「たった100円」が、偏差値秀才たちにはどうにも邪魔なようです。「100円くらいいいじゃないか」と世論が容認すれば、値上げが出来ない。潰しておく必要があるのです。
 私は、種痘高速道路公団を目の敵にしているわけではありません。残念ながら、そんなにヒマではないのです。公団の諸君が仕事を熱心にやっているのは認めているのですよ。 ただ、方向が間違っています。庶民の感覚を思い出し、お上意識を払った行政に戻れば、長いお付き合いですから、過去のことをとやかく問題には致しません。利用者側のための改革が始まるまで、このまま「良い」関係を保ちたいものです。
 重ねて申し上げます。値上げには反対です。仮に「お上」といえども、約束は守らなければいけません。無料開放の前提で道路有料化の許可をしたのは、私たち主権者です。主客転倒してもらっては困ります。

■■■こうして始まった
 1987年9月11日、高島平入口から首都高速に乗り入れ、志村料金所に向かっていた私は、「錦糸町6キロ渋滞」と、相変わらずの慢性渋滞を示した電光掲示板にウンザリしていた。ところが、その日はさらに「今日から通行料金が600円改定になりました」との掲示までがされているではないか。
 寝耳に水、あきれ返った私は、それでも流れのままにゲートにたどり着いた。500円を手渡すと、職員は窓越しにパンフレットを渡し、「600円になりました。あと100円下さい」と事務的に要求してきた。
 この対応に怒り心頭に発した私は、気持ちを懸命に鎮めつつ、「いきなり、このような20%もの大幅値上げは、到底認めるわけにはいかない。とりあえず今日は今まで通りの500円で通行する」と、名刺と500円を置いて発車した。
 翌年1月、毎日新聞に報道されて以来、支援、阻止双方の側から、さまざまな声が届いたが、首都高速道路公団からは、依然として値上げが納得できる説明がなされていない。したがって500円通行をやめる理由もなく、700円に上がった現在も続けている。■つづく(わごう・ひでのり……1941年生まれ。都内の高校を卒業後、1971年より金属加工業「和合ダイカスト」代表取締役。フリーウェイクラブ会長。)

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