« 地域に根ざす総合スポーツクラブを目指し-東京フットボールクラブ株式会社(F.C.東京)- | トップページ | 日本進出のキーパーソン-在日フランス商工会議所- »

障害者と健常者がともに楽しめるツアーを実施-株式会社JTB-

■月刊「記録」8月号掲載記事

■取材・文/本誌編集部
■企画・制作/岩田亜矢

 始まりは、パンフレットすらなかった。担当者がワープロで作ったチラシを、ピンク色の紙にコピーしたという。チラシを彩っていたのは、ざらついた写真。
 それでもトラベルデザイナーのおそどまさこさんとJTBは、全盲者8人、弱視者3人を含む総勢18人の参加者と4匹の盲導犬を連れて、ニースとパリを巡る7日間のフランスツアーに旅立った。1995年当時、盲導犬を連れた海外ツアーは、日本の旅行業界初の快挙だった。
 それから8年間、おそどさんとJTBは、障害者と健常者が一緒に楽しむことを目的とする「ユニバーサルツアー」をめざして企画し続けてきた。
  「ツアー企画のさまざまなプログラムを実現するために、毎回闘ってきましたよ。旅行先はもちろんJTBの担当者ともね。マニュアルや先例のない旅にチャレンジし続けてきましたから。今、別の旅行会社でユニバーサルツアーを組んで、いままでのツアーをやり直すのは疲れますね。また一から闘い始めるのかと思うとゾッとしますから」
 おそどさんはそう言うと、JTBの担当者である山本宏史課長と視線を合わせて笑った。
 95年以前にも障害者のための海外ツアーは存在した。91年には、業界初の試みとして「車いすで行くアメリカ」と「車いすで行くカナダ」という海外パッケージツアーが、JTBで販売された。他社でも障害者を対象とした海外ツアーが、90年代後半より売り出されている。
 しかし、おそどさんの企画したツアーは、単に障害者を海外に連れて行ったという枠組みでは捉えきれない。彼女のツアーが、旅行業界の常識を次々と突き崩してきたからだ。
 まず、多額の金銭的負担をかけずに障害者が旅行できるシステムを考案した。トラベルボランティアである。障害のある人をサポートするトラベルボランティアの旅行代金が20~30%引きとなり、その分を障害者が支払う仕組みだ。介護者の料金を障害者が全額負担して旅行するのが当たり前だった時代に、トラベルボランティアは新風を吹き込むことになった。
 また彼女は、真の意味でのユニバーサルツアーを作りあげた。
 現在、ツアーの4分の1がリピーターであり、健常者も障害者もトラベルボランティアも、リピーターに加わっているという。25%という高いリピート率もすごいが、健常者のリピーターが多いという事実にはもっと驚かされる。
 海外ツアーは安くない。行く場所にもよるが、数十万円の支払いは確実だ。もっと安い海外ツアーを健常者が探すのは、それほど難しいことではない。それでも、このツアーに参加したいと人が集まってくるのである。
  「どのツアーでも、半分以上のお客様が健常者です。トラベルボランティアではなく、障害者の付き添いでもなく単独の参加者ですね。
 なぜでしょうかね? ひとつには、みんな優しい心をどこかで出したいんだと思います。ただ一般のツアーだとお節介になってしまう。でも私のツアーなら、助け合うのが当たり前ですから。何かいいことをしたいという気持ちを、全面に出せるツアーなのかもしれません。以前、誰かが言ってました。『このツアーに参加すると、だんだんいい人になっちゃう』って」と、おそどさん。
 もちろん参加者が存分に旅を楽しめるよう、企画したすべてのツアーに同行するおそどさんが、参加者に細かく気を配っているのも大きい。
 トラベルボランティアのためにも、介護なしで動ける人だけが参加する時間を作ったり、企画によっては宿に帰る時間を健常者と障害者で分けることもあるという。
  「到着日の翌日、朝食のときにみんなの顔を観察します。険しい顔の人がいないか、笑顔があるかどうか。問題や不安を抱えている人がいれば、早めに解決の糸口を見つけてあげなくてはいけませんので。
 参加する人は、異なる境遇やいろいろな人生を歩んできて、さまざまな思いもある。旅は人の心を裸にしますので、衝突も起こります。そういったときに私が間に入って、精神面での交通整理をしているんです」
 さまざまな価値観を持った人が集まり、心を裸にして助け合っていく。その貴重で、時に苦しい体験を、おそどさんは何かに昇華させていくようだ。
  「助け合ったりしているから、みんなの心がものすごく近くなっちゃう。家族みたいに。逆に言えば、家族みたいだからこそ、きちんと整理しないとこじれてしまうことがあるんです」
 旅ごとにできあがった「家族」は、帰国後も連絡を取り続けるという。リピート率が高いのも当然だろう。
 これだけ取りあげても、おそどさんのツアーが旅行業界の「常識」を超えていることははわかる。しかし、さらに人を驚かせたのは、その企画内容である。
 人工透析を受けている方や車いすの方が北極圏でオーロラを楽しみ、氷の浮かぶマイナス30℃のボスニア湾でスイムスーツを着て浮かぶ。モンゴルのゴビ草原と北京の万里の長城に、車いすの参加者を連れて行く。
  「最初は無理なことを言っている、と感じたこともありましたよ」と3年間おそどさんのツアーを担当していた山本課長は屈託なく笑った。
 2000年7月、イタリア・カプリ島へのツアーが、山本課長とおそどさんが初めて組んだ仕事だった。目玉の企画のひとつは、青の洞窟見学。しかし、大問題が発生した。参加者も集まった出発1ヶ月前に、カプリ島の船組合が障害者の乗船を拒否したのである。
 テレビコマーシャルなどでもお馴染みの、この観光名所を見学するためには、小舟に乗る必要がある。ツアー参加者には全盲の人も、車いすを使っている人も、盲導犬と一緒の人もいる。小舟への乗船が危ないと現地の船主に言われれば、従いたくもなる。ツアーは無理だとあきらめたくもなる。
  「『なぜ?』って。おそどさんから聞き返されました。なぜしてはいけないのかなんて、それまであまり考えなかったのかもしれませんね」と、山本課長は当時の衝撃を口にした。
 現地から危険と言われれば、反論すら思いつかない。それが通常であろう。ところが、ハワイで山本課長の電話を受けたおそどさんは許さない。「なぜ?」という問いは重かった。結局、おそどさんの指摘を受け、洞窟に入れない理由や、どのような障害を持った人が入れないのか、誰が入場を拒否しているのかなどを明らかにするよう、山本課長は船組合に掛け合うなど、支店をあげて取り組んだ。
 当時の思いを、おそどさんは次のように語った。
  「できれば排除したい、面倒な人はやめてほしいというのは納得いきませんから。車いすの方がダメなのか、目が見えないから入れないのか、誰に対して、誰が拒否しているのかを、きちんと聞きたかったんです」
 この事件は、JTBの欧州各支店まで動き出す大きな問題となった。しかし折れたのは、船組合だった。正当な排除理由を持たなかったこと、そして安全の確保に向けた具体的な提案が日本サイドからあったためだろう。
 おそどさんが強調するのは、自己判断と自己責任である。旅をする権利は平等に与えられなければならない。だからこそ旅に行く前に他人から拒絶されるのではなく、危険といわれる場所まで自ら近づき、自分で行くか否かを判断する必要があるのだ、と。
 もちろん安全確保のためにできることはする。一方で、こうした明確な方針を打ち出すことで、他のツアーでは体験できないような旅を障害者も高齢者も楽しめるようになった。
 今年2月には、ついに17日間の世界一周ツアーまで成功させた。全盲の方や高齢者の方も参加して、リオのカーニバルを見学し、アマゾン川でピラニア釣りを楽しんだという。祭りとともに殺人などの重大犯罪が続発するとも報道されるリオのカーニバルだ。障害者の受け入れを拒否した現地のオペレーターもいたという。しかし、そんなことであきらめるおそどさんでも、山本課長でもない。受け入れ先を見つけ旅は実現した。
 この世界一周ツアーで、おそどさんが鮮明に覚えている光景があるという。アマゾンのジャングルロッジで、釣ったピラニアのスープが出されたときだ。通常、魚は火を入れると色が落ちるのに、ピラニアのエラは、真っ赤なままだった。しかも釣り上げた時の険しい顔で、スープから皆を睨みつけていたという。
  「視覚的に、ちょっと気味が悪いんですね。口に入れるのを、私も少しためらってしまいました。ところが目の不自由な参加者の1人が、視覚の代わりに味覚とばかり、頭からガブッとかじりついたんですよ。食べられない人も多いなか。
 そのとき私は『負けたな』と思いました。一歩前進するか、一歩後退するかで、人生は大きく変わってきます。かぶり付いたことで、ためらわず一歩進んだことで、彼が感じたピラニアの印象は、食べなかった人より強かったと思います。
 障害者だから、私たちより旅の経験が少なくなるなんてことはありません。一緒に旅をして学ぶこともすごく多い。障害者も健常者も、旅ごとに何か新しい発見がある。そんなツアーなんです」
 おそどさんは、すべての人が旅をできるよう「一歩前進」した。山本課長含めJTBの歴代担当者も「一歩前進」した。そうした「一歩」が観光地をも変えてきたのである。おそどさんとJTBの踏ん張りによって、礼文島で盲導犬を連れての宿泊が解禁になった。青の洞窟でもピサの斜塔でも、障害者入場の実績を作ってきた。
 また、おそどさんとともに培ったユニバーサルツアーの経験は、福祉専門セクション「JTBバリアフリープラザ」として華開いている。高齢化社会が進むなか、発展していく可能性の高い商品を、会社は手に入れたともいえる。そう、観光地もJTBも「一歩前進」したのである。
  「39人集まったツアーもあれば、11人のツアーもありました。ただ適切な利益を生み出さないと、企業に根付きません。だから勝ち続けないとダメなんです」と、おそどさんは語る。
 ちなみに世界一周ツアーの参加費は、ひとり127万円。契約パンフレットを作れずに、11人の参加者が集まった。
 8年間、勝ち続け前進してきたトラベルデザイナーと、前例のない旅を認め支えてきた企業の成果が、ここにある。
 さて、あなたは「一歩前進」していますか? 取材を通じて、そんな問いを投げかけられたような気がした。(■つづく)

|

« 地域に根ざす総合スポーツクラブを目指し-東京フットボールクラブ株式会社(F.C.東京)- | トップページ | 日本進出のキーパーソン-在日フランス商工会議所- »

ココに注目! こんな企業、あんな団体」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 地域に根ざす総合スポーツクラブを目指し-東京フットボールクラブ株式会社(F.C.東京)- | トップページ | 日本進出のキーパーソン-在日フランス商工会議所- »