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東京大気汚染訴訟~謝罪なき和解への怒り~/原告団事務局長・石川牧子さんに聞く

●月刊「記録」2007年9月号掲載記事

●取材・文/本誌編集部

 96年5月の第一次提訴から11年を経て、今月とうとう東京大気汚染公害裁判が原告側と被告側の合意に至った。総勢のべ633人にも上る都内のぜんそく患者らが原告団を結成し、国や東京都、そして同類の大気汚染の裁判では国内で初めて自動車メーカー7社に法的責任を求めた裁判となった。結果として都のぜんそく患者に対する医療費支援制度の創設、公害対策の実施、メーカー7社合計で12億円の解決金が提示され、原告と被告がこれに応じたことになる。今年6月にはぜんそくを患う原告団たちが18日間にわたりトヨタ東京本社前での座り込みを泊まり込みで決行し注目を集めた。和解後の記者会見の場では団長の西順次さんが、医療費支援制度などを得たことについて感慨のこもった力強い声で「何にもかえがたい成果」と語った。
 今回は原告団事務局長の石川牧子さんに11年間に及んだ訴訟について聞いた。

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■裁判の準備期間を含めると14年にもわたる裁判が決着したわけですが、今回の和解について「おめでとう」と言ってよいのでしょうか?
石川さん:たしかに、医療費助成制度や公害対策、メーカーからの一時金の支払いに至ったという点ではよかったし、周りからも評価されました。ただ、私たちの要求の最たるものである自動車メーカーからの謝罪が最後まで聞かれなかったこと、これだけは残念でならないんです。PM2.5(微小粒子)対策などの公害対策などは今後へつながるものとして価値あるものですけれど、原告団の多くは60代から80代といった高齢の人が多いです。その人たちは先のことよりもまずメーカーがこちらを向いて謝ってくれることを望んでいたんです。東京都は02年の1次判決ですでに責任を認め、国は私と団長が今年7月に首相官邸に行くと、安倍首相がその日のうちに出てきて下さって私たち原告団を慮る言葉をおっしゃってくれました。メーカーは違いました。提訴中に121人の原告が亡くなり、ぜんそくの発作で職を失った人もいます。さらに医療費の支払いに追われる。この無念やくやしさは心の問題で、それを全く無視したということです。しかもメーカー側の代理人によると、謝罪の拒否の根拠は後続訴訟が起こったときに過去の謝罪が不利に働く可能性があるから、ということでした。そんなことで謝罪が避けられてしまったんです。とにかく謝罪がなかったことが残念です。もう、私たちは11年間、何をやっていたのだろうというくらいの気持ちです。メーカーはお金を出すことが一番イヤで、謝罪ならすぐしてもらえるだろうと思ってましたが、それは逆でしたね。

■18日にわたるトヨタ前での座り込みで何か向こうからリアクションはありましたか?
石川さん:座り込みまでの経緯についてまず話しておきます。まだ02年の地裁判決の時点ではメーカー側の責任が問われておらず、国も医療費救済制度などを拒否していた段階では、状況的に余裕があったのか、トヨタ側は一時金の支払いについて「応じる準備もありますよ」と話していたんです。ところが、今年5月に入り国が支援制度創設へ動き出したとたん、一時金の支払いが現実的になったからかトヨタ側は原告側の代理人(弁護士)に「その点については今後取り合わない」と一方的に伝えてきたんです。企業のやり方は汚いですよ。対面しているときには「お察しします」みたいなことを言うんですが、突然連絡がつかなくなるみたいなことを平気でやるんです。そんなことがあって本社前の座り込み行動に出たんです。本社ビルの中で原告団から対応に出た社員に「責任ある立場の人に渡してくれ」と手紙を渡しました。後日、秘書課に電話までして渡辺(捷昭)社長にまで手紙が行ったことを確認しましたが、トヨタからの返事は「話し合いは拒否する」ということだけでした。もう、社長ここに連れてこい!ってな感じですよね、そうなってしまうと。原告団の中では東京高裁が結審日を打診してきた05年12月には、和解なんてとんでもない、という雰囲気だったんです。けれど弁護士さんと話し合って、裁判を長引かせれば患っている人にさらに時間を必要とさせる、和解に応じれば一部の原告だけでなく全員が賠償を取ることができるということで泣いて悔しがりながらも受け入れることを決めたんです(*編集部注:02年の地裁判決では99人中7人のみの損害賠償が認められている)。そんな状況をまったくトヨタは見ようとしなかったんです。

■裁判を通して見えてきた自動車メーカーとはどのようなものでしたか?
石川さん:法廷でのやりとりの中で、ディーゼル車が大気汚染の原因になっていることを覆すのは難しいと判断したからなのか、メーカー側は「私たちはディーゼル車とガソリン車をどちらとも販売している、ディーゼル車を選んだのはユーザーでありどこを走るのもユーザーの問題である」というようなことを言いもしました。なぜ11年もかかったのか、ということをよくきかれるんですけど、このような実に熾烈な法廷闘争で時間がかかってしまったのも事実です。いま環境に配慮する車だとかキレイなことを言っていますけど、じゃあこれまではどうだったんだ、ということを問い正したいですよ。         *     *     *
 西順次原告団長は、ぜんそくを抑えるステロイド剤がもう効かない体を引きずってトヨタ前に座り込み「ここで死ねるなら本望」と語ったという。また、原告団の多くはステロイド剤の継続的使用による糖尿病を抱えて座り込んだ。ただ、そんなものはぜんそくの「死んだ方がマシ」という苦しさに比べれば何でもなかったという。話を聞かせていただいた石川さんは22歳のころから29年間ぜんそくを患っている。発作がおさまらず1週間ほとんど飲み食いできないときもあった。詳しく書く余裕がないが、想像を超えるつらさについても話していただいた。
 そして、何より驚いたのは96年の裁判開始以前から関わってきた西村弁護士と原弁護士はじめ弁護団がまったくの無報酬でこれまでやってきたということである。石川さんによると西村弁護士は地元の四日市の大気汚染問題が法廷で争われた時期に高校時代を過ごし、弁護士になることを決意。東京大気汚染訴訟においては「まさにこのために」の気概で奮起してきた。だが、その西村弁護士とも激しい口論をして打ち合わせをしたこともあったという。
 話を聞くうちに確信したのは原告団全体の意志の強さである。だから闘い抜くことができた。それでも結果的にメーカーからの謝罪を聞くことができなかったことに石川さんは落胆と憤りを隠すことができない様子だった。今後も連絡会の場で大気汚染対策で国や都との協議が控えている。裁判は終わったが「東京にほんとうの青空を」の取り組みはまだ続く。  (■了)

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