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アジア列車危機-韓国地下鉄火災・新幹線居眠り運転-/斉藤典雄

●月刊「記録」2003年4月号掲載記事

 2月18日、韓国南東部の大邱市の地下鉄で放火による火災が発生。198人の死者を出した。しかしこの大惨事は、起こるべくして起きたといっても過言ではなく、他人事ではなかった。早速、日本の地下鉄やJR東日本でも総点検や避難訓練等を行ったということだが、この事故を教訓に、同じ過ちを2度と繰り返してはならないと思う。
 私は韓国地下鉄の規程やマニュアルがどのようなものなのかは知らない。またJRのそれを一字一句正確に把握しているわけではないが、乗務員としてこれだけはという、国鉄時代から変わらない列車火災時の取り扱いを頭に叩き込まれていることが2つある。
 まず一つは、直ちに関係列車を停止させるということである。これはどんな事故でも共通しているといえる。隣接線を止めること。併発事故、すなわち二次災害を起こさないということだ。
 運転士はその名の通り運転する人だが、車掌は乗客に対しての営業関係が基本になっている。しかし事故が起きた場合は、主に、運転士は対向列車に対する停止手配(前方防護という)をとり、車掌は後続列車の停止手配(後方防護)を直ちに行う。運転手と車掌がそれぞれの受け持ちでお互いに指示を出し合うのである。私達車掌が最後部車両に乗務している最大の目的(役割)は列車防護(特に後方の)のためといわれている。
 もう一つのポイントは、トンネル内や橋りょう上は避けるということである。つまり、安全な場所までそのまま走行すること。以上の2点である。
 報道を見る限りでは、火災が発生した第一段階から判断ミスがあったという気がしてならない。
 まず、状況の確認だが、指令の把握があやふやすぎた点だ。指令は運転士に「次の駅で火災が発生したから注意していくように」という指示を出している。不確かな憶測ほど恐いものはない。最も安全と認められる道を採るには、止めることである。なぜ、抑止しなかったかだ。
 また、行ったら行ったで、この場合は、運転士は通過すべきではなかったのか。
 次に、「運転士がマスターキーを抜いて逃げた」とあった。JRの構造とは違い、キーを抜くとドアが閉まり、電源が切れ、列車は死んだ状態になるということだが、そのため被害が拡大したという。
 さらに、駅では火災警報機が鳴ったが、怠慢にも誤作動であると判断していた。指令は運転士に「キーを抜いて逃げろ」と指示し、その交信記録は削除した等、次から次へと不祥事は枚挙にいとまが無い。
 こうした事勿れ主義的な姿勢や隠蔽体質も大問題だが、これでは人災だといわれても返す言葉がないだろう。
 そして、何よりも見落としてならないことはワンマン運転であったということだ。要員の確保が適正なのかという点である。何事もなく平穏無事であるとは限らない。現にこうして惨事が実際起きている。車掌がいれば、もっと違った結果になっていたはずだ。
 少なくとも都内を走るJRでは、運転手と車掌がいる。ドア開閉は基本的に車掌が行う仕事になっているが、運転士も全ドアを開閉できる。(もちろん地方など車掌のいないワンマン運転では、運転士が扱っている)例えば、中央線で一車両の全ドアが開かなかった(閉まらなかった)とする。その場合は、「運転士の方でやってみて下さい」と頼むこともあり得る。韓国のような事態になっても、運転手と車掌が協力してドアを開けることもできただろう。
 ドアの開閉だけではなく、災害時は乗客の安全確保に動く人数が重要となる。もし車掌がいれば、あるいはホームに駅員がいれば、現場のより詳細な状況が指令に報告され、これほどの惨事にはならなかったと断言できる。人命を預かるという大命題がある以上、もっと余裕のある要員配置を望みたいものだが……。

■もしも火災が起こったら――JR編――

 ついでに私が火災に遭遇した場合のシミュレーションも、書いておく。編集部から強引に頼まれたので、仕方なくなのだが……。

 走行中、火災を確認したとする。
 そうなのだ。私達車掌は、列車防護の他に列車の状態を監視するという役割もある。まず私は、直ちに非常ブレーキ(車掌用)を扱い緊急停止させる。その旨を運転士に連絡し、片手で指令を呼び出す機器を取り出すのと同時に、一方でマイクを持ち車内放送する。
  「お知らせします。×号車で火災が発生しました。×号車で火災です。大至急、隣の車両へ避難して下さい。3人掛けの所に消火器があります。火事です。慌てないで下さい。火事…」と言っている間に、指令との無線が繋がった状態になるので、指令に状況を連絡し、直ちに現場に向かう旨を伝え、現場へ直行する。すっごくうまくいった場合の想定だが、乗客の避難誘導や消火作業の手順をあれこれ思い浮かべながらいざ現場に着いてみると、すでに全員が避難しており、乗客によって消火が完了されていて、ホッと胸を撫で下ろしている自分を想像できるわけである。また、手がつけられないようなヒドイ場合は、指令に消防車の手配をはじめ、関係係員の要請をし、乗客には避難してもらうため、「ドアは手で簡単に開けられる」と、ドアコックのある場所を車内放送し、乗客の中のJR社員、消防関係者、火消しのプロ等、あらゆる人々の協力を求めるしかないだろう。
 ちなみに運転士や指令とのやりとりの中で重要なことは、後で、「いった」「いわない」、「いわれた」「いわれてない」という思いこみや食い違いを避けるために、お互いしっかり復唱することになっているのだが、果たして、一刻を争う異常事態の中で、いったいどれだけの人が冷静かつ完璧に復唱通りこなせるかは疑問である。

 最後に、このような事故がある度に思うことだが、確かに、指令や運転士に落ち度はあった。逮捕もされた。刑事責任を問われる。当然かもしれない。しかし、いつも憤りの念を禁じ得ないのは、こうした劣悪な労働を強いている経営側の姿勢が問われない限り、問題が解決に向かうとは考えられないということである。

■腹だけデブでも車掌失格!?

 韓国の列車事故に憤りを感じていたら、今度は日本で大問題が発生した。2月26日、JR山陽新幹線の運転士が熟睡し、居眠りのまま約8分間、最高速度270キロで走行していたという。
 高速で走る新幹線である。大勢の人命を預かる以上、絶対にあってはならないことであり、何も知らずに乗っていた乗客はあきれ果てたか、さぞかしぞっとしただろう。
 まったく、とんだ「震撼線」だといえるのは大事に至らなかったからであり、例え運転士が気を失っていても大丈夫という、最先端技術のATC(自動列車制御装置)が正常に作動したのも皮肉といえなくもない。逆に新幹線の揺るぎない安全性が証明されたからだ。
 しかし、それはあくまでも結果論にすぎない。どんなに優れた機械でも故障しないという保証はどこにもない。緊急事態の際、とっさに対応できるのは運転士と車掌しかいないのだ。最終的には人間にしかできないのである。
 それにしても、またも鉄道への信頼を大きく失墜させてしまったことに変わりはない。当初は、運転士個人の気の緩みという精神論とJRの管理体制の指摘、とりわけ、安全意識が甘過ぎるのではないかと厳しく問われた。そうした上で、原因の徹底解明と早急な再発防止策を求められたわけだが、日が経つにつれ、JRが公表したことと事実は異なっていたなど、次から次へと対応のまずさやミスが浮き彫りになってしまった。毎度のこととはいえ、一生懸命やっている私達としては頭が痛いことばかりなのである。
 そして、居眠り発覚から1週間後、運転士は重度のSAS(睡眠時無呼吸症候群)だったと断定された。つまり、原因は運転士自身ではなく、病気だったということだ。体重が100キロもあるとプライバシーまで報道されたが、今では力士の半数に睡眠障害があり、取り組みの成績も悪いなどと思わぬ方向へ波紋が広がっている。これだと、デブの運転士はいなくなると危惧されるばかりか、デブだと世間から偏見をもって見られる可能性すらある。くわばらくわばら。私は腹だけデブなんだけど!?
 JRでは健康診断を年2回実施しているが、SASは見つけることができないため、今後は全ての運転士に検査を義務づけたり、定健の方法を検討することになるだろう。

■居眠り対策も必要だ

 中央線や首都圏でいえば、長距離列車と違い駅間が短いこともあり居眠りはまずないと考えるが、どうだろう。運転士に問えば、次から次へと仕事の量が多過ぎて眠る暇などないといわれるかもしれない。
 新幹線の運転士から聞いたことだが、新幹線を動かしているのは運転士ではなくATCであり、極端な話、機器類を監視する以外は何もすることがないのだそうだ。
 中央線と違って走行中に窓を開けることもできない。空調もよく効いている中でついつい眠くなり、緊張感が薄れてウトウトしてしまうこともあるだろう。人間だもの。私も、明け番の時などは意識がふっと遠くなり、ハッと我に返ることも1度や2度ではない。ただ、熟睡に至らないだけである。
 眠りたい時に寝ることができず、眠くないのに寝なければならないという不規則な勤務体系も問題だが、これが仕事だという自覚を持って自分でコントロールするしか方法はない。
 病気は別にして、あってはならない居眠りがありえるという前提に立って対策を講じてもらいたいが、JRとすれば運転席に複数は置けない、1人でも多過ぎるくらいだと言いたげである。
 なお、『朝日新聞』の続報に、運転の免許を持つ車掌を運転士に付き添わせるよう、指令が別の車掌2人に指示を出したのに「車掌が指示を失念した」と書かれていた。正直、これを読んだときは、「なんだよ。今度は車掌に責任転嫁か」とも思ってしまった。
 しかし、いくらなんでも2人共指示を忘れたとは考えられない。この新幹線には車掌が4人乗務していたという、指示を受けた車掌が、免許を持つ車掌に会えなかったか、連絡をとることができなかっただけだと思うのだ。また、携帯電話で車掌に指示をしたとあるが、事故の直後ということもあり、乗客への対応でてんてこ舞いだったはずである。対応中に携帯が鳴っても出ることできないし、それより何より、指令は何故この免許を持つ車掌本人に直接指示しなかったのかが不思議である。
 いずれにせよ、私達はこれを機に、人命を預かっているということをもう一度肝に銘じて、鉄道員としての職責の重大性を再認識すると共に、使命を果たすべく、ふんどしをしめてかかるしかないのではないか。(■了)

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