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妻の恋・材は自らの経験から始まった/

■月刊「記録」2004年5月号掲載記事

 1997年3月、東京電力に勤める女性が殺害された。その後、被害者女性が昼は経済アナリストとして活躍する一方、夜な夜な売春を繰り返したいたとしてマスコミで大きく報道された。
 その事件から4年半ほど過ぎ、ノンフィクション作家の佐野眞一氏は、『東電OL症候群』という本を出版している。作品を支える柱の1つが、売春婦に身をやつした被害者女性の生き様に共感する一般女性の姿だった。会社勤めという枠組みを維持しつつ、売春婦として「堕ちていきたい」という気持ち。そうした暗い願望は、社会のひずみと深い関連性を持つと、著者は説いた。
 佐野氏が殺人事件から女性の心と社会に宿る闇に迫っていたのとほぼ同時期、私は女性の暗い願望にただただ困惑していた。
 きっかけは合コンで既婚女性と知り合い、3ヶ月ばかり付きあったことだった。元モデルで、経営者の夫を持ち、有り余る金と時間に恵まれた専業主婦の彼女は、何不自由ない暮らしをしていた。夫婦仲も悪くなく、年に数回、豪勢な海外旅行に2人で出かけてもいた。
 わからなかったのは、どうして彼女が私と浮気をしたのかだ。
 彼女の生活基盤は、夫が握っている。浮気が夫の知るところとなれば、豊かな生活など吹き飛んでしまうだろう。それでも彼女が、私にほれていたのなら納得できる。しかし彼女は、さして私のことを好きではなかった。妙な確信だが、それだけは自信がある。もちろん、よく男性誌に取りあげられるように、性欲の解消役として私が選ばれたわけでもない。
 それなのに、どうして危険な橋を渡ろうとするのか。答が知りたくて、彼女にさまざまな形で質問を繰り返した。よくしゃべる女性だったこともあり、言葉は山のように溢れた。しかし核心には一向に近づかず、そのうち彼女はプッツリと姿を消した。
 残ったのは、解決しなかった疑問と、生活そのものを彼女自身が壊しかったのではないかという疑念だった。

■立ち現れる暗い願望

 そこから、この本の取材が始まった。
 友人・知人から恋愛している既婚者を紹介してもらい、ひたすら話を聞く。編集部に集う人からは楽しそうな取材だと羨ましがられたが、私にとってラクな取材ではなかった。彼女たちの恋愛を突きつめていくほどに、希望の見えない、暗い願望が立ち現れてくるからである。
 取材対象者は、好きでもない相手を恋人として選んでいる女性が少なくない。妻や恋人としての扱いを受けていないせいもあるのだろう。相手の男性からアブノーマルな性行為を求められ、受け入れている女性も少なからずいた。カップル喫茶や公園での乱交、SMなどなど。本に書かなかった事柄もある。
 もちろんちまたでいわれているように、恋愛で女としての魅力を確かめたい、との思いを口にする女性も多かった。しかし、それなりの人生経験を積んできた既婚女性は、体を預けることで、ほとんどの男性がメロメロになることを知っている。彼女の魅力を褒めちりもするし、食事だってご馳走してくれるのだ。
 またインターネットの世界では、男女比率が極端に違うため、女性の恋人募集に信じられないほどの申し込みが殺到する現実にも気づく。つまり女性としての魅力を確かめようと構えた時点で、その欲求は満たされてしまう。好きでもない相手と何度も浮気を繰り返す必要さえない。むしろ「女性としての魅力を確かめる」という言葉から見えてきたのは、女性としての魅力を常に確認したくなる彼女たちの不安定な心持ちだった。
 取材当時、よく思い出していたのは、97年から4年余り続けてきたホームレスへの取材である。
 失業し、住む場所をなくしたホームレス。彼らがホームレスになった直接の原因は不況だ。しかし彼の人生を聞き込んでいくと、「堕ちるに任せた時間」があることに気づかされる。
 ホームレスになりたい人など、ほとんどいない。実際の生活が非常に厳しいからだ。にもかかわらず住居を失う危機が迫ってきたとき、その状況に抗おうとする人は少ない。ある者はあきらめ、ある人は親族の死などによって努力する気力すらなく傍観する。
 容易ならざる事態だと気づいたときには、這い上がる道はほとんど残されていない。そして堕ちるに任せた時間を、段ボールハウスなどで悔やむのである。
 私が取材した既婚女性の多くは、浮気が夫に知られることで自身の生活が立ち行かなくなることはわかっていた。それでも、さして面白くもない恋愛を続けようとするのは、『東電OL症候群』紹介された「堕ちたい」女性の想いとも、ホームレスの「堕ちるに任せた時間」とも重なりあるように感じた。

■誰も耳を傾けない彼女たちの不満

「男の人に対しては何も期待してないの、私」と語った女性は、幾人かと浮気をした後、女性とも関係を結び、さらに浮気相手と夫、どちらが父親かわからない赤ちゃんを出産した。
 出産を経験したことで、夫を「男」と感じられなくなった女性は、子どもを実家に預けて、元彼とカップル喫茶で乱交をしていた。
 どちらの女性も穏やかで素敵な女性だ。私が夫でも、浮気など疑わないだろう。まして、そんな激しい行動など、予想することさえ難しい。少なくとも彼女たちの話からは、良き妻であり、良き母親であることに疑問を差し挟む余地さえなかった。
 間違えもらっては困るのだが、彼女たちの道徳観念をどうこう言うつもりなどない。私自身、言える立場にはいない。ただ、こうした出来事が、それなりの頻度で起こる現実に驚き、そして彼女たちをそこまで追い詰めた社会に思いを馳せてしまう。
 取材に応じてくれた女性が、楽しそうに自分の恋愛を語ってくれたら、どんなにかラクだったろう。またカップル喫茶などでの体験を、心から楽しんでいたと話してくれたら、取材を続けようとも思わなかったはずだ。
 過激な性行動や幾人もの「彼氏」は、既婚女性が直面するツライ現実と密接な関係がある。しかし会社に忙しい夫は、そのような妻の現実に付きあう時間さえない。子どもを介した地域社会は、恋人がいるという話題自体がタブーとなる。逆に恋人を探す「悪友」とは、家庭で何がツライかなど真剣には話しにくい。彼氏を見つけることはただの「遊び」であり、深刻な問題ではないというスタンスが、「悪友」との関係に必要だからだ。
 そして彼女たちの満たされない心は、誰にも聞かれることなく取り残される。
 じつは取材開始から2年半、私は記事をまとめることが全くできなかった。それは、彼女たちの真実の声を聞けていないのではないかという不安が拭えなかったからだ。社会人経験もある30前後の既婚女性は、こちらが求める内容を、自身の経験からわかりやすく話してくれる。過激な性も、夫への不満や愛情も。ただ本当に感じている不安については、なかなか口にしてくれない。だから話し合える関係を築くのにも時間が必要だった。
 では、それだけの時間をかけて、彼女たちの思いを伝えられたかと問われると、とても100%とは言い切れない。男だからなのか、単に私がニブイからなのか、彼女たちの苦しみにしっかりと共感するのは難しかった。書き終わり、出版を待つ現在でも、どこかやり残した感が残っている。
 だからこそ読者のリアクションから共感への足がかりをつかみたい。(■了)

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