« あの企業にホームページに、あんなこと!? | トップページ | 奏でられる「葬った恋」の鎮魂歌 »

開かずの踏切を「高齢者疑似体験セット」で渡ってみた

●月刊「記録」2003年11月号掲載記事

●取材・原稿/本誌編集部

 10月10日、80代の男女がJR中央線武蔵小金井駅(東京)近くにある本町踏切を渡りきれず、警備員が電車を止めたという。2000年には交通バリアフリー法も施行され、高齢者などに対する交通機関の配慮が叫ばれるなかでの大失態である。
 この踏切が高齢者にとってどのようなものかを調べるため、高齢者の動きを体感できる「高齢者疑似体験セット」を新宿区の社会福祉協議会からお借りし、34歳の私が現場に出向いた。
 まずは疑似体験セットを装着せずに、普通に踏切を歩いてみた。開閉時間19秒だったため、途中から走らざるを得なかったが、遮断機が閉まる前に渡り終えるのは難しくない。ただ人・自転車・車がいっせいに走り出すのが、若干怖く感じる程度である。ついでに踏切の脇にある跨線橋も渡ってみたが、これは何のストレスもなかった。運動不足とはいえ、34歳の健常者の私にとっては日常生活の一部であった。
 そして、いよいよ「高齢者疑似体験セット」を装着した。
 肘・膝・足首の関節が曲がりにくくなるよう強力なサポーターで固定する。さらに左右の手首に、0.6キロずつ重りを巻き、足首には1.5キロずつの重りを、そのうえ高齢者の前傾姿勢を体験するため、胸に計5キロもの重りを突っ込んだベストを着込む。1人で装着すると約15分もかかるこの重装備は、重りも含めると10キロを超える。ただ立っているだけなのに、ふらついてしまう。
 そのうえ、高齢者の視力を再現した特殊ゴーグルが視覚を一変させる。視野が極端に狭いうえに、オレンジ色に変色した世界は細部がぼやけ、少しでも暗いと見えにくい。おかげで距離感がうまくつかめない。
 さあ、踏切にチャレンジである。足腰が不安定な分、緊張感はいやがうえにも増す。
 上り電車が踏切を通過した。すでに5分以上踏切を待っている人々の視線が、電車の通る方向を示す赤い矢印に注がれる。下りを示す矢印は点灯していない。これで再度下りが灯らず、上りの矢印が消えれば踏切は開く。金曜日の午前8時半。多くの人にとって踏切をノンビリ待っている時間帯ではない。「矢印、つくなー」という声にならぬ呪詛が、背後から聞こえてくるようだ。
 と、上りの赤い矢印が消え、一瞬の間をおいて警報音が止まる。
 きたー! 開門!!
 ゆっくりと上がり始める遮断機が頭の高さを超えた人から、いっせいにスタート。道の中央、黄色と黒に塗られたポールの先端にいた自転車が満を持して飛び出していく。道路右側、緑に塗られた歩行者優先の路肩を、私は前の自転車に続いて渡り始めた。
 しかし、私の体はひたすら重い。武蔵小金井駅にほど近い本町踏切、通称「開かずの踏切」は、「高齢者」となった私にとって戦場だった。次いつ開くかわからないだけに、開いたチャンスを逃すまいと、後からは猛スピードの自転車がトロトロ歩く私を追い抜いていく。前からは待ちくたびれてエンジン全開の車が。さらに遅刻に焦っているのであろうか、女子高校生が小走りで私の横を通りすぎる。
 こんなのが全長35メートルも続くのである。いや、本気で怖い。
 計4本の線路は、微妙な段差があって足を取られやすいし、なるべく邪魔にならないように右側に寄りすぎれば、舗装された踏切から線路の砂利に落ちそうになる。
 冷や汗をかきつつ反対側にたどり着き、ストップウォッチを止めると28秒もかかっているではないか。ちなみに前日の調査と付き合わせると、午前7時10分から10時13分の3時間、計27回開いた踏切のうちの15回しか時間内に渡ることができない。踏切の開閉時間の短い時間帯ともなれば、8時42分に40秒間開いたのを逃すと、9時27分に36秒開くまでの45分間は、高齢者は安全に踏切を渡れないことになる。

■警報機に驚き、高齢者のままダッシュ

 そもそも発端は、中央線沿線の住民を大混乱に陥れた9月28日の高架工事だった。高架の線路を造るため、都内の三鷹-国分寺間の上り線を仮の線に移動。ところが、下り線は元の位置の線路で走っているため、踏切を渡る距離は14.5メートルから35メートルへと倍増したのである。距離が延びれば、早めに警報機を鳴らす必要もあり、工事前でさえ開かなかった踏切が、いっそう閉まりっぱなしとなった。
 JR東日本は、工事後から距離の延びた踏切に警備員を配置しただけで、どうにかなるだろうと踏んだらしい。しかし事故は頻発する。先述した通り、10日には高齢者が踏切の内に取り残される。JR東日本は、踏切中央に渡り切れない人用の避難所を仮設し、折りたたみイスを2脚置くことにした。
 しかし15日には、取材した本町踏切の駅を挟んで東側にある小金井街道踏切で、遮断機が上がったさい警報機が鳴っているのに踏切内に進入した2台の車が、踏切内に取り残される事態となった。さらに翌日にもトラックと乗用車の2台が踏切から出られなくなり、電車を4分間停車させた。そして17日には、この小金井街道踏切を歩いて渡っていた70歳の男性が、慌てて渡ろうとして転倒。すねを骨折して救急車で運ばれたのである。
 踏切で転んでケガと聞いて、高齢者が慌てるからだと感じる読者もいるかもしれない。しかし、「高齢者疑似体験セット」ですっかり高齢者を体感した私にとって、そんな物言いは暴言にしか聞こえない。
 警報機は、人を慌てさせる効果があるのだ。
 いや、正直、軽い気持ちの挑戦であった。せっかく高齢者になったのだから、短い開閉時間も経験してみたかったのだ。
 前日の測定では、朝の踏切の最短開閉時間は10秒。しかしガードマンが降りてくる遮断機を手で押さえてくれるため、6、7秒は開閉時間にプラスされる。何とか大丈夫のはずだった。
 平日のダイヤが同じとはいえ、踏切の開いている時間は微妙に変わる。つまり短い開閉時間を体験したいならば、ひたすら待って渡り続けるしかない。
 4~5回目のチャレンジだっただろうか。それは突然だった。踏切に踏み出して数秒、いきなり警報機が鳴り出したのだ。これは長くても13秒で閉まる、と前日の調査結果が頭を巡る。視線を上げると、向かって右側の遮断機が下り始めているではないか。
 このとき私の頭から「取材」が飛んだ。ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。何分かかるんだー! かすむ目が捉えた反対側の遮断機は、あんなに遠い。「イカン! 急がなくては」と思ったときには、全速力で走っていた。しかし35メートルは長い。結局、警備員に降りてくる遮断機を押し上げてもらい、本来なら閉まっている踏切から出た。
 手元にこのときの写真がある。楽しげに走る新人ライター横で、必死の形相の私。杖を振り上げ、本気で走っているはずなのに、膝が上がっていない。これでは13秒で渡りきれるはずもなかろう。
 私が転ばなかったのは、運が良かっただけだ。これだけ足が上がっていないことに、自分では気づいてさえいないのだから……。10キロ以上の重りを付けている状態では、とっさの受け身もとれないだろう。ヘタをすれば、高齢者体験取材で病院に運ばれるところであった。
 日本マスターズ陸上の公式記録によれば、85~89歳の60メートル走日本記録は、10.87秒である。これを35メートルに換算すれば、6.34秒。デコボコもなく、車や自転車などの障害物が周りにない状況で、このタイムである。開閉時間10秒の踏切を渡るのは、60メートル走の日本記録保持者でも難しいと言わざるをえない。実際、私が時間を計測した日は、3時間で3人ものお年寄りが渡りきれず、踏切が開くまで中央の避難所で待つハメになった。もちろん運が悪ければ、28分も避難所で座り続けることになる。

■登るだけで息の切れる跨線橋

 この踏切には、跨線橋も付いている。踏切には、「中央線高架工事に伴い、本町工事踏切は遮断時間が長くなるため、7時~9時までほとんど開きません。すぐ横の小金井こ線人道橋をご利用願います」と書かれている。
 しかし線路の電線を避けるためか、この跨線橋は高さがある。上下で101段以上の階段を上り降りしなければならない。擬似高齢者の私なんぞは、階段を上り切ったところで息が切れてしまった。しかも北側の階段は、日向からいきなり日陰に入るために段差が見にくくなり、上るのはともかく、降りるのが怖い。
 ときおり踏切を渡るという70歳の女性も、「(跨線橋は)長くて、階段が急だからね。右膝も痛いし、使う気にならないよね」と話してくれた。
 ある程度、踏切が開かないことに慣れていた近隣住民も、この工事以後の状態には怒り心頭の様子である。
 67歳の男性は、「この踏切もたまに通るけどね。いつになったらできあがるのかね。まあ、できあがるまでには、高齢者はみんな死んじゃうんだよ。僕は頑張れば、どうにか完成まで生き残れるかもしれないよな」と苦笑した。歩行用のカートを押して踏切を渡っていた女性(72歳)は、「まあ、(開かないのは)昔からですから」とあきらめ顔だ。踏切の様子を伺っていた稲葉孝彦・小金井市長も、「困っております。何か対策を立てないとね」と顔を曇らせた。
 このような状況が続いていることについて、JR東日本の広報は次のように答えている。
  「まず、(工事前の)通常でも、なかなか開かない踏切だったことをご了解いただきたいのです。来年の秋には以前の長さに踏切が戻るので、少しは緩和すると思います。
 それまでの対策として、踏切の制御方式を改良し、踏切の時間を安全を確保した上でなるべく開けるようにしたいと考えております。武蔵小金井については、高齢者や身体の不自由な方が駅の構内の跨線橋を使えるようにいたします。そうすればエレベーターも使えますので。私どもで、できうる限りの対策をして参りたいと思っております。
 踏切の時間に関しましては、一気に変えることはできませんので、早いところでは1ヶ月。ほかも部品など至急取り寄せ、できるだけ早く変更いたします」
 とりあえず平謝りの体だが、これだけ対策があるなら事前に準備しておくべきだろう。それとも大工事だから住民は我慢しろと言いたいのか。こちらの苦労も知らないくせに、とつい先日まで“高齢者”だった私は、本気で怒りを感じている。

|

« あの企業にホームページに、あんなこと!? | トップページ | 奏でられる「葬った恋」の鎮魂歌 »

月刊『記録』特集モノ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« あの企業にホームページに、あんなこと!? | トップページ | 奏でられる「葬った恋」の鎮魂歌 »