福井と埼玉の住環境は天と地か?
●月刊「記録」2005年65月号掲載記事
●取材・文/本誌編集部
経済企画庁が作成した「新国民生活指標」は、はじめて発表された92年からその存在が疑問視されていた。
全都道府県を対象にしたこの指標は、約160項目の生活に関する統計を、「住む」「育てる」「遊ぶ」など8項目に分類し、ランキングで表したものだった。例えば1998年に「働く」の項目で1位の鳥取は、労働災害発生率が全国最低、中高齢者就職率は2位といった具合だ。指標が物議を醸した原因は、経済企画庁がこれを「豊かさ指標」と位置づけるとしたからだ。当然のように「豊かさは数字やランキングで測ることができるようなものではない」といった批判が相次いだのだった。
例えばテレビの視聴率が「ある時間ごとにどの番組が多く見られているか」を集計したしたものであって、「どの番組がいい番組なのか」を示すものではないことは明らかだ。「いい番組」かどうかは数字で表せるものではない。その同一線上に「新国民生活指標」に対する批判は位置するもので、的を得ているとも思う。
しかしそれを頭に置いても、この「豊かさ指標」には簡単に見過ごせないものがある。なにしろ福井県は総合ランキングのトップを5年連続、埼玉県はワーストを6年連続で独占、独走し続けたのだ。この結果をそのまま受け入れれば、この2つの県の住環境の差は天と地ということになる。
同じ国内で、それほど隔たりがあるのか? 私は生まれてから18年間を福井で、それから後の7年間を埼玉で過ごしている。それでもはっきりとした実感はない。本当に福井が「最高」で埼玉が「最低」なのか?
よく思い出せば、福井から埼玉に出てきたとき、私は感激していたのだ。天候に関してである。福井県は年間を通しての日照時間が全国で最も少ない土地だ。特に冬の間はずっと重い雲がのしかかっている。何ヶ月もの間、どんよりした空の下で暮らすことが当たり前だった私が埼玉に来て驚いたのは冬でも洗濯物が干せるということだった。
東京や埼玉は福井に比べて雨や曇天が極端に少ない。豊かであるというイメージに雨は似つかわしくない気がするが、この指標に天候はまったく反映されていない。
項目別に見ると、埼玉と福井の差が最も両極端にあらわれたのが「遊ぶ」だ。「遊ぶ」はスポーツ施設数、映画館数、パチンコ店数など細かな項目をもとに成っている(パチンコ店が多いほど豊かであるというのだからほんとうにひどい統計だ)。この項目で福井はおおむねトップ3、埼玉はワースト3に入っている。たしかに福井には映画館やスポーツ施設が整っている。新しいものが多いし、管理もしっかりしている。ただし、それらを活用する利用者がいるかというと、実はその数はかなり少ない。映画館は休日でも閑散としている。関東の都市部にあったなら砂糖にアリが群がるようなスポーツ施設にも人がいない。驚くほどいない。施設はあるけれど利用者がいない、なんとも寂しい場になっているのが現状だ。「遊ぶ」にパチンコ店数が項目にあるのは先に述べたが、他にレンタルビデオ店の数も項目に含まれる。「遊ぶ」指数が上位であることは福井にパチンコ店やレンタルビデオ店が多いことを物語っているが、これは福井のテレビ環境が大きく関係している。福井はもともとテレビ番組数が少ない(NHK、教育と民放2局のみ!)ので、人々はレンタルビデオ店に向かう。同じ要領でパチンコ店にも足を向ける…これって「豊か」だろうか?
「学ぶ」ではどうか。この項目は大学進学率や定時制高校数、民間の学習セミナーの開設数などで成るが、真っ先に思い浮かぶのは福井の学習塾や予備校についてだ。関東ならばそれらの類は5分も歩けば必ず見つかりそうなものだが、福井には塾は少なく、予備校に至ってはほとんど選択肢がない。選択肢が限られていることは致命的に思えるが、この項でも福井は上位、埼玉は下位にランクしている。
こう書いていると、じゃあ福井はダメな場所なのか、となってしまいそうだが、そうでもない。福井は夜がものすごく静かなのだ。それは、働く人が早く家に帰ることができている、ということでもある。午後8時には駅前ですらシャッター下ろす店が大半だから、自然と人も車も通らなくなる。タクシーさえめったに通らない。県道など比較的大きな通りでも、9時を過ぎれば眠ったように静かになる。
夜の静けさがあってこその豊かさ、というわけでもないのだろうけど。(■了)
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