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民主党内には「政権担当能力」を説明できる人がいない

●月刊「記録」2005年7月号掲載記事

●取材・文/本誌編集部

■衝撃…!いや「やっぱり」か
 なんて言えばいいのだろう、とにかくアゼンとした。いったい、民主党はどうなってるんだ?
 今や唯一、自民党に対抗できる、誰もが認める存在になったはずだ。小泉政権が少しずつ勢いを失ってゆくなか、コントラストを描くように民主党は着実に力をつけてきた。
 03年11月の衆院選直前で民主党は小沢一郎率いる自由党と合併。選挙では177議席を獲得(この数字は55年体制以降の野党としては最多議席)、04年の参院選では自民の49議席を1つ上回る50議席を得ている。2大政党の到来、といっても間違いではないだろう。
 けれど、どうも最近の民主党には首をかしげるところがあった。行動に説得力がない。「政権準備政党」を宣言したのはいいけれど、どうやって政権を奪うのか、どうやって国民に存在感や能力をアピールしてゆくのか、いちばん肝心なその部分が私たちには見えてこない。
 「政権準備政党」。誰にとっても理解しがたい言葉だろう。「準備」の部分がこの言葉全体の印象の曖昧さを決定づけているけれど、たぶん、「私たちはいずれ政権をとることになるから、そのへんよろしくね」ということを言いたいのだろう。野党である民主党がそういう心構えなのは結構、というかあたりまえなのだけれど、ただ、そんなことは自分たちが理解していればいいだけの話なんじゃないのかという考えは、別段ひねくれた考え方でもないだろう。これからは私たちのことを「政権準備政党」と呼んでいただきたいと急に言われても、言われたほうはそんなこと言ったって、という反応くらいしかできない。
 そして今回の出来事があった。
 民主党の言う政権担当能力(この党はホントにこの言葉が好きだ)とはどのようなものなのか、そして政権を奪うための道筋を知るべく、私は民主党本部に取材を申し込んだ。国の第一党に迫ろうというこの党の基本的な理念なりビジョンなりを知ることが取材の目的ということになる。
 ところが、これを断られた。しかも、2度続けてだ。断りの理由は「取材に対応できる者を用意することができない」だった。いったいこれはどういうことなのか。端的にいえば、民主党には党が掲げる「政権担当能力」を説明できる人がいない、ということになるんじゃないのか。これは衝撃的な事実だ。以下、これまでの経緯を追う。
 本誌では98年と01年に民主党を取材したが、その時には回答をもらっている。内容は当時話題になっていた失業者対策、金融政策、介護保険法、少年法など。取材の後に迫っていた選挙にあたって党の姿勢を聞くというもので、このときはそれぞれの内容についての党の意見が示された。
 3月17日、1度目の取材を申し込んだ。はじめに取材依頼の手紙と本誌2ヶ月分を永田町の民主党本部に郵送し、3日後に取材日調整の電話をかける、という段取りだった。
 電話に応じたのは党本部役員室のO氏。声で聞く限りでは50代くらいかと思われる男性で、おだやか、丁寧といった印象を受けた。依頼の手紙で取材の趣旨を伝えてはあったけれど、電話でより具体的な質問内容について話す。しばらくやりとりした後、取材の申し込みはやんわりとした口調で断られた。あまりにもやんわりとしていたから、一瞬、断られたという実感がなかった。前述のとおり「対応できる人がいない」とのことだった。
 まったくわからないのは、民主党が常に声高に掲げている「政権担当能力」、最もハッキリ見えているはずのビジョンと、それを示す方針を説明できる人を、本部が用意できないということ。それに加えて、取材の内容は民主党が国民に伝えたいものであるはずなのに、それに応えないということ。取材は自らの考えと現状を知らせることができるという意味合いで、格好の機会でもあるはずだ。
 とはいえ、1度目の取材を申し込んだこの時期は、4月の衆院統一補選を控えて慌ただしい時期かもしれないということも考えられて、取材は先送りになった。

■ふたたび取材拒否。まったく脈なし

 2度目の取材依頼は6月6日。前回と同じような手続きだったが、今回は質問状を加えた。より取材内容をわかりやすくするためと、こちらのスタンス(民主党のことを悪し様に取り上げる気はないという立場)を理解してもらうため、なにより前回「質問状を送ってもらえばより検討することができる」とO氏が話したことがあったからだ。
 同じく取材依頼書を郵送した3日後に電話する。受付の女性によると「国会に行っている」などでO氏はなかなかつかまらない。2度、T氏というO氏より声が若い男性が電話に出て、女性の代わりにO氏の不在を伝える。それから更に何度目かの連絡のあと、ようやく話をすることができる。
 しかし、取材は再び断られることになった。今回も、あくまでやんわりと。
「理由をお聞かせ願えますか」
「前回と同じく、取材に対応する者を用意できない、ということになりますね」
「30分だけでもいいのですが」
「難しいですね」
「電話取材、という形では」
「すいません、ちょっと対応できないもので」
 というやりとりが私とO氏の間で交わされたが、前回よりも明らかに、どうにかやりすごしたい、という気配が感じられた。対応できない、とはいったいどういうことなんだろう。明確なこと、余計なことはひとつとして言わない、そのあたりにかわし慣れたものを感じた。断固としてはねつけられるわけでもない。手応えのない姿勢は変わらない。取材に応じてくれるのなら、O氏にどうしても、というわけではなく党内の人間だったら他の人でもいい。O氏の不在を伝えたT氏でもよかったわけだ。けれど、以前電話に出ていただいたT氏でもいいが、と言うけれど、やっぱりバツの悪そうな笑いで遮られてしまう。
 人をたずねてある家に訪れる。と、出てきた50代くらいの男性に、不在を告げられる。そこに会おうとしている人はいるはずなのに、ただ曖昧な笑みを浮かべたまま、どこにいるのか、なぜいないのかも教えてもらえない。色をなして帰れとも言われず。ただ正体不明のつかみどころのなさがある。たずねたのがいわゆる「一般人」ならまだしも、この場合は現に国民の多くの支持を集めている政党の本部での話だ。
 しばらく食い下がってはみたものの、取材を受けてくれる様子はまったく見えなかった。
 質問状を要約すると、
・国会で自民を攻める糸口があるのに、そこを攻めないのはなぜなのか。
・従来の野党がとるアピールの仕方を取らないのなら、それにかわる方法が必然的に必要なるが、それはどういうものか。
・国民にアピールできているかという点で、党内での自らの評価はどのようなものか。
 という内容が基本的なものだ。
 どれもそれほど突っ込みすぎた質問ではないし、政治ウォッチャーでなくとも国民に関心がある、そして民主党が伝えるべき内容であるはずなのに、それに答えてくれることはなかった。私にはこの一連の民主党本部の対応に関する意図がまったく見えない。

■このままでいいのか、「政権準備政党」

 03年の総選挙では、民主党主導で、具体的な期限、財源を明らかにした政策を掲げるマニフェスト選挙を展開し(それまでの日本の公約はウィッシュ・リスト、つまりおねだり集と欧米から酷評されている)、大きく議席をのばした。明確な政策を打ち出す姿勢が国民の評価につながった。
 しかし、このところ民主党はマニフェストとは反対に、わかりにくさの極みにある。年金問題、汚職疑惑、靖国問題を含む近隣外交、自民を攻める糸口があるのに、そこに突っ込んでいかない。ならば他の方法で存在感を示すのかと思いきやそういうことでもない、審議拒否をしていたかと思えばいつの間にか戻ってきていたりする。無数の「?」がアタマに浮かぶ。
 自民はこのところ郵政民営化法案をめぐって揺れに揺れている。党内の民営化反対派と、「最善の策として国会に(法案を)提出した」「法案修正はない」と言いつつも歩みよりを見せる小泉首相。「改革の本丸」とする郵政民営化にこれだけ揺れている今、民主党にとってはこれほどの攻め時はない。それでも、4月の党首討論という絶好の場で小泉首相と対峙したときも岡田代表は「この種の問題で政府を引っかき回すのは政権準備政党の役割ではない」「首相もいろいろ郵政では忙しいようで」と深く取りあげようとしなかった。自民、公明両党は今国会の会期を8月半ばまで延長することを決めたけれど、明らかに、緊張感のある審議の末での延長という文脈にはなっていない。たるんだ印象の理由のひとつとして、民主党が説得力ある対案を出すことができなかったことを多くのメディアも取りあげている。労組系を中心に民営化反対議員も多いという党内事情があるとしても、あまりにも消極的すぎやしないか。

 現行の審議制度では過半数の票を得なければ案が通ることはない。
 今はまだ少数野党の位置にいる民主党は、与党に徹底した論戦を挑んで、時には罵詈雑言を浴びせ、何とか政権を揺さぶっていく徹底抗戦の選択肢もあるのに、それをしようとしない。徹底抗戦をしろ、というのではなく、国会でそれをしないのなら他に存在感を示す方法がとられているのか、ということだ。
 今の民主党にはそれがない。
 国会で野党が審議を尽くさないということは、与党の政党に異論がないということになる。政策が違わないのなら政権につく必要はゼロだ。
 去年の参院選で民主党の改選議席数が自民を越えたときは、なにかが起こりそうな気がしていた。たしかにそうだった。でもいつからか民主党は、晴れた空が曇り始めるように、「よくわからない」ものになっていった。岡田克也代表が「政権準備政党」を自信ありげに示してから、ますますわからなくなった。
 それに加えて、2度続けての取材拒否。
 初期の小泉内閣やマニフェスト導入の選挙などが支持されたように、わかりやすいということは確かに国民に理解される大きな要因かもしれない。ここ最近の民主党のわかりにくさが、自分の首を絞めてゆくことになりはしないか。
 民主党は、わかりにくさの霧の中に消えてゆくのか。(■つづく)

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