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出版人養成スクール・苦境?か盛況か? 日本エディタースクールの過渡期

●月刊「記録」2007年3月号掲載記事

●取材・文/本誌編集部

 編集者を養成する学校として日本エディタースクールが開校したのは1964年。以来、編集者のみならず、校正者、デザイナー、ライターなど「本づくり」に関わる職能の確立を目指して、多くの人材を輩出してきた。
 実は、この原稿を書いている私もエディタースクールに通っていた。昼間部の総合科1年課程に通い、秋から夜間の「ジャーナリズム文章コース」に通い始めたのだった。
 最近、エディタースクールで同期だった知り合いに会ったとき、「エディタースクール、なんか生徒が減ってるらしい」ということを聞いて驚いた。
 わずか1年のあいだ通っただけだったけれど、レイアウトの基礎から校正の実習、印刷の知識、本作りにおける原価計算、『創』編集長・篠田博之氏が教壇に立つ雑誌論など内容は濃かった。ムチャクチャ勉強した! とも言い切れない私だが、通うことで得た知識は編集の現場で無意識のうちに役に立っていたりする。
 多くの出版人が学んだエディタースクールが危機に瀕しているのかもしれないという。もしそうなのだとしたらその理由は何なのか。修了生であることだしそんなに邪険には扱われないだろうという図々しさを武器に、話を聞かせていただくため水道橋に向かった。
 取材には稲庭恒夫代表取締役に受けていただいた。通っていた頃から何度もお目にかかってはいたが、お話させてもらうのは今回が始めてだ。
 稲庭代表は70年の始めにまだエディタースクールが市ヶ谷にあったころに入学し、修了後の73年頃からすぐにエディタースクールで働きはじめた。以来30年以上。この学校を知り尽くした男なのである。
「昼間部の受講者数が減っているというのはたしかです。ただ、これが原因で少なくなった、というのはハッキリとは言えないですね。喋りづらいというんじゃなくて、何が原因で何が結果だ、というのが簡単には結びつけられないと思うからです」。
 とは言いつつも、出版に対する魅力にはかげりが見えるかもしれないと稲庭代表は続ける。
「出版が魅力のない仕事になったというわけではないです。ですが以前と違い、自分の表現を活字に載せるという欲求は、書籍や雑誌でなくブログという形でも仲間内であれとりあえず満たすことができるようにもなりました。読む面でも、電車の中を見れば分かる通り、本だけでなく携帯やゲーム機といったものが普及してきている。生活の中で本にあてる時間が少なくなったんだとしたら、相対的に本に携わる仕事に就きたい、という人が減るのはあり得ることだと思いますよ」。

■出版社からの求人は増えている!

 専門学校や講座に通う人には、その場で職能を身につける目的とともに「就職への道」を期待する面もある。逆に言えば、就職への道へ繋がらない専門学校は魅力的とは言えない。
 私は、生徒数が減った原因として出版者側からエディタースクール受講生への求人数の低下があるのではないかと考えていた。入学説明会などで見学者が求人数について質問する。思っていたより少ない求人数であることを知り、「ここじゃ就職できないかも」と判断して入学を見合わせる……。ありえない話ではないだろう。
 しかし、実際はそうではなかった。むしろ増えていた。「求人数は増えていますよ。学校の初期のころは年間で20件ぐらいだったと思いますよ。今は、だいたい160件は来てる」。
 160という数字には驚いた。なにしろ昼間部の総生徒数を優に上回る数だ。出版社や編集プロダクションからの求人を集めたカタログを見せてもらった。ものすごく分厚い。出版人を目指す人にとっては宝の山に見えるのではないだろうか。しかも、アルバイトとしての募集もあるが正社員としての募集のほうが格段に多い。
 狭き門と言われる出版社への道だが、この求人票の束を目の前にするとさほど入社は難しくないように思えてくる。
 ここはアピールの意味でも書いて欲しいところですよ、と稲庭さんがちょっとばかり自信ありげに言う。
「朝日新聞に求人広告を打ったりハローワークに出したりするらしいけど、なかなかいい人材が来ない、という声を出版社さんから聞くことがありますね。中途採用で採ると、それまで在籍していた会社で固まっていた経験がアダになることもある。昼間部での話ですが、一部の技術に特化した人ではなく、本づくりに関わることを全般的に勉強してきたエディタースクールの生徒は採用する側にとって理想的な人材となるようです」。
 これも意外な事実だった。経験があればあるほどいい、というわけではなく、ちょうど土が耕されたような状態にある人材のほうが、使う側としてはありがたいのだ。

■こんな業界から校正研修の依頼が

 エディタースクールには月曜から金曜、朝から夕方までみっちり学習する昼間部の他に、書籍制作、DTP、文章などを扱う専門的な講座もある。多くは夜間に開講しており、出版社の社員や転職を考える社会人などが多く通う。
 そのうちの一つである校正コースは目玉講座のひとつである。エディタースクールが主催する校正技能検定は1966年から開始され、出版では少ない技能検定のひとつとして広く認知されている。つまり、エディタースクールは校正講座の本場なのである。
 かなり意外なセンではあるが、ここ数年では保険会社から校正の技術習得のための研修を依頼される機会が増えているのだそうだ。「保険会社」と「校正」がどうも上手く繋がらなかったが、事情を聞いて納得した。
「保険の契約文書などでは、間違いが許されないうえに大量の文字がつかわれていますよね。文書の中にあるわずかな表記の誤りのために保険会社が大きな損失を被るという可能性だってあるわけです。いわゆる『事務リスク』ですが、それをなるべく避けるためにちゃんとした校正の研修をしてくれ、と頼まれることも最近では増えてきています」。   
 校正の技術が求められることは学校側としても願ったりではある。だが、稲庭代表はこうした動きの中に、顧客に対し過度に神経質になった商業サービスの一面を見る気がするとも言う。
 少し前、稲庭代表の親族がある施設に入居することになった。その際に手続きに必要な書類の束を見て驚いたという。
「施設に入るだけ、というわけじゃないけど、こんなに多くの書類に目を通すものなのかと思いましたよ。私がそう言うと、施設側の人も少し疑問に思ってるらしく、『以前はこんなに必要なかったけどなあ』と言っていた。」
 契約の食い違いによるトラブルに対し敏感になり、それが書類の量を増やすのか。ふと思えば、不動産契約や雇用契約にもあてはまるような気がする。
 そして、それらの重要な書類の間違いによる『事務リスク』を回避するために、校正の技術が求められる。これは時代的なニーズ、といっても大袈裟ではないのではないか。
 現在開講している校正講座も受講生の数は上々のようだ。昼間部の受講生が減ってはいるが、ここでは校正がそうであるように時代の変化とともにエディタースクールでも求められるものもが変化しつつあるようだ。

■就職のためのマスコミ講座

 ここまでエディタースクールのことについて書いてきたが、それだけでは出版人を目指すためのあらゆる講座が全体的に下火になっているのかどうかといったことは分からない。「出版の仕事をしたい」という意識を持つ人はやはり相対的に減少しているのか。
 現在早稲田セミナー・マスコミ出版講座の専任講師である塚本靖彦さんは、主に大学生を対象に自身の講座から新聞社、出版社、広告代理店など、マスコミ業界において驚異的な数字で内定者を出し続けている。
「編集人」「出版人」を目指すエディタースクールと「マスコミ人」を目指す塚本講座では若干スタンスが違うところもあるが、業界に人材を輩出するポンプの役割を果たす点では同じである。
 金髪に長い髪、ピンクのセーターというハデな出で立ちである塚本さんは元『週刊女性』副編集長、『JUNON別冊』編集長であり、宮崎勤事件や雲仙普賢岳に関する報道など多くの取材記事を10誌以上にわたり書いてきた経歴を持つ。自身が担当する講座では07年度入社の業界内定者は57人、103社に上る。マスコミ講座についてこう切り出した。
「この講座は完全に就職を目的としてます。こんな仕事をしたい、マスコミに就職したいという意識が以前と比べてどうなのかとおっしゃいますけど、いつの時代でもはじめからやる気に溢れている受講生は少ないと思います。だからこの講座に通う人には初めから原稿を書く技術を教えたりせず、まず徹底して『マスコミでやっていく』意識を変えようとしてますよ。どうすればマスコミに入れるのか。どういう視点で物事を見ていくことが必要なのか。競争を勝ち抜いてマスコミに入ったとしても、その後も争いは続くわけですらね。その中でやってくには『給料なんてどうでもいいからマスコミの仕事がしたい』という意志が必要になるわけですよ」。
 成績により受講生をクラス分けし、授業はスパルタ。就職試験は戦場と言わんばかりの勢いである。
 どことなく「自主性」を重んじるように感じられるエディタースクールと、受講生を「叩き上げる」タイプの早稲田セミナー・マスコミ講座。同じ出版関係の学校・講座では指導の性格がまったく異なることに気づく。
 いずれの道を通るのであれ、後に出版・マスコミで生きていけるまでに成長するのは容易ではないが。(■了)

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