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奨学金制度が告げる経済崩壊の足音

●月刊「記録」2007年5月号掲載記事

●取材・文/本誌編集部

「いざなぎ越え」などと言われる一方で、多くの自治体で生活保護の申請が増えるなど、苦しい生活状況を伝えるニュースが耳に入ってくる。生活の豊かさを端的かつ正確に表す指数があるわけではないから一般市民の生活が「豊か」に向かっているのか「貧しい」に向かっているのかどうもハッキリとは分からない。
 今年1月の朝日新聞にこんなタイトルの記事が載った。「奨学金返還、督促を強化 法的措置予告1万件」。記事は奨学金の返済が滞っている人が急激に増え、それを受けて滞納者に対する「取り立て」が強まっていることを伝えている。
 国民全体の生活を表すまでには及ばないが、今や大学生の25%が利用するという奨学金制度に注目することによって、ちょっと変わった角度から現代ニッポンの豊かさが見えてきそうだ。
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 一般的に「奨学金」という言葉が指すのは旧日本育英会、現在の日本学生支援機構(以下、支援機構)が運営する奨学金制度である。先に「大学生の25%」と書いたが、正確には支援機構が奨学金を扱う対象は政令で定められており、列記すると大学、大学院、短期大学、高等専門学校(高専)、専修学校(専門学校)である。旧育英会時には高等学校(高校)の奨学金も扱っていたが、現支援機構の創設時に各都道府県に移管された。ただ、奨学金の制度そのものは基本的に旧育英会のものを踏襲することになっており自治体ごとに特色などは出ないようになっている。

 新宿区市ヶ谷にあり、防衛庁の施設に隣接する支援機構でお話を聞かせていただいた。
 支援機構の建物の中では人が慌ただしく歩き回っていた。聞いて納得したのだが、支援機構が1年のうちで最も忙しくなるのは新しい年度を迎える3月から4月にかけてであるそうだ。
 平成18年度に支援機構が奨学金を貸与した合計人数は約100万人にのぼる。
 学種別の統計で最新版である平成17年度では、全大学生約272万人のうち59万人以上が貸与を受けている。これは3.9人に1人が奨学金を受けている計算になる。大学院生に至っては2.5人に1人が貸与を受けている。
 さて、奨学金の延滞者だが、尋常ではない増え方をしている。「支払い督促の申し立て」を予告した件数が06年度は1万件を超えたそうだが、これは前年度の2倍、2年前に比べてなんと20数倍であるという。
 支援機構・制作企画部の吉田さんが言う。
「ものすごい件数の滞納なので驚かれるでしょうね。支援機構では返還を送らせることができる返還猶予制度がありますが、この制度を利用しようとしている人たちから、返済が滞る理由について01年と06年にアンケートを行いました」
 アンケートの結果を見せてもらいすぐ気付いたのは、01年度に比べて06年度では「無職・失業」を理由としている人の割合が6.5%から20.3%へ格段に上がっているということだった。
「私たちは社会の状況について語る立場の者ではないですが、奨学金を利用された人に限って言えば、社会に出た後でもなかなか生活が厳しいという実態が浮き彫りになったのではないかなと思います。滞納している人たちが悪いと決めつけるのではなく、返したくても返せない人たちにしっかり話を聞いて、その内容に基づいて返還の猶予をとりながら返していただきたいと思っています。ただ、返せるのに返せないという場合。それはこちらとしても厳格な態度で臨んでいかなくてはいけません」。 支援機構内部には返還促進課という取り立て専門の部署がある。ただ、約500人の所帯である支援機構だけではすべての返還を管理することはできない。なにしろ返還中である人は現在200万人にも達する。
 滞納金を集める業務は民間のサービサー(債権回収会社)に委託している。電話で催促をする業務や口座引き落としができなかった人のデータをまとめたりする業務である。クレジットカード会社の手法とほぼ同じだと考えていい。
「支払い督促の申し立ての予告を聞いて慌てて連絡してくる人は多いですよ。実際に督促手続きで裁判所で会ったとき、支払い能力があるという人もいます。でも、ほとんどは返還金を支払うことができない人が多いんです。厳しいんです」
 日本中の所帯のフトコロ事情が透けて見えるような何とも重苦しい吉田さんの言葉である。

■奨学金は奨学金で回る

 06年度、支援機構における奨学金の事業費総額は7810億円に上る。第1種(利子なし)と第2種(利子つき)では実は財源の質が少し違う。第1種は政府からの貸付金と返還金。第2種は財政融資資金と財投機関債、そして返還金。一般の投資家に向けた機関債が組み込まれているのは意外だ。
 大別すれば国の財源と返還金に分けられる。つまり返還金があってこそ奨学金が毎年回転していくことができる。
「奨学金は『循環運用』なんです。返還金が正常に集まらなければ、本当に経済状況が苦しくて就学が難しいという学生を支援できないという一番悪いことが起こってしまうことになりかねませんよ。ここが基本なんです。憲法でも保障されている誰でも教育を受けることができる権利を制度の面からフォローしていかなければならない、これが奨学金の根本です。私たちが適切に貸与していくためにも、なんとかして回収は行っていかなければならない。ただ、それが難しい人もいる。難しいところですね」

 日本学生支援機構が運営する奨学金以外にも、日本には数多くの奨学金制度(スカラシップという名がつけられていることも多い)がある。
 地方自治体が運営する返済の義務がない給与型の奨学金、新聞配達を続けることを条件に学費の支払いを支援してくれる新聞社の奨学金制度、中には日本とハワイの大学院生を互いに派遣し、「相互理解」と「友好親善関係の推進」が目的である皇太子奨学金などというものもある。
 一般企業が運営するものも多くある。松下電器産業株式会社がアジア諸国から日本への私費留学生を支援する「パナソニック・スカラシップ」がその一例。海外へ渡るといえば、アメリカの政治家ジェイムズ・ウィリアム・フルブライト(1905-1995)が創設したフルブライト奨学金が有名。優秀な人材の交流を目的に日本で約6500人、全世界で約20万人がこれまで制度を利用している。
 実に様々な奨学金があるが、多くは返還の義務があるものである。もし返済の滞納が大幅に増える日本学生支援機構のようなケースが常態なのであれば、奨学金制度そのものが危機に瀕していると言えるのではないか。
 交通事故や病気、自殺などで親をなくした子どものための奨学金制度を運営するあしなが育英会は前身である「交通事故遺児を励ます会」を経て93年に発足した。「交通事故遺児を励ます会」は共に交通事故で肉親を亡くした岡嶋信治(当時24歳)さんと玉井義臣(当時32歳)さんが中心となって1968年に立ち上げた団体だ。
 あしなが育英会の職員の方は言う。
「たしかに、以前に比べると返済が若干滞りがちなのかなという感じはしますが、それでも返還率は94%前後はあります。寄付金が中心となって運営されている奨学金へのありがたみからなのでしょうか、ちゃんと社会に出た後にちゃんと返済はされていますよ」
 あしなが育英会の最新の収支報告(05年度)を見ると、年度収入28億円のうち20億円が寄付金収入である。さらに内訳をたずねたところ、「あしながさん」と呼ばれる支援者が8億円、年2回の街頭募金で2億6000万円が集まっている。意外といえば失礼だが、街頭募金でそんな大きな額が集まっているとは予想だにしなかった。
 寄付金収入には企業からの寄付もあるが、割合としてはやはり企業以外からがほとんどを占めるという。まだまだ世の中捨てたもんじゃない。
 ただ、やはり見通しは明るくない。高校生以下の奨学金制度が自治体に移管されたことは書いたが、06年度の神奈川県では高校生の奨学金申請が急増したため、奨学金を受け取ることができなかった学生が相次いだ。もちろん背景には低迷する家庭の経済状態があるのだろう。
 支援機構の吉田さんがこう強調していた。
「学生は、これからの日本をしょっていかれるわけですから。彼らの生活を支援するのが奨学金。奨学金が回っていくためには、その恩恵を受けた人たちがあとの世代のことを考えてしっかり返還してほしい」
 景気が回復したといえるのはまだ先である。 (■了)

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