« アースデイ日本・東京連絡所 | トップページ | 行動派宣言!/ジプティ難民救済会 »

サイテイ車掌のJR日記・斉藤典雄/ファン 人間ドック 駅員刺傷

■月刊「記録」2001年6月号掲載記事

○月×日
 三鷹で乗務を終えると、制服姿で利発そうな2人の男子中学生が、私の胸のネームプレートに視線を向けては顔を見ながら、「斎藤さんですか」と、実に礼儀正しく声をかけてきたのだった。
 私は、「そうだけど、何か」とそっ気ない返事をすると、「本を書かれた…」と続けるではないか。「おおっ、読んでくれたのか、そうか、そうか」と嬉しくなり、急にニコニコしたりして、私、態度がコロっと変わるわけです。
 私のサインが欲しくて、横浜からわざわざやって来て、ホームで2時間も待っていたのだという。私の本は、どこの本屋に行っても、まず置いてあることのない不思議な?本なので、「どこにあったの」と聞くと、図書室で読んでスゴク面白かったので鉄道関係の本を揃えてある神保町の書店まで買いに行ったそうなのだ。
 私は、図書館のことを図書室と言い間違えたのだと思い込み、「どこの図書館で読んだの」と聞くと、やはり学校の図書室だったのだ。あんな教育上よろしくない(とは思ってないけど)本が、中学校の図書室に置いてあるとはオドロキだが、「おお、そうか、かわいいやつらじゃのう、正しく生きろよ」と、私は照れること、この上ないのであった。
「ありがとう」という言葉を添えて、赤面してしまうほどヘタクソな「ナメク字」でサインをしてやると、2人共かなりご満悦の様子で、肩を押し合ったりして、私以上に照れているのだった。「第2弾が出たら、また読んでね」といって別れたのだが、どこの学校か聞きそびれたのが心残りである。
 それにしても、中学生が私の本を理解するとなると、相当な能力が必要なハズだが……。ん? それともおれが中学生レベルなのか。そうだろうな、きっと。今夜も乾杯!!

○月×日
 街は、あっという間に新緑に包まれたかと思ったら、いきなり初夏の陽気となり、半袖の若者たち、生ビールのおとっつあんが一気に増えたような感じがする。
 といっても、まだ4月である。それなのに、中央線は朝のラッシュ帯から冷房ガンガンという大サービスなのだ。
 電車に冷房が付き始めたのは、二十数年前頃だと記憶しているが、その頃は、一編成すべての車両に付いているのではなく、前3両と後ろ3両だけとかで、10両編成であれば、残りの中間4両は従来の扇風機だけだったのである。
 そのため、冷房の付いた電車が到着すると、「お客」は一斉に、その車両目掛けてホームを駆け出したものだった。知らない人が見たら、異様な光景と映ったに違いない。
 余談だが、あのころは「お客」なのであり、「さん」すら付けなかったのだ。今のように「お客さま」などといっていたのは、「神様です」と歌い、先日お亡くなりになった国民的歌手の三波春夫だけだったと思う。
 また、冷房の使用期間が限られており、4月、5月はいくら暑くても扇風機だけで、誰一人として文句をいう人はいなかったものだが、今ではすぐに苦情がくる。まさに、至れり尽くせりのもてなしで、我慢を強いないというより、させてはイケナイ時代になったのだろう。
 乗務中は、事故やトラブルがなく、平穏無事に終わってくれることを、ただひたすら願っているわけだが、最近は、私の出番に限っては、これといったことは何も起きていない。ラッキーにはちがいないが、その沈黙がまた不気味でもある中央線なのである。
 それにしても、毎年同じことの繰り返しで、月日はどんどん過ぎていくのだ。近々、人間ドックがあり、運転訓練会議、クレペリン検査、昇進試験と続く。その間にも、メーデー、分会の潮干狩(家族交流会)、組合の集まりなどと予定がビッシリ詰まっている。しかしながら、忙しければ忙しいほどサケを飲む機会も増えるという仕組になっているので、疲れも吹き飛ぶから許してしまうのである。

○月×日
 人間ドックを受診した。
 この年になると、目には見えなくても老化現象は確実に始まっているのであり、長い人生を楽しむには、自分の身体の状態を把握して、健康管理に努めることは当然だ。何よりも健康体で安心して暮らしたいしね。
 案内書には、前日は20時以降何も口にしてはならず、当日も検査終了まで水もお茶も飲んではならないとあった。もちろん禁酒禁煙である。
 それにしても、肛門診だけはちょっとね。なんとなくイヤラシイではないか。いくら品行方正でもエッチな私としては、どのような精神状態になるのだろうと、期待と不安で一杯なのであった。しかし、若い看護婦さんを前に、診察台に上がるや否や、実にスンナリとパンツを下ろした自分自身に驚いてしまったのである。妻以外の女性の前でお尻を丸出しにしたのは何回か、などと数えている場合ではなかった。何の恥じらいもない、ただのオヤジだったのだ。
 そんなことより、私が真剣に一番心配していたのは肝機能であることはいうまでもない。しかし、またも血液による検査結果はすべて正常範囲内で、超音波による内臓もキレイで異常なしということであったが、そ・そんなことより、た・たいへんなことが起きてしまったのである。
 それは、思いもしない、胃の検査で引っかかったのだ。
 レントゲン写真を前にドクターはおっしゃった。「ここの所(胃壁)がね、なめらかになっていればいいのだけど、ほら」。確かに、ぼんやりとハッキリしていないのが私にもカクニン出来た。「潰瘍ですか」と弱く恐る恐る尋ねると、「癌だと困るしね」などと、いとも簡単に、人権蹂躙的な迫力で私を圧倒したのであった。
 ガ――ン。血の気が引いていくのが分かった。「肝機能大丈夫なら、また飲めますわね」と嫌味たらしくいった妻には内緒だ。何ともなかったらということにする。2週間後に再検査。胃カメラを飲む。

○月×日
 「大丈夫に決まってるじゃないか」といくら思っても、知らず知らずのうちに悪い方、悪い方へと考えている。もし、癌だったらどうしよう、かと。
 誰にも喋らないが、こうして原稿用紙に向かうのも、きっと弱い犬ほどよく吠えることと同じなのだろう。
 それにしても、なんという運命のいたずらなんだ。もう、サケも飲めなくなるのか。
 でもいいか。普通の人にしたら、すでに一生分は飲んでいるだろうし。国労が闘うじゃなくて、今度は癌と闘うになるのか。子ども達も皆、期待通りおバカに成長してくれたし、もうオヤジなんていらないだろう。妻だって保険金でマンションのローンが払えれば喜ぶのではないか……、などと、どんどん落ち込んでいく。
 これまでの自分の人生を振り返ってみても前述のような、実に貧弱なことしか浮かんでこない。いったい私は何をしてきたのか。毎日毎日、ただ中央線に乗っているだけで、あとはサケ飲んで寝ていただけではないかとしか思えない。
 すべての事が投げやりになって、JRすら辞めてしまいたくなってしまう。これで辞めれば、文字通りの「依願退職」だなんて、どうして私ってば、最後の最後までくだらないことばかりが付きまとうのか。胃癌になんてなりたくないよ。100パーセントなりたくない。

○月×日
 まさか、こんなことが起きるとは……。
 駅員(39才)が刺されて重傷という、なんとも恐ろしく信じられない事件が起きた。
 JR横浜線八王子みなみ野駅での惨事だが、私達の支社管内である上に、うちの職場にもその駅員と同期の人がいたりして、いつになく大きな衝撃が走った。
 発生はゴールデンウィークの真只中5月1日午前0時30分ごろ。終電が終わってからの出来事だった。
 駅員が1人で駅入口のシャッターを閉めようとしていたところに、2人組の男が「動くな」と近づいてきて、1人がいきなりこん棒のようなもので顔面を殴りつけ、もう1人が刃物のようなものでわき腹を刺し、逃げて行ったのだという。
 物騒なことだ。本当にやりきれない気持ちで一杯になってしまうが、被害にあった駅員には一日も早く回復されて、職場に出てこられることを願うばかりである。
 それにしても、刺されるなどという事件は前代未聞だが、こうした事件やトラブルが起きる度に、あと1人や2人の要員がいれば何とかなったのではないかと、いつも思うのだ。
 この駅は2人体制で、1人は初電対応のため仮眠中であり、深夜帯(その逆の早朝も)は1人作業となっている。
 駅舎という広い施設にたった2人しかいないということに、少なからず不安を感じるのは私だけだろうか。何もかもスムーズにいけばいいのかもしれないが、いつもそうとは限らない。公共の場だということもあり、何かがあれば人はどんどん溢れるはずで、誰が考えても行き届いたサービスを提供するには無理がある。
 それでもJR会社は要員を増やすことは100パーセントしない。効率化という名の下に、人を減らすことばかりに躍起なのである。
 とりあえず、自分の身は自分で守るしかなさそうだが、このところ連日のように起きているのは、刺したの殺したのという暗い異常な事件ばかりだ。人と人との心が通じ合わない、まさに殺伐とした時代になってきたように思う。悲しいことだ。

|

« アースデイ日本・東京連絡所 | トップページ | 行動派宣言!/ジプティ難民救済会 »

サイテイ車掌のJR日記/斎藤典雄」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/389724/8226071

この記事へのトラックバック一覧です: サイテイ車掌のJR日記・斉藤典雄/ファン 人間ドック 駅員刺傷:

« アースデイ日本・東京連絡所 | トップページ | 行動派宣言!/ジプティ難民救済会 »