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サイテイ車掌のJR日記・斉藤典雄/女子中学生 二強対決 2000年

■月刊「記録」2000年2月号掲載記事

○月×日
 JRに関する事故や事件の情報は、社員・組合員といえども、当該の人や上層部以外は、新聞やテレビの報道で知ることが多い。
 先日の新聞には、「かばん挟まれ中一線路転落」とあった。中央線、高円寺駅で上り快速電車が発車した際に、女子中学生の肩かけかばんのひもが挟まり、約100メートル引きずられてホーム先端から線路に転落し、ケガをしたという。ケガですんだのは奇跡的で不幸中の幸いだが、女子中学生は生きた心地がしなかっただろう。
 ケガの回復を心から祈ると共に、やはり担当車掌のことが気にかかる。新聞ではハッキリとした真相がわからないが、かなり責任を追及されるかもしれない。しかし、起こるべくして起こった事故といっても過言ではないだろう。ホームは曲線で、発車したら死角となる部分があるのは事実だ。ホーム要員が配置されていれば防げた事故ではなかったのか。
 さらに「JR不採用問題、ILOが勧告採択」とも出ていた。JR不採用問題について、ILO(国際労働機関)が日本政府に対し、「政府は、JRと組合間の交渉を積極的に促せ」との勧告を出したという。
 これは労働委員会救済命令がJRによってことごとく無視され、5・28東京地裁判決のような形式的な法解釈で労働委員会の救済命令が覆されるのは、団結権の具体的かつ実効的な保障制度の確立を求めているILO条約に違反するものだとして、国労が申し立てていたものである。
 新聞によれば、ILO勧告自体に強制力はないが、政府への影響力は強いということだ。ただ同勧告は中間的なもので、最終勧告は2000年3月以降になる見通しと書いてあった。
 なんともじれったいが、事態の進展を願うばかりである。

○月×日
「中央特快」を聴いたか。
 駅でポスターを見かけて、思わずCDを買ってしまった。オータムストーンという若い四人組のバンドで、飾り気のない気ままさが漂うポスターもよかった。
 ノル、ノル、乗ってしまう。ドライブ感溢れる重厚なサウンドに一発でシビレた。ちょっぴり切ないところもいい。もうすっかりトリコになってしまった。
「甘い誘惑、自由なスタイル、『中央特快』に乗り込んで、君の街へ」だって。イカスなあ。私も若い頃に戻りたい。好きなことがやれたあの時代。コップから溢れる水のように止めどなく夢が広がっていたあの時代……。
 せっかくいい気持ちでいたのに、職場で同僚に冷やかされた。「クラプトンのコンサートに行ったんだって? そのトシで」
 そのトシでとは笑えたが、何をいうか、クラプトンの方がもっと歳上じゃないか。

○月×日
 2日間の分会大会も無事に終わった。相変わらず東労組と一体になった会社側の悪質な差別で、私達の分会では、この1年間に脱退者を1名出し、昇進試験の合格者はゼロであった。それでも団結を崩さず、仲間同志がスポーツやレクを交えて親睦を深め合いながら乗り切り、楽しく過ごすことができてホッとしている。
 大会には、約8割の組合員が参加した。うちの分会もまんざら捨てたもんじゃない。また向こう1年間、微力ながらも心を新たに奮闘しなければという思いを強くした。
 政治の場に限らず、世間でもアッと驚くような事件が次々に起きた1年だった。私たちの中央線の連日の輸送混乱は社会問題にもなった。しかし、なぜかすぐに忘れられていく。それくらい、目まぐるしく慌ただしい毎日だったといえるかもしれない。
 大会での私の役目は、受付けと最後に大会宣言を読み上げることだった。
「御苦労様です。2日間を通して、経過報告でも方針でも、誰一人取り上げませんでしたが、5・28東京地裁不当判決から1年がたった今年の5月28日、うちの組合員の斎藤さんが『JRの秘密』という本を出しました。この現状を少しでも変えなければという強い思いで書かれたものと思われます。これほどの教宣物はないのではないでしょうか。分会教宣部は斎藤さんを誉め称えたいと思います」と前置きし、大会宣言を読み上げたのであった。やれやれ、おバカは一生治らないのだろう。

○月×日
 なにかとせわしない。あれもこれもと思うばかりで、自分の要領の悪さも手伝い、ちっとも落ち着かない。アッという間にゴール直前まで来てしまった。過ぎ去った日々の感慨に浸ってなどいられない。まるで駆け足のような一年だった。
 暮れの大一番、GIレースのオーラス「有馬記念」が2日後に迫った。競馬ファンの私だが、このところ負け続きで、もはや好きな馬に一票を投じる余裕はない。負けを少しでも取り返すため、一着と二着に来る馬を一点だけ決めて勝負することにした。
 当然、わが家の大蔵省の目は厳しいが、「宝くじは10枚しか買わなかったから」「競馬評論家の大川慶次郎さんが亡くなったから」「年賀状はまだ1枚も書いていないから」とか、理由にならない独り言をぶつぶつ呟きつつ買いに走る。
 最後の最後だからといって、高額を投じなければならないという法律などないが、どうしても大枚をはたいてしまう。またそれがここ何年か私の「定説」となっている。その結果、気落ちしてうつむき加減の頭を競馬新聞でポンポン叩きつつ、1年間の反省をより深いレベルで行うことができるのである。つまり、ここ何年も当たってないのだ。
 それでも今年こそは(といつも思っているが)当たるという予感がいつになく強い。下馬評どおり「二強対決」で決着するとみた。配当は少ないが、その分喜ぶ人は一番多いわけだし、私もその仲間にぜひ入れてほしい。何がなんでも当たって、この1年間を明るい気持ちで締めくくりたい。
 果たして、ガッツポーズを決めることができるか。年末年始安全安定輸送完遂・JR東日本。仕事も忘れてはいないぞ。激動の1999年よ、サラバじゃ。よろしく2000年。

○月×日
 年が明けた。2000年の始まりだ。昨日の延長というなかれ。やはり気持ちがビシッと引き締まる。何から何まで期待が膨らみ、実に晴れ晴れとした清々しい気分である。
 JRでも列車運行システムなどのコンピュータ誤作動が懸念された「2000年問題」だが、無事にクリアできたようで、年をまたいで大きなトラブルはなかった。
 元旦は日勤で、初日の出前に家を出た。わがJR中央線は定時運転、当たり前のように安全正確に運行されていた。今年も一年、お前にお世話になるのだね。
 妻も正月早々当直(夜勤入り)で、私とはすれ違い。用意された豪華なおせち料理がなんとも空しい。「今年も仕事で明け暮れるのか」と、先が思いやられるが、身体だけは大切にしてほしい。また、息子二人が受験を控えているが、まったくもってノンキそのもの。しかし春には新しい一歩を力強く踏み出してほしい。
 健康でありたい。身も心も。己を戒め、平常心を失わず、謙虚に生きよう。
 国鉄闘争は14年目を迎えようとしている。決して短くはない歳月である。今年こそは、何が何でも解決の年にしたい。容易なことではないが、勝利を心から喜び合いたい。
 ご来迎を拝みに、初めて徹夜で高尾山へ行ってきた中学生の息子が言った。「新鮮な卵みたいだった。チョー感動した」そうかそうか。私も感動する心を忘れない1年でありたい。
 2000年、とりあえず私は仕事に専念。笑いたい者は笑ってくれ。JR東日本中央線を本年もよろしくお願い申し上げます。

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