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サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/発車ベル どん底 補強案

■月刊「記録」1998年10月号掲載記事

○月×日
 歯医者に行って虫歯を抜いた。昔と違い、麻酔の注射すら全然痛くないので非常に助かる。医療技術は日進月歩だ。
 歯は使えるギリギリまで使った方がいいという良心的な先生だったので、薬の注入を繰り返して今日までしのいできた。しかしもう限界らしい。ここ数日は自分でも化膿による臭いに我慢できなくなっていた。
 「次は、クサし境、次は、クサし小金井、クサし野乗り換えです」と、仕事への影響も深刻な状態である。
 治療後、薬局で薬を三種類もらって帰宅した。化膿止めと消炎剤、それに鎮痛剤である。麻酔が切れてくると、案の定激痛が襲ってきた。でも鎮痛剤だけは飲まずにガマンする。鎮痛剤の説明書(今はご丁寧に薬局でくれる)に、服用中のアルコールはダメだと書かれていたからだ。
 ちょっと微笑むと逆に笑われそうなマヌケ顔となり、まったく情けない。痛みに堪えながら、いつもより多少厳しい顔で晩酌したのだが、妻には気づかれなかったようだ……。

○月×日
 私達車掌が扱う発車ベルの音がメロディ化されて、何年経つのだろうか。このようなシャレた発想が生まれてくるのも、民営JRならではかもしれない。
 音楽好きの私としては嬉しくもあり、まあ気に入っているのだが、私の中ではちょっとしたモンダイが起きている。フト無意識に口ずさんでいるメロディがこれだったりするのだ。本当にちょっとしたことなので、モンダイではないかもしれないがモンダイなのだ。
 乗務していれば一日中このメロディを聴いているわけで、もはや家で好きな音楽を聴く時間よりも長い。ふと口ずさむメロディがビートルズではなく、JRのメロディだとはなんだかくやしい。
 それにしても、以前のジリジリという一本調子の発車ベルを思うと「厳格国鉄」というイメージが浮かび、緊張感とスリル、そして郷愁をそそるモノがあったという気がしてくる。別に電車に乗るのに緊張する必要はないが。
 まあ、仕事をしている私達だってできれば楽しくやりたい。例えば中央線全駅の発車ベルの所に楽器を置き、プロのミュージシャンに演奏してもらったらどうだろうか。車掌のことを英語でコンダクターという。まさに私達車掌が発車ベル演奏の指揮を執るのだ。
 旅の始まりが発車ベルの演奏により告げられ、私達は安全な運行とお客さまの生命をお預かりする。まさに真剣そのもの、命がけで「運命」のタクトを振るのだ。

○月×日
 今年の夏はなんとも冴えない。全国的にも長雨傾向で、来る日も来る日もパッとしない。「準備オーケイ、いつでもいらっしゃい」と、ビールをガンガンに冷やして待ちかまえていたのに、なんだか肩すかしを食った気分だ。これが夏かといいたくなる。
 天候が定まらず、どんよりとはっきりしない日がほとんどであった。カーッと照りつける太陽もカリフォルニアのような青空も見ぬまま、夏は寂しく「あっ」という間に通り過ぎようとしている。
 シャワーの後に髪をオールバックにして、永ちゃんの「時間よ止まれ」を静かに口ずさむ。団扇片手にロダンの彫刻「考える人」のポーズで汗が引くのをじっと待つ。エアコンは滅多に使用しない。
 日中の蝉時雨のにぎやかさが真夏の暑さを感じさせてくれると思ったのもつかの間、夕暮になれば蝉の鳴き声も涼しさを感じさせるものへと変わり、なぜか切なくなる。
 気象庁は、8月も中旬を過ぎて一般の感覚にはそぐわないとし、東北と北陸の梅雨明け発表をあきらめたという。また、関東に梅雨明け後も停滞していた梅雨前線は秋雨前線に名称変更という異常事態である。ナヌッ!?
「今日まで梅雨前線と呼んでいたものが明日からは秋雨前線だと」
 オカシイではないか。これでは国鉄がJRになったようなものである。私は断じて容認できない。気象庁と秋雨前線はキチンと責任をとれるのか! うーむ、やはり夏のツカレが出てきたようである。

○月×日
 不合格であった。残念だが仕方ない。
 昇進試験(一次)の発表があり、最下級である指導職試験の合格者はわが国労組合員でわずか二名という、どう考えても納得できない結果に終わった。
 私の場合は「これでよかったのだ」と思う。もし私が試験官なら、毎年キチンと盆暮れの付け届けがあったとしても、やっぱりオレのようなヤツは絶対に合格させないだろう。なんだかセイセイした気分だが、二次試験の楽しみが減ったのかと思うとちょっぴり淋しい。
「今日もアツかったですねえ」などと暑さのせいにして、とりあえず帰りに一杯やった。そういえば昨日、東京芸術座から演劇のお誘いが来ていたのだが、その演題はゴーリキの「どん底」だった。そうだったのか……。なんだか笑わせてくれるではないか。
 それにしても、サケはいつ飲んでもウマく、JRはオモシロイ会社である。

○月×日
 国労の第63回定期全国大会が東京・社会文化会館で行われた。国鉄分割民営化から12年目、東京地裁判決後初の大会として各方面からも注目されていた。
 和解を目指した「三条件」提案を旧与党から機関決定するよう求められたこともあってか、本部宮坂書記長は大会初日に突如として「国鉄改革法を認める」等の運動方針(案)の補強なるものを提起し、今大会で採決するということになった。
 会場はヤジと怒号に包まれたが、私は驚きつつも「本部はいよいよ腹を固めたのだな」と、緊張と期待で身震いした。この10月1日には国鉄清算事業団の解散、鉄建公団への業務移管を控えており、一刻の猶予も許されない。まさに政府責任による早期解決へ向けた決断の時なのである。
 私達は今日まで国労の運動方針に沿って闘いを進め、団結を守り抜いてきた。「時代遅れの孤独のランナー」などと陰口をたたかれようと、不当な差別攻撃にも屈することなく人間としての信念を貫き通せたのは、弁護団、共闘関係者や良識ある市民の限りない支援や激励があったからであり、心から感謝しなければならない。
 改めて言うまでもなく、東京地裁の判決は不当であり事実誤認である。憲法や労組法より改革法が上であること自体が間違いであり、山下俊幸さん(連帯する会事務局長)も言っていたように、国家的な不当労働行為を国家権力(裁判所)が裁くことに無理があった。
 もはやこの問題は公正とか公平、平等といった常識は通用しないのである。完全無欠の改革法だったのだ。権力の前には必ずしも正義が実現しないということを目の当たりに思い知らされた。
 当時の中曽根首相や橋本運輸大臣は「所属組合による差別があってはならない」「一人の職員も路頭に迷わせない」と繰り返し約束した。国会決議も政府答弁もすべてないがしろにされ、裁判所までが私達を裏切った。さらに裁判所は「大臣などの答弁は方案の説明のために便宜的に用いられたものでなんの意味もなさない」とまで言っている。中労委が高裁に控訴したように、国会のおエラ方は裁判所に抗議しないのかという素朴な疑問も湧く。
 いずれにしろ、これまでの事実は消えるものではなく、決して無駄なことではない。人間としての素晴らしさや醜さ、世の通念や仕組みなど、あらゆるものを見ることができたと思う。ここは歴史的な一つの節目として決断すべきである。闘争団・家族の心情を思えば、早期解決を何としてでも実現しなければならない。このまま長期化すれば闘争団の高齢化も進み、最終的にJRの不当労働行為が確定しても事実上救済を受けられないという事態も想定される。手術は成功したが患者さんは亡くなったでは済まされない。運動には妥協もありである。
 しかし当然代議員からは反対意見が続出した。「白紙撤回を求める」「改革法を認めれば、その先には国労解体がある」。補強案に理解を示す代議員からも「会場で突然提起されて、職場での議論なしの採決は組合民主主義に反する」などの反発が相次いだ。
 本部は結局、「職場での討論を継続し、意見を集約して臨時大会を開く」として承認の先送りを再提案し、了承された。ある代議員は私に言った。「こんなものを認めたら国労の組織は持たない。かといって、高裁・最高裁まで闘い続けるとしても持たないな」と。
 補強案は5点であった。
 第一に「国鉄改革法の承認」これは分割民営化反対の旗を降ろすことである。第二に「係争事件は当該エリア本部とJR各社で解決」つまり全提訴を取り下げること。第三に「組織のあり方、名称等変更の検討」すなわち全国単一体国労の七分割、国労という名称を変えること。第四に「JR連合傘下の各単組との共同行動」行き着く先はJR連合への吸収、合併ということ。第五に「JR各社へ胸襟を開いての解決交渉働きかけ」跪くこと。以上である。
 以上だが、確かにこれでは全面降伏である。まさに「踏み絵」に等しく、国労の新たな試練ともいえよう。国労は再び分裂を繰り返さなければならないのか。本部宮坂書記長の苦渋に満ちた顔が私の脳裏から離れない。リーダーは時として大英断を迫られる辛い立場である。
 もう一度言いたい。運動には妥協もありである。今こそわが国労は大胆な妥協を持って新しい道を前進しなければならないときなのだ。

○月×日
「グラグラッ」ときた。首都圏では震度3~4とかなり揺れた。朝8時46分、私は遅い出勤だったので家でのんびりと朝刊を読んでいた。
 台風4号の接近を前に、東日本・北日本の各地は記録的な豪雨に見舞われた。土砂崩れや河川の氾濫が相次ぎ、全半壊や流失する家屋やJR各線の不通など、近年例を見ない被害となった。
 日本の自然は大丈夫なのか。まさに異常気象だが、追い打ちのように地震が続き、なんだか薄気味悪い感じがした。
 すぐにテレビをつけると、東京駅からの各新幹線の運転見合わせを盛んに報じていた。私も中央線が遅れると思い、早めに出勤すべく無意識のうちに準備に取りかかったりしていた。
 しかし万が一である。このまま出勤して家に帰れなくなるという非常事態となりはしないか。仕事も大事だが家だって同じである。だが、どんなことがあっても仕事のことを念頭に置き、とにかく遅れまいと考える。もちろん仕事を愛し責任を感じているのだが、その根底にあるのは家族の幸せを願っているからこそだと思う。
 テレビは再び新幹線の見合わせを報じていた。視聴者はそれほどまでにJRの運転状況の報道を望んでいるのだろうか……。自然災害だけはどうしようもないが来るなら来い。負けるわけにはいかないのだ。

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