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サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/筋肉痛 ゴネ得 身だしなみ

■月刊「記録」1998年9月号掲載記事

○月×日
 JR中央線を乗務する四つの車掌区(三鷹、新宿、立川、八王子)の国労分会交流会として、今年もまた橋本(横浜線)社宅のグランドでソフトボール大会が行なわれた。毎年のことなので、誰がどの程度の実力かを皆知っているし、勝ち負けよりもいい汗を流してリフレッシュすることが目的なのはいうまでもない。
 ここ数年ロクにスポーツなどやっておらず、年に1、2度こうした催しに参加するだけとなってしまった。運動は運動でも組合運動はスポーツとは違うものね。
 私の守備は「ライト」だった。9つあるポジションのなかで、最も「正しい」位置だと理解している。一番打球が来ない所だと思われがちだが、そんなことはない。上手い人は流し打ちをしたりするから結構大変なのだ。小さいころから運動は得意な方で、勘をつかめば何でもこなせると思っていたのだが、それにしても悲惨だった。 打球を必死で追いかけると、足がもつれて転んでしまう。何とかキャッチしてもすぐに投げられない。慌てて投げるととんでもない方向にボールを放つ始末である。しかし「斎藤はライトなんだから」と皆許してくれる。 こうなったら打者として汚名を挽回するしかない。バットを短く持ち、うまく合わせてヒットを狙う、などというセコイ手段はとらない。力の限りの豪快なスイングで一発逆転勝負なのだ。しかし大振り空振りばかりで、おまけに振り抜いたあげくに転んでしまうのであった。さすがにホトホト情けない。
 それでも私はチャンスを逃しはしなかった。ジャストミート! 会心の当たりである。物凄い手応え。これが私の実力なのだ。まさに『巨人の星』のごとく、火を吹くような勢いで打球が三塁線にスッ飛んでいった。「やったね」と思いながら、またもバッターボックスに転んでいた私であったが、即座に体勢を整え、一塁に向かって走り出した。だが、レフト前に転がっているはずの打球はすでにファーストミットの中にあり、塁に駆け込んだ私は「アウト」と宣言されたのだ。三塁手のファインプレイだった……。
 体力の衰えを痛感しつつ、七転び八起きしながらも、ケガもなく楽しい一日を過ごせたことに感謝しよう。それにしても、これはリフレッシュといえるのだろうか。この後数日間、全身の筋肉痛というお土産に悩まされるのに。

○月×日
 「君がイエスと言えば、僕はノー、君がストップと言えば、僕はゴー、いったいどうなっちまってんだ」。
 今にも全身でリズムをとってしまいそうな、軽快で分かりやすいビートルズのロックナンバー『ハロー・グッバイ』である。
 JR会社が「やりなさい」と言えば、国労は「やらないよ」と答える。ん? そんなことはない。やるべきことはすべてキチンとやっている。
 11部が「JRに責任はありません」と言い、19部は「ありますよ」と言っている。11部は「国鉄とJRの同一性は疑問がある」としながら白黒ハッキリさせた。いったいどうなっているのだ。裁判長の顔も苦渋に満ち溢れていることだろう。
 いずれにしても国労敗訴だが、分割・民営化というのは国労解体も一つの目的であり、そのための改革法だと考えれば分からないでもない。東京地裁はJRに花を持たせたといってもいいだろう。
 私には裁判所もJRのおエライさんも滑稽に見えてしょうがない。なんでそんなに権威を振りかざさなければならないのか。もっと人間らしく素直に正直に振舞えばいいのに。私達労働者はいつも飾らずありのまま堂々と生きていきたいものである。
 「君はグッバイ、僕はハロー」。ビートルズに今夜も乾杯。明日はきっとよくなると信じよう。

○月×日
 参院選が終わった。「投票に行こう」とマスコミが煽ったお陰か、投票率は過去最低だった前回の44・52%から58・84%へ大きく回復した。
 結果は自民党が大惨敗、民主党、共産党が大躍進を果たした。肝心の社民党がボロ負けしたのは自民党と連立を組んできた批判と受け止め、出直しの第一歩であることを願い今後に期待したい。
 さて民主・共産両党の大躍進だが、自民党政権批判の受け皿ともとれるが、民主党についていえば、寄合所帯で決して一枚岩でない。近い将来分裂することが十分あり得そうで危なっかしいったらない。
 橋本首相は辞任を表明したが、私としては中曽根さんにもう一度首相になってもらい、キチンとあの時の責任をとって頂きたい。野党が勢いづいて政権交代を要求し、衆院解散・総選挙も予想されるが、すべてが流動的であり、なにより国民そっちのけの政局混乱が一番心配である。
 それにしても社民党、民主党、新社会党と、政党の名前もコロコロ変わってしまった。別に昔のままでもよかったのではと思う。国鉄、国労もしかりである。

○月×日
 5月28日の不当判決以降、さまざまな集会や書面を見るたびに目が覚める。その都度はらわたが煮えくり返り、怒りを禁じ得ないが、私は思った。強く激しく思ってしまった。
 闘争団と私達国労本体との微妙なズレ(違い)のことである。闘争団にしてみれば日々切実な問題も、私達は日が経つにつれて忘れていく。これは仕方のないことなのだろうか。
 判決の瞬間のショックと落胆は誰もみな一緒だったと確信する。この晩、闘争団家族の上京団に対して行われた個別学習会で、宮里弁護士は「皆さん方の11年間の思いを勝訴という形で実現できなかったのは痛恨の思いである」と声を詰まらせ、闘争団家族と悔しさで涙したということも聞いている。
 しかし、いつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。総学習と総団結により、判決にひるむことなく、高裁控訴という新たな段階を力強く歩み出す他はない。私達の弱味につけ込む自民党の「三条件」などの不当介入に対しても、私のように振り回されてはいけないのだ。
 闘争団の家族、横田文乃さん(釧路・13歳)の作文を拝見した。
「私は学校から帰ってきて、いつものようにテレビを見ていると、国労のことがニュースに出たので、お父さんが出るかなと思って見ていた。するとJRの勝訴と流れた。ずーっと見ていても何がなんだか分からなくてチャンネルを変えてみたら、私が去年の三月に作文を読んだ東京地裁の前で、おばさんたちが泣いて話しているのを見て、国労が負けたことが分かった。(中略)私は急にお父さんのことが心配になった。(中略)お母さんに聞くと「お父さんは強いから大丈夫よ」と言ったのでホッとした。そしたら急に腹が立ってきた。JRと国鉄は同じだ。子どもの私でもそんな簡単なことは分かるのに 、どうして立派な大学を出た大人がそんなこと分からないのだろう。お父さんたちにはがんばって勝ってほしいと思います」
 その通りだね。私はこういうのに本当に弱い。「よしわかった。何も心配することはないからね」と言いたくなる。
 「ゴネ得は許さない」とよくいわれるが、竹本妙子さん(烏栖闘争団家族)も言っているように、「ゴネる」とは生活の基盤があって初めてできるものではないか。ゴネているのではない。自分たちの失敗でこのような状況に置かれたのではなく、これは国家とJRの不当労働行為の結果なのである。そもそも後ろ指を指されるような話ではないのだ。
 国労は負けてない。しかしまだ勝ってもいない。もう一踏ん張り。勝利するまで心を一つに闘おうではないか。
○月×日
 暑い一日だった。お決まりの昇進試験(一次)が行われた。
 試験後のビールを飲むために公休を潰して集まるようなものだと考えている国労組合員も多い。
 試験は誰もが合格しそうな非常にやさしい内容だったが、国労員の不合格率が圧倒的なのは今年も変わらないだろう。私は昨年一次に受かっているので、教養などこれっぽっちもないのだが、最後に行われる「一般教養」が免除となった。といっても、これは皆より一足先にビールにありつけるくらいで、特にメリットというほどのものではない。
 それにしても解せない問題が一つあった。JR職員としての「身だしなみ」についての設問で「髪を染めてよいか、悪いか」というものである。いいか悪いかを選べとある。
 決して全面的に公定するわけではないが、髪の毛が赤でも黄色でも緑でも、肝心カナメの「出発進行」をキチンと厳正に行えるなら、今どきやりたきゃやらせればいいのではないか。けれど世間の常識からすれば「悪」というイメージが強いのだろう。
 実は私の同僚にも髪を染めている人は結構いる。それでも咎められることは絶対にない。なぜなら白髪を黒く染めているからだ。さあこの場合、正解はどっちだ。問題を作成したセキニン者は前に出なさい。

○月×日
 八王子からJR中央線で三鷹まで出勤し、乗り出しが下り高尾行きだったりする。別に家に忘れ物をしたわけでもないのにまた戻らなければならない。
 ――トウキョウは私をテッテ的にイジメたいのだった。「私はたった今上がってきたばかりなのであります」
「するとお前さまは八王子方面には行きたくないと言いたいのだね」
 塩をかけられたナメクジのように私の脳ミソは溶け出し始めている。「先生、早くシリツをして下さい。私は死ぬかもしれないんです……」
 とまぁ「つげ」風に書くとこんな感じか。BOX東中野で「ねじ式」を観た。漫画界の異才、つげ義春の同名作品の映画化である。
 売れない若い漫画家の妄想的な「超」現実世界。暗く貧しく無気力で、冴えない日常生活。内縁の妻に裏切られ、一人あてもない旅に出る。そこで出会うさまざまな女性との奇妙な体験。生々しくきわどいエロスがこれでもかと炸裂する。内容は次第に非日常の白昼夢のような世界へと突入していくのだ。
 もう二十数年前のことになるが、私はつげ義春の作品はほとんど読んだ。意表をつく発想で妖しげな表現が多かったが、どれも不思議と安堵感が漂っていた。彼の描く海や山の田舎の寂れた風景や、貧しさというものが人間の根幹をなすからだと思うが、何もかもが不安定で排他的だった当時の私に妙にマッチし、すっかり虜となった。
 映像は原作に忠実で、ストーリーは分かっているのに、やはりノスタルジックな気分へ誘われてしまった。あてもなくフラリとさまよいたい衝動に駆られたが、現実に縛られてどうにも身動きがとれない。

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