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サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/言いがかり 虹に願いを どうぞお好きに

■月刊「記録」1998年11月号掲載記事

○月×日
 JR東日本最大の組合であるJR東労組がやることはスバラシイとしかいいようがない。いつも驚かされ、いろいろな人がいるものだと深く考えさせられる。
 本年6月17日の東京都議会において、内閣総理大臣をはじめとする関係大臣あての「意見書」が全会一致で採択された。
 内容は「旧国鉄職員1047人がJRに採用されないまま、現在も労使紛争が続いていることは憂慮すべき事態である。東京地裁が判決を言い渡したのを契機に、JR労使双方は誠意を持って話し合うべきである。政府に対し、関係当事者が話し合いの場に着くよう働きかけるなど、労使紛争の早期解決に向け努力するよう強く要請する」というものだ。
 同様の自治体決議である「意見書」は、北海道や大阪府など七都道府県議会、106市246町13村、2区で採択されているという。公職選挙法に基づいて選ばれた住民の代表であることに加え、自民党や民主党の議員さんも大勢いるなかでの全会一致の採択である。つまり地域住民・国民の声として「早期解決せよ」と決議したものなのだ。
 東労組の柚木委員長は第14回定期大会のなかで「国労のゴネ得を決して認めるわけにはいかない。10年経ったからよいではなく、我々は15年経とうが20年経とうが決して忘れるつもりはない。政治決着は認めない」との見解を述べておられた。
 これを受けてかどうかは知らぬが、東労組はなんと東京都議会に言いがかりをつける運動を展開していたのである。「都議会に真実を訴えよう」「1047名問題に関する都議会議員へのハガキ行動を全組合員で取り組もう」との運動だ。
 ハガキは「この問題がどのように起きたのかはご存じなのでしょうか」との議員への問いかけに始まり、「国労はJR採用希望調書を白紙で提出し、清算事業団の就職斡旋をすべて拒否したから」「現地現職採用というわがままを通し、採用に応じなかったからです」というようないつもの主張を並べ、自業自得と結んでいるのである。
 これを受けた都議会議員は「当事者はもちろんのこと、家族や子供達の将来を考え、人道上からも一日も早く解決するようにと思うのは当然だ」と回答したという。
 わが国労は東京都議会議員の見識に敬意を表するとともに、東労組のいう「真実」に対しての見解を機関誌上で表明したので、ここに記しておきたい。
「採用希望調書の白紙提出」について――
 事実無根。そもそもJRへの採用を希望していたのに理由も告げられず不採用となったからこそ、労働委員会に救済申し立てをしたのである。白紙提出なら国労救済命令などない。
「清算事業団での就職斡旋をすべて拒否した」について――
 管理者が廊下ですれ違った際に声をかけたことも斡旋回数に数えるなど、ずさんな作業も行われた。また、すでに倒産した会社や最低賃金以下の会社を紹介したり、新聞の求人広告の切り抜きを示すことも実績としてカウントされたりしたのである。社会常識にかなった再就職口であれば、もっと多くの国労組合員が転職していたし、本州JRへの広域採用に応じた国労組合員も優に1600人を越えている。
「ゴネ得を許すな、自業自得だ」について
 そもそも、労働者の雇用と労働条件を守るべき労働組合が「首切り」を認めること自体が異常だが、89年1月20日に、北海道地方労働委員会は、不当労働行為が行われた事実認定をし、JR北海道と貨物に採用命令を言い渡した。当事者が労働委員会命令の履行を信じて復帰を望んだことは当然のこと。
 以上である。さすが国労である。見事としか言いようがない。深く考えさせられてしまった私がスバラシクおバカだっただけであった。

○月×日
 虹を見た。虹なんて久方ぶりだったような気がする。 今朝五時過ぎの出勤途上、美しい朝焼けに染まった東の空を眺め、ちょっぴり得した気分で駅に向かったのだが、反対側の西の空にはビルの谷間から谷間へと、虹が鮮やかな円弧を描いていたのだ。
 そういえば道が所々濡れていた。きっと起床前に通り雨があったのだろう。下から順に色を追ってみた。紫、青、緑、黄、橙。確か七色のはずだが、橙の上が赤なのか……。それでも六色しかない。ま、いいか。キレイだキレイだ。
 「オズの魔法使い」の「オーバー・ザ・レインボー」が思い浮かんだ。「鳥は虹の彼方に飛んでいくのに、どうして俺にはできないんだろう……」というアカデミー賞の名曲だ。
 私は虹に願いを託した。台風が二つも接近しているが大災害にならないように。わがJR中央線も無事であるように。

○月×日
 なんともよかった。まずはよかった。虹に託した願いが叶ったのか……。
 二つの台風は日本列島を縦断し、各地に爪痕を残したものの、関東地方は難を逃れ、わがJR中央線は百パーセントの運転が確保できた。
 夜勤明けだが、台風一過で実に清々しい気分だった。前日(夜)は寝ずの乗務とばかり、カッパの上下に長ぐつとすべて用意して、「さあ来い」と構えていたのだが全く順調そのものであった。風雨は時折強くなりはしたが、遅れもなく「小金井ステーションホテル」にチェックインできた。ホテルなんて贅沢? いやいや、駅構内にある、ただ仮眠をとるだけの施設ですよ。
 3時間ほど熟睡し、昼前には何事もなく勤務が終わり、シャワーを浴びて帰宅した。

○月×日
 ちょうど休みだったので、中学生の息子の運動会(正式には体育祭)の見学に行った。「来ないでよ」と言われたものだから、行かないわけにはいかなかったのだ!? ヒマだから数えたのだが、百人くらいの父母がいるなかで父親は17人しかいない。ほとんどの父親は仕事なのだ。今日は仕事をしながら心の中で応援しているのだろう。日本のオトーサンはエライ。
 ふと、私はなぜヒマであるかに気づいた。今までなら、近所の人や知り合いと一緒にワイワイ応援していたのだが、息子はこの春にこの学校に転校してきたのであった。従って家に遊びに来る2、3人の友達の他に知っている人は誰一人いない。恥ずかしながら担任さえ知らないのだ。
 以前は子ども達を通じて、地域の実にさまざまな人達とのつながりがあった。しまいには父母会の集まりなどを口実に、子どもそっちのけで(というと語弊もあるが)よく飲み歩いたものだ。「今さら親同士のつき合いなんてもういいや」「煩わしいことなどコリゴリだ……」。初めて来た校庭の隅っこで、そんなことを一人ぼんやりと考えていた。
 しかし今日のメインは息子である。クラスの仲間達と楽しそうに競技に熱中している姿に、私も元気をもらったようだ。

○月×日
 20時49分発上り快速東京行きは、始発駅である高尾を発車しようとしていた。
 この時間ともなれば高尾や豊田からの登り始発電車は一車両1人2人は当たり前で、ガラガラに空いている。下りは終電まで混みっぱなしだが、これぞ日本の正しい姿だとつくづく思う。
 乗務員室のある最後部車両10号車には9号車寄りの3人掛けに若いカップルが乗っているだけであった。彼女は男の膝枕に身を任せていた。「どうぞお好きに」。誰もいないんだからリラックスしてください。
 やはり乗客が少ないとのんびりした気分になり、私達車掌もホッと一息付ける。これがもし一日中ラッシュ時並みの満員状態なら寿命が縮むに違いない。
 さて、男の方がさっきから私をちらちらと何度も窺っている。一言でいえば「挙動不審」だ。私は内心「ヘンなヤツ」と思いながらも、列車を定時に発車させた。
 最初の停車駅である西八王子に近づき、何気なく車内を見ると、膝枕の彼女の格好がなぜか妙な感じなのである。さっきまではロングヘアーに顔が隠れていたせいか気づかなかったが、厳密にいえば彼女は彼の膝枕に顔を埋めていたのだ。私は「シクシク泣いているのかな」と思った。その瞬間である。ビックリ仰天、なんとナント彼女の頭が、規則正しく上下に動いているではないか……!? 「な、なんなんだ!!」
 私はあきれ返り開いた口がふさがらなかった。彼女の口も開いたままだ……。西八王子では10号車に誰も乗ってこなかった。誰もいないのだからもっと大胆にやればいいさ。
 次の八王子で数人が乗ってきた。電車は定時に動き出したが、彼女の動きはピタリと止まったまま。三駅先の立川に着くと、「私、今までぐっすり寝ていました」とばかりにムックリ起きあがり、両手で髪をかき分け、男に肩を抱かれながら降りていった。
 フェラリーだかヒラリーだかのダンナが、執務室で似たようなことをやったやらないで大ひんしゅくを買っているようだが「どいつもこいつもいい加減にしろ」である。「頼むから空いている時くらい息抜きをさせてくれよ」と心から願う。

○月×日
 親戚の結婚式があり、私の故郷である酒田へ向かった。日本海と最上川、庄内平野と鳥海山に四方を囲まれた、それは自然豊かで静かな町である。
 爽やかな秋晴れの下を快走する羽越本線特急いなほ1号。車窓から目の前に広がる日本海は驚くほど穏やかで、見渡す限り凪いでいた。特に、名勝笹川流れ辺りからあつみ温泉にかけての美しい景色にはいつも心が洗われる思いがする。
 早朝5時過ぎに家を出て、上越新幹線で新潟乗り換え、11時16分、わが社の車は一寸の狂いもなく正確に酒田駅に到着した。駅からタクシーを走らせ約10分、11時半からの披露宴にちょうど間に合った。
 懐かしい親戚の顔が並んでいる。私はここぞとばかり常日頃のご無沙汰の失礼を詫び、後は大人しく静かにお祝いした。式は午後2時半ごろ終わり、今度は御自宅におじゃまして酒宴は延々深夜まで続くのだが、私は翌日用があり、夕方の列車で故郷を後にしたのだった。
 それにしても、遥か遠い故郷酒田が日帰りで行けるようになったことは、さすがに驚きと感慨とを隠せない。これは素直にJRに感謝せねばなるまい。

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