« サイテイ車掌のJR日記・斉藤典雄/1411T 車掌19号 スタンス | トップページ | サイテイ車掌のJR日記・斉藤典雄/もうろく章 ゼイタク 解決案 »

サイテイ車掌のJR日記・斉藤典雄/脱線事故 一喜一憂 携帯電話

■月刊「記録」2000年6月号掲載記事

○月×日
 起きてはならないことが起きてしまった。営団地下鉄日比谷線、中目黒駅付近での脱線、衝突事故は、死者5人、36人の負傷者を出す大惨事となった。そして今もなお、ハッキリとした脱線の原因が分かっていない。
 私が事故を知ったのは、乗務中、指令からの無線だった。日比谷線が脱線のため不通につき、JR線に振り替え輸送をするという無線が、まるで普段の車両トラブルかのように、そっけない口調で入ってきたのだ。そうしたこともあって、大変だという認識はあったものの、口ぶりからしてそれほどの事故ではないだろうと思っていた。回送でも脱線したか、と。
 ところが、乗務を終えて本区に戻ると、テレビはどのチャンネルも信じられないような光景を映し出していた。電車の側面がドアや窓ごとすっぽりとはぎ取られ、車内の座席や手すりはメチャクチャに飛び散っている。爆発でも起きたかのような、見るも無惨な状態で、負傷者が次々と都内の病院へ搬送されているところだった。
 原因はなんであれ、この惨事に巻き込まれた方々にはどんな言葉もない。絶対にあってはならない事故だが、現にこうして起きている。なんともやり切れないが、忘れたころに必ずどこかで起こる。原因が究明され、改善され、どんなにハイテク化されても、機械に故障は付き物であり、それを管理する人間もやはりミスを犯すのだ。
 同業者として私たちにできることは、人命を預かるという職責の重大性を再認識すること。安全に対して手を抜いてはいけないという命題を肝に銘じ、作業手順等、決められたことをキチンとこなしていく……、くらいしか思いつかない。
 亡くなられた方々のご冥福を心からお祈り申しあげるとともに、負傷された方々の一日も早い回復を願ってやまない。

○月×日
 桜が咲いた。家の前にズラリと並んだ桜も見事に満開となった。淡いピンクが眩しくて目がくらくらする。思わず駆け出したくなってしまうが、家の中だから小さくスキップでもしてみようか、と思ったりする。
 窓を開けると、小鳥のさえずりが聞こえてくる。ウグイス色で対になっている小鳥はメジロのようだ。警戒心などみせず、自由気ままに飛び回っている。遠く春霞の向こうには、オレンジ色の中央線が今日も一直線にぐんぐんと走っている。
 静かにゆらゆらと萌え立つような暖かい春の日差しは、悪いことなどなにもないかのように、すべてをやさしく包み込んでくれる。自然に夢が膨らみ、胸が踊り心が弾む。春は儀式も多く、慌ただしくて感傷に浸るのはつかの間かもしれないが、それぞれが深く印象に残るものだし、やはり新たな旅立ちを感じさせるものだ。
 転勤や配置換えなどで、心機一転と気持ちを奮い立たせる。散りぎわの桜のように、いつまでも限りなくヒラヒラの私には無縁なのだが。がしかし、子を持つフツーのオトーサンである以上、進級進学といった子供の当たり前の成長に一喜一憂することもある。
 今年の春は息子の大学入学式があった。場所は日本武道館。序列からいえば二流、いや三流なんだろうが、私の子なんだからしかたない。新しい道を歩みだしたことにエールを送る。
 入学式のご父母のかたへという学長のあいさつ状には、「お子様が本学の難関を見事に突破され、合格の栄冠を勝ち得られました。ご家族ご一同ともどもに、さぞお喜びのことと存じ、心からお祝いを申し上げます」とある。……うむ、本当にそうだろうか。
 しかし、まずはメデタイ。素直に喜ぼう。これぞ春だ。

○月×日
 本日、4月17日から、JR東日本では混雑した車内での携帯電話の電源は切るようにと放送している。心臓ペースメーカー等の医療機器に影響を与える恐れがあるからだ。たとえ少数でも弱い立場に置かれた人を思いやるのは当然だろう。
 こうした放送を交えつつ、本日の乗務を終えた帰宅途中、突然右手人差し指がビリビリと痺れだした。どうしたんだろうと思いながら家に着き、わが右手を見てビックリ仰天。指全体が真っ青というか、真っ白で、冷たーくなっているのである。
 私は咄嗟に、意識不明で入院中の小渕前首相を思い出し、ビビッてしまった。
 これは血管が詰まっているとしか考えられない。どうすればいいのか分からなかったが、とりあえず、冷たくなっているのだから温めねばと、お湯の中に手を入れ、左手で静かに揉んでみた。すると、みるみる元通りの肌色に戻り、痺れも徐々に引いていった。
 危うく指差喚呼ができなくなるところであった。ふぅーっと、深い溜息と共に安堵したわけだが、さらに血行をよくしなければと考え、愚かなことだと思いつつサケを飲んだ。これでよかったのだろうか。グラスを見つめ、「この一杯が小渕さん……か」と呟いてみた。大丈夫に決まってるさ……。
 こんなことは初めてだが、妻がいっていたように「バッタリといく」前兆なんだろうか。少数労組で弱い立場の私も、オロオロ不安で落ち着かない気分である。

|

« サイテイ車掌のJR日記・斉藤典雄/1411T 車掌19号 スタンス | トップページ | サイテイ車掌のJR日記・斉藤典雄/もうろく章 ゼイタク 解決案 »

サイテイ車掌のJR日記/斎藤典雄」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/389724/8106966

この記事へのトラックバック一覧です: サイテイ車掌のJR日記・斉藤典雄/脱線事故 一喜一憂 携帯電話:

« サイテイ車掌のJR日記・斉藤典雄/1411T 車掌19号 スタンス | トップページ | サイテイ車掌のJR日記・斉藤典雄/もうろく章 ゼイタク 解決案 »