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サイテイ車掌のJR日記・斉藤典雄/肝臓くん 代表者会議 女性トイレ

■月刊「記録」2000年1月号掲載記事

○月×日
 唐突だが、今日は「肝臓くん」に語りかけたい。
 君の常日頃からの奮闘ぶりには敬意を表し、心から感謝している。毎日せっせとアルコールを分解し、水と二酸化炭素にしてくれる君がいなければ、いまの私は存在していない。なにしろ本当にサケが好きなのだ。もう、だーい好き。焼酎にビールに日本酒にウイスキーと、なんでもござれ。サケほどウマイものはない。もちろん中央線も好きだが、サケの右に出るものはナイと言い切れる。この世の王者、サケ。
 ごはんや魚がいくら美味しいからといって、お腹が一杯になれば食べ続けることは不可能でしょ。だけどサケなら大丈夫。それができる。翌日が休みで用がないとなれば、ぶっ倒れるまで飲んでしまう。
  「こんなに飲んだら死ぬ。でも、飲まなくても死ぬときは死ぬ」これが私の座右の銘なのだ。
 君はもの言わぬ臓器だというが、いつまでもいつまでも黙っていてくれることを願う。一生懸命、日々の役目をキチンと果たしてもらいたい。ごめんね、飲んでばかりで。少しは加減しようか……、いや、やっぱりがんばって耐え抜いてほしい。
 息子のケイタイが鳴っていると思ったら、コオロギがもの静かに鳴いていた。9月ごろはあんなに賑やかだった虫の音も、いまではひっそりとして、いつの間にかすっかり秋の夜長になっている。朝晩はヒンヤリとして、長袖を羽織る日が多くなったが、暑ければ冷たいビールを、寒ければ温かいアツカンを欲する私って、単純なんだろうか。

○月×日
 国労の車掌分科全国連絡会という代表者会議が、都内の社員宿泊所(品川)にて一泊二日の日程で開催された。
 規約には、車掌職に従事する全国の国労組合員で組織し、労働条件の改善・および鉄道輸送の安全・サービスの向上など、公共交通の再生に努めるなどとある。
 北海道から九州まで、全国のJR車掌の代表者約40名が集まり、各地の職場の実態や問題などを話し合い、交流を深めるといったところか。代表者といっても、一人の車掌であることに変わりはない。しかし、みないわゆる活動家である。
 そんな中に、ナゼ私のような甘ちゃんがいるのか。出席すべき代表が都合がつかず、「私には荷が重すぎる」と、かなり抵抗したのだが、結局しぶしぶ引き受けざるを得なくなってしまったのだ。
 全国のさまざまな報告では、国労差別こそ似たりよったりだったが、わが中央線は事故も事件も日常茶飯事で、まさに全国の縮図だと痛感した。私はとんでもない所で働いているのだと強く思った。
 しかしなんといっても、9月1日にJR九州・鹿児島運輸区分会の下窪勝市さん(40歳)が、灯油をかぶり焼身自殺を図った事件の報告には、改めて会社に対して猛烈な怒りが湧いた。
 事件の発端は、7月3日に起きた回送列車(三両編成)の先頭車両脱線の際に、下窪さんが誘導を担当していたというものだ。会社はその直後より、下窪さんに対して「本務外し」をし、「自己研修」と称して会議室へ閉じこめるなど、必要以上の責任追求と嫌がらせを行ったのである。精神的・肉体的に追いつめられて発生した、最後で最大の抗議とでもいうべき自殺なのだ。
 最後の別れである葬儀にも、会社幹部は参列すらしなかったという。まさに今日のJRの異常なまでの労務政策を如実に物語っているといえよう。残された奥様とご両親は、「クビにしてくれればこんなことにはならなかった」と訴えたそうである。
  「国労九州本部も真相究明に全力を挙げるので、ご支援をお願いしたい」と、九州の代表は声を詰まらせて報告された次第だ。

○月×日
  「ギターの神様」エリック・クラプトンがやって来た。ロック・ブルース界では60年代から不動のトップである。今年は2年ぶり、15回目の来日公演ということだ。
 私も大ファンで、すでに数回聴きに行っているが、90年ごろからはアコースティックでしみじみと歌い上げる曲が多くなり、すっかり大人のボーカリストとなった感が強い。93年にはグラミー賞も獲得し、ファン層は以前よりさらに増していることだろう。しかし、なんといっても、むせび泣く、ときには攻撃的なギタープレイが売りである。
 私はやはり一番夢中になっていた、60、70年代のドライブ感溢れるパワフルな曲の方に心が奪われてしまう。身体中がゾクゾクして、居ても立ってもいられなくなるほど感動してしまうのだ。
 それにしても、最近ではどうしても見に行きたいというアーティストがめっきり少なくなってしまった。熱が冷めたのとは違うし、年をとったからでもないと思う。仕事や家庭でアレもコレもの制約が多すぎて、若いころのようにそれだけに打ち込む時間が取れなくなったのだろう……。しかし今回のクラプトンのチケットは手元にある。
 これは私が買い求めたものではない。ナントカの会員になっている同僚が、コレダ!! というものがあるたびに数枚まとめて取り、「行こうよ」と声がかかって仲間が集まり、ナントカなるのだ。素直に嬉しい。
 私は、何人かで音を創り上げることが基本的に好きなのである。プロに限らず、学生バンドでもなんでも、そうしたセッションを耳にすると血が騒ぐ。 しかし、クラプトンはクリームというバンドを経て、現在ソロである。「お前となんかおさらばさ」なんて言っているかどうかは知らないが、仕事も組合もひととき忘れたい。ブルースとはそういうものだ。クラプトンもうすぐ。楽しみである。

○月×日
 こんなトシにもなって、なぜかドキドキしている。とっても可愛く、利発そうないい子なのだ。いい子だなんて言ってはいけないのか。もう一人前の立派な社会人である。でもオジサンから見たらどう見たってやっぱり娘だ。
 いい子とは、そう、JR中央線初の女性車掌のことである。見習いを終えて一本(一人乗務)となり、はや五ヵ月になろうとしている。周囲とも和気あいあいで打ち解けているところを見ると、職場にもすっかり馴染めたようだ。控え室に彼女がいるというだけで、心なしか職場が明るく感じられる。あいさつもいい。「ご苦労様でーす」「いってらっしゃーい」と、会う人、会う人に笑顔で声を掛ける。なんとも爽やかで、心が和み、オジサンの疲れはフッととれる。
 また、アナウンスがヒジョーにウマイ。私は客として、彼女が担当する電車に何度か乗り合わせたことがある。中央線のよさは十分知っていたつもりだったが、これほど快適で心地よいものになるとは。まるで天使の囁きのような美しい声に、ついついうっとりとして、降りる駅を忘れてしまいそうになる。電気ドリルのような放送をする人は十分反省してほしい。
 乗務態度も大変立派だ。基本動作を一つひとつ忠実に励行しており、その姿からは一生懸命さがひしひしと伝わってくる。実に健気で模範的なのだが、私は見ているとなぜかいじらしく思えてしまうのだ。右も左も男ばかりの男職場である。覚悟を決めて来たとはいえ、女の子がたった1人でさみしくないのだろうか……。
 彼女の勤務はすべて日勤で指定されており、夜勤(泊り)は一切ない。しかし、会社はいまだに寝室も風呂もシャワーも何一つ改善していないのだ。この先どうするつもりなのだろうか。男女雇用均等法という法律だけが先行して、現場は追いついていない。男中心社会は相変わらずで、男女平等などほど遠い現状である。

○月×日
 東労組を脱退した(させられた?)Nさんは、噂どおり内勤担当を外されて乗務へ降ろされた。脱退からわずか5日後の、区長発令による区内人事ということである。
 聞いたところによると、同様の事象が発生した三鷹電車区でも「闘争宣言」が出され、組織破壊分子であるとして脱退させられた元組合員は、今なお「追求行動」と称して連日嫌がらせを受けているという。
 出勤退勤時に、東労組組合員が20、30人と待ち構え、「裏切り者」「出て行け」などの罵声を浴びせ、東労組が勝ち取った備品は「使うな」「返せ」、点呼中に管理者が見るみ見兼ねて注意を促すと、「そんな奴ぁ、かばうことないぞ」などと、今度は管理者に対して暴言を吐くということである。
 先日、昇進差別事件の審問で都労委へ傍聴に行ってきたばかりだが、相変わらず会社側は国労悪玉論を力説していた。こうした例を挙げるまでもなく、このような人達が会社側のいう優良社員で、全員試験に受かるのである。誰がどう見てもオカシイのは一目瞭然ではないか。
 いったい、この会社はどうなっているのだ。マスコミに訴えようという話も出たが、話したところで「ま、まさかウソでしょ、JRさんでそりゃあないでしょう」と、一笑に付されてしまうだろう。
 一緒に同じ仕事をしている仲間が、何故これほどまでにいがみ合わなければならないのか。次元が低すぎるとしかいいようがない。

○月×日
 本日(11月11日)の朝日新聞夕刊に、「JR東日本、駅の女性トイレ増やします」とデッカク載っていた。女性の通勤風景が当たり前となったいま、30年ぶりに基準を改めて、便器数を見直し、長い列とイライラを解消しようと取り組んでいるということである。
 誠に結構なことと存じます。大いにやってほしい。私は女じゃないが大賛成だ。
  「公衆トイレのレベルが上がっており、駅トイレも負けてはいられない」と、におわないトイレや、掃除しやすい便器の開発にも知恵を絞っているらしい。そうなのだ。JRは強いから何から何まで負けることは許されない。よくわかる。頑張ってほしい。
 それにしても、ちょっと引っかかってしまった。「におわない」というクダリである。これまでは天井近くに換気扇を設けていたが、床パネルのつなぎ目からにおいを吸い取るものが開発され、においが鼻先を通らないのだという。
 うーむ。オジサンはにおって然るべきだと思うが。クサイからこそ息を止めたり、闘うぞというサスペンスが秘められているのではないのか。何より、におい(や色)を健康のバロメーターにしている人は多いのではないか。
 また、「掃除しやすい」ともある。日本人の足が長くなっていることに合わせ、便器の縦サイズを8センチ長くして周囲を汚れにくくするそうだ。これでホントに大丈夫なのか。今どきの若い娘が履いている靴のカカトを見よ。8センチなんてものじゃない。オジサンには竹馬以上に見えるが……。でも、まいいか。
 いずれにせよ、私が何より気掛かりなことは最後に書かれていたことである。「上野駅の社員トイレで実験を重ねている」のだという。これには何度も唸らざるを得ない。モンダイである。生理現象は強制強要されるものではない。
  「もう出ないっスよ」「駅長の命令が聞けんのか」
 ……まさかね。

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