« サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/日本のオトーサン リーダー研修 団結まつり | トップページ | 行動派宣言!/きつつき会 »

行動派宣言!/名古屋・ニカラグアに医療品を送る会

■月刊『記録』95年10月号掲載記事

■ニカラグアの生活レベル向上を目指す

■運動の目標

 最初の目的は医療品を送ることだったが、その後、国内の状況の変化に従って文化交流にも力を注ぐことになった。現在の主な目標は、日本で不用品になった電気製品・ミシン・楽器・スポーツ道具・日曜大工の道具・文房具・料理道具等を送って生活レベルの向上を図る。幸いなことにニカラグアの電気のボルテージは日本とほぼ同じ110ボルトだ。

■発足の経緯

「米国が例をみない厳しい経済封鎖を強いたので、ニカラグアの多くの子ども達は薬が不足して死んでいる」との新聞報道をきっかけに、南山大学スペイン語科の学生が1985年に薬を送ろうと発足させた。

■運動の歴史

 運動が始まったころ、メンバーの中でニカラグア行きを希望していた若者が数人いた。その中の1人の看護婦が86年に現地に向かい、現在ニカラグア人と結婚して首都マナグアに住んでいる。おそらく日本に戻ることはないだろう。以後毎年、ツアーや個人でニカラグアに会員の誰かが行っている。
 最初医薬品を送ろうと考えた時、誰を相手に送ればいいかが分からなかったが、彼女からモリナ神父を紹介された。神父は「バルディビエソ」というNGOを作り、ストリートチルドレンや戦災孤児のための施設を建てようとしていた。私達はその施設を郵政省のボランティア貯金の配当金を受けることで建設を手伝った。
 次のステップとしてニカラグアの絵画を日本に紹介することを決め、名古屋の三越でニカラグアの文化大臣を招いて展示会を開催した。翌年にはニカラグアのバンドを招いて、ラテンアメリカ音楽の全国ツアーを成功させた。
 他に首都マナグアの刑務所に450枚の布団の寄付を行った。

■思い出深い出来事

 ニカラグアのバンドと山奥の村にコンサートに行かないかと誘われて出かけた。道が悪く、いつ谷に落ちるかわからない。川を渡るには橋代わり2本のレールの上を恐る恐る通るしかない。泥は車輪の上まで届くので空回りして進まない。橋がないときは川に入って進んでいく。
 その上兵隊に「ゲリラが道を占拠しているのでこれから先には行けない」と止められたりして、いくつ命があっても足りない思いだった。ようやく目的地に着いてコンサートは無事に行われた。

■工夫している点やユニークな方法論

 あえて言えば、会の宣伝を徹底的にやっていることだ。どこへいっても、何をしても会の宣伝ビラを配ったり、置いたりしている。組織がないため事務費はほとんどかからない。総会もなければ運営委員会もない。しかし、会計報告だけはきちんと行っている。不思議なことに毎年、収入額よりも支出額の方が大きい。どうしてなのか私にも分からないのだが‥‥。

■運動の問題点

 できれば支援する必要性がなくなることを望んでいるが、実際にはいつまでも支援しなければならない現状がある。NGOとして法人化などの問題を感じてもいる。

■運動を継続するためのポイント

 私達の団体がニカラグアに与えることができる支援はわずかだ。その観点から私は1つ1つの団体の継続性よりも、NGOのネットワークの継続性が重要だと考えている。(ステファニ・レナト)

■現在の「名古屋・ニカラグアに医療品を送る会」ウェブサイト
http://www.geocities.co.jp/Milkyway-Orion/3159/nagoya.html

|

« サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/日本のオトーサン リーダー研修 団結まつり | トップページ | 行動派宣言!/きつつき会 »

行動派宣言!」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/389724/7842834

この記事へのトラックバック一覧です: 行動派宣言!/名古屋・ニカラグアに医療品を送る会:

« サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/日本のオトーサン リーダー研修 団結まつり | トップページ | 行動派宣言!/きつつき会 »