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サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/一本道 自転車 事務所開き

■月刊「記録」1999年2月号掲載記事

○月×日
「どこへ行くのか、この一本道……。」ではじまる歌。『一本道』を歌い続ける友部正人のデビュー25周年記念CDが出ていた。『ブルースを発車させよう』というアルバムタイトルからイカしてる。『フーテンのノリ』という歌も入っているが、深い意味はない。メジャーではないので知っている人は少ないと思うが、私はデビュー当時からのファンである。
 友部の歌は、ギターにハーモニカといった昔ながらのフォークスタイルで、トーキング調のものが多く、音楽よりも詩の方が重要視されている。何を訴えるか、何を問いかけるかである。
 歌は決してうまいとはいえないが、さり気なく歌っているような歌でも、聴く者の心にズシリと重く響きわたる作品が多い。とりわけ、代表作である『一本道』はいつ聴いても涙がジワッとにじんでしまうほどの感動を覚える。「やるせない一日が終わったが、この先どうなるかはわからない、でも挫けちゃいけないよ」と教えられているようで、救われる思いがする。歌に限らず表現するということは、自分自身を救うこと。うまくいけば他人をも救えることなんだなぁと思う。
『一本道』にはこんな情景が歌い込まれている。

 ふと後ろをふり返ると、そこには夕焼けがありました、本当に何年ぶりのこと、そこには夕焼けがありました。あれからどのくらいたったのか、あれからどのくらいたったのか……。 ぼくは今阿佐ヶ谷の駅に立ち、電車を待っているところ。何もなかったことにしましょうと、今日も日が暮れました。ああ、中央線よ空を飛んで、あの娘の胸につきさされ……

 乗務中、毎日阿佐ヶ谷を通る私は、ついつい「ぼくは今阿佐ヶ谷の駅に立ち、電車を発車させようとしているところ」などと心の中で呟いたりしてしまう。
 今日はこの『一本道』を何度も何度も繰り返し聴いていた。一日が終わろうとする安堵感と、何かを成し遂げていない虚しさ。やり場のない胸の痛み、それでも希望は捨てていないんだと、実直素朴に歌いあげている。
 それにしても何ともせつない。ああ、『愛こそはすべて』か。私はビートルズの『ロック・アンド・ロール・ミュージック』も『一本道』も、みんなみんな『抱きしめたい』のである。

○月×日
 冬の陽はすでにどっぷりと暮れていたが、繁華街は十分明るかった。そこで私は不意に警察から呼び止められた。自転車の無灯火である。「ハイ、ハイ」と、ハイを一つ余計に言いながら、素直にライトを点灯した。
 八王子署から電話があったのは2時間ほど前の夕方だった。私は一人で夕食の支度をしている最中であった。息子(中学生)が自転車を盗んだという。やりきれない気持ちで胸がいっぱいになり、心臓の鼓動が激しくなる。「オレの子だから仕方ないのか……」、深い溜息とともに言葉を吐き出し、ガックリ肩を落とした。
 気持ちが穏やかなはずはないが、息子の今後を考え、出来るだけ冷静に対処しようと自分に言いきかせながら、八王子署へ引きとりに向かったのだ。
 息子に対面し「どうしたんだ」と尋ねると、息子は何故か一言もしゃべらず、黙りこんだままである。私は猛省を願い、狭い取調べ室の中で「もう二度とするな。二度としないんだぞ。なら、それでいい」と、少年課フロア全部に響き渡るほどの大声で怒鳴りつけた。
 息子と家へ戻ると妻が帰宅していた。暗い晩ごはんを済ませると、息子はなんと突然しゃくり上げ、声をあげて泣き出したのだった。「警察はヒドイ。僕の言うことを何も信じてくれない。同じことを3回も4回も言わせて、違うだろ、そうじゃないだろって……、僕は、もういいやと思って、言われる通り(調書を)書いた。僕は盗っていない……」
 妻は「これじゃあ冤罪じゃないの、あなたはどうして話をよく聞いてあげないのよ」と激怒した。私は妻に促されて警察署に電話を入れ、「息子はやってないと言っている、取り調べの仕方に問題があるのではないか」と抗議した。「お子さんが認めたのです。自分の子を信じたいのはどこの親御さんも同じです」と、全くラチがあかない。「とにかく今日は遅いから」と、後日息子と伺うということで話をつけた。
 結局、妻が半日の休みをとって警察に出向き、この件は白紙に戻された。妻は警察官の職業病的部分の看護を行うかのように、息子の正当性を懇々と説き、納得させてきたのだ。
 私は息子に、「これからの長い人生には、「もういいや」と諦めていい時と、そうでない時がある」と厳しく言い聞かせた。
 事の真相はややこしい。これよりしばらく前に、息子が自分の自転車を盗まれたのだ。その数日後、「先輩からもらってきた」と言って、今にも壊れそうなボロボロの自転車を息子が引いてきた。その後、一ヶ月以上も乗っていたそのボロボロの自転車には、何と盗難届が出されていたのだ。
 ゲームセンター(学校では出入りを禁止している場所なのだと思うが)で見ず知らずの高校生くらいの人に、「あそこにある自転車お前にあげるよ」と言われ、喜んでもらってきたのだという。それにしてもなんて甘い息子だ。ああなんて情けない。
 いったいどうしたわけだ。うちの子ども達はどの子も幼すぎやしないか。赤ん坊のころからベビーカー(乳母車)などほとんど使わず、いつも抱っこしてこの両手でシッカリ抱きしめて育ててきた。それが間違いだったとでもいうのだろうか。もう思い通りにならない。すでに親の手の届かぬ別世界に行ってしまったかのようだ。
 私もいつの間にか顔中にシワが増え、妻の髪にも白いものが目立つようになった。しかし、私の子どものころがそうだったように、そんなことお構いなしの息子達なのである。

○月×日
 白い息、落ち葉の公園踏みしめる。ジョンのように両手をポケットに入れ、『ラブ』とつぶやいてみた。物思い、ジタンくゆらせスタンドバー。ジョンのように頬杖ついて、『イマジン』とつぶやいてみた。陽が昇る、昨日を越えた輝きで。ジョンのように腕組みしながら、『ピース』とつぶやいてみた。くつろぎ、口笛歌にギター抱く。ジョンのようにソファへ寝転び、『オー・ノー』とつぶやいてみた。シュプレヒコール、夜の都心をデモ行進。ジョンのように拳を振り上げ、『チャンス』とつぶやいてみた。流星群、眠い目こすり暗闇の中。ジョンのように泥酔状態で、『ユニバース』とつぶやいてみた。身を交わす、通りでステップおどけ顔。ジョンのように洒落たジョークで、『ニューヨーク』とつぶやいてみた。 あれから18年が過ぎた。いったい何が変わったのだろう。『ジョン・レノン』が凶弾に倒れた12月のこの日のことは忘れることができない。
 ストレートにロックをシャウトするジョンにも強烈な魅力を感じシビれるが、バラードを歌うジョンには一発でノックアウトだ。何ともセツナイ。ジーンと心に沁み、金縛りにあう。メロディの美しさもさることながら、限りなく優しく温かな、枯れた声質がたまらない。
 愛と平和を歌ったジョン。芸術、思想家のジョン。主夫でもあったジョン。ただの夢想家だったジョン。ユーモアと風刺では群を抜いていたジョン。すべてが好きだ。 私はいま、自分自身の壁を打ち破ろうと必死になっている。天国のジョンにメッセージが届くなら一言だけ言わせてほしい。「ありがとうジョン・レノン。いまジョン(Imagine) there's no heaven……」

○月×日
 家のベランダから初日の出を拝み、99年がスタートした。私は元旦からの乗務である。
 身の引き締まるような雲一つない快晴であった。車も人影もまばらで、空気が一段と澄んでいるような気がした。街はまるで汚れが洗い落とされたようにスッキリしている。
 通勤のわがJR中央線から見える白銀の富士山は、いままで目にした中でイチバン美しいと思えるほど感動的だった。日野駅を過ぎ、多摩川の鉄橋にさしかかると、雄大な川の流れがいつもより穏やかで静かに感じられる。やっぱり元旦はひと味違う。
「おめでとうございます。今年もよろしくお願いします」と、職場で会う人会う人に新年のアイサツをする。いいお正月だ。本当にメデタイ。皆これからまた一年間、楽しく仕事をやっていこう。
「ご乗車ありがとうございます。快速東京行きです。本年もJR東日本中央線をご愛顧のほど、よろしくお願い申しあげます」
 21世紀に向けてのラストラン、スパートである。さぁ出発進行だ!!

○月×日
「国労八王子地区本部の事務所開きをするから手伝ってほしい」と書記長に言われた。
 ちょうど休みだったので昼ごろ出かけると、本部の宮坂書記長もみえていた。八王子と甲府の委員長をはじめ役員10名が顔を揃え、私だけ場違いといった感じである。 それぞれ決意新たにビールで乾杯。テーブルには寿司や揚げ物などの料理が豪華に並んでいる。しばらくして、八王子支社のおエライさん達がゾロゾロと挨拶にみえた。勤労課副課長以下8名、いわゆる労務管理屋だが、私はビールを注いで回った。
「国労さんには昨年1年間大変お世話になった。今年も引き続きご協力願いたい」
「われわれも安全安定輸送第一に努力して参りたい」
 敵対するもの同士とは思えないほど和やかなふん意気なのには面食らってしまったが、みんなヨイショばかりだ。
 前日に発生した、特急「あずさ」が故障によって5時間止まった件に関しては、「ウチじゃなくてよかった」という副課長の一言だけ。要するに運転士は松本、車掌は新宿所属で、八王子支社の管轄外でよかったヨカッタというのである。ま、議論をする場ではないからいいのかもしれないけれど、お正月のUターン客らで満員の上、終点の新宿に到着したのが翌朝4時だったというのに、会社幹部の発言にしてはサミシイ限りだ。
 ところで私はいったい何の手伝いをしたのかって? 結局酒を減らすのを手伝っただけなのであった。

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