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サイテイ車掌のJR日記・斉藤典雄/もうろく章 ゼイタク 解決案

■月刊「記録」2000年7月号掲載記事

○月×日
「今年は25年表彰だから」と事務係にいわれた。永年勤続表彰といって、多年業務に精励した者の労をねぎらうという主旨で、就職25年目の社員が対象となっている。
 鉄道記念日である10月14日、京王プラザホテルやパシフィックホテルなどで授与式と盛大なパーティが催される。裏表なく、非常にメデタイ行事であろう。
 国鉄時代は功績章、一般的には「もうろく章」などといわれていた。その頃、まだ20代だった私たちにしてみれば、該当する先輩たちはもうろくするにはまだ早いが、もう老いていくだけの悲しい年寄りのように見えたものだった。そんな自分もあっという間にその年になってしまった。功績章なんてずっとずっと先のことで、その年齢に達することなど考えてもみなかったのに。
 しかし、実際その段階を迎えてみると、「なんのなんの、これからさ。私はまだ若い、バリバリだぜ」という心境である。これはハッタリではない。
 ま、なんにせよ、これまで大過なく過ごしてこれたことを素直に喜びたいが、私はJRになってからはずっと出席しないと決めていた。会社が国労に対して労をねぎらうなどという気持ちはサラサラないだろうという理由からだ。
 同僚からいわれてしまった。「典ちゃん、もう少しオトナになれよ」「出てさ、貰うものもらって(現金20万円と時計、カメラ、自転車など3万円から相当の品物が支給される)、茶番劇を見てりゃいいのさ」
 うーむ、そうだろうか。いまだにふんぎりがつかない。

○月×日
 川のせせらぎと鳥のさえずりが聞こえるだけ。平日ということもあり、ときおり上流から流し釣りをしている太公望が静かに通るくらい。私たち以外ほとんど誰もいない。職場の仲間12人、秋川でバーベキューを楽しんだのだった。
「やっぱり自然はいいなぁ」。昔、何度か来たことがあるが、今では年に一度来るか来ないかになってしまった。そのせいか、川原の石ころをポチャンと川に投げたりしているうちに、妙になつかしい気分になった。
 牛のカルビ焼き、ヤマメやマスのホイル焼き、玉ねぎ、ナス、椎茸、トマトなどの野菜焼きと、豪勢な料理が次々にできあがる。「典ちゃん、飲む練習でもしてなよ」といわれたからではないが、私はただのんびりボケーッとしながらビール、そして焼酎とあおり続けていた。仕事の後の一杯がイチバンだとかよくいうが、私は朝からでも、いつ飲んでもうまいと思うサケ好きなのだ。
 定年した大先輩を交えて、思い出話に花が咲く。こうした席でも、仕事のことばかり話題になるというのが玉に傷だが、やはりこれは仕方がないことなのだろう。
 みな古くからの付き合いなのだから、ここは無礼講でいこうなどと思っているのは私一人のようである。すっかり大人になってしまった。私だって、“親しき仲にも礼儀あり”を通しているつもりだが、酔うと実にだらしない。
 私は小僧のまま、年だけオヤジになったのだと思うと、つくづく情けなくなったりもする。若いころは、昼間からウダウダ酔っぱらっている大人を軽蔑したものだが、今ではそれを自分がやっているのだ。
 それぞれが十分に楽しみ、日暮れ前に解散となってみんな帰っていった。私を含めて残ったのが3人。2人は最初から1泊する予定であり、私は酔いすぎて帰ることができず、困った人となっていたのである。
 翌朝目が覚めると、ちゃんとテントの中で寝ていた。すでにお湯が沸いており、こんな山の中でドリップ式のコーヒーなどあるのだ。ああ、なんてゼイタク。
 朝の渋滞が解消される時間を見計らって帰途についた。梅雨入り前でも、日差しはもう真夏と同じだった。

○月×日
 まさに寝耳に水だった。1047人不採用問題について政府が動いた。
 政府・与党(自民・公明・保守)と社民党との話し合いの中で解決案がまとまり、国労本部が最終的に受け入れたことにより(5月30日)、和解に向けた正式な合意に至ったということである。
 朝日新聞(5月30日付)が一面に大きく報道したことで、私たち組合員も初めて知った。来るべき時がついに来たという思いだ。
 その内容たるや極めて厳しいもので、深い落胆と激しい怒りが込み上げてきてどうしようもないが、結論からいうと、動揺することなく、この痛みを乗り越えるしかない。
 まず、『国労は「JRに法的責任がない」ことを認め、臨時全国大会(7月予定)で機関決定する』という非常に驚くべきものだ。
 これまでの13年間「JRに責任あり」として、自信と確信をもって闘い続けた原点を根底から覆すものであり、到底認めることはできないのだが、認めることが前提条件となっている。その上で、
『与党はJRに対し、国労と組合員の再雇用などを協議するよう要請する』
『社民党は国労に対し、国鉄改革関連の訴訟を取り下げるよう求める』
『再雇用されなかった人などへの和解金の趣旨、金額などについて、与党と社民党で検討する』というのである。
 これだけでは不安や疑問が多すぎて納得しかねる、というのが率直な気持ちだ。
 報道によれば、JR各社は国労の歩み寄りを評価しつつ「妥当であり、極めて意義深い」というコメントを発表したということだが、なかには「JRが入っていない状況で決まった話でもあり、何ともいえない」「10数年も会社を離れていた人たちを受け入れる余裕はない」とする意見もある。
 いくら政府が要請するといっても、「旧国鉄が作成した採用者名簿を受け入れた段階で、この問題は解決している」との認識が根強いなかで、そう簡単に今日までの頑なな態度を一転し、話し合いのテーブルにつくことができるのかという疑問も拭いきれない。
 また、責任の所在が曖昧で、いったいどこが和解金を負担するのかという課題、金額の水準などが見えてこなければ評価のしようがないといった声もあり、なんとも不透明だ。
 しかし、今このチャンスを逃してはならない。この問題の解決は、話し合いによる和解の努力以外にないことがマスコミ各紙の論説をはじめ、広範な世論である。その証拠に、全国の自治体から政府による早期解決を求める意見書が続々と採択され、大きな社会問題になり、昨年11月には、国際労働機関(ILO)も日本政府に対して「労使交渉の促進を求める」旨の勧告が出されたのである。政府のみならず、国労自身も内外の世論に応えなければならないはずだ。
 これまでに、何度も何度も今年こそ解決しそうだといわれて、13年という長い年月が経過した。解決がさらに遠のけば、誰一人救済されずに終わってしまう可能性すらあり、そうなれば元も子もない。
 訴訟の取り下げは実に歯切れが悪いが、和解とはそういうものだろう。
 いったい誰が、何が、何の罪もない大勢の人間に、このような不幸な事態をもたらしたのか、当事者には素直に十分反省してもらうと同時に、国労本部の計り知れない苦渋の大英断を無駄にすることなく、今こそ長期紛争に終止符を打つべきだ。
 国労は同日、声明を発表した。
「解雇された闘争団員、家族の筆舌に尽くせない辛苦を思うとき、政治の場で解決のための合意がされたことは、限りない勇気と希望につながる。早期解決をはかるため、全力を挙げる決意を明らかにする」
 一方、東労組は「国労13年間の闘いを放棄」「国家的不当労働行為に国労総屈服」「闘争団をガケ下に突き落とす」などと、相も変わらぬ掲示を出しているが、初めから闘わず、不当な首切りを行った側を擁護し、自分たちさえよければという発想で仲間を切り捨て、職場に差別と分断を持ち込んだ者に、このようなことをいう資格はないとだけ申し上げておく。
 いずれにせよ、当面の山場は、1ヵ月後の7月に急きょ開催されることになった臨時全国大会である。「解決案は受け入れられない」「全面屈服である」「闘争団・支援共闘グループへの裏切り行為だ」などと、大激論が展開されるだろう。
 マスコミの大勢は「大会は紛糾必至」だが、そんなことはない。国労は一致団結して難局を乗り切り、一歩一歩着実に前進する。

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