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行動派宣言!/風の学校

■月刊『記録』95年8月号掲載記事

■助けることは助けられること

■運動の目標

 海外協力活動を目指す日本の青年達に農業の各分野にわたる技術、技能や井戸掘り技術などについて実際に体験して経験を積ませると共に、海外に派遣する機会を与える。

■発足の経緯

 日本政府により海外青年協力隊の仕事が始められて間もない1967年、故中田正一が、青年達から「協力隊に志願したいが自信がない、どうしたらよいか」との相談を相次いで受けた。そこで家屋と田畑を用意し、自分の計画と労働で責任をもって自由かつ失敗を恐れず、思う存分実習ができるように「自活実習」という方式により研修をスタートさせた「国際協力会」が始まり。

■運動の歴史 

 途中7年間、中田がバングラデシュへ赴任したが、有志および研修生達により続けられ82年までに70余人の生徒が隊員として世界へ巣立って行った。帰国した中田は、国際協力会にはっきりとした指針をもたせ、風の学校と新たに命名、年会費3千円で協力者を募って財政面を整え、84年再スタートした。
 農業部門と井戸掘りを新たに研修内容に加え、自活実習方式は引き継ぎ、新しく「適正技術開発」を打ち出した。その国で手に入る材料を用い、住民と手作りしようとするもので、結局その国に見合った技術しか定着しないためだ。これまでフィリピンとセネガルに30本の井戸を住民と共に掘ってきた。

■今後の抱負

 風の学校で学んだ生徒達が、世界に散って自分の風の学校、水の学校、森の学校などを創り、民族や思想の違いを超え、分かち合い補い合い輝いて生きる青年が育つ人材育成の場でありたい。

■思い出深い出来事

 ある年フィリピンのゴミ捨て場に井戸を掘った。岩盤続きで一般的なチューブ方式では無理で、丸井戸の要領で掘ることになった。人が中に入って掘り下げるため、人も土砂も1本の釣瓶で出入りする困難で危険な現場であった。住民と共に工夫しながら、ともかく50mあまりで水飲み水を得ることができ、完成を喜んだ。
 ところが日ならずして涸れてしまったというのである。相手方NGOとは保守管理について話し合ってあるので、住民の数や使い方をみて給水制限をしていると思っていた。しかし遠くから水を汲みに来る婦人子ども達を前に通用するはずもなく、地域住民が使うぐらいにしか考えていなかった我々の認識の甘さを強烈に知らされた。井戸があまりにも少ないのである。

■工夫している点やユニークな方法論

風の学校と名付けたのは、風の持つ存在感・エネルギー・自由・国境を越えて吹く風であれとの願いを込め、教育的な仕事で関わり合いたいとの願いからである。建物も学校らしい設備もカリキュラムも何もない。あるのは農家の廃屋と産業廃棄物の山である。
 生徒はここに寝泊まりして自活実習で研修を積む。生徒自身が風の学校である。自分の目的をきちんと持ち、何をどのように勉強したいのかはっきりしていないと続かない。風の学校はその人に合った分校や指導者を決めるが、全員ボランティアである。

■運動の問題点

 近年、女性の井戸掘り希望者が目立って多くなってきたが指導者がいない。

■運動を続けるポイント

 金と物の協力はしない。技術はあくまでも手段であり人が交流することが目的である。風の学校の国際協力哲学は「助けることは助けられること」。広い意味での平和運動ととらえている。単なる技術者の養成所ではない。
(中田章子)

■現在の「風の学校」のウェブサイト
http://www.unity-design.jp/unity_link/volunteer-group/volu_kaze.html

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