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サイテイ車掌のJR日記・斉藤典雄/1411T 車掌19号 スタンス

■月刊「記録」2000年3月号掲載記事

○月×日
 ミレニアムだろうがなんだろうが、乗務員室はいつもどおりだ。相も変わらず、指令と乗務員が交わす無線のやり取りが飛び交っている。指令から無線連絡を受ける関係上、他の電車の無線もひっきりなしに聞こえてくるためである。
  「指令をお呼びの乗務員、走行位置と列車番号をどうぞ」指令から乗務員への呼びかけである。続けて相手の車掌から無線が返ってきた。
  「中野を発車しました1411Tの車掌ですが、お腹の調子が悪いので三鷹で交代をお願いします」車掌はまるで何でもないように、サラリと言ってのけた。
  「体調の悪い旨了解しました。手配をとります。気をつけて乗務方願います」と指令が返し、交信は終了した。
 滅多にないやりとりだが、これだけは仕方ない。出物腫れ物所嫌わず。明日はわが身。人ごとでは済まされない。笑ってなんかいられない。これほど切実なモンダイはないのだ。この車掌はお気の毒さまだが、よくまあ勇気を出して無線を入れたものだと感心した。
 乗務を終えて本区の控え室に戻ると、ガマンの限界、臨界寸前のミジメ車掌はナントうちの分会長なのであった。「乗務員室に新聞敷いてヤル勇気はなかったよ」と、心なしかスッキリ晴れ晴れとした顔で乗務報告書を書いていた。しかし、昼間の乗務で運良く交代要員がいたからよかったものの、早朝深夜帯なら万事休すである。
 私も約20年間の乗務で、いったい何度冷や汗をかいたかわからない。
 東京や高尾の折り返し、5分足らずの短い時間で、ズボンを降ろすのとどっちが先かというせっぱ詰まった状態のまま、ただひたすらトイレを目指す。今にも泣き出しそうな顔、間に合うかどうか、何とか待っていてくれ。まっすぐのつもりだがヨロヨロの急ぎ足、走れメロスならぬ、走れダメロスなのだ。
 どうにもこれだけは本当に本当にこりごりである。
 さて新年早々、読者でもある同僚からお叱りを受けてしまった。「最近、ビロウな話やサケのことが多すぎやしないか。ちっとも面白くないぞ」と。
 そんなこと言ったって……。酔っぱらいは胃腸が弱い人が多い。そして私がアルコールを友とする酔っぱらいであることは皆さんご承知の通り。いまさら言わずもがなではないか。

○月×日
  『車掌』が届いた。「車掌19号」だ。「ん? なんのこっちゃ、鉄人28号ならわかるが……」なんて思われそうだよね。実は『車掌』というミニコミ誌があったのである。創刊は1987年の老舗ミニコミで、年一、二回のペース。特異な企画が好評で、このギョーカイではなかなか注目されているらしい。その最新号が届いたのだ。
 このミニコミを知ったのは昨年の夏、週刊朝日の「週刊図書館」コーナーだった。塔島ひろみ著『鈴木の人』(洋泉社・1500円)という本の書評が一ページ以上にわたって掲載されていたのだが、本の書評よりも著者のプロフィールに釘付けとなってしまった。「ミニコミ誌『車掌』編集長」とあったのである。「車掌だって うーむ、こんな雑誌があったのか」と興味がわき、『鈴木の人』ではなく『車掌』を取り寄せたのであった。
 パラパラめくってみると、早くも老眼気味の私にはちょっと辛い小さな文字が誌面一面にギッシリと詰まっている。まさに活字の洪水だ。しかし、内容は車掌とは関係のないことがほとんどで、なぜこれが『車掌』なのかは、編集長自らも語っているようによくわからない。
 誤解を恐れずにいえば、見方によってはまったくナンセンスなことを、これでもかこれでもかと突き詰めていくミニコミ誌といえようか。普通ならちょっとウンザリしてしまいそうなものだが、不思議なことに押しつけがましい感じはなく、いつの間にか笑いを誘われている自分にハッと気づくのだ。とびきり上等な文章の魔力もさることながら、塔島ひろみの発想とアイデアが大変すばらしいのであろう。
 かと思うと、バックナンバーの16号では、「偶然」という特集の「隣りの人」というページに、軍事評論家である田岡俊次先生が寄稿した「軍事・平和問題的見地からの論考」などというまったく場違いとも思えるお堅い文章が載っていたりする。このいきさつは、書店の棚に、彼女の著書と田岡氏の著書が隣り合って並んでいたことから始まる。
 大胆不敵というか、彼女はこれを見て「隣りの人」という原稿の依頼をしてしまうのだ。
 さて、『車掌』編集長・塔島ひろみなる人物であるが、私が知り得た情報によると、62年東京生まれ、詩人・ライターという肩書きであること。立派な著作も何冊かあり、以前は高校の先生で、身体障害者のヘルパーもやっていた。夫はミュージシャン、一児の母親である(以上、いずれも刊行物による)。
 でもって、正真正銘・本物の車掌である私は、このミニコミ誌に興味を持ち、楽しく読ませていただいているというエールとともに、車掌を知るにはこの一冊でオーケーと、拙著『JRの秘密』を送ったのだった。
 何日かして返事が来た。「驚きと嬉しさでいっぱいです。とても楽しく面白く読みました。電車が事故で止まったりしたときは、車掌はもっと大変なのだと、ジッと我慢できるようになり、まさに思うツボの読者であります」というようなお礼がしたためてあった。
 その後原稿依頼があり、今度は『車掌』編集会議に出席してほしいというお願いがきたのだ。
 全国に車掌が何万人いるかは知らないが、彼女によれば、車掌の読者はたぶん私が初めてなのではということである。私は会議など堅苦しいことは苦手でイヤだったのだが、傍観していても、意見をしても、指差確認していてもよろしい、ということだったので、ざっくばらんな雰囲気を感じ取り、渋谷までノコノコ出かけていったのだった。
 しかし緊張しましたね、久しぶりに。初めてお目にかかった塔島ひろみさんは、知的で品がよく、しなやかな女性という印象だった。もちろん美しく、魅力的な人である。男女7人のスタッフがいたが、私はもうコチコチでなにをしたらいいのかわからず、隅っこでタバコばかり吹かし、気持ちが悪くなる始末であった。
 こうして送られてきた『車掌』19号には、会議後に行われたサケの席での私の失態までが書かれていた。実はあろうことか、中央線車掌である私が中央線の終電に乗り遅れてしまったのだ。「ったく、どこがプロじゃ。お前は本当に車掌かいな」と疑われてしまいそうだが、本物の車掌は塔島ひろみで、私は本物ではないように思えてしまう今日このごろなのである。

○月×日
 なんだ、なんだ、なんなんだコレは 実に笑えるおかしなCDが出ていた。なかなか売れているとも聞く。なんと歌詞が……、これは歌詞だよね、歌詞には違いない。ナント、皆さんおなじみのJRのアナウンス、そう、駅と車掌のアナウンスそのまんまなのだよ、おニイさん。
 タイトルは『モーターマン』。SuperBell’Z(スーパーベルズ)というグループのラップ調の曲である。なんだか「やられたな」という気がしないでもない。というのも、私もよく自分のアナウンスを適当なメロディに乗せて口ずさんでいるのだ。
 どんなものかは歌詞をお見せするのがいちばん早いのだが、歌詞を掲載するのは著作権法に触れるからダメらしい。そんなこといったって、この歌の歌詞は私達の放送じゃないか! といってもダメなものはダメなのだ。ならば、その雰囲気をあくまで自分の言葉で記しておくしかない。ま、聞いて(読んで?)くだされ。
――次は新宿です。新宿です。埼京線はお乗り換えです。サイキョウ? JR最強です。キケンです。キケンです。ご注意ください。
 お知らせします。お知らせします。ただいま新宿駅で人身事故が発生しております。しております。中央線は上下線とも運転を見合わせております。新宿駅人身事故、中央線人身事故。人身事故により車両故障も発生しております。中央線車両故障、中央線車掌故障?
 お急ぎのところ大変ご迷惑をおかけいたしました。まもなく運転を再開いたします。お下がりください。お下がりください。電車がまいります。ご注意ください、電車まいっております。まいっております。相次ぐ事故で電車もJRもまいっております――
 とまあこんな感じなのだが、いかがだろうか。実際はもう少しリアルな普段の放送を使った曲になっている。スーパーベルズのパクリ勝ちといったところか。さすがという他はない。それにしても面白い。なんなんだコレは 

○月×日
 昨年の年末に、立川車掌区と新橋支部四分会(品川・浜松町・原宿の各駅と高崎給電区)の脱退強要事件の中労委命令が相次いで出された。国労勝利である。私達国労の主張が認められ、「JR東日本の不当労働行為である」と断罪された。嬉しいには嬉しいが、なぜか盛り上がらない。
 地労委命令が出た頃には、天と地がひっくり返ったかのように喜んだものだが、最近では前述の通りで感慨がわいてこない。長い長い闘いの中での成果であり、大きな前進には違いないが、いくら命令が出ても歪んだ労務政策、異常な労使関係は旧態依然なのである。ちっとも変わりはしない。ただいたずらに時だけが過ぎていく。
 JRは命令が出ても履行せず、いたずらに行政訴訟に持ち込み、地裁、高裁、最高裁と、またも一から出直しかのように長い長い年月を要するのだ。なんとも歯がゆく釈然としない。
 しかし、今回は少し違った。JRが行政訴訟を断念したのである。こんなことは初めてなので、「はてな、会社内部に何か変化の兆しでもあるのか」と、淡い期待がふっとわいたのだが……。
 会社は松田昌士社長名で、お決まりの謝罪文を当該職場とJR東日本本社内に掲出した。
「……不当労働行為であると中央労働委員会により認定されました。今後、このような行為を繰り返さないようにいたします」とおなじみの文面である。
 なんのことはなかった。年が明け、1月7日付けで現場長などに出された「勤労速報」によると、「会社の基本的なスタンスは従来どおり」で「これまでどおりの管理・指導をお願いいたします」と、反省などみじんもなく、やはりキッチリ従来のスタンスのままなのだ。
 行政訴訟を行わなかったのは、国労の申し立てから12年以上経過し、当事者の多くが退転等で新たな主張立証をすることは困難であることなどにより、不服だが従ったまでということだ。まるでわがままな駄々っ子がちょっと泣きやんだだけのようだが、「今後不当労働行為を繰り返さぬよう、現場も徹底してほしい」という通達を出すのが常識的な対応というものではないのか。怒りを通り越して悲しくなるばかりである。

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