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サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/大変 ATS 新役員

■月刊「記録」1998年1月号掲載記事

○月×日
 「タ、タイヘンだ」。国労にいわせれば受かって当然、落ちて当たり前という、実に矛盾した昇進試験の発表が本日あった。
 合格者は2名。その中の一人が……、私ではなかった。ナント、またしても落ちてしまった。窓の外は今にも雨が落ちてきそうな曇り空。爽やかな秋晴れは3日ともたない。
 同僚が慰めてくれた。「補欠じゃないのか。3日後に電話があるよ、繰り上げ合格、合格者が辞退されました……」。ならいいんだけどね。そんなことあるはずがない。私が受かったらオカシイと思っている同僚も大勢いるだろうが、そんなことは決してない。受からないこと自体がオカシイのだ。
 それにしても「うーむ」と思わず腕を組んでしまう。情けない。ヘンかもしれないが、なんだか笑いが止まらない。やっぱり「タイヘン」なのは間違いないし、もう何を考えていいのか分からなくなってしまうが、辛いことなどぶっ飛ばせだ。
 一次が受かってからのこの二ヶ月間、ワクワク充実した日々を送らせてくれた会社に感謝申し上げよう。いやいや、危うく「サイテイ」でなくなるところだったなぁ。また来年チャレンジだ。また一年間もワクワクできる(違うか)。しかし来年こそチャンスだ。なぜって? だって三度目の正直というではないか。なに、二度あることは三度ある? いずれにせよ、今からこの試験をこんなに期待しているのは、私をおいてほかにいないだろう。「頼んだぞ、社長!!」。
 祝い酒でないのがちょっぴり残念だが、たまにはしみじみ味わうのもいいだろう。ただ、「あなたも一生懸命働いて、どんどん上に上がって下さいね」と、真剣な眼差しで言った妻には限りなく申し訳ない。

○月×日
 信じられない。大事故である。通常では考えられないことだが、現実に起きてしまった。
 10月12日午後8時頃、JR中央線大月駅構内を通過中の新宿発松本行特急『スーパーあずさ13号』(12両編成)に回送電車(6両編成)が衝突し、双方とも一部が脱線、『あずさ』が横転までしてしまったという惨事だ。ほぼ満席の車内では、衝突の衝撃でお客様が座席から投げ出されるなどして30数人が重軽傷を負った。
 テレビや新聞報道の限りでは、回送列車の運転士が信号を見落としたのが原因ではと報じているが、運転士は入院中であり現時点では真相は分からない。
 それにしても、私達乗務員はちょっとしたミスや勘違いが一歩間違えば取り返しのつかないことになることを、つくづく思い知らされた。デスクワークのように、「あっ、間違えちゃった」と修正液で訂正すれば済むというものではない。リハーサルなし、本番一発勝負なのだ。安全に対しては常日ごろから肝に銘じているものの、やはり身震いせざるを得ない。けがのお客様にお詫びするといっても、詫びようがないではないか。
 もしかしたら逮捕される場合もあるかもしれない。いくらミスを犯したといっても、一生懸命仕事をしていることに変わりはないのだが。
 いずれにせよ、もう一度乗務員としての基本に戻り、職責の重大性を再認識しなければならない。また、誰もが心配なくご利用できるJR中央線であるとともに、安心して働ける職場であって欲しいと心から願う。

○月×日
 職場はもちろん衝突事故の話で持ちきりである。当の回送電車運転士(24)は三鷹車掌区所属で、言葉は交わしたことはないが、何度か私達と同じ電車で乗務をともにしている仲間だ。さまざまな情報が乱れ飛んでいるが、今は警察による取り調べの段階であり、推測でモノをいうのは慎みたい。
 新聞報道等でこれまで明らかになったことは、本来この運転士が入れ替え信号を見るべきところで、特急あずさに示された本線の出発信号の青を見、発車してしまったのは確実なようだ。つまり、第一に信号の見誤りが原因である。しかし人為ミスに対するバックアップ・システムとして、電車や地上(線路)にはATS(自動列車停止装置)というハイテク機能が備え付けられている。衝突などという事故は絶対に起きない万全な対策が採られているのだ。
 ATSとは、信号が赤(停止)にも関わらず誤って列車を発車させた場合、自動的に列車を止める装置である。その仕組みはというと、信号の手前20mと60mの線路に地上子(センサー)が組み込んであり、この上を列車が赤信号のまま通過した場合、警報とともに非常ブレーキが作動し、列車を止めるものである。極端な話、たとえ居眠り運転であっても電車は必ず信号の手前で止まるという、これ以上の安全装置はない、というほどの最新機能なのだ。それでも事故は起きてしまった。ナゼだろうか……。
 この事故を耳にした瞬間、私達乗務員のほとんどは、「ATSを切っていたのでは?」と考えたと思う。しかし、現場に駆けつけたJR社員(第一発見者)も警察の現場検証でもATSは「入」位置にあり、切られてはいなかったという。
 ならば、ATS機器類の異常か、ブレーキ等の故障であろうか。
 けが人はその後六61人に増えたという。JRの信頼回復のためにも、早期の原因究明が待たれる。

○月×日
 職場の分会役員から重要な話があると呼ばれた。近々国労の分会大会が開かれるのだが、なんと私に役員になってほしいという。国労三鷹車掌区分会執行委員にだ。 「そんな、私にはできないよ。私はこの通りサイテイなんだ。他に優れた人材はいっぱいいるじゃないか、ダメ、できない」と、その場でハッキリ断ったが、奥さんともよく相談して真剣に考えてほしいと、相手も後へ引かないのだった。
 役員達の常日ごろの奮闘ぶりには、私も心から敬意を表している。一般組合員としてもできるだけ協力しようと思っているし、そうしてきた。私自身のさまざまな問題で人一倍お世話になっていることもあり、頼まれれば非常にツライ。しかし、こればっかりは別である。迷惑をかけることはできるが、役員はできない。歳も歳だし、私はもう静かに老いていくだけ。辞書にも40は初老と書いてあったのだ。
 まぁそれはともかく、いまの役員達は若い時分から出世など度外視して、仲間のため労働者のためにと活動されている崇高な意識の人ばかりなのだ。そのようななかに、私のような仲間からの信頼も薄いトラブルメーカーが入るわけにはいかない。
 例えば昇進試験にしても組合の方針では、受かろうとするのではなく、差別をなくす闘いとして受験していくとなっているのだが、私の場合は受かりたい一心で受けている。そんな建前と本音を使い分けるような者が皆の前に立つべきではない。
 そして「奥さんとも相談して」というのは、明け番や休みといえども会議や集まりで、家庭も相当部分犠牲にしなければならないからだ。妻に相談したところで、「あなたの好きにしていいわよ」と反対はしないだろう。しかし、その裏には重大な真意が隠されているのだ。口には出さないが、「もうあなたなんか当てにしてませんから……」と続くはずである。困ったなあ、どうしようか……。

○月×日
 わが国労三鷹車掌区分会の定期大会が2日間の日程で行われた。
 はじめに分会長が1年の主だった経過報告をし、「区長、副区長が代わっても国労敵視は変わらない。この体勢の下で何をすればいいのか、活発な発言と議論で総括し、向こう一年間の闘いの糧となる方向を全組合員でつくり出していこう」と力強い決意で挨拶された。
 来賓として社民党の常松ひろしさんが、「十年もの長い間、国労の皆さんは本当に良く耐えてこられた。今後は必ずや多数派になられることを確信する」と、激励と連帯を表明され、また、上部機関の支部委員長は、「世論も巻き込み負けない体勢ができた。最後の詰めを誤らないよう闘っていきたい」と現情勢を含め檄を飛ばされた。
 その後、運動方針案の質疑応答に入り、私の印象に残った組合員の意見は、安全問題について、ホームにあるITV(ホームの状況を映すテレビ)の見づらいときは、大丈夫だろうという思いこみで発車させてはならない、駅員を配置させる手だてをとるべきである。また組織問題として私達は良い先輩をやっているのか、若い人達の国労加入はゼロだが、いずれ必ず、人間的なつながりで獲得できるはずだ。さらには、信頼される分会であることが一番大事だ。誰もが何でも相談できる分会、役員はもっと勉強し、自信に満ちた分会にして欲しいという手厳しい意見まで出された。
 しかし、実際には盛り上がりに欠けていたというのが、私の素直な感想だ。十年以上の差別慣れ、何を言ってもムダというアキラメムードが払拭しきれないのが一般組合員の正直な思いだ。それもそのはずかもしれない。役員改選では、なんとこの私が新執行委員に選ばれたのである。
 その瞬間、どよめきが起こったのはいうまでもない。「いよっ、典ちゃん」というやんやの喝采。一方で「えっ、斎藤が」という声にならない驚きが入り混じっていた。
 翌日職場の同僚に言われた。「もし万が一、俺が分会長になったら、ほとんどの人が国労を抜けるだろうな。あんなヤツにはついていけないと……。言ってる意味が分かるよね、典ちゃん」。
 やれやれ、もういきなりこれである。「ええぃ、何とでも言ってくれい」。私自身も「オレなんかでいいのかな」と正直思う。しかし決意は固い。私はやる。選ばれた以上はできるだけのことはヤル。分会長を支え、組合員のために定年までベストを尽くそうではないか。

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