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サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/悪酔い気味の斎藤だ

■月刊「記録」1996年4月号掲載記事

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■中央線のドアボーイ

 私達、首都圏(E電)電車の車掌のことを部内では「ドアボーイ」という。国鉄時代からの呼び名である。2・3分置きに発着する各駅でのドア開閉が主な仕事であるからだ。「次は国分寺、お出口右側」と、お決まりのアナウンスとドア開閉。1日中こればっかり。年がら年中同じことを繰り返しているのだ。ああ切なやドアボーイ‥‥。「そうなの?つまらないんだね」と言われれば、「そうだよ、やってらんないよ」となりそうだが、実際のところはどうなのだろうか。
 毎朝NHKニュースでは首都圏の道路状況とともに、JR東日本輸送指令室より、「○時×分現在首都圏管内のJR各線と、東北・上越・東海道新幹線は平常通り運転されております」と、鉄道の運行状況が6-7時台に計3回放映されている。これを見て、「さぁ今日も1日‥‥」と安心して出勤する中央線利用者の皆様も多いだろうと推察される。そして乗客の誰もが願う『平常通りの運行』には、私達車掌にかなりのウエイトがかかっているといっても過言でない。そう考えると、それだけ期待された責任重大で誇りの持てる仕事といえるのだろう。ああうるわしきドアボーイ‥‥。「そうなの?大変なんだね」と言われれば、「そうだよ、神経使っているんだよ」となるわけである。
 中央線東京・高尾間の快速所用時間は約1時間。その間に24ある駅について2・3分おきにアナウンス、およびドアの開閉業務をこなしていく。秒単位の運転時刻を頭に叩き込み、電車が駅に入れば、電車の停止位置の確認・信号の確認・発車時刻の確認によりドアを閉め起動を開始する。その直後は電車とホームの前方確認、ホームを過ぎると後方確認と、やたらに多い「確認事項」をそれぞれ「○×オーライ」と指差喚呼しながら電車を正常に動かしているのだ。この決められた「確認事項」の1つでも怠れば、お客様のけがや事故につながりかねない。世界に誇るJRの安全正確な輸送とは厳正なる確認励行が命なのである。
 ところで、朝食時にこのJRのニュースが始まるとわが家ではちょとした騒ぎになる。それは出演者(声だけだが)である指令員の1人が私の友人M氏であり、子ども達が「やったあ、今日はMさんだ」「残念、今日はMさんじゃない」とはしゃぐのだ。
 普段聞き慣れたM氏の声だが、テレビを通すと妙に落ち着いた、説得力の感じられる声になる。声だけでM氏の誠実な人柄がうかがい知れる。わかりきったことだが、改めての発見であり私の車内アナウンスの反省ともなった。「偉いなあM氏は。本当に立派だ。オレにはできない‥‥」。何も知らない小学生の息子は「お父さんも出たらいいのに」などと言う。いつも私の声に接している息子は何も感じないのだろう。もし私がやろうものなら抗議殺到は間違いない。「朝からあの声は何なんだ!!」と。でもそんな心配は無用。「斎藤だけは外せ」と上から達示があるはずだ。いいのだそれで。私は「次は国分寺、お出口右側」専門で‥‥。「高円寺」「吉祥寺」だってあるのだ。しかし坊主読みではイケナイ。誠心誠意のまごころを込め、この与えられた仕事を天職と思い励むのだ。
 中央線のお客様は我慢強いものである。私の声に対する苦情は一件もない。皆忙しくてそんな暇がないだけか。運悪く私の担当電車に乗ってしまったお客様には心から済まないと思う。このナメクジ声はもはや一生直らない。どうかお付き合いくだされ。

■ホームで知人とニアミス

 さて、私達「ドアボーイ」は長距離列車の車掌のように車内におじゃましてお客様と接することはほとんどない。2・3分おきに駅また駅で時間がないといえばそれまでだが、そうすると私達は人との触れ合いがないように思われるかもしれない。しかしこうも都会に人があふれ、JR利用者が多いと否応なしにさまざまな人との出合いがあり、また尋ねられたりもするのだ。
 つい最近は東京駅ホームで学童父母会時代の懐かしい女性とバッタリ出会った。「いやあお久しぶりですね」。私はこんなとき照れ臭くてしようがない。「私はときどき斎藤さんのお声に接してますわよ、おホホホ」と相変らず妖しげなムードを漂わせている。私は赤面しながらも「お茶でも」と一瞬思ったが、なにせあと数分で折り返しの発車時刻であり、その場で別れるしかなかった。よかった、よかった?
 先日の朝のラッシュ時には知人を目撃した。人の波が絶えることのない三鷹駅1・2番ホームで彼はガムをかみながら朝刊を読んでいた。電車が発車すると彼の姿はなかったが、うちの会社へいったい何をしに来たのだろう?あっそうか、単なる通勤か。さらに私用で渋谷に出掛けたときには驚いた。中央線から山手線に乗り換える新宿駅でのほんの2・3分の間に、3人もの人から尋ねられたのだ。「小田急線はどっちですか」「これ水道橋に停まりますか」などと。フシギに思った。私は私服だったのである。なのに皆様はどうして私がJR社員だとわかるのだろうか‥‥。
 とまあ、そんなことをアレコレ考え、「こんなことじゃイケナイなあ」と夜毎杯を重ね、私のマヌケな1日はどんどん過ぎて行く。酒を飲みつつ明日の乗務がチラッと頭をよぎる。定められた乗務内容をチェックしてみる。今夜は何時に布団に入り、明日は何時何分起床で出勤時刻は何時何分。ここの空き時間で食事を摂り、ここのところはトイレでダムを決壊させる。国立の猫は日向ぼっこをしているだろうか、新宿のキヨスクのあの娘は出番かな、とアレコレ思いを巡らす。
 若い頃の私もそうしたように、夜通し好きなことをやりその勢いで翌日を行き当たりバッタリで乗り切る、なんて離れ技は今となってはできない。翌日の乗務にマトを絞って身体をコントロールし、飲む量、ピッチを考える。ツライね、酒好きには。際限なく飲んだくれていたいのだが、翌日の出勤が5時とか6時だったりするのだ。

■酒は涙かため息か

 突然だが、ビートルズの歌が聴きたくなった。「君がどうしてそんなに高慢なのかぼくには解らない、君はぼくをまともに扱わない、サヨナラを言う前にもう1度考えなおして、ぼくをちゃんと扱うべきだ」。30年前のビートルズ、私が信じて疑わなかったジョン・レノンの「涙の乗車券」という有名な作品である。全然違うけど、これじゃあ、まるで君とはJRのことだね。
 私の全身に沁み込んだビートルズ。今聴くと、なぜかすべてがたまらなく切ないが、いつも私を心強く支えてくれる。それは「あの頃はよかった」という郷愁とオーバーラップするからだろうか。世界中を揺るがしたビートルズ。なかでも享年40歳、ジョン・レノンは孤高の天才である。私は孤高の天ぷら以下だが、歳だけはジョンを超えた。「それがどうした、それでお前はどうなんだ!!」といわれれば、ひたすら沈思黙想頭を垂れるのみなのだが。
 さあ、今夜も気持ちよく酔ったところで寝てしまおう。明日も乗務だ!お任せください。「ドアボーイ」があなたをお待ちしている。大都会東京駅から自然豊かな高尾駅までご案内しようではないか。「お待たせいたしました。御乗車ありがとうございます。中央特別快速です」。JR中央線は今日も明日もまっしぐら。安全・正確な輸送に徹し、あなたの街を駆け抜け、力強く突き進むのだ。 (■つづく)

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