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サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/いちいち 警備員 万事休す

■月刊「記録」1998年5月号掲載記事

○月×日
 ウララカな春の日差しが八王子の街を優しく包んでいる。「お日さままでがオレを祝福してくれているのだね」と、ノーテンキな私。
 新居のベランダから、晴れ晴れとした気持ちで外の景色を眺めると、少し遠くにわがJR中央線が、粛々と何事もなく走っているのがカクニンできる。すべてが静止しているような穏やかな景色の中で、唯一動いているのが中央線。この構図がなんともいい。中央線は私のライフワーク、心から好きなんだ……。今さらながらしみじみとしてしまった。
 引っ越しには職場の仲間が十数人も手伝いに来てくれ、悩みの尽きなかった大移動も無事終えた。山ほどの荷物で部屋の中はまだ雑然としているが、あれこれ配置を検討して整理するのも楽しみの一つだ。子ども達も気に入ってくれたようだが、そのうち誰かが言いだすかもしれない。「お父さん、早く家に帰ろうよ。ホテル住まいはもういいよ」と……。
 労働界はイマイチ盛り上がりに欠ける98春闘のまっただ中だが、私の場合はこれから毎月のローン返済という闘いが定年まで続くのだ。とにかく何事も明るく前向きに考えたい。

○月×日
 国労三鷹車掌区分会執行部の一員となり、はや5ヶ月になろうとしている。もうそんなに経ったのかと思うのは、いつも時間に追われてドタバタ暮らしているからだろう。
 執行部は分会長を筆頭に副分会長、書記長の三役、それに業務、教宣、厚生、財政、調査の各部長という役割分担で構成されている。
 私はいったい何者なのかといえば、調査部長という役を仰せ付かっている。なんだかFBIみたいでカッチョイイが、実は何をしたらいいのかさっぱり分からない。「俺は調査部長だかんな」と、眉間にシワを寄せ、ズボンのポケットに手を突っ込み、煙草をくゆらせたところでちっともサマにならない。まっ、そんな柄じゃないし、そういう内容でもないのだけれど……。
 役員達はみな気心知れた昔からの仲間なので、人間関係はうまくいっている。だが、いつまでたっても慣れないというか、戸惑ってばかりだ。
 例えば会社がアンケートを実施するとしよう。こんなものあるはずはないが、題目は「サケについて」である。「あなたは飲酒しますか」。飲むと答えた人には、日本酒ならば何合、ビールなら何本ですか」ときて、「一週間に何日飲むか」、外なら「赤提灯かスナックか」となる。な、なんなんだコレは!! と思うほど、会社は事細かにチェックを入れ、管理したがる。
 これに対して組合は執行委員会を開き、「このアンケートの意図するものは何であるか」「プライバシーの侵害ではないのか」と、あらゆる角度から、言うなれば『いちいち』議論し、徹底的に検証した上で、分会としての見解をまとめあげる。そして、全組合員に「アンケートには応じないこと」等の周知徹底を図るわけである。 私は単純なものだから、素直にありのままを答えればいいのではと思ってしまう。すると、「それじゃダメなの。ったく斎藤は……」と、いつも意識の甘さを批判されてしまう。
 けれど、こういった『いちいち』を嫌悪する一般組合員はかなり大勢いる。これが嫌で国労を抜けた仲間も多いのではと思う。それでも重要なことなのだ。ある程度は会社の暴走を防ぐ歯止めとなってもいるだろう。国労が今日まで運動を継続し、組織を維持してこれたのも、これがあったからだといってよい。
『いちいち』の歴史は長い。国労の良さでもあり伝統なのかもしれない。こだわり続けていきたい。

○月×日
 出勤時刻の1時間前に家を出るとちょうどいい具合だ。 JR八王子駅まで徒歩10分。わがJR中央線にすべてを任せ、揺られること30分。特別快速なら23分で着く。下車するJR三鷹駅駅舎中に私の職場がある。鉄道員のほとんどが駅からゼロ分の勤務先をありがたいと感じているに違いない。
 さて、ほぼ20年ぶりの電車通勤の途中、チト考え込んでしまった。大部分の乗客はこれから電車を降り、それぞれの会社へ向かうというのに、私の仕事はこの中央線に1日乗ることなのだ。そう思うと、「なんだかヘンだなあ」という気持ちになってしまったのである。
 通勤電車に乗ると、まず車掌のアナウンスが耳に飛び込んでくる。新人車掌以外なら、声だけで大抵誰かすぐ分かる。「やってるね、今日も。次は駅、出口はドアの開いた方だね。ご苦労さん」と思うのと同時に、ドアに異常はないか、車内秩序は維持されているかと、無意識のうちに気持ちが向いてしまう。
 つまり、仕事をする前から仕事のことを考えているのだ。帰宅のときも同様で、1日目一杯乗ったのに、また中央線に乗って帰る。その分の超過勤務手当を請求したくなってしまうが、この間は帰りの電車でこんなコトがあった。
「次は東小金井でございます」という車掌のアナウンスに、酔っぱらいが噛みつく。「ございますー? ございますつけるような駅じゃねえだろ、東小金井なんて!」。……うーむ、お客さまの生の声を聞くことも大事な仕事である。
 いや、こんなことは余り深く考えてもしょうがない。ついうっかり三鷹駅を乗り過ごしてしまうところだった。車掌が中央線で通勤して遅刻しましたじゃ、言い訳にもならない。

○月×日
 10日ほど前から、JR中央線の各駅ホームには飛び込み自殺防止のため、一人ないし二人の警備員が配置されている。
 彼らは勤務中、ホームの端から端までを行ったり来たりしているだけ(のように見える)なのだが、そのおかげで続発していた人身事故がパッタリ止まり、ダイヤは正常で順調な日々が続いている。ホームに人がいるといないのでは、こうも違うのである。まあJRもなかなかやるものだ。駅員を配置するのではなく、警備会社を雇うとは。
 それにしても、人身事故に限らず、あれだけ多発していた信号機やポイント、架線、車両等の故障事故もピタリと止んでしまった。スゴイではないか。この警備会社には恐れ入る。絶大な力である。警察も天下りばかりしていないで、反対にこの警備員達を雇ったらいい。交通事故や凶悪事件もなくなかもしれないではないか……。 ん!? ちょっと悪ノリが過ぎたかな。

○月×日
「98春闘三多摩交流実行委員会」が主催した集会に参加した後、立川の夜の街をデモ行進した。
 警察へデモの要請に行った主催者によると、「ここ数年はなかったかな。久しぶりのデモですね」と言われたという。そういえば、労働者のデモなど最近では珍しいかもしれない。
「シュプレヒコール、シュプレヒコール」。パトカーによる先導で、ぞろぞろ隊列を組みながらマイクに合わせて拳を振り上げ、気勢をあげる。「98春闘を勝利するぞぉ」「大幅賃上げを勝ち取るぞぉ」「行政改革反対ぃ」「労基法改悪反対ぃ」「人権を守って闘うぞぉ」「すべての労働者と共に闘うぞぉ」「勝利するまで闘うぞぉ、闘うぞぉ」。
 私が労働者となって20年以上も経つが、大幅賃上げを勝ち取ったことなど1度もない。それでもヤル。やらなければ資本の側の思うつぼで、賃上げのみならず、労働条件その他あらゆるものがルールなしで現状以下に押さえつけられてしまう。労働者は闘い続けなければならないのだ。
 しかし、私達の理想とする社会が本当に訪れるのだろうか。もし仮にそうなったとしたら資本の側は不満だろうし、他労組の人達も喜ばないだろう。すべての人間が幸せになることは不可能なのであろうか。
 商店街の店員さんも、ビルの窓から見おろす人々も、誰もが私達デモ隊を怪訝そうに見つめていた。ふと夜空を見上げると、都心より遙かに多くの星が見え、可憐に輝いていた。救われる思いがした。

○月×日
 自宅から歩いて2、3分という至近距離に、わが国労の八王子支部が位置している。なにかと便利には違いないが、上部からの機関紙等の組合員への配布物や、分会から支部への資料等を運ぶ役になってしまった。今までは教宣部長が週に2、3回、八王子まで足を運んでいたのだから、いちばん近い私がやるのは当然のことだろう。 さて、今日は分会長や書記長クラスで構成される「支部闘争委員会」なる会議があったのだが、うちの分会長、書記長ともに都合がつかず、「出席してくれないか」と私におはちが回ってきた。
 私は家からたばこを買いに行くような身軽さで行けるから、「いいですよ」と軽く承諾したのだが、後になって『これはちょっとヤバイんでないかい』と思えてきた。ハッキリ言って、私は右も左も、組合の手法やらもまだ分からないのだ。しかし分会長の頼みであれば仕方ない。 会議を終え、「まあ、役目はキチンと果たしのではないか」と、ぼんやりグラスを傾けていたら、月明かりの24時になろうとしていた。明日も早い。

○月×日
「やった……」と思った。万事休す。久々に震え、落ち着きを失った。
 上り快速東京行乗務中の出来事である。電車は国立駅に到着し、ドアが開いた発車待ちの状態であった。遙か前方でホームの先端に向かって走っているお客さまのことはカクニンしていた。なかなか乗ろうとしないので、ドアを少し煽ったが乗る気配はなく、完全にドアを閉じて電車を発車させた。
 その瞬間である。走っていた人がいきなり先頭車両の前面に飛び降りたのだ。私は直ちに非常ブレーキを作動させ、列車は1メートルほど進んだところで急停車した。慌てて運転士に電話すると、「やったかもしれない。ちょっ、ちょっと待ってて」と、彼も動揺を隠せない。
 私はマイクを握りしめ、深呼吸してからアナウンスをした。「た、ただ今、お客さまが線路に、と、飛び降りたので急停車いたしました。少々お待ちください」。もう完全に舞い上がり、しどろもどろである。
 その後すぐ運転士から連絡が入ったのだが、なんと「線路を横断して下りホームによじ登り、全速力で、に、逃げていったよ」と言うのだ。
「一体何考えてんだよ。線路を走るのは電車だけにして欲しいよな、ったく」。事なきを得てホッと胸をなで下ろし、2分遅れで運転を再開したものの、しばらくは身体中が震え、じっとしていられなかった。
 乗務を終えて車掌室に戻り、乗務報告を書いていると、同僚が集まってきた。「典ちゃん、事実だけを書くんだよ。ホッとしたとか、今日のビールはうまいだろうなとか、私情を入れちゃダメだからね……」。皆ワイワイ好き勝手なことを言い合っている。
 それにしても陽気がよくなるとこれだから困る。JR中央線ではこの季節、こんなワケの分からぬ危ないヤツが必ず出没するのである。

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