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サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/新春特別ツアーの斎藤だ

■月刊「記録」1996年1月号掲載記事

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■今年も東京駅から出発だ

 お目覚めからおやすみまで、おやすみからお目覚めまで、メラメラとオレンジ色に光輝く不死身のカラダ。それは太陽でも月でもない。そう、それこそ中央線なのである。
 東京から高尾まで、今日もあなたを乗せて快適に駆け抜ける。とびきり上等なエリートライン。しかし一方では「高慢」「キタナイ」「危険」な3Kラインというレッテルを貼られていたりもする。その上、まあるい緑の山手線、まん中通るエロチックライン(?)などと許せんこともいわれる「何でもあり」の中央線なのだ。
 今年もJR東日本中央線へようこそ。本日はただ今から新春特別『マジカル・ミステリー・ツアー』へ御案内しよう。
 世界中の誰もが知っている日本の首都東京。名称そのまま東京駅。中央線の起点、このツアーの出発点である。ここには皇居も警視庁もある。大手町は日本を代表する企業の本社がひしめくエリートビジネス街。新聞各社・日銀・兜町あり。
 そんな中に屋上に赤旗ハタメクビルが唯ヒトツ。この権力集中地帯の中で「よくぞまあ」と誰もが眉をひそめる。しかし、これぞ忘れてはならぬ立退きも決まり、余命幾許もない我が国労会館なのである。よし!いくぞ!!出発進行!
 さて、次は神田。ここも日本人ならその名を知らない人はいない。「江戸っ子でぃ、神田の生まれよ」の商人の町。今でも問屋さんが多い。神田古本街も有名。隅々まで捲られナメラレ読まれて捨てられた山ほどの本。そして次はお茶の水。車窓の下には神田川。学生が多い。学生諸君頑張ってくれ。若いうちは怖いものなど何もないのだからね。近所には受験の神様・湯島天神もある。私の娘も祈願して見事合格を果たした。試験なしの推薦ではあったが。文人で有名な山の上ホテルにも友人の結婚式で行ったが、この街のいったいどこが知性的なのだろう。
 東京ドームをやり過ごし、日本武道館・靖國神社と数々の建造物の中をすり抜けて、出版社が集中し印刷会社も目につく市ヶ谷辺りを過ぎて四ツ谷につく。ここには迎賓館・赤坂離宮と日本テレビ。ホームにまでギンゴンガンゴンと流れてくる12時の鐘の音は否応なくカトリック文化を感じてしまう。そして信濃町の神宮外苑・国立競技場。千駄ヶ谷の新宿御苑。代々木では某テレビ番組の「突撃隣の晩ごはん」的唐突さで現われてくる日本共産党本部に呆然としてると、あっという間に新宿に到着する。
 このように中央線の山手線内エリアは、政治、経済、権力の全てが集中した日本の中枢といってよい。そんな息の詰りそうなどまん中を、わが中央線はくねくねカーブしながら14分で駆け抜けるのだ。お客さまにはこのエリア内の中央線はやはり便利に違いない。だが、私は山手線とクモの巣のように張り巡らせてある地下鉄にお任せすれば、という気持ちもある。
 さて新宿だが、こんなに「何でもあり」の街で右に出るところはない。ないといったらない。天国と地獄。優しさと裏切り。人間の表と裏の全てがある。また日本一の駅乗降客。日本一の歓楽街。日本一の性犯罪。日本一の超高層ビル群‥‥と日本一がよく似合う。私は何が何だか訳がわからずに一刻も早く発車時間になればといつも思う。最近は避けて通りたい街の一つになってしまった。やはり年なのか‥‥。

■わが青春の通過駅達

 新宿を発車すると私は安堵し、何となく気分が軽やかになる。それというのもここからは住宅街であり、私も中央線で暮らす一庶民としての親しみと愛着があるからだろう。新宿名所となったバブルの塔・都庁を含め超高層ビル群に別れを告げながら、私の中央線は西へ西へとバクシンする。
 次の停車駅中野からは一直線、実にスッキリと清々しいストレートラインとなる。私がお世話になっている中野北口方面の何人かの住民に感謝を込めて、目前にそびえる中野サンプラザに敬礼をすると高円寺、阿佐ヶ谷と続く。この辺りは煙突がよく目につくが、何もサンタクロースと縁があるのではない。銭湯が多く、昔からの下宿やアパートが密集している証拠なのだ。
 私がまだ10代後半の頃、フォーク歌手の吉田拓郎が高円寺を、友部正人が阿佐ヶ谷を歌ったことから、この辺りは私達仲間うちでは憧れの街だった。永島慎二の漫画で有名だったコーヒー店「ぽえむ」にもよく足を運んだ。
 ラーメン店と魚屋さんで話題になる-となぜか1行で終わってしまう荻窪の次の西荻窪は杉並区に位置する東京都区内の最後の駅である。私はこの駅には密かに敬意を抱いている。これはどこも取り上げない。気づかないのか意味がないからか‥‥。実はここからは何と遥か遠く東京タワーが見えるのだ。次の吉祥寺からではもう見えない。さすが都区内「ニシオギ」なのである。
 また私が上京して始めて住んだのがニシオギだった。隣の吉祥寺は武蔵野市であり、ただの田舎町(ローカル)と決めつけていた。その点、西荻窪は辛うじてでも東京23区内であり「オレは都会人だもんね」と優越感に浸ったアホ丸出しのガキ時代もあったのだ(今も変わっていないけど)。昔からの安くてウマイ焼鳥屋戎(えびす)には今でもちょくちょく飲みに行く。私にとって肩のこらない心地好い場所なのである。
 次は吉祥寺。私の青春時代の全てといっても過言ではない。昼間の居場所だったコーヒー店ボガ。夕方には焼鳥屋いせやでちょいと一杯。ライブハウスの曼陀羅とのろ。ジャズのファンキーとA&F。お金もないのによく通った。本などとんと読まないのになぜかよく見て回った駅ビルのロンロンの弘栄堂と東急の紀伊國屋書店。のんびり寛げる井の頭公園もあり、この小さなエリアに丸井・近鉄・伊勢丹・東急のデパート群。今ではパルコまで建ち並んでいる。それなのに中央線の特別快速、通勤快速が通過してしまうフシギな駅。とにかくもう24時間無謀にさまよい歩いた街。反省とか後悔している暇はなかった。それほど次から次と来る日も来る日も遊びに忙しかったのだ-もちろん国鉄入社前の話です。吉祥寺・ア・オン・マイ・マインド。わが心のジョージアなのである。
■武蔵境で急停車します

 中央線は吉祥寺で沿線住民を見下ろすかのような(そんなつもりはないです)高架の複々線区間が終わる。次の三鷹からは平地を走る複線へと昔本来の姿となり、安全運転は更に継続されていく。自然が広がり、畑も林も散在する閑かな風景に触れると、徐々に平常心を取り戻し誰もが素直になっていく。武蔵野から多摩の町へと、まるで平和市民がみどりと農へ連帯を探るかのように突き進む中央線はあなたを捉えて離さない。しかし実に残念なことだ。なんと次の武蔵境がこのツアーの終点なのである。どうかお許し下され。中央線は明治22年に新宿から立川まで営業を開始し、その間には2つしか駅がなかったという。1つが中野、そしてこの武蔵境だったのだ。誠に由緒ある老舗なのである。
「御乗車ありがとうございました。武蔵境終点です」。
 いかがでしたか『マジカル・ミステリー・ツアー』。東京から35分の旅。運賃の440円は本日に限り払い戻しいたします。えっ?この先どうしてくれるかって!「はい、このツアーは武蔵境が終点なのでございます」。私はここで下車しなければならないのだ。家へ帰る。そう、私の住まいが武蔵境なのだ。 (■つづく)
※三善里沙子著『中央線の呪い』(二玄社)を参考にしました。

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