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サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/鉄道員 逆転勝利 恒例行事

■月刊「記録」1997年10月号掲載記事

○月×日
 直木賞受賞作、浅田次郎の『鉄道員(ぽっぽや)』(集英社刊)を読んだ。泣けた。涙がボタボタと重く零れ落ちた。
 小説を読んで感動すると、全身にツーンと冷たいものが走り、目頭が熱くなる。そんなことはよくあるが、実際に落涙することはまずない。しかしこれにはまいった。 駅員もいない、とある赤字ローカル線の終着駅。廃線が決まり、定年を間近に控えた駅長。「ぽっぽや」一筋に生きた鉄道員の人情話である。
 駅長は何があっても列車の到着を待ち、送り出す。風の日も雪の日も、娘が死んだときも、妻が死んだときも……。背筋を凛と伸ばしてホームの先端に立ちつくし、口には警笛をくわえ緑と赤の手旗を振り、一日も休まず鉄路を守り抜いてきた。クライマックスは、生きていれば十七歳になる生後ふた月で死んだ駅長の娘が、ある雪の晩に駅舎へ現れるというシーンだ。幻想なのだが、駅長の目の前で小・中・高校生と成長していく娘の姿が実にやさしく描き出されるのである。
 もうこの先は書けない。誰にも教えたくない。涙が止めどなくあふれてきてしまう。
『世の中がどう変わったって、俺たちはポッポヤだ。ポッポーと間抜けた声を上げ、鋼の腕を振ってまっすぐに走るポッポヤだから、人間みたいに泣いちゃならんのだと、仙次は唇を噛みしめた』

○月×日
 待ちに待った八王子のマンションの抽選に行った。この日はまた、日本ダービーの日でもあった。
 実に気に入った名前の馬がいたので、私は途中の立川場外馬券売場に寄り、その馬の単勝を五百円だけ買い求めた。「マチカネフクキタル」、すなわち待ちかね福来る……。「今日こそコレダ!!」と思ったのだ。
 実際のレースはマチカネフクキタルが一瞬あわや、という見せ場を作ったものの、結局は馬群に沈み着外。見事にハズレてしまった。しかしこの日の本命はマンションなのだから、気にすることはないのだ。
 八王子の風は爽やかだった。何度か足を運んだモデルルームが抽選会場で、妻と私は厳正なる抽選を固唾をのんで見守った。
「○×○号室、当選は×番の方……」。うちは2番、つまり「第一補欠」に決まったのだ。ガッカリしたのはホンの一瞬。何とも惜しい、悔しい、恨めしい。「どうか私にお譲りくださらぬか」と、当選された方に泣きすがってでもお願いしたい心境だった。バッグに入っているタバコ二箱、使いかけのテレカ、それに財布の有り金1万8520円すべてあげるからと……。
 はじめは満員だった会場からハズレた人が次々と帰られるなか、係の人が「補欠の方はしばらくお待ちください」と言う。当選者が辞退する場合もあるからだ。なんと、この部屋の当選者はこの会場に来ておらず、係の人が何度も電話で確認したが留守であった。
「もし辞退であれば斎藤様にお電話でご連絡いたします」ということで、微かな期待を胸に抱きながら悲しみの八王子を後に、中央線で帰宅したのであった。
 しかし、待てども待てども連絡は来ない。翌日も来なかった。「あぁ、また一から出直しか」と思うと、どっと疲れを感じる。待っているだけでは福は来ないのだ……。
 私が乗務で毎日のように眺めている東京~高尾間53.1キロにわたる中央線沿線には、数え切れぬほどの住宅が密集している。「こんなにイッパイあるというのに、俺の住む家が一軒もないとはどういうことなんだよ……」と、今日もサケでわけがわからぬことを呟き、気を紛らわすしかない。

○月×日
 過ぎたことにいつまでもこだわるのはよそう。この問題は長期化させてはならないのだ。私は早期解決を求め、三日後には三鷹で売り出されたばかりの物件に的を絞り、広告をテーブルに広げて検討していた。
 妻ともよく相談し、いずれは子供達も皆、出ていくのだし、3LDKの広さで十分という結論に達した。これなら八王子のはずれたのとほぼ同じ値段で買える。ここ2、3日は親戚や友人からの電話が多かった。さっきも晩御飯の支度中に友達から電話があり、「ハズレちゃったよ」と話したばかりなのだ。
 再び電話が鳴った。しかし今度は信じられない「ビッグニュース」が飛び込んできたのだった。まさに棚からぼた餅とはこのことだ。相手は「お待ちかね、福来るでございます」とは言わなかったが、八王子の販売センターであった。なんと、当選の人は資金繰りがつかずに、辞退されたというのである。
 素直に嬉しかった。私は電話口で舞い上がる気持ちをグッと抑えて静かにお礼を言った。そうと決まればサケしかない。いかなるときもサケなのだが、まだ誰も帰ってこない一人の部屋でドボドボとバーボンを注ぎ乾杯した。「ウマイ!! 愛しのサケよ。オレはやったぞ!!」グラスをキツク握りしめながら呟いた。何事も一筋縄ではいかぬことが多い私だが、まずはメデタシである。
「ホントによかった、妻はやっぱり一番だ。だってそうだろう、一番の女が妻以外だったら大変じゃないか……」などと、もう早い時間からすっかり酔ってしまい、家族の帰りを待っていたのであった。

○月×日
 去る5月28日、東京地裁(民事第十一部)で結審した北海道・九州採用差別事件では「和解勧告」が出されたが、JR側はいまだに断固拒否の姿勢を崩していない。他の部では五都県(宮城・福島・東京・神奈川・静岡)の採用差別の訴訟が今なお審理中だという。
 ハッキリいって、あちこちややこしくて私にもよくわからないのだが、近々開かれる五都県の口頭弁論の際に裁判長(高世三郎)が重大な見解を示すらしい、との情報が入ってきた。訴訟の途中段階で裁判所が見解を示すのは異例ということである。
 私は早速、当日の夕刊と翌日の朝刊数紙を買い求めたのだが、載っていたのは日経と赤旗のみ。しかも扱いが小さくてガッカリしたが、内容は重く、目を見張るものがあった。わが国労や法律よりエラそうなJRですら予想していなかったのではないかと思わせる内容であった。 高世裁判長は「設立委員には、国鉄が行ったJRの採用候補者の選定が適切だったかどうかを審査する権限があり、その選定に不当労働行為があった場合には設立委員も責任を負う」とする、はじめての見解を示したのだ。 すなわち「不採用は国鉄のやったことで、JRには責任はない」とするJR側の主張を否定した見解なのである。国鉄改革法によれば、設立委員の行為がJRに継承されていることから、「国鉄がやったこと(国労であることを理由に名簿に載せない=不当労働行為)の是正を怠ったとすればJRに責任がある」との論法である。従って、国労・JR双方がこれに沿って弁論を行うように求めたというものであった。
 採用者名簿作成のことや設立委員のことをまた一からほじくり返すのかと思うと、「熱い夏はいったいいつ終わるんじゃーッ」と海に向かって叫びたくなってしまうが、仕方ない。それにしても裁判所は「判決」をどうしても出したくないのだろうか、と思えてしょうがない。 今後は設立委員長であった斎藤英四郎さんや、杉浦喬也元国鉄総裁が証人として出廷することになるのか? 今やおいくつなられたのだろう。しかし、杖をついてでも出廷して真相を証言してほしい。底辺で懸命に生きている何の罪もない、1047人の国鉄労働者を救う「いいおじいちゃん」であってほしい(ムリか)。
 いずれにせよ、JRにとっては大変不利な情勢といわざるを得ない。すでに結審している北海道・九州の判決にも大きな影響を与えるのは必至だ。それとも裁判所は早期解決実現のため、JRを和解の席に着かせようという狙いなのか……。一喜一憂の毎日である。

○月×日
 今日も暑かった。年に一度の昇進試験が厳粛に行われた。この歳になり出世することなど微塵も(?)望んではいないが、この会社でこれからも生きていくうえでの、次のステップとしてチャレンジした。
 誰もが自分の仕事ぶりを公正に評価され、一つひとつ上へ上がっていくべきだと考えるが、もはやここまでくるとアホらしくさえ思える。「もう止めたよオレ」という素直な同僚もいるが、私は懲りずに公休の半日を潰してこのサイテイの試験を受けた。
 期待も希望もないので、緊張も高揚もなかった。簡単な問題を黙々とこなしていく。「過ぎ去った十年間は戻ってはこない……」などとアレコレ考えながら、あり余る退屈な時間をクリアしていく。
 情けなさ、やるせなさ、悔しさ、後ろめたさ、そのどれともつかない感情に揺れ動きながらの一日だったが、怒りだけは消えていない。国労は昇進試験も差別であるとして労働委員会へ提訴している。試験の真相が解明される日は遠くない。「グビィ」、喉元を過ぎるビールの音までがなぜか虚しい。

○月×日
 ビートルズの初期の曲だが、「デイ・トリッパー」(日帰り旅行者)は実にご機嫌なロックンロール・ナンバーだ。もうイントロからシビレてしまう。まるで呪文のように一度耳にしたら誰もが虜になるだろう。
 出だしの強烈でカッチョいいギターを国労だとしよう。それに被さる踊るようなベースは中労委。次に加わる軽快なタンバリンがJR。そしてイントロを締めくくるパンチの効いたドラムが国鉄清算事業団となる。
 この四つが見事に決まるとメインの歌に入っていけるのだが、タンバリンで足踏み状態となっている。曲自体もこのパートだけ2フレーズあるのには笑ってしまうが……。 東京地裁の和解勧告に対する期限は切れたが、JRはついに「拒否」の態度を変えることなく、梨のつぶてとなった。清算事業団は最終日に「JRが和解の席に着かない以上、私どももつけない」との回答書を提出した。納得。
 JRは「裁判所では絶対に勝つ」と公言し、司法の判断に委ねるとしておきながら、裁判所の要望(意見)を無視するとはどういうつもりだろう。完全に矛盾しているが、これもすべて予想されたこと。悲しくなるが、今更誰も驚きはしない。
 さあ、イントロはそろわなかったが歌に進もう。
「JRが安易な方向へ逃げた理由がある。
※ JRはデイ・トリッパー、片道切符さ。イエイッ、わかるまで時間がかかったけど、もうわかったよ。
 JRはその気にさせといて、じらすのが得意。
※ 繰り返し
 JRの機嫌をとろうとしたけど、遊ばれた。
※ 繰り返し」
 うーむ、しっくりいかないなぁ。これじゃ全然ご機嫌とはいえない。タンバリンのテンポが狂っているのだ。皆と合わせてくれなきゃ困るよね。もう一度やり直すしかないのかなぁ。

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