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サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/臨時回送 協約違反 作家先生

■月刊「記録」1997年3月号掲載記事

○月×日
 早朝の乗務だった。猫が線路のそばで死んでいた。きっと真夜中に轢かれたのだろう……。首都圏では滅多にないが、この季節、天気予報が雪だったりするとJRはにわかに慌ただしくなる。
 「雪は降る、あなたは来ない」。アダモの歌を思い出すが、日本の企業戦士は雪が降っても槍が降っても、JR中央線に乗って毎日毎日出社しなければならないのだ。「雪なら休もう。『明日は月の上で』『サン・トワ・マミー』でも歌っていよう」などと言ったら『ろくでなし』扱いにされてしまう。現実はキビシイ。休むわけにはいかないのだ。
 JRは、御利用されるお客様の安全とサービスを第一に、降雪時も初電からの定時運転を確保しなければならない。本社では速やかに「雪害対策本部」が設置される。また、駅では線路のポイントが凍結しないよう、すべての箇所にカンテラを備え付ける。そして架線等の凍結防止のため、終電が終わってからも初電までの間一晩中臨時回送電車を走らせるのである。
 年に数えるほどもないことだ。猫には気の毒な運命となってしまった。毎晩決まった時間に規則正しく線路を横断していたのだろう。そこへ来るはずのない電車が……。こんな寒い真夜中は、炬燵で丸くなっていればよかったのにね。

○月×日
 JRの労働組合は、私達がいる職場単位の「分会」、分会をまとめる「支部」、さらに各支部を仕切る「地方本部(地本)」、そして中央に「本部」という図式になっている。
 さて、分会の掲示板には上部機関のものや分会の機関紙などが所狭しとベタベタ貼ってあるわけだが、最近東労組の掲示板に張り出された東労組東京地本のビラが物議をかもしている。
 それは、うちの職場の国労組合員の個人名を出し、誹謗中傷したもので、事実とは全く異なったことが書かれているのだ。地本のビラにしては幼稚で情けないが、東労組はJRの責任組合である。キチンと襟を正すべきではないのか。どういうことかというと、JR会社と各組合で締結している協約の掲示類の項・第65条には「……個人を誹謗し、事実に反し、又職場規律を乱すものであってはならない」と明記してあるのだ。この掲示は明らかに協約違反である。
 わが国労分会の三役は、会社の管理責任として掲示を取り外すよう東労組を指導してほしいと、主席助役に抗議に行った。ところが、主席は「コメントできない」という実に不誠実な態度に終始したということである。結局は取り外されていない。一体どうなっているのだろう。 実は、JRの職場では管理職である助役、主席のすべてが東労組の組合員であるという矛盾がある。純粋な? 管理者は現場長(区長)1人なわけだ。まさか主席は普段は管理者で都合の悪いときに東労組ということはないだろう。しかし、国労がこのような掲示をすれば主席はすぐさま「外せ」と命じるに違いない。
 名指しで掲示された者の精神的負担は相当なものだろう。一体どんな思いで毎日乗務しているのだろう。私はできる限り励ましてあげたい。人間誰しも自分がかわいいものだ。掲示された者とは、何を隠そうこの私なのである。ゴメン。許してほしい。私はいつも笑って生きていたいのだ。
 東労組のAさんが私に言った。「典ちゃん、もう年も変わったんだから忘れろ、な。騒いでいるのはうちの一部の役員だけなんだから……」。そんなこと言ったって、向こう(東労組)が忘れてくれないだろう。掲示の外される気配は全くない。どうすりゃいいんだよ、オレ。

○月×日
 分会三役は、「主席じゃ話にならないから……」と、今度は「個人攻撃の掲示物撤去の要請について」という文書を作成し、区長の所へ行ってくれた。
 私は「拙者のためにかたじけない。で、殿はなんとおっしゃっていたのだ」と役員に聞いた。「それが、驚くではないぞ斎藤よ」と前置きして、役員は険しい顔付きで話してくれた。
 当然のように文書の受け取りは拒否である。JRになってから組合の弱体化を狙ったのだろうが、現場での組合との交渉は一切やらないのが会社の施策なのだ。それでも国労は、こうして正当な事実を積み重ねながら闘っている。正しいことを譲るわけにいかない。
 区長は、問題の労使協約第65条についてこう言ったという。「例えば、組合が私のことを名指しで批判した掲示はダメということだ」と。つまり、労・使間のことを謳っているのであり、労・労は関係ないというのである。「と、殿は正気であったのか」と疑ってしまったが、それを聞いた私は怒りどころか、笑いがこみ上げ泣けてきた。時代劇で知恵の回らぬ殿様がサル芝居を演じているかのようであったからである。
 この文章は個人への中傷になるのだろうか。しかしここに書いたことは事実なのだ。

○月×日
 JRの車内放送は十人十色でおもしろい。「はっきり、ゆっくり、わかりやすく」という指導がされているが、その人の性格や癖が如実に表れる。早口で何を言っているのか聞き取りづらい人、あまりにもゆっくりすぎて放送が終わらないうちに次の駅に着いてしまいそうな人と様々だ。
 なかには「次は」という切り出しが、まるで昔話でも始まるかのような感じの人がいる。「昔々、年中休んでばかりいる『ねん休さん』という坊主がおったそうな……、次は高円寺です」となりそうである。また、「次は四ッ谷」と言った瞬間、怪談が始まるのではという、ちょっぴり不気味な声質の人もいる。
 私はといえば、ナメクジ声でサイテイなわけだが、耳から血を流し気絶した乗客がいたという話はまだ聞いていない。
 なんといってもこれまでで一番笑えたのは、国鉄新宿駅勤務だったころの大先輩の駅構内放送である。定年間近のおじいさん(若い私にはそう見えた)駅員だったが、毎日一緒に仕事をするのが楽しくてしょうがなかった。まず、電車が駅に接近すると「高尾行きい」と一発かます。次に電車がホームに止まるとやはり、「高尾行きい」とだけ言う。そしてドアが閉まるころに「高尾行きい」と唸る。電車が発車して動き出しても「高尾行きい」とだけ叫ぶ。もう電車が見えなくなっているのに、まだ「高尾行きい」と呟いているのだった。やさしくてマジメな人だったが、どういうわけか「行き先」以外は一切言わなかったのだ。
 それでも今のような苦情などなく、静かな時代だったなとつくづく思う。今のこのあくせくした張りつめた世の中といったらない。駅名の放送がなかったから乗り過ごしたとか、発車ベルが鳴らずにドアが閉まったとか、ドアに挟まれたといった些細な(場合によるが)ことへの苦情が多すぎる。私達は皆一生懸命やっている。もう少しのんびり行きたいものである。

○月×日
 私が住むJR社宅の隣にある市の保育園がこの3月で移転するという。保育園は長年にわたり地域の方々から温かく見守っていただいたとして、ごく近所の人達を誘って「感謝のつどい」なる会を開催した。
 私は社宅の自治会長から「社宅を代表して出席してくれないか」と頼まれて、その日は平日だったが、ちょうど公休だったので快諾した。うちは15年間も保育園にお世話になったのである。4人の子どもは皆0歳から通っていた。末っ子の卒園で保育園ともこれでお別れだという時、今ではほとんどなくなってしまった一家団欒の場で、妻はいみじくもこう言った。「これだけお世話になったのだから、保育園にご恩返しをしなくてはね……」。 さて、大安吉日の月曜日の午前中、私はいつもより清楚ないでたちで出かけたのだが、少し戸惑ってしまった。男は私と近所の年輩の市議さんだけ。平日の日中といえば男性は大半が仕事で留守である。場違いというか窮屈な気もしたが、帰るわけにもいかず、かしこまりながら出席するしかなかった。どうもこのごろ読みが甘い。
 会は保育園のホールで行われ、園児達の元気な歌やお遊戯を見て昼食を共にするという2時間ほどのものだったが、私は次第に穏やかな気持ちになっていった。小さな園児や保母さん、そして保育園のホールを見ていると、遠い昔のことが次々と思い出され、懐かしさで胸がいっぱいになってしまった。「うちの子ども達もこんなに小っちゃくてかわいかったころがあったんだなあ」と、妙に優しい気持ちになり、時の流れをしみじみ感じた。
 今では長女が市の嘱託だが保母として働いている。「これってご恩返しかな……」と心の隅でちょっぴり嬉しくなった。

○月×日
 今度はナント、「S作家先生による残りの作品は次のようなものです」という見出しで、私のアホバカ文すべてがコピーされ、東労組の掲示板に張り出されている。第4回のみならず1回から6回まである。隣には「よくぞここまでエエ加減に書けたナ!」の、私を名指しで中傷した東京地本のビラがまだ貼ってある。
 「作家」だなんて……。そんな大それた、程遠いよ。「先生」とんでもない、似合わないよ。でももう何でも構わない。私は既に身も心もボロボロ「ピエロ」になっている。苦労してやっと書き上げたものだから大勢の人に読んでもらいたい気持ちは当然あるが、こんな形じゃ本当に悲しくて涙がこぼれそうになる。
 東労組の若い新人車掌が食い入るように読んでいたので、私は思い切って感想を求めてみた。「なんだかオモシロイです」。「そうか。で、斎藤って知ってる?」と尋ねると、「いいえ、どんな人ですか」と言うので、私はいくぶん左胸を突き出して、「私だよ」とネームプレートを指差した。すると「ボ、ボク乗務ですので……」と、その場からダッシュで離れていったのだった。ゴメンね、ビックリさせて。200人もいる職場だから知らないのも無理はない。それにしても逃げるとはね……。 私はカゼをひきマスクで出勤した。同僚達は口々に言う。「典ちゃん、変装したって無駄だよ、」「バレバレさ。そのデカイ鼻じゃあね」などと、人が苦しんでいるのに皆ロクなことを言わないのだ。でも嬉しい。やさしさだと受けとめる。

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