« 鎌田慧の現代を斬る/好戦体質が肥大する小泉内閣 | トップページ | サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/新春特別ツアーの斎藤だ »

サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/オレはJRのサイテイだ

■月刊「記録」1995年10月号掲載記事

*          *          *

■制服制帽の似合う私

 今日も昨日も、明日だって「次は吉祥寺、お出口右側」なのだ。これは当たり前、寝ても覚めてもJRの車掌なのである。先日、高校の同級生と会い、「斎藤、お前なあ、学生のころは制服反対とか叫んでたのに、学校出ても制服制帽なのはお前くらいだよ、アホ」と言われてしまった。さあ、制帽をかぶり直して張り切って行こう。お客様がお待ちしているのだ。
 とはいえ、こうも暑いとどうも集中力が鈍る。仕事に対しても、家庭に於いても、街を歩き酒を飲むにしても全てが限りなく怠惰に近いマンネリズム。これではイケナイ。独創性を持って現状を打破しなければ。型にはまらぬフレッシュな表現方法・生き方はないものか。暑さに負けるな。燃えろ今日も!キラリと輝け!!と思いつつ、出勤前の一段落した午前中のひととき、いつものようにやはり惰性でFMラジオのスイッチを入れる。
 最近よく耳にする、プロコル・ハルムの「青い影」、トム・ウエイツの「土曜日の夜」。昔のヒット曲だが、落ち着いた女性ボーカルによるカバーである。選曲もニクイが妙にけだるく心地好い。暑くてタマラン夏の真っ只中にいるのに、秋風に吹かれているかのような錯覚に陥る。出勤前でなかったらウイスキーに手が伸びるのは間違いない。シンガーの名前をメモしようとするのだが、ラジオのDJの流暢な英語の発音が私には聞き取れず諦めてしまう。歌のウマイ人が羨ましい。自分で歌っていればレコードなど聴く必要がないのでは、とバカなことを本気で思ってしまう。私はひどいオンチなのだ。
 それでも歌う。「ドライブ・マイ・カー」を口ずさみながら出勤するのだ。愛車はもちろんいつものママチャリ。食器も洗った、燃えないゴミも出した、ひまわりに水もやった、とあれこれ「カクニン」しながら職場まで僅か10分。額や首筋から吹き出す汗が引く間もなくすぐに着いてしまう。

■着いたとたんに大ショック

 ショック。実にショックだ。今年もまた昇進試験がダメだったことを事務助役に告げられた。落ちるだろうと思ってはいたものの、微かな期待は抱いていた。やはりやり切れない気持ちである。同僚も皆、顔では笑っているが心は泣いている。
「いったいどうなってんだよ、オレってそんなにバカなんか? エッ!!」。
 乗客とのトラブルも事故も何ひとつとして起こしていない。遅刻もない。増収につながればと切符だって売りまくってきた。「ナゼなんだよ‥‥」。私は時々助役に尋ねる。「特に指導したいこととか、オレの仕事で何か改める点はありますか」と。すると助役は決まってこう言う。
「もうベテランなんだから普段通りやってもらえば結構です」。
 それでも落ちる。片や合格した他労組の中には、度々の営業事故・運転事故、更に遅刻のある者もいるという不合理。なんとも釈然としない。ここまでくると、これはタイヘンな試験に違いないと思わざるを得ない。年1回実施されるこの試験は、車掌経験2・3年の者からを対象とした第1段階の「指導職」というごく初歩的な、つまり位でいえば最下位職の試験である。これに受かると、何年かしたら「主任職」試験、そして「助役職」試験となる。何年かしたらと書いたのは、私にとっての主任試験は永遠に訪れることがないと思えるからだ。惨めだね。
「指導職」では業務知識、一般常識、作文の3科目あり作文で2行しか書かないのに合格したという話も聞いている。それが7回、8回と受けても受からない。国家試験にパスした優秀な人でも落ち続ける。東大卒でも無理なような気がしてくる。駅長試験だって、その能力がある人なら少なくとも4・5回目には受かるのではないか。それにしても助役は気が利かないな。なにも乗務前にいわなくたっていいだろう。これから1日気持ちよく仕事に励もうというときに‥‥。「次は吉祥寺。乗客の皆さん、私は今たいへん落ち込み気分がすぐれないのです」「間もなく新宿、ええぃ忘れ物すんなよ‥‥」なんていうわけはないけどね。家に帰ったらきっと息子にいわれるだろう、「もっとしっかり勉強しろよ、お父さん」。な、なんだ、この立場逆転の展開は?
「ヤケ酒だ」私はしこたま飲んだ。こうなったらもう明日は休む、突発休だ。JRは定年まで私を泣かせ続けるのだね。オーシおやんなさいよ。テッテー的にやってよね。それでも生き続けるからな。そして守るぞ家族を、国労を。死ぬまでだ‥‥。翌朝、気がついたら自転車を漕いで職場の近くまで来ていた。5時半で目覚ましが鳴り、二日酔いの重い頭にシャワーを浴びせ、今日は休むんだと思いながらも身体が自然と出勤のレールに乗っている。サラリーマンの性だよね。どんなことがあっても出勤するわけなのだ。

■私は後からゆっくり合格しよう

 でもね、JRってなんかオカシイのだ。一般の会社なら主任、係長と昇進すれば立場はもちろん、仕事も内容も変わっていくものだ。しかし私達JR車掌は指導や主任になってもやることは皆一緒。昨日車掌になった20歳の新人でも、私のような万年ヒラ車掌でも、この道何十年のベテラン車掌も皆同じ乗務を毎日しているのだ。
 例えば、今日私が乗った電車を明日は指導、明後日は主任、そして次は同僚と代わる代わる乗っている。車掌は車掌なのだからと良くいえば全て平等で、試験に合格しても仕事内容は全く変わらないのだ。また、責任が重くなるわけでもない。なぜなら乗務は1人乗務である。乗客や事故の対応は全て1人であり、当然その電車の担当車掌の責任ということになるからだ。
 ならば賃金がアップする以外にいったい何が変わるのだろう。会社に忠誠を誓うイエスマンに限りなく近づくということか。いや、ゴメン。こんな考えではいけない。合格者は皆、常に問題意識を持った優れた人ばかりだ。
 それとも、「次は吉祥寺、お出口‥‥」というお決まりのアナウンスが、指導や主任の場合は乗客にとってたいへんわかりやすく、この上ない心地好い響きとして伝わるのであろうか。私よりウマイのは確実だが、そんなわけはない。ねっ、なんかヘンでしょ。いずれにせよ今年もダメだった。「落ちた、落ちた、落ちた」「オレはJRのサイテイだ!」。なんだかこれでスッキリした。気持ちを新たに出直しだ。今日もやるぞ!!「次は吉祥寺、お出口‥‥」を。真夏の暑さで鉄のレールがのびることがあっても、私達は誰一人のびることなく毎日仕事に精を出そう。ダウンはしない。私達はJRマンなのだ。なかでも国労組合員は打たれ強い。少々のことではへこたれない。たかが試験に落ちたくらいで弱音を吐くな。誰かみたいにヤケ酒など飲むんじゃないぞ。熟練された私達の技能を、逆に指導や主任に教えてやろうではないか。
 先日、JR東日本の松田昌士社長は平然とこんなことを公言した。 「中労委・地労委なんてものは、勲章目当ての左翼崩れがやってるもので、なくなるべき」。驚くべき発言である。国の法体系を冒涜したものであり許されるものではない。しかしJR内では今や当たり前として通っている。トップがこれだもの。国労差別やいじめは止むことはないだろう。私も頭がヘンになりそうだ。私達ヒラ社員はどんな重労働にも耐えるが、会社はせめて指導や主任の待遇を良くしてほしい。私が試験に合格するのはそれからにしよう。 (■つづく)

|

« 鎌田慧の現代を斬る/好戦体質が肥大する小泉内閣 | トップページ | サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/新春特別ツアーの斎藤だ »

サイテイ車掌のJR日記/斎藤典雄」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/389724/7372656

この記事へのトラックバック一覧です: サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/オレはJRのサイテイだ:

» マイカーローン [マイカーローン]
マイカーローンについての情報サイトです。 [続きを読む]

受信: 2007年8月 3日 (金) 17時29分

» アルファ147試乗レポート [アルファ147]
2006年7月〜2007年7月までの1年間通してアルファ147 1.6TIを乗ってきました。 どこまでもブン回るアルファ147 1.6Lのツインスパークエンジンの素晴らしさ!試乗レポートをお届けします。 [続きを読む]

受信: 2007年8月 5日 (日) 17時09分

« 鎌田慧の現代を斬る/好戦体質が肥大する小泉内閣 | トップページ | サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/新春特別ツアーの斎藤だ »