サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/PTA役員 暴漢 長期債務
■月刊「記録」1998年2月号掲載記事
○月×日
ほろ酔い気分で家でくつろいでいると、息子の中学校のPTA役員から電話があった。
単刀直入、私にPTA会長になってほしいというのである。「JRで勤務のやりくりが大変なことは、重々承知の上でのお願いです。4人のお子さんを育てている斎藤さんにぜひなっていただきたい……」というのだった。皆は私、いやうちの家庭をどんなものだと思っているのだろう。
恥ずかしいことだが、もはやわが家はメチャクチャなのである。娘は保育園で子どもと遊んでばかりいる。長男は進路も何も未だに決まっていない。次男は一日中パジャマ姿でだらしない。三男はサッカーばかりでちっとも勉強しない。妻と私の関係も冷えている。
子ども達には好きな人生を歩ませたいと思う。子は夫婦のかすがいというが、うちはマンションの借金のみがかすがいという状態にまでなってしまったのだ。
私はもちろん丁寧にお断りした。「私は会長などやる人間ではありません。そんな力などないし、実は来春引っ越し学校も転校するのです」。これではどうしようもない。役員も諦めるしかなかった。
それにしてもすっかり酔いが醒めてしまったではないか。
○月×日
背筋がゾクゾクした。とんでもない事件が起きた。職場の掲示板に事故速報として載っていたのだが、東京車掌区所属の車掌が乗務中に暴漢に襲われたというものだった。
12月3日、19時12分、JR東海道線東京発静岡行普通列車(10両編成)が、国府津駅を定時に発車後、四号車車掌室で執務中の車掌が、目出し帽子をかぶった若い男にいきなり背後から押さえられ、スタンガンのようなものを首の後ろに突きつけられたという。
車掌は抵抗しつつ、乗務員電話で最後部にいるもう一人の車掌に知らせようとしたが、電話器を払いのけられ、首や額を撃たれたのだという。
「な、なんなんだよこれは」。私は怒りとともに、震えてしまった。犯人は次の鴨宮駅到着前に逃走し、行方がわからなくなってしまったという。車掌室があったグリーン車四号車には、子連れのお客様2名しか乗っていなかったそうだ。
車掌は警察に通報した後、救急車で病院に向かったが、診断の結果、頚部・前額部熱傷、および頚椎捻挫で約一週間の経過観察が必要とされた。犯人は車掌のズボンポケットから業務用の鍵3個を盗んだだけで、現金や切符の車内発行機はそのままだったという。
まったく恐ろしいことだ。気の毒に、この車掌はいったいどんな思いだったのだろう。ケガの回復を祈らずにはいられない。
掲示には注意事項として、乗務中は身辺に注意を払うとともに、危険を感じたときは周りのお客様等に協力を求める、とある。また乗務員室を離れるときは必ず鎖錠するなどとトンチンカンなことが書かれてある。さらに、現金・貴重品は必ず身につけることと。
そんなこといったって、奪われたものは身につけていたカギ類ではないか。笑いごとではない。私の頭では、運・不運もあるし自分で気をつけるしかないようにも思うが、このように、現場では酔客に絡まれたり暴力を振るわれケガを負う事件が後を絶たない。
トランシーバーや防犯ブザーを携帯したり、駅構内に監視用ビデオカメラを設置したりとJRも必死だが、特効薬はなく、頭を抱えているということだ。どうにかキチンとした対策を講じてほしい。
○月×日
大月駅の列車衝突事故で、回送電車の運転士が逮捕された。昼過ぎのNHKでニュース速報のテロップが流れ、夕刊にも載った。夜のニュースでもやっていた。明日の新聞にも詳しく載るだろう。
信号の見誤りによる誤発進が直接の原因だが、「ATSのスイッチを切ったかどうかはハッキリ覚えていない」とのあいまいな供述が一転し、「切った」ことを認めたという。業務上過失傷害と業務上過失往来妨害の疑いでの逮捕と相成った。
信号機をはじめ、当回送電車のブレーキやATS等の機器類に異常がなかったことは、これまでの警察やJRの調査・実験で明らかにされていた。
警察は個人の刑事責任を問えばそれで済む。しかしJR会社は決して運転士個人の責任や過失だけで終わらせてはならない。もしそれで済ませるなら、このような二度と起こしてはならない重大事故を、再び招くことになるだろう。
事故に至った背景を究明することが最重要課題である。なぜ運転士はミスを起こしてしまったのか。様々な要因が連鎖して起きたと考えられる。誰が悪いかではない。何が悪いかである。
国労の現地調査によると、この運転士は、大月駅での入れ換え作業が1年10ヶ月ぶりだったこと。過去9回(見習いを含めると12回)の入れ換えでは「特例」としてすべてATSを切って作業していた。つまり今回の仕事は初めてだったこと。大月駅構内の信号機が例外的に右側(基本は左)に設置されており、要注意信号であったこと。さらに、本線を使用しての入れ換えは極めて危険が伴うことから基本的に実施していないこと。にもかかわらず合理化により、駅誘導係も配置されていなかったこと。
このようにさまざまな要因があるのだ。もし、これらの一つでも改善されていたなら事故は防げたのではないだろうか。
JR会社は否定しているが、国労敵視の差別により、当三鷹車掌区でも国労の熟練したベテラン運転士を本務から外し、乗務させずに予備勤務にしたりしている。一日も早く正常な労使関係を構築しなければならないことはいうまでもない。
そしてATSは切ったと断定されたが、最大の疑問点が残っている。事故直後の警察やJRによる発表では、ATSは「ON」の状態であった。負傷した運転士本人が「ON」に切り替えたのか、別の誰かがスイッチを入れ直したのか。ナゾは深まる。
○月×日
競馬はやめたのだが、年に一度ということで妻に許しをもらった。日本列島がフィーバーする暮れの大一番、『有馬記念』に勝負を賭けた。
ダービーのとき、私が「これだ!」と心に決めたマチカネフクキタルは着外で外れたが、その後あれよアレヨと大成長し、菊花賞を制する偉業を成し遂げたのだった。しかし私はただただ指をくわえて我慢し、馬券を買うことは一切しなかった。
しかし今日だけはベツ。ヤルゾ、ヤルゾ、取るぞ、取るぞと、マインドコントロール状態に陥り、まるで何かに憑かれたように夢を追いかけた。大本命はエアグルーヴ。ダービー二着馬のシルクジャスティスの馬連にドーンと賭けた。投資がデカイ分だけ闘志が湧くのがギャンブルというモノだ。私は「これは法律に触れてはいない」とキチンと「カクニン」した上で馬券を購入した。
たかが2分間のドラマだが、心は釘付け。目は点になっていただろう。「オレは『ポケモン』のようにケイレンして倒れたりはしないが、ビシッと当てて卒倒してみたいッ! それ行けグルーヴ、それ行けジャスティス!」と、大興奮状態。
緊張はゴール直前まで続き、「オレはなんて幸運な男だろう」と思った。私が買った二頭とそれに余計な一頭、計三頭のつばぜり合いだったのだ……。大ショック。結果は1着3着。いつものように見事に外してしまった。 しかし、これでいいのだ。今年も深いため息とともに終わろうとしている。また一年間競馬はおあずけだが、私は立ち直りが早い。今日も明日も人生という、もっと大事な勝負があるのだ。今日のような失敗は許されない。「ありゃま記念」では済まないのだ。
○月×日
このごろJRでは物騒な事件が非常に多い。
まずは先週の木曜日午前中、満員のJR埼京線車内での出来事。スリグループが尾行中の捜査員に催涙スプレーを噴射し、刃物を振り回した。車内は騒然、乗客の悲鳴につつまれたという。
さらにその集団は非常停止装置を作動させて電車を止め、ドアを開けて線路上を逃走した。当然並行する山手線も全面ストップしてダイヤが乱れた。
翌金曜の晩には、JR中央線車内に爆弾を仕掛けたとの怪電話があり、高円寺駅にて、帰宅でゴッタ返す乗客をすべて降ろし、駅の外に避難させ点検した。
そして次の日は、走行中の東海道新幹線車掌室の小窓から男性が飛び降り、死亡した。
私はといえば、車内改札中に男性のお客様が、突然バッグからナイフを出した。驚き後ずさりしたら、「リンゴをむくんですけど」と、すかさずリンゴを取りだしたのには笑ってしまった。
何事も平穏無事であることを心から祈る日々である。
○月×日
「やっぱりね」という感じがした。政府・与党の財政構造改革会議が決めた、28兆円にのぼる旧国鉄長期債務の処理策である。
国とはこういうものだ。いつも自らの失敗を棚に上げ、次から次へと奇策を講じて国民を愚弄しているとしか思えない。まるで唐突で筋の通らぬ話だが、私は「またか」と思った。
「分割民営時閣議決定された引受額は約束通り返してきた。これ以上はいかなる追加負担も応じられない」と、断固拒否の姿勢を崩さぬJRに対し、政府は関連する法律を改正してまでJRに強制負担を求めるというのだ。 国がズルズル処理を引き延ばしたから、利息がかさんで22兆円から28兆円にまで膨れ上がってしまったのは明白である。それなのにたばこ税を引き上げ、郵便貯金の余剰金を活用するなどして対応するという。国鉄とはまったく無関係の財源が充てられるのだ。それにも前提としてJRの負担があり、負担できなければ処理策全体の枠組みが壊れるからといった、どう考えても非常識な論法だ。
まず第一に、政府が掲げた「増税なき財政改革」の看板にも反するものである。いったいどうなっているのだ。 しかし、今さら何をいってもムダなのだろうか。私はこの件に関してはJRの主張が正しいと思うし、「社長ガンバレ!!」と声援を送りたい。関係者は大いに悩んでいる様子だ。難題である。再考を求めるが、私には、「たばこ増税なら、禁煙車を増やしている場合ではない!! 今後は逆に全車両を喫煙者にすべきではないのか」と、オバカな目先のことしか思い浮かばないのであった。
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