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サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/噂の真相 事情聴取 JRジプシー

■月刊「記録」1996年9月号掲載記事

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○月×日

 昇進試験が終わった。帰りに同僚と前祝いをしてしまった。今回は実に良くできた。パーフェクトに近い。必ず合格するという自信がある。これでダメなら、この試験はインチキ以外のなにものでもない。ビールに枝豆、冷酒にやっこ、鳥の塩焼きをほおばりながら、最後はバーボンでバシッと決めた。
 内容は業務知識40問50分、作文400字40分、一般常識40問40分の3点だが、非常に簡単な問題ばかりなので10分から20分ぐらいであっという間にできてしまう。残りの時間は長く苦しかった過去を振り返り、明るい未来のことばかり考えていた。それにしても、人を喰ったような問題まである。
  たとえば、業務知識では「不安全行動災害の防止」の問いで、気分転換は大切だが疲れが翌日に残ることは気にしなくてもよい、という文が正しいか間違っているかというもの。一般常識の「英語」には、なんとすべて読み仮名がふってあり、「算数」の問いでは、千円のものを20%引き、さらに百円引くと何%引きとなるか、など限りなく情けないのだ。作文は「仕事の改善について」だったが、私は、社員一人ひとりの頭を改善するのが先だと書いた。発表が待ち遠しくてしようがない。

○月×日

 『噂の真相』5月号に、創刊30年にもなるメディア批評の良心的月刊誌『○×○×』の内部事情が載っており、私は何気なく読んだ。
 経営危機で編集部全員が退社し、とある人物が困っているA編集長に再建の協力を無給で申し出たという。とある人物とは革マルではないかというのだ。その理由とは、最近JR総連の記事がやたらと多く載るようになったと書いてあるのだが、要は革マルなら経営は安定ということである。私は別に大した問題ではないと気にもせず本を閉じた。
 しばらくして、私の親しい友人がこの春トラバーユしたと聞いて、「前よりマシな所で良かったね」と2人で飲んだ。しかし、よくよく話を聞いていくうち、「ドキッ!」なんとこの『○×○×』の出版社だったのである。世間は広いようで実に狭いと痛感。彼はもうすでにさまざまな人とのコンタクトがあり、JR総連委員長の名刺まで持っているではないか。
 私はすぐに『噂の真相』のことを話したが、「なあに、あんなのエンターティメントさ」とか言って取り合ってくれない。最近では、『○×○×』を私に毎月送ってくる。案の定、JR総連の腹立だしい記事が載っている。私は仕方なく彼に電話で意見すると、「一筆書いて誌上で対決してくれないかな」などと、すっかり『○×○×』社員と化している。そ、そんなことコワくてできるものか。当然のように『記録』の私のアホバカ文もA編集長には筒抜けで、彼と2人して「JR斎藤は今ごろウチの今月号読みながら怒り狂っているだろう」などとせせら笑っているとのことである。ったくもう、勝手にしろ!! だ。

○月×日

 職場は今、異常な事態となっている。とはいっても、「気持ちがオロオロ浮いているのはオレだけなのか!!」と叫びたいくらい、誰も口には出さずに平静を装い職務に励んでいる。
 運転士職場の三庫電車区では、区長を含めた200人を越える全社員が6月中にすべて終了し、今度は三庫駅80人社員のうち30人、私の車掌区200人中14人が受けるのだ。昇進試験なんてものではない。なんと、警察による事情聴取なのである。
 三庫電車区構内で防護無線機4台が何者かに盗まれたのは4月5日から6日未明にかけてだった。それからというもの、発信元不明の防護無線による列車妨害事件はいまだに跡を絶たず、あちこちでダイヤが混乱しているが、ここにきて俄然、JR内部犯行説が急浮上したというのだ。
 手を焼いていたJR東日本は、列車妨害事件対策として防護無線発信パターンを京浜東北、埼京両線に限り変更したのだが、わずか4日後にはこの発信パターン同様の電波による妨害が発生した。6月21日と24日の京浜東北線のダイヤ混乱がそれである。JR内部通達による私達関係乗務員しか知り得ぬ発信パターンであり、社外には知らされていないことから警察は内部の犯行だという見方を強めたと一部マスコミが報じた。
 さて、私達車掌と当直助役を含めた14人の事情聴取は、盗難事件当日の4月5日三庫車掌区本区泊り勤務者に限られている。この日の私は日勤で19時40分に終了しており対象外となっている。非常に残念に思う。こんな機会は滅多にない。私も事情聴取なるものを受けて身の潔白を証明したいのだが‥‥。
 もし仮に、内部犯行であるとしたら、泊り勤務者がわざわざ電車区まで出掛けてこんな七面倒臭い犯行に及ぶとはちょっと考えにくい。まあ、事情聴取なるものは深夜・早朝の乗務中に現場界隈で不審者を見なかったかというものだろうが、むしろ私のような勤務外の者の方が怪しい気がする。その辺は警察も抜かりないはずだ。
 果たして犯人は挙がるだろうか。私はイマイチ理解できないのだが、事情通によると、セクトの犯行なら逮捕者は出ないということらしい。公安当局は狙った人間をマークし、泳がせておいて互いに対立を繰り返させ、勢力が衰えるのを待つのだという。ヘンな話だが、そういわれると内ゲバでも犯行声明を出しているのにほとんど逮捕者が出ていない。
 しかし、ことはJR東日本営業キロ7千502キロ、69線区内1日1万2千18本(回送は除く)、1千708駅において、1日列車利用客約1千660万人にかかわる重大なことである。セクトであろうがなかろうが、そんな人間はわが社にはいらない。優秀な警察は何としてでも犯人を割り出し逮捕してほしい。
 JR総連・東労組の松崎明会長や幹部役員は、全国の会議や講演で「列車妨害事件は国労が絡んでいる」「国労の最終的解体を」などとヒステリックに何の根拠もないマンガチックで許せぬ発言をしているが、真実が明らかになる日はそう遠くないだろう。

○月×日

 年に数回しか会わない。それも乗務中のみ。通勤時間帯の立川かお茶の水で彼、H氏は私に声を掛けてくる。「やあ、ノリオビッチ、サイトノフ。元気そうだね」。
 私は色が白くて鼻がデカイ。ロシア系の顔付きなのか、H氏はいつもそう呼ぶ。だが全然悪い気はしない。H氏は元国鉄マン、私が貨物列車車掌時代の同僚である。分割民営時に自主退職し、新天地で活躍している。「文部事務官」などというお堅い肩書が名刺に印刷してある。
 そのH氏と先日お茶の水のホームで会った。「記録読んでるよ。子ども達大きくなったね。飲みすぎないよう」。乗務中なので15秒ほどの立ち話だがすごく嬉しかった。不意をつかれる嬉しいハプニングというのは実にいい。苦痛な長い乗務が短く感じられる。
 私はH氏に1年ほど前から「記録読んでよ」と言い続けてきたが、「どこの本屋を探してもナイ、ナイ、ナイ」と言うので「そうだよ、ないんだってば。年間講読郵送なのだからトレ、トレ、トレ」と半ば脅迫気味にお願い申し上げていた次第なのだ。
 嬉しさのあまりその晩電話したが、買ったのではなく「教育センター」とかいう都立の図書館にあったのだという。よくもまあ、へんな所(失礼)で捜し当てたものだが、やっぱり嬉しくてしようがない。

○月×日

 日記というものを、著名な作家はどのように書いているのかとフト思った。近所にある図書館に行って、日記というタイトルがついた本を目にとまった順に、手当たり次第に5冊借りてきた。
「僕のTV日記」泉麻人、「わたしの遠足日記」片山健、「ふらふら日記」沢野ひとし、「東京ペログリ日記」田中康夫、「JRジプシー日記」村山良三、の5冊だ。ペラペラと乱読してみると、どれもなかなか面白い。中でも「ふらふら日記」は読みやすい。沢野ひとしの酒浸りの日々。家族、息子への父親としてのやるせない複雑な想い。可愛いがっている飼犬がクッションとなりどこか救われていていてクスッと微笑んでしまうが、なぜか哀しくて切ない。他の著作も読んでみたいと思った。
 しかし、特に私の心をグサリとえぐったのは「JRジプシー日記」だった。著者の村山良三さんは作家ではなく、何と現職の国労組合員であった。年令を見ると私の大先輩だが面識などモチロンない。略歴に井上光晴「文学伝習所」二期生と記されているからなんだかスゴイ人のようだ。さらに、鎌田慧さんが書評を寄せられている。やっぱりスゴイのだ。
 JRが発足した87年から90年までの村山さんの日記、すなわちJRの現場の実態を書き綴った記録である。国鉄時代20年間電車運転士として従事し、JR移行時に「要員機動センター」というところに強制配転されてからは、首都圏のそれこそありとあらゆる職場(駅務)を、しかも日替わりで転々とたらい回しにされている。これがジプシーと題された所以と頷けるが、村山さんはあとがきでこう述べておられる。
「国労組合員が不当な差別によく耐えて頑張っているのは、そこに人間としての譲れないものがあるからだ」と。まったくその通りだと共感を覚え、あまりにも気の毒で目の前が霞んでしまった。しかしそれ以上に頭が下がるのは、勤務ぶりはもちろん、生き方が実に淡々として何の気負いもなく誠実でごく当たり前な普通の人間だということだ。ただ国労に所属しているという以外に差別される正当な理由など何ひとつとしてないのである。 私はすぐ目頭が熱くなるタチだが、財布から千円札を抜き取ると力強い足取りで酒屋に走った。そう、これが私の日記ならぬ日課なのだと思い、焼酎を買いに。
(■つづく)

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