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サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/「JRは土俵だ」の斎藤だ

■月刊「記録」1996年2月号掲載記事

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■閉らないドアを瞬時に閉める

 いよいよ着膨れシーズン本番に突入した。この時期のラッシュ時間帯のダイヤは軒並遅れが生じる。まともに走らぬ中央線なのである。
 寒いからといって会社や学校が休みになるわけではない。ラッシュ時間帯の乗客の数は毎日ほぼ同じはずである。年がら年中ただでさえ超満員なのに着膨れにより1人の占める面積が微妙に増える。従って乗り切れなかったり荷物や厚手のコートがドアに挟まったりで発車に手間取るのだ。
 尻押し部隊(駅員)による横綱・曙並みの真剣な目付き手付きでの「突っぱり」合戦が始まる。いや「押し出し」かな、違うな。そう、この場合は「押し込み」というべきか。強盗ではないぞ。JRだけ存在する相撲にはない荒技なのだ。私たち車掌は閉っていないドアのみの開閉操作を試みるのだが、車内の乗客の圧力でドアはビクともしない。「車内の中ほどまでお詰め下さい」などというアナウンスはもはや役に立たず、乗客の誰もが身動きできない超満員の状態となっている。こうなると車掌はただもう尻押し部隊と乗客の朝一番の稽古を北風に身を震わせながら1人、見守るしかないのだ。
 尻押し部隊は力を緩めることなくグイグイ攻め込んでいく。「定時運転確保。これ以上の遅れは許されない」と必死なのである。なかなか閉らないドアを瞬時にして閉める技は職人芸といってよい。誰もができるというものではない。長年の訓練で培われて修得した立派な技術なのだ。閉る瞬間に土俵際ならぬホーム白線際で身体を翻すという「うっちゃり」のようなポーズが華麗に決まればベテランである。
 電車の構造上、車両側面部中央にある赤ランプ(側灯)が消えると完全閉扉という仕組みになっている。私は軍配を上げる代わりに「基本動作」の1つとして決められている赤ランプ滅を確認すると同時に「側灯滅」と指差喚呼する。それで初めて電車は動き出すのだが、各駅毎に私達車掌はヤキモキし神経がすり減る。それに何よりも身体がすっかり冷えきってしまうのである。尻押し部隊は次から次の「押し込み」で結構な汗をかき、運転士は締め切られた乗務員室なので暖かい。私たちは駅進入進出時は窓を開け「列車監視」をしなければならない。また乗務中は乗務員のドアを開け放しのため暖房が効かない。まさかホームでシコを踏むわけにはいくまい。
■朝の新宿、死に物狂い

 しかし、それ以上に乗客の皆様には慰めの言葉もない。凄まじいの一語に尽きる。すし詰めの中で御乗車の人、これから乗ろうとする両方に共通した無言の戦い。われを忘れなり振りかまわぬ、なんて言ったらお客様に失礼かな‥‥。まず、朝丹念にセットした髪は乱れて台なしとなり、目は上方ただ一点を見つめ妖気が漂う(海部さんのようにとはいってません)。ヘッドホンステレオを聴いている輩の片方のイヤホンは外れ、頬っぺたはブルドッグさながら上下左右に変形している。また、鼻の穴は私みたいにおっぴろがり、口元はミック・ジャガーがシャウトする以上に歪んで、顎は突き出るといった、想像を絶する必死の形相となっている。
 また、乗降の最も激しい新宿駅ではわれ先にと押し合いへし合い合戦という醜態が繰り広げられる。マフラー・腕時計・ネックレス・靴などが線路上にまで落ちており混雑の凄まじさを物語る。
 まさに死に物狂い。それでも皆様無言で耐えていらっしゃる。これほどの苦痛を受けてまでも会社や学校へと急がねばならない。仮にこの光景が日本経済の発展とみるならば、あまりにも忍びがたく実に悲しいことである。

■サラリーマン至上主義を変革せよ

 中央線はほとんどが2分間隔で運転されている。中には1分40秒間隔のものまであり、それこそ次から次とこれでもか!! というくらい走っている。お客様が電車に乗車時に後ろを見やれば、後続がそこまで来ているのが見えるでしょう。JRは毎年のようにスピードアップを計り、運転間隔を縮めて本数を増やしている。
 また全駅の停車時分(車掌による客扱いの時間)をなんと5秒削るという涙ぐましい努力までしている。5秒だよ!お客さん!!しかしこのようなJRのたび重なる対応・対策も空しく、混雑緩和は一向に改善されていないのが実情なのだ。現在の10両編成を11両にするとか複々線化にするとの話は聞くが、そのためにはホーム延長などの大工事やばく大な費用と年数がかかる。今すぐに、それでは早速明日からといった対策がないのである。
 時差通勤をいくら奨励してもラチがあかない。まさか自分の会社が開いていないのに出勤する人はいないし、遅れていくわけにもいかない。また取り引き先が動いていない時間から営業を始めることもできないし、始業を遅らせれば競争に負けてしまう。政府にしても、地方分権だの地方の時代と美辞麗句を寝言のように唱えているだけで、一局集中の構図は何年経っても何ら変わっていない。自分らの居心地があまりにも良過ぎて無理なんだよね。
 こうなると、世の中仕組みを根底から変えるしか方法がない。9時から5時の一般的な人々の意識を変える。社会全体を考えて、職種によって細かく時間を変えていく。もちろん混乱を来すことがないよう世の中がうまく回るようにだ。新聞配達や豆腐屋さん、パン屋さんだけが3時4時ではないように……。サラリーマン至上主義を社会を変革しなければならないのだ。しかし、そんなこと本当にできるだろうか……。

■電車乗りの達人よ

 いずにせよ、現状のままでも通勤通学客をなんとか無事に目的地まで安全輸送ができているのは、実はこれ、お客さまの協力によるところが非常に大きいのでは、と私は思っている。わかり切ったことだが、ドアの前に何人も立ちはだかり、われ先にと乗り込めば降りる人はいったいどうなるのだろう。混乱が生じる。乗降に時間がかかり電車は遅れ出すのは当然のことだ。
 昼間の時間帯、別に混雑もしてないのに遅れが出ることがよくあるが、その特徴として見受けられるのは、乗客は各人バラバラ、常識的なマナーすら欠けた人が何とも多いことだ。その点、ラッシュ時間帯はお客様が実に整然とテキパキ行動されることには驚くと同時に大変感心させられてしまう。駅員の誘導や慣れの部分も当然大きいだろうが、何よりも自分本位ではなく他人のことを思いやるからこそなのでは、と私は思いたい。自分さえよければという考えでいると、必ず後で自分のクビを締める結果になるというものを肝に銘じるべきだろう。
 中央線のみならず、混雑緩和すなわち電車運行ダイヤの正常化は、今のところお客様の協力なしでは成り立たないのだ。ラッシュ時間帯は正に電車乗りの達人・プロなのである。JRはそのようなお客様に感謝を込めて、年に1度ぐらいは表彰状を差し上げるとか、『記録』年間無料講読券を配布するなりの斬新かつ大胆なアイデアを打ち出したらどうだろう。それくらい柔軟な発想に着眼できるなら、私の役目はほぼ達成されたも同然で何もいうことはなくなるのだが。
 最後になって大変な混雑緩和策が閃いてしまった。ズバリ申し上げる。「まわし一丁で乗る」。どうだ!これが決まり手だ!! (■つづく)

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