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サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/過激派 ヒマワリ 1次合格

■月刊「記録」1996年10月号掲載記事

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○月×日

 そりゃあ私だって、身内である社内から犯人が出たら悲しくて情けないことだと強く思う。なにも望んでいるわけではない。あくまでも「もし仮に」ということである。
 JR東日本の社員数は約8万人である。これだけ大勢いれば、私以上にヘンな人も必ずいるだろう。警察官や教師でさえ社会的倫理が問われる事件を起こし、追放されることがあるのだから。
 しかし、時と場合によっては非常識が常識としてまかり通ることがある。力関係による支配ではこのようなことが起こりやすい。いじめや暴力といった幼稚なガキ集団がしでかす悪事が、大人社会においても平然となされる。愚かなことだと泣けてくる。
 さて、列車妨害の事情聴取だが、報道によれば、警察当局は二つの過激派が機関紙などで非難合戦を繰り広げたことに関心を寄せているという。中核派が「JR東労組幹部の指示で革マル派などが実行した列車妨害テロだ」と主張すると、革マル派は「国家権力内反動分子が行った一大鉄道謀略であり、中核派を使って我々の犯行だというデマを流させた」と反論しているというのだ。
 何やら物騒な話だが、JRと過激派が関係あるということカナ? うむ。知らない人が聞いたら恐ろしさのあまり気絶されるかもしれない。だが、JR社員なら国鉄時代から動労は革マルと認識しているのだ。動労主導により組織された現JR総連・東労組は当然のように動労(革マル)が牛耳り、JR東日本会社と癒着構造にあるというのは周知の事実で、批判・危惧されていることである。実際、私の住む住宅にも時々過激派の機関紙が舞い込んでくる。最近は特に多い。やはり残念だが関係があるのだろう。
 職場では東労組の組合掲示板に、防護無線機の盗難があった三鷹電車区での「事情聴取の疑問と不満」と題した機関紙が掲示された。東労組組合員の声や見解が書いてある。
「捜査に協力するつもりでいたのに、なぜ我々が疑わなければならないのか」「初めは業務内容が中心の聴取だったが、プライバシーもアリバイだといわれて家族構成から友人関係まで根掘り葉掘りで頭にきた」「盗難の問題から大きくかけ離れた職場集会の内容、組合員や活動家の行動パターン、松崎明東労組会長のことなど、組合のことばかり聴かれた」「『今まで私達(警察)は職場(JR)に入ることができなかったが、今回(この盗難事件で)入ることができた。組合(東労組)のことをもっとよく知りたい』とまでハッキリ言われた」など。これは明らかに組合への「組織介入」であり、今こそ警戒心を高めよう、というものだった。
 私が電車区の仲間から聞いたことと同じで「まったくその通り」と頷いてしまうが、東労組はいつもこうして一応は怒りを表明する。ところが、結局は何でもハイハイと労使強調を決め込み、「これで、今まで以上に会社との信頼関係が深まった」などとさっぱり訳の分からないことをいうのである。闘うことをすぐ放棄してしまうから、私達の労働強化を生み出す結果になるのではないのか。それとも東労組は国労よりオトナなのだろうか。 聴取時間は40分から1時間、長い人で2~3時間、中には5時間におよぶ人もいたという。余談だが、この時間は超過勤務手当てとしてJRから支払われる。「事情聴取」でお金が貰えるなどほかにあるのだろうか。いかにもわが社(JR)的といえる。
 私の車掌区の14名の聴取もほぼ終わった。変わった話では、事件当日早朝4時頃に40~50人の集団が目撃されたという証言があり、ホームや車内あるいは現場でそのような不審者を見なかったか、と聴かれたという。ヘンな話だ。たかが手のひらに乗るような無線機4台を盗むには大勢すぎるし、目立つではないか。
 まあ、警察はあらゆる角度から捜査しているのだろうが、素人の私にはさっぱり。ナゾは深まり、酒の量が増えるばかりである。

○月×日

「マスコミ市民」というメディア批評の月刊誌がある。7月号を広げたら「時代はファシズム、阻むのはたたかう民主主義」という衝撃的なタイトルで、JR東労組会長である松崎明氏の投稿が載っていたので大変興味深く拝読した。
 氏によると「この国は戦争の道へ突き進み非常に危険な状況にある」という。小選挙区制、破防法、沖縄米軍基地、住専、エイズ、消費税といった今日の危機的問題を鋭く分析しながら、最後には「国は何としてでも憲法を変えて、外国に軍隊を送ろうと言い出す。……国家とは支配者階級の利益を代表すること。戦争とは支配者の利益のために貧乏人を犠牲にすること。どんなきれいごとをいったってそういうことだ。……私は命を賭ける。……いまノーと言える大人の責任において、ノーと言えない子ども達を戦場へ送らせないためにたたかう。残された時間はそう多くはない」と述べている。
 説得力があり、どことなく魅力のある人だ。単純な私は、その力強さにアツクなりグイグイに引き込まれてしまった。もちろんJR東労組の会長だからして、防護無線機盗難についても述べている。「内部犯行説の序幕が切って落とされた」というドラマチックな切り出しで。 「国鉄・JRを愛し、血と涙で改革を進めている者が、列車妨害などするはずもない。……国労や中核派などによる内部犯行説もそれなりの根拠を持つとは言えなくはないが、私は国労にそれほどの力があるとは思わない。したがって内部犯行説の立場には立たない。……これだけ頻発する列車妨害事件の真犯人が逮捕されていないとすれば、それは松川事件と同質の謀略的な攻撃であるとみなければならない」と。
 まったくその通り。私は氏の前に跪き拝みたくなってしまう。国労には力がない。試験も受からず金までない。 氏はJR移行期に闘う組合の方針を180度転換し労使協調の道を選んだ。私達は驚きました。当時、鬼の動労といわれた委員長として、大変辛い選択だったろうと誰もが思っている。「北海道の仲間達が、連絡船に乗って、生まれ育った地に別れを告げる思い。……この海峡の彼方に幸せがあるかどうかわからない。……ある方は両親を、ある方はせっかくつくった家を、場合によっては先祖の墓まで置いて関東へ旅立たざるをえなかった。……それは文学でも表現できない、経験した者のみが理解できる本当の苦しみであったと思う」と、氏が記したとおりで、思い出すだけで気の毒で泣けてくる。
 しかし、私達国労の場合はどうだろう。差別どころではない。労働者としてもう後に何も残らない最終的手段、クビにされているのだ。たいへん立派な氏が片棒を担いだも同然ではないか。国労には力がないと認識しているのであれば、私達のことは構わんでほしい。東労組の機関紙には国労の悪口ばかりだ。裏を返せば、国労に危機感を抱いているからだろう。私は揚げ足を取る気など毛頭ないが、ちょっと前に、列車妨害事件は「国労が絡む内部犯行」とした氏の発言を記憶している。
 私はチラッと思い出し、何十年ぶりかで岡林信康のレコードをターンテーブルに乗せてみた。「何をやっても、やることなすことが、見ぬかれているのだ、みんな裏目に出てしまう、奴らをたおそうと、身をすりへらして、やればやるだけ、奴らをふとらせてしまう」。コペルニクス的転回のすすめというタイトルである。心を込めて氏に捧げたい。

○月×日

 ゴッホのヒマワリは有名だが、わが家のは5本のヒマワリだ。部屋の窓から外を見ると、3メートルの丈にまで成長し、濃い黄色の大輪が真夏の強烈な日差しの中で見事に映えている。
 毎年春、ベランダの下に種を植えるのだ。秋になると、スズメと同じくらいの大きさで深緑色した河原鶸(ル カワラヒワ)という野鳥が枯れたヒマワリの種に群がり、そのさえずりがまた上品で心地良い。
 ベランダには1人分の洗濯物がゆらゆら揺れている。ひと夏ですっかりくたびれた白いポロシャツ、そしてGパン。靴下、下着とバスタオル。妻と子ども達は田舎の新潟へ出掛けて留守なのだ。夏の初めに、とても元気だったお義母さんが突然寝込んだ。「悪性リンパ腫」と診断され、1ヶ月もつかどうかという。夏休みの計画はすべてキャンセルし、妻は休みのたびに出掛けている。
 こうして1人でぼんやりしていると、さまざまな思いが頭をよぎる。なんて無情なことだろう。一生懸命まじめに生きてきた人にこんな惨い仕打ちとはどういうことだ。「仕方ない」「しょうがない」などと曖昧な言葉で片付けたくない。奇跡を祈る。
 私は三鷹から東京、そして東京から高尾、高尾から三鷹の一回りの乗務が約2時間半。上越新幹線なら東京から新潟までとっくに着いている時間だが、今すぐ行くことができない。妻は看護婦で、こんなときこそ自分の親に付きっきりで面倒を見てあげたいだろうに、患者さんの世話に忙しい。歯がゆいばかりだが、誰もが皆こうして生きている。考えればオカシナ世の中ではないか。
 蜜蜂の一刺にためらいながらも、ベランダから手を伸ばして南に向いたヒマワリの顔を眺めてみた。キレイな顔だった。傷一つなく、今が盛りの自然な鮮やかな美しさだ。手にはべっとりと黄色い花粉がふりかかり、夏の太陽の匂いがした。
 そのヒマワリが無残な姿になってしまった。台風がすべてなぎ倒したのだ。

○月×日

 こんなことがあっていいのか。物事は往々にして自分の思いどおりにはいかないものだが、今回はちょっと勝手が違う。私は今、予想外の展開に戸惑いすら感じている。
 JRはやっぱりヘンな会社なのだ。昇進試験もやっぱり形だけのものなのだろう。試験の種類を大雑把に分けると、最低ランクの「指導職」、次に「主任職」、そして「助役職」と3つあり、一次の筆記試験にパスすると二次の面接という仕組みになっている。
 この試験制度はJRが発足してから導入されたもので、今年で9回目だ。私が受けたのはもちろん、サイテイよろしく「指導職」である。国労組合員は、この「指導職」に9回受けても受からない人がゴロゴロしている。9回といったら9年。小学校に入学した子どもは中3である。実に長い。オリンピックなら2度も開催され、10年なら一昔。私達は皆、浦島太郎と化しているのだ。
 私の同年輩の他労組の人達は毎年順繰りに受かっていき、今や「主任職」等にチャレンジしているわけで、「指導職」など受ける人はいなくなってしまった。だから以前も述べたように、この試験を受けるのは私達国労のオジサン連中と東労組の若い新米車掌しかいない。しかも、東労組の新米に圧倒的多数の合格者が出て、国労はチョビチョビなのだから差別が歴然である試験としかいいようがないではないか。
 また、点数は公表されないが、一般常識的な問題であり、極端な点の開きはないのではと思う。つまり一次の筆記試験は形だけで、合格者は決められているのでは、と勘ぐってしまうのだ。
「要件」と称する呼び出しで、私は主席助役の所へ行った。「斎藤君、昇進試験だが、おめでとう。一次合格だよ。面接は×日、もう一踏ん張りだな」。
「えっ?ナヌッ??このオレが???」。「た、タイヘンだ!やったあ!!やったぞ!!!」。……などと大騒ぎするほどのことではない。冷静になれ。まだ二次の面接がある。しかも、たかが最低ランクの「指導職」ではないか。JRはオカシイ。やっぱりヘンな会社なのだ。そうだ、その調子だ。でも面接ではこう言おう。
「よろしくお願いします。もう『記録』には書きませんから、ぜひ受からせてください」と。 (■つづく)

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