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サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/イチゴ バッジ ヤジ

■月刊「記録」1997年11月号掲載記事

○月×日
 新盆で妻の実家へ行った。遠い田舎もわが社の車、新幹線ならあっという間だ。じりじり照りつける真夏の太陽。抜けるような青い空にモコモコの入道雲が居座っている。
 越後の山々が連なり、雄大な信濃川はとうとうと流れ、田んぼにはコシヒカリの稲穂が整然と広がる。雑踏と喧噪の都会とはまるで正反対。人影はなく、あたりに響くのは蝉の声だけ。それが逆にまわりの静けさを強調している。なぜか、この風景がこの土地で暮らす地道で実直な人々そのもののように感じる。
 穏やかなお国訛りもまたいい。私には「越後」が「イチゴ」に聞こえるが、「苺」はちゃんと「イチゴ」なのだから不思議なものだ。
 私は縁側にぺたんと座り込み、団扇を片手に外の景色をぼんやり眺めていた。頭の上の風鈴はちっとも鳴ってくれない。
 アメンボウが庭の池の水面を忙しそうに飛び跳ね、錦鯉は悠々と泳いでいる。木陰にじっと身を潜めた飼い猫の「小虎」が、石垣に時折現れるすばしっこいトカゲを狙う。百合の花にはカラスアゲハが優雅に舞い、オニヤンマが目の前を低空飛行で一直線に行き来する。昔から何一つ変わらない庭一面の草木の緑を見ていると、心がやんわりと和んでいくのはなぜだろう……。
 ついウトウトしてしまったようだ。首筋のあたりがじっとり汗ばみ、夕暮れ空を背景に、短い一日を惜しむかのような蝉時雨が鳴り響いている。日が暮れたら、満天の星空の下で子どもと花火だ……。「あなたぁ、ビールが冷えてますわよ、お風呂早めにどうぞー」妻の声が聞こえた。
「……さん」誰かが私を揺すりながら何か喋っている。「……うさん、お父さん、いつまで寝てんだよオ、もう晩ご飯だよ」中一の息子だった。私は昼間からのサケですっかり熟睡していたらしい。なら、さっき妻が呼んだのは夢か? そうだろうと思ったよ。

○月×日
 ラッシュである。通勤ラッシュ、ゴールドラッシュといろいろあるが、裁判のラッシュだ。今度は横浜地裁から「組合バッジ差別事件」の判決が八年もかかってようやく出た。いうまでもなく国労の完全勝訴である。
 これまたJR東日本が労働委員会命令を不服として裁判所に提訴した事件なのだが、概要を簡単に説明すると、バッジ着用の国労組合員に執拗熾烈な取り外しを強要し、従わなければ訓告等の処分を乱発、賃金カットや昇進試験受験資格剥奪等の差別(今現在も続いている)を強行したというものだ。現在までのカットの総額は、一時金(ボーナス)だけでも一〇億円以上に達しているというから驚きだ。
 これではJRにはまるで差別がゴロゴロしていると思われそうだ。しかしその通り、「JRを歩けば差別に当たる!?」のである。
 さて、バッジは労働組合員としての団結のシンボルであり、正当な組合活動である。一センチメートル四方の小さく地味なもので、国鉄時代から何十年と着用してきており業務上何ら支障なく、職場秩序を乱すようなことがあろうはずはない。利用客に不快感を与えたり、もちろん乗客の生命・財産を脅かす事態が生じたこともない。正に職場規律是正の名を借りた不当労働行為にあたるのだ。
 判決は以上のような内容も含め、216頁にわたってJR東日本を断罪している。
「松崎東鉄労(現東労組)委員長が昭和62年に、『権利だからといって無茶なことをするのは良くないという点で、私たちは会社側と話をしてきた経緯もありますから……』『駄目な労働組合には消滅してもらうしかなく、駄目な組織はイジメ抜く……』旨を述べたことを併せ考えると、機関誌による呼びかけに関わらず、東鉄労の組合員が組合バッジを着用しないということについてはJR東日本と東鉄労との間で事前の話し合いが行われ、東鉄労が労使協調関係を維持するとともに、これを誇示し、あるいは国労の対決路線を際だたせる意図のもとに、組合バッジ不着用を決定したことが窺われる」との一頁のように、詳細な事実認定に基づいた勝訴判決となっている。
 JR東日本は即日控訴の手続きをとったという。高裁、最高裁とまだまだ続くのか……。闘いの終わる気配は全くない。

○月×日
 一月前に行われた昇進試験(一次)の発表があった。 なんかヘン。オカシイとしかいいようがない。当惑することしきりである。つまり、受かってしまったのだ。東労組からあれだけさらし者にされ、なおかつ会社からも目をつけられた私がだ。「今度こそ受かる……」などと大見得を切ってはいたものの、絶望的な状況であった。実際、「不合格」と言われたときの不当性を頭のなかで整理していたところだったのだ。
 これにはどうもウラがあるとしか思えない。それともマンションが当たり、今後借金苦に陥る私へのせめてもの思いやりなのか。はたまた「もっともっといい文章を書きなさいネ」と、激励を込めた会社からのネタ提供だろうか……。一体どうなっているのだろう。サッパリ分からない。
 ちなみにうちの職場の国労だけでみると50人ほどが受け、4人が合格したらしい。残るは二次の面接だが、今日だけは素直に喜び祝杯をあげよう。

○月×日
 これほどまでJR会社は国労を嫌悪しているのだから、こちらも心を鬼にして闘うしかないのだろうか……。闘いには勝ったが組織がなくなっていたということになりはしないか……、近々国労の全国大会が開かれるが、いったいどのような方針が決定されるのだろう。苦悶は消えない。自分の中でコレダ!! という答えが見つからぬまま時だけがダラダラと過ぎて行く。一日が終わる頃にはいつものようにアルコールでデロリンマン状態となり「まっ、いいか」と寝てしまうだけである。どこがいいのじゃ。これでよいはずがない。
 さて、資本主義の下での企業というのは、結局金儲けが目的なわけだが、これは国労の顧問弁護士さんが言っていたことである。
「企業が本気で儲けようとすれば、仕事ができる人はどんどん昇進させ徹底的に使われる。組合が思想がどうだなどいってはいられない。しかしJRの現場では、能力が下の人を上にあげるといった昇進差別を平然とやっている」
 つまりJRは人事をいい加減にやっても、労働者の能力を発揮させなくても儲かる企業といえる。このような企業は公益的企業に多いのだそうだ。いわれてみれば「うむ」と納得できる。
 労働委員会の反対審問で現場長クラスの人が自分の部下の悪口を平気で言う。良心の呵責に耐えられないのでは、と悲しく思うが、大半は言いたくて言っているのではない。すべてJRに言わせられているのだ。人間として許せないことだが、「まっ、いいか」となってしまうのである。どこがいいのじゃ。これでよいはずがない。 ならば、いったいどうすりゃいいのだろう……。

○月×日
 季節の変わり目というのは何故かセンチになってしまう。古き良き時代の曲を聴いてみるのもいい。難しいことは何も考えないで。
 知る人ぞ知る、ロスのシンガー・ソング・ライター、J・D・サウザー、79年のヒット曲、「ユア・オンリー・ロンリー」には泣けてくる。
 単調なメロディのラブ・ソングだが、これでもかこれでもかと転がるように奏でるピアノの旋律が実に美しい。ただでさえやるせないのに、より一層の哀愁を誘いこの曲を盛り上げている。なんともたまらない。私はすっかり涼しい気分になってしまう。まるで白昼夢であるかのようだ。
「世の中が国労の肩に崩れ落ちようとし、国労が孤独でちっぽけだと感じるとき、国労には抱きしめてくれる人が必要なんだ。国労が王様だったときも、誰もが去ったときにも、僕は国労にいるだろう。国労が孤独なとき、恥ずかしく思わなくてもいい。国労はただ孤独なだけなんだ……」
 何度聴いてもいい。こうしてずっと聴いていたい。難しいことは何も考えないで。これぞ傑作、脱帽するばかりだが、私はこれから出勤で制帽をキチンと被って乗務なのだ。そろそろ重い腰を上げなくてはならない。お客様がお待ちしている……。

○月×日
 国労第六十二回定期全国大会の傍聴に行った。会場となった日本教育会館前には連帯の横断幕を掲げた支援団体、機動隊の車が何台か張り付き、物々しい雰囲気はいつもと変わらない。NHKやTBS等報道関係者も多い。 国鉄の分割民営化から十年がたった今、裁判所の「和解勧告」をはじめ、マスコミを含めた世論の大勢が国労の主張に近いものとなり、強気に見えるJRも内部では動揺が拡大しているに違いない。
 これまでの闘いの前進が、誰の目にも明らかになった重要な時期だけに、私はこの大会が何か大変な事態になるのでは? と内心ハラハラした気持ちで見守っていたのだが、結局は国労の真摯な態度が貫かれたといってよいだろう。
 ①解雇撤回・JR復帰、不当労働行為の根絶、全面一括解決の実現をめざす闘い、②合理化に反対し、労働条件の改善、権利確立、安全輸送確立をめざす闘い、等を柱とする運動方針は満場一致の拍手で承認された。
 それでもトラブルは起きた。二日目の樫村書記長集約の最中、「8・30路線実力阻止」を叫ぶグループが暴挙に出た。傍聴席から一気に壇上へ駆け上がり、一触即発一時騒然という場面になったのだ。自らの党派の後退を戦術をエスカレートさせて突破しようという気持ちはわかる。しかし発言を遮る卑劣なヤジも含め、こういったことは仲間同士の当然のモラルとして、断固慎むべきである。
 いずれにせよ、大会はなんなく閉会したというのが私の率直な感想だ。冷静に見つめれば、闇の中の十年間の闘いに、遅すぎたとはいえ、今漸く微かな光が見えだしてきたという状況だろう。まだまだ道半ばであり、さらなる総団結・総決起して闘い続けるしかないのである。 6年間の長きにわたり「国労丸」の舵取りをされた永田稔光委員長ら三役が退任し、後任には高橋義則委員長(前東京地本委員長)、上村隆志副委員長(前本部法対部長)、宮坂義久書記長(前本部企画部長)が選出された。
 永田さんは最後に「荒海を越えて進んできた国労丸も、ようやく対岸に着く寸前までたどり着いた」と挨拶されていた。ほんとうにご苦労様でした。すっかり国労の「顔」となっていただけにちょっぴり淋しい。
 新体制でもより一層の指導力を発揮され、これまでの並々ならぬ積み重ねを引き継いで、闘争団も組合員をも後悔させない揚々なる航海を願うものである。

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