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サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/交通ビル 携帯電話 最終弁論

■月刊「記録」1997年9月号掲載記事

○月×日
 耳鼻科からはまだ薬が出ている。例の下水悪臭病である。自分では完治したと思っているのだが、ドクターの指示だから仕方ない。
 職場で食後に飲んでいると、「何のクスリ?」と同僚に聞かれた。「これね、欠乗事故防止の薬だよ。これ飲めば絶対安全なんだってさ。今はいいよね、いろんな薬があって。なんならあげようか……」。とまあ、遅刻をしない薬、停車駅通過をしない薬、発車時刻を間違えない薬と、本当にあればいいのだが。チョンボのことはもう忘れた。私は完全に立ち直ったのだ。
 さて、JR内で国鉄時代から引き続き使われている名称には、「名前だけ」になってしまったものがけっこうある。何の疑問も抱かずに毎日使っているが、すでに名前と実際が異なってしまっているものだ。たとえば、枕木、網棚、吊り革などである。枕木はいまやほとんどがコンクリートで、網棚の網は糸ヘんの糸でなく金網の網だ。吊り革にも革など使われていない。また、これとは逆に「名前だけ」にならないでほしいものがある。
 そうなったら非常に困るもの、それはわが国労である。もう国鉄がないのに国鉄労働組合というのも、変といえばたしかにヘンだが、名前は変えてほしくない。やはり強い愛着、深い思いがある。
 この三月、JR東京駅八重洲口にある国労会館が新橋駅近くに移転、という記事が新聞各紙に出ていた。駅を挟んで向かい合う旧国鉄本社用地も、今年度中には入札にかけられるという。国鉄労使のシンボルが共に役割を終えると書いてあり、さらにこんなことが書いてあった。 国労という名前は古いイメージがある、と周囲から声があがったので、移転先の新しいビルの名前は「交通ビル」とした、というのである。古いだなんて……、私はこれを読んで悲しくなってしまった。国労はいったいどこへ行こうとしているのだろう。考えすぎかなぁ……。古いと言った人につける薬はないものか。

○月×日
 私の周りには腰痛持ちの人が結構多い。トシのせいもあるだろうが、職業柄、年中電車の揺れに対して踏ん張ったりしているのも原因の一つかもしれない。
 実は私もこのごろ起床の際に、一念発起しなければ起きあがれないというほどの状態になることがあり、苦労している。そんなときは、ワニのように這ってキッチンまで行き、流し台につかまり「よっこら、しょ」と唸り声とともに、ようやく立ち上がる。そして、ゆうべのサケによる喉の渇きを癒すため、水道の蛇口を捻り、水を二、三杯一気に飲み干す。それから両手を腰に当て、腰を庇いつつゆっくり背を反らして「うーむ、ナサケナイ」と溜息混じりに呟くのだ。
 友人達は「飲み過ぎだよ」と簡単に言うが、深酒をしないときでもそうなのだから、一概にサケが原因とはいえないと思う。これはまさに職業病である、と言ったらオーバーだろうか。皆がどう思おうと勝手だが、職業病だと私が勝手に信じて疑わないものが他にもいくつかあるのだ。
 まず、私達JR車掌の特徴として最も顕著に現れるのは、なんといっても普段、道路を横断するときだ。「右よし、左よし」と声は出さないまでも、ついつい「指差確認」をしてしまう。確認の励行がすべて、といっても過言でない仕事をしているからであろう。また、カラオケに行くとマイクを一人占めして離さない。会議や集会ではうしろに席を取る。これらも、アナウンスマイクをいつも握っているのと、車掌の場所は最後部と決まっているからなので、それぞれ立派な職業病? なのである。 このたぐいのことはわが家のなかでもたびたび起こる。妻がぐったり疲れて帰宅すると、私はつい「お客さんが大勢で大変だったの?」と聞いてしまうし、妻は「中央線遅れたのかしら、患者さんで、もうギューギュー……」と答える。
 これは私らが単なるアホな夫婦なだけだろうか。いや違う。先日、妻が知人へファクスの返事を書いていたのだが、「ファクス受診しました」と、小学生でも知っている漢字を自信に満ちた達筆でしたためているではないか。やはりこれらは職業病なのだ。違うかなあ……。

○月×日
 JR中央線はこのところまたも人身事故(飛び込み)が続いている。武蔵境に始まり、阿佐ヶ谷、新宿と一日おきに三件続いた。私達乗務員は電車が止まってしまうと、なかなか進展しない状況のアナウンスを繰り返すしか術がない。
「○×駅で人身事故が発生したため……」「相当時分かかる模様……」「只今レスキュー隊が……」「運転再開のメドは……」と、ただひたすらご迷惑をおかけしていることを詫びるのだが、あっという間に一時間は経過してしまう。私は運悪くいずれも出番で、いくらこれが仕事とはいえ、もうウンザリであった。しかし、お客様はもっと深刻であることは重々承知の上です、ハイ。
 さて、このような異常時の場合、最近特に目につくのが携帯電話である。心臓を患いペースメーカーをつけている人への、電磁波による悪影響が問題となっているが、一般のお客様からも「着信音が耳障りだ」とか「話し声がうるさい」といった苦情が殺到している。JR東日本では、「車内での携帯電話のご使用は、周りのお客様の迷惑とならないようご協力をお願いします」という使用を黙認した車内放送から、「周りのお客様の迷惑となりますのでご遠慮下さい」という、事実上使用禁止の放送を始めたところである。
 のんびりとした凡人には必要ないと思っているので、私は持っていないが、それにしても、よくまあ皆さん持っているものだと感心してしまう。だが、このようなときにこそ非常に便利なモノであろう。ホームの公衆電話は大変な行列となっており、気の毒でしょうがないのだ。私はこのようなときに、会社の指導どおり携帯電話ご遠慮の放送をやったらどうなるのだろうと、ひそかに考えてしまう……。
 今さっき、いつもより遅い時間にようやく妻が帰宅した。電話ぐらいくれればよいと思う。武蔵境でポイント故障があり、三鷹から歩いて来たと言う。ナヌッ、またも中央線は止まっているのか。もうこれっきりにしてほしい。武蔵境に始まり、これを境に武蔵境で終わることを祈るが、妻には携帯電話を持たせたほうがいいのかと、チト悩んでしまった。

○月×日
 JRの事故は必ずといってよいほど新聞に載る。人身事故、信号機故障、ポイント故障等さまざまだが、それなりのスペースで取り上げられる。
「○×事故により○×本が運休したため、○×分の遅れが生じ何万何千人の足が乱れた」と、いつも同じような書き方であり、JRを利用されない方々には、他人事のようでたいした問題ではないと思われるかもしれない。しかし、ホームや電車は人で溢れてパニック寸前となり、事故に見舞われたお客様の苦労は想像以上である。
 それにしても、何万何千人という人数にピンとこない人は多いのではないだろうか(私だけかなあ)。そこで私はふと思った。たとえば、この人数と全く同じ人口の町があっても何の不思議もない。つまり、この町のすべての人の予定が乱れたことを想定してみるといい。そう考えればこれは大変な事態だ。町民から町長に至るまで一人残らずドタバタしているのである。仮に病院に行っても、ドクターも看護婦さんもすべて乱れているのだから治療だって受けられない。従って、これは新聞に載るほどの大事件なのだ……。
 さっきまで西の空の一つ千切れた雲の行方を見ていたのだが、ちょっとぼんやりしてたら、いつの間にか消えてなくなっていた。暑さでどうもおかしいこの頃である。
○月×日
「北海道、九州採用差別事件」の最大争点は「JRの使用者性(責任論)」についてである。この十年間の国鉄闘争の集大成ともいえる東京地裁での最終弁論が、五月二十八日に異例の大法廷で行われた。
 まず原告であるJR会社は、「国鉄とJRは別法人で、JRにその当事者適格性(責任)はない」と従来の主張を繰り返した。
 これに対して中労委の菅野和夫公益委員(東大法学部教授)が、「不当労働行為の責任は、労組法によってJRが負わなければならないことは明白」と厳しく反論した。裁判所で公益委員が弁論に立つなど異例中の異例ということだ。うぶな私も、公益委員といえば裁判官みたいなものではないかと思う。
 続いてJRに採用されなかった国労組合員二人が、差別された実態等を切々と陳述し、国労弁護団の宮里邦雄弁護士をはじめ六人の代理人がJRの責任論を詳細にわたり論証し尽くし、結審した。
 その後、萩尾保繁裁判長は、JRと国労、中労委、国鉄清算事業団(=政府)を加えた四者に対し、「裁判所の意見」と称する異例の「和解勧告」を発表したのである。裁判長は「紛争発生以来十年が経ち、社会、経済情勢も変化した。早期に抜本的な解決を図るべき時期に来ている」と述べ、六月末日までに和解に応じるかどうか回答するよう求めた。
 JRは「裁判長の意見は受け入れられない」とその場で拒否し、国労は閉廷後の記者会見で和解の席に着くことを表明、JRにも強く参加を求めた。
 正に異例ずくめといえるが、和解を勧めた東京地裁の判断に注目したい。これは、JRを事実上の当事者とみなし、問題解決に加わる責任があるとしたものだ。すなわち「国鉄とJRは別だ」とするJRの主張は退けられたと解釈できるが、違うだろうか。だとすれば、JRがあくまでも裁判で決着に持ち込もうと和解を拒み続けても、最終的にJRが負け、「国労勝利」という判決は決まったも同然だろう。
 また、当事者として国鉄清算事業団も加えたことは、国鉄改革を国策として実施した政府にも重い責任があるということだろう。加藤紘一(自民党)、伊藤茂(社民党)の両幹事長は、和解に向け努力していくことで合意しているということだ。
 いずれにせよ、負けを承知で最高裁判にまで争いを長期化させようとするJRの態度は、国労の弱体化を待つという目論みが見え見えだが許されるものではない。新聞各紙を見ても「公益企業としてのJRがとるべき対応は早期解決への努力ではないか」といった論調が多い。 私は本当に悲しくなってしまう。「人にやさしい」JRであってほしい。

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