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サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/八王子 大チョンボ 中曽根

■月刊「記録」1997年8月号掲載記事

○月×日
 東京駅を発車するオレンジ色のニクイヤツ、わがJR中央線は、西荻窪→西国分寺→西八王子と、さながら太陽を追うかのように西へ西へと進んで行く。
 私はいつも、「アイル・フォロー・ザ・サン」というビートルズの曲を思い浮かべてしまう。アコースティックでさらりと歌われた、美しくしみじみとセツナイ佳曲だ。彼は恋人のもとを去って、太陽を追う旅に出る。そうだ!! まさに私も毎日、太陽を追い続けて西へ西へとむかっている。
 ビンボー人のお恥ずかしい話なのだが、2年ほど前のある日、妻が突然何事かと思うような口調で言ったのだ。「あなた、マンション買いましょう」と。「ナヌッ!? 冗談はよせよ。うちのどこにそんな大金があるんだ」私はなかば呆れ顔で言い返した。
 「もちろんローンです。歳を取ってからでは遅いのよ。これからは計画的にお金を使いますからね、あ・な・た」と私の無計画性を暗に批判しつつ、『影の家長』たる妻は真剣な決意を述べたのであった。借金でこれ以上生活を切りつめるなどとんでもない、と迷ったが、結局妻に押し切られてしまった。
 その後の妻の行動はスバヤかった。早速、今の社宅より少し西の小金井に物件を見つけ、申込金まで払い込んできた。しかし、その物件はよくよく考えてみるとメリットがなく、取り消した。今の社宅より狭いのもさることながら、今思えば、借金の額が多すぎてビビッてしまったのが最大の理由であった。
 次は検討に検討を重ね、さらに西の国分寺に決めたのだが、抽選の結果見事にハズレた。現在は慎重に検討を重ね、JRのCM「その先の日本」よろしく、ずっと先の八王子まで都落ちして抽選待ちという最重要局面? を迎えている。安い国鉄清算事業団のマンションなので申し込みが殺到しているのだが、なんとしてでも勝利しなければならない。ん? それにしても太陽を追いながら、思えば遠くへ来たものだ。なんだかセツナイな。

○月×日
 あれから三日が過ぎた。「忘れるんだ。もう二度と起こすまい」と割り切っているつもりだが、ふと気がつくとそのことばかりを思い出している。気持ちのどこかに重くのしかかっているようだ。
 やってしまったのだ。乗務員として大変恥ずべきコトを。ここにはとても書けないが、つまり大チョンボだ。ついついぼんやりしてミスを犯してしまった。他の皆は常に気をつけているから、こんなコトは起こさない。私はやはりどこかが抜けているのだろう。
 「無事故で問題なくやってこれたのは、JR車掌として、常に意識と自覚を持って職務を遂行してきた結果に他ならない」などと、つい先日エラそうに書いたばかりだ。面目丸つぶれ。肩身が狭く、恥ずかしいったらない。今回は酒の力など借りなくてもヘロヘロである。
 控え室にいた私は、雑念にかられて、ついついぼんやりしてしまったのだ。ハッと時計を見たら、発車時刻までナント一分と少ししかない。グッタリとうなだれ、恥ずかしさをグッと耐え当直助役に申し出た。「スミマセン、もう間に合いません」。
 つまり乗務することができなかったのだ。部内では「欠場」という。私と交代するはずの車掌は引き続の乗務となり、また長い旅に出る。交代乗務員がいないといって電車を止めることはできない。JRの「商品」に傷をつけてはならないのだ。その車掌には後で平身低頭詫びるしかない。すぐに指導助役に呼ばれ、事故報告書なる事実経過を書き、さらになんと欠勤願いも書かされた。処分は上の人事が決めることだが、どうやら賃金カットになるらしい。
 次の乗務時間になったので、ひとまず退席し、一日の乗務を終えると、今度は区長室に呼ばれた。区長、副区長(今年度から主席から副区長という名称に変わった)、指導助役の三人の前で、「明日からは心機一転して乗務をするように」と、厳しい注意とお叱りを受けた。
 同僚達に言われた。「やっちゃったね」「どうしたんだよ」「誰も驚かないから心配するな。斎藤がやったんだもの」「書くネタが増えてよかったな」。なんとでも言ってくれぃ。グスン、自分でも情けなくなってしまう。本当に最低だ。それにしても、オレってどうしてこんなにサイテイが似合うのだろう。これでも深く反省している。まさに不徳のいたすところです。

○月×日
 職場の掲示板には、「事故速報」という箇所がある。現在は「欠場事故発生」がたった一枚、燦然と輝いている。もちろん私が犯したチョンボのヤツだ。こうしてこうなったという事実経過と、今後こうしようという改善策が簡単に書かれている。
 一番目につく場所なので誰もが見るのだが、たとえ読まなくても「欠場事故があったので気をつけるように」と、助役との厳正なる乗務前点呼時に、一人ひとりの耳にねじ込まれ、全員にキッチリ周知徹底される。
 事故が起こると再発防止もさることながら、やはり誰がやったかということに興味が湧くものだ。「ダレ? だれ? 誰?」とヒソヒソやるわけである。「斎藤だって」「あの斎藤か」と、どんどん広まっていく。なかには「ふん、ヤツか。バカめ」とほくそ笑んでいる人もいるだろう。それは一向にかまわないのだが、事故の話が広がるのは気が重い。全国津々浦々のJR路線に広まるわけではないが、恥ずかしいよね、やっぱり。
 しかし、明日は我が身と危機感を抱き、これを他山の石として各自事故防止に努めてほしいと願うものである、などと書いても、私にはもはや説得力もなにもない。「お前には言われたくない」そりゃそうだよね。私は今日もうつむき加減で出勤した。そしたらナント!! あれから五日しかたっていないのに、私と同じチョンボをやった人がいるというではないか。「あぁお気の毒」としかいいようがないが、できれば私の掲示は外してほしい。 それにしても人づてとは恐ろしいもので、助役が点呼の際に「またあったので」と言ったのが、「またやったので」と皆に伝わり、しまいには私がまたやったということになってしまったのだった。なんなんだよ、まったくさ。憂鬱な日々は当分続くのか、ヤレヤレ。

○月×日
 「さあ帰ろう、いつまでも子どものままじゃいられない」心の中でそう呟き、店を出る決心をした。
 「ありがと、マスター」店のママが私に言った。
 「えっ、マスターって?」
 「駅長はステーション・マスター、車掌さんはいってみれば、レールウェイ・マスターでしょ」
 不意をつかれた。「車掌=コンダクター」しか頭になかった私は、なんだか嬉しくなり、もう少し飲みたくなってしまった。が、やはり帰るしかない。明日の勤務は早いのだ。
 こうした馴染みの店でグラスを傾けるときの解放感がなんともたまらない。ここには競争も差別もなく、あるのは疲れた心を癒す安らぎだけ。まさにオアシス。エリート商社マンも、売れない画家も、皆私と一緒なのだ。隣り同士、肩を並べてくつろいでいる。
 今日も静かに飲めたことに感謝しよう。何事もあまり深刻に悩むのはイケナイ。明日は必ず良くなると信じよう。限られた人生を健全な精神で、明るくしたたかに、できたら痛快に生きていきたい。頑固なことも良し悪し。意見の相違や批判にはできるだけ耳を傾けよう。時代とともに自分自身も変わっていきたい。
 真っ暗な帰り道、気がつくと『失恋レストラン』を歌っていた。「マスターか……」ママの優しい笑顔が目に浮かんだ。なのに家が近づくにつれて、なぜか私を睨む妻の顔に変わっていったのだった。現実はキビシイ。

○月×日
 ふと思った。素人の浅はかな考えかもしれぬが、東京地裁の判決前に、「和解」というウルトラCをやるのではないかという気がしてきた。要するに判決は出ない。 短絡的な言い方だが、万が一国労が負ければすべて終わりである。逆に勝っても、この先の長期化は避けられない。しかし1047名闘争団の人間としての名誉は早期に回復させなければならない。一生が訴訟で終わるなんてあまりにも非人間的だと思う。
 それに、地裁が労働委員会を否定し、国労勝利という判決を出せるのかという疑念が断ち切れない。国が国を否定するだろうか。ここはうやむやが好きで、白黒ハッキリが嫌いな日本なのだ。
 トップのリーダー達はそれこそ大変だろうが、私達の知らないところで、一体どんな駆け引きが行われているのだろう。

○月×日
 朝日新聞社の週刊誌『アエラ』に、中曽根康弘元首相が国鉄分割民営化について語った記事が載っていると聞いてから、随分日がたってしまった。久しぶりに図書館に行ったので、係の人にバックナンバーを探していただき、読んでみた。
 「昭和の妖怪」と恐れられた岸信介氏を引き合いに出して、「最近はボクも妖怪と呼ばれている」と発言し、民営化は「国労を潰せば総評も壊滅するということを明確に意識してやったわけです」と語っている。
 そんなことはわかりきったことで、国労が当初から訴えていたことだ。国民には「国鉄の膨大な赤字を解消するための民営化である」と一本槍だったが、その狙いの一つは氏が語っているように、日本労働運動史上最強の国労を潰して、戦後労働運動史を終わらせることにあったのだ。
 この十年間で確かに氏の思惑は当たり、左・総評、社会党は解体され、まさに資本の狙い通りに推移している。しかし危機感もあるはずである。手を変え品を変え執拗に続けられた攻撃に、国労はほんとうによく耐え抜き、今なお三万人の団結を堅持し残っている。このことは日本の平和と民主主義勢力を再結集する闘いに発展しかねない。また、そう願っている良心的な人は決して少なくないと思う。
 現場では新採用の若い青年達が、差別や不当な扱いを受けているのが目に見えているにもかかわらず、大・東労組でなく小・国労にわざわざ加入する画期的な事象も全国でボチボチ見られている。国労にとっても先細りしている運動に今後の展望が開けるだけでなく、非常に大きい意義を持つと思う。
 国労は労働組合として当然のことをやっているだけだが、それがJR内では魅力的なのだろう。裏を返せば、東労組は矛盾に満ちているということの現れではないか。私のまわりにも、所属は東労組だが心は国労という、「隠れ国労」が大勢いる。
 図書館のすぐ目の前を走るJR中央線の警笛が聞こえた。「ん? なぜオレがここにいるとわかったのだろう」

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