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サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/「つもり」 クルミ 謝罪

■月刊「記録」1997年12月号掲載記事

○月×日
 二次試験の面接を終えて、ホッとしている。今回は無駄な抵抗と思いつつも、車掌区側から渡された質問事項のプリントの他にも会社要覧等を熱心に読んだりして、かなり本気で励んでしまった。付け焼き刃の丸暗記ではあるが、毎度毎度質問に対して「わかりません」ばかりでは、チトみっともない。
 従って当日の意気込みは頂点に達し、鼻息は荒く、毛艶や身体の張りは申し分なし、まさに万全の体勢で臨んだといっても過言ではない。だが、真剣に物事に取り組めば取り組むほど、緊張度は増すものだ。三人の試験官を前に、ボソボソとしたナメクジ声で一生懸命答えている自分の姿を思い出すと、情けなくて赤面してくる。かしこまったことはやはり苦手だ。何事もハキハキ、テキパキこなす人が本当に羨ましい。
 しかし、やるだけのことは自分なりにやったつもりだ。あとは合格の二文字を心から願うのみ。また一年後だなんて、私にはもう待てない。
 翌日、職場で同僚に言われた。「アレッ!? 典ちゃん生きているじゃないか……」。含みのある痛烈な批判である。大丈夫、マイ・フレンド!! 魂は断じて切り売りしない。私はすべてありのままを答えたに過ぎないのだ。
○月×日
 あれもしたい、これもしたいとなると、何かとお金がいるものである。家計はただでもタイヘンなのに、マンションのローンを払っているつもりでさらなる節約を始め、はや数ヶ月たった。「つもり」といっても、映画を観たつもり、旅行に行ったつもりなどと貯金するのではなくて、毎月の返済額をプールしているだけなのだが、はっきりいってストレスが溜まってしょうがない。その分サケの量が増え、どうも始末が悪い。
 長年やってきた趣味の競馬も、キレイさっぱり止めた。妻は「あーら本当かしら」と疑うのだが、本当に決まっているではないか!! そのかわり宝くじを買うようになった。宝くじ数枚で夢を見るくらい大目に見て欲しいのだが、ハズレばかりでカスリもしない。もう止めようと思うのだが、新聞で当選発表を見ると「もし買っていたらなァ」と胃がケイレンするので、やっぱり買ってしまう。
 当然、外で飲む回数も減らしているが、ついつい赤提灯の甘い誘惑に負け、フラフラと暖簾をくぐってしまう。これはなんといえばいいのか、飲まない人には永遠にわからないオヤジの哀愁!? まっ、つくづくサケ好きなのだが、外で飲む一杯は家とは違い、格別なものである。特に私の場合、どこかのコピーではないが、「自信カミさん、家事オヤジ」という家庭状況が影響しているのかもしれない。
 マンションは来春の完成予定となっている。中央線沿線のため、乗務中毎日見ることができる。初めは通過する度に「手抜きしないで、しっかり造ってよ」と心の中で叫んだりしていたのだが、最近は当選の喜びはどこへやら。今の生活が借金完済まで続くのかと思うと、なんとも気が重くなってしまうのだ。
 さまざまなことが頭をよぎる。考えてみればオカシナことが多い。国鉄で働いてコツコツ貯めたお金を、すべて国鉄(清算事業団だけど)に取られてしまうのか!? 今日もこうして安い焼酎で目はうつろ、日記の文字は塩をふられたナメクジのように溶けだし原形を留めていない。いいのか、こんなコトで……。

○月×日
 「それって反対だな、オレ」という、人間として当たり前の感情も、「組織の総力を挙げて断固反対するものである」などとやると、いかにも由々しき事態が起きているようで、なにやら仰々しく、眉をひそめる人も多いのではないだろうか。
 今や労働運動に関するニュースは、自らが関心を持ち、意識して報道等を追っていかなければ見逃してしまうほど少なくなってしまった。そういったこともあり、労使が鋭く対立するというやっかいな構図は影を潜めたかのように見える。これは闘う労働組合が少なくなったからなのか、無関心層が増えたからなのか、実は世の中が良くなったのか……、私にはよくわからない。
 私達国労は人減らしの合理化には反対する。とまぁ、反対だらけでJRからは大嫌悪されているわけだが、それに止まらず、周囲からも煙たく思われているとのウワサを耳にするから心底泣けてくる。
 人それぞれにさまざまな考え方があり、意見の相違はあって当然だ。また、個人個人が置かれている立場というものもある。「反対だ」と異議を唱えるのは自由であり、誰に強制されるものでもない。国労は労働者の権利を守るため、正当なルールに従い、当たり前の労働運動をしているだけなのである。
 また、私達は労使間で決まった大勢の中で、反対だからといって働くことを止めてはいない。誰もが会社の提示した作業指示に基づき、キチンと働いている。労働組合としてできるところは改善していこうと、ねばり強く申し入れ、元に戻すべきものはそうしようと懸命に闘い続けているに過ぎないのだ。これみよがしに、賛成しなければ差別するというJR会社のやり方は、時代錯誤も甚だしく、まさにファシズムそのものといわれても大げさではないだろう。
 JRに入社した若い人達は、分割民営化の表向きの経過は知っていても、現場が無法地帯と化した大混乱の日々はほとんど知らない。数多くの国鉄労働者とその家族に生涯消えることのない深い傷を負わせ、命までも奪った犯罪行為の責任を、キッチリとっていただくのは当然のことである。また、新入社員を百パーセント東労組に加入させるのをいいことに、そこで教育しているのは、「国労は鬼だ」という誤った洗脳である。今はムリでも、いずれ国労は正しかったとわかる日が必ずやってくる。歴史に真実は一つしかないのだから。

○月×日
 乗務員室の窓を開けると、辺り一面に金木犀の芳しい香りが漂ってくる。まるで何もかもが平穏なんだと感じてしまうヒトトキである。都会に緑が少ないというのは定説だが、わがJR中央線沿線に限っていえば結構恵まれているような気がする。まぁ、単なる私の所感だが、常務中次々と流れて行く景色を眺めつつそう思うのだ。 「私は実りのある日々を送っているのだろうか……」。実りの秋という季節がら、ふと思った。そこで今日は緑、とりわけ果実・木を追って乗務ことにした。さぁ、信号も緑に変わった。出発進行だ。えっ? もちろん安全輸送が最優先であることはいうまでもない。
 「中央線から見える木の名前を挙げよ」と咄嗟に聞かれたら、止り木、枕木は冗談としても、松や杉、イチョウ、それに桜と、数種類しか思いつかない。いわゆる植物に関しては門外漢の私だが、気を付けて見てみると「へえー、こんな所にこんなものが!!」とビックリするのと同時に、懐かしい郷愁に誘われてしまった。
 中央線沿線の緑は、やはり三鷹以西の多摩方面に多く散在しているが、代表格は何といっても柿、栗、イチョウである。これらは最も馴染み深く、幼い頃に田舎で慣れ親しんだものばかりだが、ここ何十年も気にかけることのなかった木々である。よく実を失敬したりしたのだが、今の都会っ子達の間には見られなくなった光景の一つかもしれない。
 そして、私はこれぞ横綱級という木を発見してしまった。それは鮮紅色のざくろと淡黄色のかりんである。色、形ともに趣があり、名前の響きも素晴らしく、まさに王者にふさわしい。
 私はさらに細心の注意を払いつつ、乗務を遂行した。「ご乗車ありがとうございます。次は……」この通り、仕事はキチンとやっているが、ここの駅名だけは言えない。言ったら場所がわかってしまう。本日の大収穫である。ナント、こんな所にくるみの木があったのだ。梅のような実は葉と同系色で目立たぬが、熟すと地面に落ち、それが腐ればおなじみの茶色の核がのぞく。冬になったら拾いに行こう。何度も何度も場所のカクニンを励行し、「こうした情報の積み重ねが、お客様の限りない信頼を得るのだ」と、かなりワケのわからぬ興奮をしながら「後方オーライ」の指差喚呼を決めたのだった。
 この胡桃を探し当てた人には、うーむ、そうだなあ、チャイコフスキーの「胡桃割人形」を聞きながら、水割りでも御一緒したい気分とでもいおうか……。それにしても、毎日看板ばかり眺めている私と違い、通勤の車内から日々移り変わる植物の成長を楽しみに眺めている、高尚なお客様も多いのだろう。植物も生きものだ。「生きもの中央線紀行」もなかなか面白いものである。

○月×日
 朝日新聞や東京新聞にも小さく出ていたが、去る9月22日、JR東日本は国労に対して「今後このようなことがないように留意します」という謝罪の文書を社長名で提出してきた。
 ほんとに次から次と情けない限りだが、これは国労からの「脱退強要」をめぐる不当労働行為事件についてである。これまた地労委から始まってJR会社はことごとく断罪され続け、東京高裁においても敗訴が確定し、上告を断念したというものだ。強気のJRにしては異例といえる。
 10年前の87年11月に、当時の自動車事業部・花崎淑夫総務課長(現JR東日本常務取締役)が国労東京自動車営業所分会の分会長自宅を訪問し、「お前が国労に残っていては駄目だ」「あんたを飛ばすわけにはいかない」「もし分会長が応じてくれなければ組合員4~5名を強制配転させる」と、国労からの脱退を強要したというものだ。このような露骨な脱退工作は、全国のあらゆる職場で展開されていたが、人事・労務を担当する総務課長自らが率先して行ったという点で、極めて悪質なものといえる。
 やっているのに「やってない」として、10年間も争い続ける神経が私には理解できないのだが、JRの場合は、このような図太い神経でなければ部下に信頼される要職には就任できないのかもしれない。
 ちなみに謝罪文はというと、
『昭和62年11月27日、当時の当社自動車事業部花崎淑夫総務課長が貴組合の組合員であった古家信郎氏の自宅を訪問し、同氏に対して、「国労に残っていては駄目だ」「あんたに来てくれなければこまる」などと申し向けて、貴組合からの脱退を推奨したことが、不当労働行為に該当すると、東京都地方労働委員会において認定されました。
 今後このようなことがないよう留意します。』
というお決まりの文面だ。
 これで本当に反省しているのだろうか。私には何度読んでも謝罪の言葉がどれだか分からず、判決に服するという姿勢が伝わってこない。なぜ、不当労働行為の認定が高裁ではなく地労委となっているのだろう……。いずれにせよ、JR東日本は国労敵視の労務政策を早急に改め、健全かつ正常な労使関係のもとで一日も早い労使紛争全面解決の姿勢を示すべきである。

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