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JRサイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/正月休み ビデオ 公開申し入れ

■月刊「記録」1997年2月号掲載記事

○月×日
 「最悪だよなぁ」どこまでツいてないんだろう、ったく。
 年末年始といえば、臨時列車なども増発となり、稼ぎ時で休んでいる場合ではない。私達の仕事は一つの区切りというものがない。一般の企業ならば、「1年間ご苦労様でした」と、年末28日頃に御用納めをして休暇にはいる。そして「本年もよろしく」と、新年4日頃に御用始めというのが普通であろう。わが社でそんなシステムになっているのは本社のおエライさんくらいではないのか。
 たとえば、仲間同士で忘年会をやる。全員翌日が休みならいいのだが、中には早朝5時の出勤の人もいる。そんな人は、「今年も終わりだなぁ」などとしみじみ感慨に耽りながら杯を重ねるとか、「お正月はハワイで新年を迎えるのだ」などという発想は未来永劫生まれることはない。明日も忙しいのだ。
 別に飲んだからといって「デレッ」とならなくてもいいのだが、仲間同士の酒の席でも慎重に対処しなければならない。千鳥足、勇み足は断じて許されない。サッと切り上げて駆け足で帰宅しなければならない。従って、どうしてもため息混じりの雰囲気になりがちで困るのだが、己の心の中で終わりと始まりの区切りを厳しくつけるしかないのがJRマンなのである。
 予め指定された勤務表を見て、運良く大晦日と元旦が休みになっているとか、元旦と2日が休みということに一喜一憂するわけだ。今回の年末年始はといえば、年末28日から元旦までの4日間と1月3日から5日間の勤務となっている。つまり、休みはなんと1月2日に1日だけという最悪な指定となっているのだ。
 何も今に始まったことではなく、もう何十年もこうしてやってきたから慣れたといえばそうなのだが、せめてお正月は2・3日は休みたいというのがささやかな希望である。
○月×日
 さあ今日もいるだろうか。あの踏切を過ぎた沿線の原っぱに。お散歩にはちょうどよい時間帯だ。エプロン姿の2・3人の保母さんに連れられた10人ほどの保育園児達である。
 電車の風圧による風に目を細め、乗務員室から顔をのぞかせ前方をカクニンすると、やっぱりいたいた。皆が私を待っている。「ハイよ、今行くヨ」そう呟きながら、選挙の立候補者のように白い手袋の手を振り返す。
 「ご声援ありがとうございます。ありがとうございます」。相手は園児である。もちろん名前は分かりやすく平仮名で名乗る。「さい党の、のりおでございます。今日も中央線に乗って頑張っております。昇進試験はあと一歩でございました。今度こそ、ぜひとも受からせて下さい。一日一善を必ず実行いたします。さい党の、のりおでございます」と。
 園児は「やったあ、やったあ」と、それこそ大喜びする。電車の轟音にかき消されてその声までは聞こえないが、バンザイしながら飛び跳ねるしぐさでよく分かる。
 世の中には、一日一偽善(などという言葉はあるのかナ)のオエライさんは大勢いることだろう。それに比べたら、こんな何気ないささいなことで、たとえ何人かの子ども達であっても喜んでもらえるのは素晴らしいことではないだろうか。私はこんな時、「今日はいいことしたのかな、オレ」とちょっぴりホットな気分になってしまうのだ。
 しかし、いったいどうしたことだろう。この頃では一生懸命手は振るものの、視線はなぜか若い保母さんに向いているのだ・・・・。
○月×日
 ビデオを観た。「JR無法地帯・東労組はこうして国労組合員を脱退させた」というタイトルがついている。
 東労組の若い新人車掌3名が国労に加入したら、再び連れ戻されたという、例の高崎での「拉致・監禁」事件である。
 国労は異常事態に対応するため、動かぬ証拠としてカメラを回していたのだ。
 40・50人もの東労組組合員が乗務中の車掌に暴言・罵声を浴びせている異様な様子。勤務を終えて帰宅するはずなのに、20・30人に取り囲まれながら、ホーム・改札を駆け抜け東労組事務所へ連行される状況説明。普段ならば出入り自由な車掌区の正門に管理者が張り付いている。東労組は出入り自由なのに、国労は勤務者以外は一切入れぬよう阻止線を張っている。まさに東労組と会社は一体だ。深夜乗務を終え宿泊所へ向かうT君に付き添っていた国労役員が、「安心して寝かせられるように」「代表者を宿泊所に入れろ」と、弁護士さんと共に主席助役らに申し入れをしているところ。主席が「責任をもって寝かせる。東労組には接触させない」と約束したにもかかわらず、宿泊所内で待ちかまえていた東労組員が「若いくせして生意気だなテメエは」とつるし上げしているようなカセット録音の声など、繊細に記録してあった。
 「拉致監禁」といわずして、なんといおうか。東労組も会社側も「そのような事実はない」と主張している。同期の若い仲間達の説得で東労組に復帰させたと、ウソの掲示までしている。
 T君はハッキリ語っていた。「他の2人は強制的に(東労組へ)戻されて悔しいが、本心で戻ったのではないと思う。昨日はやっと寝られると安心したのに、やっぱり囲まれていろいろと言われた。ヤツらのやり方は本当にきたない。脅しなんですよ」と。
 最後は釧路闘争団員からの激励のお便りで結んである。
 「たいへんな事態を知り、急ぎペンを走らせています。暴力を許してはなりません。T君はどちらが悪いのか、身近に見てご存じと思います。私達は差別・選別され家族共々苦しめられてきましたが、勇気を持って立ち上がれば必ず報われるものです。現在の東労組の焦りは、悪の追いつめられた姿なのだと思います。悔いのない人生を切り開きましょう」。
 このビデオを東労組の心ある人達に見てもらいたい。
○月×日
 私が慕っている、職場の先輩であるYさんからヘンなお願いをされてしまった。
 本を読んで欲しいのだという。それも5冊もである。「とりあえず、この2冊を読んで欲しい」と渡されたのは、松下竜一著『豆腐屋の四季』と、黒井千次著『働くということ』だった。あまりにも有名な『豆腐屋の四季』は、テレビや書評等で内容は知っていたが読んだことはない。また、『働くということ』は新書版で、なんだか堅くて取っつきにくそうだった。
 それにしても、いったいどうしたのだろう。こんなことは初めてだ。私が「読んで感想文書けなんていうのなら、イヤだよオレ」と聞くと、Yさんは幾分殊勝な顔付きになり、こう言うのだった。「人はなぜ働き続けるのか。たとえ賃金が安くても、たとえ差別されても、たとえ希望がかなえられなくても、人はなぜ働き続けるのか。そのようなことを頭に入れて読んで欲しい。読んでくれればそれでいい」。
 しかし、では早速今晩から読む、というわけにはいかない。今読んでいる本、また次に読もうと決めているものもあるのだ。また都合の悪いことに、私は本を読むのが非常に遅い。何より読書家ではないのだ。Yさんはさらに言った。「もちろん時間の空いた時に、何ヶ月かかってもいいから」と。
 お願いされたからには、酒を飲みながら読むというわけにもいかず、「やれやれ」という気分だったが、後輩思いのYさんのことだ。思いやりなのである。軽率な私へ「もっと切磋琢磨しなさい」という激励と受け止め、真剣に読んでみようと思った次第である。
○月×日
 この頃は、だんだん口をきくのもイヤになってきた。喋れば喋れるほど、私は自分の愚かさをさらけ出しているかのようだ。
 音楽でも聴こう。帰宅しても職場のことが頭から離れず、あまりにも目まぐるしい憔悴の日々が続き、少々ノイローゼ気味になっている。これではイケナイ。私には強い味方ビートルズがいたのだ。どんな時でも私の弱い心を癒やしてくれたっけ。すっかり忘れていた。聴こう。今すぐ聴こう。1晩中聴いていよう。「来る日も来る日も乗務員室で一人、薄ら笑いを浮かべた私が静止している。誰一人として私に近づこうとはしない、誰もが私をバカ呼ばわり、そして私も返事一つしようとしない。乗務員室での愚かな私はビルに沈む夕日を眺めながら、大きく開いた心の眼で回る地球を見つめている」。「フール・オン・ザ・ヒル」という名曲だが、ビートルズが私のことを歌ってくれているとは知らなかった。ありがとう。私は丘の上のおバカさんだったんだね。
 次に邦題が「ひとりぼっちのあいつ」という曲だ。「ひとりぼっちの斎藤よ。聞いてくれ、君は大切なものを見失っているんだよ。ひとりぼっちの斎藤よ、世界は君の意のままなのさ。だけどアイツは盲人も同然、都合のいいものしかみようとしない。ひとりぼっちの斎藤よ、君にこの僕が見えるかい」。泣けるなあ。ビートルズはこうしていつも私に優しく語りかけてくれるのだ。私にはビートルズがよく見える。
 眠くなったら「グッド・ナイト」を聴く。「ヒア・カムズ・ザ・サン」は、太陽が静かに昇るようでとても美しい曲だ。
 「ほら、陽が、明るい陽が差し込んできた。これでもう大丈夫さ」。
 ビートルズには私のすべてが詰まっていると思う。感謝。
○月×日
 実は、昨年の『記録』11月号に掲載された私の「サイテイ日記」第4回の1部分が、JR東労組内でかなりの問題となっており、東労組対私共々国労間でなにやら険悪なムードになっているのだ。
 東労組の役員が「アレは何なんだ」と私に問いつめたり、国労に対して「公開申し入れ」を行ってきたりと、ピンと張りつめた空気が漂っている。
 彼等の読解力は大変スバラシイものであり、私はただただ「それは誤解だよ、拡大解釈も甚だしい……」と心の中で呟くしかない。また、私の文章を改ざんして、機関紙などで問題提起するといった信じられない手法のために私は悪玉にされ、読むものにも真実が伝わっていない。そんなわけで、私は悩み嘆き悲しみの毎日である。本当に気が滅入り、自分でも驚くほどナーバスになっている。これでは東労組に脱帽どころか、円形脱毛症になりはしないかと非常に心配でしょうがない。
 ところで、こうした東労組の動きに伴い、ちょっと不思議なことがあったので記しておきたい。どんなことかというと、新宿のとある書店では『記録』11月号がすべて売り切れになったり、うちの職場の東労組のM君がわざわざ『記録』編集部まで第4回以外の号を買い求めにいったりなど、誠にごくろうさまな事態と相成っている。
 それにしても、今まで『記録』の存在すら知らず、別に読みたくもなかった人まで、みんな目を皿のようにして、「サイテイ日記」一字一句を舐めるようにして読んでいるのだろう。普通なら愉快になるところだが、私や国労を攻撃するためだけなのだから、情けないことこのうえない。
 コトの成り行きを詳細に掲載していただこうかとも考えたが、一連の出来事はあまりにも支離滅裂であり、私も感情的になりそうで今回はやめにした。迷惑をかけてしまった仲間達へお詫びをして、この問題はもう終わりにしたい。さまざまなゴタゴタは私の日記帳の中でぐっすりと眠ってほしい。

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