サイテイ車掌のJR日記・斎藤典雄/許せん 控訴 宝物
月刊「記録」1998年8月号掲載記事
○月×日
冷静にならなければならない。5月28日の不当判決から数日が過ぎた。私には難しくて理解できなかったことも、判決文を何度も読み返すうちに、不当労働行為の責任は政府とJRにあるということがみえてきた。結果的には、11部・19部ともにJRの主張を認めた中労委命令取り消しの判決であり、中労委(国労)敗訴ということは事実だが、11部と19部の判断(改革法の解釈)が異なっていることに注目したい。
11部では、改革法23条を形式的に解釈しただけで「JRに責任はない」としたが、「不当労働行為の責任は国鉄(清算事業団=政府)が負うべき」と政府の責任を明確にしている。
一方の19部では「改革法をもってしても不当労働行為の責任はJRに及ぶ」として、JRの主張を全面的に認めたわけではない。中労委の救済方法に問題があるとして取り消したのだ。
JRは記者会見で「大変に意義深い」「極めて妥当な判決」などと表向きは一様に評価したコメントを発表したが、判決を十分慎重に吟味したとすれば、かなり動揺しているとみていいのではないだろうか。
大方の予想通り、国労勝利、JR敗訴の判決であったなら、JRは単に控訴するだけでよかったのだ。控訴して時間稼ぎに持ち込み、国労の弱体化を待っていればよかったのである。それがフタを開けたらこの結果。もうJRの先延ばし戦法は使えない状況となったのだ。
残るは「不当労働行為の責任は政府とJRにある」という判決通り、政府の責任で政治的に決着を図るしかない。
六月三日付の朝日新聞朝刊によれば、自民党の山崎拓政調会長が国労に対し、①国鉄改革の主旨を認める機関決定する、②中労委の救済命令を取り消した東京地裁の判決について控訴しない、③JR総連とJR連合の理解を得る努力をする、の三点を求めた上で、自民・社民・さきがけ三党として関係者が和解の席に着くよう働きかけを行う、という提案を行ったそうだ。
国労としても機関決定にいたるまでに相当な紆余曲折が予想され、すったもんだの議論になるだろうが、これ以上紛争を長期化させてはならない。私達は正しかったのだし、国労が進んできた輝かしい歴史も消えるものではない。なにより国鉄労働組合には、1047名の闘争団を一刻も早く救済するという重大な任務があるのだ。
○月×日
このごろ乗務中、普段なんでもないことにワケもなく腹が立ち、許せんことが多い。
まず、車内がガラガラに空いているにもかかわらず、乗務員室のそばにずっと立っている中年のオッサン。別にヤマシイことをしているわけでなし、いくら見られてもかまわないが、やはりうっとうしい。私もときには鼻クソでもほじりたい。じっと見つめないでほしい。気分的に許せん。
ホームの警備員。彼らが配置されてから三ヶ月も経ったろうか。最近では指差確認するし、車掌に敬礼までする。駅員と勘違いしているのではないか。まったく許せん。
JR中央線の豊田駅を過ぎると、「コンパニオン募集」と書かれた目立つ看板がある。月収150万以上とあるが本当なのか。ウソでも許せん。
荻窪駅前の看板。かれこれ10年以上前から「生まれかわる荻窪」というヤツが立ったままである。いったいいつ生まれ変わるんだ。許せん。
ギューギューのラッシュ時に、すごくかわいい若い娘とぴったりくっついてニンマリしているオヤジがいる。なんとなく許せん。
事故で電車が止まった際、無線から流れる声も弾み、俄然張り切る指令員がいる。現場のことを考えているのか疑わしくなっていまう。許せん許せん。
朝、快便で出勤したというのに、乗務してから便意を催すことがある。わが身ながらホントに許せん!
○月×日
自民党の機関誌「自由新報」1556号、評論家・屋山太郎の記事によれば、JR東日本は□○に手を貸しているということである。
JR東日本の最大組合である東労組は、国鉄時代の動労系と同盟系の鉄労系が合併してできたというのは周知の事実だが、JR東海やJR西日本、JR九州では、その後また二つに割れて動労系が独立し、鉄労系が国労右派と組んで多数派に逆転している。つまり他のJRでは、動労系は以前のような少数組合に転落してしまっているのである。
なぜ動労系と鉄労系が袂を分かつに至ったのか。鉄労系のいい分では、動労が□○から離脱していないとの疑いを抱いているからだという。
JR東日本でも当然、鉄労系の人達は同様の認識を持っているはずだが、東労組は最大組合として現在も揺るぎなく居座り続けている。現在の東労組とJR東日本経営側は蜜月の関係にあり、鉄労系は声を出せないのだという。東労組の執行部は完全に動労系が掌握し、会社側も鉄労系が反乱を起こさないような人事配置を行っているということだ。
これが東日本の労使関係だけは一見何の問題もないように見える理由だが、動労の組織拡大を会社側が手伝っているということに他ならない。最後は□○の組織拡大が順調に進んでいると結んであった。
ハッキリとした確証はないが、周囲の声を聞く限りでは、このような認識をしている社員が圧倒的なことから、私も「そうなんだろうな」と力なく思う次第である。
○月×日
スーツ姿のサラリーマン達が忙しそうに出勤していく。私は燃えないゴミを所定のゴミ箱に放り込むと、回れ右してのんびり部屋に戻る。今日は休みなのだ。
世の中には不条理なことが数限りなくあるわけだが、サケくらい不条理なものはないのではないかと、二日酔いの頭でぼんやり考える。サケはうまい。心は癒され、愉快で楽しく、普段は寡黙!? な私も冗舌になる。この開放感こそまさに天国、これ以上のストレス解消法はない。労働した(しなくてもだけど)一日を締め括るにはやっぱりこれだ。
しかしこれほど楽しいおサケも、飲み過ぎた翌日には二日酔いという地獄の苦しみに変わる。今日は休みだからいいが、仕事があればシンドイし、そんなことで事故など起こすわけにもいかない。
私達は常に「階級的警戒心」をもって飲まなければならないのだ――こんなことを考える今日の私は、かなり重症である。
○月×日
中労委と国労は地裁判決を「誠に遺憾、不服である」として、東京高裁に控訴した。やはり控訴という道をとらねば闘う場がなくなるに等しいのだから、これは当然の借置であろう。
今回の判決は中央労働委員会の存在そのものを否定するものであり、まさに国家機関の自己否定に他ならない。そのようなことも含め、今後の裁判は正当な手続きによって判決の不当性を明らかにしていき、一方で政・労・使の話し合いによる早期解決に向け、全力で傾走しようということである。
自民党による「三条件」についても、国労は今後、早急に関係者間で意見交換を行っていくとし、細部に渡り議論を重ねつつ、自・社・さきがけ三党間協議も継続していくとのことだ。
それにしても先日閣外協力を解消したにもかかわらず、三党間でとはこれいかに? 私はこういったことが理解できないが、とにかくそういうコトなのであり超高度な? 状況となっているようである。
私は国労八王子支部に駆け込み、「三条件に対して国労はどのような態度をとろうとしているのか、控訴期間は11日でしょ」と様子をうかがってみた。すると書記長は「アレはアレ、三条件の内容が大雑把すぎて応じようがない」とデンと構えているのだった。
なんだか私一人が焦ってしまったようで恥ずかしいが、誰に何といわれようと現実を見極め柔軟に対処すべきだと思う。右へも左へもハンドルを切ることができない不器用な国労だが、ここはまっすぐに前進あるのみである。
○月×日
「もっともな結果である」と鼻高々な会社側幹部には、「国労が負けた」と喜んでいる人も少なからずいるだろう。
そんなあなた方は、これまでどんなことをしてきたか胸に手を当てて振り返ってみるといい。数え切れない不当な行為は事実として決して消えることはない。
以前にも言ったが、あなた方は「人間として」すでに負けているのである。「ナニを偉そうに小僧が……」と思うかもしれない。そんなことはない。私はいくらサイテイとはいえ、それくらいは言える分別のある年齢にも達している。世界に誇るJRが、私達国労なんぞに負けるわけにはいかないのだ。やってはイケナイことだってやらざるを得ない状況にまで追い込まれてしまったのではなかろうか。
しかし、解決してないことはまだまだ山程ある。防護無線の盗聴にしろ、大月の事故にしても、まったく不可解なことがJRには多過ぎる。
私達より、それこそ数段も弱い立場に置かれて苦しんでいる人達は大勢いるが、私は心の奥で感謝している。もし「分割・民営化」という理不尽なことが身にふりかからなかったら、私はきっと勝手気ままにのほほんといきていたに違いないからだ。少しは「人間らしく」なれたのではないかと誇らしくも思う。
これからも国労魂を持ち続け、労働者として人間として人生を全うしていきたい。腹も出てきてちょっと太ってきたが「こぶとりじいさん」にはなりたくない。まだまだ一花も二花も咲かせなければならない。「花咲かじじい」になりたいと思う。
さあ、JR中央線のアナウンスがナメクジ声だったら、もしくは停車中にこっそり鼻クソをほじっている車掌がいたら、それは間違いなく私だ。ぜひ声をかけてほしい。語り明かそう。もちろん飲み屋で。ん? もし私でなかったらどうするかって……。そんなことはない。そんな車掌は私しかいないのだから。
○月×日
「こんなものもあったっけ」。超多忙な方々ばかりということもあり、いつの間にか立ち消えになったものだと思っていたが、どっこいまだ運動は続いていたのであった。さまざまな分野の有識者たちが、国労の運動に共鳴し、支援してくださっている。本当に頭が下がる。本体である私達はさらに奮闘しなければならないと、改めて強く思う次第である。
「JRに人権を! 1047人の復職を求める一万人意見広告を広げる会」の呼びかけ人である鎌田慧、佐高信、新藤宗幸、福島瑞穂の四氏は、地裁判決後、都内で記者会見を行い、判決内容とJRの姿勢に強く抗議するとともに、政府の責任で解決に当たるべきだと訴えたという。 ジャーナリストの鎌田さんは「ひどいことをやるだけやって、自分たちがやったことではないと言っている。50年代の前近代的な中小企業の経営者でさえ中労委命令に従ったことを考えると、いかにひどい国家的な行為なのか。これを裁判所が追認してしまうならば、これからリストラが民間企業でもどんどん進められ、不当解雇に対する歯止めが何もないと感じている」
評論家の佐高さんは「裁判所が異常に企業寄りであることが判決ではっきりと表れた。労働委員会は労働者一辺倒の委員会ではない。JRは、裁判とか法律とかをつまみ食いして、言うことを聞かなければ訴える。公的なものでも自分たちの都合に合わなければ訴える。公的なものでも自分たちの都合に合わなければ無視する。法的なものに従うという観念が全くない」
立教大学教授の新籐さんは「労働委員会制度は、審判を労使が尊重し紛争を解決することを前提にしてつくられたものだ。それを今度は労働委員会を被告として行訴を起こすJRとはなんなのか。もしこのようなやり方を経営側が公然と取っていったら、職を奪われた人間はどこにもアピールできないという事態を招きかねない」
弁護士の福島さんは、「判決のままいくとある人を追っ払いたいと思えば、新会社をつくって法人格が違うということで労働組合連動をつぶすことを認めることになる」
以上が各氏の主な発言である。
私はこの場を借りて国労の一員として厚く御礼を申し上げたい。ともに頑張りましょう。
○月×日
今をときめく直木賞作家である浅田次郎からサインを貰い、嬉しくていつも持ち歩いている。
うちにある本もすべて(といっても四冊だけだが)もう一度一字一句丁寧に読み返している。それがどれもこれも泣けるのなんの。どの作品も人間の普遍的な「情」が描かれており、いつの間にかすっぽりハマリ込み、決まってホロリとさせられるからタマらない。
その浅田次郎のサイン会がJR八王子駅前の書店であった。自宅から近いということと、『鉄道員』の腰巻きにある「あなたに起こるやさしい奇跡」という文句に心を奪われ、「まあ趣味じゃないけど、サイン会とはどんなものか」と初めて長い列に並んでみたのであった。
このサイン会は『見知らぬ妻へ』という新刊本の刊行記念だったのだが、私はコレでないと意味がないと、『鉄道員』を持参して行った。
待つこと約四十分、漸く私の番が回ってきた。初めてお目にかかる浅田次郎は写真よりずっとイイ男で、一寸の隙もなく、近寄り難い感じである。出版関係者らしい取り巻きに「先生、先生」と呼ばれてもすっかり落ち着き払い、まさに風格と品のある人であった。
私が緊張気味に一礼して本を渡すと、「ぽっぽやか」と幾分回顧されたように呟いて筆を取られた。私は「あのう、少し長くなって申し訳ないのですが、こういうコトなので是非コレを書いてほしいのですが」と、私は予め自分のページを開いておいた『記録』を差し出した。 浅田次郎はニコリと笑い「車掌さんだね」と一言。スラスラと健筆に書いて下さった。
「サイテイ車掌 斎藤典雄様
浅田次郎 印」
これはスバラシイ。いつ眺めてもワクワクする。私の後も長蛇の列で話は出来なかったが、これで充分満足だ。大切にしよう。私の宝物である。
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