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妻の恋【離婚した夫に抱く復讐に似た激しい想い 本来の自分を創るためにもう一度広い海へ/河合奈緒美(29歳)・女優】

 引っ越しの準備をしていたら、洋服ダンスの隅から季節外れのベージュのベレー帽が……。手にとると樟脳の香りがつんと鼻につき、軽いめまいを感じました。でも、この突き刺さるような痛み、本当は過ぎ去った日々へのノスタルジアのせいなのかも。
 その帽子は、まだ出会ったばかりのころ私のために夫が買ってくれたものです。
 数回目のデートで観た『ボニーとクライド 俺たちに明日はない』という古い映画で、主人公のボニーが愛用していたのがベレー帽だったんです。ボニーとクライドは、アメリカに実在した二人組の強盗で、映画では二人がスリルを通して愛を深めていく一方で、後戻りできない運命に追い詰められていくラブストーリーになっています。
「ボニーの天真らんまんで気性の荒いところが君そっくりだ」
 と、将来私の夫になる当時の彼は言いました。もっとも、私自身はボニー役を演じたフェィ・ダナウェイの薄っぺらい演技が嫌いだったので、ちょっと不満な顔をしたに違いありません。
 夫はその不機嫌を面白がったのか、たまたま映画館の側にあったデパートに入り、店員に聞きました。
「ベージュのベレー帽ありますか」
 そうして渡された帽子を私の頭にのせると、ほおにキスしてくれました。人の視線も気にせず……。

■お互いを傷つけ合う犯罪的で危険な香り

「罪で結ばれているからこそ愛は美しい」
 なんてことばが確かありましたよね。その真偽は別として、私はこう思うんです。
「夫婦って、ある意味では共犯関係にある」
 生活を通してその二人にしか共有できない文化や過去を築いていく過程自体は、本来とてもポジティブなはず。なのに何かちょっとしたことがきっかけで、歯車の一つひとつが狂ってしまう。
 二人はそれに気づかないまま「日常」を続け、ふと気づいたころには、日常という仮面をかぶった特殊な世界に迷い込んでしまっている。そして、社会の規範とか通念から離脱したどん底の空間にいることになる。
 はい上がろうとすればするほど、どんどん深く突き落とされていくような気分。そのうち、じつはお互いに元の世界に戻ろうという意思自体がなくなってしまっていて、今度はどん底自体が日常になっていく。
 とくに末期症状段階の夫婦って、打算でがんじがらめって感じですよね。この人とこのまま一緒にいても、いつか壊れてしまうことは感じている。でも、いまはまだ一人にはなれない。不安で怖いから。
 別れた後どうやって生きていけばいいかも分からないし、なんとなく別れられない。そうして次の一歩を踏み出すこともしないまま、究極のひどい状態のなかお互いを延々と傷つけ合う。そうした危険な香りがどこか犯罪的なのかもしれません。

■夫には絶対埋めてもらえない心の空白

 でも、私が不倫を繰り返したのは、決して夫を傷つけることが目的ではなかったはず。最終的に離婚したのも、それが原因ではありませんでした。
 ただ、無性に寂しかった……。結婚した直後から、これには気づいていました。心にぽっかり穴が空いてしまっていて、大恋愛をへて結婚したはずなのに……。
「彼では決して埋められない」
 そう思ってしまった途端、ガタガタと音を立ててダメになっていきましたね。

■出会ったときから抱いていた違和感

 私すごく上昇志向が高いんですよ。仕事に対しても、そして恋愛に対しても。でも、彼は人に運命を預けてしまうタイプなんですね。何か向こうからやって来るのを待っているというか。
 結婚するときも、
「幸せになりたい?」
 なんて聞かれましたね。
「幸せにするよ」
 じゃなくて。いま振り返ってみれば、そんな夫との将来に、出会ったときから疑問みたいなものがありました。 学生時代から私は芝居好きで、将来は必ず女優になると思っていました。一方で彼は駆け出しの演出家で、ようやく初めての作品が世の中に出たところ。出会ったのは、当時私が出入りしていた劇団の仲間がたまたま夫の知り合いで、彼の作品の公演初日に私を誘ってくれたのがきっかけになりました。

■「これはエゴの作品です」

 彼が演出したその公演はどこから見ても「無難」な作品でした。致命傷になるような構成上のミスなどひとつもないし、マスコミ受けをねらったのか斬新な技術やちょっと癖のある役者を使ったりと、かなり工夫も凝らしてありました。
 でも私には、直感的に思ってしまった。
「これはエゴの作品だなあ」
 ところどころ作品だけが空回りしている感じ。まるで「観客なんかどうでもいい」とでも言わんばかりの演出で、猛烈な無頓着ぶりがにじみ出ているよう。他人をあまり視野に入れていない冷徹さが端々に出てしまっていました。
 幕が下りたあと、渡されたアンケートに私は一言だけこう書きました。
「これはエゴの作品です」
 いっしょに行った友人が夫を紹介してくれましたが、処女作ということで夫は猛烈に忙しいようでした。私自身も作品の後味が悪かったせいか、簡単にあいさつだけしてさっさと劇場を後にしてしまいました。
 そのまま会うことがなければ、お互いまったく違った人生を歩むことになっていたかも知れません。でも出会う運命だったのでしょうか? 一年後、今度は彼のほうが私たちの芝居を観にきました。
 最初に会った時ほとんど話しもしなかったので、二人はほとんど初対面も同然の状態でした。夫のほうは私が書いたアンケートを見ていたようです。
「この女は僕のことが好きではない」
 そう覚悟して会いに来たのでしょう。芝居が終わったあと、自分から話しかけてきました。結果的にそれが付きあうきっかけとなりました。

■母のために人生を捨てた父を尊敬できない

「芝居の話ができる相手」
 最初のころはそういった関係にすぎませんでした。
 しかし、夫はとうに30歳を超えていたこともあり、婚期を逃したくないとでも思ったのか、出会って三ヶ月でプロポーズされました。私はまだ学生でしたし、漠然と「結婚はちょっと違うかもしれない」なんて思っていました。
 でも、卒業が近くなると気持ちが揺れてきてしまって。学問が好きだったので大学院に残ろうかとも、また、好きな芝居の仕事をしたいとも悩みました。芝居でずっと食べてはいけないかもしれないという不安と同時に、そろそろ将来への方針を固めてしまいたいといった変な焦りもありました。
 私は浪人したうえに、芝居にかまけて2年も大学を留年してしまっていました。留年した当初は、
「それが女優へのひとつのステータス」
 くらいに思っていましたが……。さすがにいつまでもフラフラしているわけにはいきません。そう思えば思うほど、どちらに進めばいいのか分からなくなってしまいました。
 その一方で、早く親元から離れて自分の家庭を築きたいという気持ちもありました。一人娘でしたし、私は十分愛されて育ったと思います。でも母が精神的にとても不安定だったこともあって、家の中はいつも暗い雰囲気で窮屈でした。
 子どものころはそれが普通と思っていました。けれど、友達の家に行くとお父さんがパンツ姿で歩いていたりして、こんなに明るい家庭ってあるものだなぁ、なんて驚くこともありました。
 私の父は、いつも仕事より母を守ることを優先しているような人でした。そんな父を見ていると、
「母のために自分の人生を父は捨てたんだ」
 とさえ思えてきます。社会人としてもそんな父はとても尊敬できません。年上の人にあこがれたのも、理想の父親像に私が飢えていたせいかも知れませんね。

■完璧でないこの人を支えてあげたい

 もっとも、夫は俗にいう、
「頼りになるタイプの男性」
 では全然ありません。舞台の世界では珍しいことではありませんが、まず収入が不安定。それに人あたりがよく社交性にも長けているくせに、じつは精神的にもろいところがある。そんな彼を支えていこう、そう私は思っちゃったのです。
 いまから思えば、ずいぶん「男気」のある決断でした。だって、まだ社会に出たこともない学生が、一人の男性を支えて生きていこうと決心したんですから。でも、当時はそれがとてもすばらしいことのように思えた。
「彼一人でダメでも私と二人ならやっていける」
 当時はそう信じてました。なぜなら、二人の間には芝居という共通の夢がありましたから……。夫の作品は、決して完璧ではありません。だからこそ、支えてあげたいと感じたのでしょうね。
 ちょっと皮肉でしょ? 
「母のため家庭のために自分の人生をあきらめた父は卑怯」
 なんて思っていたはずなのに(少なくとも当時の私にはそう見えた)、結果的には、自分からそういう役回りを買って出たようなものなんですから。
 結婚したのは私が25歳の冬、大学卒業を目前に控えた2月でした。夫は一回りも年上だったし、「若過ぎる」と周囲からは反対されました。でも反対されればされるほど、それが正しい選択のように思えてくるから不思議ですよね。
 じつは夫は裕福な家庭の出だったので、結婚したときはまだ親から仕送りを受けていたんです。私はそういうことは嫌だったので、結婚と同時に自分から小さな会社に就職して、彼の親には仕送りを絶ってもらいました。
■自分を汚らしいもののように扱われ

 ところが、挫折は結婚と同時にやってきました。夫とのセックスが、結婚をきっかけにパタリとなくなってしまったのです。
 恋人時代はすごくよかったんですよ。夫もこう言っていました。
「これまでは女性と付きあっても八ヶ月で関係がなくなった。でも君とは一年も続いたから、そのままやっていけると思う」
 なのに、やっぱりダメだなんて言うのです。
「私に魅力が足りないからかもしれない」
 などと、女としての自信も失いました。
 でも女って不思議なもので、いったん自信を失うと、今度は何としても勝ち取ろうという気持ちになってくるものです。しばらくすると、私のほうからモーションをかけるようになりました。最初のころは、夫も嫌々ながら応じてくれることもありました。
 でもそのうち、
「そういう態度は汚い」
 と言うようになったんです。そうあからさまに拒絶されると、
「私がみだらだからいけないんだ」
 とよけい惨めになってしまって……。夫との日常のなかで、私はいつも女であることを否定されていたようにも思います。
 彼って潔癖主義なんでしょうか? そういえば子どものころ学校で性教育を受けたときも、そういう話は聞くのも嫌で耳をふさいでいたと話していたことがありました。
「セックスはそもそも子どもをつくる行為だ」
 彼はよくそう言っていましたから、その行為をしたがる女は汚いというイメージなんかがあったのでしょうか。 たとえばたまに洗濯してくれるときなども、私の下着だけは洗わずに、洗濯機の底に残しておくんです。
「そういうものは嫌だ」
 とか言って……。私ってそんなに汚い存在なのだろうか、と否定されたような気がしましたね。
 私が女であるということ自体を夫は軽蔑しているんじゃないかなんて思いはじめると、どんどん自信がなえてしまいます。彼がどうしてそんなふうに性を拒絶していたのか、私はいまでも理解できないでいます。

※続きは「妻の恋」(アストラ)をお読み下さい。

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