« 妻の恋【結婚と恋愛は別物だから互いに恋をする 夫婦といえどもやむを得ない/見津濃弥生(41歳)・学生】 | トップページ | 元信者が視るオウム的社会論 第26回/哀れむべき存在 »

元信者が視るオウム的社会論 第25回/西暦2000年を迎えて

■月刊『記録』00年2月号掲載記事

 西暦二〇〇〇年を迎えました。Y2K問題は大きな問題もなく乗り切ったようですね。しかし、オウムの周辺は上祐史浩氏が年末に教団に復帰しましたし、今年も世間を騒がせそうです。
 これから、オウム真理教という教団がどうなっていくのか、元信者の一人として分析してみましょう。
■出所によってオウム激変

 まず、上祐氏が出所して、教団に戻ったことによって、オウムの内外が激変することになるのは間違いありません。
 というのは、今まで教団を動かしてきた「長老部」といわれる幹部達と上祐氏とでは力関係に格段の差があり、拘留されていたこの四年間の軌道修正を上祐氏が行おうとするからです。
 上祐氏が入所前にもっていた「正大師」という階級と、長老部達の「正悟師」という階級は形式上は一ランクしか違いはないのですが、実質上は彼らの間には何ランクも差があるのです。長老部といわれる人達は地下鉄サリン事件の前後に「正悟師」に昇格した人達であり、同じ「正悟師」の中でもそれ以前から昇格している人達、例えば新実智光被告や飯田エリ子被告など十人くらいがまだランク上にいます。しかし、彼らがみな逮捕されてしまって、長老部といわれる人達がやむを得ず教団を動かすようになったのです。サリン事件前、彼らは中間管理職に過ぎませんでした。

■雲上の人上祐元正大師

 オウムでは「正悟師」から「正大師」に昇るとき、大きな試練が待ち受けています。それは「シャクティーパット」というイニシエーション(秘儀伝授・エネルギー移入)を千人以上の信徒に施さなければならないというものです。上祐氏も「正悟師」から「正大師」に上がるまで約四年間かかりました。
 出所直後に上祐氏は、この「正大師」の階級を教団に返上しました。しかし、それでもまだ上祐氏と長老部達では教団内での立場に雲泥の差があるのです。
 しかし、上祐氏が獄中にいる間、長老部達が教団を率いてきました。彼らにはその実績と自身があります。戻ってきた上祐氏を目の上のたんこぶのように思う人もいることでしょう。
 しかも、以前書いたとおり、上祐氏には人望があまりないのです。彼は教団内のステージも高く能力も秀でているのですが、あまり親しみが持てないタイプなのです。それは彼がオウムに入る前の学生・会社員時代も、入った後もいわばエリート街道を歩んできたため、挫折をして苦しんでいるような人達の気持ちが汲み取れないからなのでしょう。彼とは逆に、よく間違いを犯して苦しみながら幹部に昇りつめた新実被告や飯田被告のほうが信者達の人気は上でした。

■すべては上祐の変化次第

 すべては上祐氏が刑務所で何を考えてきたかによると思います。もし、周りの房にいる罪を犯して苦悩している人達の気持ちを吸収したりして、人々の苦しみを理解できるようになったのなら教団は彼を中心にまとまっていくことになると思いますし、あるいは逆に彼が逮捕される前のように「修行エリート」でお高くとまっているようなら教団をまとめることができず、大分裂に発展していくでしょう。
 オウムの行方は彼の肩にのしかかっているのです。(■つづく)

|

« 妻の恋【結婚と恋愛は別物だから互いに恋をする 夫婦といえどもやむを得ない/見津濃弥生(41歳)・学生】 | トップページ | 元信者が視るオウム的社会論 第26回/哀れむべき存在 »

元信徒が視るオウム的社会論/猪瀬正人」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/389724/7584165

この記事へのトラックバック一覧です: 元信者が視るオウム的社会論 第25回/西暦2000年を迎えて:

« 妻の恋【結婚と恋愛は別物だから互いに恋をする 夫婦といえどもやむを得ない/見津濃弥生(41歳)・学生】 | トップページ | 元信者が視るオウム的社会論 第26回/哀れむべき存在 »