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元信者が視るオウム的社会論 第24回/1999年を終えて

■月刊『記録』00年1月号掲載記事

■世間を騒がす宗教団体

 雑誌は二〇〇〇年一月号になりましたが、この原稿を書いている今はまだ、一九九九年の年末です。
 さて、暮れにさし迫って二つの宗教団体が世間を騒がせました。みなさんもご存じの「ライフスペース」と「法の華三法行」です。
 両者ともオウムと似ている点と、相反する点を持ち合わせているのですが、今回はそれを取り上げてみましょう。
 まず、「ライフスペース」ですが、これは典型的なカルト、つまり狂信的宗教集団です。
「グル」というのは、インドでいう「人を解脱に導く指導者」のことですが、この団体はいわゆるグルイズムの団体ですね。
「グル」は日本語でいうならば「導師」にあたるのですが、この言葉のなかには深い意味が隠されています。インドの修行者の逸話のなかに、弟子は「グル」が間違ったことをしたり言ったりした時も、それを一〇〇パーセント受け入れなければならないという話があります。オウムでもこれを採用していました。なぜなら解脱の道を知っているのは「グル」だけであり、弟子が煩悩にまみれた色眼鏡で判断してはならないのだということです。この考え方はオウムもライフスペースも同じようです。
 でも、両者が根本的に違うのは、オウムが今の世界の常識や観念を乗り越えて超世間的な状態をめざしたのに対し、ライフスペースのほうは、彼らがいう「定説」、つまり世間の常識に自分達が則っているんだと主張する点でしょう。
 オウムはある意味で「狂気」に到達することを目指しました。なぜなら、人間の世界というのは低い次元であり、その低い次元世界である人間界の常識に囚われてはならないのだと。その常識を乗り越えるためには通常の人間の意識状態を越えた境地に達せねばならないのだということです。
 ところがライフスペースは、自分達の教義が「定説」だ、つまり常識なのだ、人間として普通の考えなのだと主張します。ここが根本的に違う点でしょう。
 つまり、オウムとライフスペースはそのいかがわしい雰囲気などは似ているようですが、その目指す到達点が全く逆なのです。オウムは「定説」を乗り越えることを、ライフスペースは「定説」に則って生きることを目標にするとでもいったらいいのでしょうか。
 ライフスペースに関する報道を見ていておもしろいと思ったのは、その「定説」、つまり世間の常識に則るはずのライフスペースが現代医学を無視した発言を繰り返していたのに対し、世間を超越するつもりのオウムが逆に病院を設立したりして現代医学を活用していた点です。
 オウムの場合は決して、死体がミイラのまま生き続けるなど主張しませんでした。死は通常の「心停止・呼吸停止」で判断していましたから。ウジ虫がわいているのに生きているなどと、そこまで現実離れしていませんでしたね。
 ライフスペースというのは、もしかするとオウム以上の狂信的な集団かもしれません。
払った布施まで返せとは

「法の華三法行」に関しては、しばらく前から関知していました。
 というのも、オウムの本部があった静岡県富士宮市のすぐ隣りの富士市に法の華の本部があるので、僕がオウムに在籍していた時からよく噂は聞いていましたから。
 法の華もオウムと同じように、すごい集金をしていたようですね。損害賠償の請求訴訟が係争中のものだけでも千人以上、額が五十五億円にものぼるそうですから。これはオウムが支払わなければならない賠償金に匹敵するものでしょう。
 ただ、オウムの場合は自らが引き起こした事件の被害者の方々に払う賠償金になりますが、法の華のほうでは、ほとんどが元信者からの請求のようです。
 元信者がたとえだまされたとはいえ、一度信じて納得して払った献金や修行代を返してくれというのはいかがなものかと思います。宗教はそれを信じる者のためにあるのであって、信じなくなったからといって今までの布施を返してくれというのではきりがないですから。正しい宗教か正しくない宗教かと判断する基準というのは、現時点では何もないわけですし……。というよりも、宗教はそれを信じた人にのみ正しいものですから。
 そういう僕も在家三年、出家六年の労働と何百万かの現金をオウムに提供しましたが、それを今になって返してくれと言ったらお笑いものですよね。信じていた時の僕にとってオウムは「正しい宗教」だったわけですから。
 もし「間違った宗教」だと思ったのなら、それは人生の授業料を支払った気持ちで諦めるべきだと思います。お布施は投資ではないのです。

■瀧坂女史、年末の失踪

 ところで、いつもマンガを描いてもらっている瀧坂奈津子女史が失踪してしまいました。
 彼女は漫画家であると同時に『さぶいぼ瓦版』というミニコミ紙の編集長でもあるのですが、経営困難に陥っていたようです。また、写真のモデルや映画などに出演している女優でもあるのですが、最近は出演依頼の声があまりかからなくなってしまったようです。
 瀧坂女史の新聞の基金を転載しておきますので、この才能ある若者にカンパしてみてはいかがでしょうか。
      *     *     *
 さて、いよいよ西暦二〇〇〇年ですが、これからもオウムや新宗教の問題がまだまだ噴出しそうですね。(■つづく)

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