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元信者が視るオウム的社会論 第19回/「追っかけ」という宗教

■月刊『記録』99年9月号掲載記事

■幻想を人物に投影

 人間は誰でも心の中に「幻想」をそれぞれ抱いています。
 特に女性の場合、その「幻想」を人物に投影し、「アイドル」として追っかけてみたり、「星の王子さま」として夢見たりする傾向が高いように思われます。マンガを描いてもらっている瀧坂女史を観察して痛感しました。
 彼女は今までどの宗教も信仰したことがなく、常々、僕のことを「だまされやすい」「人を信じやすい」「洗脳百貨店」などと小馬鹿にして、「私は絶対に人にはだまされないわよ」と意気がっていますが、よくよくその生態を観察してみると、いろんな「信仰」や「教祖」を持っているので笑ってしまいます。
 瀧坂女史はラジオパーソナリティーの伊集院光氏の追っかけを十年近くもしているそうです。最近はテレビのバラエティー番組などにもちょこちょこ顔を出すようになったので、知ってらっしゃる方も多いと思うのですが、「なぜあんなデブを?」と不思議に思う方も多いでしょう。
 伊集院氏が作ったCMが流れるという告知がラジオであったというので、彼女についてその場に行ってみたことがあるのですが、雨だというのに何百人もぞろぞろと「信者達」が集まってきたのには驚きました。そして、わずか数分間のビデオが上映されるのを待って、小さな一台のテレビに群がっていました。まさに戦後まもなく、力道山のファイトを見に街頭テレビに集まった風景そのままです。
 僕は思わず、オウム時代に麻原氏を何時間も何十時間も待ったことを思い出しました。

■待たせて高める価値

 麻原氏は自分が「カリスマ」と呼ばれることを好んでいました。そして、「カリスマ」性を高めるためにいろいろな演出をしていました。その一つが信者を「待たせる」ことです。
 例えば、説法やイニシエーションがある時、平気で三~四時間、最も長い時など二日間も待たされました。出家修行者千人全員の時もあります。その間、教団の活動を完全に停止にしてです。
 信者達は「自分達の意識が尊師に向いていないから来てくださらないのだ」と心の中で自省し、麻原氏のことをじっと考えひたすら待ったのです。
 ある時は、麻原氏と共にする食事会があり、何グループかに分かれて懐石料理を食べる会だったのですが、あるグループなどは料理が目の前に置かれたまま八時間以上も待たされていました。百人ぐらいの人間が食べ物を前にずっとがまんしながら待っている光景は異様でしたね。もちろん料理は完全に冷めてしまっています。
 待たせることによって、ありがたみを感じさせようと麻原氏は考えていたようです。確かに二日間待った時には、麻原氏がいつもよりまして神々しく感じられたように記憶しています。
 最近、瀧坂女史は評論家の宮崎哲弥氏の追っかけもしているようです。
 人に対して「幻想」を抱くことで、人生を狂わせないよう、細心の注意を払わなければなりません。(■つづく)

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