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元信者が視るオウム的社会論 第18回/だめ連の構図

■月刊『記録』99年7月号掲載記事

「だめ連」という異様な集団がにわかに注目されています。
 彼らが唱える「だめ」とは<家族・学校・会社・社会・国家から「だめなヤツ」と言われる可能性のある事柄一般>だそうです。
 モテない、職がない、うだつが上がらない人達が集まり、「ハク」や「うだつ」といったプレッシャーから解放された気楽な生活を送るために、ヒッピー的な共同生活や交流会を催したりしています(「解放」ではなく「逃避」に見えるのですが…)。
  『だめ連宣言!』などという本も出し、さまざまなメディアでも取り上げられているようですが、彼らに対して不快なものを感じているのは僕だけでしょうか?
 特に不快に感じたもののなかには、オウムでの様子と共通する部分が多数ありました。
 例えば、初期のオウムには、精神的な病気を患っている一群があって、彼らは精神病院から逃れたいがためにオウムに出家しました。ところが、そのオウムの中でも修行もせず、悪友がつるむように集まってお互いを慰め合っていました。彼らは修行が厳しくなっていくと、ごっそりとオウムをやめていきました。僕は「だめ連」を見ていると、彼らを思い出してしまうのです。
 懸命になって励んでいる人達に嫉妬を感じながら、ダメな人同士でおしゃべりをして得意気になっている姿は不快そのものでしたね。
 また、共同生活をすることで現実世界から遊離し、一般社会の地位や名誉や観念を軽んじている点はまさにオウムの教義そのものです。
 さらに、「だめ連」の中心人物には元運動家が多いようですが、彼らの発言の端々をとらえると、叶えられなかった革命幻想を「だめ連」に託しているようにも思われます。実際、中心人物の一人であると思われる神長恒一氏は「オレははっきり言って、だめ連って革命運動だと思ってやってんだよね」などと発言しています。
 麻原彰晃氏も権力欲が強く、元々は政治家志望でしたが、それは叶いませんでいた。その強い権力に対する指向を「オウム真理教」という宗教団体を隠れミノに実現させようとしたように、「だめ連」の運動もその背後に別の意図があることを見抜かなくてはなりません。
 さて、オウムの幹部は事件後、逮捕されて無責任な言動を繰り返しています。彼らの言葉に踊らされて入信した信者がまだたくさん教団に残っていますが、何をしていいかも判断できない彼らが諸々のトラブルを引き起こしているのは、最近の報道でご存じのことでしょう。
  「だめ連」にもいずれ同じ構図が当てはまると僕は危惧しているのです。神長氏本人も著書の中で指摘しているのですが、「だめ連」も結成当初はそんなに「だめ」ではない、つまり「だめ」を気取る運動家崩れや芸術科崩れの人達ばかりだったそうです。ところが、その初期の確信犯的なメンバーに煽られて、本当に「だめ」な人たちが多数集まってきてしまいました。
 神長氏などの、スタイルとして「だめ」を演じている人達が、運動を離れて普通の生活に戻った時、集まってきてしまった本当に「だめ」な人達は一体どうなるのでしょうか? それを考えると、教団幹部が軒並み逮捕されて、何をしていいかわからなくなり、右往左往する最近の「だめ」なオウム教団のことを僕は思い浮かべてしまうのです。
 言葉を巧みに弄するまがいものには細心の注意を払わなくてはなりません。
(■つづく)

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